本文へジャンプ
main Log information Side Story Gift link

真・恋姫†無双 SS 『真・恋姫†無双〜仲天演義〜』 第12話


「こんにちはー」
「おっ、兄ちゃん、また相談にのってほしいことがあるんだ」
「御遣い様、新しい肉まんの具を考えてみたんだが、今度他の面子も連れてきて試食しちゃくんないかい」
「隊長さん、街の警備区画で家の近所がちょうど抜けててさ。もうちょい増やせないの?」
「それにしても・・・」

北郷一刀が暢気そうな足取りで南陽の町中を歩いていた。
道行く人たちが声をかける度に彼も笑顔を見せて一人一人の住人たちに相槌を打つ。
彼の立場は袁家の武将にして平時の今は街の警備隊長兼区画整理や開発計画にも口を挟む人間であり、なおかつ天より遣わされし唯一無二の客人でもあるという複雑なものなのだ。
呼び掛けられる呼称一つとっても、凄まじく雑多で様々なものである。

「北郷様、今日は随分と面白いお供だね」
「ニャー」
「可愛いだろ?」

一端の平民のように何の危険も無さそうな顔で歩く一刀の後ろには、ちょろちょろと後をついて廻る猫の姿が見える。
本来であれば少なくとも数人の兵士ぐらいのお供がいてもおかしくは無い立場の彼であるが、そんなことはまるで気にした様子も見せず、たった一匹の猫が気ままに一刀の後ろに着いてくるだけであった。

「そろそろお腹もへったな」

一刀が呟くと同時に胃の中で行われる蠕動運動により、くぅ、と彼のお腹が分かりやすい音を響かせる。
空を見上げると、真上に輝く太陽がお昼の時間を示しているようだ。

「コイツも入れる店って言うと・・・何処があったかな」

振り向いてしゃがみ込むと、一匹の猫と向き合って一刀がぼやく。
天の国であればペット同伴可のお店も少ないながらも存在するが、この国ではそんな記述は見たことがない。
じぃと見つめてやると、ニャーと自己主張をするだけで気にした素振りも見せない猫はまるで我が物顔をしている。
どちらにしろ、まだまだ離れてくれる気はないようだった。

「っていうか猫ってこんなに人懐こいもんだっけか」

思わず首を捻る。
もしくはこの猫が特別なのか。
何しろ以前一刀の寝台に潜り込んできたこともある命名、風三号その人、もといその猫なのである。
少々他の猫と思考が異なっていても別段不思議もなかった。

「適当に行き着けの店に行って大丈夫か聞いてみるのが一番早いかな」
「にゃあっ♪」

立ち上がり、再び前へと向き直った一刀の声にまるで当然のように猫が返事をする。
先ほどまでと少し声質が変化したような気がしたが、猫マスターではない一刀には残念ながら猫声鑑定の素質はない。
気にしないことにして独り言を続けた。

「さて、という事はココから一番近くて店長も気の良さそうな人な飯屋というと・・・」
「桃包を出してくれるお店がいいにゃあ♪」
「そっか、じゃあ甜点心が豊富なお店がいいよな」

違和感。
一刀は気にしないには途方も無いほど大きな違和感を覚えて立ちすくむ。
さて、何だろうこのあり得なさは。

「って、猫が喋るわけがないよっ!」
「にゃあ?」

慌てて振り返った一刀の目の前には、一人の少女。
さきほどの風三号が実は猫又で人化の術を使ってみせた、などという訳ではもちろんない。
そこには、猫を抱きかかえた格好でくすくすと笑いながら猫の鳴き声を真似た、孫尚香の姿があったのだった。

「・・・シャオ、一緒にご飯食べる?」
「食べる食べる〜♪」

この時代の人間にしては何処までも珍しい、垢抜けた女の子といった印象のあるシャオである。
物怖じするようなことは当然ある訳がなく、一刀のすぐ横に駆け寄るや、すぐにぴったりと寄り添って2人で歩き出したのだった。





「もうっ、ダメだよ、一刀っ!
奥さんにして北郷隊の一の武将であるシャオを置いて街に出るだなんて。
この街は凄い治安がいいけど、それでも一刀の命を狙う他国の暗殺者だって隠れているかもしれないんだから」
「とは言っても、シャオに危ないことさせるわけにも・・・な。
他の兵士さんたちも別の仕事があって忙しいし」
「そういう事は訓練でシャオから一本でも勝ち星を取ってみせてから言うことっ!
弓腰姫の名は伊達じゃないんだからねっ」
「ごめんなさい」

飯屋に辿り着くや否や、早速自称北郷の嫁であるシャオがビシバシと一刀へとダメ出しを入れていた。
曲りなりにもシャオが武将としての実力を備えていることは周知の事実である。
以前に訓練と称して行われたシゴキでもちろんシャオから一本も取ることの出来なかった一刀は、プライドと天秤に掛けたとしても素直に謝罪をいれることぐらいしかすることはなかった。

「それからさ。
・・・こういう場合は向かいあって座らないかな」
「そーかなぁ?
そうでもないと思うな♪」

一刀たちが現在座っているのは四人がけの卓である。
そこに肩を合わせて寄り添って座る男女。
もちろん、向かい側の席では相席をしている人がいるわけでもない。
居るのはどうぞ勝手にやってくれ、とでも言いたげにふてぶてしくも座席に陣取る猫一匹。
どう贔屓目に見たとしても一刀とシャオはただ事ではない仲にしか見えないだろう。

「か〜ずっと♪」
「おっとっと」

注文を済ませて料理が運ばれてくるのを待っている間に、寄り添うだけでは我慢が出来なくなったのだろうか。
シャオは声をかけるのと同時に一刀へ改めて向き直って、がばっ、と身体全体でくっつき虫の如く勢いで密着してくる。
思わず潜水艦が出ることもあるらしい、ベストセラーなお菓子の名前など無意識に口ずさむ一刀であった。

「シャ、シャオっ?
どうした突然っ!」
「折角の2人きりなんだからもっとベタベタしたいなぁって。
一刀だってシャオにこうやってピッタリとくっ付かれると嬉しいでしょ?」
「む・・・否定は出来ない」
「よく出来ました♪」

北郷一刀。
嘘のつけない男であった。

「だ、だけど、ほら。
俺はともかく周りの目もあるしさ。
あんまり・・・ほら」
「周り?
大丈夫だよ、皆もお似合いの2人だって祝福してくれるからっ♪」
「いや、そうじゃなくてっ!
ほら、風の飼い猫とか、それにこの店は七乃さんも贔屓にしてるから後で密告されそうで!?」
「・・・ム。
一刀はシャオと居るんだから他の女の話は禁止っ。
それに袁術や張勲は一刀とシャオの仲が良いのを喜びこそすれ、疎ましく思うことはないもの」
「へ、どうしてだ?
まあ確かに疎ましくなんて思うことはないだろうけど、後でさんざんからかわれるんじゃないか」

一刀の何気ない疑問にシャオの意識が向いたのだろう。
彼女はべったりとくっついた互いの身体を引き離してから、自分のことを指差してえへん、と一つ咳払いをこぼす。

「シャオは孫尚香よ。
孫家の末姫。
そして孫家は袁術にとって最も鋭い矛にして、最も危険な厄介者よ。
そんな関係の両家の中で、袁家に縁の深い者が孫家の縁者と結ばれるのは袁術にとって望ましいはずよ」
「ああ、そうだった!
聞いてたし、知識にもあったよな、そう言えば。
諸刃の刃って奴だよ」

一刀は思わず両手でぽん、と手を叩いて納得する。
合点合点。
現在の孫家の主、孫策の親である孫堅は確かに袁家の一部将という側面があったはずだし、孫策の独立は袁家に大きなダメージを与えたはずである。
一刀は実家で読んだ歴史小説の中身を断片なりとも思い出しながら答えた。
彼の頭の中に以前に一度だけすれ違ったことのある、孫策の顔が浮かぶ。
確かに『鋭い矛』という表現は言いえて妙な人物というものだ。

「ちょっと待て。
それって袁家にとっては凄い利だろうけど。
孫家にとっては・・・?」
「その人の言う通りです、尚香様っ!!!」
「うわああああっ!?」

片方にとって利があるのならばもう片方にとっては、普通は不利なことが多い。
WIN−WINの関係など滅多にあるものではなかった。
そんな思いつきをふと口にした一刀であったが、彼の思いがけずに真をついた言葉は突如彼とシャオの間に割り込んできた人影によってかき消されることになった。

「戯れはこのぐらいにして我らが主の下へと戻りましょう。
我らが主もここまでなら気にしない、と仰ってました」
「・・・ふぅん。
『我らが主』ねぇ、えっらそうな呼び方」
「え、ええと。
シャオ?
こ、こちらの女性は知り合い?」

確かにほんの一瞬前まで、一刀とシャオの間に割って入ろうなどとしていた者など影も形もなかったはずだ。
それが、当然のような顔をして今は一刀とシャオの間にずい、と顔を突き出しているのは大きな瞳を鋭く光らせた少女である。
彼女の立ち振る舞いに一刀は目を白黒とさせながら、当惑するしかなかったのである。

「周泰。
孫呉の武将よ。
大方姉様に言われてここまで来たんでしょ。
隠密行動を取らせたら随一の腕前よ、実際シャオも全然気付かなかったし」
「へぇ。
すごいな、・・・見た目は俺よりも年下の可愛い女の子にしか見えないのにな」
「ありがとうございますっ。
あの、尚香様、この男性はどなたですか?
随分と親しそうですね」

鋭い視線から一転、仔犬のような雰囲気を感じる笑顔を顔全体に浮かべてみせた周泰がニコニコと微笑んだ。
さすがの一刀と言えど彼女の突然の変化に着いていくことが出来ず、再び目を白黒とさせてから、はぁ、と返事ともため息ともつかぬ言葉を洩らすばかりである。

「・・・当然知っているのかと思ってたんだけど。
一刀よ、北郷一刀。
天の御使いにして袁術軍北郷隊の隊長で、シャオの旦那様」
「えええっ!?
お婿様でございますかっ!!
こ、これはき、気付きませんで・・・お、おめでとうございます・・・?」

今度は平伏してペコペコと頭を下げる黒髪の少女。
長い黒髪を三つ編みにしているせいで、頭を上下する度に髪がぶんぶんと振られて辺りを飛び回っているが、痛くないのだろうか。
婿発言やら旦那発言やらを受け流しながら一刀がそんなことを考えていると、ニコニコとしていた周泰の顔が唐突に固まった。
何かに気付いたように、盛大に。
それから10秒ほど時が経過してから、彼女の再起動が終わったらしい。
結論を下す。

「・・・えと。
つまり?
この人が我らが宿願を妨げんとする諸悪の根源・・・?」
「え?」

一刀が何か口に出すよりも遥かに早く。
彼の身体が無意識の内に地べたに転がるように逃げ惑った。
天の御遣いとしての危機回避能力か、曲がりなりにも戦場を駆けた経験から死地を素早く感じ取ったのか。
ともかく、彼は九死に一生を得たようである。

「・・・避けましたか。
なるほど、天の御遣いなどと呼ばれるだけのことはあるようですね。
ですが、次はありません」

店の床に無様な格好で座り込んだ一刀は、見上げた先の人影を見て思わず肝を冷やす。
改めて見た周泰は、なるほど、確かに年若い少女である。
だが、そんな事実は些細なことと、そう告げるのに十分である物騒な武器をぶら下げていたのだ。
その武器を振り下ろした周泰は、一刀が先ほどまで座っていた椅子を見事に真っ二つにしてみせてから、物騒すぎる発言をこぼした。

「か、刀っ!?
この世界にそんなもんがっ!」
「こらっ!
何してんの、周泰っ!!
一刀に武器を向けるなんて、孫尚香に対する反逆も同じよ!?」
「策様の許可は得ておりますっ!
よしんば尚香様が反対したとしても、それは騙されているだけなので聞く必要はないとも言われております故っ!!」

この事態にはさすがのシャオも何時もの小悪魔染みた表情で余裕を見せるなどと言うわけにもいかない。
愛用のチャクラムを手に持ち、周泰と一刀の間を塞ぐようにして構える。
だがその顔にはびっしりと脂汗が浮かび、両者の実力差からか、絶望感ばかりがアリアリと覗いていたのである。

「・・・う。
これ、やばいかも」
「ああ、もうっ!
絶対姉様はそんな事言わないのにっ!!
周喩か何かの企てでしょ!?
だったらシャオの方が命令権は上だよ!!」
「尚香様。
ご無礼承・・・知・・・・・・?」

一刀は絶体絶命を理解し、シャオは何とか周泰を宥めようと声を上げ、それを一切合財無視した周泰が一度鞘に収めた刀を再び抜き放とうと構える。
構える。
構える。
構える。
構える・・・?

「あれ?」
「うん?」

一刀とシャオが同時に首を傾げる。
周泰の動きが止まっていた。
それも彼女の視線はこの急場にて、一刀にもシャオにも向いていない。
さて、一体。

「ニャー」

そこには周泰、そして一刀とシャオの2人の間を一匹の猫が妨げていた。
当然その猫は、今までこの騒動の間も何処吹く風といった様子で椅子に行儀良く座り続けていた風三号であることは言うまでもない。
猫であるが故に猫らしい猫らしさはあるが、かといって当然武芸の達人であるわけが無ければ弁が立つわけでもない。
人懐こい上に行儀よく賢いのは認めるが、猫は猫だ。
周泰の行動を妨げる要因になる訳が・・・。

「お、お猫様っ!!」

なる訳があった。

「・・・なんだコレ」
「・・・ひどい話。
現実なのよね」

思わず遠い目をしてしまう一刀とシャオだが、だが、それはそれ。
この機を逃すことをしてはいけないと、声をあげた。

「ええと、周泰さん。
その・・・俺のことは・・・?」
「ニャー」
「許します許しますっ!
お猫様にこうまで庇われる北郷殿が悪人なわけがありませんっ!」
「じゃあ俺のことはもう殺そうとしない?」
「ニャー」
「当然です!
お猫様のお言葉は絶対ですっ!!」
「何よそれぇ!
シャオの言葉より猫に庇われるかどうかの方が重要だって言うのっ!?」

約一名怒り心頭であった。
ぷぅ、と頬を膨らませて、殺気を霧散させた周泰へと詰め寄る。

「あ、いや、それはその・・・。
そういう訳ではありませんが・・・、いえ、お猫様は絶対ですが」
「あーもうっ!
何だかムカつくーーッ!!」
「は、ははははは・・・。
お、終わり良ければ全て良しってことで」





「実は小蓮さまの仰るとおり、この計画は冥琳様の発案です」
「・・・やっぱり」
「それと・・・ああ、お猫様の感触がぁ♪
しばらくモフモフしても宜しいですか?」
「猫は置いておいて続けなさい」
「は・・・はい」

改めて事態を収めた後、シャオと周泰の2人、そして周泰の膝の上で丸くなる風三号は卓に向き合って座っていた。
今は一刀の姿がないせいか、2人とも打ち解けた様子で言葉を交わす。
シュンとした様子で猫にどうしても未練たらたらな事を隠すこともない視線を向けた周泰が、シャオに向けて続けた。

「蓮華様がさらに後押しをしまして、臣下の身では従うしかありません。
ちなみに、雪蓮様は小蓮さまが本気ならば構わないと仰ってました」
「・・・いいの?
それもアッサリだよね?」
「いえ、勿論わたしに見極めて来い、と仰りました。
一度は殺そうとしてみせてそれでも生き残るようなら好きにしろ、と」
「雪蓮姉様の言いそうなことね〜」
「あ、あはは・・・」

軽くため息をこぼすシャオに苦笑で答えることしか出来ない周泰が視線を話題の人へと向ける。
話題の人、一刀は今は散々暴れたことで店の人と野次馬たちへ、色々と釈明をしているようであった。
周泰の目には、貴人であるはずの一刀がそんなことはまるで意識させない、それどころかまるで無辜の民と同じものの見方で、それでもキチンと大局を決断出来る王者の視点を持つ人物であるかのように映る。
それは何処か彼女の主である孫策と一刀の在り方が重なって見えたせいもあるのかもしれない。
とにかく、彼の言葉には思わず乗ってしまいたくなるような衝動を覚えるし、それを理でも利でもなく、仁で為そうというのが驚きであった。

「・・・変わった人ですね。
価値観がわたし達とは異なるというか、そもそも人としての在り方自体が違うんじゃないかって気がします」
「でしょ?
シャオが選んだ旦那様だもん。
明命のことも一刀は罰しないと思うし」
「・・・あ、そう言えばこのままここに居たら捕まって当然です!
逃げた方が良いでしょうか」
「ま、ま、猫ちゃんももう少し一緒にいたいって言ってるし」
「お猫様、もふもふっ!」

明命、猫にまっしぐら。
猫に夢中になりながらも彼女の視線の端に彼の姿が映る。
先ほどまで白昼堂々、店の中で立ち回りをしていたのだ。
店主も憤っていただろうし、野次馬だって興奮していたのは間違いない。
時勢もあるし先祖より続く教えもある。
民たちはそのような場合、争いを煽り勝負をけしかけるはずだ。
なのに。
今、一刀と話している街人たちは皆、楽しそうな笑顔を浮かべて親しげに彼と話していたのだ。
嬉しそうに。
それでいて、どこか誇らしげに。
まるで、大好きな尊敬する父母と会話する喜びを噛み締めるように。

「・・・小蓮さまが本気だから、殺さない」

ポツリ、と呟いた周泰の顔は、どこかホッとした雰囲気を見せていたのだった。


(続く)