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とある魔術の禁書目録 SS
『とある幻想の白黒色彩(モノクローム) 第13話 吸血徘徊(ブラッド・ウォーク)A』


西暦にして1431年。
彼女がこの世に生を受けたのは、東ヨーロッパにある背の高い針葉樹が鬱蒼と立ち並ぶ一年を通して寒々しい深い森の中である。
どうやって生まれたのかは定かではない。
人の立ち寄らぬ地にある木々の股の間から生まれたのかもしれなかったし、そもそもは人の同胞として生まれたのかもしれなかった。
ただ、そんなことは些細なことで。
彼女は自意識を持ったその時から、自分が吸血鬼と呼ばれる存在であることを知っていた。
ヒトという種とは違うことを理解する。

「・・・アレは、太陽。
あの光を浴びるのは良くない」

同時に、自らの弱点も身に染みて知ることになった。
彼女の住まう永久の闇に沈んだような森から漏れ出た彼女の片手が、ぶすぶす、と嫌な音と匂いを出しながら焦げていく。
闇の中で夜に溶け込むように生き、流れる水を渡ることを恐れ、家の軒先に吊るされた大蒜に脅える。
そんな生活を送っていた。

「人間は、わたしと違って脆いんだ。
赤いのが毀れるのは勿体無いな・・・」

自分がそこら辺にいる獣など片手で引きちぎれることを知った。
血に塗れた小さくて華奢に見える傷一つない白かったはずの両手を中空に掲げて、先ほどまで動いていたはずの四肢を引きちぎった物体を見つめる。
人の視界の外から外へと駆け抜け、降りぬいた腕で岩を砕き、鋭い牙であらゆる命を屠る。
そんな生活を送っていた。





あるとき彼女は人を襲うのを止めることになる。
なんとなく、本当になんとなくで深い考えなど何も無かったのだが、ただ単純に赤いぬらりとした暖かい液体を見るのがイヤになった。
森の奥に引きこもり漠然と日々を過ごすだけの彼女の耳に森が囁く噂話が、堂々としたひそひそ話が、根も葉もない流言が、虚実入り乱れた世評が届く。
同類の吸血鬼がいることを聞いた。
ソレが彼女と同じものかどうかは分からないが、とりあえず同じ名前なので親近感は湧く。
吸血鬼を殺す、吸血殺し(ディープブラッド)、とかいう生き物がいることを聞いた。
どうやって殺すのか、それは良く分からない。
人が、勢力を増して強くなってきたことを聞いた。
どんどん森は開かれ、たくさんの人間たちが入植する。
魔術師という存在がいることを聞いた。
才能が無いなどと言い訳を述べながらアホみたいに強大な力を求めている。
科学という存在があることを聞いた。
蒸気機関とかいうもくもくとする煙が出来てから盛んに使われているようだ。
聞いた、聞いた、聞いた。

「・・・そう。
じゃあ、わたしはもう弱くなったのかな?」

500年ほど経ったのだろうか。
ただひたすらに閉じこもってから、彼女はそんなことを考えた。
丁度その頃までには、彼女が住む森にも人の手が入ることが分かったので、フラフラと外の世界へ飛び出してみることにする。
最後に、森の言葉を聞いたところによると。
科学側は国を砕く爆弾に音速を超える飛行機、強力な超能力者がいるらしい。
魔術側は海を渡る騎士に天使の力(テレズマ)を操る修道女、強力な聖痕使いがいるらしい。
そんなふざけた連中は、自分よりもずっと強いだろうと考えていた。
だが、そんな彼女の思惑はあっさりと覆される。

「・・・うそぉ」

似合わない声が意識せず漏れる。
呆れるほどのヒキコモリを続けていた彼女がフラフラと心の衝動のままに外を走ってみると、1時間もたたないうちに大陸を駆け抜けていた。
腕を無造作に振ってみたところ、黒い衝撃波が大気を駆け抜けそのまま山が崩れ落ちた。
それどころか、あれほど恐れていたはずの、実際に肌を焦がしてみせたはずの太陽の光も流れる水も平気な自分に気がつく。
そこで初めて知った。
彼女は、人というカテゴリーよりも格上の『吸血鬼』として存在することが定められた存在である。
人の力が歴史を刻むことで加速度的に増していったために、彼女の力も同様に無制限とさえ思えるほどに膨らんでいったようであった。

「・・・無限の魔力だったっけ」

呟く。
何時のころからか、人の数が10億を超えたあたりだろうか。
そんな異能を得た気がする。
気がするだけで、確かめたことなんてなかったから少し驚いた。
辿り着いた大陸の東の果てで、初めての海を見つめながらそんなことを考えた彼女は、ひどく美味しそうでけばけばしい匂いを鼻腔に感じていた。
まるで極彩色の食虫植物に誘われる虫のような気分だ。
そんな本能で動くだけのケダモノのような感覚に襲われる自分に苦笑を浮かべながら、だがそれも目的も無い今の自分には一興だと思う。
その辺の屋台で手に入れた肉まんをもふもふと口にしたまま、沈む太陽を背にしながら海を渡ってみようと決意した。
そして、彼女は海を渡って学園都市と呼ばれる場所までたどり着く。

「だけど、この都市までやってきたときには、アレほどまでにわたしを狂わせる匂いはもう存在しなかったわ。
何処かに隠れてしまったみたい。
残念のような、ほっとしたような・・・」

垣根の顔で、少女のモノとしか思えない甲高い音をした声が発せられる。
黒子は目を覚ましてから延々と聞かされる何処か作り物めいた話に、自分の立場も忘れてパチパチと目を瞬かせてどう判断すれば良いのか悩んでいるようだった。

「だけど、面白いことが分かったわ。
この都市は超能力者たちの町。
たくさんの能力者に、とびきりのイレギュラー。
この町を飛び廻るとても小さな虫にはたくさんの情報が含まれていて、虚数学区なんて面白い楽園まで作ろうとしているのが学園都市という場所。
それから、幻想殺し(イマジンブレイカー)なんて面白そうな人がいた。
この町を取り巻く状況と幻想殺し(イマジンブレイカー)はわたしの目的を叶えるために打って付けな人物だった」
「・・・はぁ、それで。
長々とそんな話をわたくしにわざわざ聞かせて、何をさせるつもりですの?」

もう30分ばかり聞かされた話の終わりを感じ取った黒子が当然と言っていい疑問を尋ねると、垣根の姿をしたままの少女が全く似合っていない表情で薄く笑って答える。
少し頬が引き攣るのを感じた黒子だが、ふざけた態度をとる場面でもなかったので黙っていることにする。
何処かの陸上競技場らしき場所の真中で転がったままぐるぐるに縛られた身体を捻ってみるが、へんてこな紋様が描かれた金属製の縄は全く緩む様子も見えない。
どうあれこのまま人質として転がったままでは上条の足手まといになることは間違いない。
どうにか脱出しようと考えた黒子が能力を発動しようと演算を始めると、紋様がぼぅっと光った途端に頭の中にチリチリとしたノイズが走って彼女の思考を阻害する。
そう簡単に空間移動(テレポート)することは出来ないらしいことが分かり、黒子はずきずきと鈍く痛む頭に顔を顰めさせながらゆっくりとため息をついた。

「何もする必要はないわ。
もちろん逃げ出そうとする必要もない。
ただ、知っていて欲しかっただけなのよ」
「・・・はぁ?」
「ただの愚痴よね、はっきり言って」

自己完結した様子の垣根の中にいるのだろう姿も形も見えない少女へと、転がったまま頬をべたりとぬるい地面にくっ付けたまま憮然とした表情の黒子がもう一度尋ねる。
多分答えてはくれないのだろう、とは認識しながら。

「結局、あなたの目的は一体何なんですの?」
「・・・教えてあげましょう。
最後くらいはわたしも饒舌になるものだったのね、ちょっと驚きだわ」
「え?
は、はぁ。
教えてくださるのであれば、是非もありませんわ」

黒子はまさか返事が帰って来るとは思っていなかったため、多少挙動不審になりながらも言葉を返す。
事実、この自称吸血鬼が何を考えているのかはかなり気になっていたのである。

「目的はたった一つ。
そろそろこの世界から退場したいのよ。
何しろ人類の進化は加速度すぎる。
今のままじゃ、近い将来にわたしは強くなりすぎてしまう」
「はぁ、それはご愁傷様ですの」
「・・・まぁ、信じられないでしょうけどね、貴女のような科学側の人間には。
吸血殺し(ディープブラッド)を頼るのは可哀想だったし、テンプレ的な消滅の仕方はしたくないっていうプライドもあった。
そこでわたしは一計を講じた」
「妖怪騒動ですのね」
「その通り。
丁度お盆だったわけだし都合が良かったのよ」
「では、あの事件の目的は何だったのですか?」
「簡単に言うと、幻想殺し(イマジンブレイカー)で妖怪を殺せる、という実績と評価を作ることよ。
色々と下準備をしたし、今のわたしはこの男に憑依した幻想みたいなものだから、今幻想殺し(イマジンブレイカー)が触れることが出来ればわたしを殺しきることが出来るはずっていうわけ」
「・・・呆れますわ。
学園都市全体を巻き込んだ随分と壮大な自殺ですわね。
死にたいのでしたらさっさと死んでくれて構いませんわよ?」
「わたしにもプライドはあるし、さんざん状況を弄くって何とか形にした折角の晴れ舞台だもの。
最後の我が侭は通しておきたい気分なのよ」
「それで、もしもお兄様の幻想殺し(イマジンブレイカー)でも殺しきれなければどうするおつもりですの?」

現実に魔術師やら妖怪やらなどという胡散臭い連中がいるものなのか。
そんな与太話をどこまで信じてよいものかどうか分からない黒子であったが、それでも気付いて発した当然の疑問に対して吸血鬼は肩をすくめてから前方を見据えて言った。

「結構自信があるから、多分大丈夫よ。
さて、無駄話はおしまい。
待ち人来る、ってね」





「よぉ・・・無能力者(レベル0)

先ほどまで黒子と話していたと思われる人格が当たり前のように奥に引っ込むと、嬉しそうな歪んだ笑みを浮かべる見た目通りの男の声が漏れて出た。
垣根は振り返りながら芝居がかった動作で両腕を広げて待ち人を迎える。
無能力者(レベル0)が真剣な顔つきで近づいてくるのを見つめていた。

「きてやったぜ、超能力者(レベル5)

沈み始めた西日が照らす、名前も分からない陸上競技場の一角、たった3人しか上がらない舞台の上で上条当麻が垣根帝督の前に立っている。
垣根は目の前にいる何の変哲もない高校生が、自分を学園都市230万の第二位に位置する超能力者(レベル5)と知りながら何の躊躇もなく立ち塞がることに少しばかり驚きを覚えないわけでもなかった。
だが、そんなことを表情に出すほど甘いつもりもない。

「逃げなかったのだけは褒めてやる。
どうだ、嬉しいか」

垣根は獰猛な笑みを浮かべてそんなことを言いながら、無造作に足元に転がる芋虫のような少女へと目掛けて足を振り下ろす。
ぐぇっ、とか言う場の雰囲気に対してまるで緊張感も色気もない少女の声が漏れたが、それは大した問題ではないだろう。
何故なら。

「離れろよ、テメェ」

声を張り上げて向かい合う2人には、しっかりと己の役割を知ることが出来たのだ。
利害は一致した。
ただし、逆の方向に。

「今すぐ、白井から離れろっつってんだ!
聞こえなかったのか!!」
「イヤだと言ったら?」
「言ってねぇで離れろ、キサマァ!」

悪役に徹する垣根が、突っ込んでくる上条目掛けて獰猛な笑みを浮かべる。
サッカーボールを蹴飛ばすような感じで、今度は左方目指して足を振り下ろし黒子の身体を10メートルほど吹き飛ばした。
ひぃやぁっ、などと結構余裕のありそうな悲鳴をあげて地面を転がる黒子の様子を見るまでもなく、肩をすくめながら垣根が声を上げる。

「どうだ、これでオマエの望みどおりだろ?」
「黙ってろぉ!」
「おぉっと、手が早いな」

叫びながらも垣根の目の前まで走りこみ、びゅん、と鋭い音を響かせて振るわれた上条の拳をあっさりとかわした垣根がせせら笑いながら声を漏らす。
足に力を込めた垣根が軽く後ろに向けて飛び跳ねると、再び殴りかかってきていた上条から5メートルほど距離があっさりと開いた。
身体能力の比べようもない大きな差にさすがの上条も目を見開くが、すぐに気を取り直したかのように垣根へと走りよっていく。

「おいおい、こちとらまだ初心者マークのお試し期間なんだ。
色々と試させてくれよ。
そうだな、こんなことも出来るみたいだぜっ」

余裕綽々な芝居がかった動きで垣根が腕をふると、夜が染み出したかのように黒い、カギ爪の形をした衝撃波が大気に走る。
真っ黒な色を空の軌跡に残しながら、バヂンバヂン、と空気を切り裂いて近づく攻撃に、ゾクリ、とした怖気が上条の背筋を駆け抜けていく。
考えるよりも早く、上条の右腕が反応した。

ぱぎぃいいいいいっ!!

耳にまるで優しくない甲高い音を立てて消滅する黒い刃に上条は思わず顔を顰めるものの、垣根は驚いた様子も見せずにまるで子供が興味深い玩具を手に入れたような表情で再び腕を二度三度と振るう。
正面から。
斜めから。
カーブを描きながら。
上方から。
次々に四方八方から無造作に迫ってくる黒い刃を上条はぎょっとした顔を隠すこともなく、右手をぶんぶんと振り回して何とかかんとかといった様子で捌き続ける。
正面からの攻撃を受け止める。
斜めから迫る一撃を打ち払う。
カーブを描きながら胸元を抉る鋭い爪は上から押さえつける。
上空から落ちてきた魔力の塊は右手を振り上げて砕く。
かすり傷一つないまま一方的な攻撃をただ防ぎ続ける上条だが、その顔には焦りの色が攻撃を受けるたびに強く強く張り付いていく。
しつこく上条に迫ってくる衝撃波をキャンセルしたものの、彼の前にたどり着くまでにガリガリと削られていた地面の傷跡をちらりと視線を向ける。
ごっそりと抉られた短距離用のレーンを見る限り、しばらくは使い物にならないだろうことは確実だ。
幻想殺し(イマジンブレイカー)を使わずにこの攻撃を受け止めてしまった場合、あまり楽しくは無い事態になってしまうだろう。

「なかなか頑張るじゃねぇか。
楽しくなってきたってもんだ」
「・・・ぜんっぜんっ、楽しくなんてねぇ!」
「そぉかい。
残念だな、次はこんな趣向はどうだ?」

垣根の瞳の赤が金色に輝き滲んでいく。
そんな異様な色彩に魅入られたように、上条の身体が何かを予感して固まる。
ぬらりとした金色の輝きが、上条の視界いっぱいに拒否することも出来ずに写りこんでいくのを認識して嫌な予感を覚える。
咄嗟に目を閉じようと上条は瞼の筋肉に力をこめるが、ぴくり、とも動くことは無い。

「『動くな』」
「・・・っふざけんなっ!」

垣根が言い切る前に、上条が右手で自分の両目を覆うように押さえつける。
似たような攻撃を何処かの錬金術師に受けたことがあったのが幸いして、さっさと対処をしたお陰で少したたらを踏んだくらいですぐさま立ち直る。

「今度はコイツだ」

片方の腕をポケットに突っ込みながら、もう片手を無造作に突き出した垣根の様子に既視感を感じて右手を突き出す。
黒いレーザーのような極太の光線が一直線に放出されるが、花妖怪が最後に見せてくれたソレと比べると些か威力が劣るようだった。
数秒の間、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら光線を放っていた垣根だったが、あっさりと上条が防ぎ続けたことでやる気を失ったのだろう。
自分の攻撃にまるで驚く様子も見せない上条へと、垣根は憮然とした表情を向けてつまらなそうに吐き捨てる。

「こっちは気分よく遊んでやってんだからよぉ。
そうあっさりと防ぐんじゃねえよ、つまんねぇヤツだな」
「上条さんは必死なんですよっ!?
あっさりなんてとんでもないし、そもそもそんな風に楽しんでんじゃありません!」

必死のあまりなのかテンパっているせいか、何故か敬語で突っ込みをいれる上条に気勢を削がれたのだろう。
垣根が突如顔を俯かせて、くっくっくっ、と低い声で含み笑いをこぼし始めた。

「変なヤツだな、オマエ。
全く、もう少し真面目にやらせてくれよ」
「そりゃーどうも。
と言うか、上条さんは十分真面目なつもりなんだけどな」
「嘘つけ」
「嘘じゃねーよ。
大体何だオマエは!
さっきからホントに人間かよ!?」
「だったらアレだ。
オマエは根っからの道化体質ってことだな。
間違いねぇ」
「・・・そいつは何ともイヤな体質だな、おい」

心当たりが有りすぎたのか、額に一筋の汗を零しながらしかめ面をする上条を見て、さらに垣根がゲラゲラと声を上げて笑う。
ソレを見た上条もちょっと気が抜けてしまったらしく、一度、ふぅとため息をついてから苦笑を浮かべて・・・。

「ちょっと!?
人質を放っておいて男の青春してんじゃありませんですのーっ!
そこのロン毛は女の子に手をあげる最低野郎ですわーっ!
お兄様も人でなしーっ!!」

忘れられては適わぬとばかりに、じたばた、と元気一杯な様子の芋虫なツインテールが地面に転がったままがなり立てるのを聞いた上条の目にさすがに緊張感が戻ってくる。
攫われたときにはどこぞのスイーツな店の天井に叩きつけられた上に、さきほども踏んづけられたり蹴り飛ばされたりしたはずなのだが、ピンシャンして怪我一つなさそうなのは彼女が頑丈だからなのか、それとも垣根が手加減していたからなのかは分からない。
それでも結構けちょんけちょんな扱いをされている黒子は腹には据えかねているのだろう。
怒り心頭といった様子でギャーギャーと次から次へと垣根と、それから上条に向けてまで放送禁止用語と思われる罵詈雑言を並べ立てていた。

「・・・ま、そういうわけだ。
お姫様は大層お怒りのようだし、仕切りなおしといきますかね」
「いや、アンタが白井を解放してくれりゃそれで済む話なんだぜ。
それで済まさないか?」
「そう言うわけにもいかんのさ。
こっちにも事情があってな」
「協力できることならしてやらないでもないが、話せないのか?」
「ま、アイツの事情なんて知ったこっちゃねぇが、俺もアンタとは戦ってみたいとは思ってるぜ。
だから、ま、どちらにしても結果は変わらねーな」

もうソレ以上話すことなど何もない、とばかりに腕をぐるり、と一回転させた垣根が獰猛に犬歯をむき出す。
対する上条はもう一度、今度は大きくため息をついてからヤレヤレと腕をぶらぶら振り、それから対峙する男を見つめながら右腕をいつでも突き出せるようにしっかりと構えて迎え撃つ。
二者の間に、一瞬緊張が走る。
その空間に割ってはいるのは少女の叫び声。

「お兄様っ!
垣根さんは吸血鬼とかいう今回の事件の主犯に乗っ取られているようですわ!
お兄様の右手で触ることが出来れば今までみたいに何とかなりますの!」
「余計なことをっ」

垣根が軸足を中心にぐるりと反転して黒子に向き直る。
そのまま身動きできないまま転がる彼女へと向けて、邪魔をするなとばかりに腕を振り上げた。

「言ってんじゃ・・・ねぇっ!!」

垣根が上げた腕を振り下ろしただけで発生した地面を砕きながら走っていく爪跡に、瞬時に反応した上条が先立って走りこむ。
上条の横を追い越していこうとした爪跡を、振り返ることもなく、カンだけを頼りに右手を振り回して砕く。

「邪魔すんのか、幻想殺し(イマジンブレイカー)
「ああ、そうだ。
邪魔してやるよ、吸血鬼」

平静を取り繕った口調で声を上げる上条だったが、内心ではまるで勝算があるとも思えず、かなり心臓をビクつかせていた。
必死に逃げ出しそうな弱気な自分を自制しながら、自分さえも暗示にかけようとするかのように、自信を込めた表情を何とか作る。
上条の表情を観察していた垣根が、さすがに彼の様子が一変したことに気がついた。

「・・・随分と余裕だな」

仮にも追い詰められた人間が見せる表情ではない。
眉を顰めて呟く垣根の言葉に被さるように、口角を持ち上げたままの上条が頭を掻き毟りながら呟いた。

「なんていうか、不幸っつーか。
ついてねーよな」

上条はそんな台詞を自分が過去に言ったことがあったことなど、覚えているはずがない。
ただ今日一日、8月14日の締めくくりは、自然とこんな台詞となった。
たった一言で、本当に世界の全てを否定するかのように。

「オマエ、本当についてねーよ」

(続く)