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恋愛0キロメートルSS 恋愛0キロ闇鍋風ごった煮アイドル和え、時々希桜


それは、何時もと変わらず騒がしい木ノ本家の団らんが行われている一時であった。ご近所ブログでも評判の美人姉妹たちと京一がお茶を飲んで一服しているさなか、末妹の華がずずず・・・と音をたてて飲み終えた湯呑を、ことり、とちゃぶ台に置いてから口を開く。

「・・・これって誰ルートの後なんだ?」
「ルート!?何言ってんのっ!!?」

思わず驚愕の表情で突っ込みを飛ばす、この場唯一の男性である『兄』の京一を歯牙にも欠けず、華は当然のような顔でふんぞり返る。家族交換でなし崩し的に生まれた兄へと彼女は視線を合わせると、ため息を一つ零してから何も分かってはいやしない京一へと向けて告げる。

「いや、重要だろ。お兄ちゃん、これ誰ルートの後だよ。白状しろ」
「そうね、重要だわ」
「うん、そうだね。重要だよ」
「まぁ、そんなの言うまでもないって兄貴は突っ込みたいんだろ?」

同じ言を繰り返す華に加えて、残りの三姉妹、長女のマヨが無駄に髪をかき上げるポーズを決めて、三女の実咲が少し頬を赤らめてくるくると前髪を弄びながら、四女の乃来亜が変顔で鼻息も荒く同意の言葉を返す。絶句して目を白黒させている京一を放置して、真っ先に口火を開いたのは、木ノ本家の家事を司る実咲である。

「私のルートだよ、当然」

ドヤ顔で朗々と宣言した。それにしてもドヤ顔とは一体どんな顔なのだろう。『ドヤァ』って顔?浪速か!?ともかく、実咲から一瞬だけ遅れて乃来亜が口を開いていたがその先を続けることが出来ず、少し涙目で開いた口の置き場を求めてパクパクと唇を上下運動させていた。誰もそんな報われない乃来亜のことなど気にすることもなく、実咲の言葉について姉妹たちは考えを巡らす。つまりは、彼女を否定するために。

「それは残念ながら無いんじゃないかな、実咲お姉ちゃん」
「うーん、だけどそれが一番順当だよね、私がこのゲームのメインヒロインだから。初回盤の側面部分に登場する唯一のヒロインだし、それを言ったら通常版のパッケージからしてそうだもん」

しごく冷静に否定の言葉を口にする華に、少し眉を持ち上げた実咲が珍しくも感情的に反論の口火をきった。一つだけ言いたい。ゲームとか言うな。ちなみにゲームアイコンは咲耶だ。

「好きになった順番でも姉妹の中で最初だし」
「それでも・・・それでも無いんだよ、お姉ちゃん」

なおも続く実咲の言葉を、悲しそうな顔をした華が眦に涙を浮かべて遮る。むっとした顔をしてみせる実咲に怯むこともなく、彼女はしっかりとした口調で声を上げた。

「だって・・・」

一度言葉をきってから、タメを作る。皆がごくり、と生唾を飲む音を聞いてから、そう言えばあのタメがお得意の黒っぽい色をした司会者は最近めっきり大人しくなったもんだと思う。やはり引退などと言う話は真実なのだろうか。それはともかくとして、華がゆっくりと、断定的な口調で続けた。

「お姉ちゃんのシナリオってどう見ても氷室屋先輩に喰われているし!!」
「う、うそっ!?」
「だって凄いインパクトだったよ。唐突にお姉ちゃんの幼なじみ設定出てくるし。そこでようやく咲耶お姉ちゃんはフルネーム呼ばわりで、実咲お姉ちゃんは名前で呼ぶ理由が分かるって何だよ、アレ。アレは特典ドラマCDで乃来亜のトマト好き設定が出て以来の衝撃だったね」
「トマトと同じ!?それで負けたの!私のシナリオ!?」
「それからトドメにCGだよね。アレで負けたよ、完全に。モモーイに喰われたね、お姉ちゃん」
「モモーイ!!?」

そりゃ勝てないわ・・・っていうかEDでも立ち絵のない店長に兄さん心奪われていたし・・・、と嘆きながら三角座りしてどんより、と暗んだ雰囲気を作る三女を尻目に今度こそ、と四女が口を開く。誰も実咲を慰めたりはしないあたり、この姉妹はヒロインとして何処へ向かっているのだろうと、会話に参加出来ていない京一は考えていたりした。

「だったらあた・・・」
「それじゃあ、私のルートね」

次の手を打ってきたのは、木ノ本家のお父さん的存在である長姉マヨだ。乃来亜にしてみれば今度は先に喋りはじめたのにあっさりとスルーされたことで、無視しないで・・・、などと呟きながら一筋の涙をこぼすが、姉妹たちは当然のように気にせずにマヨのヒロイン性について思いを馳せた。キューピーとは関係ないのであしからず。

「それもないな」
「アラ?どうして?私のルートではサブキャラの活躍なんて無いわよ?立ち絵もCGもないもの、他の役員たちは」

自信に満ち満ちた素晴らしいドヤ顔で部下たちをないがしろに扱う長女を、末妹は再び悲しげに見つめてから、絞り出すように声を上げた。

「だって・・・あのシナリオ、どう見ても主役は私だろう?」
「うっ!?ひ、否定出来そうにないっ!!」

マヨ驚愕。確かにエロいことをして生徒会の仕事に身が入らなくなったあげく、華に後を継がせて楽隠居しただけのマヨと、シナリオを通して生徒会長という役目を受け入れ、そして勝ち取ることで成長を描かれた華。どちらが話の主役であったかなど、言うまでもないことであろう。

「と言うか、お兄ちゃんも何もしてないしな。マヨお姉ちゃんとデートしたぐらいじゃないのか?」
「・・・の、ノーコメントでお願いします」

突如話題を振られるとは思っていなかった京一が、別のシナリオ(言い切った)の自分の所業で責められてはたまらないとばかりに首を振る。それにしては発言が弱気なのは彼を一瞬睨みつけたマヨに配慮したせいだ。脅えたわけではない。あくまでも配慮だ。遠慮だ。気を使っただけだ。エロゲーの主人公、嘘つかない。

「それだけじゃあないぞ。多分あのEDの後は確実にこうなるな。進学のために上京し、独り暮らしをすることになったマヨお姉ちゃん。お兄ちゃんとは遠距離恋愛ですれ違い続きな日々が続き、ついにはマヨお姉ちゃんは寂しさのあまり合コン通いで都会生活を満喫することに。残されたお兄ちゃんは『会長』という過去のマヨお姉ちゃんの影を追い求めて、そして以前は出来なかった『会長』のお手伝いをするために生徒会に出入りをするようになるんだ。そして、近づく距離。燃え上がる愛憎、その果てにエッチを覚えたものの長い間お預けをくらっていたお兄ちゃんは、遂には我慢が出来ずに私に襲い掛かる。そして椿の花がポトリと・・・華だけにな」
「昼ドラかっ?って言うかどんだけ喋るのっ!?長いわよっ!!!」

マヨのひどく適格な突っ込みが入る。が、まだ語り足りないのだろう華が気にした様子も見せずに続ける。末妹には基本的に甘い、そして芸人気質の木ノ本家ではネタ振りをしている相手の言葉を無理に遮ることは許されないのである。ただし、乃来亜は除く。

「そして真エンド。合コン地獄で肝臓を壊してあっけなく死んでしまったお姉ちゃんの墓前に立つ私とお兄ちゃん。一度は鬼畜で凌辱で悲惨な状況にあった私たちだけどマヨお姉ちゃんの死をきっかけに自分たちの心中を見つめなおして恋人関係になるんだ。そして私のお腹にはお兄ちゃんとの子供が。私はお姉ちゃんの墓前で涙をこぼしながら、この子の名前はマヨにしよう、とお兄ちゃんに言うんだ。するとお兄ちゃんはDQNネームかっ!と突っ込みを・・・」
「台無しっ!!昼ドラから急に漫才への展開になったのっ!!?」

DQNネームじゃないもん、キラキラネームだもん、と嘯きながら跪く長女を放置してノリに乗った華である。鼻息荒く、むふーん、と意気込んでから次のヒロインを斬って捨てる。

「はいはいはーいっ!あたしあた・・・」
「咲耶お姉ちゃんも当然ないな」
「どうしてだ?ユーザーからの評価、結構高いんだろ?」
「無視・・・兄貴まで・・・ううう・・・」

乃来亜を規定事項のようにスルーした華がヤレヤレ、と言った仕草をしてみせてから京一の素朴な疑問を鼻で笑う。咲耶のシナリオには致命的なアレがある。そう。誰もが思ったアレだ。

「だって、アレお兄ちゃん確実に死ぬだろ。真冬の川の中で24時間耐久で指輪探すヤツ」
「・・・ぅん」

思わず頷いてしまう京一だった。確かに軽く死ねる。嘘だと思う人はやってみると良い。ただし、当方は責任を一切負わない。負わせないでください。

「多分アレだ、あの一回目のEDロールが真実で、その後の話はお兄ちゃんの死を受け入れられなかった咲耶お姉ちゃんが見ている夢だ、間違いない」
「せ、切ないっ!切なすぎるっ!!」
「本当の咲耶お姉ちゃんは病院のベッドで何もない空間に向けて話かけているんだよ。多分」
「・・・何かそろそろ誰かに怒られそうな気がしてきた」

作者もそんな気がしてきた。

「無視・・・しないで・・・あたしもいるじゃん・・・」

ほろほろとマジ泣きの涙を零しながら、乃来亜がすがりつくように華へと抱きつきながら意思表示してくる。さすがに相手をしてやった方が良いかと、華が仕方なく乃来亜へと顔を向けた。ひどく冷たい表情である。

「うるさいな。どうせオマエのルートなんてあり得ないし」
「な、何でだよ!」
「だって作者がお前のルートは途中であきらめて放置だし」
「そんなリアルな話を!!」
「オマエ、スペック的に他の姉妹に比べると圧倒的に落ちるくせにお兄ちゃんを1回振るとか何様だよ、って感じだしさ」
「ひどい・・・咲耶姉とかも同じことしてんのに・・・」
「ぶっちゃけ作者はアッチ向いての優由ルートも同じ理由で積んだしな。予定調和だろ」
「ひどすぎる・・・」

乃来亜がガクリ、とひざを着きながら恨みの言葉を発することも出来ずにポロポロと落涙する。華はうっとうしそうにまだすがりついてくる乃来亜を引っぺがすと、当然のような顔で高らかに告げる。

「そんなわけでこのSSは・・・」
「ちょっと待って、華。お母さん、皆に話さなくっちゃいけないことがあるのすっかり忘れていたわ」
「・・・むぅ」

さすがの傍若無人で一撃必殺な五女と言えど、一家を支える大黒柱な母親には逆らえない。いや、逆らってもいいが、今の今まで全く会話に参加してこなかったので、いないと思っていたところで急に声をかけられて気勢を削がれたのだ。いたと思ったらおらず、いないと思ったらいる。人物描写が下手なSSの妙手だった。

「アイドルをやってみない?」
「「「「はぁ?」」」」

ようやくこのSSの主題である。いつものことだが前振りが非常に長いので本編が短くなるのはどうにかならないのだろうか。とにかく、突然の母親の宣言に、華と、それからorzな状態だった三姉妹からも疑問のこもった声が返ってきたのである。当然だ。

「実はね。仕事関係でとある大手芸能事務所の人にウチの家族の写真を見せることになって、それからトントン拍子でそんな話題になっちゃったのよ。確かにウチの子に目をつけるのは良いセンスだとは思うけどね」

上から目線のドヤ顔でそんなことをのたまう母親を四人の子供たちは困惑の表情で見つめていた。正直に言えば嬉しくもあり、不安もあり、面倒でもあり、混乱もあり、とそれぞれのふり幅は異なるものの、皆の気持ちは大体のところ同じ方向を向いている。

「こ、困る・・・」
「何だよ、唐突だなー。でもさ、あたしって美少女だから遅かれ早かれってヤツかもなぁ」
「え、ええっと、その、あの、兄さんは、私が、その、アイドルになったら・・・嬉しい?」
「ふーん、面倒ね」

感想も長いのから短いのまで色々だが、何だかんだ言って悪い気はしていないのは確かだろう。面倒と切って捨てたマヨでさえ、その頬の筋肉が緩んでいるのが見てとれた。そんな娘たちを見渡して、うん、と一つ頷いた希桜が改めて朗々と宣言する。

「やってちょうだい!京一!!いやさ京介!!!」
「「「「そっちっ!!?」」」」

姉妹の心が完全に一致した瞬間だったと、後にマヨは語った。





それからあっという間に一か月が過ぎた。希桜の宣言、その翌日にはデビューした京一、改め『矢崎京介』は究極のアイドルマスターなプロデューサーにでも恵まれたのか、何でかどうだか大ブレイクを果たす。テレビを点ければ彼の顔を見ない日はない。そんなSランクアイドルのような活躍ぶりであった。今も木ノ本家のリビングに置かれたテレビからは、彼が出演する予定のドラマ特集が流れている。

「しっかし、わっかんねーもんだよなぁ、兄貴が今や売れっ子アイドルなんてさー」
「そうねぇ、活動始めた当初なんて何にも実績無いはずなのに『大人気アイドル』なんて謎の売込みをしてたわよね、そう言えば」
「そうだよな、出待ちのファンが散々ニュースで報道されたとき、ネットはアルバイトだろって炎上してたぜ」
「・・・今や本当にアイドルになっちゃったからね。業界の力って凄いわぁ」
「で、でも!兄さんが凄いカッコイイからじゃないかな!やっぱり、本人の実力もないといくらアレコレ策略があったって売れっこないんじゃない?」
「確かに画面の中のお兄ちゃんは別人みたいだよな」

大画面にこれでもかとアップで映っているのは話題の京一である。彼は真剣な顔でホラーちっくな教会のシーンで何事かを叫んでいる。その凛々しい姿は、確かに世の女性をのぼせ上がらせるに足りるモノかもしれない。事実、三女の瞳にはハート型の揺らめきが見えたのを華は見過ごすことはなかった。大きめのコタツに座る四姉妹は各々カゴに入ったみかんを一つずつ取ると、皮を剥きながら画面の向こう側に立つ彼の姿を見つめる。

「それにしても、このドラマ、えーっと『ンウルテイカー魂狩』だっけ?」
「母親を殺されて、生き別れの妹を探すドラマなのよね。ちなみに、妹は此処にいるわ」
「マヨお姉ちゃんはお姉ちゃんであって妹じゃないよね・・・。それに灰ちゃんも出演するってクラスで話題なんだ」
「何でだよ・・・関係ないだろ、あの先輩は」
「声が設定とピッタリ一致したとかで・・・開発スタッフから凄いプッシュがあったんだって」
「だったらあたしにも声かかっても良いんじゃないか」
「オマエは身の程を知るべきだ」

4人でほぼ同時に口にミカンを運びながら話を続ける。ドラマ特集はそろそろ終わるようだ。VTRを終えてスタジオに戻ってきたテレビでは、出演者の方々がアレやコレやと映像について期待を語っている。

「もぐ・・・。ま、兄貴はあたしが育てた。ってドヤ顔出来るのは良いよな」
「もぐ・・・。貧乏が解消できそうなのは素直にうれしいわ、って言うか芸能人って儲かるのねぇ」
「もぐ・・・。うん、おみかんも質の良いちょっと高めのヤツだし、キッチンも業者さん入って綺麗になったし」
「もぐ・・・。そうだな」
「それにしてもちょっと前まで兄貴がテレビに出るだなんて思いもしなかったよな、もぐもぐ」
「そうねぇ、地味な顔立ちだし。ま、でも髪を上げるとかなり男前だし、仕草も何だかんだで母性本能くすぐる危うさとか無邪気さがあるものね。っていうか、どうして京一はあんなギャルゲーの主人公みたいな髪型していたのよ・・・どう見ても不自然だし、もぐもぐ」
「確かに視力も落ちそうだよね、目に髪が入ってチクチクするだろうし。今までワザとだろうと突っ込まれるなぐらい気にしてなかったけど、もぐもぐ」
「・・・もぐもぐ」

もそもそと姉妹揃ってみかんを頬張る。背筋を丸めてぼけっと休日の昼間からテレビを眺めている私たちは一体どんだけ青春を無駄にしてるんだ、と気付いた華が、慌てて常日頃から気になっていたことを尋ねる。

「キュインの効果音とかスタッフパチンコ好きいるよな」

キュイン!

「そぉねぇ。スピフラよね、あるいは滝川とか」
「アッチ向いての寮長とかパチンコ好きだったし」
「あの音が効果音で鳴ると少しビクッとするよな」

全然違う。コレは作者が気になっていることだ。ちなみにキュイン!の一発告知は単発の可能性が高いので要注意だ。確変確定の場合はキュイン!キュキュキュキュキュキュ!!などと長い音が鳴り響く設定のメーカーが多い。ただしST機は除く。老婆心ながら念のため。

「アレって一番古いのは何なんだ?スロットの南国か?」
「海のハイビスカスは比較的新しいわよね」
「パトラッシュじゃないの?」
「作者の代弁をあたしたちに喋らすのは止めようぜ・・・」

すいません。

「麻雀でもするか。メンツもそろってるし」
「・・・麻雀。休日の昼下がりから姉妹そろって麻雀・・・」
「アリアリ?」
「なんかさー。女子力がもりもり下がってる気がするな・・・」

華が持ってきた雀卓を囲み、ジャラジャラと独特の音を鳴らしながら牌をかき回す姉妹たちの姿がそこにはあった。比較的慣れた手つきで山を積んだ後、サイコロを転がして親番を決める。偶然だが、長女のマヨが親である。どこぞで、ざわ・・・ざわ・・・、と効果音が響くこともなく、±0点で終わらせたりする打ち手がいるわけでもなく、背中が煤けているわけでもない、平和な家族麻雀だ。

「天和」
「オイコラ」
「さすがにひくわー」
「サマ禁止だろ・・・」
「っさいわねー。サマじゃないわよ、強いて言うなら・・・積み込み?」
「「「サマじゃん!」」」

三姉妹驚愕。そのまま牌を投げ出して、それぞれの格好でコタツ机の上に突っ伏した。一人勝ちのマヨがコーヒーとお菓子を所望すると、実咲がため息を一つ零してからキッチンへと準備のために移動していく。結局まともに遊ぶことも無かった机の上に散らばった麻雀牌をそのままに、華が柔らかそうなほっぺたを机に圧しつけたままポツリと呟く。

「私たちが・・・お兄ちゃんを家族にしたのは金づるにしたかったからじゃないよな」
「正直、それも悪くないと思っているあたしがいる」
「乃来亜は黙ってろ」

晴れやかな笑顔で、目はドルマークだったが、答える乃来亜を心底侮蔑したような表情で見つめた華が、向かい合って座るマヨをじっと見上げた。

「そ〜ねぇ。京一、ここ2週間ほどほとんど家にも帰ってきてないし」
「そうだよ。お兄ちゃんともう2週間も会話してない。顔だってテレビ越しには見ているけど、それだけ。そんなの家族じゃない」
「そうだなぁ。兄貴のことだから、天然で芸能人のアイドルとか女優とかに惚れられていたりしてな」
「ないでしょ。京一ってパッと見だとあんまり目立たないし・・・って、あー。テレビ用のビジュアルだったら目立つかもしれないわねぇ」
「・・・浮気お兄ちゃんめ」

吐き捨てるように呟く華が、もっちりとしたハリのある頬をこたつの上から持ち上げる。基本、毒舌な言動が目立つ妹であるが、その真剣な眼差しから、これから告げる言葉が本気であることが姉妹たちの間に伝わっていた。

「私は嫌だ。それに、お兄ちゃんだってお母さんの顔をたてて芸能人なんかやってるだけで、本当はイヤに決まってる」
「・・・じゃあ、辞めさせましょう」
「乃来亜は?」
「そうだなー、ま、あたしは兄貴と遊べるのならそれでもいっか」
「じゃあ決まりだな。実咲お姉ちゃんもそれで良いよね?」
「え、え?何、何の話してるの?」
「そうと決まったら、早速明日から始めるわよ、えい、えい、おーっ!」
「「おーっ!!」」
「お、おー?」

そして、矢崎京一取り戻せプロジェクトが始まったのだった。コーヒーをお盆に乗せて戻ってきた実咲がイマイチ状況を把握せずにオロオロとしたまま、なし崩しに。



翌日。ちょうど都合の良いことに、2週間ぶりに京一が木ノ本家へと一時帰宅をするために立ち寄る予定の日である。後は姉妹に甘いところがある京一に直接、と言うか無理やりにでも言うことを聞かせれば良いだけ、・・・そう思っていた時期が木ノ本姉妹にもありました。

「何アレ?」
「・・・神君に」
「・・・本田だな」

何故か京一の部屋のドアの前に直立しているダークスーツにサングラスの2人の男。何を隠すこともなく、京一の実の兄弟である矢崎家長兄神に、末弟の本田である。京一の仕事を辞めさせるために乗り込もうとしていた姉妹たち、そして思わず疑問符の漏れた実咲の態度も当然のように、ごく普通の一軒家である木ノ本家にまるでそぐわない格好である。

「おい。お前たち。どけ」

そんな非日常と思しき二人に物怖じした様子も見せずに華がずかずかと近づいていった。内弁慶の華らしく、家の中なので強気に振る舞う。もちろん、相手が知り合いだからというのが一番大きい。

「・・・それは出来ない」
「そうそう、ダメだよ〜面会はアポイントとってくれなきゃ」
「何言ってんだ。どうしてお兄ちゃんに会うのにそんなもの必要なんだ」
「あー、ダメダメ。兄ちゃんのスケジュールは秒単位で今日はいっぱいなんだ。そのうちスケジュール組みなおしたら少し余裕も出るかもしれないから、今回は勘弁してよ。ほら、グッズ上げるから諦めてよ」
「何だこれ、紙か?」
「兄ちゃんのポスター。咲耶さんの部屋にはこの柄の壁紙かと思うほど、びっしり貼ってあるよ?」
「・・・あの姉は、なにを・・・」

ちょっとぐったりとした顔で呟く華の横へ、ようやく黒服ショックから立ち直った三姉妹が近づいてくる。横から広げたポスターを覗き込んだ乃来亜と実咲が、ほう、と嬉しそうな顔で感想を告げる。

「お、確かにカッコイイな」
「・・・じゅ、十枚下さいっ!」
「実咲、交渉は後にしなさい。・・・で、神君。家族の話し合いがあるの、退いてちょうだい」
「ダメだ。・・・む、京一、15秒の遅れが出た。急いで次の現場に行くぞ!」

ドア越しに声を張り上げる神に合わせて京一が顔を出す。姉妹たちの顔を見て露骨にうれしそうな顔をする京一だったが、先行した神に追いつこうとした本田が彼の腕を引っ張るようにして廊下を急がせる。久しぶりに見た京一の顔は、確かに垢抜けたいわゆるイケメンにしか見えなかったが、疲れが溜まった様子がアリアリと感じられ、久しぶりに会えたというのに、率直に言って姉妹たちをあまり喜ばしい気持ちにはさせてくれなかった。

「お、おい?本田、ちょっと待て。マヨ姉たちが・・・華?」
「待てないよ!テレビのバラエティにその後情報番組のゲスト、雑誌のインタビューに2時間ドラマの録りとスケジュールが普通に考えて無理なぐらい詰まってるんだよ、兄ちゃん!!」
「そうだ。急がないと交通状況によっては遅刻だぞ。新人が遅刻なんて許されないからな」

神と本田の社会人っぽい振る舞いに姉妹たちが無理矢理京一を引きはがすのに躊躇している間に、あっと言う間に彼の姿は木ノ本家から消えていく。バタン、と玄関のドアが閉まる音が響くと同時に、ブロロロロ・・・、と車のエンジン音も遠くなっていった。

「あっと言う間、だったわね」
「本田のくせに・・・真面目にやってやがった」
「に、兄さーーーんっ!?」
「・・・くそ、何だよ、これ」

はぁ、とため息を零すマヨ。愕然とした顔の乃来亜。ポスターをちゃっかりとゲットして叫ぶ実咲。憎々し気に悪態をつく華。四姉妹たちが各々、自分の無力さに痛感しているところ、騒ぎを聞きつけたのだろう。希桜が顔を出した。

「・・・あなたたち、朝から何をしているの?ちょっと五月蠅いわよ」
「京一のことで、ちょっとドタバタと」
「京一?アレ、帰ってきたの?」
「もう行っちゃったけどねぇ」
「何それ!母さんに挨拶も無しだなんて事務所に抗議よ、抗議!!」
「あのねぇ・・・」

プンプンと年甲斐もなく可愛らしい怒り方をする希桜に、呆れ顔を向けるマヨであった。そんな母親の様子を見た華が、絞り出すように声を上げる。

「だったら・・・だったら、お母さん。お兄ちゃん、いないの嫌だし、芸能人なんて辞めさせようよ。お兄ちゃんだってお母さんに頼まれたから断れないだけで、本当は私たちと一緒にいたいに決まってるよ。それに、あんなに疲れた顔してたし・・・」
「うーん、実咲に乃来亜は?」
「私は、兄さんと一緒に暮らせた方が嬉しいけど、その、色々な人に迷惑かけちゃうだろうし」
「あたしは実はどっちでもいいけどさ、どっちか選べって言われたら兄貴と一緒に遊びたいぜ」
「そうねぇ・・・」

実咲と乃来亜の消極的反対ともとれる発言を聞き、うーん、と首を傾けて悩む希桜が声を詰まらせる。逆に、姉妹たちの言葉に激高した華が思わず叫んでいた。

「み、実咲お姉ちゃん!め、迷惑なんてそんなのかければいいじゃん!どうせアッチが勝手に押し付けてきた仕事なんだし、乃来亜だってどっちかとかじゃなくてはっきり言えよ!!私は言うぞ、お兄ちゃんの仕事なんてくそ喰らえ!!そんなものより家族と暮らせる方が何十倍も大事だ!だってお兄ちゃんは私のものなんだからな!!当然だろ!!!」

爆発したかのようにがーっ、と心情を吐露する華に希桜が安心したかのように、くすり、と笑みをこぼす。そして、なんでも無いことのように結論を下す。もちろん、家族にとって一番幸せな世界であるために決めたのだ。

「だったら、辞めさせましょー!何、心配することないのよーっ、お母さんに任せなさーいっ!!!」

希桜は『>▽<』こんな顔で宣言したのだった。





結局、京一は芸能界を引退することになった。まだ既に入っているスケジュールは消化しなければいけないものの、その出番は大幅に削られ、家族と食卓を囲めるぐらいには余裕が持てるようになっていた。

「しっかし、兄貴、本当は残念に思ってるんじゃねーか?綺麗な芸能人の女の人といっぱい知り合いになれただろ?」
「・・・お兄ちゃん(疑)」
「そんなわけあるか、俺みたいなのあんな華やいだ場所じゃあ場違いも良いところだし。からかわれるぐらいはあったけどさ」

卵焼きを口に運びながら軽口を叩く乃来亜に対して、京一が苦笑とともに実際の状況を語る。少なくとも彼の主観では、全くモテたなどという事実は存在しないようだ。そう彼の主観では、だ。

「京一のことだから相手が本気でも軽くスルーしそうだけどねぇ」
「・・・お兄ちゃん(怒)」
「お、おいおい、マヨ姉、俺の事どんな目で見てんだよ?」

こんな目よ、とニヤリと笑ってからジト目をするマヨを見て怯んだ京一が、誤魔化すように味噌汁をすする。ずずず・・・と音を立てて吸い物を飲む彼の姿を、今度は実咲が見つめていた。

「そ、そうですよ。兄さんは色々な意味でとっても無防備なんですから、気をつけて下さいね」
「・・・お兄ちゃん(哀)」
「あ、ああ、無駄だと思うけど・・・って華はさっきから何なんだ、その()は!!」
「(笑)」
「侮辱された!!?」

驚愕の表情で突っ込みをいれる京一の顔を見て、華の顔に自然と笑顔が浮かぶ。そんな自分のにやけた表情が家族たちに注目されているのに気付いた華が、慌てたように言い訳じみた口調で声を張り上げる。

「べ、別にお兄ちゃんと会いたいときに会えなくて寂しかったとかじゃないからな。どうせお兄ちゃんのことだから面白いことも言えなくてすぐに飽きられちゃうに決まっているし、その前に引退した方がいいんだよ。ほ、本当だぞ!私が寂しかったからとかじゃないんだからな!」

その言葉を信じた家族がいたかと言うと・・・華の名誉のために、断じない方が良いだろう。





ちなみに。ンウルテイカーの現場にて。

「あれ?矢崎?どうして何処にもいないですか?や、矢崎ーっ!?かむばーーーっく!!え?企画変更で前半の既に録り終えた前半1クールはこのまま完結で、2期目は私が主役の外伝?マジカルなナースでムギムギ?きょ、きょーすけくーーんっ!!?」



(終わり)