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真・恋姫†無双 SS 『ハッピーエンドを夢見て』


「こら。
一刀め。
あのお兄さんときたら、最後まで釣った魚には餌は与えない主義なのですから。
全くもって憎たらしい」

果てまで抜ける青い空の下で、程cはそう誰に対するわけでもなく呟いた。
その声には憎悪よりも寂寥が強く感じられる。

「華琳様も華琳様です。
天の国に攻め入ってお兄さんを取り返してやるぐらい言っても良いじゃないですか。
それがあんな日和見的だなんて、愛情を疑ってしまいますね」

浮かぶ雲の群れの白さに目を眩ませながら、主君に対する不敬ともとれる発言を零した。
その声には疑念よりも諦観が強く感じられる。

「桂花ちゃん、春蘭ちゃんや秋蘭ちゃん、それから稟ちゃんはそ知らぬ顔で仕事をしていられるのですね。
彼女たちにとっては華琳様が一番なのですから仕方のないことですが」

針の如くそびえる岩の山が、雨後の竹の子のようにぽこぽことそびえていた。
その声には苛立ちよりも理解が強く感じられる。

「凪ちゃんに真桜ちゃんに沙和ちゃんはお兄さんとの思い出にある警備隊に一生懸命です。
あの子たちはきちんと形になるものが残っているのですね」

地平の果てまで広がった赤茶けた荒野は見渡す限り人っ子一人見えやしなかった。
その声には悋気よりも憧憬が強く感じられる。

「季衣ちゃんに流琉ちゃんはお兄さんがまた帰ってきてくれると信じられるのですね。
ああ、そんな彼女たちの真っ直ぐさが眩しいものです」

もちろん彼女の独り言に、相槌を打ってくれる人なんてどこにもいなかった。
その声には羨望よりも嫉妬が強く感じられる。

「私は・・・」

目をこらすとはるか先に見える地平線は薄い黄色。
からっ風は妙に乾いていて口を開くたびに口の中がジャリジャリと音を立てる。
つまりここは。

「また、来てしまいました」

程c、真名を風と言う少女が、天の遣いと名乗ることになった彼と初めて出会った場所だ。





「無意識にこんなところまでフラフラとやってくるだなんて、全く風も大した夢想家なのですよ」

蒼く蒼く輝く空の下で、そう声を漏らす。
事実、彼女はここまでどうやって来たのか覚えてなんていなかった。
歩いてきたのか、馬にのってきたのか、それとも何か別の方法か、それすらも分からない。

「ふむぅ。
はてさて、今日はあちら明日はこちら。
風の向くまま気の向くままに・・・突っ込んでくれる人が居なければ寂しいですねぇ。
と言いますか、私は一体何をやっているんでしょう」

何時もの自分を思い出そうとふざけた態度をとってみるが、自分で見ていてもあまりにも滑稽なのでさすがに虚しくなって止める。
そうして改めて今の自分の惨状を思い出してみると、答えは意外と簡単であった。

「脇役でいるのに、耐えられなくなったと言ったところでしょうか」

軍師は客観的に物事を判断するのが仕事だ。
つまり、この世界が華琳様を主役にした物語だということに、とっくに気がついていた。
それに従う部下の自分は当然脇役だ。
主役の部下なので待遇の良い脇役だろうが、脇役は脇役。
決して光が当たるものではない。

「ああ、風は最早、心を押し殺した人形ではいられないのです」

止めようと思っても、身に染み付いた芝居がかったような言動は自然と口からこぼれていく。

「そう、自由人とでも言うべきですね。
ああ、束縛されない人生、何と素晴らしい響きでしょうか」

湿度の低い、からからの大気と地面の上で高らかに声を上げる。
今の彼女の精神状況をとてつもなく前向きに考えるとそんな感じだ。
一応ではあるが、間違いはなかった。

「やれやれ、あの立食ぱーてぃとやらの日から風はおかしいですね。
正確には華琳様たちの話を立ち聞きしてしまってから、と言ったところですけれど」

あの日、魏呉蜀の3国の代表が集まって会合を開いた日に、たまたま聞いてしまった話。
孫策さんと劉備さんに請われて、華琳様がお兄さんの話をしていたのである。
それだけだ。
何の変哲もなく、何の面白みもなく、何の意図もない。
お兄さんと華琳様の日常とか、戦場でのことだとか、別れのことだけを喋っていただけの話。
それだけのことで、私は壊れてしまった。

「・・・そう遠くない日に更迭されてしまうでしょうねぇ」

他人事のような口調で声が漏れた。
ずっとぼけっと突っ立っているのも疲れるので、膝を折り曲げてしゃがみ込む。

「お城を無断で抜け出すのももう十回ほどになりますし、政務にだってまるで身が入ってないことは自覚しています。
桂花ちゃんにも一度忠告されましたし」

一番近くで仕事をしているからといって、何処までも華琳中心な桂花に心配されるなど相当のものだ。
というか、覚えてなかった。
何を喋っていたのか。
何を考えていたのか。
何をしたかったのか。

「・・・はぁ。
恨みますよ、お兄さん」

ため息と同時に、俯いた頭の上から宝ャがポロリ、と落ちる。
彼女自身、自分がこんなにも執着する人間だとは知らなかった。
もっと冷たい人間だって思っていたのに。

「私の呪詛はとんでもなく陰湿で陰険ですよ?
恨んで欲しくなければ、帰ってきなさーい」

何度言ったか分からない恨み言ばかりが口に馴染んでいた。
弱い人間だってことにはとっくに気がついている。
彼と関わった人間の中でも、結局、特に弱かったのは彼女だったのだろう。

「華琳様も、そろそろ庇いきれないでしょうね。
理由が分かるからこそ目を瞑ってくれていたのでしょうけど、それでもあの方が情実に囚われて信賞必罰を覆すなんてことはないでしょうし」

手元ぶたさからか、ぶちぶちと雑草を引き抜いてウサ晴らしをしながらも、内心では自分でも驚くほど悔しいとも思っていない。
むしろ、ホッとしているのかもしれない。

「そうですね、もうどうでも良いのかもしれません。
ずっとこの場所にいたっていいんですよ」

それはある意味真実だ。
だが、それだけでは決してない。

「お金はたんまりありますし、この場所に家でも作って住み着いてしまいましょうか」

何て意味のない言葉だろう。
そもそも、私はどうしてこんな何もない場所にいるのだろうか。
理由は、簡単だ。

「ここは、初めてお兄さんと出会った場所だから」





「あの・・・・・・風、さん?」

この大陸ではある風習がある。
それは、真名、と言うものだ。
姓名の他に、本人が認めたものしか呼ぶことのできない本当の名前。
それを認められていないものが呼ぶことは、最大の恥辱であった。

「ええっ!」
「貴様っ!」

一緒に旅をしていた友と呼べる少女たちが驚いた顔を、怒りをこめた顔でその男の顔を睨みつける。
この大陸の人であれば当然の反応。
特に武芸者である友人は誇り高く、そんな無礼を許すような人物ではなかった。
今にも手に持つ槍を彼に向けて突き出しそうな気配さえあった。
だから、私は。

「はい、何でしょうか」

一歩前へと出て彼女の行動を遮る。
何しろ、知らないのであれば、従えという方が理不尽だ。
空気よめ、といった微妙な差で真名と姓名を区別できるわけでもないし。

「ふ、風・・・?」
「庇いたてする必要はあるまい」
「いえいえ、どうも身なりからしてこの大陸の外の人なのかな、と思いまして。
それでしたらこちらの勝手な理屈を問答無用で押し付けるわけにもいきません」

困惑した様子の稟ちゃんと、矜持を曲げるなど考えつくことも無さそうな星ちゃん。
正論と言ってもそれで納得の出来る話ではないだろう。
何しろ許しを得ずに真名を呼ばれるというのは最大の侮辱なのだから、いかしかたない。

「ではでは、こうしましょう。
お兄さん、この地では姓名の他に真名、という風習があります。
その真名はとても大事な名前でして、許しを得ずに口にするのはその人の尊厳を汚すような振る舞いなのです。
お兄さんは私の真名を今、口にしてしまったのですが、釈明をお願いします」

私は、ニヤニヤ、と人の悪そうな笑みを浮かべながら、まるで謎掛けのように声を上げる。
今までこちらのやりとりを見たり、周囲の光景を見渡したりしながらも、目を白黒させていた男性が、はっとしたような顔を浮かべて大きく頭を下げる。

「ご、ごめんっ!
俺、そんなこと知らなくて!!
悪かったですまないのなら、俺に出来ることなら何でもするから!!」
「ではまず名前を教えてもらいましょうか?」
「北郷、北郷一刀だ。
姓は北郷、名は一刀。
その・・・真名ってやつはないよ」
「はい。
姓は程、名は立、真名は風と言います。
お兄さんは私のことを、風、と呼んでかまいませんよ」

稟ちゃんと星ちゃんが私とお兄さんのやり取りをぎょっとした顔で見つめていた。
あまりにも常識とはかけ離れた掛け合いだから当然だろう。
現に私だって、普通であれば真名を呼ばれた時点でうろたえてみっともなく訂正を求めたっておかしくなかったはずだ。
それをしなかった理由は。

「それではお兄さんには風の良人になってもらいます。
いきなり真名を呼ばれるなんて大胆なことをしてくれたんですから、もうこれは嫁にもらってくれないと許せませんね」
「は、はぁあっ!?」

私が無造作に彼に近づきながら腕を絡ませてそんな発言をすると、さすがにお兄さんは驚いたかのような声を上げる。
ちょっとムカ。
単純に喜べとはさすがに言いませんが、少しは、こう、女性にくっ付かれているのですから何かあるべきだと思うのですが。

「変なヤツだとは思っていたがここまでとはな。
筋金入りだ」
「ショックのあまり、頭の回転がおかしくなってしまったのでしょうか」

失礼な友人ですね。
まぁ、その発言は分からなくもありませんが。
私だって、私以外の人間が突然そんな事を言い出したら頭の病気を疑います。

「失敬ですねー。
風だって、本来なら取り乱して訂正しろと声を上げる場面ですよ、はっきり言って」
「現にしとらんじゃないか」
「説得力がないわよ、風」
「一目ぼれってやつです。
お兄さんに真名で呼ばれても全然嫌じゃなかったですし」

さらにぎゅうと、強く抱きついてみると、隣に立つうろたえた様子の男性からドキドキという早い心音が伝わってくる。
ちょっと満足。
もちろん、私の鼓動も先ほどから凄まじい勢いで高鳴っていた。

「はぁ。
・・・どちらにしろ、陳留の刺史殿に任せることにしよ」
「だめですよー。
お兄さんは風たちと一緒に連れて行きます」
「ちょ、ふ、風っ!?
あなた本気なのっ!?」

遠くから見えて来たのは騎馬の一群。
彼らに見つかる前に立ち去ろうという意見には賛成だが、それだけは譲れない。
ニヤリ、と笑みを浮かべた私はまだ自分の立ち位置と言うヤツを全く理解していないだろう、男性の腕を引いて歩き始めた。
それは、どんなにも素敵な日々の始まりになるのだろうか・・・。





「・・・夢」

しゃがんでいる内にウトウトとしてしまったらしかった。
特技は居眠りですと言える彼女ならではの話だが、それで風はようやく合点がいく。
ここに居る理由をようやく理解した。

「華琳様に嫉妬していたわけですね。
この場所は、華琳様よりも先に風がお兄さんと出会った場所だから・・・」

夢はお告げ。
少なくとも彼女はそう信じている。

「お兄さんが最後に選んだのは当然ですけど、私の君主でした。
そんなことは必然です。
むしろ華琳様以外を選択するなんてありえません。
亀毛兎角というヤツですねー。
でも、臣下の私はそれを良しとしても、女の私はそれを良しとはしていなかった。
醜きは女の嫉妬というわけです」

眼が覚めたせいでぼやけていく夢の光景を思い出しながら続ける。
そう、とどのつまり、彼と一番最初に出会った、最初に真名を呼んでもらったことでどこか優越感を持っていたのだ。
それが彼女に、ただの脇役Aで生を終わらせることを拒んでいるのだろう。

「私は、初めてお兄さんと出会ったとき、私たちと一緒についてこさせれば良かったと後悔しているんでしょうか。
それとも彼と一緒に華琳様の前に立つべきだったんでしょうか。
どちらにしろ、もうとっくに過ぎた日の話です。
それを今になって・・・とは、何て女々しいんでしょう」

言葉に出すとひどく惨めな気がして、冷たい地面の上に彼女はぺたりと座りこんだ。
苛立ちを紛らわすかのように、どん、どん、と地面を叩いてみるが、鍛えてなどいない拳がじんじんと痛むばかりで何も変わりはしない。
そんなことで、彼女の想い人が都合良く帰って来るなんてことはない。

タララララ〜♪
タッタッタ〜♪

だが、世界はわりと都合の良いものだったのかもしれない。
そんな風に思えるほど、場の雰囲気を読んだかのようにどこからか音が聞こえてきた。
張三姉妹の舞台で聴いたことのあるような雰囲気の曲ではあったが、音質自体はどんな楽器であればそんな音を出せるのか、聞いたことのない不可思議なモノであった。

「なに・・・?」

ぐるり、と首を巡らせた彼女の視線の先には、光沢を持つ、真桜が見れば垂涎もの間違いないようなカラクリが転がっている。
小さくて見たことのない道具。
まるでこの世のものとは思えぬほど綺麗な色をしたソレは、今の今まで全く気付かなかったのが不思議なぐらいに、荒涼とした地面に当たり前のように転がっていた。

タララララ〜♪
タッタッタ〜♪

じっと見つめても、小さなカラクリからの音が鳴り止む様子はない。
それにしてもこの旋律はどこかで聴いたことがあった。
耳に届く音に合わせるように口ずさむ。

「タララララ〜♪
タッタッタ〜♪」

間違いない。
だが、何処で聞いたのだったのかが、思い出せない。
そんなに古い話ではないはずなのだが・・・?

「・・・あ」

思い当たったのは、まだ彼がこの世界で過ごしていた、ある日のことだった。
その日、張三姉妹の事務所に一刀を呼びに訪れて、そこで彼が新しい曲を作ろうとしていた彼女たちに披露してみせた天界の歌だ。
その時彼の口ずさんでいた曲が少し音程を外していたた上に、聞きなれない音の響きだったために気付くのが遅れたが、なるほど、確かにその通りだ。
つまり、アレは天界の道具なのだろう。

「お兄さんっ!?」

気付くと同時に、彼女は駆け出していた。
足をもつらせ、転げそうになる身体を両手を大きく振って何とかバランスを保つ。
だが、ただでさえ体力のない身の上であることに加え、戦もなくなり、ここ数ヶ月まともに身体を動かすこともなかった風はついにどうしようもないほど両足を縺れさせた。

「・・・っ!?」

受身をとることもせずに、ただ、彼との繋がりだけは手に入れたくて腕を伸ばす。
伸ばした指先が、こつり、と硬質の道具に触れる。
土埃にまみれた衣服と髪がもうもうとした塵を撒き散らすが、そんなことは気にもとめなかった。

「お兄さんっ、お兄さんっ、お兄さんっ!!」

掻き毟るように手に収まるほど小さな道具を引き寄せると、途端に涙が溢れてきた。
理屈で言えば土ぼこりのせい。
精神的に言わせてもらえれば感極まって。
どちらでも構わない。
彼女はただ、歪む視界でその道具を覗き込んだ。

「・・・これは?」

見たこともないような道具にはめ込まれた、硝子のような板には文字が書いてあった。
戯れと気まぐれでお兄さんに教えてもらった天の国の言葉で。

『外史のとびらをひらくか?』

外史、という言葉は分からない。
ただ、そこに良く分からない興奮があった。
例えようのない、ドキドキする気持ちが、胸に溢れてくる。
何故だか分からないけれど、これは新しい世界への、天の国に繋がる道なのだと自然と理解した。
一瞬、華琳様や稟ちゃん、魏の国の人々の顔が頭に浮かぶ。
・・・それでも。

「ひらき・・・ますっ」

その瞬間、視界を埋め尽くすほどの光が溢れたかと思うと、ふわり、と彼女の意識は空に溶けてように消失した。





それから数十日が過ぎていた。
天の世界とも何処かの大陸では便宜上呼ばれていた、日本という大陸の外にある島国で、聖フランチェスカ学園の制服に身を包んだ少女が走っている。
同年代の女の子と比べても小柄な体躯と、腰よりも長く伸びたふわふわの髪。
少し大きめの、陽に反射する目新しいポリエステルの制服にまだ着られているといった感のある少女が、剣道場から出てきた青年にぽすんと軽い音を立てて抱きつく。
途端に周囲の噂好きの年頃な少年少女たちが、やんややんやと部活の疲れも見せずに騒ぎ立てる。

「・・・ふ、風っ!?」
「お兄さん、お疲れ様です」

周囲のやっかみの視線や隠すつもりのない皮肉の声を受けて慌てる一刀に、風は堂々とした声でしっかりとねぎらいの言葉をかける。
風の物怖じしない態度に触発されたのか、それとも開き直ってしまったのか、一刀も自分から小さな少女を苦笑を浮かべながらぎゅっと抱きしめた。

「・・・ぐぅ」
「寝るのかよ!」
「・・・おぉ?」

一刀がべちり、と脳天目掛けて垂直にチョップを入れる。
ちょうど背の高さ的に当てやすい位置に頭があったのも幸いか、風の目がパチクリと見開かれる。

「うっかりうっかり、お兄さんの胸の中はぽかぽかと、心地よい場所でして・・・ぐぅ」
「だから寝るな」
「うぅーっ」

今度は一刀にデコピンをされた少女が、少しだけ赤くなった額に手を当てながら恨みがましい目で彼を見上げる。

「これがどめすてぃっく・ばいおれんす、というヤツですね。
風はお義父さんから頂いたお兄さんの署名入りの婚姻届を胸に抱きながらよよよ、と泣き崩れるばかりです」
「・・・ちょっと待て。
今聞きずてならないことを言っただろう」
「いえいえ、風が株で儲けたあぶく銭を1000万円ほど贈与しましたら、快く記入くださいましたよ?
お義母さんにも根回し済みですので、もうお兄さんの味方は何処にもいませんね、フフフ」
「・・・恐ろしいヤツだな。
さすが魏が誇る希代の軍師。
現代日本でもその深謀遠慮は健在というわけか」
「ぐー」
「・・・まぁ、傍から視るととてもそうは思えないところがまた恐ろしい」

もう一度ぴしゃり、と軽い音を立てて風の額に弱いチョップをいれてやる。
着々と北郷の家に嫁に来ようと外堀を埋める風の策略には舌を巻くものがあるが、それでも一刀が嫌だと思わない時点で両想いなので気にする問題でもないのだろう。

「お兄さん」

風は彼の耳元で小さな声で囁く。
これまでの寝ぼけ声とも違う、ふざけた口調とも違う、当たり前のことを当たり前に語るような口調だった。
それでも真剣な声色で彼女は続ける。

「私は立という名を捨て、cという名を自らの信念の下で得ました。
しかし支えるべき太陽を捨ててしまった私は最早、名もない、ただの風なのです。
あなただけの風という女の子です」
「俺は、今はまだ方法も分からないけど、何時かどうにかしてアイツらの待つ魏に戻るつもりだ。
そんなこと言ってもいいのか?」
「ええ、もちろん。
だって私は・・・」

首を傾げる一刀に風はにこり、と微笑む。
脇役に過ぎなかったはずの私が、何故この天の国に呼ばれたのか。
私が与えられた存在意義というものが何だったのか、それは今でも分からない。
でも、それでもきっと私は大丈夫。
だって大好きな人がそばにいる。
彼が一緒なら、私は何だって出来る。
そう、この世界で成功することだって、あの、華琳様たちが居た世界に帰る事だって目指せる。

「もう天命も捨ててしまった風は、貴女のお嫁さんになる夢しか見られないのです。
それさえ叶えば、後の些細な願いなんて結構あっさりなんじゃないですかね」

軽い口調で、彼女は当たり前のように宣言する。
これから始まる新しい彼女たちの物語は、だってまだ本当に始まったばかりなのだから。


(了)