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とある魔術の禁書目録 SS
『とある幻想の白黒色彩(モノクローム) 第14話 吸血徘徊(ブラッド・ウォーク)B』


ほんの数メートル、10歩ほど離れた距離で向かい合った上条と垣根は、互いに決め手を欠いた状態で睨み合っていた。
上条は一発でも喰らえば人生からさようならとなってしまう可能性の高い垣根の遠距離攻撃を前に無警戒で突っ込んでいくわけにもいかず、垣根は近づいて上条の右手で触れてしまえばその時点で終了のために無駄と分かっていながらも散発的な長距離攻撃を仕掛けるに留めている。
本来であれば無限の魔力を持つ吸血鬼と化した垣根の身体能力は人間など圧倒的に上回るはずである。
とは言えまだ『人間』としての感覚が抜けきっていない彼にはそれほどの力を使うことは出来はしないし、そもそも寄生されているような状態の彼では吸血鬼本来の力など振るうことなど出来はしないだろう。
オリンピック選手はもちろん、某国の騎士が束になっても敵わないほどの基礎能力は備えているのだが、それでも上条の右手で掠られた段階でアウトという状況ではそれもあまり大したアドバンテージにはなりはしない。

「どうした無能力者(レベル0)
口だけかよ、オイ」
「うっせえ、黙ってろ吸血鬼。
大人しくニンニクでも怖がってさっさとコウモリにでもなって逃げ出しやがれ」

結局どんなに力が優れていても、使いこなせないのであれば意味なんてあるわけがない。
垣根は自分が吸血鬼の力に振り回されているのを自覚しながらも、・・・そこで気付く。

「だったらこっちを使えばいいんじゃねぇか?」

彼は声に出しながら慣れ親しんだ力、彼がこの都市で長年当たり前のように使い続けてきた超能力を行使しようと試みる。
白く広がるソレは、翼だ。
どこぞのフラスコ画か油絵で見たことのある天使のように壮大な6枚の白い翼が、垣根の背中に具現化する。
同時に、ばつん、と何処かの回路が弾けた。
背中の翼と、垣根の背と、内臓と、あらゆる彼を構成するはずの要素が砕けて血物を撒き散らす。

「ぎゃあああああっ!?」

びちゃびちゃ、そんな音を響かせながら彼の全身から当たり前のように赤い液体がこぼれて落ちる。
右手がぼとりと墜ちて、左手が縦にバリバリと裂けていく。
それは垣根には予想外のことだったが、むしろ上条も同時に混乱させる光景だった。
上条は千載のチャンスを前に、ぎょっとして、ただぼけっと案山子のように自失したまま絶叫をあげる垣根を見つめることしか出来ない。

「何だ、何だよ、何だこれはあああああっ!?」

ものすごい、そんな言葉では表せないほどののた打ち回るような痛みが全身を襲っているのだろう。
歪んだ顔で何が起こったのかさえ分からずに恐慌する垣根は、地団駄を踏みながらそれでも赤い液体をぼたぼたと零し続ける。

「・・・お、おい?
超能力と魔術は一緒には使えないぞ!
無茶すんなっ!!」

上条が少し前に何処かの塾で見た光景を思い出しながら、さすがに心配になって敵なのも忘れて心配気な声をあげる。
だが、そんな心配は結局のところ無駄だった。
まるでビデオを逆回ししたかのように、ぎゅるぎゅると垣根の傷がふさがっていく。
それどころか毀れたはずの赤い血でさえ当たり前のように彼の身体の中に戻っていくのは、どう見てもありえない現象にしか思えなかった。

「・・・なんだと?
超能力は使うなだと!?
そういうことは先に言っておけよ、このヤロォ!
ああ、クソっ!
もうめんどくせええええええ!!!」

垣根が狂気に侵されたかのように再生したばかりの腕をぶんぶんと上下左右にやたらめったらと振りまわす。
何も考えていないが故に、ただ力をばら撒いただけの無数の爪跡が世界を襲う。
数にして・・・今までの数量を圧倒的に上回る50もの凶器。
上条の元に向かったのはそのうちの3割にも満たないとは言え、それでも右手で対処できる数を大きく超えてしまっている。

「やべぇ!?」

5つほどの直撃コースを右手で対処する。
5つほどをギリギリのタイミングでなんとか避ける。
しかし残った5つが上条の髪を裂き、左手を削ぎ、右足を掠り、左足を擦り、そして上条の腹になす術もなくぶち当たる。

「がぁっ!?」

上条が悲痛な叫びを上げてごろごろと転がるのを見て、垣根は冷静さを取り戻したのだろう。
彼は癇癪を起こして血走っていた瞳を片手でぎゅうと押さえつけると、余計なことを考えるまでもない『差』が彼我の間にはあることに気がついた。

「そうだよな。
はっ、何も問題ねぇじゃねぇか」

うずくまって、ゲホゴホ、と咳き込む上条が痛みで歪んだ表情でヨロヨロと顔を前方に向ける。
彼の霞んだ瞳には立ち塞がる男が立っていた。
垣根が絶対的な優位を前に、上条を嘲笑っている。

「お兄様っ!?
もう逃げて下さいっ!!
どうせわたくしと貴方は今日が初対面なんです!
付き合いなんて何もないんですっ!
だからっ、だからっ!!」

内臓が破裂したわけではないが、それでもダメージはかなり大きいのだろう。
動くことのできない上条がなす術もなく吹き飛ぶ。
垣根が指先を振るだけで上条の身体が数メートルほど吹き飛ばされて転がっていく。
それがもう10回を超える。
嬲っている。
それを理解した黒子はもう、耐えられそうになかった。
だが、能力を封じられ、縛られて転がる彼女に出来ることなど、ただ叫ぶことだけ。
いつの間にか眦から涙を零しながら、必死に声を張り上げていた。
垣根がそんな黒子の声を聞きながら狂気の中に沈んだかのような凶悪な笑みを零し、上条が四肢をだらりと投げ出す。

「お兄様お兄様お兄様っ!
許して、もう許してあげてっ!?
お願いします、わたくしはお兄様の人質としての価値なんてないんですっ!!」
「さすがに冗談言ってる余裕もなくなってきただろ?
お前にとっちゃ、最高に最低なクライマックスってやつだ。
エンディングの時間だ、残念ながらバッドエンドだったがな」

垣根は先ほどまでの威勢とは打って変わって力なく地面に転がる男子高校生へと向けてせせら笑いを浮かべながら、彼の中に潜む化物の思惑など知ったことかとばかりに大きく腕を振り上げる。

「・・・けんな」

地面に這い蹲った人物の漏らす小さな呟きは誰の耳にも届かずに、垣根は歪んだ笑みを浮かべながらトドメとばかりに自らの腕を振り下ろす。
大きな黒い爪の形をした衝撃波が、上条の身体を確実に引き裂かんと高速で近づていく。
それを、倒れたままの彼が目を見開いて迎え撃つ。

「ふざけんなぁっ、白井っ!!!」

懸命に前に突き出した幻想殺し(イマジンブレイカー)が、吸血鬼の必殺の爪を砕く。
ゆっくりと、四肢に力を込めて、震える膝を踏ん張りながら上条がよろよろと立ち上がる。
垣根は上条のタフさに驚愕した表情を浮かべていた。
黒子は突然の叱責に驚いていた。

「関係ない。
オマエと俺が今日知り合っただけの仲だとか、そんなの関係ねぇんだよ!
昨日までは俺とオマエは確かにただの他人だよ!
だけど今日はもうそうじゃねーだろっ!
明日はもっと仲良くなってるかもしれねぇだろ!!
その次の日はどうなんだ!!
俺は、オマエを助けることにそんな理由で躊躇なんてするつもりは、これっぽっちもありはしねぇんだよ!!!」

上条が吼えた。
黒子はそんな彼の言葉に場の状況も関係なくただ呆然としたまま頬を染め、思わず顔を俯かせる。
ああ、助けられるのをただ待つだけのお姫様とはこんな感覚なのだろうかと本当に状況も弁えてくれずにどうしても浮ついてしまう頭で、そんなことを考えていた。





「アヒャハハハハハハッ!?
吼えるなよ、人間っ!」

最早先日どころか数時間前まで自身が人間であったことを失念してしまったかのような狂った声を上げながら、垣根が両腕を空を掴まんとばかりに大気が滲むほどの力を込めて押し上げた。
メチメチギチギチギャチャギャチャ、という耳慣れぬ幻想の音が周囲に響く。

「現界の扉なんてみみっちい愚物は木っ端微塵に砕けやがれっ!
世界は塗り変わってみせろ!
真実はこの俺が創る!!」

そんな理解し難い叫びを大気に吐き出した垣根の身体が、メキョリ、あり得ないカタチにに歪む。
始めに背中に、6枚の翼。
漆黒の、それでいて紅い羽根。
もちろんそれだけには留まらない。

「くぁwせdrftgyふじこlp」

言葉にならない悲鳴のような、あるいはインターネットのスラングのような音に出来ない叫び、いや呪文のようにさえ聞こえる音が周囲に響く。
その姿はまるで人類を含む全ての地球生物圏の天敵が現出したかのようなカタチを持っていた。
例えるならば、人狼と御伽噺で語られる生き物に近い姿。
毛むくじゃらの、二足歩行する巨大な妖獣。
四肢は鋭く狡猾で、それでいて破城槌を彷彿とする絶対的な破壊をイメージさせる。
身長は大の大人が見上げるほども大きく、ウエイトも人とは比較することすら難しい。
口は裂け、むき出した牙と真っ赤に沈む口腔の中で、バチバチと雷光が渦巻き、熱量に耐えかねたのか鼻腔からは蒼い炎が漏れていた。
見開いた、伽藍堂のような窪んだ瞳は、黒い光をだくだくと淀ませて人間の皮をベリベリと突き破って狼の狂相を覗かせている。

「・・・きやがれ」

それでも怯むことなく立ち塞がる上条へと向けて、吸血鬼というよりも人狼、あるいは神狼と呼ぶべき存在がゆっくりと近づいていく。
地面を砕きながら歩く神狼が零した吐息がどろりと形を成し真っ黒な狼、否、大神と化す。
当たり前に存在する世界を崩壊させんと、物理法則などという人間の積み上げてきた理論があっと言う間に塗り替えられる。
大神は、この世界の、どこぞの誰かが積み上げてきたはずの階層構造を問答無用に力任せに噛み千切って世界というルールを砕きながら、天に届かんとばかりに上顎をどこまでも広げていった。
歯を打ち鳴らす度に当たり前のように地面が砕け、空が真っ逆さまに落ち、地面の底から黄泉へと続く道が現出する。

「■■■■■■―――っ!!!」

大神の遠吠えが地割れではない、ありえないはずの空割れを引き起こして空が歪にひび割れる。
まるで地球が零した涙のように、どろどろとした真っ赤なマグマが、地面と、そして空から毀れて落ちると同時に、上条は右手を掲げて。
そしてあっさりと右手を失った。

「―――――っ!?」

あっさりと、1コンマ秒も持たずに玩具のように弾け飛んだ右手から、噴水のように勢いよく真っ黒な液体が湧いた。
それは弧を描いて地面に落ちるなんて、そんな当たり前の出来事を拒否して、天目掛けて勢いよく駆け上る。

「うあわあああああああっ!!」

上条の悲鳴に重なるように、黒い血液はそれがまるで生き物であるかのように、神世の時代から永遠に眠りについていたはずだった猛りを鎮めるべく、大神を一直線になぎ払う。
上条から噴き出すそれは血液などではない。
それは龍だった。

「■■■■■■―――っ!?」

数瞬前まで絶対者だったはずの、神狼から零れ落ちた力の欠片たちが恐怖と思しき声を上げる。
龍は無言で大神だろうと狼だろうと犬だろうと大差はないとばかりに、ただ当たり前のように神狼の眷属を喰らい尽くすと続けて神狼へと向かった。

「サイっこうジャねぇかっ!!」

少し歪な発音ながらも、人の言葉で龍と向き合った神狼が牙でぞぶり、と龍を頭から噛み砕いた。
砕かれた力は四散し、龍の姿を保てなくなると、その真っ黒な霧が上条の中へと戻っていく。
上条の中で、砕けたはずの記憶よりも、はるかに過去の歴史が火のように灯る。
ぼぅ、と頭の中に灯った数の灯篭が、次から次へと龍を膿む。
ぐじぐじに、腐った肉からウジが沸くように、上条の失った右腕から龍が飛び出しては空を駆け、そして神狼に立ち向かっては叩き潰されていった。

「・・・この力は」

全ての龍が上条から溢れ、上条の中に還っていくと、彼は『右手』を空に掲げた。
真っ黒な龍が封じていたのは、幻想を殺す腕で封じた龍がさらに封じていたのは、一本の右腕。
神を創る。
そのための力を秘めた、人類の理想。
全ての原石の頂点。
原石のダイヤモンドとでも呼ぶべきである、それでもソレはただの一振りの刃だった。

幻想殺し(イマジンブレイカー)によって封じられていたこの俺の真の力は、今や宇宙創造のビッグバンにも匹敵するエネルギーを持っている!
神々でさえ恐怖する絶対の断罪で滅びろ、神の仔よ!!」

朗々と声に上げるは祝詞。
そこに定められた言葉はなく、ただ、彼の発する言葉がすなわち祝詞であった。

「ぬかせ!
ならば俺は神を超えるモノだ!!
銀河さえ砕く暗黒の恐怖を知るがいい!!!」

神狼が両腕を空に掲げる。
当たり前のように、彼の両腕には宇宙を砕く力が集約した。

神話創生(ミュトス・エクスクラメーション)!!」
神話破壊(ミュトス・エクスプロージョン)!!」

同時に振り下ろされた一撃が、世界を包む――――!
千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)をも引き起こす同質の、それでも対極の咆哮がぶつかり合う。





「うぇへへへへ。
わたくしのために2人の殿方が争い憎しみあうという寸劇も最早クライマックス。
ですけれど、お兄様の正義の心とわたくしを思う愛の心が、吸血鬼の悪のただ一つの心に遂に打ち克ち・・・」
「おいこら。
そこの妄想空間移動能力者(テレポーター)
何荒唐無稽で滅茶苦茶な妄言をwordにして3ページ分も垂れ流してやがる」

後ろから突然の衝撃を感じた黒子は為す術も無く、べしゃり、とどこぞのビルの屋上へと倒れ伏した。
or2な格好で頬をアスファルトにへばりつかせた少女は、ぱちくり、と目を瞬かせて自らの現在の状況を確認する。
状況をようやく理解した彼女はこほんと一つ咳払いをしてみせてから、少しだけ引き攣った頬を何とか隠そうと努めながらも女の子座りに体勢を戻して背後を振り返る。

「あら、垣根さん。
お久しぶりですわ」
「・・・あいかわらず頑丈だな、オマエは」

何事も無かったかのようにけろりとした表情を必死で取り繕う少女を見下ろしながら、何故か呆れたかのようなため息を吐く超能力者(レベル5)が立っていた。
そんな闖入者にジロリと冷たい視線を向けた黒子は頬を膨らませながら声を出す。

「いえ、普通に痛いですからあんまり乙女の腰に蹴りをいれるものじゃありませんわ。
制服にはくっきりと靴跡が残ってしまいますし、そもそも女の子に暴力振るうなんて最低ですの。
訴訟ものですわ、裁判ですわ」
「うっせ。
こっちこそ名誉毀損で訴えるぞ。
何が神狼だ、そんなけむくじゃらな化物になった覚えはさらさらねぇぞ、ゴラァ」
「おほほほほ。
ちょっとした演出ですわ。
ほら、思い出は美化されるものって言いますし」
「まだほんの一週間前の出来事じゃねぇか!
・・・口のヘラネェ野郎だ」

激昂することにも疲れたのか、得体の知れない生き物を見るかのような視線で黒子を眺めた垣根は、視界の端に見えるかなりの広さを持つ列車の操車場へと注意を移す。
まだ深夜と呼ぶべき時間ではない、とは言え夕飯には遅い時間帯。
人気の無い暗闇に沈んだだだっ広い空間は、確かに実験にはうってつけなのだろう。
とは言え、結構な距離があるせいか、こんな離れた場所からでは豆粒のような人影がぼんやりと見えるだけだ。
それでもじぃっと目を凝らしてみると、レールに使われていたのだろう鉄材が何本も宙を飛び回っているのが分かる。
垣根は思わず、ひゅう、と口笛を漏らした。

「そう言えば、もうお怪我はよろしいので?」
「・・・怪我っつってもな。
素手でぶん殴られただけだぜ?
そう何日も寝込むようなもんじゃない」

ちらり、と垣根が視線を下に戻すと、黒子もまた真剣な目つきで操車場へと視線を向けていた。
だから彼も次から次へとコンテナが吹き飛んでいる、何とも常識ハズレな、それでいて彼にとっては驚くまでもない光景へと注目したまま続ける。

「それよりも吸血鬼とやらの眷属にされちまったせいで、そっちの検査の方が大変だったぜ。
隔離されて検査、検査、検査。
ようやく解放されたってわけだ」
「ご苦労様でしたわね」
「全くだ」

まるで棒読みとしか思えない黒子のねぎらいの言葉に肩をすくめて垣根は答える。
その瞬間に、真っ赤な炎が立ち上がった。
遠くに見える火柱で瞳を赤く染めながら、2人の傍観者はじっと操車場を眺め続ける。

「たーまーやーですの」
「こりゃすげぇな。
ま、とは言ってもこの程度であのバカがくたばるわけもないだろうがな」
「そりゃそうですわ」

そう軽い口調で言いながらも、黒子の瞳にはかすかに動揺の影が走る。
互いに向き合うこともなく、ただひたすら自分たちが蚊帳の外にされている戦場に視線を送り続ける。
どうやら爆発を機に攻守が入れ替わったようで、遠くで接近戦が始まったが、2つの人影のどちらが攻めているのかといった様子はさすがに掴めそうにない。

「それにしてもちょいと遠すぎるな。
もう少し近づくことは・・・無理か」
「難しいですわねー。
結構数多いですわよ」

黒子は答えながらも、ため息を吐いて幾つかの方角へと視線を投げかける。
この実験、とやらにはかなりの数の監視件見張りがいるのは分かっていた。
キロメートル単位で離れたこの距離ではさすがに気付かれてはいないだろうが、超能力者(レベル5)の実験に大能力者(レベル4)が割ってはいることなどしようとすれば、たちまち排除されてしまうだろう。
それゆえに、遠くから見守ることしか出来ないのは正直歯がゆいばかりだと黒子は思う。

「仕方ねぇ、我慢するしかねえか。
全く、この実験を邪魔させないためにどんだけ人員つぎ込んでだよ」
超能力者(レベル5)が2人も関わってますし、・・・ま、それだけではないようですけど」

超能力者(レベル5)である学園都市第一位、一方通行(アクセラレーター)と今も殴り合いを続けるただの無能力者(レベル0)である人影へと注意を向けながら黒子は考える。
どうして監視者たちは実験の邪魔をした彼を排除しないのか。
それはつまり、どういうことなのか・・・?

「ちっ、それにしてもあの無能力者(レベル0)は何をチンタラしてやがるんだ。
あんなクソモヤシ野郎さっさとぶち殺しちまえってんだ」
「あら、垣根さんはお兄様の応援にいらしたんですか?
昨日の敵は今日の友。
男の友情ってヤツですわね」
「ちげぇよ、このガキ。
あの第一位が気にくわねぇだけだ」

今考えても答えなどは出ないだろう。
黒子は考えを一端保留にして垣根と言葉を交わしながらも、何とも意地っぱりな第二位に大してくすくすと小さく笑みを浮かべた。
そんな黒子の含み笑いを聞いた垣根が、ちっ、と舌打ちをこぼす。

「笑ってんじゃねーよ。
潰すぞ」
「あら、怖い怖い」

そんな心にもないことを口ずさんでいた黒子の顔に緊張が走る。
聞こえるはずも無いのに、奇声をあげる超能力者(レベル5)の姿が見えた気さえする。
例えるならば、風の爆弾。
遠くから見ていた彼女には何と無くソレの見当がついたが、それだけに忌々しい。

「・・・っ」

倒れ、ピクリとも動く様子のない人影に、ただひたすら視線を送り続ける。
超能力者(レベル5)が風のベクトル操作を始めたせいだろうか。
かなり離れた場所であるはずだが、突如として強くなり始めたつむじ風に髪を浮き上がらせながらも、黒子はじっと前方を見据えていた。
顔にそんな心境は全く出さなかったが、それでも彼女の心臓は、やかましいぐらいに『何かを失うかもしれない』恐怖で高速に脈打っていく。

「それにしてもアレだな。
オマエ、ホントにアイツの心配しねーんだな」
「あら失礼ですわね。
黒子の胸は今にも張り裂けんばかりにお兄様を心配しておりますの。
・・・それでも信じてますから」
「信じてるだと?」
「ええ、信じてますわ。
今回はお姫様役ではありませんが、お兄様の勝利を願う気持ちに変わりはありません」
「そーかい。
・・・って噂をすればお姫様のご登場か」
「これでこの場に垣根さんを含めると超能力者(レベル5)が3人ですわね。
学園都市も思ったよりも狭いもんですの」

垣根はただ見ているだけの自分が手持ち無沙汰だったのだろうか。
夏用らしき薄手のジャケットの内ポケットから、直方体の箱を無造作に取り出した。
ピロー包装を引っ張って封を開けると、次いで銀紙のシールをべりべりと剥がす。
左手の甲に箱の底をとんとん、と押しあて、一本の棒状の嗜好品を押し上げる。
そこで垣根は、何ともいえないような視線を向けている黒子に気がついた。
折角なので声をかける。

「オマエも吸うか?」
「・・・はぁ」

珍しくも親切心を出してみたのだが、返ってきたのは心からのため息だった。
何だよ気分悪ぃな、と憮然と表情をした垣根であったが、続いて伸びてきた黒子の手に問答無用で煙草の箱がふんだくられると今度は何をするつもりなのだろうという興味が先に立つ。

「ぼっしゅーと」

瞬時に黒子の手の中にあった煙草の箱が空間移動(テレポート)で消えうせると、屋上の隅にあったゴミ箱の中にぽとん、と落ちる音が響く。

「何しやがる、てめぇ!?」
「中学生の風紀委員にそんなもの薦める方が悪いですわ。
代わりにコレを差し上げますので、こっちを舐めてなさいな」

黒子がアンダースローで投げつけた、小さくてカラフルな指先ほどの大きさの小袋を彼は咄嗟に受け止める。
というか飴だった。
垣根は何と無く、手の中で一度ころりと飴玉の袋を転がしてから封をやぶって口に含む。

「あめぇ」
「飴ですもの」
「ミルクくせえ」
「ミルクキャンデーですもの」
「ママの味か?」
「どーでも良いですわー」

何処までもやる気のない黒子の様子に、ちっ、と何度目か忘れてしまった舌打ちをしながらも諦めたように操車場へと視線を向ける。
ちょうどクライマックスだったようだ。
無能力者(レベル0)超能力者(レベル5)を殴り飛ばす。
殴られた方はまともに殴り飛ばされた経験など無かったからか、ぐにゃり、と倒れ伏して気絶してしまったらしい。
・・・情けねぇな、ヲイ。
あの光景を楽しみにしていたとは言え、自分がある意味では目標としていた男がああも無様に寝込んでいるのはどうも心がざらついてくる。
そんな感傷を抱きながらも、垣根は堪えきれない感情が同時に湧き出してくるのも感じていた。

「くっ、くっくっくっ。
はははははっ、終わりだな。
ま、あのいけすかねー野郎の無様な姿も見られたし、満足だ」
「呆れますわね。
垣根さんは一方通行(アクセラレーター)さんの負け犬姿をわざわざ見に来たんですか?」
「それが一つ目の目的だな。
ざまーみろってもんだ」

再びゲラゲラと下品に笑う垣根を呆れた顔で黒子は見つめる。
だが、垣根はすぐに笑いをピタリと止めた。
操車場の様子はもうどうでも良いとばかりにと黒子の視界へと正面から入る位置に回り込んだかと思うと、幾分か真剣な顔で話を始める。

「ま、もう一つある。
どうだ、空間移動能力者(テレポーター)
俺たちの『スクール』にはいらねぇか?
かなり高額な給料も出るし、能力向上のための特別なカリキュラムも組んで貰える。
大能力者(レベル4)と言ってもこっちの世界に入れるヤツなんてタカが知れているんだぜ?」
「・・・それはまた。
随分と高くかってくださったものですわね。
ちなみにお仕事の内容は?」
「主に暗殺」
「それでわたくしが諸手をあげて喜び勇んで賛成して、貴方の仲間に入ると思う理由があったら教えてもらいたいですわね・・・全く」

思わぬ言葉に顔をしかめて頭痛がし始めた気がする頭を押さえる黒子に、垣根が分かりきっていたというように肩をすくめる。
この少女の性質から言って仲間になるはずなどないのだ。
それに加えて、事実、空間移動能力者(テレポーター)はどこまでも便利な存在だが黒子だけがそうであるわけではない。
候補はまだ残っていた。

「ま、入ってくれないなら仕方ねぇな。
気が変わったらいつでも連絡いれてくれよ」
「そうですわね・・・。
そうだ、良いことを思いつきましたの」

黒子は立ち上がると、垣根の横を通り過ぎる。
そして、再び視界に操車場を映しながら指差した。
正確には、そこで眠る一人の男を。

「あちらでお姫様に膝枕をされている王子様に勝てるのでしたら、ええ、考えて差し上げますわ」
「・・・そりゃちと難しいな」

苦虫を噛み潰したかのような言葉に笑みを零した黒子は、くるり、と後ろを向いてもう話は終わりだとばかりに垣根から視界を放した。
遠くから聞こえてくるのは、救急車のサイレンの音だろう。
もう事件は解決した。
今さら危険はあるわけがないし、ここから先を見守る必要はないだろう。

「それでは、垣根さん。
ごきげんよう」

垣根から返事はなかった。
ただ彼が屋上を去る足音だけが響く。
もう一度操車場へと視線を向けた黒子は唇に微笑を浮かべながら呟いた。

「・・・今日は貸しておいてさしあげますわ」

その言葉は、彼に言ったのか。
彼女に言ったのか。
とにかく聞こえるわけも無い伝言を呟いてから、続くはずだった誰宛だったのかの言葉は11次元に置いていくことにする。
真意は心に秘め、寮監への言い訳を考えながら黒子はその場を後にするのだった。

(END)