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真・恋姫†無双 SS 『真・恋姫†無双〜仲天演義〜』 第9話


「そもそも黄巾の乱というのは年若い農民たちが起こした漢王朝に対する叛乱のことだと言うのが朝廷の公式見解になっています。
『蒼天スデニ死ス 黄夫マサニ立ツベシ』という彼らのお題目は皆さんも戦場でご覧になったと思います。
彼らの特徴は黄色の頭巾を巻いていることで、これは五行説から採用されたんでしょうけど。
・・・まぁ、この際どうでも良いことですねぇ。
そんな黄巾賊の首領は張角という名で知られています。
別名は大賢良師とか天公将軍とか言いまして、一刀さんも名前ぐらいは各地の黄巾征伐で聞いたことがあるんじゃないですか?」
「そう言えば、度々その名前は耳にしたような気も・・・?」
「ですが張角と言えば秘密主義が徹底しているらしく、年から性別から素性まで何もかも謎だらけという専らの噂ですねー」

人払いをされた玉座の間には、美羽と七乃。
それから一刀一向のみが残されていた。
他者の姿がいなくなると、七乃が唐突に話し始めたのは案の定黄巾党の話である。
とは言え、唐突に黄巾党のおさらいが来るとは思っていなかった一刀が首を捻りながら返事をすると、風がそれに捕捉するかのように後に続いた。

「ええ、そうです。
張角と言えば、『黄巾党の首領で、腕が七本、足が十三本、三本の首で炎と一緒に呪いを吐くという怪物』なんて一刀さん以上の胡散臭さの満ちた怪奇譚が上るくらい官軍の間では謎の存在ですねぇ」
「・・・胡散臭いってのは否定できないけどさ。
もしかして俺も変な風に噂されているのかなぁ?」
「ぴーっ!?
な、何じゃその化物はっ!!
妾はそんな恐ろしい生物なんぞ見たことないぞっ!?」

七乃の後ろでぼけっとした表情で話を聞いていた美羽が、突然ガクガクと震えて脅えだす。
確かにそんな化け物が実在したら為す術もなく恐怖に震えるぐらいしか出来はしないだろう。
あくまでも本当にそんな人外の存在であれば、の話だが。

「お嬢様、お嬢様。
あくまでも噂ですからねー、怖くありませんよー?」
「尾ひれ背びれは噂の常だからな。
まぁ、本当に尾ひれやら背びれやらが付いてしまうのもそれはそれでどうしようもない気がするが」
「う、うむ。
そんなことぐらい妾はちゃーんと分かっておったのじゃ。
じゃが一刀があまりにも怖がっておったので安心してやろうと一芝居うったのじゃ!?」

七乃と星のフォローに気を取り直した美羽が胸を張りながら言い訳めいた台詞を堂々と言い放った。
どう見ても嘘だがつっ込みはしない。
話が何時まで経っても進まないのは勘弁願いたいのである。

「それに地公将軍張宝は妖術の使い手だという話ですし、人公将軍張梁は戦略にも造詣がある軍師だとか。
兎に角、戦争もなく内政ばかりで弱体化の進んだ官軍は黄巾党を防ぐことが出来ず、各地に戦火は飛び火していきました。
そして私たちのような地方軍閥に白羽の矢が立ち、その沈静に乗り出すことになったというわけです」

そこまでの話は良く知っていることだ。
何しろ一刀たちはつい先日までその黄巾党を殲滅すべし、という任務で荊州南部を渡り歩いていたのである。
それにここまでの話は周知の事実なのだ。
人払いをする必要はないだろう。

「さすがに鎮圧に乗り出す諸侯の数が凄いことになりましたからねー。
黄巾も追い詰められ始めました。
さて、一刀さん、そして皆さん。
ここからが本題ですよー」

少し焦れてきた一刀たちの様子に気付いているのだろう。
本題だという前フリを入れてから、一度間を置いた七乃の口が再び開く。

「黄巾党の本隊が集結している場所が判明しました。
北郷一刀以下、北郷隊の皆さんは各地の軍閥に先立って張角、および張宝、張梁を拿捕して来て下さい」
「何だってーーーっ!!!?」

思いもしない七乃の無茶振りに、一刀の叫び声が城中に響き渡ったのであった。





「ちょ、ちょっと待ってくれ、七乃さん!?
黄巾の本隊って、追い詰められたとは言っても十万はいるんだろ?
俺たちは一万しかいないし、南部に置いてきた兵たちを借りたって精々二万だ。
さすがに敵うわけがない」
「そうよそうよ!
兵法の基本は相手より数を多く用意することよ!
どんなに数をかき集めても五倍差なんて話にならないわ!?」

一刀とそれから続く小蓮の泡を食ったような話しぶりに満足気味な笑顔を見せた七乃だったが、一通り溜めの時間を置いた後から、改めて楽しそうな口調で続く言葉を繋げる。

「もちろん、腹案は存在しますから♪」
「まぁそれはそうだろう。
ふむ・・・武士の戯言だが、孫策殿と合同でことに当たれと言ったところか。
あるいは北郷殿と孫策殿、それから袁術殿の部隊も出せば総勢は五万を超えるだろう。
如何に黄巾の本隊とは言え打ち倒せないほどではない・・・か」
「いえいえ、それは無いと思いますよー。
別の考えがあるんでしょうねぇ。
張勲さん、『拿捕』なんですよねー?」
「ええ、その通りです♪
もっと正確に言うと、拿捕して改心させて下さいね。
天の御使いの威光を見せる良い機会ですよ、一刀さんっ♪」
「は、はいっ?」

さらりと七乃が告げた言葉についつい勢いで頷きを返してみせてしまった一刀が、混乱する頭でもう一度言葉の意味を考える。
そして出た結論は。

「む、無茶苦茶だーーーっ!!?」

叫ぶしかなかった。

「お兄さん、お兄さん。
叫ぶのもいいですけど、まずは話を聞きましょう。
いい加減話を進めないと面倒なことこの上ありません」
「ふむ。
そうじゃな、七乃よ。
妾も一刀を驚かす芸にも飽きてきたぞ」
「えー、シャオはもうちょっと一刀の可愛いところ見てたいなー♪」
「ふむ、可愛いというのは同意しかねるが、見ていると確かに面白い。
北郷殿は表情が豊かだからな」

非道な人間ばかりで一刀は少し泣きたい気分になった。
とにかく一刀を一通り弄ることを終えた七乃は、ようやく話を進めるつもりになったようである。

「ええ、一言で言ってしまえば黄巾党はもう風前の灯なんですよ。
だからこそ、こちらから『命は保証するから』投降しろという提案は渡りに船のはずです。
・・・この結論に至ったきっかけは、一刀さんたちが捕らえた黄巾党の大方から聞いた話からでした」

ぅうんっ、と一つ喉の調子を確かめるように咳払いをしてみせてから、張勲がこれまでに得た情報をゆっくりと語り始める。
それは黄巾党と言えば三国志の始まりにして刺身のツマのようなもの、としか認識のなかった一刀をして、驚かせるに値するものであったのは間違いない。




「首領の張角は旅芸人の女の子で、歌と踊りで人々を魅了して虜にしていたってわけか。
何だかスケールが大きいんだか、小さいんだか、よく分からないな・・・」
「すけーる?
聞いたことない言葉ですねぇ」
「ああ、ええと。
なんて言うんだろうな、度量とか器とか、そんなん。
簡単に言うと驚けばいいのか、笑えばいいのかどっちなんだろうってな具合かな?」
「ほほぅ。
じゃあきっと、すけーるは大きいんでしょうねぇ。
ただしどこかに穴が開いてそうですけどー」

聞いたことの無い横文字の言葉に小首をかしげる風に説明をしてやってから、一刀は七乃の説明を反芻していた。
張角は端的に言えばアイドルのようなことをやっていて、その追っかけが黄巾党の始まりだと言うのだ。
その上、追っかけがどんどんと膨れ上がっていくうちにステージの確保だとか人員の整理だとかで問題が起こり一部の官権力と衝突。
武力に訴えるようになると、既得権益を持つ公権力に抑え付けられていた不世出の若者や非政府組織などもどんどん合流していって肥大化していったという嘘のような話である。

「しかし、その話が本当だとすると確かに黄巾党は風前の灯かもしれませんねぇ」
「・・・え、何でさ?
人数もさっきは十万とか適当に言ったけど七乃さんの話によると二十万近くもいるらしいし、いくら官軍や軍閥だってそう易々とは鎮圧出来ない数じゃないか?」
「いえいえ、太った鳥が飛べなくなるように、いずれは自分の体重に押しつぶされてしまうのですよ。
特に首領が党の管理に熱心なのでなければかなり危うい状況でしょう。
お兄さんも兵を率いていたのですから、よく分かると思いますよー」
「あ、そうかっ!」

風の言葉にぽん、と手を打つ。
素人同然の人間が指揮系統を保ちながら軍やそれに順ずる集団を率いるのは非常に難しい。
一刀と貂蝉と華佗だけでは軍隊をまともに動かせなかったのは、さして昔のことではなく、すぐに思い当たった。

「そうだねー。
シャオだって千人とかなんとか一万人までだったら無茶なりに頑張れると思うけど、二十万なんてよっぽどの才覚がないと扱えないよね?」
「ふむ。
そうだな、私とて1人で御しきれる自信は正直なところないな」

小蓮と趙雲も同意の声を上げる。
もし仮に、二十万など途方もない数字の人間たちを統率できるだけの人身掌握術が張角にあったとしても、あくまでも担ぎ上げられているだけの立場でいようとすればそれを行使することは難しいはずだ。

「ええ、それにですねー。
陳留の曹操さんという小生意気な方が黄巾党が確保していた糧食を焼き払い、武具を没収しているんですよ。
増えるだけ増えて増えつくした人間たちがまともに統率も取れず、食料も装備も足りない。
その上周りは敵だらけ。
味方は張角の魅力に目を眩ましたならず者ばかり。
さて、この後の彼女たちの運命はどうなるでしょう?」

七乃の朗らかな口調とは裏腹に物騒な想像しか掻き立てそうに無いたとえ話に、しかめ面をした一刀の喉は思わずごくりと唾を飲み込ませた。
言葉にするまでもない、確実にもう御終いだ。

「さて、それからトドメの情報です。
彼女たちも馬鹿じゃありませんからねー。
城に捕らえた方たちが危惧しているようなことはさすがに良く分かっていたらしくですね。
起死回生の一手をついに自ら取ろうとしたんです。
しかもこの南陽のすぐ北部での話と来たら、そりゃ目をつぶって耳を塞いでいても状況は分かってしまいますねー」
「もう!
いい加減に勿体ぶった言い方は止めてよっ!!」
「そうじゃぞ、七乃。
妾も、話がよー分からん気がしてきたぞ?」
「これはお嬢様、尚香さんも申し訳ありません。
簡単に言うとつい先日、黄巾党が南陽北部から北上して一気に都を攻めようとしたんですよ。
それも張三姉妹自ら率いたその数は三万人。
黄巾の主力部隊を半分割いた形だったんですが、それがあっさりやられてしまったんですよねー。
で、袁術様の領内を通って形振り構わず彼女たちは逃げたというわけで、捕虜の言っていた集合場所と張角の容姿の裏付けも取れましたというわけです。
そして今や、本隊に残っているのは後は二十万という絶対の役立たずに囲まれて身動きのとれなくなった、数だけの烏合の衆。
本当に彼女たちは絶体絶命な状況なわけです」

七乃が告げたこの近隣で起こった近況とやらは軽い口調に反してなかなか厳しいものだった。
何しろ、黄巾の狙いが南陽だったとしてもおかしくない位置取りだ。
張三姉妹には悪いが、勝手に全滅してくれて一安心といったところである。
だが、そんな七乃の説明に待ったをかけたのは怪訝な顔をした風だった。

「・・・おや?
あの辺りに官軍の部隊って展開されてましたっけ。
風は浅慮なので把握してませんねぇ、星ちゃんは聞いたことある?」
「ないな。
仮にも黄巾の主力3万だ。
私たちが相手にしていた雑兵よりはよほど手ごわいだろうし、事実、官軍相手には勝率も良かったはずだ。
それだけの規模を相手出来る官軍となると噂話の端にぐらいは上ってもおかしくないのだがな?」
「ああ、それは聞いたことあるわけありませんよぉ。
噂に名高い飛将軍呂奉先がたったの1人で三万の黄巾を全滅させちゃったんですから。
すごかったらしいですよー。
もう辺り一面が物の喩えではなくて血の海。
呂将軍が武器をずばーと振るうと黄巾党の人たちがぽーん、って数十人ぐらいいっぺんに上半身と下半身が真っ二つになったとか。
冗談としか思えないような戦いぶりだったみたいです。
斥候の人はしばらくお肉が食べられそうにないって嘆いてましたねぇ」
「・・・はぁ」

容易に信じられるような話でも無く、唖然として言葉が出ない一刀が相槌にもならないため息のような呟きを返す。
恐らく話半分に見積もったぐらいの・・・と考えても一万五千。
冗談のような数字には違いない。
もしくは仙骨でも持っているのかもしれない、一刀は封神演義なお話ではないかと疑ってしまいそうになった。

「すごいな。
話半分に聞いても人間業とは思えない」
「多分人間じゃないんでしょうねぇ。
ちなみにコレ、真・恋姫†無双の公式設定ですから全部誇張無しの真実ですよ?」
「・・・だからメタ発言は止めようよ」

一刀のつっ込みに七乃は了解しました、とばかりにビシリと敬礼を決めてみせる。
彼女のスチュワーデスのような格好と相まって可愛らしく見えるその姿に、一刀は思わず少しだけ萌えてから気を取り直して続けた。

「ちなみに趙雲は出来る?」

何をとは言わない。

「無理ですな。
三万などと体力が持ちませぬし、何よりも自分で倒した人間に埋もれて足場の尽きたところで遠くから矢で射抜かれておしまいでしょう。
ゆえに私などでは・・・百が限度かと。
いやはや、世界は広いですな、まだまだ想像も及ばぬ強者がたくさんいるものです」
「それでも百ってすごいな・・・。
どちらにしても今は呂布のことは置いておこう。
えーと、七乃さん。
俺たちはソレでどうすれば良いんだ?」

一刀は俺なら3人・・・、いやこの世界の人たち相手だったら1人が限界かなぁと冷静に考えてみて軽く凹んでいたりしたが、どうにかその感傷を隠して続けた。
大体黄巾を取り巻く状況は分かったつもりだが、だからと言ってこれからどう動けば良いのかはイマイチ想像がつかない。

「簡単に言ってしまえば、一刀さんはすぐにこの城を出てあの空を飛ぶ馬で単身、敵の本陣まで強襲。
張三姉妹を説得の上黄巾党を解散させ、さらには彼女たちを城まで連れ帰るってのが任務ですね」
「・・・は?」
「北郷隊の皆さんはすぐに部隊をまとめて一刀さんが失敗したときのために黄巾党本陣に向けて進軍。
報告を受けた数だと少し厳しいと思いますので、親衛隊から五千ほど追加させておきます。
先行して孫策隊が待機しているはずですので、合流して黄巾党を殲滅ですね。
・・・まぁ、一刀さんが上手くやってくれれば、彼と張三姉妹を回収後撤収ですけど」
「いや、あの・・・七乃さん?」
「何ですか、一刀さん?」

引き攣った表情と震える声で搾り出すように尋ねる一刀へと、七乃はにっこりと笑みを浮かべて相対する。
一刀の瞳は捨てられた仔犬のように恋しさと切なさと心細さとで濡れ光っていたが、七乃はまるで動揺した様子も見せずに一刀の続く言葉をただ黙って促した。

「・・・いえ、何でもないです」

一刀は負けた。
少し涙が浮かびそうになったが、必死に堪える。
だって男の子だもんっ!

「一刀さん、ご安心下さい。
今の黄巾党の追い詰められっぷりに加えて、天の御遣いが命の保障をした上での降伏勧告なら呑んでくれる確率が非常に高いですから。
それに危なかったらさっさと逃げてください。
空を飛んでいれば先ほどの話に出た飛将軍も含めたって誰も追ってはこれませんし、貴方が一番の適役なんですよ♪」

張勲が入れてくれたフォローを聞いているうちに、一刀も何と無く上手くいくのかもしれないとそんな気分になってくる。
だが、そんなやり取りを傍で見ていた一人の少女がそっと前へと出ると、彼女はおもむろに七乃に向けて声を上げた。

「何かこんなにも急ぐ理由があるんですかー?
・・・例えば、黄巾の本隊が他の諸侯にも既にバレている、とか」

北郷一刀個人に仕える軍師と嘯く風が、ニヤリとした笑みを隠すことも無く尋ねる。
彼女は七乃の答えを待つこともなく続けた。

「恐らくは先ほど話にあった曹操さん辺りが怪しい気がしますねー。
これは風の勘に過ぎませんが、あの英雄さんは天の時と地の利と人の和、全てを兼ね備えた位置にある陳留の太守様ですし。
それに乱世の奸雄と呼ばれるほどの野心を秘めたお方とのことですし、可能性はあると思います」

風の淡々とした話ぶりに対して、七乃は動揺した素振りを見せることもなく相槌を返すこともなく、ただじっと彼女の瞳を見つめ返しながらも自然体のままである。
軍師はとんとん、と自分の側頭部を突いた素振りを見せた後、息をついてからさらに話を続けた。

「さてさて、降伏勧告は効果覿面だと張勲さんはお考えのようですから、お兄さんは安心しても大丈夫でしょー。
そのための捕虜からの情報収集だったのではありませんかー?
どうも話を聞く限り、張勲さんはそんなことをしなくても黄巾党殲滅のための筋道は立てていた。
ただ、机上の空論だけでお兄さんの命をかけることはしたくなかったのではないでしょうかー?」
「うーん?
どうでしょうねぇ?」
「捕虜の尋問を頑張った理由はもう一つあります。
大義名分ですねー。
例え天の御使いだからと言って何千何万もの罪のない民たちを虐殺してきた黄巾党の首領を救うなんてこと、何の理由もなくはさすがに言えませんから。
ですが、その当の首領が踊らされているだけで、かつ捕らえた黄巾の人たちから散々保護してほしいと頼まれたのであれば話は別です。
幸いにも荊州は被害がとても少ない地方であることですし、天の御使いの慈悲と寛容が先に立ち張角たちも恨みの対象にはなりにくいのではないですかー」

七乃は風へと向けてじっと見つめていた瞳をすっと細めてから、そっとため息をついて顔を伏せる。
それから、顔を上げると七乃は降参したかのような、お茶らけた口調で声を上げた。

「一刀さん、本当に良い拾い物したんですねー。
これはもう面倒な計略とか街の運営とか軍の演習計画とか全部程cちゃんに任せちゃいたいですねぇ」

ちなみに七乃が半ば以上本気でそう考えていたことを追記する。





「黄巾党の首領、張角に告ぐ!
我は荊州に降り立ちし天の御遣い、北郷一刀である!!
姿を見せよ!」

ザワザワと騒がしい直下の光景を前に、一刀は何度か練習を繰り返して暗記した前口上を叫ぶ。
数十メートルは上空にいる一刀には剣も槍も、そして弓も届くことはない。
少しは安心できる状況を維持したまま、敵の陣地のど真ん中で一刀は声を張り上げていた。

「黄巾はその役割を最早終えた!
汝らはこのままでは蹂躙されるのを待つのみである!!
逃れる術は唯一つ!
我に従い頭を垂れ、恭順を誓え!!
汝らが友にして我が魂に触れ懺悔を果たした彼の者らの願いにより、汝らの命を救わんとここに馳せ参じたもの也!!」

言い慣れない言葉の羅列に舌を噛みそうになりながら、それでも何とか動揺を面に出さずに告げた言葉を終えると、一刀は地面へと視線を向けた。
だだっ広い荒野を埋め尽くすように陣取った黄巾本隊の数え切れないほどの天幕、その中でも他の天幕とは比べるまでもない豪華な大天幕が視界に映る。
眼下の黄巾党たちはざわめきの声を上げながらも、空を飛ぶ馬に乗った一刀をどう扱うべきかも分からずただただ呆然と立ち尽くすばかりだった。

「どうした、張角!
・・・っ!?」

天幕の外に出ていた顔の中に張角と思われる女性の姿が見られなかったので、一刀が再度声を上げようとしたその時、大天幕の中から遠くからでも良く分かる派手目の格好の衣装を着こんだ少女が姿を現した。
長い髪を黄色のリボンでまとめたおっとりとした雰囲気を持つ美少女。
話に聞いていた特徴と一致することから、恐らくあの少女が張角なのだろう。
続けて2人の少女。
胸元に黄色のリボンをアクセサリーとしてあしらった眼鏡をかけた知的な美少女。
そして・・・。

「あれ?」

腕に黄色のリボンを巻いた、この時代にしてはほとんど見たことがないサイドポニーなんて珍しい髪型をした勝気な瞳をした美少女の姿が見える。
一刀は前述に反して何処かで見たことのある顔だと、そんな印象を抱いた。

「ちーちゃん、れんほーちゃん、どうしようっか?」
「どうもこうも無いわよ。
こちらから空を飛んでいる相手に手を出す手段もないし。
・・・正直に言えば、天の御遣いとやらを信じられるなら私たちには渡りに船な提案だと思うわ」
「こらーっ!
話がしたいのなら、降りてきなさーいっ!!
上から見下ろしながらちぃたちみたいな美少女を脅すなんて最低よーっ!!」

一刀はしばらく喉の奥に引っかかった魚の骨が気になるような違和感の正体を考えていたが、下から響いた甲高くも良く響く叫び声を聞いてようやく思い当たる。
黄巾党討伐前に華佗の診療所で診察したことがあった、女の子の大道芸人!

「ち、地和っ!?
何でオマエがこんなところにいるんだよっ!」

気付くや否や、一刀は思わず叫んでいた。
実は彼も単身で敵陣深くまで乗り込んだせいで、心臓が破裂しそうなくらい緊張していたのだ。
一度だけ見知っただけとは言え名前まで知っている顔に出会えたことで少し、いやかなり、気が緩んでいたのだろう。

「な、何でちぃの真名を知ってるのよぉっ!?
いやぁああっ!
変な奴に真名をいきなり呼ばれたぁっ!!?」
「落ち着いて、ちぃ姉さん。
私たちの公演を見に来ていた人かもしれないでしょ?」
「でも天の御遣いなんでしょ?
公演に行ったりなんてするのかなぁ?」
「て、天和姉さん!?
今はそんなところはつっ込まないで!」

頭を振り乱して騒ぐ地和と、真名については今更じゃないかと突然の姉妹の奇行に唖然としながらも宥めようと試みる2人である。
張角はあまり慰める気はない風にも見えるが、本人的にはいたって真面目である。
ともあれ、三姉妹以外の周囲の黄巾党たちも天の御使いが単身乗り込んできたという予想外の事態に対してようやく思考回路が廻り始めたようだ。
空へと向けて迎撃体制をとるもの。
盾を構えるもの。
この時代の弓の構造上届くはずがない矢を射るもの。
各々、身勝手な判断で動き始める。

「・・・やっぱり統率なんて取れちゃいないな。
張角、聞いてくれ!
俺は天の御使いだ!!
君たちを救っても世間の評価はまた他の人たちとは異なってくるだろうし、そもそも女の子を殺すなんて絶対にしたくなんてないんだ!!
もう黄巾は終わりだ。
各地の諸侯がこの地へと向けて次々に集結していっているのを先ほど空から確認した!
一刻の猶予もない!
ここで俺の手を払っても構わないが、キミたちの滅亡はもう免れようがないんだ!
万が一、ここで生き残れたとしても一生追われる身になるだろう!!
だから頼む!
俺に下って黄巾党を解散させてくれ!!」

事実、南陽から北上していった一刀がこの場所にたどり着くまでに、いくらかの軍隊の姿が見えては通り過ぎてきたのである。
孫の字の旗、劉の字の旗、曹の字の旗と牙門旗が目に付いただけでも3種類。
劉の字はまだ誰の話題にも上ったことのない劉備のことなのだろうかと、少し気にかかったりもしたが、どちらにしろ黄巾たちはいよいよ追い詰められているのは確かである。
これまで無法の限りを尽くしたとは言え、アイドルの追っかけなどというアホな真実が始まりなのであればもう少し救いがあっても良いはずだ。

「姉さん、降りましょう。
・・・辛いけど、私たちの活動をこのままこれ以上続けることは出来ないわ」
「そうだねー。
うーん、だけど信用して大丈夫かなぁ?」
「ねぇ、何でアイツ、ちぃの真名知っているのよっ!?
お姉ちゃんのことは普通に張角って呼んでるのにっ!!」

尚も騒ぐ地和をスルーしながら張梁が冷静に周囲を見渡して、張角にこっそりと囁いた。
辺りにはたくさんの黄巾党がいるものの、皆勝手な行動ばかりで人をまとめて動こうとする連中は目に付く限り見当たらない。
先の呂布との一戦で張三姉妹の命を第一に考えてくれる、その上、人を動かす能力もあった人たちが軒並み殺されてしまったのだ。
この場にいるのはただ彼女たちの歌が好きなだけの追っかけたちと、それから張角の名を利用して色々と企んでいるだけの卑怯者が潜むばかりだろう。

「最初で最後の機会かもしれないし、ココに居たって正直危険なのはもう変わらない気がする。
天の御使いの話は荊州から逃げてきた人たちからも聞いているし、信用してもいいかも」
「・・・うん。
そうだね、そうしようか」

事実、張梁は追い詰められた状況に陥ってから命の危険を度々感じるようになっていた。
黄巾が滅びるのであれば、先に裏切って張角の頸でも官軍に差し出せば殺されるどころか出世の機会が得られるとさえ考える者が出たって不思議ではない。
それどころか、張角を始めとする張三姉妹の性的な魅力で人を集めたのが黄巾党だ。
最悪の場合と言うほど想像の外にある訳でもない未来は、何時だって考えたくない非常な現実が待っているのは疑う余地もない。

「答えて!
私たちの無事を保障してくれるのは分かった!
ただ、ここにいる黄巾党のみんなはどうなるの!?
彼らを打ち捨てておいて、私たちについてこいだなんて聞けないわ!!」
「ここで黄巾党を解散させれば各々の軍はそれでも抵抗しようと考える奴ら以外は一方的に攻めたりはしない!
南陽太守にして漢王朝名門の袁一門が袁術の名と、天の御使い北郷一刀の名で悔悟の意を以って下った人々を傷つけることを禁止する要請はさせてもらった!!
黄色の頭巾を自ら外し、武器を捨てたものを傷つけることを許しはしない!
故郷に帰るも良し、どこかの軍に編入されるのを希望するも良し、ただまた良民たちを苦しめるつもりならばたちまち我が天の裁きを与えよう!!」

張梁の投げかけた疑問に対して空から響く声に彼女はそっと安堵の息をこぼしてから、隣にいる張角にこくり、と一つ頷いた。
そしてここに大陸全土を揺るがした黄巾の乱は終結を向かえたのであった。

「・・・だからどうしてアイツがちぃの真名を知ってるのよぉ!?」

約一名の疑問の声は放置したままではあったが。


(続く)