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俺の妹がこんなに可愛いわけがないSS 或る結末の続き0.1 第5話


この物語はフィクションであり登場する人物・団体・その他名称とは一切関係ありません。PSP版『俺の妹がこんなに可愛いわけがないポータブル・加奈子編』の後日談に相当する二次創作小説です。








「はーああ、初めて会ったときは・・・しょぼいやつだと思ったんだけどなァ。どーしてこんなことになったんだか」

昔の自分の口調を思い出しながら答えたあたし、高坂加奈子の頭に彼の大きな手のひらが無造作に置かれるのを感じた。もう10年も一緒にいるにも関わらず、まるで出会った頃の女の子だった自分に対するかのような京介の行動に少しだけ頬を赤らめる。あくまでも、少しだけ。でないと、調子に乗った彼がお義父さんやお義母さん、それから桐乃の前でまた調子のよいことを言い出すに違いない。ふ、二人目、とか。

「やかましい」

くしゃりとあたしの髪の毛をかき回しながら笑う彼の言葉から、あたしを大切にしているという強い想いが伝わってくる。それだけで、あの頃から全然変わらないドキドキと高鳴る気持ちで胸がポカポカと温かくなってくる。

「いい歳して何やってんのよ、あんたたち」
「う、うっせーぞ、独り身の僻みか?いいじゃねーかよ」

孫を何処までも可愛がるジジ馬鹿なお義父さんに娘を奪われた桐乃がジト目であたしと京介のことを見つめていた。何年経ってもシスコン(本人は全然認めてくれない)な京介が少し慌てた様子で答えて、あたしの頭から手を離す。ちょっとイラっときたので、勢いのまま挑発的な言葉を返してやる。昔、桐乃のクラスメイトだった頃のあたしのように。

「夫婦の時間を邪魔すんなよなー、愛しあっているのは良いことだろ?お・ね・え・ち・ゃ・ん」
「う、・・・それは、その、そうかもしれないけど・・・ほら、ご飯!ご飯冷めるしさ!」
「え〜、じゃあさ、京介。久しぶりに食べさせっこでもする?」
「ちょ、な、何言ってんのよ、あんたっ!?」
「ちょっと外野が煩いかもしれないけどさぁ、それはそれで・・・いいんじゃね〜?」
「は、恥ずかしいマネしたら、あんた、今度のクラス会であやせに言いつけてやるからね!?」
「ちょ、あやせは反則だろ、桐乃―っ!」

京介と付き合って10年、桐乃とは当然それ以上の付き合いだ。当然、彼女はあたしの姉として、友人として最も近しい存在であることに違いはない。あの頃とは少し互いの立場は変わったけれど、それでもこうやって馬鹿を言い合える友人に恵まれたあたしは幸運なのだろう。

「あー、お前ら落ち着け。ほら、親父とお袋が待っているし、俺もどうせなら冷めないうちに折角のご馳走を戴きたいよ」
「そーだよ、おばちゃん!」
「ぐはぁっ・・・」

既に食卓についている娘からの援護射撃でダメージを受ける桐乃を引きずって彼と一緒にダイニングへ向かう。この暖かい日常は、まごう事なき本物だ。決して夢幻などではない現実だ。中学を卒業し、高校に入学し、アイドル声優なんてちょっと変わったことをやってみたり。それから、生涯の伴侶を得、子供を授かった。『あたし』が歩んできた道程は、振り返ればそこにある。

ピピピッ

ピピピッ

ピピピッ

「・・・んあ?ゆ、夢・・・?」

あたしは規則正しく鳴り響く携帯電話のアラーム音を寝ぼけ眼のまま耳に入れながら、おぼろげになっていく夢の記憶を辿る。今この瞬間の夢だったはずなのにまるで覚えていないが、・・・断言できる。ソレは、とてもしあわせな夢だった。





「・・・それにしても、凄いの一言でござるなぁ」
「まあな」

秋葉原CROSSFIELDに面する巨大ディスプレイに流れるアニメ映像を眺めながら、ぐるぐる眼鏡にチェックのシャツにジーンズという旧来のイメージ通りのオタクファッションに身を包んだ俺よりも背のデカい女が感嘆の気持ちをこめて声をあげた。彼女が誰なのかは一目瞭然、もはや語るまでもない。頼れる俺たちの折衝役、沙織・バジーナである。俺たちが丁度通り過ぎようとしている場所のすぐ上で流されているアニメPVは、来季の話題作という評判のアニメだった。ヒロイン役を演じる声優が同時期に8本のアニメヒロインを演じることになったということでも注目を浴びているらしい。沙織が呟いた言葉は、アニメPVの中身ではなく、声をあてている売れっ子声優に向けられたものなのだと検討はついている。

「いやはや、声質だけではなく歌もダンスもとても素晴らしいと評判でござるしな。その上、本人の容姿がアレだけ可愛いと言うか、オタク受けするとなれば人気が出るのも当然でござる」
「声優なんだから、声と演技が一番大事なんじゃないのか?」
「いやいや、京介殿。昨今はアイドル声優全盛期でござるから、演技はもちろんでござるが容姿やマイクパフォーマンスなども重要なんでござるよ」
「ふぅん・・・」

まぁ声優と一括りに言っても、イベントの進行なんかの仕事もあればコンサートの仕事もあるっていうんだから沙織の言いたいことはよく分かる。本日の目的地の一つであるアニメイトに辿りつくと、デカデカと目立つところに貼ってあるポスターがこれでもか、とそんな沙織の言葉を裏付けるように貼られていた。新作アニメのポスターのはずなのに、何故か声優が散々主張している作りになっているのは恐らく、このポスターが声優イベントのモノだからだろう。多分。

「こーいう中の人イベントがいっぱいあるもんな。そりゃ声優自身も人受けのするキャラクターの方が良いに決まっているか」
「その通りでござるよ、にんにん」
「・・・って言うか、このポスターだけじゃアニメの販促なのかアイツの販促なのかサッパリ分からんぜ、コリャ」
「いやー、何といっても今や飛ぶ鳥を落とす勢いでござるからな。彼女が声をあてるだけでキャラグッズの売り上げの桁が一つ上がるという専らの噂でござる」
「そりゃスゲェ」
「いやはや、あやかりたいものでござるな」

沙織の買い物に付き合いながら雑談を交わす。元々購入するものは全て決めているのだろう。ほとんど時間をかけることもなくレジを済ませた彼女が満足そうな顔で告げた。ふん、と俺が鼻をならすと、ビン底眼鏡の奥に隠れて見えない彼女の瞳がニマニマとした人の悪そうな笑みを浮かべているのが何となく分かる。

「おやおや、大事な彼女が遠くに行ってしまったようでおセンチな気分でござるか?」
「そんなんじゃねーって」
「そー言えば京介殿、こんなものもありましたが、寂しい独り身の夜にお一ついかがですか?」
「・・・アイツの同人誌?」
「にんにん」

レジを済ませたばかりのグッズをしまう代わりにバッグから沙織が取り出した本を無造作に受け取ってパラパラと捲った瞬間、本が傷むのも気にせずに勢いよく俺は本を閉じる。そりゃーもう、力いっぱい。

「エロ本じゃねーかっ!!?」
「しかも凌辱枕営業モノでござる」
「やめてぇっ!?」
「他にもストーカーファン凌辱物とかファンイベントで輪姦本とか、各種取り揃えているでござる」
「し、しまいには訴えるぞ、同人作家ども!!?」
「まぁまぁ、コレも一種の有名税でござるよ」
「なぁ、本当に有名税なのか?」
「正直に言わせてもらうと三次モノでエロ本なんて普通はまず見つからないのでござるが、あの容姿とイベント時のお行儀の良いキャラに加えて、ラジオで見せる小悪魔っぽい我が儘キャラまで重なってかなり二次元キャラ的な扱いを受けているのでござるよ。いやぁ、拙者もあのラジオのキャラにはずきゅーんっ、とキた口でござるし」
「・・・そっか」

ほくほく顔で嬉しそうにダメな発言をする沙織に疲れた顔で返事をする。アレが地、いや、アレでもまだまだ猫被っている方だけどな。なんでも、アイツのクソガキぶりを垣間見るたびにめちゃくちゃに乱暴してやりたいとついつい思ってしまうもんらしい。ってオタク行動学権威の桐乃が言ってた。

「・・・アイツ、この仕事辞めさせた方がいいんじゃねーか。マジで心配になってきた」
「コレは脅しが効きすぎましたな。すまんでござる」
「お前が悪いんじゃねーよ」
「いやはや、拙者もついつい誘惑に抗えずに、エロコラ作って遊んでしまったでござるからな」
「訴えるぞ!?」
「そ、それはマジでご勘弁を・・・」

ペコペコと頭を下げる沙織を少し涙目で睨みつけてやりながら、大きくため息を吐く。そんなわけで、俺と加奈子が付き合い始めてから二回目の夏。俺が無事に志望していた大学に入学し、とりあえずほっと胸をなで下ろしていた頃だった。桐乃のアニメ作品でのチョイ役から始まった加奈子の声優人生だったが、信じられないほどのスピードでその道程を彼女はばく進していたという訳だ。コスプレイベンターとして約2年、声優として活動を始めてから約一年ほどで彼女は、第一線のアイドル声優として知られる存在へと成長していたのである。

「きりりん氏は今日は来られないので?」
「ああ、アイツ、また海外行くからさ。そっちの準備だって。すげー悔しがってた」
「それはまた自慢のし甲斐があるでござるな。今度はモデルでしたかな?」
「ああ、そうだよ。モデルの修行でヨーロッパ。以前のことがあったからか、ちゃんと親だけじゃなくて友達にも連絡してんのは少し安心だけどな」
「ふむ、それは確かに」

沙織は心から同意しているようで、少しだけ寂しそうな表情を浮かべながらも、それはそれで満足している様子である。俺の視線に気づいたらしい彼女は、感傷的になってしまった空気をごまかすかのようにシナを作って撫で声をあげた。

「では、今日は拙者が京介氏を独り占めでござるな」
「どーんっ」
「うひゃああっ!?」

俺の視界から沙織が吹き飛んだ。ギャグ漫画のように縦に回転しながら転がる沙織は、身長も相まってひどく周りに迷惑である。

「おう、京介、奇遇だな?」
「・・・奇遇、ね」
「っんだよー。もうちょっと嬉しそうにしてもいいじゃんかー」

代わりに俺の横に立っていたのは小学生と見紛うほど背の低い地味な格好をした女の子だった。9月頭の、まだまだ残暑が厳しい季節にも関わらず大きめのサングラスとやぼったい帽子をした彼女は、転がった沙織には目もくれずに俺に親しげに声をかけてくる。顔は分からないが、こんな身長の知り合いなど一人しかいない。分かりきっている。

「あたたたた、ひ、酷いでござる・・・」
「人の男に色目使うからだろ〜っ」
「全く、相変わらずかなかな氏は京介氏についてだけは遠慮してくれないのでござるから」
「う、うっせーな。オメーはでかくて邪魔くせーんだよ。どっか行けブスっ!」
「お、おいこらっ、何て失礼なこと言ってんだ、オマエは!」
「はっはっは、気にすることはないでござるよ、京介氏。拙者にとってはその程度の暴言はそよ風のようなものでござる」

そう笑いながらもグルグル眼鏡を外して髪を少しかきあげる仕草をする沙織。それだけで首から上は深窓の美少女なお嬢様という雰囲気を作れる彼女に、思わず見とれてしまう。

「いてぇっ!?」
「あたし以外の女見てるんじゃねぇ!」
「はっはっは」

復讐完了、とばかりにニヤリと笑う沙織が再び特徴的すぎるグルグル眼鏡をかける。俺は思い切りキックを食らった尻を撫でながら、改めて目の前の少女に向き直った。

「とにかく。・・・よう、加奈子。今日はイベントなんだろ?こんなところで道草してて大丈夫なのか?」
「いいんじゃねー?」

目の前の少女が悪びれることもなく笑う。出会った頃とまるで変わらない、イタズラ好きな子供のような笑顔に少し胸をなで下ろす。立場は去年から大分変わったが、コイツの身長も体型も、それから性格も。ほとんど変わっていないことに安堵を覚えていた。

「今日は俺たちも見させてもらうからさ、楽しみにしてる」
「あ?んだったら、席用意させっからさ」
「いやいや、そのような必要はないでござる。こうもイキナリ押しかけてそのような無茶は言えませぬゆえ」
「オメーは良いだろうけどよ。京介は・・・」
「おやおや、つまり京介氏がすぐそばにいないと不安なの、という乙女心でござるか」
「ば、何、馬鹿言ってやがるっ!?あたしはコイツの背が低いから後ろの方だと大変じゃねーかと」
「・・・お前に言われたらお終いだよ」

俺は変わらない騒がしさに辟易としながらも、恋人との逢瀬に嬉しい気持ちを隠すこともなく苦笑を浮かべるのだった。



来栖加奈子。
高校一年生。
小学生と間違われるような身長と第二次性徴が早々に止まってしまったのでは、と受け止められかねない体格をした俺の妹、桐乃の同級生の少女である。多芸で高スペックな才能溢れる妹の友達にふさわしくといった表現が適切かどうかは知らないが、加奈子もかなりの才覚の持ち主である。桐乃のアニメ化した小説の端役で声優としてデビューすると、三段抜かしくらいであっという間に売れっ子声優の仲間入りを果たしたことからもそんな事は分かり切った事実だった。今では時の人の勢いでいくつものアニメ作品でメインヒロインとして採用が決まっているそうで、加奈子は今日もそんなアニメ作品の一つのイベントに司会として参加しているのだ。

「・・・確かにすげぇよな」

改めてこの一年を振り返ってみると、沙織が先ほど口に出していた言葉がつい俺からも漏れる。そして、そんな加奈子が俺の彼女なのだ。クソガキで我が儘で傍若無人でちんちくりんなヤツだから、二人でいると凄いヤツだという認識をまるで持てないのだが、こうして外から舞台を見ているとやっぱり凄いヤツなんだな、と改めて意識させられる。

「そんなかなかな氏が、京介氏の手によって既に女にされているのでござるからなぁ。何というか、世の儚さのようなものを感じるでござるよ」
「・・・何だその言い草は」
「はっはっは、中古乙、なんて言わないでござる」
「言ってるよ!?」

俺は顔面を真っ赤に染めて驚愕する。って言うか中古って言うな。いや、確かにその通りなんだけどさ!

「・・・ちなみに京介氏。かなかな氏とは一体どんなアレやソレをしているのでござるかな?」
「ヲイ。何だその不躾すぎる質問は。オマエ、今日はやけに遠慮ねーのな」
「まぁ、拙者もそう言った恋バナは興味津々なお年頃でござる。これでもジョシコーセーでござるし」
「・・・だったら、もう少しその恰好をどうにかしろよ」
「いやいや、こればかりは正装でござるからして」

俺だって沙織が普段からこんな格好しているとは思ってはいないけどさ!だからと言って『ござる』にそんな話を堂々とするつもりはない、とは言え、惚気たい気持ちだって正直かなりある。・・・まぁ、す、少しぐらいなら。イベントが始まるまでもう少し時間もあるみたいだし・・・な。

「京介氏のことですからもしやエロゲのようなアレソレをしているのではないかと気になったもので。本当の女の子にエロゲのような無茶をしては嫌われてしまうでござるよ?」
「アレソレ言われてもな・・・まぁ、沙織だから言っちゃうけど、アイツいつもあんなんだけど実は結構ガンガン攻められるのが好きなんだよ」
「と言うと緊縛とかムチとかローソクでござるか・・・。も、もしやフィストファックやスカトロなんてことであればさすがにドン引きでござる」
「俺がドン引きだよ!?」

俺、涙目である。

「しねーよ!精々目隠しとかお尻ちょっと弄ったりとか、それから聖水プレイとか眼鏡顔射とかそんぐらいだよ!?」
「ほほぅ」
「・・・ぐぅ。べ、別にいいだろ、そんぐらい普通だよ、普通」
「いやはや、赤裸々に語ってくださり、ありがたいでござるよ、ニンニン」

ニターと口を三日月の形に開く沙織の前でダラダラと汗を流しながら、出来るだけ小声で抗議の意を告げる。と、とんでもないことを宣言してしまった気がするぜ。

「眼鏡でござるかー。眼鏡でござるかー。眼鏡でござるかー」
「さ、三回も言うな!!」
「聖水も相当でござるよ?」
「流してください、お願いします!!」

ぎっちりと人で埋め尽くされたイベント会場でなければ土下座した勢いで沙織に懇願の視線を向ける。そのすぐ後にイベントが始まったため、とりあえずこの話題は流れたのだが・・・。

「かなかな氏が・・・眼鏡でござるか。拙者のような若輩にはまるで想像出来んでござるなぁ」

舞台袖から加奈子が大歓声とともに出て来たときである。沙織がぼそり、と小さな声で呟いた。彼女の本音が分からない俺は、勘弁してくれ、と涙目を浮かべることしか出来なかったのである。





「・・・ふぅ、何だかやけに疲れたよな。ま、理由は分かりきっているんだけどさ」

疲れ切った身体を引きずるようにして電車から降りる。イベントが終わった後、メイド喫茶で互いの近況を交換したのだが、表面上はまるで気にした様子を見せない沙織に対して一人で勝手に気恥ずかしさで身構えていたせいで必要以上に疲労がたまっていたのである。自業自得だ。

「今日はさっさと寝よう・・・疲れた・・・」

肩を落として背を丸めた姿は傍目にもあまり見せられるものではないが、如何に地元の駅とはいえ早々知り合いがいるわけでもない。改札を通り抜けて、そのまま自宅へと向かう道をゆっくりと歩き始める。

バッシーンッ!

そんな俺の背中にものすごい衝撃音が響いた。どのくらいの衝撃かと言うと、まるで背中を思い切り平手打ちされたような勢いである。・・・そのままだ。

「だ、誰だっ!?」

ちなみに少しビビッて振り返った俺である。もしも怖いお兄さんだったらと思うとそのままダッシュで逃げた方が良いかなぁ、などと考えていたりする。実際に『そう』であったらどうしようか。うおおお、怖え。

「よお、京介。さっきぶり〜♪打ち上げ代わりにメシ喰いにいこーぜぇ」
「って、おまえかよ。・・・ま、いいや。へいへい。了解だよ」

喜ぶべきことに怖い人ではなかったようで心の中でほっと安堵の息をこぼす。そんな俺の内心には気付くわけもなく、ニカっ、と笑顔を浮かべて仁王立ちしてやがる加奈子がさっと、俺の片手をとって先行する。俺は逆らうような必要性はないよな、と自分のスケジュールを頭の中で確認しながら、彼女の横まで慌てて走り寄って行ったのだった。



「えっとね〜。加奈子ぉ、ハンバーグセットとぉ、メロンソーダ、チョコレートパフェ、それから杏仁豆腐にぃ」
「おまえ、喰いすぎだ。デブるぞ」
「お、オメー、人気絶頂声優アイドルかなかなちゃんに何て言い草してやがる」
「歌唱レッスンでへっこんでたお腹がまた少しぷよぷよになってきたのを俺が気づいてないとでも思ったか」
「ぷ、ぷよぷよってゆーな!」
「その割にはまるで胸に栄養いかないもんな」
「・・・京介は相変わらず加奈子に対する扱いがぞんざいだよなー。今日来てたキモいファンの連中なんて加奈子の言うことなら何だって聞いてくれそうなんだぜー」
「いや、おまえ、ファンをキモいとか言うなよ。プロなんだしさ」
「いいんだってー。あいつら加奈子が罵ってやるとマジ喜ぶ変態なんだから。今日のイベント来てたなら分かっただろぉ〜」
「・・・まぁな。正直引いた」

思い返すとアレは確かにひどかった。アイドルイベントと言うよりはむしろ、新興宗教のノリに近いのではないかとさえ思えるほどだ。ファミレスのウェイトレスに注文をしてから、改めて気になっている点を追及してみることにする。

「・・・と言うかさ。おまえ、こんなところに居ていいのかよ。スタッフと打合せとか打ち上げとか無かったの?」
「打合せは終わったぜ〜。打ち上げは諸事情でキャンセルってことにしといた」
「新人の癖にそんなデカい態度とってたらすぐに干されるぞ、オマエ」
「ん〜、別に良くね?そしたら辞めるだけだしよ」
「は?」

ゆとり世代の女子高生らしく早速携帯電話を鞄から取り出してペコペコとメールを打ちながらなんでもないことのように答える加奈子に、思わず目を点にしてしまう。

「お、おま、辞めるって!?」
「正直さ〜、結構ウザいの多くてよ〜。女同士とか事務所の繋がりとかさ」
「おまえの事務所で声優やってんの加奈子ぐらいだよな」
「だからすげー弱小なんだよ。この業界ではさ」
「ふぅん。でもほら、仲の良い声優とか出来ないのか?」
「や、無理っしょ。プライベートならともかく仕事の上ではやっぱり事務所繋がりでけーし。それから女ってドロドロだからよ。加奈子みたいに才能溢れるポッと出の新人は気に障るんじゃね?」
「くららさんとか」
「あー、確かにお世話になってんなー。いい人だぜ、あの人はマジで」
「じゃあいいじゃん」
「まぁね〜」

何処か言いにくそうに視線を逸らした加奈子にさらに追及しようとしたが、丁度そこにウェイトレスさんがコーヒーとメロンソーダを持ってきたので一息いれることにした。店員の姿が見えなくなってから、改めて続きを促す。

「他にもあんだろ?」
「あー、あんだけどよ・・・ちょっとなぁ・・・」
「何だよ、おまえにしてはやけに言い淀むな、そんなに言えない話か?」
「そーでもねーよ。でもよ、京介が落ち込むんじゃねーかって思ってよ」
「は?俺が?」
「そーだよ」

加奈子はズズズ、とメロンソーダを飲んだ後、ストローを口に咥えたまま、ガジガジとストローを噛む。みっともないな、コイツ、などと心の中で思いながらも俺もコーヒーを口に含んで加奈子の話の続きを待つ。

「実はよー。スタッフのお偉いさん何人かに言い寄られててよー、簡単に言うと恋人だか愛人だかにしよーと狙ってるってことだろーぜ。マジロリコンウゼえ」
「ぶっ!?げはぁっ、ごほっ!?」
「うわっ、きたねぇ!?」
「そ、それどころじゃねーだろっ!!?おまえ、ソレマジなの!?本気!!?」
「おう、マジマジ」

ガジガジとコップの中に入っていた氷を齧りながらあっけらかんと答える加奈子に、思わずダラダラと冷や汗が流れだす。ま、まさかそんな・・・と思わなくもないが、噂やら都市伝説やらでは良くある話である。沙織が持ってきた同人誌の例を挙げるまでもない。

「そ、それでお前・・・」
「キメーし、まじありえねーから、もちろん全部断ってるけどよ」
「そ、そっか・・・」
「あれ?京介、すげーほっとした顔してんな。嬉しかった?」
「あ、当たり前だろっ!おまえっ、そんなんだったら辞めていいよ!俺が許す!!」
「お、おう?そっか?」
「マジ信じられねぇ。漫画かよ・・・」
「言っとくけど、無理やりとかじゃねーし、直接的でもねーからな。食事に行こうとか勉強のための何とかとかいうイベントに行こうとか、そんなん」
「・・・何だよ。そりゃおまえ、本気でソレだけなんじゃねーか。おまえとは一回り以上歳離れている人たちなんだろ?」
「加奈子の経験から言うとガチで狙ってるなーって確信してんだけどよ」

やけに恐ろしいことを断言する加奈子にさらに詳細を尋ねたいところだったが、ウェイトレスさんが今度はハンバーグを持って近づいてきたために話を止める。・・・他人に聞かせられる話でもねーしな。ウェイトレスがいなくなるよりも早くナイフとフォークでハンバーグを切り分けはじめた加奈子を眺めながら、口を開く。

「だけどよ、本気でやばいと思ったら俺に相談してくれよ。辞めたって良いんじゃねーかって思うし」
「もぎゅもぎゅ・・・ごくん。わぁってるって。だから今話してるんじゃねーか」
「くそっ。・・・何でかわかんねーけどそんな話聞くとさ、マジで落ち込んできた。あぁ、くそ。俺もこーいう自分の小ささは嫌いなんだけどな・・・」
「京介」
「何だよ?」
「愛してるよん」

耳まで真っ赤に紅潮させながら、ニカっ、と笑顔を見せる加奈子に一瞬たじろぐ。何時だったか冗談交じりに言われた経験のある言葉だが、その時とは全然威力が違う。たちまち俺の頬も真っ赤に染まり、言葉も返せずにパクパクと口を開け閉めするばかりだ。

「俺もだ」

硬直した俺の動きは、加奈子の頬にべったりとくっついたハンバーグソースのおかげで蘇った。間抜けで子供っぽい彼女の姿に我を取り戻した俺は、紙ナプキンで加奈子の頬をぬぐってやりながら、もう一度同じ言葉を繰り返す。

「俺も愛しているよ」
「・・・っ」

彼女が手に持つフォークに刺さっていたハンバーグが、ぽと、と音を立てて皿に落下した。当然のように、べちゃり、とソースが飛び跳ねる。俺は何とか咄嗟に身をかわしたが、加奈子の衣服が点々とドミグラスソースによって染められる。だが、そんな事は些細なこととばかりに、彼女はカチャカチャと、慌ただしい金属音をかき鳴らしながらナイフとフォークを皿の上に置いた。

「だ、だったらよ・・・その、そのさ」
「おまえ、さっさと拭かないと服が台無しになるぞ」
「そ、そんなん別にいい・・・その、京介・・・」
「あん?」
「結婚、しねーか?」

時が止まった。

「あ、あたしももう16になるしさ、オメーはあたしが付き合ってやんねーと、その、ダメだしよ。落ち込ませるのもわりーし。加奈子もめんどーな奴らに付きまとわれたくねーから」
「あ・・・お・・・おう?」
「あ・・・あ・・・あ・・・えと、わりぃ・・・、ごめん、早まったよな」

当初の勢いはどこへやら。何も答えられずに呆けてばかりいた俺だったが、涙目で震えながら声を絞り出すように呟く加奈子の姿にようやく我を取り戻す。慌てて、俺は、俺の気持ちを彼女に伝えようと声を上げた。

「分かった。結婚すっか」

正直、色々とありえない。何で学生の身分で、何でこんな唐突に、何でファミレスで、何でハンバーグ食べながら、何でウェイトレスさんが頬を染めてこちらをガン見しているのか、何で隣のテーブルで赤城兄妹が驚愕の表情でこちらを伺っているのか、何で少し離れたテーブルであやせが思いっきり飲み物をふきだしているのか、いや、本当に分からない。分かりたくない。

「お、オメー、加奈子が言うのもアレだけどよ、そんなに即決していいんかよ」
「そりゃすぐには無理かもしれねーけどさ。そのつもりでいるし、準備するよ」
「・・・ぐ、ぐむ」
「どうやら俺は、オマエのことを誰かに盗られたくないぐらいには好きらしいからよ」
「そ、・・・そーかよ。あーあ、加奈子ってば罪な女だぜー。こんなさえねーヤツ、本当はぜってーお断りなんだけどよー。ま、仕方ねーよな、あたしの魅力に狂った男一人ぐらい、面倒みてやんねーとよ」

加奈子はツインテールを振り上げるように勢いよく顔を持ち上げて、笑顔を見せた。その笑顔に、自然と俺は答えていた。

「何たって俺は、おまえのファン第一号だからな」
「・・・こ、これからも、その・・・よろしくな」
「おう」

こうして俺は、或る結末を迎えることになったのだ。その結末は、また、別の機会に語られるべき話である。





今日の後日談。というかオチ。
「えーと、親父、ちょっと話があるんだがいいか?」
「改まって何だ一体、おまえがそんなに真面目な・・・む、そちらのお嬢さんは?」
「は、初めまして。来栖・・・加奈子です」
「あ、ああ・・・えぇと、桐乃の友達、かな?だが、どうして京介と・・・」

前振りなしで対面を果たしたせいか、親父が混乱した感じで俺と加奈子の間で視線をぐるぐるとまわす。分からなくもない。先日何とか国立大学に入学を決めた長男が、実年齢よりも年上に見える妹の同級生と思われる年代の娘(ただし実年齢よりもかなり年下に見える)を連れてきたら俺だって動揺する。当然だ。

「お義父さん!」

加奈子が叫んだ。隣近所まで聞こえそうな音量に、お袋が顔を出す。隣には桐乃の姿も見えた。だがまぁ、今は親父が相手だ。俺はまだ状況をよく理解してはいなさそうな親父へと視線を戻す。

「む?」
「京介さんをあたしに下さい!!」
「・・・は?」

その時の親父の顔を、俺は多分一生忘れないと思うね。


(続く)