本文へジャンプ
main Log information Side Story Gift link

とある魔術の禁書目録 SS
『とある幻想の白黒色彩(モノクローム) 第3話 此岸彼岸(ステュクス・アケロン)@』


「あのぉ〜白井さん?
家で飼い猫・・・とか、がお腹空かせて待っていますので、上条さんはそろそろ買い物に戻りたいんですが」
「あら?
ネコでしたら高々小一時間程度で文句を言ったりはしませんわ。
お世話になってなりっぱなしなど、風紀委員(ジャッジメント)としても常盤台徒としても許されないことですし、是非とも御礼をさせて下さいませんか」

上条は取り繕うような笑みを浮かべながら、彼なりに謙虚な口ぶりを心がけて黒子にもう帰っても良いか、と問いかけてみたが、案の定と言ったところか、柔らかい表現ではあるものの有無を言わさぬ口調で黒子にその提案を却下されてしまった。
しかし、記憶喪失である上条の一ヶ月程度しかない少ない人生経験からいっても、ここで諦めて受け入れてしまっては泥沼に嵌ってしまうのは明白である。
そんな野生の感のような危険信号がばしばし、と上条の脊髄の辺りを刺激していた。
とりあえずは2つの意味で面倒なことになるだろう。
一つは恐らくこれから起こるだろうトラブルに巻き込まれてしまう、という多分あるだろう未来。
そしてもう一つは。

「いや、それがウチの猫は自分が居候の身だなんて自覚がこれっぽっちもないせいか、ひどく食い意地がはっていてな。
昼は万が一帰ってこれなかったときのことを考えて置いていった非常食を食べてくれるだろうが、その上夕飯の時間が遅れでもしたら頭からがぶりと齧り付かれてしまうんだ。
こう、ぎらーんっと目を光らせてだな、がぶーっっと」
「・・・はぁ」

身振り手振りで如何に上条宅で居候している白磁のティーカップの色をした猫・・・のような少女、に対して食事を遅らせるはめになった場合、どのくらい凶暴であるかを説明する上条であったが、黒子の反応を窺う限り、どうも半信半疑にとられてしまったようだ。
黒子はしばし考えるような仕草を見せたけれども、上条の肩を上背の差があるからか腕を精一杯伸ばしながらばしんばしんと力いっぱい叩きつつも、気にした様子もなく答える。

「まだお昼前ですし、夕飯になんて遅れるなんてことありえませんわよ!
心配しすぎですわ」
「・・・不幸だ」

上条は、『きっとそれは死亡フラグだ』と心中で察しながらも、口からいつもの口癖を漏らしてげんなりとした仕草で肩を落とした。
地面に倒れ伏して平和そうに意識を失ったままでいる男の姿が目に入ると、余計に切ない気分になってしまう。
手錠で後ろ手に繋がれた男に軽く合掌してやってから、上条が再び顔を上げると黒子は苦笑いを浮かべて彼の方を見つめていた。

「そんなに嫌がらなくても、別にとって食いやしませんわよ。
むしろ逆に何か奢ってさしあげようと思っておりますのに。
先に聞いておきますが、何が食べたいですか?」
「食べ物限定なのかよ・・・。
そもそも、あからさまな年下に奢ってもらうわけにもいかんだろ、高校生として」

上条としては正論を吐いたつもりだったが、黒子は全く聞く耳を持つ様子はないようである。
あからさまに時代遅れな男を見るような目つきで、上条を見つめてきた。

「気にされる必要はありませんわよ。
それともお兄様は女子供に対して過剰なまでの保護欲を持ったフェミニストなのですか?
とは言え所詮中学生の身の上ですから、あんまり高いものを頼まれても困ってしまいますけれども。
多少は手加減していただけるとありがたいですわ」
「・・・待て、白井は大能力者(レベル4)だろ?
学園から支給されている補助金だって俺とは桁違いに多いんじゃないか?」
「恐らく金額自体で言えばそうなのでしょうが、わたくしも今時の女子中学生として色々と物入りでして」

上条がフェミニスト云々という言葉をスルーしつつも何気なく浮かんだ疑問を口にすると、黒子は頬を赤らめながらそんな風に呟いた。
彼の知る女の子であるところのシスターは食費以外はほとんど他の事柄に気を使うことはなく、何しろ外出着からいって針のムシロなアイアンメイデン状態であるが、普通の女の子である黒子にとっては身だしなみだのなんだと入り用なものが多いのだろう。
そう判断した上条が分かった、と同意を告げる前に黒子は手に金属の棒のようなものを取り出して呟いた。

「結構こういった武装とか医療用の応急装備が高価でして。
警備員(アンチスキル)と違って実費ですし」
「・・・それが今時のかよ」
「あら?
これぐらい女子中学生の嗜みですわよ?」
「何処の女子中学生だよ・・・」

当然のような口調で涼しげに答える黒子に対して、もう諦めてため息をつくしかない状況にあると上条も悟ったのか、突っ込みも力が入らない様子である。
そんな上条の様子を見ている黒子も別に彼を困らせるつもりで、わざわざこの場に留まってもらっているわけではない。
彼が時間がないというのであればと、フォローのために軽い口調で口を開く。

「どちらにしろそんなに時間は掛かりませんわよ。
このお方を引き取りに来る警備員(アンチスキル)ももう10分もせずにやって来られるでしょうし、それでも時間が無いようでしたらお店でお土産にして包ませますわ」
「・・・ああ、そう言うつもりじゃないんだ、すまん」

さすがに好意を真っ向から否定するほど人間が屈折しているわけではない上条が思わず頭を下げると、黒子もこの場で彼に貸しを作ることが目的だっただけなので、別に気にする必要もないと手をぱたぱたと振って気にしてないとアピールする。
どうもふてぶてしくもチンピラな風体な上条が、『良い奴』だと言うことはこれまでのやり取りで良く分かったのだろう。

「そうこう言っている間に応援が来てくれたようですわね。
・・・・あら、どうして先輩が?」

上条が疑問符を浮かべた黒子の声に反応して裏路地の入り口を見つめると、そこには眼鏡をかけた高校生ぐらいの女生徒がこちらに近づいてきたところだった。
白いワイシャツに暑いのにしっかりとタイを締めた、チェックのスカートの制服姿らしき彼女の腕には黒子と同じ、風紀委員(ジャッジメント)の腕章が見える。

「お疲れ様。
白井、ここのことは後は私が引き受けるわ。
その代わり、あんたに頼みたい事件があるの」

そう一方的に告げたもう一人の風紀委員(ジャッジメント)は上条へと視線を向けてから、ぴしり、というコミカルな幻聴を響かせながら固まった。
そのキツめに見える眼鏡ごしの眼差しに対して上条が無意味に挙動不審気味な愛想笑いで答えていると、黒子がフォローを入れようとしてくれたのか口を開く。
が、それよりわずかに早く正気を取り戻したのか、先輩さんが目をパチクリとさせて呟いた。

「白井が男を連れてる?
もしかして熱がある?
それとも、・・・天変地異の前触れかしら」
「何だかひどく侮辱されている気分ですわ。
この方はひったくり犯の確保に協力頂いた学生です!
全く、冗談にもほどがありますわよ」
「ごめんごめん、あんたと言えば超電磁砲(レールガン)とのコンビっていうイメージがどうしてもね。
風紀委員(ジャッジメント)ですらないんだけど存在感あるからね、彼女」

茶化すような口調で内輪にしか通じない話を始めた先輩さんと唇を尖らせて反論を述べる黒子であったが、上条は置いてけぼりにされたことに対して不満を覚えることもなく、軽口を言い合いながらも仲は良さそうな彼女たちの会話の中にあったキーワードにただ驚いていた。

・・・超電磁砲(レールガン)って言ったよな。

上条の記憶が正しければ、その名前は学園都市第三位の化け物のことだったはずだ。
確か噂によると走行中の車を指弾で弾き飛ばしたり、雷落として一区画を丸々一晩停電させたり、小さなビルぐらいある怪獣を倒したなどとエンターテイメントとしか思えないほど話題に事欠かない人物だ。
話半分に聞いたとしても普通に化け物としか言いようがない存在である。

きっと、呼吸するように感電死しそうなほどの電気を帯電させている狂犬のような女なのだろう。

上条が超能力者(レベル5)に接点があるはずもなし、当然見たことがないはずだと思い込んでいる『超電磁砲(レールガン)』について想像の翼を広げていると、風紀委員二人のじゃれ合いは一先ずひと段落ついたようだ。
先輩さんが再び探るような視線でこちらを、じぃっと見つめていた。

「・・・あの、何か?」
「ん、ああ、ごめんごめん。
あんた、何処かで見たことなかったっけ?」
「俺は・・・いや、初めてじゃないっすか」

ナンパの常套句のような台詞を言われても、上条にはどう反応すれば良いのか対処のしようがなかった。
尚も居心地が悪そうにしている上条の顔を首を傾げながらマジマジと見つめていた彼女であったが、痺れを切らしたのだろう。
何時まで経っても本題に入らない会話を終わらせようと、黒子が強引に主題に入るために声を上げた。

「それで!
先輩はどうしてこちらへ?
この現場は後はおっとり刀で駆けつける警備員(アンチスキル)に犯人を突き出すだけですわよ?
被害者の方も簡単な調書をとって解放致しましたし、金銭目的以外での犯行の線は薄いですので応援をよこして下さるほどの事件ではありませんが」
「ああ、ごめん。
実はね、あんたに頼みがあって来たのよ」
「はぁ、頼み、ですの」

黒子は嫌な予感を感じたのか、しかめ面をしてみせるが、先輩はそれを敢えて無視しているのだろう。
まるで彼女の表情の変化を気にした様子も見せずに話を続ける。
上条も黒子と同様に嫌な予感を感じたが、ここで『さよならー』と言って逃げ出せないあたりに、彼のチキンぷりがよく分かるというものだった。

「この学区の学生寮のある地区と教育機関のある地区を結ぶ道は当然知っているわよね」
「そりゃもちろん知っていますけど。
今日はパトロールするつもりはありませんでしたけど、初春から貰ったスケジュールだとわたくしも確か見回りの割り当てがあったはずですわ」
「そのうちの一つの区画で、何ともいえない奇妙な現象が起こっているのよ。
一言で言えば距離感を狂わされる、と言ったところなのかしらね」
「距離感ですか、・・・夏真っ盛りなわけですし、何らかの要因でくっきりと出来てしまった蜃気楼の類のせいで目測を見誤るとかそういったことですか?」

先輩は黒子の常識的な考え方で生まれた解答例を首を振って否定する。
確かに蜃気楼は距離感を狂わせるし、似たような事象も起こせるだろうが、ここは規模の大きな蜃気楼が見られる砂漠ではない。
温暖湿潤な日本にある、科学の街、学園都市なのだ。
距離感を狂わされるほどの蜃気楼なんて発生するわけがない。
そういえば、と黒子は心中で呟く。

・・・この先輩の能力は『透視(クレアボイアンス)』だったか、と。

という事は、視界に影響を及ぼすような物理現象を見抜くことなど朝飯前のはずである。
余計に自然現象で説明がつくような当たり前の事象であるという考えは捨てた方が良いだろう。
とは言え、先輩よりも高レベルの能力者による事件であれば、発見は難しいかもしれないが。

「違うわ。
少なくても私の透視(クレアボイアンス)では何も分からなかった」
「・・・と言うとただの勘違いですわね?」
「勘違いで私たちは一晩中街中を徘徊することになったとは思いたくないわね」
「ひ、一晩ですのっ!?」

黒子は自分でも信じていない質問に対する答えが、思っていたよりもかなりヘビーであったことに驚きを隠すこともせずに目を見開く。
風紀委員(ジャッジメント)の先輩は自身の昨夜の体験を思い出したのか、軽くため息をついてみせた。
それから自分の身体に淀む肉体疲労を再認識したかのようにコメカミを片手で押さえて瞼を閉じる。
彼女がかける眼鏡がかちゃりと音を鳴らし、ずれた蔓を直しながら彼女は言葉を続けた。

「それも私のほかに探索系の能力者数名で調査をした結果よ。
この件に対する通報が風紀委員にあったのが昨日の午後。
夏休み中で各学生寮と学校を結ぶ道を通る人があまり居ない上に、事件現場は元々裏道みたいなものであまり人気がない場所らしいわ。
それでも一昨日の夜にその道に入ったはずなのに、迷子になって次の日の朝まで出られなかったなんて人がでるなんて奇妙な話でしょう?
それで手隙で夜間にも外出できる権限のある高校生の風紀委員(ジャッジメント)のチームを中心に早速調査してみたら、見事に何も分からずに一晩中歩けども歩けどもその道を抜けられなかったというわけ」
「そ、それはご愁傷様としか言えませんわね」
「ありがと。
それで風紀委員の空間操作系で一番の能力者って言うと空間移動能力者(テレポーター)の白井だし、協力を仰ごうかなと思ってね」
「ひどい貧乏くじを引かされた気もしますわね・・・。
書庫(バンク)でそんな不可思議現象を起こせる能力者の検索は出来なかったのですか?」
「ムリだったわ。
情報処理では初春さんが一番だから彼女も引っ張り込んだんだけど、あの子でムリとなるとお手上げよ。
それで初春さんが、だったら白井さんに任せれば良い、って提案してくれてね」
「・・・う〜い〜は〜る〜」

恐らく自分が巻き込まれた腹いせに黒子も関わらせることを決めたのだろう、頭に花をたくさん乗っけた花壇のような風紀委員(ジャッジメント)の同僚の顔を、黒子は怨嗟の篭った顔で思い浮かべた。
ただ、恨み節とは別に思考の中心ではあくまでもこれまでの事件の話をあくまで冷静に受け止める。
考えられうる原因としては3つといったところだろうか。
1つ目は物理的に工事などが行われていて、同じ場所をぐるぐると廻りただ迷子になっただけ。
2つ目は精神的な能力で、実際は歩いていないのに足を動かしていると思い込み足止めされていたパターン。
そして3つ目は・・・。

「まるで七不思議みたいだな。
科学の街、学園都市で起こる都市伝説か」

ぼそり、とそれまで一言も発せずに黙っていた上条が横から唸るように呟いた。
彼の頭の中では、そんなインチキくさい『何か』に心当たりがある。
確か炎の魔術師が『人払い』なんていう魔術を使っていたはずだ。
・・・それと似たようなものだとしたら、まさか。

「そんなオカルティックなことがあるとは思えませんですわね」
「・・・まぁな」

黒子はひどく真剣な顔をしている上条を不思議そうに見つめていたが、風紀委員(ジャッジメント)の先輩がそこに口を挟んできた。
彼は上条の呟きを笑い飛ばすわけもなく、持ち上げた指先にあごを乗せる探偵のようなポーズを取りながら自分の考えを告げる。

「いや、そうとも言い切れない。
白井だって関わった幻想御手(レベルアッパー)の事件のように、この町ではある意味、何でもアリなことを私たちは知っている。
七不思議みたいな話だって、
超能力者(レベル5)の量産クローンによる軍事利用計画』
『窓のないビルには培養液に浮かぶ魔法使いが住んでいる』
樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)は人工的に作られた初の無生物能力者』
『学園都市の暗部には高レベル能力者で作られた理事会お抱えの組織が幾つも存在する』
『学生寮を徘徊する謎の炎巨人』
『半分しかないジーパンをはいた露出狂日本刀女が辻斬りしてる』
『宗教団体の手によって樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)が破壊された』
『某塾では夜な夜な不気味な聖書の一節のような言葉を朗読する学生たちが居る』
『謎のコロボックルがドロップアウトした女子学生を部屋に連れ込んで世話をしてくれる』
『第一位がコンビニで両手一杯に缶コーヒー買い占めてた、箱で買えよ』
『第二位の背中に天使の翼が生えててメルヘンだった』
なんていう胡散臭い噂がひどく有り触れているけど、これも全てが嘘だとは私は思っていない」
「と言いますか、すごい怪しげな噂が多いですわね。
まぁ、第一位と第二位のは何だかただのゴシップのような気もしますが」
「そうだ。
そこに樹海のような迷子になりやすい道が加わっても別に不思議はあるまい」

いくつか心当たりのある噂があったりして、上条はついついコロボックルと揶揄される自分の担任の姿を思い浮かべてしまったりもしたが、兎に角確かにそう言われてみれば迷子になりやすい道なんてあっても不思議ではない気もしてくる。

・・・それに、この先輩とやらは、どうにも既に確信を抱いて怪奇現象だと言っている気もしてしまうのだが。

上条の思考に気付いたわけではないだろうが、先輩は種明かしをするかのように口を開く。

「実は、ここに来る前に改めて書庫(バンク)を調べさせたら過去にも何度か同じような現象が報告されていたのよ。
過去の事件名は『此岸彼岸(ステュクス・アケロン)』という名でまとめられていたわ。
お盆の時期だけに現れる真夏の怪奇現象らしいのだけれど、その現象が愉快犯の仕業なのか自然の仕業なのかも分からないのよ」
「随分と大層な名前がついていますのね」
「まぁね、何でも上がそう名付けたらしいのだけれど、対策は全くされてはいないようよ。
初春さんに似た事例を探してもらったら、数年に一度ぐらいかしらね、報告があるのは」
「・・・で、先輩は犯人はその現象を利用した何者か、と見ているわけですわね」
「そういうこと。
こんな意味不明の事件じゃ警備員(アンチスキル)は動いてくれないし、とは言え実際に私たちも事件に巻き込まれてしまった以上打開策が欲しいわけよ。
その点あんただったら空間計算のエキスパートなんだし、任せられるでしょ」
「ま、仕方ありませんわね。
先輩の頼みを断わることも出来ませんし」
「よろしく。
ここは後は私が引き継ぐから」

結局黒子が乗り出すことに決まったようで、そこから先はとんとん拍子に互いの事件の引継ぎを済ませることになった。
上条は恐らくまた面倒な話になったと思っていたが、当初考えていた腹ペコシスターを狙った魔術師の仕業ではどうやらなさそうなことが分かったので、既にどうやってこの場から逃げ出すかをずっと考えていた。
そして、風紀委員の2人が引き継ぎを終えた瞬間を狙って上条が口を開く。

「御礼なんてもういらないから街の治安を守ってくれ。
それが上条さんに対する最大の御礼だよ!?」

そうカッコよさげな台詞を吐きつつ、しゅたっ、と右手を持ち上げて挨拶をしながらさっさと逃げ出そうとした上条であったが、走り出すよりもわずかに早く、小さな、それでいて力強い手でがっしりと襟首を掴まれてしまった。

「いえいえ、そんなわけには参りませんわ。
ちょおおっとわたくしの仕事に付き合ってもらった後で、改めて御礼いたしますわ、うぇっへっへっへ」
「いやー、助けてー!」

上条が思わず時代劇の悪代官と街娘のノリで叫ぶものの、じゃれあっているだけかと思われたのだろう。
眼鏡の風紀委員(ジャッジメント)は軽くスルーして、上条のことに対して何も告げることもなく、彼はずるずると黒子の見た目にそぐわぬ力強さでひきづられていった。

「不幸だーーーっ!」

とそんな声を背中に聞いた女子高生がふと思い出す。
そう言えば別の学校の友達に聞いた、噂の旗男とあの男子高校生の特徴が一致していることに。
本日二件目の都市伝説を目撃してしまったなぁ、と思いながら彼女は憂鬱そうにため息をつくのであった。





「はぁ・・・ふぅ・・・」
「だらしありませんわね、ちょっと走ったぐらいじゃありませんか」
「この真夏の炎天下を10分も走らせるのはちょっととは言わないと上条さんは思います」
「確かに暑いのは否定しませんけれども」

あれから10分程度の時間が経過していた。
走りこんで多少乱れた息を整えつつも額に浮かぶ汗の雫をぐい、とワイシャツの袖で無造作に拭った上条が隣に立つ黒子に視線を向けるが、彼女は確かに頬は上気しているものの汗一つかいてはいなかった。
どういう身体の構造していやがるんだ、と心の中で愚痴を零した上条が、ようやく曲がった腰を伸ばして辺りを見回す。
何処と言って変哲の無い、ただの街並みにしか見えないが、先ほどの風紀委員(ジャッジメント)が言っていたのはこの辺りの住所だった。
一番暑い季節の夏の、それも一番暑い時間に入っている。
そして、繁華街からも外れている上に、夏休みの真昼間に学校に用事のある生徒がいるわけもない。
この場所には上条と黒子以外、誰の姿も見えなかった。

「・・・さて、これからどうするんだ?」
「どうすると言われましても、まずはうろうろと歩いてみるしかありませんわね」

肩をすくめて特に考えがあるわけではないことを悪びれることもなく告白する黒子を横目で見た後、上条は何気ない風を装って地面や壁、電柱に以前の魔術師が使っていたようなルーンの痕跡が無いかを探してみる。
可能性は低いとは言え、もしも魔術絡みの問題だとしたらきっと彼の家の居候にも関連する事柄だろう。
それに、魔術なんて存在すら知らない黒子にとって、信じられないぐらい危険な存在なのかもしれないのだ。
上条はそんな心配をしながらも周囲を見回してみたが、素人目線ではこれ見よがしな魔法陣やら謎の象形文字も発見することは出来なった。
きょろきょろと見回していた首の動きを止めて、改めて黒子に視線を向ける。

「そうだな。
ここで黙っていても暑いだけだし、俺も賛成だ。
ちょっと歩き回ったほうが良さそうだ」
「あら?
随分素直に手伝って下さいますわね?」
「まぁな。
どうせここまで来たんだ、さっさとやってさっさと帰ることにするよ」

上条の脳裏に浮かんでいたのは、先日の三沢塾のことだ。
巻き込まれたのは知り合いですらない初対面の学生たちだったが、それでも道具のように使われるのを笑ってみていられるほど上条は薄情ではない。
トラブルの芽を摘めるのであれば、さっさと除いてやった方が良いに決まっていた。

「・・・いえ、歩き回る必要もなくなりましたわね。
11次元平面で乱数が発生しています、・・・これは?
この空間全体に何らかの負荷が掛かっているとみるべきですわ」
「何がだ?」
「いえ、・・・わたくしにも何が何だか。
どちらにしろ、この場所で異常が起こっている、ということは確かですの」

だが、上条の思惑よりも、事態は幾分か急展開を迎えたようだ。
突如何かを悟ったかのように声を上げた黒子は眉を潜ませて、ぶつぶつと何事かを呟いている。
どうも面倒な事態に陥ったことは分かるものの、上条には11次元なんて見たこともないものを計算することなんて出来るわけもなく、ただ、ぼけっと突っ立っていることしか出来なかったが。

「計算式上で出てくる乱数となると、光の屈折・・・、乱反射・・・、ベクトル・・・いいえ。
どれもピンと来ないですわ。
これはまるで、そう、何もかも物理法則を無視して『距離』という結果が弄られているような・・・」
「おい、白井!
俺にはよく分からねぇが、例の迷子現象に入ったのか!?」
「ええ、わたくしも普段11次元上空間を想定して能力を使っておりますので、空間のゆがみ、というものには敏感なつもりですわ。
それでも悔しい話なんですが、異常があるのは分かりますが、何が異常なのかまでは全然検討もつきませんの」

上条の問いに対して黒子はそう苛立たしげに答えると、地面に転がっている小さな小石を拾い上げた。
幾分か緊張した様子で彼女は一度大きく深呼吸をしてから話を続ける。

「論より証拠ですわね。
今からこの小石を10メートルほど先にテレポートさせてみせます。
ですがわたくしの予想が正しければ、コチラの指定とは別の場所に移動するはずですわ」
「・・・おいおい。
テレポートは計算が緻密で難しいって話を聞いたことがあるぜ?
こんな状況で大丈夫なのか?」
「万が一お兄様のお腹の中とかに転移したらごめんなさい」
「止めてくださいお願いします!?」

上条が突っ込みと同時にテレポートを止めようと隣の少女に向き直る。
黒子はグッドラックとでも言いたげに小石を乗せていない左手の親指を立てて、グっ、とポーズを決めてから覚悟を決めろとばかりに右手を転移させる方向へとまっすぐに伸ばす。

「そうだね、やめておいた方が懸命だぁ」

そこに後ろから第三者の声が響いた。
ハスキーでべらんめぇな感じの、それでも何故か耳障りではない、裏表の無さそうな女性の声である。
かなり近い位置から聞こえた声に、咄嗟に振り返った上条と黒子が距離を取ろうと同時のタイミングで一歩後ろへと下がった。

「えええっ!?」
「遠っ!?」

間近から聞こえたとしか思えなかった声の主は、ざっと50メートルは離れた場所に立っていた。
思わずぎょっとして固まってしまう2人に対して、その女はメガホン代わりに両手で拡声器を作りながら再び声を上げる。

「すまんすまん、ちょっと離れすぎちまったようだねぇ。
もう一歩前へ出てみなさいな」
「あ?
お、おう」
「ちょっとお兄様っ、そんなあっさりと!?」

咄嗟に黒子が上条の腕を掴んで押し留めようとするが、流石に体格が違いすぎるせいか、黒子ごと引き摺るように上条は勢いのまま足を止めることが出来ずに一歩前へと出てしまう。
そう、たった一歩のはずだったのだが・・・。

「何だこりゃっ!?」
「・・・くっ!」

一歩で、ぎゅんっ、と数十メートルの距離が縮まったかのような感覚を覚える。
黒子は距離に対して上条よりも敏感なのだろう。
上条の袖を右手で持ったまま、青ざめた顔でふらつく頭を左手で支えて何とか立っているといった様子であった。
彼もありえない移動に対して平衡感覚とか常識やらがクラクラとした酔いのような気分の悪さを訴えてくるが、それに構っている余裕はないようだ。

「ようこそニンゲン。
あたいの世界へ」

何しろ手を伸ばせば届きそうな、約1メートルぐらいのすぐ傍にその女が立っていた。
だが、女の風貌や衣装よりも先に上条の視界に入ったのは、女が手に持つ彼の身の丈ほどもありそうな大鎌である。
まるで、漫画の死神が手にするようなその凶器が、鈍い光を放っていた。


(続く)