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東方プロジェクト SS とーほー地H殿


「・・・というわけで魔理沙。
貴女に地底まで潜ってもらいたいのよ」

パチュリーは本に目を落としたまま、紅魔館が誇る大図書館の一角、彼女が普段陣取っている長机を挟んだ向こう側に居たもう一人の魔女に地底探索を依頼していた。
先日未明、突如地底から温泉が湧いたことが事の始まりなのだが、それはパチュリーにとって、眉を顰める出来事であった。
何しろ、温泉と一緒に『怨霊』が湧き出てきている。

件の温泉の泉質調査をレミリアから頼まれていたパチュリーであったが、そのことにいち早く気付くと、異変が実際に起きない限り動こうとはしない巫女を当てにはせずに、もう一人の異変解決の請負人、霧雨魔理沙に白羽の矢を立てたのである。
パチュリーが魔理沙に話を持ちかけた理由は3つあった。

1. 魔理沙は良く紅魔館に出入りをしており、頼みやすい
2. トレジャーハンターを自称している魔理沙にとっても地底は興味深い場所だろう
3. 温泉に彼女自身が入りたがっているのだから協力すべきだ

レミリアを焚きつけて咲夜を動かすこともパチュリーは考えたが、地底という場所柄、魔女である魔理沙の方が適任である。
その理由は、地底世界は過去、人間たちが捨ててきた悪意や煩悩といった負の感情で満ちているからだ。
あまり、人間が行くべき場所ではないのは確かである。
ならば、魔法の森に住む魔理沙の方がそう言った『毒』の類には耐性があるだろうとパチュリーは考えていた。
無論、魔理沙が断れば咲夜にその役が廻る可能性も捨てきれないが・・・。

とにかく、パチュリーは魔理沙からの返答を、怨霊について書かれた本に視線を向けたまま待っていた。
8:2で引き受けてくれると考えていたが、こうも返答が遅いのではさすがのパチュリーと言えど不安になってくる。
パチュリーは本から顔を上げそうになって、もしかしたら魔理沙は自分のその行動を見越して何か交渉をしようとしているのでは、などと思いついてしまい、逡巡してしまう。
かといって、このままの状況が続くのもイライラがつのるばかりだ。

「・・・行くの?
行かないの?」

妥協案として、もう一度是非を問うことにした。
語調が多少きつくなってしまったことを自戒しつつも、パチュリーは魔理沙の返答を待った。
今度の返事は割と早くきた。

「まかしとけっ!
あたいが行けば、泥舟も沈むぞっ!!」

「・・・むきゅっ?」

思いもがけぬ言葉にパチュリーが顔を持ち上げると、そこには魔理沙の、

『面倒くさそうだから、コイツに任せるぜ』

という書置きの手紙と、魔理沙の代わりに椅子にちょこんと座る氷の妖精があった。

「・・・泥舟も沈むじゃ意味が分からないわ。
それを言うなら大船に乗ったつもり、ね」
「そうとも言うな!!」
「・・・そうとしか言わないわよ」

パチュリーはとりあえず目の前の氷精に突っ込みを入れながら、同時に頭を抱えるぐらいしか出来なかった。
涙が出そうになったが堪えることが出来たのは自分でも褒めてあげたいかな、とガラに無いことさえ考えてしまう。

「・・・まぁ、チルノと魔理沙、誤差の範囲よね」

そう言って自分を慰めつつ、パチュリーはもうチルノに怨霊問題を押し付けてしまおうかと考え始めていた。



「さて、チルノ。
こうなったからには貴女に地底まで行ってもらうのだけど」

結局、パチュリーはチルノにやはり全てを押し付けることにした。
良く考えてみたら、別に怨霊が湧いて出たからなんだと言うのだ。
怨霊が今以上にわらわら出始めてしまったら半霊半人の庭師が動くだろうし、
地底からのメッセージであれば天狗や河童も立場上、暗躍を始めるだろう。
ましてこの紅魔館にまで異常が起こる事態になればそれこそ咲夜も動くし、
それより先に霊夢がきっと異変解決に乗り出す。

・・・なんだ、本当に先走る必要ないじゃない。

パチュリーはそう結論すると、小さくため息を吐いてから、やる気の感じられないだらけた動作でチルノに向き直った。
小さな妖精は、わくわく、と言った楽しげな表情を浮かべ、きらきらとした無邪気な視線をパチュリーに送っていた。
この妖精が満足するように適当にフォローしてやりつつ、高みの見物といこう、そう決めたパチュリーはとりあえず、『適当なフォロー』その1を実施することにした。

「その前にオプションをあげるわ。
本当なら4種類全部をあげるのだけれど・・・貴女では使いこなせないでしょうね・・・」
「最強のあたいにはオプションなんて必要ないってことだな!!」
「・・・違うわ」

先ほどから何度目となるかも分からない頭を抱えたい気分を覚えながら、パチュリーはチルノの言葉を否定した。
もしも4種類のオプションの切り替えをチルノに任せたら、変更している間にもたもたとしてピチュる。
運命を見ることの出来ないパチュリーでさえ、確実にそんな未来が読めてしまったので、オプションは一つに絞るべきだろう。

「じゃああたい、前にここのメイドが使ってたコイツが良い!!」

そんな風に考えていたパチュリーを尻目に、チルノが図書館のさらに奥、オプションの保管ブロックまで走っていった。
何を見つけたんだろう、と気になったパチュリーが後についていくと、そこには・・・

「ま、マジカル咲夜ちゃん☆スター・・・」

忌まわしきオプションがそこにあった。
凶悪な火力。
卑怯なまでの射程範囲と誘導性。
そして、ナイフであるがゆえ、当たり判定も馬鹿でかい。
・・・そんな懐かしいオプションは、埃を被ってなお五芒星が鈍く光を放っていた。

「ねぇねぇ、コイツでいいでしょっ!?」

「・・・はぁ。
もう何でも良いわ。
確か予備にもう2つあったはずだし・・・、ああ、あったわ」

パチュリーは諦めの篭ったため息を吐くと、周囲をがたがたと無造作にひっくり返した。
もうもう、と舞い上がった埃を顔を顰めつつも避けて、目的のものを見つけ出す。
軽く指を振って、辺りにそよ風を起こすと辺りに漂う埃を吹き飛ばす。

「けほっ、けほっ」

ちょうど風下にいたチルノが被弾したようだが、パチュリーは気にした様子も見せず、
ぼんやりと後で小悪魔に図書館の大掃除をさせようと考えながら、オプションを引っ張り出した。

「コレを持っていっていいわ。
でも、・・・そうね、ちょっと失礼」

ぶつぶつとパチュリーが呪文を呟くと、彼女の手の中に収められていたオプションが一瞬、青白く輝いた。

「氷の属性を付与しておいたわ。
これで貴女にも扱えるはずよ」

「おおっ!
すげぇ!!」

ぺかーっ、と瞳を輝かしながらも咲夜ちゃん☆スター、改めチルノちゃん☆スターを受け取った氷精をパチュリーはぼんやりと眺めていた。
ついでにオプションには通信機能も加えておいたから、最悪さっさと逃げるように伝えられるし大丈夫か、と彼女にしては珍しくも他人の心配までしていた。

「さて、チルノ。
貴女の役目は偵察よ?
危なくなったら逃げること。
その際の指示はこちらから出すから」

「任せとけっ!
きっちりラスボスを倒してきてやるっ!!」

「・・・まぁいいわ。
頑張ってちょうだい」

パチュリーの思いやりセールは終了したようで、チルノの自意識過剰な発言にあっさりと普段の薄情さを取り戻して何の感慨も見せずにそう呟いた。
どうせ妖精は弾幕ごっこ程度では死なないし、万が一があってもそのままの姿でいつの間にか復活しているはずだ。
心配することもないだろうとパチュリーは考えていた。






「さぁ、あたいの伝説が今日から始まるのだーーっ!」

チルノはパチュリーから教えてもらった地底の入り口、幻想風穴から血気盛んにまっすぐ吶喊した。
周囲はびょうびょう、とおどろおどろしい怪音が響き、訪れる者は人妖を問わず不安にかられるのが普通だが、チルノは全く物怖じした様子を見せることはない。

ざざざざっ!!

高速で地底へと飛んでいくチルノ目掛けて編隊を組んだ妖精たちが現れた。
異変の気配を感じて興奮しているのか、言葉を投げかけてくることもなくチルノに向けて敵意をあびせてくる。
そのまま、妖精たちが散発的に降ってくる弾幕をチルノは危なげも無くかわすと、お返しとばかりに氷弾を打ち込んだ。

ズガガガガガッ!!!

同時にけたたましい音を立てて、マジカルチルノちゃん☆スターからアイスソード弾幕がチルノの視界ほぼ全域に降り注ぐ。

「ぇえっ!?」

さすがのチルノも驚愕の叫びを上げて急制動をかけるが、あっと言う間に目の前にいた妖精たちは打ち落とされ、姿を消していた。
ぱらぱら、と先ほどまで大きな岩だったはずの小石がチルノの脇を掠めて落ちる。

「す、すげーーーっ、あたい、最強っ!!」

初めから4つもオプション持っているなんてチートじゃねぇか、という突っ込みを入れる良識のある人物はいなかったので、チルノはそのままの勢いでぐんぐんと風穴の奥へと突っ込んでいく。
彼女の目の前に立ち塞がった変な桶っぽい容器に入った妖怪を問答無用でブチ倒し、さらに意気揚々とチルノが奥へと突っ込んでいくと、

(チルノ・・・。
チルノ・・・、聞こえる?)

変な幻聴が割り込んできた。

「うへっ!?
な、何だこれっ!!」

(どうやら音声も・・・画像も問題ないわね。
・・・小悪魔―っ。
録画準備もお願いー)

「な、何だ?
あたい、おかしくなってるのか?」

(落ち着きなさい。
ただの通信機よ)

「・・・つーしんきって何だ?」

きょとんとしたチルノがオプションに向けて声を掛けると同時に、もう一つの声が割り込んできた。

「・・・おや、ホントに珍しい。
氷の妖精かい」

この陰気な穴倉の中で、相反するような快活な口調で喋る金髪の少女が、こちらに笑顔を振りまきながら現れた。
今までの雑魚とは違う雰囲気の相手に、オプションからチルノの様子を観察していたパチュリーは、先ほど小悪魔に捜索させた地底の住人たちがまとめられた、何代か前の幻想郷縁起のページをペラペラと捲り始めた。
するとすぐにその妖怪の記述を発見したので、先手を打ってチルノへとアドバイスを伝える。

(あれは・・・土蜘蛛ね。
気をつけなさい、網や糸を模した弾幕を張るわ)

「なぁなぁ、そんなことよりつーしんきは?」

(・・・私が珍しく真面目に調べたことを教えてあげているんだから、聞きなさい)
(くすくすくす・・・)
(小悪魔、笑わない)

恐らく図書館ではまたもやパチュリーが頭を抱えているのだろう。
だが、そんな事情を知りもしない土蜘蛛は、素直に自分の素性を当てられたことに驚いているようだった。

「ふむ、妖精のくせに私のことを知っているのかい?
それにまるで何人もいるみたいな腹話術・・・。
驚いた、地上の妖精は進化したもんだ!」

「何を言っているのかは分からないけど、あたいが最強だってのは本当だぞ!」

えっへんと胸を張るチルノに土蜘蛛はさらに仰天する。
この地底でそんなことを言えば、鬼に目をつけられてしまう。
地上だって弱いものが臆面も無くそんなことを言うことなど出来ないだろうに・・・。
目の前の小さな妖精は、どうやら見た目で判断しない方が良いらしい。
土蜘蛛は油断なくチルノの隙をうかがいながらも、役割としての問いを投げかけた。

「それでアンタは先に進むの?
戻るの?
どうせなら戻ってくれればありがたい」

「もちろん、先に行ってあたいの最強ぶりを見せてやるのさ!」

(・・・もうそれでも良いわ)

その言葉を聞いて土蜘蛛は確信した。
この妖精は鬼と勝負するだけの力を持つらしい。
無論、勘違いではあるが、誰も指摘をしなかったのだから、彼女の間違いは正されることはなかった。

「だったら、まずは私を倒すことねっ!
罠符『キャプチャーウェブ』!」

「くらえーーーっ!」

土蜘蛛が指を高らかと持ち上げ、スペルカード宣言をした瞬間、五芒星に輝く紋様が施された丸いものが、彼女の眼前に迫っていた。

「・・・へっ?」


ガツンっ!!


「きゃあっ!!」

嫌に硬質な音が響き、土蜘蛛は悲鳴をあげながら沈んでいった。
投げ飛ばされたチルノちゃん☆スターは、土蜘蛛の体力を2ゲージ分削り取った後、何事も無かったかのように、ぎゅるぎゅる、と音を立てながらチルノの目の前まで戻ってきて、ピタリ、とその回転を止めた。

「あたいの勝ちだっ!!」

(・・・ちょっと待て)

さすがにパチュリーでさえ土蜘蛛を憐れにでも思ったのか、彼女は意気揚々と次のステージへと飛び立とうとするチルノを呼び止めた。

(オプションは投げるものではないわ。
一応繊細な魔術式を用いているのだから直接ぶつけるのは止めなさい。
・・・まぁ、次からは気をつけてね)

「分かった!
次からは気をつける!」

サムズアップして応えたチルノに満足したのか、やはり冷酷だったパチュリーはそれっきり沈黙を保つ。
こんどこそ、とチルノがふらふらと飛び立って行くと、そこには倒れ伏す土蜘蛛ただ一人だけが残された。

「・・・ううっ、まだ名前も言ってなかったのに・・・」

これは失礼。
彼女の名前は黒谷ヤマメという。
1ボスである。
いや、1ボスであった。






「ふんふんふーん♪」

チルノは機嫌よさげに弾幕をばらまきながら旧地獄へと通じる道を進んでいた。
彼女のオプションから放たれる氷の刃は、視界に入り込んだ雑魚キャラをどっかんどっかんと有無を言わさずなぎ倒し、凶悪無比な力を振るっていた。

「なぁなぁパチュリー?
この後どうするんだ?」

(・・・このすぐ先に橋があるわ。
その橋は地上と地下を繋ぐ橋。
そこを越えれば目的地まではもうすぐのはずよ)

「??
良く分からないけど、先に進んでいいのか!」

チルノは首をかしげながらもこの先にあるという橋を目指して前進した。
千里を見通すような眼を持たぬチルノとは言え、既に前方には橋が見えていたのだから、容易にそこまでは飛んでいくことが出来る。

(・・・ええ。
もう多くは望まないからそれで良いわ。
でも恐らくその橋には橋姫が・・・)

「橋についたぞっ!!」

(・・・え?
・・・おかしいわね)

パチュリーが手に持つ昔の幻想郷縁起をペラペラと捲ると、確かに橋姫という猜疑心を操る妖怪が記述されていた。
昔のことだからもう配置が変わっているのだろうか、と襲い掛かってくるはずの妖怪がいないという答えの出ない問題の解決案を探していたパチュリーの想像は、

「なぁ、パチュリー?
何か手紙がある!
暗号だ!!」

チルノの叫びによってかき消された。
チルノはまじまじと、可愛らしい文字で書かれた手紙を眺める。
彼女とて文字ぐらいは読めた。

「・・・の・・は・・・ましい。
・・・る・・・も・・・ましい。
だけど・・・は・・・に・・・ましくないので、
そんな・・・を・・・つ・・・など・・・もないわ」

チルノがたどたどしく手紙を読み上げるのを聞きながらパチュリーは頭を悩ました。
瞬間的には答えが思いつかなかったので、自分でもチルノが言った言葉を諳んじてみる。

(のはましいるもましいだけどはにましくないのでそんなをつなどもないわ・・・?)

彼女の頭の中にはざっと数百種類の暗号解読キーがあるが、どれにもその言葉は該当しない。
口の中で新しい暗号解読法を組み立てながら、一つ一つ読み解くことが出来ないかを模索する。
・・・高速で思考するパチュリーの傍らで、小悪魔は幾分言いにくそうにチルノに話しかけていた。

(・・・ちなみにチルノちゃんは、漢字って読める?)

「読めないよ!」

自身満々に言う彼女に、小悪魔は未だ一心不乱にチルノの言った言葉が暗号だと信じているパチュリーを悲しげに一瞥してから言葉を発する。

(・・・じゃあ、その手紙をこちらに見せてもらってもいいかな?
オプションにかざせばいいから)

「分かった!」

(・・・やっぱり)

がっくりと肩を落とした小悪魔の視界には、暗号でもなんでもない文章があった。
どうやら、橋姫が彼女たち侵入者にあてた手紙らしい。

『地上の光は妬ましい。
巡る風も妬ましい。
だけど妖精は別に妬ましくないので、
そんな妖精を討つ理由など何もないわ』

訂正、チルノとて『平仮名』ぐらいは読めた。
さらにずどーん、と肩を落とした小悪魔は苦笑いを浮かべながら、ぶつぶつと意味の分からない数式を羊皮紙に書きこんでいたパチュリーの首をぐいっ、と持ち上げて手紙の中身を眼の中に収めさせた。

(・・・まぁ、戦わなくてすんだのだから、それで良しとしましょう)

パチュリーはもうくたびれた様子で自分を無理矢理納得させつつも、チルノをついに地獄街道にまで突撃させることに成功した。






「さぁさぁ、ここからが本番だよ!
何処まで耐えられるかなっ!!」

チルノの目の前に立ち塞がった鬼、星熊 勇儀が、余裕綽綽といった風に声を張り上げる。
途端、速度とパワー、そして密度に溢れた弾幕が地獄の繁華街の空に火の花を咲かせた。

「わっ!?
とっとっ・・・うひゃぁ!?」

(右前方に隙間があるわ。
そこでレーザーをやり過ごした後、
左後方に一呼吸ずつ下がりなさい)

チルノは辛うじて弾幕の隙間を潜り抜けているが、それもいつまで持つか・・・パチュリーは焦った様子で、彼女に指示を飛ばしながら反撃の機会を探っていた。
正直、細かい指示をよどみ無くこなすチルノも相当の実力だ、今さらそんなことをパチュリーは理解したが・・・ただ、今度ばかりは相手が悪い。

(・・・よりにもよって鬼なんて・・・)

ここまでどんな雑魚もあっさり粉砕してきたマジカルチルノちゃん☆スターの弾幕すら、マトモに受けながらも平然と鬼は反撃を加えてきた。
ダメージはあるのだろうが・・・、この鬼が本気ならばいくら打ち込んだとしても決して倒れやしないはずだ。
ただの遊びなら彼女自身が定めた『定量のダメージ』を受ければ退いてくれるのだろうが・・・。

「はははっ!
鬼の前で最強などと名乗ったのが運の尽きだ!!
懲らしめてやるから覚悟しな!!」

「なにおーーっ!
あたいは最強だったら、最強なんだからなーっ!!」

「強情だねっ!
強情な奴は大好きだが、口だけならば後悔させてやるからなっ!!」

チルノが放つ氷弾が鬼の鬼気に弾かれるように蒸発し、お返しだと言うように鬼が両手を振るうと青と黄の二色の弾幕が空に溢れた。
速度と方向が異なる2種類の弾幕を同時に操るという小器用な攻撃にパチュリーの指示が一瞬遅れた。

(・・・しまっ!?)

「こっ、こなくそーーーっ!!」

だが、チルノは滅茶苦茶な飛行でその不規則な軌道を描く弾幕をかわしていく。
まるで野生のカンで避けているようだ、とその場の誰もが思ったが、そんな光景を見た鬼は眼を細めるとカラカラと大きく声を上げて笑った。

「オマエは妖精の器じゃないな。
死ぬことを意識しない妖精はすこぶるカンが悪い。
何しろ、自然に還るだけですぐに復活するんだから、死ぬなんて言葉は意味がない」

そこまで言ってから、鬼はにたり、と哂って続けた。

「さて、死ぬことを意識してしまった妖精は妖精と呼べるのか。
そしてそんなヤツは死ぬとどうなるのか?
自然に還れない妖精は、閻魔に裁かれるのか?」

「・・・っ!!?」

珍しく、黙って鬼の話に耳を傾けていたチルノの顔が強張った。
鬼はその顔を見てさらに愉快そうに言葉を発した。

「・・・ほう、もう知っているのかい。
ならば・・・」

(それ以上口を開くな。
・・・水符『ジェリーフィッシュプリンセス』)

パチュリーの怒気の篭ったスペル宣言が辺りに響き、オプションがチルノの意思を離れ明滅する。
彼女自身『死ぬはずがない』妖精だと思っていたのだが、それが異なる可能性があると知り、幾分焦っていたのだろう。
ゆえに、珍しくも短慮な愚行を犯した。
そんな横槍を嫌う種族である鬼は、心底忌々しく思いながらオプションを通してパチュリーを見つめていた。

「こそこそ隠れて何の真似?
我々が地上を見限った行為をこの地底でも繰り返すというのなら・・・
覚悟を決めなさい」

そう言うや否や鬼から零れ落ちた、禍々しい何かが空間を越えてパチュリーの身体を駆け抜けた。
鬼気などという簡単な言葉では表すことの出来ない、生粋の魔法使いであるパチュリーでさえ容易く蝕む呪いに、物理的な意味では貧弱な彼女の身体が耐えられるはずもない。

(・・・くぅ、かはぁ、・・・ごほっ、ごほっ)

くの字に折れ曲がった身体をなんとか支えることが出来たパチュリーであったが、身体中から逆流した血潮が出口を求めて彼女の口からあふれ出してきた。
彼女が支配権を奪い、それまでよりも遥かに強い光を発していたオプションが急速に力を失っていく。

「高みの見物と安心していたか?
長く生きているとこんなことも出来るのよ、覚えておくといいわ」

(・・・くっ、油断したっ・・・。
・・・な、なんとかチルノだけでも逃がさないと・・・)

激痛で朦朧とする意識の中で、パチュリーは必死にオプションをコントロールし、チルノを逃がすための段取りを組んでいく。
隣では小悪魔が何事か騒いでいたが、耳がキーンと響くだけで何も聞こえやしない。
自分の命を媒介にすれば、即席でもチルノを地底からテレポーテーションさせることも出来るだろう、次から次へと沸いて出る自身の血を使ってパチュリーは図書館の机に魔法陣を描いていく。


「パチュリーをいじめるなーーーっ!!」


痛みが、止んだ。
パチュリーが顔を上げ、地獄を映す水晶へと必死に視線を送ると、チルノが泣きながら氷弾を放っていた。
滅茶苦茶な弾幕ではあったが、意識をこちらに向けていた鬼は、さきほどまでのように喰らってもほぼノーダメージというわけにはいかないらしい。
こちらに呪いを送るのを中断して、四方八方から飛んでくる弾幕をかわしていた。

「おう、放っておいてすまなかったね!
ははっ、これはなかなかやるもんだ!!」

「うるさいうるさいっ!
閻魔もオマエも嫌いだっ!!
あたいがオマエなんかぶっ飛ばしてやる!!」

言うや否や、チルノは右手の先にカードを挟みこんで高らかに宣言した。

「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

再び支配権を手に入れたオプションとチルノ自身から際限なく弾がばら撒かれた。
ばら撒かれた弾が凍ってその場に制止する。
再び弾がばら撒かれる。
凍る。
ばら撒く。
凍る。
ばら撒く。
凍る。

「・・・な・・・?」

鬼が気付いたときには、もう彼女の周囲は凍った弾で埋め尽くされていた。
・・・今まで、弾が解凍されていなかった!?

「くそっ!!」

避けきれないと判断した鬼は防御を固めて襲いくる弾幕に備えたが、チルノはそんなことはお構いなしに弾を作り続けていく。
そして、世界がまるで凍った弾幕で埋め尽くされたと、そう思えるほどの弾に満ちた氷海の真中で、チルノはもう一枚の符を掲げた。

「凍符『マイナスK』!」

今度こそ鬼は驚愕に目を見開いた。
彼女の周辺の『空間』があまりに強烈な冷気に凍りついていた。
凍った空気を吸い込むわけにもいかず、呼吸を止めてその場から離脱しようとして、彼女は気付く。
凍った空間内で、何処へ動けというのか?
彼女が動ける場所など何処にもない、と気付いた瞬間、別のスペル宣言で解凍された弾が容赦なく降り注いだ。


「はぁ・・・っ、はぁ・・・っ」

(チルノ、大丈夫?)

「・・・う、うん。
何とか、そんなことより、パチュリーは大丈夫?」

(ええ、チルノのおかげよ。
ありがとう)

「えへへっ、気にしなくていいよ!
あたいとパチュリーは友達だからさっ!」

(・・・そうね)

パチュリーはチルノの無邪気な笑みを見て、知らぬ間に自分も笑顔を浮かべているのを感じた。
それから、パチュリーは貧血でくらくらする頭をなんとか両手で支えると、ようやく終わりを告げた弾幕の爆心地へとオプションを操作して視線を向けた。

「お見事っ!
妖精とは言え、腕っ節の強い奴を差別する気はないよ。
お前の発言を認めてやろう。
・・・それからソッチの地上に居る奴も許してやる」

そこには鬼が立っていた。
さすがにダメージ0というわけにはいかなかったのか、唇に血が滲み、衣服もところどころ破け出血していたが、五体満足である。
それでも鬼はどうやらチルノを認めてくれたようで、パチュリーはほっと、胸をなで下ろした。

「あたいが勝ったんだから、今日から勇儀もあたいの舎弟だな!」

「・・・そうだな。
次はそのオプション抜きで勝てたら考えてやろう。
我が盟友よ」

「おう!
負けないからなー」

チルノは勇儀のいる場所まで近づくと、どん、と自分の胸を叩いて宣言する。
勇儀はチルノに裏表の無い笑みを浮かべると、くしゃくしゃとチルノの髪の毛をかき回して、嬉しそうにその挑戦を受け入れた。






「・・・?
貴方の心の中には・・・ほとんど何もない?」

鬼から教えてもらった情報を元にやってきた地霊殿の奥には、件の館の主人が待っていた。
ようやく貧血から回復しつつあったパチュリーは、鬼に続けて出会ってしまった妖怪のレベルの高さに舌を巻いていた。
どこかぼーっ、として体力も魔力も弱そうに一見思えるその少女が、過去の資料にあった『怨霊も恐れ怯む』と称されるさとり、だろう。
チルノと交信するための水晶から顔を離すと、今も忙しそうにパチュリーの粗相(吐血)を掃除する小悪魔に向けて声を出した。

「・・・小悪魔、次にチルノが危なくなったら強制的にここまで転移させるわ。
準備をお願い」
「ええっ!?
ぱ、パチュリー様?
テレポートや境界操作の類は八雲や博麗に睨まれる、最悪排除される恐れがありますが・・・」
「構わないわ。
レミィなら分かってくれるでしょう」
「は、はいっ!
急いで準備しますっ!!」

モップを放り出してバタバタと走り出した小悪魔を一瞥すると、パチュリーは再び水晶に向き直った。

「・・・精一杯やりなさい。
今度は、もうフォローを失敗したりはしないから・・・」



「あの子と同じ・・・無意識の領域?
違うわね、ただ何も考えていないだけかしら・・・。
どちらにしろ、やりにくい相手」

チルノはぶつぶつと呟くばかりで、こちらを見ようともせず散発的に弾幕を撃ってくるだけのさとり目掛けて先ほどから苛立ちを隠さずに弾幕を放っているが、さとりはほとんど動きもしないでひょいひょいとかわしていく。
だが、余裕をもってかわしているはずのさとりの方も、避ける度にどんどんと顔を険しくしていっているのがパチュリーには不思議だった。

「ほんっとうにやりにくい・・・。
貴方、ちゃんと頭で考えた場所に弾を撃ちなさい。
そんなナリでよくもまぁ、ここまで来れたわね」

ようやくさとりの瞳がチルノの方へと向った。
途端、ぱちくり、とその両の眼を瞬かせながら、ため息をついた。

「・・・それでも読めるときは読めるのね。
では、眠りを覚ます恐怖の記憶で眠るがいい!」

いい加減、チルノの思考に侵されつつあったさとりは、焦った口調で、読み取った弾幕を再現するべく力を解放した。
どちらにしろ、目の前の妖精が今から放つ弾幕に特別な想いを抱いているのは間違いないのだから、恐らく強力な弾幕に違いないだろうと、イマイチやる気のない感じではあったが。

「想起『アイシクルフォール−easy−』」

「おおっ!?
あたいの最強なワザが真似された!?」

「・・・もうやだ、この妖精」

さとりは発現した弾幕を眼にするや、彼女にしては何百年ぶりかの心の底からの声を発すると、もう弾幕ごっこなどやる気分はなくなっていた。
・・・戦意喪失した場合はこちらの負けだろう。
さとりは、幾分かげっそりとした顔色であっさりと負けを認めると、件の怨霊の原因はさらに地下にあると教えてやって、妖精を追い出すことにした。


「またなー、さとりーっ!!
今度はもっと弾幕ごっこしようねーーーっ!!」

そんな元気な叫びを残しながら意気揚々と先に進んでいったチルノの後ろ姿を眺めながら、さとりはぽつりと呟いた。

「・・・まぁ、アレも一つのさとり対策よね。
とは言え、あんな方法が使える奴なんてどのくらいいるのか・・・ん?」

そこまで言ってから、ようやく気付いた。
この下は・・・

「・・・灼熱地獄だったわね。
あの氷精、すぐに溶けてしまうんじゃないかしら・・・」

少し眉を下げながら、さとりは心配そうに呟いた。
彼女が抱いた懸念は、すぐに真実のものとなったのは言うまでもなく、地霊殿の庭からさらに地下へと潜った瞬間のことである。
チルノが羽からどろりと溶け始めたので、パチュリーは慌てて用意していた転移陣を駆使して彼女を地上へと引き返させたのであった。
今度は準備万全であったため問題もなく転移には成功したが、次にチルノが地霊殿へと突入する目処は立っていない。
ある意味自分が出張るよりも神経を使っていたパチュリー自身が次は魔理沙に任せて、何もしないで過ごしたい・・・とは半ばやる気を失っているためだ。

そして、チルノはと言うと、

「大ちゃん!
あたい、灼熱地獄でも溶けないように修行したい!!」
「・・・そ、そんな修行ないよ〜!?」
「ほら、なんて言ったっけ!?
そう、あれ?
心頭火葬すれば火もまた鈴がなるって!!
「・・・意味わかんないけど、それは全然違うからね・・・」

今日も今日とで、元気に過ごしておりますとさ。

(了)