本文へジャンプ
main Log information Side Story Gift link

真・恋姫†無双 SS 『真・恋姫†無双〜仲天演義〜』 第6話


「・・・平和じゃのぉ」

暖かい昼下がりのひと時である。
南陽の中心にある太守の城の一室で美羽がポツリとそんな言葉を洩らしながら、くあああ、と可愛らしい欠伸をこぼす。
後ろで彼女の髪を鼻歌を口ずさみながら梳いている七乃へ向けて世間話を振るかのように続ける。

「何か面白いことでも起こらんかの?
例えば戦とか」
「あららー、この街の外では黄巾が暴れまわって一刀さんも孫策さんも今この時も戦ってらっしゃるかもしれないと言うのに、さすがはお嬢様。
大胆無敵、大物な発言ですねー」
「うむ、わらわは大物じゃからな。
こうも毎日が代わり映えしないと、何か血沸き肉踊る驚愕の展開というものが起こらないものかと期待してしまうのじゃ」
「あははー。
黄巾が好き勝手暴れて戦々恐々、顔面蒼白な日々を過ごしている庶人にその言葉を聞かせてあげたら劇的な展開が待っていそうですねー。
私にはそんな大それた発言はとても出来ませんよぉ。
よっ、さすがお嬢様、世界は美羽様を中心に廻ってるぅ!」
「うはは、当然じゃ、当然じゃ。
褒めてたも、もっと褒めてたも!」

したり顔でえへん、と胸を張る美羽へさすがに苦笑を浮かべながら七乃は何気なく毒をこぼす。
とは言え美羽の耳には都合の良い台詞以外は届かないわけで、そんな事はあり触れた日常のひとコマでしかない。
さりとて、気にするまでもなかった。

「ご報告したいことがございます!」

そんな2人に対して願いを叶えようかとでも言うのか、中々に緊迫な表情を浮かべた親衛隊の連絡係が舞い込んできた。
慌しい様子の兵士に怠惰な一時を阻害された美羽の眉が、目に見えて釣りあがる。

「何じゃ、騒がしいの。
わらわの安らいだ一時を邪魔するなど罰を与えてやろうか?」
「ええー、お嬢様、さっきと言っていることが180度違いますよぅ!」
「袁術様、張勲様、一大事でございます!
さきほど北郷様に預けた副官が重傷を負って城へと帰還いたしました!」
「何じゃと!?」
「・・・あららー」

とは言え、美羽の親衛隊にとってはそんな2人のすっ呆けた対応など、こちらも何時ものことである。
軽くスルーして、連絡すべきことを簡潔に告げる。
そして、報告された内容はそれなりに急を要する、驚くべき事柄であった。

「ええと、細かい報告を聞きたいのだけど。
怪我の経緯と、それから北郷隊の現状は?」
「はっ、怪我は全治3ヶ月、北郷様との合流の際に理由はまだ聴取しておりませんが怪我を負ったらしく、北郷隊は予定通り出立した様子です」
「情けないのぅ。
わらわの軍団に連なる者がそんな体たらくではいかんのじゃ」
「お仕置きだべー♪」

唇を尖らせて不満を告げる美羽の言葉に続けるように、ニコニコと笑顔を浮かべた七乃がさらりとどこぞのお約束アニメのような口調で告げる。
連絡係はお仕置きの内容に心当たりがあるのか、ぶるり、と一度背筋を震わせてから、報告を終えたことを告げて逃げ出すように去っていった。

「彼は結構優秀だと思っていたんですけどねー。
一刀さん、副官無しで黄巾と戦うなんてことになって大丈夫かなぁ?」
「何じゃ七乃。
アヤツは天の御遣いじゃぞ。
そしてわらわの軍団がついておるとなれば、心配など全くいらんであろ?」
「あははー。
その軍がきちんと動いてくれるかどうかが心配なんですけどねー」
「んぅ?」

こくん、と可愛らしく首をかしげる美羽。
七乃はそんな主の様子を見て、『あ、コイツ何も分かってねーな』と思いながらも全く表には出さずに続ける。

「・・・とは言え。
天の御使いなんですから、それこそ天の導きがあるような気もしますねぇ」
「導きじゃと?」
「ええ、何となーくですけど、面白いことが起こっている予感がヒシヒシとしますし。
どちらにしろ、この遠征が終わる頃には楽しいことになりそうですよ、お嬢様っ!」
「う、うむ・・・?
よく分からないけど、分かったのじゃ」

再び、こくん、と可愛らしく首をかしげる美羽を前に、七乃は何も心配はいりませんとばかりにニコリと笑顔を浮かべるのだった。





襄陽の街は戦勝の宴、真っ盛りである。
老若男女問わず誰もが自分たちの勝利を喜びあい、歌い、飲み、笑い、町中が一つになったのかのような盛り上がりを見せていた。
何しろ北郷隊が街中に招待され、町人と一緒になって宴に参加することが許されたほどである。
街の人たちの喜びようといったら並大抵のものではなかった。

「・・・ふぅ」

そんな街の大通りを北郷一刀が、少し赤に染まった顔をフラフラと左右に揺らしながら歩いていた。
今、この場にいるのは彼1人である。
先ほどまで街の長老たちに貂蝉とともに招待されて歓待を受けていたが、貂蝉を生贄にしてまだまだ飲み慣れないお酒の「飲みねぇ飲みねぇ』攻勢から逃げ出してきたのだ。

「の、飲みすぎたかな。
日本では飲む機会なんてほとんど無かったしなぁ」

ちなみに、華佗は当然のような顔をして多くもない怪我人の治療をしている。
驚くべきことに味方の死者はゼロだった上、重傷者も数えるほどしかいなかった。
それほど忙しくはないから一人で大丈夫だと言ってくれた華佗だが、一刀は後で差し入れを持っていってやろうと心に決めていた。

「・・・でも、良かった。
貂蝉や華佗、それに趙雲さんに程立さん。
すごい人たちが味方だったから、本当に助かった」

知らず知らずのうちに、ほっ、と安堵の息が漏れる。
現代日本で、人を殺したり殺されたり、といった環境とは無縁の生活を一刀は送ってきた。
空を飛ぶ馬に乗って最初に黄巾へと向けて降伏勧告をした程度の一刀はただ安全圏に居ただけに見えるだろうが、それでも戦の雰囲気は慣れることなど出来そうもないぐらい恐ろしいものだった。

「貂蝉はほとんど単独で初戦を征してくれた。
華佗は慣れない軍隊の指揮をそれでも、一生懸命にそつ無くこなしてくれた。
趙雲さんは槍の実力も凄かったけど、それ以上に用兵が見事だった。
それから町の人たちと俺たちの軍、統率のとれていない2つの軍をあっさりと掌握してみせた2人の軍師・・・」

一刀は歩きながら、彼にとっての初めての戦を振り返る。
何しろ彼は空から戦の状況を確認するだけが主な役割に過ぎなかった。
戦のキーマンとなった人たちの行動は彼なりに良く把握していた。

「本当にすごいよな。
・・・俺とはえらい違いだよ」

はぁ、と一刀はため息を吐いて肩を落とす。
上空から安全な場所で戦場を眺め、戦いが終わってみればそこら中から漂う血臭で思わず胃の中身を逆流させていた自分とはえらい差だと思った。
だが生き残ったのだ。
勝利したのだ。
であれば今後も続く黄巾との戦いのために、自分が出来ることを考えなければいけないだろう。

「俺がいきなり趙雲さんや程立さんのようになるなんて不可能だし。
・・・やっぱり、どうにか彼女たちに仲間になってもらいたいなぁ」
「おやおや、いきなり求婚とは些か大胆な御仁ですねー」
「うわああああっ!!」

酔いの勢いもあってブツブツと独り言を呟いていた一刀の真横からひどく冷静な台詞が聞こえた。
驚いて上半身がひっくり返る勢いで仰け反った彼のそばにはいつの間にか、大きな瞳を半眼気味にした少女が当たり前のように立っていた。
少女の後ろには趙雲と、それからもう1人、眼鏡をかけた女性の姿も見える。
その女性が先の黄巾との戦で程立に負けず劣らずの采配を振るっていた人物だと一刀は気付いていたが、それよりも突如湧いて出た3人の少女に目を白黒とさせるばかりで頭の中がまとまっていない。
パクパクと口を開閉するばかりで、まともな挨拶すら出来なかった。

「ささ、お兄さん。
あちらの酒家にささやかですがもてなしの準備が出来ておりますので、どうぞどうぞ」
「御遣い殿、喜ぶがいい。
このような美人に囲まれて一杯頂けるなど、天上の贅沢にも勝るというものだろう」
「初めまして、御遣い殿。
私は戯志才と今は名乗っています」
「あ、ああ、今は・・・?
まぁ、いいや。
ええと、先ほどの戦ではありがとうございました。
あなた達のお陰で被害は最小限に抑えられました」
「いえいえー、私たちは私たちに出来ることをやったまでですし。
お仕事をこなしただけですからー。
とにかくまずは一献どうぞです」

思っていたよりも強引な3人に連れられながら何とか御礼の言葉を告げた一刀だったが、席に座るやいなや彼の杯にはなみなみと酒を満たされる。
一刀が改めてテーブルに目を向けると、炒め物から煮込み物、揚げ物といったご馳走が並んでいた。
先ほど長老の家で少しは食事にありつけたとは言え、次から次へと街の人たちが挨拶に来るせいでお酒ばかり飲まされていたのだ。
中途半端にスキマのあいた一刀の胃袋がきゅうう、と収縮して嫌が応にも食欲を刺激する。

「あ、ありがとう。
ええと、程立さんに趙雲さんに、・・・ぎ、戯志才さん?
3人はこの街に雇われている・・・ええと、傭兵、みたいな感じでいいんですか?」
「・・・ふむ、まぁ端的に言ってしまえばそうなるかな。
それから御遣い殿、我々に敬語は必要ないですよ。
とにかく冷めないうちに召し上がって下さい。
こちらのメンマなぞ絶品ですからな」
「・・・メンマは元々熱くないわよ、星」

聞きたいことは色々あるし、それ以上に頼みたいことがあった一刀だが、急いてはことを仕損じる、という言葉もある。
とりあえずお言葉に甘えて食事をご馳走になろうと箸を手にした一刀は、美羽の城の料理とは違う、素朴な家庭料理のような飽きの来ない味付けに舌鼓を打つのであった。



「それにしても、噂は眉唾かと思っていましたが、いやはや世界は不思議に満ち満ちてますねぇ。
軍師としては理の外にあるような話はあまり多くては困ってしまうのですけど〜」
「くっくっく、正にその通りだな。
天の御使い、そして天馬。
いや、今思い出しても、この趙子龍をして度肝を抜かれたものだ」
「改めて見ると、この光る着物も不思議ですね。
戦の最中、陽にキラキラと反射してとても目立っていましたし。
敵に恐怖を、味方に鼓舞を与える良い意匠です」

食事を始めてからしばらくすると、一刀が趙雲たちを気にする以上に彼女たちは天の御使いという人物が気にかかっていたようである。
機を狙ったかのように、一斉に一刀の素性へと話題が及んだ。

「いや、本当に俺は何も出来ないよ。
確かに天の御遣いだなんて囃し立てられているし、どうやらこの大陸ではない別の世界からやってきたのは確からしいんだけどそれ以外はただの人間だ。
この服もアッチの国ではごく当たり前に皆着ているものだしね。
それから、当然だけど武術では趙雲さんの足元にも及ばないし、軍略も程立さんや戯志才さんのように研鑽したことなんてないし。
天馬は・・・うん、ソレっぽいかもしれないけど」
「いえいえ、ご謙遜をー。
実際のところ、お兄さんが空から黄巾に向けて声をあげてくれたお陰で、黄巾は始めから逃げ腰になっていましたし」
「それからあの貂蝉とか言う大男も黄巾の戦意を大きく削いだな。
私も腕に自信はあるつもりだったが、アレはもう一段上をいかれていると見た。
まだまだ世は広いな、見たこともない豪傑がわんさかといる」
「ただ、北郷殿の軍はいささか統率と運用に難があるようです。
軍は本来一つの生物のように動かなければいけませんが、貴方達は小隊長レベルの集まりが何十とある、と言った印象でした。
あの程度の黄巾であれば些か問題はありませんが、さて・・・」
「・・・驚いた。
戦いながらそこまでお見通しなんて」

一刀がさすがに驚いた様子で目をパチクリと瞬かせる。
だが、逆にそこまで見抜かれているならば、話は早いとばかりに本題を切り出すことにした。
先ほどはもう少し時間をおいてと思ったが、遅かれ早かれどうせ提案することになるならば、良いタイミングだと判断したのである。

「・・・だったらもしかして、俺が言いたいことも分かっているのかな?
単刀直入に、3人にお願いがあるんだ」
「ほほぅ、さてはイヤンバカンなお願いですね。
ささ、遠慮なさらずにおいちゃんに言うてみんさい〜」
「・・・風よ、私も空気読めないと言われることもあるが、さすがに今の発言はいかがなものかと思うぞ」
「北郷殿も軽く流してくださると助かります」
「は、はぁ。
わ、分かりました?」

イマイチ話の繋がらない状況に一刀はさすがに首を捻る。
遠まわしに断わられているのかなと思わなくもなかったが、なんとか気にしないことにして続けた。

「ええと、じゃあ気を取り直して。
俺の、俺たちの仲間になってくれないか?
お察しの通り、俺たちの軍には武将と軍師が不足しているんだ。
貂蝉は変態なことを除けば確かに強いけど、自称踊り子で軍については素人なんだ。
それから華佗はとても有能なヤツだけど、本業は医者だからあまり前線に立ってもらうことも出来ない。
3人のような優秀な人たちが手を貸してくれるとすごい助かる」
「いいですよー」
「そっか、やっぱりすぐには・・・え?」
「ですから風は構いません。
これも何かの縁ですし、いつまでもこの街に留まっているつもりもありませんし。
実戦経験を積むには良い機会ですから」
「・・・ありがとう」
「いえいえ、あくまで自分のタメですからー」

やる気のなさそうなぼんやりとした口調でパタパタと顔の前で手を振って答える程立に、一刀はペコリと頭を下げてから残りの2人に視線を向ける。
2人はしばし考え込んでいるような様子だったが、戯志才が先に口を開く。

「黄巾程度だったら風がいれば問題ないでしょう。
私はこの機会に各地の諸侯を見て廻りたいと思います。
1人で何が出来るのかを知っておく必要はあるわけですし」
「・・・そっか。
無理強いは出来ないしな。
残念だけど、仕方ないね」
「凛ちゃんは曹操さんを見たいらしいですからねー。
そのためならば荊州の民など知ったことないというわけです」
「・・・あのねぇ」
「ほう。
では心優しき私は荊州の民のために北郷殿と一緒に行くことにしようか。
とは言え北郷殿の主は噂によると袁術殿だったはず。
さすがに見たこともない袁術殿に仕える気はさらさらないので、黄巾の間だけの客将という扱いにしていただくが構わないだろうか?」
「ああ、それで構わないよ。
本当に助かる」
「それからもう一つ条件を加えさせてもらおう。
貂蝉と一対一で試合をしてみたい」
「あらん、そんなことぐらいで手を貸してくれるなら、もちろんわたしは構わないわよん」
「・・・貂蝉、何時の間に」
「ご主人様のいるところ、貂蝉有りよん♪」

貂蝉はおぞましいとしか思えないウインクを一刀に向けながら、入ってきたばかりの酒家の扉を潜って再び外へと出ていく。
趙雲もまた、ニヤリ、と心底嬉しそうな笑みを零す。
傍らに置いていた真っ赤な2本の刃が付いた独特な形状をした槍を手にすると、一刀たちが声をかける暇も無く貂蝉を追いかけていった。
そんな2人に触発されたのか、一刀もまた胸の中でもうずうずと好奇心の火が燃え上がるのを感じてしまう。

「俺も折角だから見に行きたいな。
アレだけの武人の本気なんて見ておいて損はないだろうし」

一刀は元々の世界では剣道部に所属していたし、祖父の家など剣術道場を運営している。
正直な話、達人の試合というものに大きな興味をそそられていた。
意識せずともソワソワと粟立つ心を押さえつけることもないかと、落ち着きのない様子で首を見回すと、残る2人の軍師に、悪い、と軽く頭を下げてからさっさと席を立つ。

「ああ、そうそう。
ついでに捕捉しておきますと、私はちゃんと凛ちゃんがこの街の後始末を引き受けてくれるために残ったときちんと理解していますよー。
面倒ごとを押し付けて申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「・・・全く。
そう言うのは分かっていても言わないものよ」

一刀は背中に届いた声に振り向くともう一度2人に頭を下げてから、立会いの見学のために外へと歩いていった。
残された2人の少女のうち、結局本名を名乗ることのなかった少女が頬杖をつく。
武家的な力強さがあるわけでもなく貴族的な高潔さが感じられるわけでもない、去っていく一刀の後ろ姿を見つめながら呟いた。

「・・・アレが天の御遣い、ね。
正直に言わせてもらえばこの大陸を統治出来るほどの器とは思えないけど」
「おやおや、凛ちゃんのお眼鏡には適いませんでしたか。
風とは意見が別れましたねー」
「それじゃあ風は北郷殿が曹操殿や孫策殿と言った当代の英雄に勝ると言うのかしら?」
「ソレは例えが意地悪ですねぇ。
ですが、その答えに対する風の答えは既に決まっているのですよー」
「今は聞かないわよ。
・・・答えはすぐに出るだろうしね」
「ええ、ご期待下さい」

瞳を笑みの形に細めて何処か自信有り気に声を出す程立に対して、戯志才もまた面白そうに唇を歪めるのだった。



「はぁっ!!」
「ぬっふぅぅぅぅぅぅ!!」

街の広場にもなっている一角で、2人の人間が立ち会っていた。
1人は白を基調としたゆったりと風にたなびく衣装を身に纏う、蝶のようにヒラヒラと舞い踊る切れ長の瞳の整った顔をした少女。
1人は下着同然の衣服を身に着けただけの、少女と比べて2回りは巨大な筋骨隆々の武器を持たない素手の大男。
言うまでも無く、趙雲と貂蝉の2人である。

「いや、驚いた。
素手で私とやりあえる人間がいるなど、思いもしなんだ。
コレは本当に慢心していたと反省しなければなるまい」
「あらん、趙雲ちゃんはとっても強いわよん。
わたしに本気を出させるなんて、自慢して構わないわよぅ」

一刀がその場にたどり着いたとき、2人の武芸者は一度仕切りなおし再度ぶつかり合う瞬間だった。
趙雲が己の槍、龍牙をくるくると回転させながら貂蝉へと変則的な動きで迫る。
貂蝉は両足をしっかりと地面に押し付けた、その瞬間に獣のように趙雲の背丈を大きく超えて跳躍する。
趙雲は龍牙を四方に振るい貂蝉の着地を狙うが、拳と槍が激突すると逆に彼女の槍が弾かれる結果に終わり、思わずバランスを崩したたらを踏んでしまう。

「私の龍牙が刺さらないなど、どれだけ硬い拳なのだ、全く。
おぬし、本当に人間か?」
「あらん、恋するハートはどんな重火器でも敗れない堅牢な城壁よ。
こんな芸は漢女にとって当然の嗜みよぉん」
「・・・嘘をつくな、嘘を」

龍牙が刃こぼれはしていないだろうかと刃先を覗き込んでからほっと安堵の息を洩らした趙雲が、さすがに突っ込みを入れる。
金属よりも硬い拳など信じがたいことには違いないが、現実は現実だ。
趙雲は腕力だけのやみくもな攻撃で、貂蝉の防御を突破することは出来ないことを悟ったらしい。
先ほどよりも腰を大きく落とし、槍の矛先を下段に向け彼女独特の変質的な構えを取る。
一撃突破の信念を込め、足りない破壊力は速度で補う腹であった。

「いざ、勝負!!」
「かかってきなさいっ!!!」

趙雲の槍は最早一刀の目には全く捉えることが出来ない速度で貂蝉目掛けて一直線に押し進む。
それに対する貂蝉は、大きな腕と頭を亀のように折りたたみ向かい打つつもりのようだった。

「・・・あれは?」

一刀の頭に浮かんだのは、以前見た記憶のある、ボクシングの一シーン。
比較的小柄な、それでいて強靭さと柔軟さを兼ね備えた肉体を持つものだけが許された構え。

「ピーカブースタイル!?」

一刀が叫ぶと同時に貂蝉の上半身がブレた。
趙雲の槍がまるで貂蝉の身体を穿ったと勘違いするかのような残像を残しながら、貂蝉の頭が8の字に振られる。

「はいはいはいはいはいはいっ!!」
「ふんふんふんふんふんふんっ!!」

傍目には何度も貂蝉の頭が砕かれているようにさえ見えたが、それはあくまでも残像である。
とは言え、槍を獲物とする趙雲と徒手空拳の貂蝉。
リーチの差は如何ともし難いものがあった。

「はいはいはいはいはいはいっ!!!」
「ふんふんふんふんふんふんっ!!!」

2人の乱舞とでも形容すべき攻撃の嵐が物理的な風を引き起こし一刀の頬にちくり、とした痛みを与えた。
ぎょっとして目を見張ってみると、どうやら2人の戦いの勢いは周囲の小石を巻き上げてそこら中に小石や木の枝といった小さなゴミを吹き散らしているようである。

「・・・やばいかも」

一刀がそう呟いた瞬間、何ともタイミングの良いことに、既に握りこぶしほどの大きさの木の枝が目前に迫っているのが見えた。
そして抗うことなど出来るはずもなく、彼の意識はその木の枝に吸い込まれるように、あっと言う間に闇に落ちていったのである。





「さて、そろそろ次の街に行かないとな」

翌日。
一刀はぐるり、と周囲を見渡してから宣言するように告げた。
彼の横には貂蝉と華佗の姿が。
そして、趙雲と程立の姿が見える。

「北郷殿、ご活躍を期待しています。
それから、風と星のことをお願いします」
「うん、俺がお世話になりっぱなしだと思うけど、少なくとも2人を失望させないように頑張ってみるよ」

街側の代表として挨拶に来ていた戯志才に一刀がペコリと頭を下げて礼を述べる。
彼女は最後まで腰の低い天の御使いの態度に少し呆れたかのように続けた。

「そうやって一介の街の仲介役風情に頭を下げてはいけませんよ。
貴方の品格が問われることになりますから」
「そうなのか?
うーん、頭を下げるくらいいくらでも良いんだけどなぁ」
「貴方の下げた頭は風や星、果ては袁術殿の評価にも繋がります。
下げるべき時にはきちんと下げる必要がありますが、必要の無いときは下げない、ということを心がけて下さい」
「ああ、だったら今は大丈夫。
この街には本当にお世話になったから。
今は下げるべき時だよ」
「・・・全く」

知らず知らずのうちに戯志才の口から苦笑が漏れる。
一刀は何か変なことを言ってしまったのかと首を傾げるが、特に思い当たる節はなかった。

「それから、街の人たちが義勇軍として貴方たちの軍に参加したいという話は聞いていますか?
数は2000です。
最低限の訓練はしてきたつもりですので、足手まといにはならないかと。
彼らについての扱いは風に任せると良いと思います」
「ああ、助言ありがとう。
城で聞いていた話より黄巾の数は大分多いみたいだし、俺たちに人を廻してくれて助かるよ」
「いえ、彼らが自分たちで判断したことですし、それに荊州から一日でも早く黄巾を追い出してくれるならこちらもありがたいです」
「そっか」

俺がもう一度頭を下げると、戯志才は諦めたかのように首を竦める。
それから柔らかい笑顔を浮かべると、俺の頭ごしに親友へと別れの言葉を投げかけた。

「風、こんなお人よしじゃやっぱり危ないわよ!
しっかり教育しておきなさい!!」
「はいー。
それはもちろん、ビシビシと。
・・・それはそうと、稟ちゃん。
お知らせがあります」

トトト、と一刀と戯志才の間まで駆け寄って来た程立が、ピシッビシッ、とムチで叩くようなジェスチャーをしながら含み笑いで答える。
それから彼女は、自分の胸をとんとん、と人差し指で2回ほど叩いてから宣言するかのように告げた。

「私、改名することにしました。
程c。
姓は程、名はc。字は仲徳。
お兄さんという日輪を支えるべくして立つ者、とご解釈下さい。
それからお兄さんには風、という真名をお預けさせて下さい」

何て言うこともなく、今日の夕飯のリクエストを聞くかのような気楽さで彼女はそんな宣言をする。
改名はともかく、真名を預けるという行為がこの一ヶ月でとても大変な行為だと理解していた一刀はさすがに問い直さずにはいられなかった。
何しろ、彼に真名を預けてくれたのは今の処、美羽と七乃の2人だけなのである。

「良いのか?
昨日会ったばかりの俺なんかに真名を預けちゃっても」
「ええ、もちろん。
お兄さんは風のご主人様なのですからー。
何と言いますか、昨夜、また夢を見ました。
詳細は省いちゃいますけど、それでお兄さんにお仕えするのが風の天命だと」
「うーん、夢、ねぇ。
・・・いや否定はしないよ、ありがたく頂戴する。
風が真名を預けてくれたことに対して、後悔させないように頑張るよ」
「ええ、末永くよろしくお願いします」

一刀に向けてペコリ、と頭を下げる風の姿を戯志才は少し頬を引き攣らせて見守っていた。
眼鏡の奥に見える瞳にはどこか危うげな光さえ見えるが、その事に気付く人間はいないようだった。
とは言え、それもすぐに皆が気付くことになる。
彼女は尚も怪しげな光を込めた視線で一刀と風を見つめながら、ブツブツと小さな声で言葉を洩らしていた。

「ふ、風・・・。
ああ、貴女が真名を預けるなんて。
そ、そして、末永くって、今度は何を預けるつもりなの!
ああ、いけないわ、風。
ご主人様とは言え、男、男なのよ!
それなのにそんな、そんな・・・ぶーーーっ!!」
「おや、稟ちゃん。
最後の最後で、いけない妄想家さんなんですから。
トントンしましょーねー、トントン」
「ふがふが」

びちゃびちゃ、と下手したらリットル近い単位で漏れているんじゃなかろうかと言うレベルの鼻血の噴水を呆然と眺める。
取りあえず一刀の頭の中では、変人ランクは戯志才さんが一番低い、と言うか常識人だと思っていたのだが、それをあっさりと覆されて軽く頭痛のする頭を押さえる。

「一刀、戯志才さんに鼻血の対処方法を教えてから出発したいんだが」
「・・・よろしく頼む」

昨日の戦闘のせいではない理由で血なまぐさい匂いを全身で感じながら、戯志才へ鼻血の治療方法を伝授する華佗を見つめる。
一刀は軽くため息を吐いて、襄陽の街を後にしたのだった、というフレーズが使えるのはもう少し先になるのかなぁ、と考えるのだった。

(続く)