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ToHeart2AnotherDays SS 『代金いくら、あなたのメイド−略してDIA』


「これからもよろしくお願いしますれす」

自分自身の受取証をしっかりと抱え込んだシルファちゃんのはにかんだ笑顔と、
少しだけ涙ぐんだような声が俺の耳に届いた。
涙が流すことが出来ないシルファちゃんがそのことを意識しなくて済むよう、
目頭に浮かびそうな涙を堪え、喉を詰まらせながら俺は彼女の言葉に応えた。

「うん・・・・・・これからもずっとね」

だって涙を流す必要なんてない。
ほら、笑おう?
俺のプリンセス・・・



「あらあら、私はお邪魔虫でしたね〜」

「う、うわぁっ!?」

「こんにちは、貴明さん♪」

「イ・・・イルファ・・・さん?」

「はいっ♪」

感動のエンディングをもろにぶち壊しつつ、巨大な冷蔵庫の影からひょっこりと姿を現したのは、
毎度おなじみ、本能に理性が流されつつあるメイドロボ、イルファさんだ。
俺が闖入者にクサイ台詞を聞かれてしまったことに心の中でもんどりうっていると、
シルファちゃんも一緒に来ていた姉の存在をようやく思い出したのだろうか。
ムッとした表情でイルファさんを見つめた。

「私はお気になさらず、どーぞどーぞ続きを〜」

ニヤニヤとまるでご近所の初々しいカップルを見つめるおば、もとい奥様のような生暖かい目で
イルファさんが俺たちを眺めながらそんなことを言ってきた。

・・・やりづらい。
シルファちゃんを抱きしめたい、とか
キスしたい、とか
そのまま・・・、とか
そう言った愛の営みをイルファさんに見つめられながらヤレる程、
俺は人生を悟ってはいない。

シルファちゃんも同意見だったのか、

「イルイルはもう用が済んらんらから、
帰るのれすーーーっ!!」

火を吹くような勢いで冷蔵庫を挟んで向こう側にいるイルファさんに食って掛かる。
だが、そこは姉の威厳か、大人の余裕か。
イルファさんはシルファちゃんの攻勢にも怯むことなく、こう言った。

「・・・冷蔵庫、シルファちゃん1人で中まで運べるの?」

「あ、あうーっ・・・」

あ、そうか。
さすがにシルファちゃんがメイドロボでも一人でこんなに立派な冷蔵庫を運べる訳がない・・・。
俺が手伝ってもいいんだけど、
うん、多分イルファさんに手伝ってもらった方が効率良いんだろうなぁ。


そこまで考えてから、ふと先ほどシルファちゃんたちが
家に来たときの言葉を思い出す。

『河野さーん、お届け物でーす』

・・・なるほど。
そういえば最初の台詞は例の口癖が出てなかった。
つまり、最初だけイルファさんが呼びかけてくれたんだろう。
俺の家の前でチャイムを押そうか押さまいか躊躇するシルファちゃんの姿と、
それを笑顔で見つめつつも段々と焦れていくイルファさんの姿が浮かんで、
くすりと笑みを零す。

「さ、シルファちゃん?
シルファちゃんの下のお口が我慢出来なくなる前に、
冷蔵庫を運んでしまいましょう?」

「な、何言ってるれすかっ!?
我慢なんてしてないれすもーんっ」

「じゃあ私が頂いてもいいですか?
貴明さんのを、ぱくっと」

「らめらもんっ!!」

何だか不穏だったり、嬉しくなったりするような掛け合いをしながらも
冷蔵庫を運んでいく二人を見つめながら、
・・・俺は何故か悪い予感を感じずにはいられなかった。

というか、イルファさんがニコニコしていると不安しか感じない。
今までの経験上、絶対何か企んでいる。
俺はシルファちゃんが帰ってきたことに対する喜びを素直に感受させてはくれない、
イルファさんに恨みの視線を向けつつも彼女たちを追いかけた。



ToHeart2 AnotherDays SS 
代金いくら、あなたのメイド−略してDIA



「シルファちゃん、お疲れ様でした〜」

「お疲れれす・・・」

シルファちゃんも俺と同じ気持ちだったのか、
冷蔵庫を運び終わった後、妙にハイテンションなイルファさんとは打って変わって
ローテンションでイルファさんに合いの手をうった。

「もう、ダメですよっ。
シルファちゃん、折角貴明さんと再会できたんですからっ、
もっとハッピーでルンルンな気分じゃないとっ!!
何て言ったって貴明さんはシルファちゃんのすきすきすきーな
抱かれたい男性、初登場第一位なお方なのですからっ」

「イルイルが居なくなったら存分に可愛がってもらうれすから、
さっさと帰るがいいれす」

シルファちゃんのげんなりとした顔つきながらも
相変わらずの毒舌にもイルファさんは怯むことはない。
こういったところは、さすがに役者が違うと思わなくはない。

「まぁまぁ、そう邪険にしないで下さい。
もう一つの用を済ませたら直ぐに退散しますので」

そう言うと、イルファさんはくるりとこちらに向き直った。
そして迷うことも無く、自分の懐に手を突っ込んで俺に何かを差し出した。

「イルファさん・・・?」

「あのー貴明さん、
大変申し上げにくいのですが・・・」

「なんですか?」

珍しくもイルファさんが言いよどんでいた。
イルファさんの手に握られた封筒が原因なのは明らかなのだが、
残念ながら彼女の手に隠されたソレが何なのかは俺には分からない。

「メイドロボってどう考えても生活にとってプラスにしかならない、
とっても素晴らしい存在なんですけど・・・、
その、お値段がですね、
例えばリオンお姉さまの場合ですと、ちょっとした外車ぐらいになるんです」

「う・・・、うん、そうだね」

「それでも人間のお手伝いを雇われるよりは長期的に見てお安い設定となっていますし、
何よりも、その、メイドロボはご主人様のパートナーと言っても過言ではありませんので、
決して金額が高いものではないと思うんですよ?
・・・まぁ、実験機は開発に数年、私たちですと約4年かけていますので、
その分が上乗せされてしまうこともあったりしてですね、
その・・・」

どこか白々しく聞こえるイルファさんの言葉が耳に届いた。
・・・これはもしや

「すいませんっ、貴明さんっ!
お値段発生しちゃいましたっ!!」

そう言ってペコペコと頭を下げながら、
こちらに『請求書在中』と書かれた封筒をイルファさんは差し出してきた。

「えっ・・・う、うん」

思いもかけぬ出来事につい俺が受け取ってしまい、
そのまま中を確認しようとするともう一つの声が割り込んできた。

「ちょっと、待つれす!
イルイルっ!
ハンコ貯めたんれすから、シルファのお願いを叶えてくれるはずれはなかったんれすかっ!」

「いえ、その・・・
私も説得したんですよっ!
長瀬さんも珊瑚さまもそりゃあもうあっさりと了解して下さったんですよ、
ですが・・・その上の方からストップがかかってしまいまして・・・
それが、取締役の方ですので、その、決定を覆すには、
株主総会でも開かないことには・・・」

珍しくも肩を縮こまらせて言い訳に終始するイルファさんを見ていると、
まるで俺とシルファちゃんがイルファさんをいじめているみたいだ。

「もちろんっ!
全額負担しろ、だなんて図々しい真似は致しませんよっ!
私も精一杯シルファちゃんを貴明さんの家に置く上での利点を説明しましたし、
長瀬さんや珊瑚さまもあや・・・っと、取締役の方を説得して下さいました。
ですので、一部負担、という形で貴明さんには、その・・・」

「・・・分かったよ」

「ご主人様!
何分かったとか言ってるれすかっ!
家計を預かる身として、余計な出費は認められないれすよっ!」

「シルファちゃんは余計な出費なんかじゃないからね。
それに、やっぱり男の意地なのかな。
そういうのが俺にもあるんだ。
シルファちゃんが正規のルートでウチに帰ってきてくれたのに、
俺だけ何もしないってのも嫌だったからさ」

「うっ・・・、らめっこご主人様のくせに・・・カッコイイれす」

「ほっ・・・、良かったです。
それにしても貴明さん、また男前が上がりましたね!
思わず濡れてしまいそうです」

「・・・ミルミルもそうれすけろ、
イルイルも変態めいろろぼれす」

「あは、あはははは・・・」

腰をくねらせるイルファさんを、敵意をむき出しに睨み付けるシルファちゃんを横目に、
封筒の封印を破る。
中には、一枚の紙切れが入っていた。
もちろん長方形の紙の上段には、『請求書』という文字が印刷されていた。
さて、ここは100万円ぐらいは覚悟しないといけないのかな・・・
ごくり、と唾を飲み込んで金額を覗き込む。

「・・・え?」

俺は固まった。
そんな俺の様子に気付いたのか、
シルファちゃんが先ほどとはうって変わってニヤニヤとした顔でこちらを振り向いた。

「プププ、ご主人様、さっきはあんなに分不相応なこと言ってたれすが、
もしかしてあまりのシルファの金額に目ぇ回したれすか?
100万円らか、200万らか知らないれすが、
そのぐらいのきん・・・」

そのまま請求書の金額を覗き込んできたシルファちゃんの声がしりつぼみに小さくなってくる。
そして、その後わなわなと全身に震えが走ったかと思ったら、

「イルイルーーーっ!!
何なんれすかっ、この金額はっ!!」

大爆発した。

「え?
あらら?
ちょっと拝借」

首を傾げたイルファさんが俺の手から請求書を奪い取り、
しげしげと眺めた。

「あらあら・・・」

「あらあら、じゃないれすっ!
このらめっこ姉っ!!
10億ってろういうことれすかっ!!
そりゃご主人様れ無くても固まるれす!!!
説明するれすっ!」

「まぁ、私達HMX-17シリーズの年間開発予算が約10億円ですから
それが4年間で大体40億円強。
シルファちゃんの開発予算としては13億円という換算なんでしょうかね?
そこから来栖川エレクトロニクスで出せる配分を引いた金額・・・
と言う事なんでしょう」

イルファさんの声がなぜか痛みを持って感じる。
さっき見た金額を思い出す。

『1,000,000,000』

そう、0が9個も並んでいた。
俺は見たこともない数字でフリーズしてしまったが、
そうか、0が9個で10億なんだ・・・

「という事なんれす、じゃないれすっ!
払えるかっ、れすっ!!
学生のご主人様でなくてもこんなの払える訳ないれすっ!!!」

「そうですね・・・、
払えないようでしたら月賦も可ですよ?」

「月賦・・・」

10億を払うのにどのぐらいかかるんだろう・・・
1月1万払うとして・・・じゅ、10万回払い・・・
1月2万で・・・5万回・・・
1月3万で・・・3.333333333・・・

「あは、あは、あはははははは・・・・」

「うわぁっ!!
ご主人様が壊れたれすっ!!
しっかりするれすっ!?」

シルファちゃんに肩をがくんがくんと揺すられて、
俺はどうにかこうにか現世に帰ってきた。

「あ、ありがと、シルファちゃん」

「ろーいたしまして、れす。
イルイル、月賦なんて不可能れすっ!
利子らけれも払いきれるものれはないれす!」

「では、珊瑚さまに肩代わりしてもらうというのはいかがですか?」

「珊瑚ちゃんに、ですか?」

「はい、珊瑚さまは春から秋にかけて新たに20ほどの特許を獲得されまして、
そのライセンス報酬などで現在25億円ほどの貯蓄がございますので」

「そ・・・それは心引かれるものがありますけど・・・」

何時の間にやら億万長者のさらに先に進んでしまった
ほんわかした笑顔の後輩の顔を思い浮かべる。
確かに、珊瑚ちゃんなら二つ返事で出してくれるだろうけど・・・

「・・・やっぱり、自分で何とかしたいです」

正直、払える宛なんかない。
無いけど、珊瑚ちゃんにはシルファちゃんを俺のご主人様にする段階から
もう迷惑をかけてしまっている。
それなのにここでまた、珊瑚ちゃんの力を借りるなんて俺が俺を許せそうにない。

「ご主人様・・・」

シルファちゃんも感極まった感じに俺を見つめて・・・

「何て感ろうするとでも思ったれすかっ!
そこはさんさんから財産をむしり取るカードを引くべきれすっ!
どうせ、あのあんぽんたんは年収で10億ぐらいいっちゃうんれすから、
気にする必要なんてないんれすっ!!
そりゃあ、シルファらって1000万ぐらいまれらったら
ご主人様の優しさに感ろうもするれすが、
桁が全然違うんれすよっ!!」

シルファちゃんがげしげし、と鼻息荒く俺を黒の靴下つきで足蹴にしてきた。
ああ、なんかこの感触も久しぶり・・・・

「こらこら、シルファちゃん!
ご主人様を蹴ってはいけませんよ!
・・・それとも貴明さん、あの、そういうプレイですか?」

「違います」

コホンと息を吐いて、頬を赤らめるイルファさんに突っ込みを入れる。
ちなみにシルファちゃんはイルファさんの呟きに恥ずかしさのあまりか固まってしまったので、
取りあえず放置する。

「それにしてもイルファさん、
何か打開案があるんじゃないですか?
それでしたら、是非とも教えていただきたいんですが・・・」

「打開案と言いますか・・・うーん、
あ、そうですね。
実は・・・」

イルファさんは指をぴん、と立て勿体ぶるような素振りを見せた。
そのまま自分のこめかみを軽く2、3度叩くと懐からもう一つの封筒を取り出してみせた。

「こんなものがあるんです。
来栖川メイドバトルのご案内です!!」

「メイド・・・バトル?」

俺の人生とはこれまで全く係わり合いにない単語に思わず窮してしまう。
メイドでバトルって、どういうことなんだろう。

「あ、その顔は説明が必要ですね?
実はですね、先ほどのお話に出てきた取締役のお方がテスト運用後機密保持のため
廃棄が決まっていたセリオお姉さまを引き取るにあたり来栖川の会長執事部隊と繰り広げた
優れた主従であれば、それは全てを凌駕する、
という来栖川の伝統に則り行われたのがメイドバトルの始まりです。
その後、マルチお姉さまも同じようなバトルの末、
大好きなご主人様の下へ引き取られた、と聞いています。
このバトルで勝てるのならば、無料、どころかその後の経費も全て
来栖川で出しますので、とってもお徳ですね」

「・・・超大企業なのに、そんな私物化してていいんですか?」

「・・・さぁ?
いいんじゃないですか?」

イルファさんは軽い感じであっさりと頷いてみせる。

「なにより、その遊び心のおかげで貴明さんの窮地が救われるかもしれないですし」

・・・それもそうか。

「分かった、挑戦して勝ってみせるよ。
それでイルファさん、俺たちは一体どうすればいいんですか?」

「はい、メイドバトルのお相手となる方々の居る場所まで移動する必要がありますので・・・
シルファちゃん、いつまでも固まってないでそろそろ話に戻ってきなさい!」

「ぴぎゃっ!!」

時折足を空中にむけてぐりぐりと動かしながら悦な表情に浸っていたシルファちゃんが、
イルファさんの呼びかけに心底驚いた声を上げた。
・・・シルファちゃんのイニシャルであるSはまさか、いや、考えるのは止めておこう。




「と言う訳で、到着ですっ!」

イルファさんに案内されて辿り着いた場所、それは・・・

「珊瑚ちゃんの、マンション?」

「ええ、その通りです」

「じゃあ、もしかして対戦相手って・・・」

「ふふっ、ご想像にお任せしますっ」

ご想像も何も、ここまで来たらもう相手は決まりきっている。
案の定、良く見知った、
というかこのマンションで唯一住人の存在を知っている部屋の前までやってきた。
イルファさんがチャイムを鳴らし、続けて鍵を開ける。
ドアノブを廻し、

「ただいま戻りましたー、貴明さんを連れてまいりましたよー」

と声をかけながら部屋の中に入る。
俺とシルファちゃんも続けてドアをくぐり、玄関先まで入って・・・・

「ダーーーー、っとと、貴明――――っ!」

ぎゅっと、柔らかくて暖かくていい匂いのするぽよんぽよんな何かに埋め尽くされた。

「れたれすね、へんしつしゃ!
ご主人様を話すれす!!」

シルファちゃんが素早い動きで俺と変質者・・・もとい、ミルファちゃんとを引き剥がす。
どうやらシルファちゃんも相手が誰だか検討がついていたようだった。
そのまま、二人はがるるっ、と犬歯をむき出して向き合ってしまう。

「もうシルファがご主人様のめいろなんれすっ!
ぱーぷーめいろろぼはクマにもろって蜂蜜れも取ってるがいいれすっ!」

「ふふん、何言ってるのかなー、まだ契約途中のくせに。
それにー、あたしは貴明の浮気相手で、現地妻だもーんっ」

「そんなわけないれすっ!
ご主人様はシルファのらもんっ!!」

「うっわー、メイドロボのくせに主人の行動を縛っちゃうんだー」

「・・・うっ!?
いいんらもん、いいんらもん、シルファはご主人様のものれ、
ご主人様はシルファのものなんらもんっ!」

「何よそれっ!?」

「べーーっ、らもんっ!!」

二人の口げんかは構っても仕方がない、いい加減学んだので放置して中に入る。
リビングにはこのマンションの住人である、
姫百合家が勢ぞろいしていた。

「貴明―っ、まーっ!」
「さんちゃん、その『まーっ』って何処で覚えてきたん?」
「全く、あの子たちったら、
ご近所迷惑ですから、すぐに片して参りますね」

上から、珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん、イルファさんだ。
他の人はいないみたい・・・ということは、

「はい、私とミルファちゃん、それから珊瑚さまが貴明さんとシルファちゃんの戦う相手です。
瑠璃さまには審判をお願いしてあります」

「うわあああっ!
ちょ、イルファさん、さっきあっちに行ったんじゃあ!?」

「ええ、ですから、連れてきましたよ?」

俺のすぐ耳元で囁きかけてきたイルファさんがそう言って指差した先には、
いつの間にか不機嫌そうなミルファちゃんとシルファちゃんが立っていた。
二人とも時折目線を合わせると火花を散らすかのようなエフェクトが見えるが、
きっと気のせいだろう。

「・・・そう言えばイルファさんたちが3人とも集合しているのを見たのは久しぶりだな」

「貴明―、そうなんかー?」

まだ遺恨を残していそうな妹たちを叱りに行ったイルファさんの代わりにやってきたのは、
3人の生みの親の珊瑚ちゃんだ。
俺の独り言を聞いて、きょとんとした顔つきで話しかけてきた。

「うん、それぞれ別々には結構会ったりはするんだけどね、
・・・そういえば挨拶がまだだったね、こんにちは、珊瑚ちゃん」

「まーっ!」

両手を掲げ宇宙のポーズで返してくれた。
・・・まーの人に眼をつけられかねないので、止めていただきたい。

「さんちゃん、それ止めてーっ!」

俺と同じことを考えたのかどうかは分からないが、
瑠璃ちゃんも俺のすぐ傍、と言うより珊瑚ちゃんの隣までやってきた。

「瑠璃ちゃんもこんにちは」

「ふんっ、ウチは別に貴明を歓迎してへんもん。
さっさとこんなイベント終わらせて帰ったらええねん。
しっしっ」

ぷいっ、とそっぽを向いてツレない態度で返してくれた。
相変わらずの瑠璃ちゃん節だ。

「瑠璃ちゃんは今日もツンデレやー」

「つ、ツンデレちゃうもんっ!」

「るりるりっ、ご主人様誘惑したららめれすっ!」

「る、瑠璃さまが・・・るりるり・・・?
ああ、何だか新しい喜びを発見してしまいそうなネーミングですっ!
瑠璃さまっ、『バカばっか』って罵ってくださいっ!」

「あたし、この姉に説教されてたの・・・?」

ツンデレ=誘惑と判断したのか、
シルファちゃんが眼にも止まらぬ速さで俺と瑠璃ちゃんの間に割って入ってきた。
イルファさんは瑠璃ちゃんの新しい呼び方にえらくご満悦で
本能>>>理性な状況である。
残ったミルファちゃんは姉の奇行の方がショッキングだったのか、
イルファさんを呆れた眼で見つめていた。
・・・それにしても話がまとまりそうもない。
俺は今も瑠璃ちゃんを睨み付けるシルファを俺の横にずらして立たせ、
改めてイルファさんに質問を投げかけた。

「それでメイドバトルって何をするんですか?」



「・・・つまり、3回の勝負で全て俺たちが勝利すれば良いってことですか?」

「ええ、引き分けや負けがあった時点でそちらの負けです。
勝負の内容は、3つです。
1つ目はシルファちゃんとミルファちゃんとのお料理バトル。
2つ目は私こと、イルファとの格闘バトル。
そして、3つ目は、ご主人様と開発者・・・この場合は珊瑚さまですね。
貴明さんと珊瑚さまのシルファちゃんクイズバトルです」

「勝ったら一文も払わないれすよっ!」

「ええ、勝利できればの話ですが。
申し訳ありません、貴明さん。
この勝負で手を抜くことは出来ませんので、
こちらも本気でやらさせて頂きます」

「いえっ、俺は・・・きっとシルファちゃんなら、
ミルファちゃんやイルファさんにも負けないって信じてますから」

「あらあら、妬けちゃいますね。
・・・ってこの場合どちらに妬けば良いんですかね?」

どうやらイルファさんたちに手加減を期待してはいけないようだ。
けど、俺は言葉通りシルファちゃんが最高のメイドロボだと信じてる。
むしろ俺がクイズで脚を引っ張らないようにすることを考えないと。

「心配しなくても、ひっきーが負けたら貴明の世話はあたしがしてあげるからねっ!」

「ミルミルなんかにご主人様を任せられるわけないれすっ、
ミルミルはあの蛮人をダーリンとれも呼んれればいいのれす!
プププ、二人でラブホテル行ってくるがいいれすっ」

「そ、それは言うなーーーっ!!」

「はいはい、二人とも、今から料理バトルをしますから、
それで決着をつけてくださいねー」

「ふふん、いいわよ。
また負かしてやるからっ」

「そう言えば、以前の借りを返す良い機会れすっ!
こんろはぎったんぎったんにしてやるれすっ!!」

鼻息荒く二人が台所へと向かう。
姫百合家のキッチンは台所の主である瑠璃ちゃんの意向でかなり広く作られているので、
二人が入ってもそれほど邪魔にはならないだろう。


「さて、気になるメニューはっ!」

そうだ、ここが問題だろう。
シルファちゃんが得意そうなメニューとか、
この前のリベンジで肉じゃがとかなら良いんだけど・・・

「筑前煮ですっ!
制限時間は40分っ!
それではレディースターートっ!!」

筑前煮・・・。
名前は分かるけど中身は良く分からない料理の代表みたいなメニューだ。
早速材料の吟味を始めた二人を横目に、
審査員でもある瑠璃ちゃんに詳細を尋ねてみる。

「筑前煮か?
ごった煮とはちゃうで。
色々地方によって変わるとは思うねんけど、
基本は鶏肉と根菜を炒め煮したものやな。
見てみい」

瑠璃ちゃんの言葉に従って視線を向けると、
シルファちゃんが鶏肉を、
ミルファちゃんが牛蒡に蓮根を手に取った所だった。

「ま、二人とも知らんちゅうのはなかったみたいやし、
審査員としては食べられるものが出てきそうで安心やわ。
そういや、椎茸はどうしたんや?」

「・・・瑠璃さま、さすがに知らないのはメイドロボとして論外ですよ。
ちなみに椎茸は生のものと干したもの、
それから干したもので昨日から戻しておいたものの3種類を用意しております」

「そっか、ウチなら戻したもん使うけど、生はどうなんやろな?」

「うーん、ちょっと味が軽くなってしまうかもしれませんね」

「なーなー、瑠璃ちゃん。
筑前煮にはあんバタはいるー?」

「はいらへんっ!?」

「つまらんなー」

「さすがにさんちゃんの言うことでもそれは薦められへんもん・・・」

外野の暢気な会話とは打って変わって、台所では二人が真剣に材料を吟味していた。
ほぼ全ての材料を手にした二人であったが、最後の筍に少しだけ躊躇した表情を浮かべる。

「・・・どうしたのかな?」

「ああ、水煮よりも生のものを使った方が当然ですけど美味しいんですよ。
ですけど、時間制限がありますから、恐らく・・・」

「あっ、二人とも水煮を選んだっ!」

「ええ、私でもそちらを選びます。
最近の水煮は独特の臭みなども少ないですし、
ぎりぎりの時間で勝負をかけるほど大した差はありませんから」

「そうなんですか・・・」

俺とイルファさんのどうでもいい会話を挟みながらも、
二人の勝負は進んでいった。
選んだ材料は結局一緒だ。
二人は黙々と材料の下ごしらえを続ける。
鶏肉を一口サイズに切り、
戻した干し椎茸の水気を絞り切り分ける。
人参は乱切り、
蓮根と筍、皮をしごいた牛蒡は乱切りにした後、水に放つ。
そしてコンニャクを手に取り、

「・・・あれ?」

「どうしました?」

「いえ、ここで初めて2人に違いが・・・
ほら、シルファちゃんはコンニャクをスプーンでちぎってますけど、
ミルファちゃんは手を使ってるみたいです。
包丁は使わないみたいですね」

「ああ、それはどっちも正解です。
コンニャクは包丁で切るよりもああいった方法を使った方が、
味のなじみが良くなるんです」

「イルファの言うとおりや。
まぁ、女の子が手づかみちゅうのはどうかとも思うけどな」

すっかり解説役と化したイルファさんの説明に瑠璃ちゃんが補足を入れる。
ここは審査員役である瑠璃ちゃんの心象という意味ではシルファちゃんのリードのようだ。

材料の下ごしらえが終わった二人は調味料の準備に入った。
今までのところ、ほぼ互角っ!
きっとこの味の微妙な差で勝負が着くのだろう。
ここが正念場だ、俺はシルファちゃんに頑張れっ、と心の中で応援を入れる。
すると俺の念が通じたのか、シルファちゃんがこちらを振り返った。
・・・?
いや、俺じゃない、視線の先は・・・瑠璃ちゃん?
瑠璃ちゃんをちょっとの間見つめていたと思ったシルファちゃんは、
先に配合を始めたミルファちゃんを追いかけるように各種の調味料を合わせていく。
たっぷりのかつお節で取った一番出汁に、
醤油、日本酒、味醂、砂糖を加えて合わせ調味料を作っていく。

「・・・あれ?」

また俺の疑問が口をつく。

「えっと、二人とも味つけ混ぜちゃってるけど、ほら、
『さしすせそ』
とかってあるんじゃないの?」

「えーと、それはですね・・・」

「それは煮含める場合だけなんや。
筑前煮なら合わせで充分やで」

「やっても良いですけど、あんまり意味ないと思いますね」

調理の正念場だからか、じっと二人の料理風景を見つめながらも、
律儀に応えてくれる二人。
ちなみにさっきから一言も発しない珊瑚ちゃんはというと・・・

「すーすー」

ソファでお休み中である。
料理のことは知らない珊瑚ちゃんが興味を持てるわけもない。
まぁ、『ゲームやろー』などと言い出さなかっただけマシである。

俺が珊瑚ちゃんに意識を向けている間に、調理は佳境に突入したらしい。
熱した鍋に落とした鶏肉がジュージューと音を立てる音が聞こえ、
さらに根菜がどばどばっ、と鍋に落とされた。
合わせ調味料を加え鍋を煮立てていく。
その合間合間に丁寧にアクをすくい、火力を抑えて落し蓋をする。

「後は煮込むだけやな」

「そうですね。
あ、彩り用に絹さや使うみたいです」

「インゲンとかつこうてもいいんやけどな、
・・・それにしてもほとんど一緒やな」

「まぁ、それは基本同じデータベースからレシピを持ってきていますから」

瑠璃ちゃんとイルファさんの言うとおり、二人の調理方法はほぼ同一だ。
正直、俺が食べて味の違いが分かるかと言うと結構疑問だったりする。
そして、煮始めてから15分が過ぎた頃、

「出来たっ!!」

先に声を上げたのはミルファちゃんだ。
早速器に盛り、茹でた絹さやを散らして食卓の上に筑前煮を置いた。

「こっちもれきたれすっ!」

そのすぐ後にシルファちゃんの声が響く。
・・・あれ?
シルファちゃんの鍋の横に先ほどまで置いてなかったはずの計量カップがおいてある。
もしかして、何か隠し味を加えたのだろうか。

「・・・そやな。
じゃあ先に出来たミルファのから頂くわ」

ミルファの料理が乗った白磁の深皿から少量を自分のお皿に移し、
瑠璃ちゃんが口に料理を運ぶ。

「・・・うん、旨いな。
良く煮えとるし、味も染みとる。
煮崩れもしとらんし、合格点あげられるな」

料理には五月蝿い瑠璃ちゃんがそう言う以上、
ミルファちゃんの筑前煮は成功しているのだろう。
・・・じゃあシルファちゃんのはっ!?

「次はシルファのやな。
・・・ん?
シルファのは、和食器に盛り付けてあるんやな。
それに・・・まぁ、食べてからやね」

そう言ってシルファちゃんの筑前煮も同じように小皿に取り、
瑠璃ちゃんが試食を開始した。


「甲乙つけがたいんやけど・・・」

一通り試食を終え、瑠璃ちゃんは箸を置きながらそう呟いた。
まぁ分からなくもない。
俺も前にやったけど、結構な差がない限り味の優劣をつけるのは非常に難しい。

「ウチの好みで言わせてもらえば、
シルファの勝ちやね」

「やったれすーっ!」

「ええっ!?」

固唾を呑んで見守っていたシルファちゃんとミルファちゃんの明暗分かれた声が響く。
そして、敗れたミルファちゃんの視線が雄弁に理由を言え、と瑠璃ちゃんに迫っていた。

「理由はいくつかあるんやけど、
やっぱり細かい所やな。
料理の盛り方や器のセンス、それから野菜の切り方はシルファの方が一歩上やった。
それから味もそうや。
ミルファの方はウチが育ち盛りやからちょい濃いめにしたんやろうけど」

「シルファちゃんはこの料理勝負の趣旨を見抜いていたみたいですね。
野菜やお肉はかなり高級で質の良いものを用意していますが、
調味料はごく普通のものばかりでした。
つまり、瑠璃さまの嗜好としては素材の味を活かした料理を作ってほしい、
という隠れたメッセージだったわけです」

「それに、シルファのは旨味調味料つこうとらん所もウチ的にはプラスや。
最後のひと手間で加えた片栗粉も味を引き締めるのにひと役かっとる。
ミルファのように醤油で照りをつけてもいいんやけど、
・・・ウチの好みはシルファの方やな」

「ええっ、そんなー!
瑠璃老成してるよーっ」

「・・・ミルファちゃん?
瑠璃さまへの無礼な態度は許しませんよ?」

ミルファちゃんの怖いもの知らずの発言は眠れる獅子の尾を踏んでしまったらしい。
イルファさんのコンボがげしげしとミルファちゃんのHPを削っていくのを尻目に、
俺はシルファちゃんに向き直った。

「やったね、シルファちゃん!」

「と、当然らもーん、ミルミルなんかに負けるわけないんらもん。
ちゃんと相手の事を考えて料理したらけれす」

「うん、さすがシルファちゃんだねっ」

シルファちゃんが前の敗因を覚えていて、それを乗り越えてくれたことが嬉しくて頬が緩んだ。
そっか、さっき瑠璃ちゃんを見ていたのは、きっと瑠璃ちゃんの好みを探っていたんだろう。
アレだけで理解したのかは分からないけど、
見事に瑠璃ちゃんの嗜好を見抜いてみせたシルファちゃんの完全な勝利だ。
俺はどんどん嬉しくなって、シルファちゃんの頭をゆっくりと撫でる。

「もっと可愛がれれす・・・」

シルファちゃんもうっとりと俺を見つめて・・・

「ごほんっ」

瑠璃ちゃんの声で我に返る。
ジト目でこちらを睨んでくる瑠璃ちゃんに少し気後れしながらも、
イルファさんにバトルの二本目をお願いしようとして、

「あーっ、料理できとるーーっ!」

ぽやぽやした声に阻まれた。
いつの間にか起きだしてきた珊瑚ちゃんが食卓の椅子にちょこんと座り込み、
早速箸を伸ばしていた。
そしてそのままパクパクとシルファちゃん作の筑前煮を食べてしまう。

「・・・あっ」

シルファちゃんが怯えたような声を漏らす。
そう言えば、シルファちゃんは珊瑚ちゃんが苦手なんだっけ・・・?

「美味しいなぁ、瑠璃ちゃん?」

「そうやね、ウチもうかうかしてられへんな」

「もっと食べてええ、なぁシルファ?」

「えっ・・・ろ、ろうぞれす」

「おおきになー」

にこにことシルファちゃんにお礼の言葉を投げかける珊瑚ちゃんに、
シルファちゃんがどうしたものか、と困ったような顔をこちらに向けた。
俺は珊瑚ちゃんとシルファちゃんが仲良くなって欲しかったから、
大丈夫だよ、という意思を込めて頷いてやる。
シルファちゃんは俺に後押しされたように、ゆっくりとした足取りで珊瑚ちゃんに近づいていった。
珊瑚ちゃんの素朴な疑問に、少しつっかえながらも逃げ出さずに答えるシルファちゃん。
まだぎこちないけれど、珊瑚ちゃんはとっても優しい女の子だ。
すぐにシルファちゃんも自分を気まぐれに壊したりするような
ひどい開発者ではないと気付いてくれるだろう。

気付くと、イルファさんがこの光景を一緒に眺めていた。
・・・俺は話でしか聞いたことはないけど、実際にシルファちゃんが
珊瑚ちゃんに苦手意識を持っているのを目の当たりにしてきたのはイルファさんだ。
俺なんかよりよっぽど、シルファちゃんの成長を感じているのかもしれない。

・・・ただ、ミルファちゃんが目を廻して床に転がっている時点で色々台無しではある。


「瑠璃ちゃん?」

俺は普通に食事をしている珊瑚ちゃんとそれを見つめるメイドロボたちから離れて、
瑠璃ちゃんにこっそりと話かけた。

「なんや?
審査を贔屓してくれゆうんやったら、きかへんよ?」

「・・・こっちが有利になることだから難しいかもしれないけど
でも、聞くだけ聞いてほしい、ちょっとだけ頼みがあるんだ」

俺は瑠璃ちゃんに次の試合の秘密兵器をお願いした。
さっきのミルファちゃんへのコンボといい、
まともにやっては格闘でイルファさんにシルファちゃんが勝つのは難しいだろう。
・・・そうじゃなくても、女の子同士が喧嘩だなんてさせたくはない。

「ふぅん、・・・一つだけ条件つけさせてくれたらええで?」

俺の話を聞いた瑠璃ちゃんは一つだけ条件をつけてきた。

「シルファにも作戦は内緒や。
イルファと同じ条件で試合をする、それやったらええで」

「・・・うん、それでいいよ」

さて、俺の作戦が功を奏すかどうか・・・?


「お腹ぽんぽんやー」

相変わらず小食なわりに食いしんぼな珊瑚ちゃんが、
一通り料理に手をつけ終わるとイルファさんが続きを促した。

「さ、瑠璃さま、次の対戦のコールをお願いします」

「ああ、わかってん。
次はイルファとシルファの格闘試合や。
ただし、ここはマンションやから過剰なドタバタは禁止。
家具を壊すのも禁止。
近所迷惑になるような行為一回につき減点1で、2点マイナスで負け。
技ありで1点、一本で2点プラスで勝ちや。
簡単に言うと、2点プラスになるか、2点マイナスになるまで勝負は続くで。
時間は無制限」

簡単に家具を片付けたリビングの真中にシルファちゃんとイルファさんが対峙する。
シルファちゃんは少し固くなった表情で構えをとり、
イルファさんは澄ました表情で自然に立ち尽くしている。
俺の秘密兵器があれば恐らく勝負は一瞬だろう。
必死にシルファちゃんに作戦に気付いてくれ、と念を送る。
俺が念を一通り送り終えた頃、瑠璃ちゃんは開始の合図を口にした。

「・・・はじめっ!!」

シルファちゃんが声と同時に間合いをつめる。
俺はその瞬間を見計らったように、携帯の再生ボタンを押した。


「イルファっ、たすけてーーーっ!!」


「瑠璃さまっ!
どうなさいましたかっ!?」

イルファさんがシルファちゃんそっちのけで瑠璃ちゃんの方へ向き直った。
そのまま、シルファちゃんのパンチがぺしっ、とイルファさんにクリーンヒットするが、
そんなのはもうどうでもいい、とばかりに瑠璃ちゃんに駆け寄るイルファさん。

「どうしましたっ?
お怪我でもなさいました?
どこか痛いところがございますか?
それとも・・・」

「あー、イルファ、なんともあらへん、あらへんから落ち着き」

瑠璃ちゃんはイルファさんの必死な様子に面食らいつつも、
事のあらましを説明する。

「・・・とまぁそんな訳で、ちょっとしたハンデやったんやけど、
あっさり決着ついてもうたな。
勝者、シルファやっ!」

「もうっ、瑠璃さまっ!
そう言うことでしたら、せめて『助けて』だけにして下さいませんと。
あれじゃあ私しか反応しませんよ?」

「シルファはろちらにせよ、イルイルに一撃加えたれすよ?
らって、るりるりが立ってる方とは全然別の方向から声が聞こえてきたれすし」

「・・・あ、そういえば、貴明さんの方から聞こえてきましたね。
認めます、私の負けです」

シルファちゃんの突っ込みにがっくりと肩を落とすイルファさん。
ちょっと卑怯だけれど、これで2勝!
残すは・・・

「まーっ!
ラスボスの登場やー」

「珊瑚ちゃん、勝負だ!」

俺が頑張る番だ!!


さて、またもや姫百合家のリビングである。
今度はテーブルを戻し、椅子に俺と珊瑚ちゃんが並んで座っている。
それぞれの目の前にはハンドサイズのホワイトボードが置かれていた。

「さて、それでは最終戦を始めます。
クイズバトルの司会は私ことイルファが勤めさせて頂きます。
この勝負ではシルファちゃんに関するクイズを10問出させていただきますので、
正解数が多い方の勝ちとなります」

「ご主人様―っ、これで負けたら許さないれすーっ!」

「さんちゃん、がんばれーっ」

イルファさんの説明の合間を縫って、シルファちゃんとミルファちゃんの声援が届く。
珊瑚ちゃんは相も変わらずにこにことした表情で、
このクイズバトルについても余裕が窺える。
・・・クイズの内容によっては、歯が立たない可能性もある。
だけど、これでもシルファちゃんの取り扱い説明書やスペック表は
以前預かったときから覚えているんだ。
メイドロボのオーナーとしての知識なら充分持っている・・・はずだ!!

「それでは第一問っ!
じゃかじゃん(SE)
シルファちゃんの正式名称は?」

・・・は?
ま、まぁ一問目だし、簡単な問題からなのか・・・な?

『HMX−17c』
『HMX−17c』

俺と珊瑚ちゃんのフリップに書かれた文字は当然ながら一緒。
イルファさんもどこぞの黒っぽい顔色のひらがな五文字の司会のような
溜めをすることもなく、あっさりと正解宣言をする。

「正解でーす。
次の問題っ!!
じゃかじゃん(SE)
シルファちゃんの髪型は?」

・・・そこに正解がいるんですけど。
少しだけ違和感を覚えなくもないが、さらさらと正解を書く。

『三つ編み』
『みつあみ』

「正解でーす。
では第三問目・・・」


・・
・・・

「じゃあ、これで最後の問題ですね。
じゃかじゃん(SE)
シルファちゃんに搭載されている珊瑚さま設計の新型ソフトウェアの名称は?
あ、これは略称でも構いません」

『ダイナミック・インテリジェンス・アーキテクチャ』
『DIA』

「はい、お二人とも正解ですっ」

「だいこんいんげんあきてんじゃーっ!」

「・・・せめて略はなしにして欲しかったよ、イルファさん。
っていうかっ!
何ですか、この問題!?
全部すっごい簡単なのばっかりでしたよ!!」

「あら、そうでした?」

しれっとした顔で、それは盲点でした、
とでも言いたげなイルファさんに珊瑚ちゃんがゆるーく話しかけた。

「で、イルファ、結果は発表せんの?」

「そうですね、・・・はい!
両者ともに10問正解でーすっ!
凄いですねー、シルファちゃんのこと何でも知ってますね?」

「凄くも何ともないじゃないですかっ!
途中から凄くやる気無かったですし、
何ですか、5問目のシルファちゃんは男型か女型かって!!」

「いえ、もしかしたら男装型かもしれないじゃないですか?
・・・それとも貴明さんはシルファちゃんの裸を隅々まで見ていますから、
簡単すぎましたか?」

ニヤニヤと笑いながらそんなことを言い出すイルファさんに、
俺はつい顔を真っ赤に染めてしまう。
・・・って待てよっ!?

「初めてシルファが来たとき、既に裸だったので当然ですよっ!!」

「貴明はすけべさんやなー?」

「ほんまサイテーやな」

「もうっ、貴明ったら、シルファのひんそーな身体なんて見ても面白くないのにっ!」

「ご、ご主人様っ、そんなっシルファをまじまじと見てたれすかっ!?」

って、何か話が全然別の方向にっ!
今はそんなことを追及される場面じゃないのにっ!?

「そうじゃないよっ、ちらっと見ただけでも男か女かぐらい分かるしっ!
それよりもっシルファちゃんも一緒に抗議してよっ!
このままじゃ一緒に居られなくなっちゃうよっ!!」

「・・・あっ!!
そうれす、そうれす!
イルイルっ、こんな中途半端なクイズはらめらめれすっ!
延長戦をしないといけないれすっ、
・・・そうらっ!!
シルファが問題をらしてもいいれすよっ!?」

「それはダメです。
・・・ちなみにどんな問題を出すつもりですか、シルファちゃん?」

「ご主人様とシルファのファーストキスの場所は、とかれすっ!」

「・・・はぁ、そんなの貴明さんとシルファちゃんしか分からない問題じゃないですか。
まぁどちらにしろ、これで勝敗は決しています。
最初から、引き分けでもそちらの負けだ、と名言していましたので・・・」

イルファさんは申し訳そうな顔で俺に向き直った。
・・・だけど、俺はもう覚悟を決めていたはずだ。
初めから悩む必要なんて無かった。
だって、俺はもうシルファを離したくなんてないし、
シルファのご主人様であることを放棄するつもりもなかった。

「・・・っ!
こうなったらっ!!」

「ミルファちゃんっ!!」

「はーいっ!」

前言を撤回してくれそうにないイルファさんを力ずくでどうにかしようと思ったのか、
理不尽さのあまり、怒りで顔を真っ赤に染めて足を踏み出そうとしたシルファちゃんが
すぐさまミルファちゃんに押さえつけられる。
イルファさんはシルファちゃんが身動き出来ないのを確認すると、
真剣な顔で俺を見つめた。

「貴明さん、ここで一つ提案があります。
勝負に負けましたので、貴明さんには全額払って頂きますが・・・」

「ご主人様―っ!
こんなのインチキれすっ、払う必要なんて、もがっ!」

「ちょっと黙っててねー、ひっきー妹?」

「もがもがーっ!」

ミルファちゃんがシルファちゃんの口を押さえて、シルファちゃんの声が途切れた。
イルファさんが一度息を吐いて、続けた。

「珊瑚さまがシルファちゃんのご主人様となりシルファちゃんを貴明さまに預ける、
という形にするならばお金は発生しません。
・・・例えそうでも、シルファちゃんは貴明さまにずっとお貸ししますので、
今までと全く変わらない状況で暮らせると思いますが?」

こちらをじっと見つめるイルファさんの瞳を、しっかりと見つめ返す。
それからちらりと、横に眼を向けると、
シルファちゃんが少しだけ不安そうに俺に視線を向けていた。
そうだね、初めからお金が掛かる掛からないはともかく、
ソコだけはきっちりと決めていたんだ。
だったら俺の答えはいつだって一つだ。

「・・・・・・ううん。
それじゃダメなんだよ、イルファさん。
そんなことをしたら、俺はシルファちゃんをモノとして扱ってることになっちゃう。
シルファちゃんもそのことをいつまでも不安に思ってしまうだろうし、
・・・仮のご主人様のときと同じ繰り返しになるんだ。
だからっ!」

俺は覚悟を決める。
決める。
決めるっ!
決めるっ!!

「払うよ。
何十年かかるか分からない。
払いきれるかも分からない。
でも、俺がシルファちゃんのご主人様なんだから、
俺が払わなきゃいけないんだ」

言った。
・・・言ってしまった。
これでこの年にして、借金地獄だ。
でも後悔はないかと言えば多分嘘になるけど、清々しい気分なのは間違いない。

「・・・そうですか。
それでは、請求します」

イルファさんが俺の家で預かったままになっていた請求書を取り出した。
そして俺に自分の手の平を差し出して言った。


「858円頂きますー♪」


うん、858円。
細かいなぁ、財布の中にあったっけ・・・って!!

「ちょ、ちょっとっ!
イルファさんっ!?
10億円なんじゃっ!!?」

「くすっ、違いますよ。
よーく見てください。
小さい文字で通貨の単位が書いてありますよ?」

イルファさんから奪い取るように請求書を借りて、じっくりと見つめる。
確かに金額から結構離れた場所に、それも小さい文字でアルファベットが・・・。

『1,000,000,000・・・・・・kr』

・・・はい?

「クルシュ、それも旧クルシュですね。
ちなみに現在のレートですと、1トルコリラが約81.7円。
そして1トルコリラが100万旧トルコリラで、さらに1億旧クルシュに該当します。
つまり、10億旧クルシュで、約817円。
税込みで858円ですね?」

にっこりと笑ってそう言うイルファさん。
えーと、・・・つまり?

「貴明・・・、まぁ簡単に言うとな。
騙されたんや」

瑠璃ちゃんが心底同情した感じの顔で俺の肩に手を置いた。

「実は、ウチもな・・・
イルファを完全に引き取ることにしたとき・・・同じ・・・」

さすがに俺のことが居た堪れなくなったのか、
以前同じようなことをやられたと告白してくれる瑠璃ちゃん。
そのときの事を思い出したのか、顔は真っ赤に染まり、
言葉も尻つぼみに消えていってしまう。

じゃ、
じゃあ・・・

「シルファちゃんを俺は引き取れる・・・?」

「ご、ご主人様―――っ!?」

ミルファちゃんから逃れてきたシルファちゃんを慌てて受け止める。
そのまま抱き合って、二人がこれからも一緒に居られることに感謝する。
騙された、とかそういうことも関係ない。
今はただ、これから始まるシルファちゃんとの新しい生活に、ワクワクと胸が弾むので一杯だ。
きっと、イルファさんは俺がシルファちゃんのことを本当に真面目に考えているのか、
それを確認したくて心苦しい思いをしながらもこんな企画を立ち上げたんだろう。
そう思うと、俺とシルファちゃんの絆を深める良いきっかけなったんじゃないか、
とさえ思えてしまう。

「・・・まぁ、今はいいんやけど、明日とかぶっちゃけ恥ずかしすぎて死ねるで。
ホンマ」

一度話し始めたら止まらなくなってしまった瑠璃ちゃんの声に不安を掻き立てられつつも、
とりあえず今はこのしょうも無い企ても全て許せてしまう。
そもそも俺が通貨単位を見落としたのが悪いんだ。
きっと3本勝負は勝てないようになっていたが、それも仕方ない。
シルファちゃんたち、心を持ったメイドロボの正式なご主人様は
少なくとも一人の女の子の一生を面倒見る、
そのぐらいの覚悟が必要なのだと改めて知ることが出来た。

とっても寛大な気分だ。

「・・・まぁ、許せてまう、って気分も今日のこの映像が
来栖川の役員会で報告資料として提出されるのを知るまでやな」

・・・えっ!?
そっ、それは・・・聞こえない、聞こえなーいっ!?

どうやら俺も、冷静になった明日は頭を抱えて一日を過ごすことになりそうです。

(終わり)