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真・恋姫†無双 SS 『真・恋姫†無双〜仲天演義〜』 第2話


「おおっ!
お主が天の御遣いとやらか!
この度はわらわのためにご苦労じゃったな。
褒めてつかわすぞ!」
「は、・・・はぁ」

目覚めてから翌日のことである。
昨日目覚めたときに挨拶してもらった張勲さんに呼び出された一刀が、たどり着いた場所で待っていたのは一言で言うと『見た目金髪美少女』であった。
この少女が昨日ちらりと垣間見た袁術なのだろうことは想像に難くないのだが、見れば見るほどお姫様という感じでまるでかの偽帝とのイメージが一致しない。
一刀はもにょもにょとした違和感を憶える胸の中で何とか折り合いをつけようと四苦八苦しながら、玉座のような椅子にちんまりと腰掛けた少女へと向き直る。

「うむうむ、さすがわらわじゃな。
何もせずとも向こうからこのような奇縁が降って沸くとは、最早この大陸を手に入れたも同然じゃの!
うまうまとこの気勢に乗らせてたも!」
「いえ、俺はそんな大層な人物じゃありませんから」

自画自賛を始めた袁術の姿を一刀は改めてじっと見つめた。
年のころは一刀よりも数年下であろう。
年齢に見合った小さめの身長と発展途上のスタイル。
ぱっちりとした瞳はつり目がちだが宝石のような輝きを見せていて、あまりキツく感じることはなく逆に彼女の可愛らしさを際立たせていた。
頬は血色良く薔薇色に染まり、当然染み一つあり得ないような肌はすべすべもちもちとした印象を受け、それだけでこの少女が如何に恵まれた環境で過ごしてきたかが理解出来る。
それから眼を惹くのが、少女の華奢な体躯を覆うキラキラと透き通るような腰まで伸ばした金の髪。
落ち着きのない様子の少女が言葉を交わしながら、身体をちょこちょこと動かすので毛先がさらさらと舞い踊り、それだけで微笑ましい気分になってしまう。
ゆったりとした高価そうな衣服に包まれているせいで、正確なスリーサイズは良く分からないが、どう見てもボンキュボーンには見えるわけがなかった。
どちらかと言えば、少女らしいぷにぷにとした柔らかさを持っていそうなイメージである。
まぁ、一言で言ってしまえば。
袁術という少女は、『絶世の』という枕詞をつけても何処からも文句が出ないほどの微少女、もとい美少女であった。

「おお、そうじゃそうじゃ。
まだ名乗ってすらおらんかったの。
わらわは姓は袁!!
名は術、字は公路。
この南陽で一番偉い太守様じゃ!」
「お、俺の名前は北郷一刀・・・です。
えぇと、姓が北郷で、名前は一刀。
字ってのは無いです」
「ふむふむ、さすがは天の国じゃな。
貂蝉とやらから聞いてはいたが、やはり大陸の風習とは大分違うのじゃの」

自分が袁家であることを誇りに思っているのだろう。
姓を名乗るときだけやけに力が入っていた。
確か、後漢時代の大物を数多く輩出してきた名門が袁家、何だっけか。
一刀は田舎の爺さんの家で読んだ三国志演義で見た内容を何とか思い出しながら、たどたどしくも言葉を返す。

「うむ、とにかくあっぱれじゃ!
よくぞ龍を打ち倒し、わらわのための虫歯の治療薬を取ってまいった!!」
「・・・は?」

一刀が思わず固まった。
龍なんてあり得ないような怪物を倒す理由が・・・虫歯の薬!?
何だそりゃ!
心の中では絶叫していても、さすがに声まで出さないぐらいには場の雰囲気は弁えていた。
ぽかん、と開いた口だけが、一刀の驚きを良く現していたのである。

「さすがは華佗じゃな!
医術の腕前は並ぶものなし、医の天下無双という噂は伊達じゃないのぅ。
もう全然痛くないわ!」

カラカラと笑う袁術を前に、一刀はただ曖昧な苦笑を浮かべることしか出来なかった。
もしかしてこの国では龍がそこら中に居るのが普通で、当たり前のように薬の材料にしていたりしているのだろうか、という不安が胸中を占める。
思わず一刀がフォローを求めて辺りを見渡すと、後ろの方に控えていた張勲の姿が眼に入った。

「ああ、龍なんて普通はありえませんし、そもそも龍なんて見たことすら初めてですよ。
ですから華佗さんくらいですね、そんなものを使って歯の治療なんてやるお医者さんは。
お城の典医は歯を削るなんて言ったんですけど、お嬢様が痛いのを嫌がってどうしようもなかったんですよぉ」

一刀の表情から何を言いたいのか汲んでくれたらしい張勲の言葉に、彼の口から思わずほっと息が漏れる。
だが彼女の言葉は、思った以上に辛辣なものだったのは言うまでもない。
少なくとも、主君であるはずの少女の面目をあっさりと潰すぐらいにはざっくりとした切れ味を持っていた。

「こら、何を言っておる!
わらわは痛いとかそんな情けのう理由で嫌がったのではないわ!
この高貴なるわらわの身体を削るなど、恐れ多いことは許されぬという崇高な理由があってじゃな」
「・・・典医が歯を削る道具を持ち出したら泣きながら走って逃げ出した人の台詞とは思えないですよ、お嬢様♪」
「な、何を言っておる!
わらわがそのようなことをするわけがなかろう。
これでもこの袁術、生まれてからこの方、そのような無様な振る舞いをしたことなどないわ!」
「あらあら、華佗さんたちが帰って来る日の朝にも、歯が痛いのに無理して蜂蜜水を飲もうとしてピギャーなんて可愛らしい悲鳴上げながら泣いていた人の台詞とは思えませんねー」
「もう止めてほしいのじゃーっ!」
「あ、あはは・・・」

来客であるはずの一刀そっちのけで言い合いを始めた袁術と張勲の、口論にもなっていない一方的な言葉の暴力を彼は先ほどとは違った意味で苦笑を浮かべながら眺める。
泣いたことなどない、なんて嘯きながら既に涙目の袁術をさらに言いくるめている、滅茶苦茶恍惚とした良い笑顔をした張勲を視界に納めながら、一刀は昨日の夜に貂蝉が尋ねてきたときのことを思い出していた。





「外史?
何だそりゃ」
「ええ、外史よん。
この世界は正史から生まれた外史、さらにその先に生まれた新しい外史なのよ」

一刀はベッドに腰掛けたまま、オウムのように貂蝉が発した『外史』という言葉を繰り返す。
外史という言葉の意味は確か、『正式には採用されていない歴史のこと』だっけか。
何となく一刀の頭の中では歴史書である『三国志』と小説である『三国志演義』のような違いなのかな、と勝手に考えていた。

「あらん、惜しいところをついているけれど、それはちょっと違うわ。
外史とはご主人様のフランチェスカ学園があった世界、この三国時代の英雄たちがいる世界、それから数多くの異なる出発点を持つたくさんの世界。
そういった世界を外史と言うの。
そして、正史は外史の反対側、いいえ、外史の礎になる『現実の』世界よ」
「心を読むな。
化物め」
「ひどいっ、ひどいわっ!?
龍よりもよっぽどひどい醜悪な化物だなんて!」
「そこまでは言ってねぇ!」
「むきーっ。
とは言え怒りをおぼえても、ご主人様のお顔を見るだけですぐに嬉しくなってきちゃうわん。
なんて、罪な・お・ひ・と♪」
「ちょっと黙れ。
黙らないとお前のことを明日からキモいマンって呼ぶ」
「貂蝉、お口チャーック」

取りあえず脱線した話の流れを混乱した頭ではあったが、何とかせき止める。
お口チャックする貂蝉の動作がまたキモイと思いながら、一刀は続きを促すように貂蝉へと頷いてみせる。

「続けてくれ」
「正史では、世界は一つで他の世界なんて存在は決してない。
龍なんて決して存在しない人々の世界。
魔法なんて議論をするまでもない人々の世界。
夢や希望は言葉の上では存在するものの、それが叶うことなどほんの一握りの人たちだけ。
だけど、そこに住む人々は物語を作り、そして作られた物語を見ることが出来る。
想像することが出来る。
存在し、その、存在が存在するという抽象的で、普遍的な概念に充ち満ちた世界のことよ」
「・・・よく分からないな。
それで、正史と外史って言うのは何が違うんだよ」
「外史って言うのは正史の人たちが想念によって観念的に作り上げた物語の世界なの。
そして人々の心に強く残るような外史、すなわち物語は、さらに新しい外史を生むの。
その世界は新しい想念によって、どこまでも強固に、そして自由な世界へと変貌していくわ。
外史という名の世界は広がるもの・・・どこまでも果てしなく。
次々と変容し、枝分かれを繰り返しながらね。
つまり、正史で作られた一つの物語から、枝分かれして広がっていく世界のことを外史と定義しているのよ。
私たちはね。
例えるならば外史は一次創作、外史の外史は二次創作って言葉が適切なのだけれど。
そして、新しい外史が生まれることで、その積み重ねがあることで正史は豊かな現実として成立しているの」

思わず一刀の喉がゴクリと鳴る。
つまりは、彼が今いるこの世界は、正史とか言う人々が想像で作り上げた世界で。
そして、一刀が今までいた世界すらも『そう』だったと言うことだろう。
そんなことが簡単に認められるほど、彼は悟りきった人間であるわけがなかった。

「そ、そんなわけないだろ。
今ここに居る俺が誰かの想像の産物だなんて」
「あらん、それがあり得ないと言い切ることなんて出来はしないわ。
認めにくい話でしょうけれど、それが真実なのよ」
「じゃあ、俺はその正史、とやらのせいで、この世界に来てしまったのか?
それで、その外から眺めている奴らの思惑通りに動かされるっていうのか?」

一刀が混乱した頭で唐突に浮かんだ考えをそのまま告げると、貂蝉がニヤリと、瞳の奥の中に真面目な色を見せながら笑みを浮かべる。

「いいえ、そんなことは無いの。
ご主人様はご主人様の心の赴くままに動いて構わないわ。
確かに私も、ご主人様も、誰かに作られた存在よ。
それでも私たちは、この世界は、この世界のものなのよ」
「どういうことだ?」
「正史の人間によって定められているのはこの世界の設定だけよ。
この世界の人間たちの喜びも、悲しみも、痛みも、そして未来も、この世界の人間が掴み取ることは難しいけれど出来ないことではないの。
それに・・・ご主人様はこの世界のキーパーソン。
外史の道しるべなのよん」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
さっきの話と違うんじゃないのか?」
「ええ、そうね。
だけど、ご主人様も小説家や漫画家が執筆しているときにキャラクターが勝手に動いて物語が綴られる、なんて逸話は聞いたことがあるんじゃない?
外史も一緒よ。
もちろん、世界の大きな流れというものは存在するわ。
だけれど、この中国の三国志時代を発端にした外史の未来は、絶対に覆せないわけじゃないの。
漢王朝が滅びてしまうことも。
董卓が覇権を一時握ることも。
袁紹と曹操が官渡で激突することも。
赤壁で一大決戦が起こり曹操の大陸統一の野望が砕かれることも。
魏呉蜀の三国が出来上がることも。
全て、この世界に住む人々の選択によって、ご主人様の行動によって変化することだってあるの」

一刀が呆けたような顔で、意識しないうちにいつの間にか上がっていた腰を寝台に落とす。
正直な話、信じがたい気分ではあったが、それでも何故か、心の何処かでそんな妄想のような話を信じられる自分がいるのを感じていた。

「・・・そっか。
まぁ、どちらにしても俺は俺で考えて、この世界で為すべきことを探していかないといけないんだろ?
俺にも与えられた役割ってのがあるわけだ」
「ええ、そうね。
何しろこの世界は、北郷一刀、天の御使いというファクターによって作られた外史なのだから」
「ってことはアレか?
俺がやることは必ず上手くいくとか、決して死なないとか、思い通りにいくとか、そう言うこともあるのか?
そうであれば結構嬉しいんだけど」
「いいえ、天の御使いとしての立ち位置は保障されることが多いけれども、決してそんなことはないの。
例えばご主人様が名のある武将、そうね、関羽ちゃんや張飛ちゃんと戦おうなんて思ったらあっと言う間に切り伏せられておしまいよ。
それに、ご主人様が1人の人間として心を持って生きるように、この世界に生きる他の人たちも当然、皆そうなのよん。
ご主人様が関わりを持たぬ一町人、一農民にいたるまで全て、作られた、なんてことは関係なく生きている人間なの。
それだけは間違えないでねん」

都合の良い世界設定ではないことを聞き、少しだけ肩を落とした一刀はふと思いついたような顔で貂蝉を改めて見つめた。
どこか優しげな表情を浮かべた貂蝉に向けて、思わず口が開く。

「でも、どうしてこんなことを教えてくれたんだ?
俺がそんなことを知らない方が物語としては都合が良いんじゃないか?」
「ええ、そうね。
普通であればその通りよ。
でもね、状況が変わったのよん。
ご主人様が龍を打ち倒した、このことで、この世界はまた新たな局面を迎えてしまったのね」
「・・・おいおい。
まだ設定が複雑になるのかよ?」
「いいえ、むしろ逆かもしれないわね。
この大陸では龍は皇帝の象徴。
そして龍は物語の破壊者よ。
それがどのような意味を持つのかは、私も何も分からないわ。
人事を尽くして天命を待つ。
それ以外に私が言える言葉は、結局ないの。
残念ながら、いえ、喜ばしいことに、かしら」
「・・・なるほどな」
「ええ、また詳しいことは後日話してあげるから、今はお眠りなさい。
忙しい日々が始まるわよ、ご主人様」

一刀は鈍い痛みを発する頭を支えるように、ゆっくりと寝台に潜り込む。
確かに、今日は色々とありすぎて、頭がパンクしそうなぐらいだった。
貂蝉の言葉に従って眼を閉じると、その上から子守唄のような優しげな声が降りてくる。

「そうそう。
これは伝えておかないといけないわねん。
この大陸では姓名の他に字、それから真名という名前を持つわ。
真名は許されなければ決して呼んではいけない名前だから、それだけは気をつけてねん、ご主人様」

返事は返さなかったが、それでも貂蝉の気配が部屋から出て行くのを感じながら、一刀は抗いがたい深い眠りへと落ちていくのだった。





「七乃っ、蜂蜜水じゃ!」
「はいはーい、分かりましたよ、美羽様♪」

袁術と張勲の話を聞き流しながら昨日の話を思い出していた一刀の耳に聞きなれぬ名前が届き、彼はようやく我に返った。
どうやら『美羽』と『七乃』というのは袁術と張勲の真名、というヤツなのだろう。
そう結論を出した一刀は取りあえず今の状況を探ろうと2人の様子を見つめてみた。

「んっんっんっ・・・ぷはぁっ」
「よっ、さすがお嬢様、良い飲みっぷりですねー。
最高級蜂蜜を使った高級な蜂蜜水が容赦のない一気飲みであっと言う間に空っぽです♪」
「うはははは、そうであろそうであろ。
七乃、お代わりじゃ!」
「ダメでーす。
また虫歯にならないように蜂蜜は午前に一杯、午後に一杯って決めましたよねー?」
「うっ・・・!
そ、そんなの関係ないのじゃ。
わらわはこの国の太守じゃぞ。
わらわの前に蜂蜜はたくさん、わらわの後に蜂蜜は無いのじゃ」
「さすが美羽さまー。
その容赦のない即物っぷりが素敵ですーっ」
「うはははは、もっと褒めてたも!
と言うことでもう一杯じゃ!」
「ダメでーす」
「何でじゃー!?」

・・・何だあの寸劇は。
一刀は目の前で繰り広げられる、あまりにも頭の悪い会話を見て思わず胸が切なくなった。
そんな風に生暖かい視線で袁術と張勲の様子を彼が眺めていると、袁術の視線がいつの間にか、一刀に向けれられていることに気がつく。
何だろう、と疑問を口にするよりもわずかに早く、少女がさも名案を思いついた、とでも言いたげに彼をびしりと指差して叫ぶ。

「おお、そうじゃ七乃っ!
天の御遣い殿にも蜂蜜水を馳走してやれ!」
「あ、はいはい。
それは全然構いませんよー」
「あ、ありがとうございます」

慌てて一刀がペコリと頭を下げると、何故か張勲はくすくすと笑いながら飲み物を用意し始める。
今さらながら玉座の間の端っこに簡単な台所のような場所があることに気付き、ちょっとだけ驚くが、そんなことは本当に今さらだ。

「どうぞ、お待たせしましたー」
「あ、ありがとうございます、張勲さん」
「いえいえ、お気になさらずに」

ふわり、と鼻にかかるしっとりとした甘い匂いが漂う湯のみには、黄金色の液体が満たされていた。
一刀が受け取ったのを確認すると、張勲は笑いを堪えるかのように唇の端を引くつかせてからそそそくさとその場に離れる。
さすがに彼女の態度に疑問を憶えた一刀だったが、どちらにしても飲んでみれば分かることだと思い直す。

「・・・あの、袁術様」
「何じゃ?」

飲む前から良く分かりました。
いつの間にか近づいてきたのか、一刀の湯のみをキラキラとした瞳でじぃっと見続ける少女の姿が彼の目の前にあった。
なるほど、そりゃ張勲さんでなくても笑いたくもなるか。

「・・・飲みますか?」
「い、いや、何をいっとる。
わらわがそなたのために用意させたものじゃ。
それをわらわが取り上げたなど、物笑いの種にしかならぬではないか」

言葉とは裏腹に、相変わらず視線は湯のみに釘付けである。
腕を上げたり下げたりするたびに、少女の首ごとがくがくと追いかけるように動いていく。

「いえ、俺は構いませんので」
「む、むぅ・・・。
じゃが、わらわの器量が狭いように思われるしの」

再度遠慮の言葉を告げる一刀に対して、尚も固辞してみせる袁術であったが、それが本心ではないことなど誰の目から見ても明らかである。
『お嬢様可愛いなー』と言ったほっこりとした笑顔で張勲が袁術を見ている辺りからして、きっとこの主従は色々とダメなんだろうなー、そんな風に一刀は思ったりした。

「それに今は喉は渇いていませんし。
俺のことは気になさらずにどうぞ」
「そ、そうか。
うむ、そこまで勧められては逆に受け取らぬのが無礼じゃからな!
仕方ないの」

言うや否やふんだくるように湯のみを奪った少女が、こんどはちびちびと湯のみを傾ける。
満面の笑顔で蜂蜜水を呑む少女は確かに何処までも愛くるしく、なごなごとした空気が玉座の間を包んだ。

「ご馳走様なのじゃ!」
「良かったですねー、美羽さま。
きちんとお礼を言わなければいけませんよ」
「うむ、世話になったぞ」
「お・・・おぅ」

何だこのコント。
そう心の中で呟きつつも、一刀は色々な意味で脱力しそうな身体に鞭打って何とか相槌を返す。
視界の端では、張勲がGJ!とでも言いたげにウインクして親指をグッと立てていた。
そんな訳で一刀はもう一度思う。
何だこのコント。

「それでじゃな、御遣い殿。
怪我の具合はまだ悪いのじゃろ?」
「あ・・・は、はい。
正直言うとまだ身体がすごい重いです。
痛みとかはほとんどないんですが、ちょっと辛いですね」
「うむ、なるほどのぅ」
「ええと、それから、その『御遣い殿』って呼び方なんですけど。
俺は正直そんな大層なヤツじゃないし、一刀と呼んで下さい」
「・・・かずと?」
「ええ、それで構いません」
「さっきも言っておったが、お主たちには真名という風習がないのじゃろ?
だから姓名の名が真名に当たるだとか」
「そんな大層なものじゃありませんから。
名前は親から貰った大切なものですが、誰に呼ばれたって俺という人間は傷ついたりはしません。
・・・それに、袁術様には見も知らぬ俺を助けてもらったり、とてもお世話になりましたから、例え俺の名が真名ってヤツだったってお預けしますよ」
「そ、そうか・・・っ!?」

着のみ着ままでこの世界に飛ばされた一刀が感謝の意を精一杯見せようと言葉を繋ぐと、袁術の頬がかあっと染まった。
一刀は袁術が微妙に戸惑っているのを疑問に思いながらも、見た目は自分よりも年下の可愛らしい女の子なのだ。
自分が彼女を立てなければと、精一杯の笑顔を浮かべながら続ける。

「ええ、遠慮せずに一刀とお呼び下さい」
「わらわ、親類以外の男の人に真名を許されたのは初めてなのじゃ。
何だか頬が熱くなってきた気がして・・・」
「あらまぁ」

まだ手を伸ばせば届きそうな場所に立っている袁術が視線をさまよわせていると、張勲がパチクリと眼を見開いて彼女をマジマジと見つめていた。
それから、にんまりとした裏のある笑顔を浮かべた張勲は、顔つきとは裏腹にごく真面目な口調で当然のように口を開く。

「でしたらお嬢様。
お嬢様も真名をお預けになったら良いのではないでしょうか?
ええ、それがよろしゅうございます」
「そ、そうかのぅ。
・・・うむ。
わらわの真名は、み、美羽じゃ。
よろしくの、一刀」
「あ、ああ、よろしくお願いします、美羽様」
「さ、様はいらないのじゃ。
それに敬語もいらぬから・・・」
「よろしく、美羽」
「う、うむ、うむ」

何処か甘い雰囲気を感じる世界で、改めて頭を下げて挨拶をする一刀とドコゾのお土産の首振り馬のようにコクコクと首を動かし続ける美羽。
だが、そんな雰囲気何処吹く風で、この場所にいるもう1人の人間が声を上げる。

「では、私も真名をお預けしますね。
私は七乃と言います。
よろしくお願いします♪」
「うわっ!?
・・・ええ、お願いします、七乃さん」
「はい、お願いしますね、一刀さん♪」

にまにまと、面白くなってきた、といった人の悪そうな笑みを浮かべた七乃に何故か恐怖を感じながら、一刀はそっとため息をつく。
そんな彼の様子に気付いていないのか気付かない振りをしているのか、どちらかは分からないが七乃は気にした風も見せずに続ける。

「とりあえず一刀さんは怪我が完治するまではゆっくり逗留して下さいね。
華佗さんに色々とお願いしましたが、彼も一刀さんに助けられたことを恩に感じているみたいでしたから。
向こうから治療のためにしばらく宿を借りたいと頼まれてしまいました」
「華佗?
そう言えばさっきも会話に出てきたっけ・・・?」
「ええ、貂蝉さんと共に貴方をここへ連れてきたお医者さんですよ。
怪しげな五何たらとか言う医術を使うんですが、腕は確かですから一刀さんもすぐに良くなると思います」
「すいません、七乃さん。
何から何までお世話になって」
「いえいえ〜。
私どもは宿を貸すだけで、むしろこの機会に高名な華佗さんに色々患者を押し付けちゃおうと思っているぐらいですし、お気になさらずに♪」
「・・・そこは隠しておきましょうよ」

ほえほえとした全く悪気の無さそうな笑顔でさらりと毒を吐く七乃に戦慄を覚えながら、一刀はこれから自分は一体どうなってしまうんだろうと、頭を悩ますのであった。





「か・・・一刀・・・えへへ・・・」

ちなみに、初めて許された異性の真名を反芻し、何処かトリップしたような夢うつつな表情のお嬢様が放置されていたりしたが、誰も気付くものは居なかったのである。

(続く)