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真・恋姫†無双 SS 『真・恋姫†無双〜仲天演義〜』 第7話


大陸中で猛威を振るう黄巾の乱は、既にこの国のいたるところに波及していた。
それはこの、都から遠く離れた荊州の南の州境に程近い長沙の街でも同様である。
もちろん黄巾の本隊と比べればごくごく少数の規模ではあったが、それでも整った正規軍が駐屯しているわけでもない。
散発的に訪れる賊たちに対して街中への侵入は許してはいないとはいえ、人々を震撼させる大きな脅威には違いなかった。

「ふん、ふん、ふ〜ん♪」

本日も物見から黄巾の偵察部隊が報告されたとあって、街の外には領主のわずかな私兵と義勇兵の混成部隊が黄巾本隊の姿が確認出来るよりも早くから待ち構えていた。
その数は計、一千。
お世辞にも大軍とは言えないが、指揮系統の伝達も悪くなく、戦の法に従ったよくまとまった軍勢のようだった。
三角陣の指示が出されるや、直ちに陣形を構築しながら未だ見ぬ敵を待つ。

「こちらの配置は終了しました!」
「2番隊、問題ありません!!」
「3番隊、何時でも行けます!!
「4番隊、予備勢力として投入可能です!」

立派な顎鬚を生やした男性である小隊長から報告を受けるのは、彼らよりも体格的には一回りは小さい女の子である。
少女はこの街の正規軍の一員でなければ、太守の関係者ですらない。
それでも世話になったこの街と、そして街に住む人々を放っておくことなど出来ずに、こうして軍の先頭に立ち迫り来る黄巾を待ち構えていた。

「はいはーい、ご苦労さま〜。
うーん、3番隊はもう少し右かなぁ。
4番隊は気負いすぎないように部隊の人たちに伝えておいて?」

部隊の配置を見て指示を下す少女の顔には一点の焦りも見当たらない。
それは数度に渡り、自分たちと数がさほど変わらない規模の黄巾を退けてきたという実績もあるが、それ以上に軍の長が動揺を見せてはいけないと良く知っていたからだ。
あまりにも小さかったから直接戦場に出ていたわけではないが、勇猛な武将であったという彼女の母の話は聞いている。
そんな彼女の年不相応とも見える態度と振る舞いに、それでも周囲の大人たちはじっと真剣な眼差しを向けて命令を復唱する。
彼女のことを、お飾りではなく大将として良く認めている様子だった。

「みんな、いい?
敵はたかだか匪賊の集まり、烏合の衆の蛮族たちよ。
剣も槍もまともに振るったことのない連中ばかり。
それに対して皆はこの数ヶ月、いっぱい訓練を積んできたよね?
だから、大丈夫大丈夫。
敵の動きをよく見て、一人の敵に対して必ず複数の味方で戦えるように考えながら動けば、絶対に勝てるわ!!」

少女が先頭で声を張り上げると、呼応するかのように大きな気合の掛け声が響く。
軍の気合を鼓舞した彼女はにこりと笑顔を浮かべた後、専用の頼もしい愛獣にひらりと飛び乗った。
敵は、もう、すぐそこまで迫っていた。
後は時間差で放った数人の伝令が敵本隊の情報を持ってくるのを待つだけである。

「伝令!
黄巾の姿が確認出来ました!
数は不明、ですがこれまでの中で最大です!!」
「・・・っ!?
正確な報告を急がせてっ!」

少女の額に、じわり、と汗が滲む。
戦は数。
それは何者にも覆しようがない現実だ。
如何に訓練を積もうと、如何に策を練ろうと、如何に個の武が優れようと。
変わることはない。

「敵の本隊、3000です!」
「・・・だ、大丈夫!!
数は多くてもこれまでと同じ!
4番隊は遊撃に廻って敵をかく乱!!」

のどがカラカラに渇く。
これまでの敵の最大規模が1000。
いきなり3倍となると、街側の被害も大きくなってしまう。
・・・それは嫌だった。
それでも背後に街を背負う以上、正面からぶつかる以外の策などとれるわけがない。
ぐっ、と唇を噛んで覚悟を決める。

「て、敵に別働隊と見られる増援がっ!!
数は・・・2000っ!!」
「・・・っ!?」

目を見張る。
合計で5000、5倍の戦力差を覆すことができるか。
・・・全滅覚悟なら、あるいは。
がくがくと笑いそうになる膝の弱気を何とか堪えると、彼女は未だ届かぬ黄巾へと視線を向ける。

「こ、黄巾たちが次々に合流していってます!!
い、いいい、10000を超えていますっ!!」

最後の伝令の言葉は、さすがに少女の心を砕く。
さぁあああ、と目で見えるほど青くなった顔で、ぱくぱく、と言葉も出来ずに口を開閉させる。
それから、すぅ、と息を吸い込むと大きく口を開く。

「う、うそおおおおおおおっ!!?
何で!?
どうして!?
ありえないでしょっ!」

軍の規律や大将の風格などすっかりと抜け落ちて叫んでいた。
あたふたと慌てる少女の様子と、敵の数を聞いた周囲の兵たちもざわざわと騒ぎ出す。
だがパニック状態の彼女にはそんなことすら視界に入らなかった。

「た、助けて、姉様!!」

遠く別の地にいる姉に助けを求めてみるが、もちろん誰が来るわけもない。
少女の頭の中では、既に負けた後の光景が浮かんでいた。
若くてピチピチとした美少女な自分だ、野蛮で下品で下種な黄巾に捕まったらどうなるかなんて・・・。

「い、いやぁああああ!?
BaseSonじゃなくてLiquidになっちゃうううううっ!?」

誰にも分からない電波を受信しながら騒ぐ少女の動揺は全軍に広がる。
それでも彼女を嗜める人さえいないのは、周囲の人たちも皆、10倍の戦力差が絶望的であることを理解しているからだ。
無論、そんな状況だから地面を向いて俯くものばかりで、空を見上げるものなど居るわけもない。

「だ、誰でもいいからたすけ・・・ええええええっ何アレえええええ!!?」

声を張り上げながら思わず天を仰ぎ見た少女の声質が一変する。
そこにはまるで夢か幻かのごとく、空を飛ぶ馬に跨る人の姿があった。
陽に光を受けて輝く白銀の衣を纏った、何処か大陸の人間とは異なる雰囲気を持った青年の姿が視界いっぱいに飛び込んできたのである。





「この街の人たちか?
俺は南陽太守袁術の下にこの地を平穏に導くために降り立った天の御使い、北郷一刀だ。
この大陸に蔓延る黄巾が無辜の民を苦しめんと今はこの街へと迫っている。
助力を願いたい!」

荊州南部に散らばる黄巾たちを各個撃破してきた一刀たちだったが、それは逆に追い詰められていく黄巾たちが集まっていく結果となった。
南へ南へと戦線を進めていく度に段々その数を増やしていった黄巾たちは、遂に長沙で一つにまとまることになる。
これを機に一気に黄巾を殲滅してしまうべく、一刀は軍の指揮を風と趙雲に任せて単身長沙の街に危険に備えて欲しいと連絡役に走ったのであった。

「・・・え、えええ、えあ?
ぽーっ」
「・・・あの?」

風が寝ながらやる気のなさそうに考えてくれた前口上を噛むこともなく述べた一刀だったが、下にいる長沙の街の人たちと思われる軍勢は、ぽかん、とした表情で彼を仰ぎ見るばかりである。
その中でも一風目立つ、上背で言えば人の二倍、体重で言えば五倍はあるのではなかろうかというほどの巨大な白虎に跨った少女が、目元に何故か涙を浮かべながら言葉にならない呟きを先ほどから洩らしていた。
どうやら混乱の極みにあるようである。

「ええと、貴女がこの軍の代表なのかな?
俺は北郷一刀、馬上で失礼だけど許して欲しい。
名前を教えてもらってもいいかい?」
「は、はいっ!?
し、失礼なんて、と、とんでもないですっ!?
わ、わたしはしゃ・・・孫、孫尚香ですっ!」

幾人かの冷静な人たちは馬上って言うより空の上じゃん、とつっ込みを入れたくなったかもしれないが、少女、孫尚香は冷静ではなかったので軽く聞き流す。
それどころか。

「あ、あの、運命って信じますか?」
「へ?
あー、うん、どうかなぁ・・・。
でも、信じる・・・かも」
「本当ですかっ!!」

一刀は今の自分の状況が正に『運命』と断言しても良いような珍道中に巻き込まれている真っ只中なのである。
孫尚香の言葉をそのままの意味で捉えて突然の質問に面を喰らいながらも、軽い気持ちで答えていた。
だが、もう少し一刀がその言葉の裏側を考えていたら・・・やはり結論は変わらなかったのだろうが。

「一目見たときから決めてました!
結婚してくださいっ!!!」
「うん?
・・・・えええええええええっ!!?」

今度は一刀が思わず叫ぶ。
そんな慌てふためく彼を見上げる少女の瞳には、『物語に出てくるような王子様』へと向けるようなキラキラとしたハートマークが飛び散っていたのだった。



「えぇーーと。
さてどうしよう」

地上に降りた一刀は、取りあえず地平線の彼方に巻き上がる土煙を見つめることにした。
あの辺りでは今頃北郷軍と黄巾がぶつかっているはずである。
遊撃陣を組んで左翼からぶつかる貂蝉と風、右翼から騎兵でかき回す趙雲、そして中軍で何度戦を繰り返しても慣れない指揮に苦しんでいるだろう華佗。
打ち合わせ通りの展開だとするとそんな所だろう。
皆無事かなぁ、そんなことを暢気に考える。
今回の作戦、と言うよりも実は対黄巾の際のいつもの作戦なのだが、一刀は先行して長沙の街に赴き逃した敵が街に入らないように街から軍を出してもらうということが主目的なのだ。
既に軍が展開していたこの状況では、何もすることはない。

「えへへー、ごろごろー。
一刀ぉ、シャオの真名は小蓮って言うの。
シャオって呼んでね?」
「あ、ああ・・・ありがとう」

だから、腕にべったりと張り付いた孫尚香、もとい、シャオが甘えてきても気にしない。
先ほどまで慣れない様子で使っていた敬語もどこかに置き忘れてきたらしい、屈託のない笑顔を浮かべる少女を見ているともう何もかもどうでも良くなってくる気さえする。
・・・いや、良くないだろ。
心なしか周囲の軍人さんたちの視線がぐさぐさと突き刺さるものがあることに心を痛めながら、一刀は心の中で呟いていた。

「小蓮・・・シャオ?
シャオはこの街の太守なのか?」
「ちがうよー。
シャオはこの街で半軟禁状態の孫呉のお姫様よ。
それでもたくさんお世話になったし、町の人たちは優しい人ばっかりだし黄巾に蹂躙されるのなんて許せないからシャオも何か出来ないかな、って戦うことにしたの」
「・・・えらいんだな」
「普通だよー。
シャオは孫呉の人間だもん、恩には恩を。
一緒に暮らす民は家族。
家族の敵はわたしの敵。
助けられる力があるのなら、先頭に立って兵たちの前を走るのは当然だよ」
「そっか、シャオは優しいな」

現代日本に暮らす一刀には少し過度な帰属意識と思えなくもなかったが、それでも彼なりに黄巾と戦う内に訪れた各地の街で状況を見聞きし、この大陸の内情は見てきたつもりだ。
彼女のような考え方でなければとても街をまとめることなど出来ないのかもしれないし、そうでなくても真摯な瞳で同胞の幸せを願う少女の姿は好ましいと自然に思う。

「・・・って!
一刀、黄巾だよ、黄巾っ!
黄巾一万がすぐそこまで迫ってるんだよ!?」
「あー、今さらそれを聞くのか。
大丈夫だよ、俺の軍・・・っていうか趙雲と風の2人が何とかしてくれているはずだよ。
不測の事態があったら狼煙を上げる手はずだけど・・・、うん、合図はないね」
「そうなんだー。
皆っ!
天の御使い様が応援に来てくれたからもう大丈夫だよ!
シャオたちはこの場で逃げてきた賊が街に入り込まないように陣をひき直すよ!!」
「応っ!」

先ほどのほにゃら、としたゆるんだ表情を一変させたシャオが後方へと向けて叫ぶと、街の兵たちだろう面々が一度一刀に視線を向けた後にきびきびとした行動を見せる。
彼らの視線は悠々と『このロリコンの遣いめ』と語っていた気がしたが、一刀は鋼の心でそれをスルーして知らないフリをしてやり過ごす。

「あ、あの、シャオ?
・・・手を離してくれないかな?
ほら、周りの人たちもやりにくいだろうし」

と思ったが、あっさりと日和る。
戦争にも慣れていないが、女の子とイチャイチャするのも慣れていない一刀である。
先ほどからぴったりと腕を絡め続けていた少女の体温に高鳴る心臓も、ここらが我慢の限界だった。

「ええぇーっ!
ヤダもーん」
「ほ、ほら、我が侭言わないでさ、頼むよ?」
「あら、一刀?
イイ女の我が侭を聞くのはイイ男の甲斐性なのよ♪」
「・・・イイ男にはなれそうもないなぁ」

ため息をつく。
かと言ってシャオの小さな腕を振り払うことなど出来るはずもなく、彼に残されたのは『彼女に言われて仕方なく』を必死にアピールすることぐらいである。
具体的にはぴと、と可愛らしい擬音がピッタリ来るぐらいしかない些細なおっぱいが身体に密着するのを防ぐとか、それぐらい。
この抵抗は小さなものに過ぎないが、見る人が見れば血を流す勢いで我慢の子になっている一刀の胸の内に、そっともらい泣きの涙をこぼすことだろう。

「それにしても一刀の軍って強いんだねー。
全然、こっちに敵兵が流れてこないもん」
「ああ、手を貸してくれている趙雲は俺にはもったいないくらいにすごい強い武将だし、風・・・程cの立ててくれた作戦には間違いがないしな。
それに他にも心強い仲間がいるから」
「ふぅーん、なるほど。
じゃあここに一刀がいるのもその軍師の計略ってわけなんだ」
「・・・?
ああ、そうだけど」

一刀が何気なく答えた質問に何故か色々と納得の言った様子を見せたシャオが1人、こくこくと頷いてみせる。
彼女の行動の意図が掴めない一刀だったが、シャオは気にした様子も見せずに続けた。

「きっと一刀には言っていない二つの理由があったんだね。
一つは一刀が戦闘に巻き込まれないように街に避難させるための言い訳。
もう一つは一刀のお披露目じゃないかしら。
黄巾に襲われて困った街に天から助けにやってくる人物とその軍勢。
庶人ももちろん、太守や名士だって気にならないわけがないからねー。
「・・・ああ、なるほど。
それは風が考えそうなやり方だ。
でも俺も戦っている皆の役に立ちたいって気持ちもあるんだけどなぁ・・・」
「それは大丈夫じゃない?
天の御使いが自ら街の防衛のために尽くしてくれる。
そんな光景を見て街のために軍を動かさない太守はいないもの。
一刀の軍はそれを分かっているから黄巾の逃げる方向を気にせずに戦えるんじゃないかな?」
「そっか。
ありがとう、シャオ。
そう言ってもらえると嬉しいよ」

2人が戦場の中だというのに暢気なことを喋っている内に、ようやく数十人程度の、軍勢と呼ぶのもおこがましい集団の姿が見えてくる。
トレードマークとして頭に巻いた黄色の巾が、こうなると最早良い目印にしかならないのは皮肉な話なのだろうか。

「じゃあ皆!
何時もの通り、怪我には気をつけて!
無事に街に戻れるように頑張ろう!!」

一刀が声を上げるよりも先にひらり、と一刀から身を離し、そばに待機していた白虎に跨ったシャオを先頭に長沙の街の民兵たちが駆け抜けていったのだった。





「それでお兄さんは風たちが命を賭けて戦っている間に、女の子とイチャイチャしていたわけですね〜」
「ほほう、それは北郷殿にここの支払いは任せてかまわないということですな?」
「・・・いつでもタカってるじゃないか、キミたちは」

戦の後。
戦勝に湧く長沙の街に入城が許された一刀たちは、酒家で今日の報告と些細な打ち上げを楽しんでいた。
この場にいるのは一刀の他には趙雲と風。
華佗は戦の後は意気揚々と負傷者の治療に当たっているため姿がなく、貂蝉はこの店にある量では酒が足りないなどとふざけたことを言う趙雲のために追加を調達に行ってしまったところである。

「風たちは安月給の身の上ですからね〜。
お兄さんに養っていただかないとお腹一杯食べることすら難しく・・・よよよ」
「そもそも食事と酒で我らを雇えると思ったらとんでもなく安い買い物ではないか?
自画自賛と謗りを受けるやもしれんが、これでもそのぐらいは価値があるとは思っているぞ。
よし、親父、メンマ山盛りお代わり」
「いやまぁ、そう言われたらご飯の代金を払うぐらい、趙雲と風に手を貸してもらう対価として考えたら安すぎるんだけどね。
それにお給金は俺の財布から出しているから安いんであって、後で美羽に請求するから・・・」

甲斐性のない亭主が妻にするように、一刀が机に頭をぶつける勢いでペコリと頭を下げる。
軍隊の遠征を命じられたこともありかなり大目の給金を貰っている一刀ではある。
とは言え、各地の黄巾を倒すたびに膨れ上がっていった北郷軍を維持するために身銭を崩す日々が続いており、そのせいでお金のことには何時も頭を悩ましていたのである。
つっ込まれると情けない気持ちにもなろうと言うものだった。

「あーすいません。
言い過ぎましたね。
風たちはお金のために戦っているわけではありませんから。
その辺は気分ですよ、気分。
奢ってもらうにしろ自分たちのお金を使うにしろ、どちらにしろお兄さんの財布から出ていることに違いはありませんが、奢ってもらっているということがまた格別な隠し味となるわけです」
「その通り。
北郷殿もこちらのメンマを食べても構わない故、楽しもうではないか」

店主が怪訝な顔をして持ってきた山盛りのメンマ皿を笑いながら差し出す趙雲から、メンマを数本貰って口に入れる。
確かに美味しいのだが、皿には100本近いメンマの群れ。
それを平気な顔して平らげる趙雲の姿を思い浮かべてげんなりとした表情を浮かべてしまうのも、さすがに仕方がないだろう。

「まぁ、お兄さんをいぢめるのは楽しいですが、冗談はこのぐらいにしておきまして。
本題に入りましょうかー?
さてはて、お兄さん、件の少女の名は孫尚香で良かったですか?」
「ああ、そうだよ。
風は彼女が誰なのか知っているのか?」
「ふむ、私は知らんな。
武芸者なのか?」
「いえいえ、風も名前とごく簡単な逸話を聞いたことがある程度ですが、・・・むしろお兄さんは袁術さんのところの人なんですから、彼女のことを知っていてもおかしくないんですけどね」
「美羽のところの人だから・・・?」

一刀がさっぱり思い当たる記憶もなく首を傾げて不思議がっていると、メンマを口にしながら相槌を打っていた趙雲がピンと来たとばかりに箸を掲げる。

「孫家か。
袁術麾下の武将としては一段格が上の連中だそうだな」
「・・・孫策さんかっ!
そうだ、そうだよ!
孫尚香って言えば孫策さんの妹だ!」
「あーたりっ♪」

後ろから聞こえた声に一刀が振り向くよりも早く、彼の背中にどさりという音とともに重みが結構容赦もなくのしかかった。
圧し掛かる人の重みを感じて思わず、ぐえぇ、と悲鳴を上げた一刀だったが、犯人は彼の様子を気にすることもなく一刀の首を支点にくるりと回転して前方へと回りこむ。
そのままぽすん、と一刀の膝と膝の間に座り込んだ少女は、にこり、と笑顔を見せてから口を開いた。

「そちらの2人は初めましてよね?
この度はわたしたちの街が危機の折、救援に来てくださいましてありがとうございました。
わたしは孫尚香。
孫家の末娘、と言えば分かってもらえるのかしら」
「弓腰姫さん、ですねー。
お噂はかねがね。
私はお兄さんのところで軍師をさせてもらっています、程cと申します」
「ほほう、孫呉の姫君が自ら先頭に立って軍勢を率いていたというわけですか。
いやはや驚きですな。
ふむ、私は趙雲という。
故あって北郷殿のところでしばらくお世話になっている」
「・・・誰もこの状況にはつっ込んでくれないのな」

さすがに頬を引き攣らせて言葉を洩らす一刀だったが、唯一風がやれやれと肩を竦めたのみで、誰も話題に出すこともない。
一通りの挨拶を済ましたシャオが一刀へと向き直ると、改めて彼女は話を続けた。

「それで一刀はお姉様と会ったことがあるの?」
「ああ、と言っても美羽の城で一言喋ったぐらいだけど。
確か孫策さんは今は荊州北部の黄巾とやりあっているハズだ」
「そっかー。
お姉様、戦好きだし暴れられるのなんて久しぶりだろうから、冥琳苦労しているかもしれないなー」
「孫策さんはどうして袁術の武将なんだっけ。
聞いちゃいけない事情なら謝るけど・・・」
「んー、別にいいよ。
お母様が戦で死んじゃって、孫家が持っていた基盤を袁術が乗っ取ったの。
その上わたしたち姉妹や旧臣たちをバラバラにして自分たちの都合の良いようにこき使っているわけ」

シャオの口から聞いた話は、一刀が小説や漫画で馴染みの深い設定に近かった。
もちろん孫尚香については、一刀は劉備と結婚するエピソードくらいしか知らないが、孫策については割と想定していた通りである。
一刀は微妙にやりきれない思いを胸に抱きながらも、彼女の気持ちを確かめておきたいと思っていた。

「・・・美羽を恨んでいたりするのか?
俺は美羽のところの人間だし、もしもそんな気持ちがあるなら・・・」
「どうだろ?
お母様を殺したのは袁術ってわけじゃないし、シャオは特に何かされたわけでもなし。
孫呉の土地を取り戻したいって気持ちは当然あるけど、袁術個人は良く分からないかな。
あ、お姉様はきっと内心腸煮えくりかえっていると思うわ」

ほっと胸をなで下ろす。
一刀のそんな様子を見ていたシャオは、べたり、と一刀の胸元にくっ付きながら続ける。

「だって、シャオが一刀のお嫁さんになるんだったら袁家とも縁が出来ちゃうわけだし。
水に流せるほど軽い過去でもないけど、折り合いを付けられないほどひどい過去でもないんじゃないかな?」
「あ、あはは・・・お嫁さん、ね」
「おお、星さんや。
お兄さんは我々が死地へと赴いていた間に自分はお嫁さんを探していたようです。
何とヒドイ大将でしょう・・・ヨヨヨ」
「うむ、同意せざるをえないな。
北郷殿、それはあんまりというものではないか?
これはメンマをもう一壷追加させて頂こう」
「・・・遂に壷単位か」

真面目な話はひと段落したと理解した風と趙雲がこれ見よがしに一刀へと非難の声を上げる。
突然の言いがかりにつっ込みを入れながらも慌てて2人の方へと一刀が目を向けると、テーブルの上には何本もの酒瓶が彼の気付かぬうちに転がっていた。

「って!
お前たち、飲みすぎじゃないかっ!?」
「いえいえ、まだまだ嗜み程度ですよ〜。
このくらいでは星ちゃんには酒とも言えない量ですから」
「こらこら、私に全て責任を押し付けるな。
それに、始めからこの店の酒ぐらいは飲み干すつもりだっただろう?
だから貂蝉にお使いをさせているのではないか」
「・・・それにしてもペース速すぎるんじゃないか?」

呆れたような口調で転がる空き瓶を見つめながら呟く一刀だが、酒盛り自体に文句をつけるつもりはない。
再び酒を呑みメンマを喰らう趙雲とヤンヤヤンヤと合いの手を入れる風の2人に絡まれないように目を逸らしてやり過ごすことに注力する。
そんな日和った行動を取る一刀を尻目に、むしろお尻を彼の下腹部へと押し当てたままのシャオはニヤリとした笑みを浮かべて上半身を器用に反転させて一刀と向き直った。
腕をしっかりと彼の背中に廻して抱きつきながら、上目遣いと甘えた声色で対男性用の少女装備で身を固めつつ呟く。

「ね、一刀。
シャオも一刀に付いていっていい?
袁術との関わりの深い天の御使いの一刀が口を利いてくれればこの街から出られるはずだし、シャオはこれでも弓腰姫って言われるぐらいには武勇にも自信があるよ?」
「え、ええ?
そんなこと言われても!?
外交の絡みもありそうだし、俺の一存でそんな無理をしたら後で困りそう気が・・・」
「ぐすん、一刀は女の子が囚われの身となって困っているのに、助けてくれないんだ・・・」
「うっ!?
そ、そんな風に言われても。
しかし・・・いや、だけど・・・」

ツリ目がちなぱっちりとした瞳にウルウルとした輝きを満たした少女のオネダリ光線を前に一刀が何時までも耐えられるはずもない。
5分も持たずに彼はバンザイのポーズをとってから、諦めの極致のような声色で続けた。

「・・・はぁ、分かったよ、美羽の許可は何とか取れるだろうし、乗りかかった船だ。
シャオが可哀想ってのもあるし、人手が足りないのは事実だしな。
こちらからもお願いするよ、この大陸に一日でも早い平穏が訪れるように協力して欲しい。
「えへへっ♪
よろしくねっ、一刀っ!」

抱きついてくる少女と今後の騒がしさと今回作ってしまった美羽への借りを天秤にかけながら、一刀は退屈だけはしなさそうだと苦笑いを浮かべるしかなかったのである。

(続く)