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とある魔術の禁書目録 SS
『とある幻想の白黒色彩(モノクローム) 第11話 開花支配(フラワーマスター)B』


「こんにちは、人間のお客様。
花咲く妖怪さん見学ツアーへようこそ」

ざっと50平方メートルほどに切り取られた花畑の中の空き地で、上条たち3人と向き合った少女が完璧な笑顔でそんなことを告げた。
先ほど上条が感じた怖気さえ覚える表情から、一転した笑顔は少女が口にする妖怪という単語とはあまりにもそぐわない。
どちらにしろ、瞬きの間すらなく、彼女の印象は一変していた。

「あ、ああ、って見学?」
「ええ、そうよ。
見学ね」

少女が上条の疑問に答えながら、可憐に、優雅に、美麗な立ち振る舞いで笑う。
まるで薔薇の花のように、
まるで桜の花のように、
まるで牡丹の花のように、
まるで向日葵の花のように、
究極の自然美を体現したかのような、まるで人工的なモノを感じさせない美しさを秘めた笑顔だった。

「妖怪さんは花を操るだけよ。
ほら、こんな風に。
可愛らしい黒髪の貴女。
素敵な花のアクセサリはいかがかしら?」

涼やかな鳥のさえずりを意識する声で喋る妖怪が、長いスカートをなびかせながら一歩前へ出て、上条の後ろで顔を覗かせていた初春へと向けて指を鳴らす。

「わぁっ!?」
「初春っ!?」

音もなく、初春の頭に鎮座していた造花の飾りが砕けて割れる。
その中から生まれ出てきたものはまごうことない本物の花弁だった。
突如のしかかってきた重りに頭をふらつかせる初春を、隣に立つ黒子が慌てた様子で支える。
何事かと、同僚の頭上の花をまじまじと見つめる黒子と、混乱した初春の鼻腔に心地よい香気が届く。

「・・・ただの、花?」
「いい匂い」
「ヒヤシンスに朝顔、銀木犀と水仙の花。
匂いの強い花ばかりだけど、折角だからバランスはこちらで調整しているわ」

そっと自分の頭に手を伸ばす初春が怖々とした様子で、何時もとは違う生花の感触を確かめる。
黒子はこの現象をどう判断すればよいのかと困惑した様子で、それでも初春と妖怪の間を遮るように身を晒した。

「・・・脅かさないでくれよ」
「でも忘れてはいけないわ。
妖怪さんは、ヒトを襲うものなの」

何事もなかったかとほっと胸をなで下ろす上条に答えるように、2人の少女を見つめる妖怪がくすくすと笑みをこぼしながら、もう一度パチン、と指を鳴らす。
同時に、グググ・・・と、軋むような音がしたかと思うと初春の頭の花が急成長を始める。

「きゃあ!?」
「ひぃあっ!?」

まるでドキュメンタリーな番組で早送りの植物映像を見ているように、花から茎が伸び、枝葉を作り、瞬く間に大きな大きな植物と化す。
人間の腕ほどもある規格外の蔓が初春の頭の上から縦横無尽に這い回り、彼女と、そのすぐ傍に居た黒子へとまとめて覆いかぶさるようにその食指を彼女たちの体躯に絡ませていく。
むき出しの腕や足に強い圧迫感を覚えたと思うと、2人はそのまま足先まで拘束されてべちゃり、と地面に転がった。

「・・・ちょ、むぐっ!」
「ひぇええええ!?」

黒子が何かを叫ぼうとした矢先に、緑色の縄としか思えぬほど頑強な蔓が彼女の口を塞ぐように侵入する。
初春もじたばたと暴れようと身体をよじってみるが、彼女の非力な力ではお化け植物はビクともしそうにない。
それどころか身体中を這い回る無機質で冷たい感触に、ぞくぞくと背中に怖気が走り思わず悲鳴を上げてしまう始末だった。

「もがぁっ!
・・・げほっ、ごほっ」
「むむむんっ!!」

がちゅっ!と何かを噛み潰すような音がして、黒子の口腔にぐいぐいと押し込まれていた緑色の触手のような物体が慌てた様子で逃げていく。
噛み付いた拍子に喉の奥を小突かれたのだろう。
咳き込みながらも彼女は、自然と涙目を浮かべながらも再度の侵入だけでも阻止しようと自分の口をしっかりと閉じる。
蔓でぐるぐる巻きにされて黒子と密着している初春も、視界には入っていないが状況を想像出来たのだろう。
ぞっとした表情で相棒の二の舞にはなるまいと口を必死に閉じながら黒子の安否を気遣っているが、多分その言葉は誰にも意図するところは伝わらない。

「・・・はっ!?
何だか突然のエロ展開に呆然としていたけど、白井、初春っ!
すぐに助けるぞ!」

助けるということは原因の妖怪を倒してどうにかするつもりなのかと、転がる少女たちの醜態を面白そうに見つめていた妖怪が、日傘をくるりと一回転させてから少し高い位置へと持ち上げた。
だが、もちろん上条にそんなつもりがあるわけもなく、彼は妖怪から背を向けて黒子と初春のすぐそばまで走りよっていく。
上条の行動を見た妖怪は、傘の柄を自分の肩に置きなおしてから、訝しげな顔つきで詰まらなそうに声を上げる。

「近づくと巻き込まれるわよ。
むさい男が私の植物に拘束されている姿なんて何の面白みもないんだけど。
ちなみに男は捕まえたら処女を奪うわ」
「そんな不吉なこと言うな!?」

妖怪のわりとシャレにならない言い草に怖気を走らせながらも、上条はまっすぐに拘束された少女たちの下へと駆け寄った。
一定の範囲に近づいた途端、うねうねと植物の蔓が上条をも巻き込もうと動き出す。
何の躊躇もなく右手を伸ばす彼をさすがの妖怪も怪訝な顔で見つめたが、すぐにその表情が変化する。

「これならいけるかっ!?」
「・・・へぇ」

上条の右手に触れた途端に、まるで始めからそこに無かったかのように消失する、彼女の能力で作り上げた幻想の植物。
そんな光景を目の当たりにした妖怪は、出来のいい玩具を見つけた子供のように目を輝かせる。
色素の薄い唇を三日月の形に歪ませて、心底嬉しそうに彼女は告げた。

「面白い、面白いわね、貴方。
さっきの子たちも楽しめそうだったけど、貴方は分からなさ度で言えばさらにその上。
いいわ。
貴方にも大輪の花を見せてあげましょう。
枯れない花を見るがいい!!」

儀式と定番を好む妖怪は、前口上を大事にする。
ソレは強大な力を持つが故の遊び心というものだが、それに答えるかのように上条も妖怪へと向き直る。

「いいぜ、お前が人間を襲うっていうんなら、俺は妖怪を退治する。
お前の花が枯れることがないって言うのなら!
まずはその幻想をぶち殺す!!」





植物の拘束から逃れた黒子は、初春を支えながら、ただ目の前の光景を見つめていた。
妖怪がくるくると傘を回すと、どこからともなく向日葵のような形をした何かが数十個生まれる。
向日葵は傘と同じ速度でくるくると廻りながら、対峙する上条へと向けて宙を舞う。

「あぶねぇっ!」

上条が右手を振りぬくと、触れた端から花弾は虚空に溶けて消えていく。
だが、次から次へと襲い掛かる花の群れに対して上条の右手はたったの一本しかない。
妖怪を中心に扇状に散らばる全ての花弾が上条を狙うわけではないため、一度に相手にしなければいけないのは2〜3個だけ、とはいっても飛び道具相手では上条も近づくことすら難しい。

「反撃はしないのかしら?
それじゃあ何時まで経っても花の嵐から抜け出すことは出来ないわ」
「無茶言うな!
辺りかまわず攻撃してきてるせいで、危なっかしくて近づけるか!!」
「・・・?
ああ、弾は撃てないのね。
では一つだけヒントを上げるわ」

くるくると、まるで高原のお嬢さまが戯れるような優雅な仕草で傘を回転させる妖怪が、次から次へと花弾を生み出しながら続ける。
わざわざ指を一本立てて宣言している辺り、この妖怪も結構ノリが良いのだろうか。

「私は、一度だって何も考えずに弾幕をはるなんてことはないわ。
よく見れば分かってくれると思うけど」
「そんな余裕があるかーっ!?」
「あら残念」

叫びながらも右手を振りぬいた上条が、目前に迫った向日葵を拳でぶち抜く。
彼の右手に触れた瞬間に一瞬の手ごたえだけを残して空気に溶けていく花弾はあまりぶつかっても痛そうには見えないが、だからと言って試してみる気はない。
そしてソレが正解だと暗に告げるような格好で、上条の横を通り過ぎていった別の花弾が地面にぶつかると小さな爆発音が響いていた。



「・・・初春、分かりますわね」
「はい、確かに3つのパターンを交互に繰り返しています」

だが、離れて戦況を見守っていた黒子と初春には、妖怪が言っている意味が理解できる。
くるくるくる、と傘が一回転するために生まれる弾は12個、6個、1個。
最初の一回転では弾は正確に30度ずつ離れて360度に弾を飛ばす。
次の一回転は前の一回転のスキマを縫うように6個の弾が60度の間隔で孤を描きながら放たれる。
そして最後の一回転は二回転目に上条を正確に狙う花が一個追加される・・・というパターンである。
わざわざそんな風に攻撃をパターン化する理由は良く分からないが、きっと遊び心か何かなのだろう。
気にする必要はない、と余計な雑念は放り出す。

「傘の周回速度が約1秒、1周期が約3秒といったところですわね」
「正確には0.89秒です。
白井さん、こちらでタイミングを合わせますので、空間移動(テレポート)での制圧は可能ですか?」
「・・・ギリギリ、ですの。
でも、やってみせるしかありませんわ」

黒子が緊張のせいか乾いてきた唇を湿らせながらも、口の中で『タンタンタン』と弾幕のリズムを測る。
自分の弾幕をひたすら打ち消している上条の姿に目を奪われている妖怪は黒子たちの事など視界にも入っていないようであることだし、強襲には絶好のタイミングだろう。
後はどうにか一撃であの妖怪を無力化できれば・・・っ!

「今ですっ!」
「っ!」

初春の声に合わせたタイミングで黒子の姿が消えた。
11次元の高次元空間を潜り抜けた黒子が、現実の世界ではタイムラグはわずか0.000001秒もない瞬間のうちに、妖怪の背後に姿を現す。

「・・・っ!?????」

咄嗟に全身を襲うぞわぞわとした、例えようの無い、ぬらり、とした毒々しい何かの気配を黒子の第六感が捉えた。
考えるよりも早く、風紀委員(ジャッジメント)として幾つかの生死に関わるような事件を担当してきた黒子の勘、とでも言うべき感覚が黒子の身体を50メートルほど後方へと再び空間移動(テレポート)で逃げ出させる。

「残念。
逃げられちゃったわね?」

肩をすくめて呟く妖怪が、一瞬前まで黒子が強襲しようと空間移動(テレポート)した先の場所に突き刺していた傘の柄先を、地面から、ずぼり、と引き抜いた。
どれだけ凄まじい力で傘を突き出したのだろうか。
彼女の前の地面は五十センチは縦に吹き飛ばされ、さらにその前方十メートル先の地面まで、まるで畑を耕したかのように捲れ上がっていた。

「白井っ!
大丈夫かっ!!」
「し、白井さんっ!?」
「だ、大丈夫ですわ。
・・・と言いますか、冗談ですわよね?」

泡を食ったような口調で無事を尋ねる上条たちへ、黒子は恐怖で引き攣って戻らなくなってしまった頬の肉を自覚しながらも何とか口を開く。
まるで、悪夢が目の前に具現してしまったような光景だった。

「そうね、冗談にしておくわ。
空間なんて飛んでくるから、イヤな奴思い出してついつい本気を出しちゃったのよ。
ルール違反な攻撃は止めておいた方が良いわね。
傘も壊れちゃうし」

妖怪は傘の柄先についた泥を鼻歌交じりに除きながら、まるで本気は出さないから安心してほしい、と言った口調で続けた。
その投げやりな態度とどうしようもないほどまで見下げられたかのような発言に愕然とした様子だった黒子の目に炎が宿る。

「ふざけんなっ・・・ですわっ!?」

黒子の両手が滑った。
普段から持ち歩いている黒子の絶対の信頼を置く武器。
その内の4本を妖怪の両腕両足を束縛せんと空間を飛ばす。
彼女の今の精神状態では正確な狙いなどはつけられはしないが、腕や足を貫くためには十分なだけの精度はあった。

「甘いわ。
攻撃してくる気配がバレバレ」

たん、と軽い音を立てて妖怪が後方へとジャンプする。
そのまま黒子の攻撃を警戒したかのように、顔を上げたが、空間移動(テレポート)した武器がそのまま先ほどまで自分が立っていた地面へと音を立てて落ちるのを見て軽く嘆息を零した。

「ま、人間だとこんなものよね。
11次元移動の後に3次元移動を設定しておくなんてことは出来ないわけか。
あの賢者の仮想敵にはなれない・・・わね」

ちょっとがっかりした、とばかりに転がる金属の矢を白けた目で見つめる妖怪の後ろに、上条が右拳をしっかりと握り締めて立っていた。
後ろから殴りかかることに躊躇いを覚えなくもなかったが、目の前の妖怪がそんなに甘い相手ではないことは承知している、上条は右手を渾身の力を込めて振り下ろす。

「喰らえっ!」
「そんな特攻はダメね」

妖怪は上条の拳を迎撃せんと手に提げていた傘を振り上げた。
ただの傘のように見えたとしても、妖怪の持つ一品は、すなわち幻想の道具である。
そんなものを直接身体に叩きつけられては堪らない、と上条が右手の狙いを変えて傘の一撃を迎撃せんと軌道をずらす。

「・・・っ!?」

今度こそ妖怪の口から驚愕の感情が漏れる。
彼女の持つ傘は上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)とぶつかると同時に砕け散り、その結論を予測していた上条が再び己の右腕を振りかぶる。

「うおおおおおおっ!!」

だが妖怪は身体を捻って間一髪彼の攻撃を掠ることも許さずにかいくぐると、すぐさま向日葵の形をした弾を再び作り出して撃ち込んだ。
咄嗟に右手をかざした上条が迫るいくつかの弾を打ち消すと、妖怪の後ろに黒子が再び空間移動(テレポート)で現れる。

「ぃ〜〜〜やぁっ!!!」

妖怪の背後の空中に空間移動(テレポート)した黒子は落ちながらも、身体を捻らせて重力加速度のついた廻し蹴りをぶち込む。
黒子の攻撃にも上条と同じ効果があるのかもしれないと疑ったのだろう。
妖怪はこの彼女視点での貧弱な攻撃でさえもかわすことしか出来ない自分の不甲斐なさに舌打ちをしてみせてから、再び花弾を作る。
まだ空中にいる黒子に避ける術はない、もしももう1人の人間と同様の力を持っていれば打ち消すことが出来るだろうが、そうでなければここで退場頂けば良いだけだ。

「大判振る舞いですわ!!」
「・・・っ!?」

弾を打ち出す瞬間に、空間移動(テレポート)した矢が花弾の中に侵入する。
役目を果たせずに爆発する数個の弾に思わず目を向けてしまった妖怪の身体に、ぞむり、と嫌な衝撃が走った。

「・・・ぎゃっ」
「わたくしの空間移動(テレポート)は防ぐ方法はありませんわ!
大人しく投降なさい!!」

妖怪は両腕と両足、各2本ずつの矢が計8本、容赦もなく身体の内部に撃ち込まれたのだと理解する。
同時に響く少女の声に妖怪が、ようやく敵を見る目で黒子へと視線を向けた。

「そう。
ようやくあなた達のルールが飲み込めてきたわ。
けったいな能力は非常に強力だけど、1人1つというわけね。
ルールが分かれば貴女はもう用済みよ、空間移動能力者(テレポーター)

矢で刺し貫かれたはずの腕を何の躊躇も無く持ち上げた妖怪に対して、花弾がくるのか、と黒子が身構え空間移動(テレポート)するタイミングをはかろうとする。
が、それは無駄だ。
視界に何かが映った、と思った瞬間に、何かが黒子のお腹にぶつかって弾き飛ばされた。
ちかちかとする瞼の裏で、もんどりうつほど痛いお腹と頭を両腕で抱え込みながら黒子はごろごろと地面の上を転がっていく。
正直やってらんねー、とこんな強力な存在を相手にするハメになったことに後悔を覚えなくもない。
・・・だが、それでも。
彼女の下へと悲鳴を上げながら走ってきた初春と、それから、妖怪と対峙する上条の姿を見て、ぐ、と転がったまま渾身の力を込めて腕を振り上げる。

「ぶっとばせーーーーーっ!!」

叫んでから、黒子はなすすべも無く意識を手放した。



「・・・さて、決着をつけましょう、能力者」
「ああ、臨むところだ」

後ろから見ていた上条には、妖怪の指先が光ったと同時に黒子が吹き飛んだのが見えた。
恐らくレーザーか何かの光学系の能力。
いくら上条の右手があるといっても、見えないものは勘でしか防ぎようが無い。
だが、それでも負けるわけにはいかない。
彼は妖怪のさらに向こう側から聞こえてきた黒子の声を合図に、数メートルはある絶対の距離を詰めようと、全力で走り始めた。

「うおおおおおおっ!!」

迫ってくる5個の花弾を、右手を使いたい衝動を堪えてギリギリのタイミングでかわす。
1枚の花弁が左腕の二の腕を擦り、血が吹きだす。
気にせず突っ込む。
1枚の花弁が頬を掠めて飛び去っていく。
1枚の花弁が右腿の肉を浅く削る。
歯を喰いしばって、つんのめりながら走る。
最後の2個の弾が同時に目の前に現れる。

「くそぉおおお!!!」

右手がピクリと動くが、それは出来ないとばかりに瞳を凝らす。
見極めろ、見極めろ、とほんの僅かなスキマ目掛けてただ足を前に出す。
身体を捻り、ギリギリのタイミングで同時に避ける。
5つの死の花弁を潜り抜けると、妖怪は腕を前に出していた。

レーザー!!!

気付くと同時に上条は右手を前に出す。
パキィ!
パキィ!
パキィ!
続けて3度、妖怪の見えない攻撃が幻想殺し(イマジンブレイカー)によって撃ち殺される。
2人の距離は、もう触れ合うほど、すぐ傍にあった。

「いくぞ妖怪!
二度と悪さができないよう、成敗してやる!!」
「何を人間風情が!
お前などとって喰らってやろう!!

それが妖怪と人間の不文律であると言いたいかのような掛け合いを交わしながら、上条が右手を振りかぶる。
妖怪も、それが矜持だとばかりに真正面から矢が突き刺さったままの拳を振り上げる。
幻想殺し(イマジンブレイカー)が幻想を殺すのならば、妖怪が幻想殺し(イマジンブレイカー)を殺してやろう。
そんな意図を互いに込めたのかは分からないが、とにかく、人間の異能殺しの右手と、妖怪の人間を泥人形のように砕く右手が真正面からぶつかった。





「・・・私の負けね」

晴れ晴れとした顔で、妖怪は左腕でスカートの土ぼこりを払った。
右手は、ない。
幻想殺し(イマジンブレイカー)に触れたところから、ゆっくりと幻想へ還っていく。
それは大地を砕き、地面を割るこの妖怪の腕でさえも例外はなかった。

「負けたままなのは腹だたしいわね。
折角だし、私の本気を見せてあげるわ。
そっちの2人を背中に庇って私と向き合いなさい」
「・・・あ、ああ?」

まだ気絶したままの黒子と彼女を支えている初春の下へと、何も分からないまま駆け寄る上条へ、くすり、と妖怪が笑みを零した。
まぁ、負けてやるのだってたまには良いのかもしれない、そんな風に考えていた。

「花符『幻想郷開花前線』」

だからと言って、やられっぱなしなんて言うのは性にあわない。
彼女は・・・いじめっ子なのだ。

「ふ、ふざけんなぁああああああ!!」

妖怪の残った左手からバカみたいに大きい、視界を埋め尽くす巨大なレーザーが発射された。
上条は叫び声と同時に、何とか間に合った右手で光の帯を防ぐ。
右手とぶつかり、レーザーが消えていくと同時に、ひらひらと花が落ちる。
黄色いレーザーだと思ったら黄色い色をした花が落ち、
赤いレーザーだと思ったら赤い色をした花が落ち、
青いレーザーだと思ったら青い色をした花が落ち、
色とりどり、様々な種類の花が上条の足元にどんどんと積もっていく。

「き、消えねぇ・・・」
「幻想郷中の全ての花を媒介にしてレーザーにしてみたわ。
精々頑張りなさい」
「な、何だよそりゃぁ!?」

割と絶望的な上条の声色と同時に、彼の右手から鮮血が飛ぶ。
実質上、怒涛の連続攻撃であるレーザーに幻想殺し(イマジンブレイカー)の処理が間に合わなくなったために起こった現象だが、今の上条にはそのような記憶はない。
出血する右腕に、顔をしかめながらも歯を喰いしばって耐えるだけだ。

「ごめんなさい、可愛くてカッコよい最強の妖怪様。
人間の分際で逆らってごめんなさい、と言えば解除してあげるわよ?」
「や、やなこった・・・・っ!?」
「あら残念」

右半身を風に溶かしながらも、尚も余裕シャクシャクな口調でそんなことを言う妖怪の姿は圧倒的な光量を前に上条の目には映らない。
妖怪が消えてなくなるまでの残り時間の予想のつかない、上条はただ耐える。
耐える。
耐える。



「・・・ここは?」
「白井さんっ!
良かった・・・というべきなのかどうか・・・」

黒子が目を覚ますと、周囲を目をくらませるほどの眩しい光が満たしていた。
すぐそばには初春が彼女を守るように覆いかぶさっている。
黒子はズキズキと痛むお腹を庇いながら、何とか顔を上げて、ソレを見た。

「・・・え?」
「あの妖怪が最後の攻撃をしてて、上条さんが防いで下さってるんです」
「お兄様・・・っ!?」

如何したら良いのか分からずにただオロオロとしている初春の腕を払いのけて、お腹の中のものをひっくり返してしまったかのような痛みを発する腹部を押さえながら、黒子は立ち上がる。
しっかりと、背中を向けた男性に精一杯の意志をこめて視線を送り、何も出来ない自分を歯噛みする。

「頑張れっ!
頑張れっ!!」

そんな気休めにしかならない声をかけることしか出来ない自分を腹立たしく思いながら、黒子は精一杯に叫ぶ。
それが、少しでも彼の力になれば、と祈りを込めて。



そして、わずか1分も経たないうちに、それでも上条にとって1時間にも2時間にも感じてしまう時間の後、唐突にレーザーがピタリと止んだ。
ボロボロの右手を何とか左手で支えながら、それでも右手を下ろすことさえ出来ずにすっかり全ての花を枯らして空き地に戻ってしまったこの場所の、妖怪が立っていたはずの前方を見据える。

「・・・アイツは」
「もう消えてしまったみたいですわ」

すぐ横から、そっと右手を小さな手で包まれた。
幻想殺し(イマジンブレイカー)の使いすぎのせいか、鈍い頭痛を放つ頭で何とか視線を向ける。

「そっか」
「ええ、そうですの」

どうやら黒子も怪我はあるだろうが、口調がしっかりしていることから、立って喋れるぐらいには重い怪我ではないようである。
皆無事であったことにほっと安堵の息を漏らした上条は、そのまま意識を手放したのだった。

(続く)