本文へジャンプ
main Log information Side Story Gift link

真・恋姫†無双 SS 『真・恋姫†無双〜仲天演義〜』 第5話


荊州南部へと向かう街道に沿う中堅都市、襄陽の地。
この地方でも黄巾の乱による火の手が既にあちこちで上り始めていた。
今までのところ小集団による散発的な衝突が数度あったぐらいで、たまたま街に立ち寄っていた数人の武人と名士の手助けもあって街中は未だ平穏そのものである。
とは言え、日々迫る外敵の数が増え続ける現状ではその平和も何時まで維持出来るのか、何も知らぬ民たちさえも不安に感じる様子であった。

「・・・ぐぅ」

宿代わりに借りうけた屋敷の一室、昼下がりのうららかな日差しの下でウトウトと昼寝をする少女の姿がある。
机に突っ伏すといった可愛げのあるものではなく寝台に潜り込んでいる辺り、非常時とでも呼ぶべき状況でもまるで動じていない様子だ。

「起きなさい、風!」
「・・・おおぅ!?」

そんな少女の午睡を妨げる叱責の声が響く。
目をパチクリ、と瞬かせながら少女が慌てた様子でグリグリと首を捻らせて周囲に視線を巡らせた。
すぐにその瞳が、傍らに立つもう1人の少女へと向かう。

「・・・おや、凛ちゃんじゃありませんか。
お早うございます」
「お早う、じゃないわよ、風。
この緊急時によく昼寝なんてしていられるわね?」
「いえいえ、こんな時だからこそ、ですよ。
慌てず叫ばず寝ていれば妙案も雨後の竹の子のごとく浮かぶというものです」
「じゃあ、その妙案とやらを早速聞かせてもらえないかしら?」
「さてさて、ばっちりと目も覚めましたし午後もお仕事がんばりましょー」
「・・・はぁ」

何時ものこととは言え、のらりくらりとした掴み処のない友人の言動に思わず眼鏡の女性は頭を押さえる仕草をするが、少女は暢気にあくびで答えた。
ばっちり目が覚めたんじゃないのかと訝しげな瞳を向ける女性を気にした風も見せず、少女はまるで反芻するかのようにもごもごとした口調で言葉を続ける。

「ああ、でも夢は見てましたよ。
不思議な夢でした」
「夢を見ている場合じゃないでしょうに、全く」
「ホントに変な夢ですよー。
真っ赤な太陽が黄色の雲に追われるかのように沈んでいく。
そして、新たな地平に上るのは、3つの太陽。
大盤振る舞いですねー」
「・・・どんな夢よ」
「太陽はサンサンと大地を照らすのですが、強すぎる光の前に大陸は逆に弱ってしまいます。
そんな折、北天より十字に空を切り裂いて新たな輝きが生まれます。
新しい輝きは3つの太陽に負けず劣らず大陸を隅々まで照らすのですが、その輝きはまるで春の陽だまりのように心地よい光です。
私は、その日輪を支えたい、と自然に思いました」
「そこまで行くと立派な夢占いが出来そうね。
・・・ていうか、具体的すぎて怖いわ」
「そうですねー。
作為的なものすら感じます」

くすくすと笑う寝ぼけ眼の少女としかめ面をした眼鏡の女性が肩を竦めあう。
だが、不意に2人の眼差しが真面目なものに変わった。

「漢王朝は火徳の王朝。
それから3つの太陽・・・、名士たちの間では既に曹操殿、孫策殿といった英雄の将来性について話題が上るけど、こちらはまだまだ未知数ね」
「それから最近話題沸騰の天の御使いもいますしねー」
「・・・そうね。
私は正直うさんくさいと思っているけど、あなたは期待しているのかしら?」
「ええ、まぁ実物を見てみないと答えは出せませんけど。
どちらにしろわざわざ荊州まで来たのはそのためですからねぇ」
「黄巾のせいで足止め喰らっているけどね」
「ま、それも天命でしょー」

そこまで話したところでがちゃりとドアが開いたかと思うと、飄々とした雰囲気を持つ別の少女が顔をのぞかせた。
新たに入ってきた少女はまるで先ほどまでの2人の会話を聞いていたかのように、当たり前のような口調で口を挟む。

「ほう。
つまりはコイツも天命か。
黄巾が攻めてきたぞ。
それも今度はかなりの大部隊だ。
軍師殿、ココは一つ、完勝のための知恵を拝借したい」
「はいー、了解しましたー」
「ええ、敵の規模は?」

そして2人は将来のことよりも先ずは身近の危機が優先だと思考を切り換えると、早々に部屋を後にするのだった。





「・・・ぉいコラ」
「ご主人様ぁ〜、ごめんなさぁい!」
「・・・どうすんだよ、一体」
「ど、どうにかなるわよ、きっと!?」
「・・・ならないと思うぞ」

場所は代わって南へ向けて進軍中の北郷一向である。
先頭を行く一刀の横には貂蝉と華佗が並び、その後ろにはゾロゾロと兵士の皆さんが続く。
龍の珠が変化したまるで御伽話に出てくるかのような立派な馬に乗る一刀は、珍しくも不機嫌な感情を隠すつもりもないらしくやぶ睨みの瞳を貂蝉へと向けていた。
さすがの貂蝉と言えど一刀のチクチクとした精神攻撃に耐えられなくなったようで、言葉の矛先を華佗へと修正する。

「そんなことはないわよぉ、ねっ!
華佗ちゃんもそう思うはずっ!?」
「まぁ、起こってしまったことをクヨクヨと悩んでも仕方がない。
これからの事を考えるべきだ」
「そうよ、そう!
わたしは悪くないわよね!?」
「・・・それはない」
「貂蝉、ショックっっっっ!!」

しかし、話を振られた華佗もまた基本大らかなこの男にしては珍しく、半裸の男をフォローするつもりはないらしくヤレヤレと息を吐く。
貂蝉はそんな2人を前に、オロオロと首を巡らせ胸の無駄に逞しい筋肉をピクピクと震わせるばかりであった。

「・・・確かに何時までも貂蝉を責めても仕方ない、か。
この後は確か襄陽に入る予定だったよな?
そこで軍の編成を考え直そう」
「それしかないぞ。
すまんな、俺が兵を率いることが出来れば良いんだが」
「華佗は気にしないでくれ。
悪いのは・・・」

2人の視線が再び三つ編み半裸の巨漢に向けられる。
大の大人が見上げるほどにガタイの良いその姿は、現在は幾分心象に反映されてか小さく見えてくるほどであった。
一刀はそんな様子の貂蝉を確認してから、改めて続ける。

「貂蝉だからな」
「もう責めないって言ったばかりなのに、何てヒドイ仕打ちっ!」

ヨヨヨ、と鳴き崩れる貂蝉の姿を見て幾分か気を取り直したのか、一刀が後ろを振り返る。
後ろの兵士の皆さんはさすがは袁家の正規兵らしく、行進には淀みがない。
一糸乱れずとまではさすがにいかないが、はぐれるものや隊列を乱すものたちは何処にも見当たらないようだった。

「・・・とても武官がいない状況とは思えないぐらい兵士の皆さんは落ち着いてるし。
俺はその辺は良く分からないんだが、結構大変な事態のはずだよな」
「それだけが本当に救いだ。
兎に角早く襄陽で隊を編成し直した方が良い。
隊の中から新しい副長を選ぶにしても襄陽から人を借りるにしても、黄巾と出会う前に済ませないといけないな」

一刀と華佗が会話している通り北郷隊には現在副官、この場合一刀も華佗も貂蝉も武官ではないのだから、事実上の3000人の軍隊を率いることになる武将が不在なのだ。
もちろん最初から用立てられていなかったわけではない。
南陽の街の外で先に行軍していた軍隊と合流した際のことである。
詳細は割愛するが不幸な行き違いがあり、一刀を見送りに来ていた貂蝉によって副官が全治数ヶ月の重傷を負ってしまったのだ。
それならば一度南陽で体勢を立て直せば良かったのだが、3000の兵の扱いとなると一刀はもちろん、華佗も貂蝉も分からない。
取りあえず目的地は分かっているのだから、そのまま軍の進むがままに前進してしまおうと素人考えで判断してしまったのだった。

「・・・でもさ。
華佗の五斗米道で何とかならなかったのか、あの怪我は?」
「それだけ貂蝉の攻撃が凄まじかったんだ。
ある程度の怪我ならば治療だって出来るが、精神的にも大分疲弊してしまったようでしばらく絶対安静だな。
袁術殿に借りた看護兵を置いてきたから彼も南陽までは何とか帰れると思うが・・・」
「よし、じゃあもしも副長が決まる前に黄巾と当たったら貂蝉が1人で戦えな。
ノルマは1000人ぐらいでいいから。
良かったな、無数の男たちとクンズホグレツ出来るぞ」
「ひどいっ、ひどいわっ!
ご主人様はわたしに何の恨みがあるのよぉっ!?」

副官の代わりとして壁にしようと無理矢理連れてきた貂蝉弄りはともかく、一刀たちが平静でいられるのは幾つかの理由がある。
一つは兵の質が思ったよりも高いため、個々の判断で小さくまとまって動くことは十分に可能だったこと。
それから貂蝉と華佗の2人が一騎当千の実力を持っていることは知られていたため、雑軍であれば真っ向からの歩兵による突撃であっても何とかなるという事実である。
不安はあるが、それは初陣ゆえの不安だ。
副官がいるいないは実は関係ないのではないかと、一刀は比較的事態を軽く考えていたのであった。

「おっ、街が見えてきた・・・ん?
これは・・・困ったな・・・」
「・・・ご主人様、ごめんなさい。
わたしのせいで初陣は辛いことになりそうね」
「何だ、俺は2人ほど視力は良くないんだ。
襄陽の街が見えてきたんだろ、どうしてそんなに緊張してるんだよ?」

一刀のきょとんとした、暢気な口調はまだ事態を把握していないが故であった。
つまり、続く華佗の言葉で、一刀は喉が焼け付くほどの緊張を嫌が応にも味わうことになる。

「襄陽が、黄巾賊に襲われている」



「・・・分かった、ソレでいこう」
「ああ、初陣の一刀に大役を任せることになって申し訳ないが、ここは一刀が頼りなんだ」
「そうね、街にきちんとした防衛線が引かれているせいか、組織的な城攻めに慣れていない黄巾も攻めあぐねているようよ。
ここでわたしたちが後ろから攻め立てれば勝利も掴めるでしょうけれど・・・」
「武将のいない俺たちでは多少有利程度じゃあまだ危ないな。
どうにかもう少し優位に立てる状況にしたい」

俺たちは行軍の速度をギリギリまで落として今後の対応を協議しながら馬を走らせる。
貂蝉と華佗の視力は異様に良いらしく、未だ一刀の目には街も黄巾も欠片も映らない。
だからこそ、暢気に軍議をしていられるわけだが。

「そうね、それを防ぐためにはわたしたちが賊を攻めると合わせて、街からも挟撃を仕掛けてもらうのが一番よ。
とは言え、まだまだ街からわたしたちは発見出来ない距離にいるの。
それにこのまま軍が近づいていったら近くに居る敵の方が先に気付くもの。
どうにかして街に侵入してこちらの意図を伝えなくてはいけないわね」
「ああ、分かってるよ」
「それから張勲さんに聞いたよりも黄巾賊の数が大分多いな。
ざっと見ただけで4000はいそうだ」

空に七乃がごめんなさーい、と手を合わせている幻が見えた気がする。
ともあれ戦は数だ、ということぐらいは承知している一刀は不安そうに眉を顰めて続けた。

「・・・大丈夫なのか?」
「あらん、ご主人様、誰を心配しているつもりなのかしら?
わたしがいるんだもの、負けるなんてことはありえないわよん」
「良し、分かった。
話がついたら合図を出すから華佗は500人を何とかまとめて左翼から横撃してくれ。
貂蝉は2500の先頭に立ってまっすぐに敵を押しつぶしてやってくれ。
それで敵は右翼から逃げ出すことが出来るようにすること。
敵を全滅させようと考えるよりも戦いやすいはずだ。
・・・貂蝉が先頭でつっ込んでいったら立ち向かうことなんてせずに逃げ出すかもしれないけど」
「流石にソレは・・・無いとも言い切れないか?」
「あらぁん、ご主人様も華佗ちゃんも、こんなか弱い漢女に向かって失礼ねん。
でもいいわん、副官ちゃんの分までしっかり働いてみせるわよ」
「ああ、俺も何とか頑張ってみる。
500ぐらいだったら多分どうにか出来るだろう」

敵を見かけてから結論に至るまで約10分。
進軍を止めることなど出来ないから相変わらずゆっくりと動きながらの話し合いであったが、それでも意見の食い違いが出ることもなく方針が定まった。
襄陽の街はまだ賊の侵入をしっかりと防いでいるようだ。
どちらにしろ、挟撃を提案するつもりならば襄陽側に余力が無ければ不可能なのだ。
急いで次の行動に移る必要があるだろう。

「みんな、聞いてくれ!!」

一刀はくるり、と後ろへと振り向いて叫んだ。
瞬間、瞳に映る人の群を前にただの学生だった自分の気持ちがぎゅっと萎縮するのを感じるが、その弱さを何とかごくり、と大きく唾と一緒に呑み込んで続ける。

「俺たちが向かっている襄陽の街が黄巾によって攻撃されている!
俺は確かに天の御使いなんて呼ばれているけど、兵の皆に何かをしてあげられるなんてことはない。
それどころか俺たちは武官もいない、寄せ集めの集団に見えるかもしれない。
皆に余計な、痛い想いや辛い気持ちを押し付けることになるのかもしれない!
だけど、俺はこの世界の皆を、何も知らない俺に優しくしてくれた人たちを守りたい!!
幸いなことに俺には名医として名高い華佗がいる!
一騎当千の実力を持つ貂蝉がいる!!
そして、こんな俺にも関わらずここまで付いてきてくれた皆がいる!!!
力を貸してくれ!
何も知らない俺に、皆の勇気を分けてくれ!!」

逸る気持ちのままに威勢よく声を張り上げる。
もう一度、ごくりと緊張を呑み下すと、一刀は美羽から大将として賜った剣を鞘から引き抜いて掲げた。

「俺は先に行く!
皆、後は貂蝉と華佗の指示に従って戦闘準備に入ってくれ!!」

一刀の乗る馬が兵たちに向かって勢い良く走る。
そのまま馬は兵たちの頭を飛び越えて、駆けぬけた。

・・・否、翔けた、と言うべきだろう。

一刀の乗る龍の珠の変化した馬、勾陣はまさしく天を翔け、ぐるり、と北郷隊の兵の周囲を旋回するとそのまま空の上を襄陽へと向けて走り出す。
勾陣の背に乗る一刀の背中に、大きく、兵たちの威勢の良い掛け声が響いていた。





「・・・凛ちゃん。
風は、目がおかしくなったのかもしれません」
「・・・奇遇ね。
私の目も変になったようよ」

雲の動きから先の天候を読もうとしていた2人の軍師の視界に、何とも不可思議な物体が映ったその時、少女たちは思わず自己の瞳の変調を疑った。
何しろ、彼女たちの目が変になったわけではないのだとしたら、馬が空を飛んでいるのである。
認めるか認めないかで言えば、とりあえず自分の正常を疑ってもおかしくは無いレベルだった。

「・・・馬が空を飛んでますねー」
「・・・いえ、もしかしたらアレは馬に似ているだけの鳥なのかもしれないわ」
「何を馬鹿なことを言っておるのだ、この非常時に。
馬が空を飛ぶなど・・・あるみたいだな、驚いたことに」

2人の様子をいぶかしんで近づいてきた槍を持った少女が空を同じように上空を眺めて、ぽかん、と口を大きく開いて呆ける。
何時でも余裕綽々といった表情を浮かべる整った顔立ちが、些か愉快な表情で占められる。

「何だあれは!?」
「あれも敵か!」
「張角良師の妖術か!」
「ひぃ、恐ろしい!?」

さすがに空の様子がおかしいことに気付いた周囲の村人たちがざわざわと騒ぎ始める。
敵かと意気込むものもいるが、大抵の人々が恐怖に脅えたような表情を浮かべていた。
もしも敵の策略だとしたら、惑わされるのは思う壺である。
頭に不可思議な塔のようなものを乗せた背の低い少女が声を張り上げる。

「おうおうおう。
お前ら落ち着きやがれぃ!
空を走ろうが地を走ろうが馬は馬!
一頭じゃ何も出来ねぇじゃねぇか。
落ち着いて城壁に張り付こうとする賊どもに集中しやがれ!!」

訂正。
声を上げたのは少女の頭の上に置かれた尖塔であった。
どちらにしろ、その声で一先ずは周囲が落ち着きを取り戻しかけた、かに見えたが。

「う、うわああああ!
こっちに向かって来てる!?」
「だ、誰か乗ってるぞ!
何だあの光り輝く衣は!!」
「ひぃいいいい!
もうダメだ、所詮俺たちじゃ何も出来るわけねぇ!!」
「ええぃ、落ち着け!
あんなもの、この北方常山の昇り龍が退治してくれる!!」

慌てて逃げ惑う人々をかき分けて槍を持つ少女が、馬の進行方向と街の中心部との間で立ち塞がるように構えを取る。
彼女がちらり、と横目で周囲を観察するとどうやら軍師の2人が軍をまとめることに成功したらしく、後は少女の槍が空を飛ぶ馬を追い払うことが出来れば態勢を取り戻すことは出来るだろう。
そう考えをまとめてからしっかりと空を見据えた少女の上方数メートルのところで、グングンと凄まじい勢いで近づいてきた馬がピタリ、と停止する。
馬上に乗っていたのは、なるほど、街の人たちが騒いでいた通り見たこともない装丁の服を纏った、この大陸に住む人たちとは何処か雰囲気を異にした印象を受ける男だった。

「何分非常時なもので、このような非常識な方法を取ってしまい失礼した。
許してほしい。
俺は南陽太守袁術の命でこの地方の黄巾を討伐に来た北郷一刀と言う。
手短に言う。
俺たちが背後から黄巾を攻めるから、襄陽の防衛軍も合わせて挟撃して欲しい」
「・・・な!?」

一刀は城壁で槍を向けた少女へ、勾陣に跨ったまま空から言葉を投げかけた。
一目で美人だと思ってしまったのは男のサガであるが、それ以上にその無駄のない物腰と気迫に少女がただの一兵士であるはずがないと検討をつけたのである。
言葉遣いはなるべく軍隊に合わせたような言い方を心がけたが、声が上滑りしてしまったのを少しだけ恥ずかしく思う。

「・・・?
どうした、返答が困難であれば責任者に取り次いで欲しい」
「き、貴様は・・・何者だ?」
「星ちゃん、彼が荊州に降り立ったと噂に名高い天の御遣いですよ。
初めまして、御遣い様。
私はこの街で請われて軍師として手を貸しています程立と申します」

一刀が質問に答えるよりも早く、いつの間にかもう1人の少女がちょこん、と槍使いの少女の横に立っていた。
槍使いの少女が如何にも見るからに強そうなオーラを発しているのにも対して、もう1人の少女は頭の上に変な人形を乗せた・・・簡単に言えば変な少女である。
一刀は咄嗟に三国志の登場人物にそんな名前の軍師がいないかと考えてみるが、残念ながら該当しそうな人物はいなかった。
咄嗟に名前が浮かんだ軍師など、『諸葛孔明』『鳳士元』『周公謹』ぐらいである。
どちらにしてもそうも容易に名前の知られた軍師や武官と出会えるわけもないか、と考えを改めてから一刀は彼女たちの横に降り立った。

「・・・なるほど。
まあ確かに天の御遣いともなれば空を走る馬ぐらい持っていても・・・いや、些か納得は出来ませぬが。
ともあれ私も名乗りましょう。
姓は趙、名は雲、字は子龍。
同じくこの街で客将として黄巾対策に当たらせてもらっている」
「・・・え?
ち、趙雲だって・・・?」
「・・・ん?
どうかされたか、御遣い殿」
「いや、ちょっと驚いただけだよ、ゴメン」
「はっはっは、この昇り龍の名は天の国まで轟いておりますか?」
「うん、その通り。
・・・本当に驚いたよ、こんな所で会うことが出来るなんて」
「・・・む。
冗談のつもりだったのですが。
まだ何もしていないのに・・・些か複雑な気持ちですな」
「星ちゃんはいいじゃないですかー。
私なんてどうやらさっぱり無名のようですよー」

腑に落ちない顔をしている趙雲と、言葉の割に全く気にした様子も見せていない程立を前に一刀は改めて挟撃の提案を繰り返す。
少しだけ和んでしまったが、現在黄巾が街に攻め込んでいる非常事態なのである。
一刻の猶予があるわけもない。

「ごめん。
今はそんな話をしている場合じゃないよな。
俺たちの軍は兵が3000。
街へと攻め立ててる黄巾を背後から強襲するから、そちらも合わせて打って出て挟撃して欲しいんだ」
「・・・ふむぅ。
ま、断わる理由はありませんし、と言うか渡りに船の提案ですねー。
星ちゃんは異論はありますか?」
「我らの兵はほとんどがこの街の民だからな。
あまり損失は出したくはないし、こちらが後から背後をつくという戦術ならば私が居れば被害は最小限に食い止められるだろう。
もちろん異論などあるはずもない」
「そうか、助かるよ。
俺は軍に合図を送ってくるから、後は頼む」

言うや否や一刀は再び馬で空を駆け上り、剣を振り上げて合図を送る。
同時に競歩ほどのスピードで街へと近づいていた北郷軍が一気に速度を上げて黄巾の背後に迫っていく。
そして黄巾の後勢がようやく背後の敵に気付いたその時には、人の身とは思えぬ風貌の大男が既に黄巾たちの目の前まで迫っていたのだった。





さて、初陣の結果を語っておくと。
結論から言うと、北郷隊は危なげなく完勝し、揚々と襄陽へと入城を果たす。
貂蝉は言うまでも無くかなりのインパクトで初撃を被害なく勤め、華佗は慣れない軍の指揮をソツなくこなし敵を分断した。
そして、逃げ惑う黄巾に対して門を開けて追撃を仕掛けた趙子龍の槍捌きはまさに神速の勢いで、余計な損害を防ぐために逃げるに任せようと考えていた黄巾は、そんな暇もなくあっと言う間に平らげられて全滅したのである。

(続く)