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とある魔術の禁書目録 SS
『とある幻想の白黒色彩(モノクローム) 第9話 開花支配(フラワーマスター)@』


「白井さんたちが現場に出かけている間に私も独自に調査を進めてみたんですが、その結果が少し面白いですね。
どうやら『東方プロジェクト』という単語が今回の事件のキーワードとなっているようです」
「東方と言うといわゆるアジア圏のことですし、プロジェクトはそのまま計画ですわよね。
・・・アジア圏計画?
何のことだかさっぱりですわ」
「そのまんま何かのゲームみたいな名前だよな。
雰囲気的にはありそうだ」
「上条さん、大当たりです。
まさしくゲームですね」

後始末を何の役にも立たなかった現場の風紀委員(ジャッジメント)たちに任せて、某学校内に設置された風紀委員(ジャッジメント)活動第一七七支部へとてくてくと歩いて戻ってきた上条と黒子であったが、そんな2人を興奮した様子で待ち構えていた初春はどうやら事件の秘密の一端を掴んだらしい。
彼女が口にしたキーワードに対して好き勝手な考えを述べる2人を前に、初春はパソコンモニタを指差しながら待ってましたとばかりに自慢げな様子で答えを教え始めた。
『東方プロジェクト』とやらの情報が載っているらしいWEBページは、確かにそのキーワードがゲーム、それもシューティングゲームの一つであることを物語っているようである。

「そんなにゲームに聡い方だとも思いませんけれど、わたくしは聞いたことありませんわね。
メジャーなタイトルですの?」
「俺も知らないな。
どうなんだ?」
「はい。
結構人気なタイトルのようですけど、個人製作のいわゆる同人ゲームというものだそうです。
白井さんたちが知らないのも仕方ないですね」

ゲームのキャプチャ画面を見つめながら首を傾げる上条と黒子に対して、初春がさらにいくつかキーボードを叩くと、新しいウィンドウにゲームの詳細がざっと表示される。
その情報を目を皿のようにして見つめ続けても、特に不審に思うようなところがあるわけがない。
そもそもどうして『ゲーム』が現実の事件のキーワードだと初春が考えたのか、という点からして上条たちには不可解である。
そこに至った理由は一体何なのだろうか、まずは其処を考える必要があるだろう。

「制作者が学園都市の学生なのか?
ゲームを現実にする能力者とか」
「・・・そんな荒唐無稽な能力者いてたまるもんですか。
ゲームが異能に関わるとしたら、幻想御手(レベルアッパー)の二番煎じといったところですわね」
「いえ、作者さんは外の人ですし、ゲーム自体も早速手に入れて解析しましたが何の異常もありません。
そもそもゲーム自体はもう何年も前から続くシリーズもののようですし」

どう見てもワザとなのだろうが、情報を小出しにする初春の仕草は面白がってやっているようには上条の目には見えなかった。

・・・むしろ、普通の科学側の住人としては到底信じられそうにないファンタジーな内容を、何処かで否定して欲しいのかもしれない。

魔術側の非常識な振る舞いをたびたび目撃している上条としても、同じ学園都市の人間である。
その気持ちは分からないわけでもなかった。

「問題は、『今回の事件=東方プロジェクト』という等号が何故か成り立ってしまっている点なんです。
それも、この話題が出てきたのは二宮金次郎やら口裂け女やらの報告があった時から、という点を考えればどうも普通のこととは考えられません」
「つまり、誰かが意図的にそちらの方向へと事件を誘導しているというわけですのね。
となると事件を起こす犯人と噂を流した犯人は同一人物と考えるのが妥当ですわ」
「えーと、ちょっと待ってくれ。
よく話が分からなくなってきた。
もう少し分かりやすくならないのか?」

上条でなくてもあちらへ行ったりこちらへ行ったりしている初春の説明では、なかなか全体像が掴みにくいのは確かである。
初春自身もその辺りは自覚していたのだろう。
こんな漫画のような話をそのまま説明してもすぐには信じてもらえないだろうと考えていた彼女は、回りくどいやり方をしてみようとしたのであるが、どうにも上手くいかない。
苦笑を浮かべて、すいません、と一言謝ってから初春は続けた。

「東方プロジェクトは弾幕系シューティングゲームと銘打ったパソコン用の同人ゲームです。
このゲームは幻想郷という架空の世界が舞台になっていて、プレイヤーキャラである人間が異変を起こした妖怪を退治する、という趣旨のストーリーが基本設計のようです。
キモになるのがキャラクターですね。
ステージごとに様々な妖怪がボスとして存在していますが、その一人一人にキャラクターがしっかりと設定されていて、人気の原動力となったようです」
「妖怪っていうと某ゲゲゲのようなヤツか?
ぬりかべとかイッタンモメンとか」
「いえ、もっと可愛らしい人間の女の子に似た妖怪です。
というより、ほとんどはそのまんま人間の姿ですね」
「・・・はぁ。
つまり、マニアックな方向けのゲームということですわね。
そこまでは分かりましたわ」

黒子が初春の背中越しにキーボードをぺちぺちと叩きながら、パソコンモニタに表示された妖怪の姿に視線を向けたまま達観したような口調で呟く。
確かにゲーム内容は理解できたが、だからと言ってどうしてこのゲームが事件に関わってくるのかが、まだ良く分からない。
上条は首を捻りながらも、その続きを口にする初春の言葉へと耳を傾けた。

「先ほど白井さんたちが現場に向かわれた後なんですが、こちらの想定通り幾つもの異変と呼べそうな事件が報告されました。
一つ目は第四学区の屋台街。
ここでは何処からともなく歌声が響き、それを聞いた人が鳥目になるという話でした。
目撃証言によると鳥の羽をはやした少女の姿が見られたようです。
二つ目は第十三学区。
何でも大学生ぐらいの年頃の女性が第十三学区を全て見えなくしてしまったという話です。
その女性はハクタクだと名乗ったらしいです。
三つ目は第二十一学区の貯水施設。
ため池という池が全て凍りついた後、小さな少女が舞っているのが目撃されています。
四つ目は第六学区のライブハウス」
「・・・もう結構ですわ。
随分とまぁ、バラエティ豊かなことになっていたようですわね」
「はい、そしてそれら全ての事件に共通するのが、『東方プロジェクト』なんです。
簡単に言うと、目撃された犯人らしき人物が皆ゲームに出てくる妖怪とイメージがそっくりらしいんです」

初春は自分ですらまだ納得しきってはいないような様子で首をかしげてから、黒子と上条へと真剣な眼差しを向ける。
彼女の様子にただならない雰囲気をひしひしと感じた上条が眉を潜ませると、初春は自分の疑問をそのまま2人に質問としてぶつけてきた。

「わたしはここまで来てようやくこのゲームにたどり着きましたが、ネットの噂では既に第一の事件のときからこの話題は出ていたようです。
それが先ほども言った通り、どうもおかしいんですよね。
最初の事件ではトイレの花子さんやらテケテケやら、学園都市にある怪談話を形にしたものだったのですから『東方プロジェクト』が関係するわけがないんですよ」
「誰かが事件そのものを誘導している、という話に戻ってくるわけですのね」
「ええ、この事件がAIM拡散力場を利用したものであるならば、その可能性が高いと思います。
学生たちの意識を意図的に一方向に持っていくことが出来れば、その想像のままの姿の存在を現実に呼び出すことが出来ると犯人は考えているんでしょう。
たったの一万人規模でもネットワークを具現化出来たのですから、それが230万となれば途方もないエネルギーとなるはずです」
「えぇっと、上条さんはさっぱりなんですが、何がどうなっているんでしょうか?」
「・・・つまり。
犯人は学園都市の学生たちの無意識を操って、この都市を普通に妖怪が跋扈する場所に作り変える気なのかもしれない、ということですわ。
そのための手段は能力開発されたわたくしたちの脳に既にありますし、暴走させてしまいましたが過去に似たような事例もあったことは確実ですの」
「それって滅茶苦茶大事なんじゃねーか」
「ええ、まだ憶測に過ぎないですけれど、白井さんたちが教えてくれた死神さんの話の内容にも一致しています。
不定形のAIM拡散力場の集合体を犯人の望む力を持った存在に固定するための手段として、ネットの噂を活用しているんでしょう。
残念ながら、『東方プロジェクト』のどの妖怪の力を犯人が欲しているのかは分かりませんでしたけど」

顔をしかめて状況を何とか把握しようと努める上条に、初春が説明を捕捉する。
ここまで来ても犯人の狙いとやらは分からないが、世界平和だとか人類が皆平和になりますようにだとか、そんな世のため人のためっぽい理由でないことだけは確かだろう。
どちらにしても死神の言葉が正しければ次で最後なのだ。
上条のやるべきことは事件が起こったら、素早く現場に急行し速やかに解決、それに尽きることは確実であるため、頭をフル回転させても仕方がないのは確かなのである。

「・・・まぁ、妖怪なんていっても見た目が普通の女の子だと、倒しちまうのもあんまり良い気がしないのが難点だよな」
「あら、お兄様。
そんなことを言って、こんなのもいるようですわ」

適当に『東方プロジェクト』の情報ページを覗いていた黒子の言葉に従って視線を向けると、そこには『死を操る程度の能力』と記された亡霊姫のスクリーンショットが貼られていた。
思わずぎょっとして目を見張る上条に対して、さらに黒子がいく人かのボス級、と呼ばれる妖怪のページを開いていく。
上条が核融合なんて能力まで持っている妖怪なんているんかよ、と顔を引き攣らせながら眺めていると、その視線がある単語の上で止まる。

・・・吸血鬼。

なるほど、これでますます手をこまねいている訳にはいかない理由が増えちまったな。
巫女さん姿の自称魔法使いの姿を思い浮かべながら心中で呟く上条に向けて、両サイドから男女に挟まれてパソコンデスクに座っていた格好の初春が少し窮屈そうにしながらも自論を述べる。

「とは言っても所詮は推論で、この噂は全く事件とは関係ないのかもしれません。
私が今まで得た情報なんて限られていますし、AIM拡散力場についてもそれほど豊富な知識を持っているわけでもないですし。
どちらにしても、こんな程度の情報では対策も立てられませんので、結局は出たとこ勝負をしていただくしかないのが申し訳ないところです」
「・・・ま、確かにソレはそうですわ。
こちらにはお兄様というジョーカーがいるのですから、ソレをどう上手く使うのかを考えるだけですわね」
「その辺は白井さんにお任せしますので、よろしくお願いします。
とりあえずもう3時になりますし、一度休憩にしましょう。
お茶とお菓子用意しますね」

そう言いながら、ガタリ、と音を鳴らして初春が座っていた椅子をずらして立ち上がる。
その際に初春が机上についた両腕に何気なく視線を向けた上条が、彼女の片手の甲に小さな擦り傷があるのに気がついた。
どう見ても大した傷とも思えない、どころか初春自身ですら気がついているのかすら怪しい程度だったが、ただの気まぐれでズボンのポケットを探ってみた上条の指先に目的のモノが触れる。

「初春、ちょっと良いか」
「きゃっ!?」

不幸自慢で生傷の耐えない上条が普段から持ち歩いている絆創膏をポケットから引っ張り出すと同時に、逆の手で初春の怪我した方の腕をとる。
わたわた、という少女が慌てる雰囲気が上条にも伝わってくるが、彼は気にした様子も見せずに、ぐい、と初春を彼のそばまで痛くない程度の力で引き寄せる。

「怪我してるぞ。
女の子なんだから、気をつけてな」
「は、はいぃ・・・」

片手で器用に絆創膏の裏紙を剥がしてから、初春の小さな擦り傷を覆うように優しく貼り付ける。
くすぐられたような微かな刺激に頬を紅潮させた彼女が、それでも満更でもなさそうな様子で嬉しそうに自分の手の甲を見つめていた。

「・・・ちっ」

知らず知らずのうちに黒子からぼそり、と声が漏れた。
誰にも聞きとがめられなかったそのフレーズの刺々しさに、逆に黒子自身が違和感を覚え困惑してしまう。
まだ共感不和(ブリジ・プリンセス)の影響が残っているのだろうか、と思わず首を傾げる黒子だったが、そう言えば彼女自身も土御門との戦闘でそこかしこに擦り傷をこさえていたりする。

「・・っん、んんっ」

気付くと同時に考えるよりも早く、黒子は自分的にはごく自然に、初春的には凄まじく不自然に咳払いをしながら血の滲む肘をさすって見たりする。
そもそもが現場仕事で荒事の多い黒子にとってこの程度は日常茶飯事だったりするのだが、それでも、「あー痛いですわー」などとぼやいておく。
それから、ちらり、と上条へと黒子が何かを急かすような視線を送ると、上条が求めているモノに気付いた様子で再びズボンのポケットを探った。

「あー、悪いな白井。
あれが最後の一枚みたいだ、ごめんな」
「それなら大丈夫ですよ、上条さん。
白井さん、救急箱のある場所は知ってますよね?」
「・・・そりゃもちろん知ってますわ。
ええ、知っていますとも」

黒子は気の抜けた様子で二回同じ台詞を噛み締めるように繰り返すと、のそのそと立ち上がりトボトボと歩き始める。
わずか歩いて数メートルほどの戸棚をガラガラと開けると、いつもお世話になっている救急箱が普段と同じように置いてあった。
黒子は自分でも理由の分からないイラつきを覚えながらも、ちらり、と後ろを振り返る。
紅茶を用意する初春の様子を見ながら仲良さげに談笑している2人が見えて、さらに落ち込みそうになってくる。

「・・・はぁ。
何だか良く分からないですけど、切ねぇですわー」

疎外感のようなものを持った黒子は、一つため息をこぼすと救急箱を引っ張り出して打ち合わせスペースまでフラフラと戻っていく。
誰もいない椅子にどっかりと陣取り、机の上にバラバラと乱暴気味に治療道具を広げる。
そこそこ大きな音が響いたはずなのに誰も声もかけてくれないことにさらに気分を落ち込ませながら、消毒液を手に取ってシュッシュッ、と患部に吹きかける。
何度繰り返しても慣れない痛みに顔をしかめながら、ガーゼで軽く余計な消毒液をふきとって絆創膏をペタリ、と貼り付ける。
数度繰り返して、はい完成。

「・・・ぅう、圧倒的に手際も良いし時間も掛かっていないですのに、この虚しさは一体何ですの。
ああ、優しさプリーズですわー」
「お待たせしましたー。
白井さん、ちょっと薬を退けてもらっても良いですか?」
「はいはい、分かってますの。
黒子は誰にも相手されなくても泣きませんわー」
「は?
何言ってるんですか?」

きょとんとした表情で黒子を見つめる初春を見る限り、悪意などあるわけもないのだろう。
だからこそ、ナチュラルにスルーされることが大ダメージだったりするのだが、黒子にとってこの辺りのスルー耐性は散々といって良いほど鍛えられているつもりなのだ。
心の中で、黒子は強い子!、などと活を入れながら、何も気にしていないフリをしてやり過ごすのも何時ものことだ。

「初春、紅茶の淹れ方を教えてくれてありがとうな。
教えてもらったやり方で今度イギリス人の知り合いに紅茶いれてみるよ。
アイツには微妙な差なんて分からないかもしれないけど、もしかしたら万が一紅茶には五月蝿いかもしれないしな」

上条は上条で紅茶などティーパックしかいれたことがないのに、淹れるのを間近で見ていただけでもう出来るつもりバリバリでイメージトレーニングに励んでいたりする。
彼がそもそも学生寮の部屋にティーポットすらないことに気付くのは寮に帰ってからなので、全くもって無駄な妄想としか言えないのが上条の不幸っぷりを良く現しているだろう。

「わ、私なんて大した腕じゃないんで、本場の方になんて無茶ですよ!?」
「イギリスの方でしたら、ミルクティーにすれば多分問題ありませんわ。
あちらでは老若男女、とは言いすぎですけど大抵の人はミルクティー好きですの」
「・・・そうなのか。
やっぱ面倒になってきたな」

だが、些かハードルが高いのかもしれない。
上条は黒子の言葉にげんなりとした表情を返してから、ドカリと椅子に座り込んで紅茶を啜ってみる。
確かに美味しいが、そこそこ手間のかかった作り方をしているのを見た後である。
一度冷静になってしまうと自分で作ってみるのは何となく躊躇してしまう。
何しろ、彼の同居人は遠慮という言葉を知らないので、下手に気に入ったものを出してしまっては度々要求されることになるのは間違いないだろうし。

「・・・ま、やっぱり今日だけの役得だと思っておくよ」
「あらら、そうですか。
紅茶仲間が増えたと思ったんですけど、残念です」
「だけど美味しいのは本当だしな。
また今度も飲みに来たいぐらいだ」

しょんぼりと俯いて紅茶をすする初春を苦笑しながら眺める上条が返事をすると、初春の顔がわずかに赤く染まる。
そんな光景を眺めていた黒子が、はた、と気付く。

・・・あれ、わたくし、またぼっちになってねぇ?

な、何という三人組の魔力・・・っ!
わなわな、と震えながらどうにか会話に入ろうと、黒子が口を開こうとした丁度良いタイミングで上条のカップが空いた。
今がチャンス!?

「お・・・」
「お代わりいれますね」
「ああ、よろしく」

はい、割り込みタイミング潰れた!
黒子がぐぅ、と続く言葉を噛み潰しながらも、先手をうってきた初春の動きを見こして次のチャンスを窺う。
既にお代わり分を余計に作っていたのだろう。
初春はテーブルの中央に置いてあったティーポットを手に取ると、上条のカップへと琥珀色の液体を注いでいく。
紅茶は高い場所から空気を含ませながら注いだ方が良い、という豆知識が黒子の頭の中に浮かぶが、ぶっちゃけこのタイミングでそんなことを言う奴はどう見ても空気読めてない。
むむむ・・・とうめくことしか今の彼女には出来そうもなかった。

「はい、どうぞ」
「ありがとうな」

上条にカップを渡した際に何かが気になったのだろうか。
初春が急にしかめ面をして立ち上がると、何も言わずにぐるりと黒子の側に回り込んでくる。

「白井さん、これ、借りますね」
「え、ええ、どうぞ?」

そのまま彼女の手前に置いてあった救急箱を受け取った初春が、黒子の後ろを通り過ぎていく。
おや、と黒子が初春の真意に気付くよりも早く、初春は消毒液とガーゼを取り出しながら上条のすぐそばまで近づいていった。

「上条さん。
結構傷もひどいみたいですし、先ほどの御礼に私が手当てしてあげますよ」
「へ?
あー、上条さんとしてはこの程度は日常茶飯事なんで、気にしなくても大丈夫ですよ?
なんと言っても男の子だし」
「遠慮は無用です!
ほら、腕を出して下さい!」

最初は渋っていた上条だったが、結局押し負けたのは言うまでもない。
やはり風紀委員(ジャッジメント)、と言うべきなのかどうかは分からないが、初春はテキパキと適切に手当てを施していく。
当初は照れていた上条も真面目に治療をこなす初春にあまり余計な感情を持つべきではないと、彼女の厚意をありがたく受け入れていたのだが、ただ残りの1人にとってはこの光景は何処か見せ付けられているようにさえ見えてしまう。

「所詮わたくしはこんな扱いですわねー」

上条の怪我に気付くか気付かないかの問題ではあったが、それでも何故か場の流れから放置されがちな黒子にとって、げんなりしてきてしまう状況には違いない。
お茶請けに出されていたクッキーをバリボリとヤケ食いのように食い散らかしながら、改めて上条と初春の様子を見つめてみる。
はぁ、と何だか分からないうちにため息がこぼれて、余計にやるせなくなってきてしまう。
ぐい、と半分ほど残っていた紅茶を一気に呑むと、黒子は2人から視線を外して目を閉じた。





「・・・はぁ」

それから2,3分ほども経ったのだろうか。
黒子が背もたれに体重を預けながら目をつぶったまま、ため息を再びもらすと同時に少女の声が耳に届いた。

「これで終わりです。
上条さん、結構現場は大変だったんですね。
思ったよりも生傷多かったですよ?」
「まぁ、ドロップキックくらってアスファルトの地面を転がったからな」
「・・・それだけ聞くと傷が擦り傷だけってのは少なすぎる気がしますね」

ぐうの音すら出ないような話題だったので敢えて聞かなかったことにした黒子は、それでも状況が気になるのであろう。
目をこっそりと開けて首を傾かせ、薄目の視界の向こう側に人影を映す。

「そう言えば白井も怪我してたよな。
救急箱あるから、折角だし」

人影がゆっくりと近づいて来るのを、黒子はぼんやりと感じ取っていた。
また何かのガセだろうと、そのままの格好でじっとしていた黒子の頬に、そっと何かが触れる感触がする。
ゆっくりと、ヒンヤリとした布のようなもので頬を擦られたところで、慌てて黒子は目を見開いた。
消毒液で湿らせたガーゼだった。
そんなものが、上条の手に握られた上、黒子の頬の上をぬらりと這いずりまわってくる。
こそばゆいような、ゾクゾクするような感覚と同時に、微かにピリっとした痛みが走る。

「・・・っ!?」
「わりぃ。
痛くしちまったか。
頬にも擦り傷あったけど、白井は自分では気付かなかっただろ?
だったら救急箱もあるし、ついでにと思ってな」
「・・・そっ」
「まぁ、折角可愛い顔しているんだから、早く傷も治した方が良いだろ」
「・・・なっ」
「それにしても白井の頬、すげぇ触り心地いいな。
ああ、何か癒されるなぁ」
「・・・いっ」

上条の手が触れるたび、上条の声が聞こえるたびに、パクパクと声にならない言葉がそのまま空中へと溶けていくのを意識しながら、まるで黒子の視界全体がチカチカと、お姉様の電撃を受けたときのように不自然なまでに瞬いているのを感じていた。
ああ、なるほど。
これが噂に名高い、ビビビっ、と来たってヤツか。

「って、そんなわけありませんわーーーっ!!!」
「うわぁっ、何ですか一体っ!!」

上条を振りほどくように腕を振り回しながら叫ぶ黒子に、上条が慌てた顔で逃げ出した。
先ほどまで触れられていた頬を、さすさす、と擦りながら黒子は必死で数瞬前に結論を出した自分の感情にリセットをかけるのであった。


(続く)