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真・恋姫†無双 SS 『思わせぶりな花はそんな貴方の側に咲く』 後編


「ふむふむ、じゃあわらわはたっぷりとハチミツを食べてきた熊を使った紅焼熊掌に
パリっと皮を炙った北京火考鴨かのぉ。
焼餅に入れて食べるとこれがまたなんとも言えんのじゃ♪
むむ、黄焼魚翅とか雲片燕窩など久しく食べておらんな、久しぶりに食べたいの〜」
「私はですね〜、白い花びらのように美しい芙蓉鶏片に清蒸桂魚・・・ですけどぉ、
さくさくとした揚げ物も美味しそうですねぇ。
珍珠蝦排とか、ああ、スープに鶏豆花なんてのも捨てがたいかなぁ」

袁術・張勲を仲間に加えてからさらに北上を続けた俺たちは、
成都に次ぐ発展を遂げている地方都市に立ち寄ることになった。
旅の途中は味気ない携帯食や乾物ばかりだったので、
折角だからちょっと奮発して高い店に入ってみようと見栄を張った結果がこれだよ!
ちなみに袁術と張勲が口に出した料理は熊の手に北京ダック、
フカヒレにツバメの巣、桂魚にえび、それからあわびというラインナップである。
コイツら、容赦ないなぁ。

「・・・ご主人様、大丈夫?」
「ああ、うん、ダイジョウブあるよー。
蒲公英も好きなものを頼んでいいあるよー」
「変な言葉づかいになってるよ!
でも敢えて気にせず、たんぽぽも注文しよーっと。
わあっ!
このお店、刀削麺あるんだ!!
これと三鮮鍋巴に牛肉焦餅と・・・」

もう好きにしてください。
がっくりと肩を落とした俺は、ウキウキとした表情で菜譜を眺める3人を見つめる。
・・・アレだけ注文しておいてまだ食べる気か?

「皇帝陛下♪
わらわデザートも食べたいのぉ」
「さすが皇帝陛下!
よっ太っ腹、懐が深いっ!
あ、私は蓮蓉月餅で良いですよ〜」
「にひひっ、贅沢もたまには良いよね。
たんぽぽは寿桃に石榴、小窩頭に、それから〜」

俺は彼女たちの言葉を聞くと同時に、
財布の中身が一気に吹っ飛んでしまう未来が見えて思わず机に突っ伏してしまう。

・・・何だか俺が皇帝になるための外堀が、どんどん埋められていっている気がするな。

俺は乾いた笑いを浮かべながら、こんな状況になってしまった原因を思い出すため、
今から一週間ほど前、袁術・張勲を連れて村に戻ったときのことを思い描くのであった。





「・・・あれ?」
「何だか様子がおかしいね?」

袁術たちが住み着いていた件の洞窟から戻ってきた俺たちの視界に村の入り口が見え始めた頃、
俺はその異変に気がついた。

「ひぃっ?
もしやわらわたちをだまし討ちにするつもりじゃったのかや!?」
「ああ、お嬢さまっ!
七乃だけは最後までお嬢さまのお側についておりますからねっ!」

何を早合点したのか、ひしっ、と抱き合う袁術と張勲を横目に蒲公英に視線を向ける。
彼女はふるふると首を振って、自分にも予想がつかないと教えてくれる。
何しろ、村の入り口に住人がわざわざ勢ぞろいしているのだ。
100人以上の人々の前には、昨日お世話になった村の有力者の姿も見える。
どう控えめに見てもただ事ではない。

「・・・回れ右して逃げようか」
「やめとこ、もう向こうもこっちに気付いているだろうから悪印象だよ」

俺の情けない発言に蒲公英が首を左右に振って答えてくれる。
ちなみに袁術たちはまだ抱き合ってプルプルと震えている。
うん、俺も現実逃避していたいなぁ。
・・・ってわけにもいかないか。

「おーい、どうしたんだ!
こっちは無事に解決したぞ!!」

取りあえず声を張り上げて、こちらに敵意が無いことと、
頼まれごとは済ましたことをアピールしてみる。
ううむ、見た限り武装とかはしていないようだけど、何であんなに緊張した顔つきをしているんだろう?

「・・・ご主人様、場合によってはたんぽぽが血路を開くから、そのときは素直に逃げてね?」
「悪いな、たんぽぽには苦労ばっかりかける」
「それは言わない約束だよ、ご主人様♪」

ぼそぼそと小声で蒲公英と万が一についての打ち合わせをする。
正直に言うと、彼女に全てを任せるのは気が引けるが、
笑顔でお約束の台詞を言ってくれる蒲公英を信じることが今の俺に出来る最善だろう。
俺たちが彼らの目の前まで近づくと、先日も相手をしてくれた老人が深々と頭を下げ、
何か布のようなものを俺に差し出してきた。

「・・・?
俺にか?」
「本日のことでございます。
この村で漁をしている者が、このようなものが網に引っかかったと言って参りました。
御遣い様がこの地に居られる折にこのようなとんでもないモノが見つかるなど、
天が貴方様に献上せよと仰られていると持参した次第でございます」
「何だろう」

俺が素直に受け取ると、目の前の老人を含めた村人たちが一斉に地面にひれ伏した。
・・・昨日もそうだが、この村の人たちは信心深すぎやしないだろうか。
ともあれ、この布の中身を見てみないことには始まらない。
するするっと覆いを除いていくと・・・

「うっ」

思わずうめき声を上げてしまった。
中に入っていたのは、黄金色に輝く意匠細やかな印章である。
そっと持ち上げてみると手の平にすっぽりと収まる程度の大きさである重量以上に、
何か目に見えない重さが俺の掌にずしりと圧し掛かった。

「・・・」
「うわー、きれー」
「ほほぅ、なかなかのもんじゃの」

かちかちに緊張した俺の様子に気が付いたのだろう。
後ろから俺が持つ金細工を覗き込んだ蒲公英と袁術が暢気な声をあげる。
しかし、多分これは、恐らく・・・
ごくり、と俺は唾を呑み込む。

「そ、それって帝位に即くものが持つ玉璽じゃないですかっ!!」

さらに後ろから覗き込んできた張勲の叫び声で、俺はやっぱりか、と確信を持つ。
そっと金印を持ち上げると、そこには文字が綺麗に彫りこまれている。

「めいをてんにうく
すでにいのちながく
とこしえにさかえん」

詠み上げた言葉が、すぅ、と胸に沁み込んでいく。
それで何と無く、この玉璽が本物だということが分かる。
・・・確かに今、この印が持つ歴史が俺の心に届いたのを感じたのだった。

「これぞ御遣い様に皇帝の御位につき、長き戦によって疲弊した万民を安んずべき時と考えまする」
「お、俺が?」

ひれ伏したまま語る老人の言葉に思わず引いてしまった。
朱里からそんな計画は聞いていたものの、まだずっと先の話だと思っていたのだ。

「そうですね。
玉璽が曹操さんでも孫策さんでも劉備さんでもなく、
北郷さんの手元に届いたのは間違いなく天の啓示です。
この大陸の正統たる帝になるべし、と天もまたお望みなのでしょう」
「ううっ!?」

後ろからは張勲さんが、
いつものおっとりとした口調ではなくしっかりとした言葉遣いで俺に声を掛けてきた。
彼女はこの出来事をどういう風に考えているのかは分からないが、
少なくとも今の言葉には嘘は無さそうであった。

「元々玉璽とは天から与えられたものじゃ。
天の御遣いたる北郷の元に玉璽が戻ってくるのはまた当然じゃな」
「くぅっ!?」

俺の右横に立つ袁術も珍しくも、真面目な口調で後を続けた。
怯む俺を見て
「じゃあわらわが代わりに」
などと言い出すかとも思ったが、そうは言わなかったあたり、彼女も成長しているのかもしれなかった。

「・・・ご主人様。
難しいこと考えないでもいいよ。
ご主人様が皇帝になることで戦が無くなって、悲しむ人たちが今よりもっと少なくなるんだったら・・・。
それはさ、きっと誰にでも成し遂げられることじゃないんだよ。
天に選ばれた人だけが出来るってさ。
たんぽぽはそれはご主人様以外にはいないと信じているよ」
「・・・たんぽぽ」

俺は左隣に立つ蒲公英の言葉に耳を傾ける。
そうだな、確かにこんな分不相応な俺を天の御遣いなどと信じて今まで手伝ってくれた、
皆に恩返しが出来るかもしれない。

・・・そうまで言われちゃ、断われないか。

色々な人たちにさんざん背中を押された俺は、
例えるならば、もう崖の足場のあるところよりも向こう側にまで押し出された状況である。
もう後戻りなんて出来るわけがなかった。
平伏す村人たちの前でしっかりと宣言する。

「長老さん、玉璽は謹んでお受け取り致します。
蜀国の王、劉備
呉国の王、孫策
魏国の王、曹操
三国の王とともに大陸の全ての民のためにこの身を尽くすことをお約束いたします」

こうして俺はこの国の皇帝の証である玉璽を手に入れることになったのである。
・・・いや、まだ正式に禅譲受けたわけじゃないから皇帝じゃないんだけど、
うん、このプチ家出が終わってから帝になるために頑張るってことでイイヨネ?
帝位に即くという重荷にちょっと日和る俺であった。




で、まぁ、俺が彼女たちに皇帝陛下などと呼ばれる理由が出来たわけなのだが・・・。
いや、確実に敬ってないよね!?
むしろ良い財布が出来たとかぐらいにしか思ってないよね?

「何を言う・・・もぐもぐ。
わらわはきちんと・・・はぐはぐ。
だんな様のことを敬っておるぞ」

だったらせめて口の中のものを呑み込んでから喋って下さい袁術さん。
と言いますか、せめて料理がそろってから食べ始めましょうよ。
お腹減っているのは分かるけど!

「まーまー、そんな細かいこと言いっこなしですよう、旦那様!
もっとドーンっと構えるぐらいでちょうど良いんですから!!」

ばしばしと肩を叩きながらそんなことを言う張勲さん。
何気なく彼女も力が強い。
つまり、とても痛いです、はい。

「そんなこと言ってないでご主人様も、ささ、一献」

蒲公英はそう言って、俺の杯に並々と自分が飲んでいる馬乳酒を注ぐ。
発酵した乳独特のクセがある芳醇な香りが俺の鼻腔をくすぐった。
・・・ごくり、と俺の喉が鳴る。
きっと、今の音は蒲公英にも聞こえてしまっただろう。

「・・・全く」

ならばもう文句を言ってもしょうがない。
どちらにしろここが俺の支払いであるのならば、食べなければ損だ。
俺はこうなったら自分が一番楽しんでやろうといった気持ちで目の前に並んだ料理に、
早速手をつけ始めるのであった。



それから一時間も経っただろうか。
俺たちの卓には空になった料理の皿がいくつも積まれ、
それから空になった小さめの酒かめが10個以上転がっていた。
袁術はちっこい身体のくせしてこの店の蜂蜜酒をほとんど飲み干してしまったようだし、
張勲はかなり度数の高い老酒をぐびぐびと呷っている。
蒲公英もわんこそばのように酒を呑んでいたので、
普段の飲み会と比べてもかなりヒドイ量になっているはずだ。
・・・かくいう俺も結構飲んではいるのだが、まだ何とか意識は正常だったりする。

「うはははははははは、七乃が七人いるのじゃ!」
「あはははははは、それはとっても楽しいですねぇ」

7人のナナ(ノ)の幻を見ながらも、何が楽しいのかケタケタと笑う袁術は顔色からして既に真っ赤だ。
既に完全に出来上がっているのは誰の目から見ても明らかだし、
顔色は素面の頃と変わっていない様子の張勲も袁術に話しかけているつもりなのだろうか。
料理として出された魚の頭に向けて喋っているところから見て、もうダメダメなほどの酔っ払いだろう。

「ご主人様ぁ・・・」
「た、たんぽぽ?」
「すきすきすきすきすきすきすきすきすきすき・・・」

何だか滅茶苦茶大胆な発言をしていますが、
残念ながらたんぽぽと向き合っているのは俺じゃなくて卓の横にある植木だ。
何も言わない木が不満だったのか、蒲公英はチョップ一閃。
子供ぐらいのサイズがあった植木がメキョ、と嫌な音を立ててへし折れた。
どう見ても人間凶器です、本当にありがとうございました。

「何だか酔っ払いそこねた気がするな」

言葉の通り、どうやら酔い損ねてしまったようだ。
今から酔っ払おうと思っても、
彼女たちが滅茶苦茶をしないかと気になってもう酔っ払うどころではない。
まだ植木ぐらいで済んでいる内はよいが、下手をすれば人間が真っ二つになってしまう可能性もある。
イザ、と言う時は止められるように意識を混濁させるほど酔っ払うわけにはもういかないだろう。

「だんなさまーーーっ、抱っこなのじゃーっ!」
「え、袁術っ!?」

不意に横から小さな影が抱きついてきた。
とは言え、彼女のサイズに見合った勢いでしかなかったので、
しっかりと袁術を受け止めることができたのだが、何故か彼女は不満顔を浮かべていた。

「みーうーなのじゃー」
「へ?」
「みうじゃ、
わらわはみう、なのじゃーーっ!!」
「あ、ああ・・・み、美羽?」
「えへー」

抱っこお化けとなってしまった袁術・・・もとい、美羽を抱えながらも俺は驚いていた。
張勲に唆されたからか、俺のことを『だんな様』などと呼んではいたが、
真名でも良いなどとは言われなかったからだ。
・・・うーん、酔っ払った勢いかもしれないから、素面に戻ったら確認しておこう。

「だんな様はー、みうのだんな様だからぁ!
みうのことをいっぱい、甘やかさないといけないのじゃーっ!!」
「はいはい」

取りあえず頭をもふもふ、とゆっくりと撫でてやる。
犬の相手をしている気分だ。

「よきに計らえなのじゃー!」

それでも美羽は機嫌が良さそうに声を掛けてきた。
気に入ってくれたようなので、一安心。
俺は今度は透き通るような金色をした彼女の長髪を軽く梳いてやりながら、
指で軽くなぞるように肌をくすぐってやる。
もぞもぞ、とこそばゆい感覚から逃げようか逃げまいか迷っている美羽に、
さらにちょっかいを出してやろうと構えた俺の腕が、ぴしり、と固まった。

「・・・張勲、さん?」

たまたま向けた視線の先には、こちらを見つめて動かぬ張勲の姿があった。
やぶ睨みのギラギラした瞳で俺の方を見つめながら、ぐいぐいと酒を呷る姿は、
何処か鬼気迫るものがある。
・・・やばい、美羽のことを弄りすぎたか?

「ああ、お嬢さま、可愛いです、可愛すぎです。
そんな旦那様に無造作に抱きつかれて、ああ、もうそんな魅力的な表情で。
じゅるる・・・おっと」

どう見ても、危ない人だっ!!
何でヨダレ垂らしてるの!?

「はあはあ、
ああ、腰をあんなにもぞもぞと・・・。
もしやもしや、旦那様の逞しい逸物が立ち上がり、それがお嬢さまの乙女を貫かんと・・・はあはあ」

っていうか美羽をつまみにして凄まじい勢いで酒を飲んでいるんですが、あの人。
ちょっと色々な意味で係わり合いたくなくなってきた。
良しっ!

・・・放置の方向で。

俺は酔っ払って変態にクラスチェンジしたのか、それともただ本音がダダ漏れになっただけなのか、
どちらなのか悩みながらも、張勲から無理矢理意識を離して卓に乗る料理に視線を移した。
結構お腹もいっぱいだけど、折角高い金払っているんだしな、もっと喰おう。

「あーん、なのじゃあ」

すると俺の意思に気付いたかのように、
美羽が器用に膝だっこの位置からでも皿に先が届くような長い箸で料理をつまんでいた。
そのまま声と同時に俺の口元まで箸を危なげなく動かしてくる。

「あ、ありがとな」

口の中で受け取って、もぐもぐと咀嚼してやりながら御礼を言うと
美羽の顔がひまわりのような笑顔で満たされる。
うわ、確かに可愛いな、コイツ。
張勲が、視界の端で鼻血をふいて倒れたような気配があったが、
それはどこかの誰かの専売特許だから奪わないでやってほしいと電波が届きました。
・・・俺も酔っているな。

「ずーるーいーーー」

ずい、と俺の視界いっぱいが、
先ほどまで壁に向かってぶつぶつと何事か呟いていた蒲公英のどアップで埋め尽くされた。

「たんぽぽもご主人様に食べてもらうー!」

言うや否や、彼女は箸で摘んだ料理を自分の口に運んだ。
・・・あれ?
と思った瞬間、彼女の唇が俺のソレを塞いだ。

「むぐ?」
「・・・・んーーーーっ」
「むごぁぁっっっっ」

咀嚼した料理が俺の口の中に思いっきり流し込まれる。
いや、これはあんまり嬉しくないっ!?
じゅるじゅるじゅる、とあまりにも生々しい音が響く。

1秒・
2秒・・
3秒・・・

「ぷはぁっ」
「・・・ごくり」
「美味しかったよね、ご主人様♪」

そのまま食べ物なのだか何だかもう良く分からなくなってしまったものを飲み込んだ俺に
たんぽぽが据わった笑顔で確認してくる。
うん、美味しいとかそれ以前に雛鳥の気分を味わえました。

「な、なんじゃ、そのぐらいっ!
わらわだって、わらわだってぇ!!」

ちょ、何対抗意識燃やしてるんですか、美羽さんっ!

「ちょ、張勲、たす、助けてーー!」

美羽の相手を変わってもらおうと必死に張勲に呼びかけてみるが、

「すーすー」

寝とるで、あの人。
ちくしょう、幸せそうな顔しやがって。





「まだ頭が重いのじゃ・・・」
「大丈夫ですか、お嬢さま?
はい、お水をどーぞ」
「すまんのじゃ・・・ふぅ」

日付が変わってあの街を後にした俺たちは、さらに北へむけて旅を続けていた。
俺は昨日の大宴会でのダメージがまだ尾を引いていたようで、少し頭が重かったりする。
・・・意識はしっかりしていたけど、結構飲んでいたのは確かだからしょうがない。
とは言え、美羽ほどではないようだ。
先ほどから顔色を真っ青にして、ずきずきと頭が痛むらしくしかめ面をしている彼女は
どう贔屓目に見ても二日酔いの症状のソレだった。
馬に乗ることも出来そうになかった美羽のために、
今日の移動は馬を引いて徒歩で動くことになったのである。

「大変そうだねぇ」
「ああ、そうだな。
・・・ていうか、たんぽぽは大丈夫なのか?
美羽以上に飲んでたと思ったんだが」
「あはは、武将なんてやってるといつまでも酔っぱらっていられるほど暇がないからねー。
平気平気―♪」

そう言ってむん、
と馬を引いていない方の手で力こぶを作ってみせる蒲公英は確かに全然大丈夫そうだった。
前を歩く張勲も平気そうだしな、武将って奴は本当にバケモノぞろいだぜ。

「・・・それよりもさー。
何時の間に、袁術のことを真名で呼ぶようになったのさ?」
「覚えてないの?」
「昨日のことはあんまり。
今日の朝、ご主人様の部屋で裸で寝てたからお持ち帰りされたのは確かだと思うけど」
「・・・まぁそれでも良いや」

真実は俺がお持ち帰りされた側なんだが、まぁ大した違いはない。

「昨日酔っ払っているときに、そう言われたんだけどな。
・・・まぁ覚えているかどうか疑わしいけど」
「いや、覚えておるぞ。
もちろん前言を翻すようなことはせんし、それから馬岱も美羽と呼んでかまわんからの、アイタタタ」

いつの間にか美羽たちに追いついていたらしく、
俺の言葉に割り込んだ美羽はそんな風に言ってくれた。
・・・美羽は二日酔いの症状が出ているわりに、昨日のことを全部覚えているらしいな。

「それじゃあ私のことも真名で呼んで下さい。
七乃、という名をお預けいたします」
「たんぽぽのことも真名で良いよ〜。
これからもよろしくね!」
「うむ、よろしくされたのじゃ!!」

わいわい、と姦しい女性陣を尻目に、俺はこれからのことを考えていた。
ぶっちゃけ路銀を凄まじい勢いで使ってしまったし、
それ以前に玉璽を持って何時までも流浪しているわけにもいかないだろう。
もう成都を飛び出してから一週間以上経つ。
あの夢の大男も諦めたころだろう。

・・・まぁ、キリの良いところまでとなると、馬騰さんの墓参りをしてUターンといったところだろうか。

「そこのものども、待たれいっ!!」

おや、またトラブルですか?
俺は凛とした力強さのある女性の声にぴたり、と足を止めた。
後ろから馬の蹄の音が響いてくるのを聞く限り、そこそこ離れた場所から声を掛けてきたらしい。
それにしてもやけに響く声だった。

・・・と言うか、聞き覚えのある声だった。

蒲公英も同じことを考えているのか、額にうっすらと汗を滲ませていた。
だんだん近づいてくる蹄の音。
そして、ついに真後ろに到着してしまったのかその音が止まった。
蒲公英と頷きあって、せーの、で後ろを振り返った。
さん、はい。

「「げえっ、関羽っ!!」」


「・・・なんですか、その言われようは」

口を尖らせた愛紗が俺をじろり、と睨み付ける。
本来であれば敵兵が思わず失禁するぐらいの凶悪な関羽の眼光であっても、
彼女がちょっと拗ねているせいだと分かっている俺はほとんど恐怖を覚えない。
ただ、慣れていないものには効果は抜群だったようで、
美羽と七乃が思わずすくみ上がってしまっている。
1ターンは行動できないだろう。

「いや、すまん、お約束だったんでな。
それより愛紗に・・・それから鈴々と朱里も来たのか?
おいおい、成都は大丈夫なのか?」

愛紗と一緒にここまで来たのだろう。
彼女のすぐ後ろにようやく追いついてきたのは、馬に仲良く二人乗りした鈴々と朱里である。
朱里が乗っているせいで、あんまり速度が出せなかったわけか。
・・・と言うか、五虎将の2人と大軍師が私用で留守にしているって、えらいことじゃないか?

「にゃー、鈴々は良く分からないけど大丈夫なのだ、多分」
「はわわ、多分じゃないですよぉ。
以前より一部の官吏が働きすぎなのは問題視していましたので、
この機会に各業務のあり方を検討しなおそうかと思いまして。
具体的には愛紗さんや鈴々ちゃん、それから私もですね。
仕事の分担が富に多い人は少し仕事の量を減らして、
その分をほかの人に回せるように書類の書き方なども検討してみました」
「・・・えぇっと、ワークシェアリングってことか?」
「はわわ?」
「ああ、すまん、俺たちの国の言葉で、
限られた仕事をなるべく多くの人で平均化して行うための仕組みだよ」
「はわわっ!
すごいですっ、さすが天の国ですっ!!
やっぱり地上よりも大分進んでいるんですね!!」
「・・・いや、問題も確かいっぱいあったはずだから、あんま大したもんじゃないけど」
「いえいえ、もう少し細かくお聞きしても・・・」
「朱里!!
いい加減にしないか、そんな話をするためにわざわざ追いかけてきたのではあるまい!!」
「はわわっ!?
そ、そうでした〜」

愛紗の一喝でそそくさと後ろに下がる朱里を横目に、再び俺の前に愛紗が立ち塞がる。
彼女はそこでごほん、と一息吐くと詰問を始める。

「さて、ご主人様。
このたびの騒動、どのような御深慮があって行われたのか、
この不肖、関雲長にお聞かせ願えませぬかな!」

・・・めっちゃ怒ってる。
だが、素直に夢に化け物が出てきて、ソイツから逃げようと思ったなどと白状して良いものだろうか。
もう分かりやすいほど分かりやすい彼女の態度に俺が対応を決めかねていると、
愛紗はあっさりと言ってのける。

「そうですか、ええ、私になどは言えないことですか。
どうせまた女人関係なのでしょう。
ええ、言われなくても分かります、分かってしまいますとも。
また、新しい女性を2人も連れて・・・聞くまでもありませんでしたね。
仕方ありません、無理矢理にでも連れ帰らせていただきます。
なに、その際抵抗されたのであれば腕の一本や二本、別れることになっても仕方ありませんな!」

ちょ、それは困るよ!
それにまだ俺は抵抗してないのに、何でもう青龍偃月刀を振りかぶっているんですか!?

「御覚悟っ!」

ひぃ、マジで殺す気かっ!?
お助けっ!!

・・・カキンッ!!

俺の頭よりも数センチ上で、愛紗の偃月刀は俺の横手から伸びた槍によって、ピタリ、と止まっていた。
・・・こ、こええっ!?

「何の真似だ、蒲公英」
「たんぽぽはこれからご主人様直属の将になる予定だから、愛紗に従う義務はないんだ・・・よっ!」

ぶんっ、と槍を振り回して、愛紗の偃月刀に込められた力を見事に削いで弾いてみせる。
先日の七乃との一戦で吹っ切れたせいか、愛紗と相対しているというのに堂々としたものである。
・・・うむ、頼もしいぞ、蒲公英!

「ご主人様っ!
愛紗に勝ったらこの前の御側付きの件、前向きに返事ちょうだいねっ!」
「・・・未熟者めが。
キサマごときに遅れをとる関雲長ではないわっ!」

愛紗が悪人のような台詞を吐きながら、神速という言葉ですら表せぬほどの速度で武器を振るう。
以前の蒲公英であったら確かに、
これだけで逃げ出すか、あるいは早々に諦めて次の機会を窺っていたであろう。
だが、今の彼女は違う。
小柄な身体を活かしてその場に留まったまま愛紗の攻撃のことごとくをかわす。
まさか蒲公英が真正面からぶつかってくるとは思っていなかったのだろう。
一瞬虚をつかれた愛紗の気が乱れたと見るや、蒲公英が己の槍を突き出した。

「せいせいせいせいせいせいせいっ!」
「くっ!?
な、なるほど、大言を吐くだけはあるっ!
まさかこの短期間でこうまで成長しているとはっ!?」
「まだまだこれからだーっ!」

蒲公英は愛紗が下がれば己が前へと進み、愛紗が前に出れば合わせて下がる。
ほんの少しの差ではあるが、それでも自分が有利とする間合いを決して崩さぬように立ち回る。
愛紗が焦れたように大降りな一撃を放つが、それも易々と見切ってみせる。
だが、追撃は仕掛けずにあくまでも間合いを保つことにひたすら全神経を保っている。

「ちぃっ!
引っかかるかと思いきやっ!」
「へっへー、そんなの引っかかるのは脳筋ぐらいだってっ!」

一進一退の攻防ではあるが、
愛紗は蒲公英の成長とやる気に困惑しているせいかイマイチ集中しきれていないようだ。
恐らくこのままでいけば、蒲公英が勝利を収めることもあるだろう。
俺と同じように考えたのか、少し離れたところから2人の戦いを見つめていた鈴々が
暢気な口調で口を挟む。

「にゃー、愛紗は政務ばっかりだったから腕がなまったのだ。
あねじゃー、鈴々が代わってやろうかなのだーー」
「余計なお世話だっ!
如何に文官の真似事をしようが、武を怠りなどはせぬわっ!!」
「お暇でしたらご相手願いましょうか?」
「にゃ?」

愛紗と蒲公英の一騎打ちに見とれていて気付かなかったが、
七乃がいつの間にか鋼剣を抜き放ち、鈴々の目の前にまで忍び寄っていた。
そのまま鈴々の返事も待たずに彼女は躊躇無く剣を袈裟に薙ぐ。

「・・・あらら?」
「不意打ちとは卑怯なのだー」
「気付いていたくせに何言ってるんですか、全く」

だが、鈴々は危なげない動きでひょい、
と彼女の太刀をかわして何時もの無邪気な笑顔を浮かべていた。
七乃は絶好の機会を逃したにも関わらず、あまり困ってはいないようだった。
こちらもいつもの笑顔を浮かべたまま、両手で剣を掴み正眼で構える。

「じゃあ・・・いくのだっ!
うりゃりゃりゃりゃりゃりゃーーーっ!!」
「よっ、ほっ、たっ、それっ」

先手は鈴々が取った。
何時ものように型があるのかないのか分からないような無茶苦茶な動きで繰り出される蛇矛が
大気すら切り裂かんと容赦なく突き出される。
七乃はそんな激しいばかりの必殺の嵐を、手に持つ剣でしっかりと受け流していく。
だが、鈴々はその受け流す力を逆手にとってさらに速度を上げて矛を振るう。
加速度的に早くなる鈴々の攻めにさすがに七乃の顔に焦りが走る。

ばきぃぃいいいいいっ!!

だが、七乃の身体能力が追いつかなくなる前に、人知を超えた鈴々の強力の前には、
力を多少受け流したとしても普通の剣では耐久が追いつかなくなったようだ。
真っ二つに近い状態に折れてしまった愛用の剣を七乃はぶん、
と鈴々に向けて投げ捨てると同時に、腰に差した懐刀を抜いた。

「にゃー、誰だか知らないけど大人しく投降するのだ。
鈴々は愛紗と違って大人だから、嫉妬に駆られてお兄ちゃんの腕を落としたりなんてしないのだ」
「・・・まぁそれはなんと甘美なお誘いでしょうか。
とは言え、今後も旦那様の下でお仕えしようと思っている身としては、
ここで使えるところを見ていただかなければいけませんので。
ご心配は無用ですよ」

ちらり、とこちらを見てから七乃がそう答えると、
鈴々も遠慮は必要無いか、とばかりに蛇矛を構えなおした。
あんな小さい懐刀じゃ、鈴々の相手になるわけがないっ!
そう考えた俺が二人の戦いを止めようと口を開いた瞬間、鈴々が爆ぜた。
正確には、吹き飛んだようにしか見えぬほどの踏み込みで七乃の懐にもぐりこんでみせた。

「死なないようには手加減してやるのだっ!」
「・・・っ!!?」

鈴々の掬い上げるような一撃が七乃の身体をまるでゴムマリのように吹き飛ばす、
そう思った瞬間、俺は信じられないものを見てしまった。

「うそっ!?」

鈴々の叫びが俺の耳に届く。
俺も同じ感想だ。
七乃は、鈴々の一撃を小さな懐刀で見事押さえつけてみせた。
それもまっこうから、力と力の争いであの張翼徳の一撃を防いだのだ。

「ふっ!!」

七乃はそのまま懐刀を放り投げてさらに間合いをつめて驚愕する彼女の懐に密着すると、
鈴々の腕と肩を流れるような動作で掴んだ。
そのまま、鈴々の身体がふわり、と浮き上がる。
見事な、一本背負いだった。

「にゃっ!?」
「ふっふっふ〜、油断しましたねぇ、張飛さん。
何も切れない袁家の懐刀は役立たずなことこの上ないんですが、
その代わりに絶対に折れないんですよ、これが何故か。
そして張飛さんの性格から言って、
こちらが武器を失えばああいうまっすぐな攻め方をするのは分かりましたから。
まぁ、計算通りってやつですかね〜」
「ずっこいのだーっ」
「負け犬の遠吠えですねぇ〜」

頭と足をひっくり返されて地面に転がる鈴々へと人差し指を立てて説明をしている七乃を見て、
2人とも無事に済んで良かったとほっと胸をなで下ろす。
ま、さすがは大将軍なんて役職に就くだけはあった、ってことかな?
とは言え、真っ向から鈴々の一撃を受け止めたせいで、
鈴々からは見えないようにぷらぷらと振っている彼女の手の平はずたずたに裂けて、
だくだくと血が染み出していた。

・・・それに気付いてから改めて七乃の顔見てみると、微妙に涙目だとわかる。

確かに痛そうだな、ありゃ。



「はわわっ!?」
「今じゃ、吶喊じゃーーっ!」

勝負のついた2人の姿を見ていると、不意に朱里と美羽の声が耳に届いた。
声の聞こえた方向へと視線を向けると、
さすがにこの2人が剣をとって闘うなどということはないようだが、
それでも真剣な表情で愛紗と蒲公英の一騎打ちを見つめていた。

「・・・っ。
いい加減にしつこいっ!」

愛紗の容赦の欠片も感じられない剛撃が蒲公英を消し飛ばさん、とばかりに振るわれる。
もはや離れた場所にいるこちらからさえも視認できぬほどの速度で繰り出される一撃を、
それでも蒲公英が紙一重でかわす。

「それはこっちの台詞っ!」

お返しとばかりに蒲公英の打突が一籌必殺の構えで放たれる。
だが愛紗は膂力でもって真正面から彼女の一撃を受け止めてみせる。

「甘いっ!」

ついに、優位を保つためには絶対であったはずの蒲公英の足が止めさせられた。
足を止めての打ち合いとなれば、愛紗に勝てるものなど、数えるほどもいやしない。
だが、追い詰められたはずの蒲公英は、そんなことなど気にした様子も見せず、
目の前の愛紗から視線を外しこちらを見つめていた。

・・・まるで、何かの命令を待つように。

全く、これで愛紗に怒られるのは俺の役目だな。

「倒してみせろ、蒲公英!」
「応っ!!」

蒲公英がギリッ、とこちらまで音が聞こえるぐらい間接を捻った。
足先から指先まで、
首先から腰先まで、
まるで身体全体を一対の弓矢として扱うように、
限界まで力を溜め込んだ彼女の全力が一瞬のうちに解放される。

ドンっ!!

まるで世界が破裂したかと思わせるような爆発音がしたかと思った、
その次の瞬間には、俺の視界に勝負の結末が飛び込んできた。





「・・・納得いきませぬ」
「何でー、愛紗ずるーい」
「それはっ、ご主人様が・・・蒲公英を応援するから・・・ええいっ!
確かにどんな場面であれ、私の負けだ負けっ!!」

憮然とした顔ながらも何とか負けを認めてくれた愛紗の前で
改めてガッツポーズを取っている蒲公英に声をかけてやる。

「蒲公英、凄かったぞ。
・・・うん、俺からも頼むよ、たんぽぽを選ばせてもらおう。
直に出来るだろう俺の直属部隊を率いてもらいたいと思う」
「りょーかいっ。
大船に乗ったつもりで任せてよっ!」
「それで張飛さんを倒した私が副隊長ですね〜」
「ははっ、まぁそうなるかな」
「・・・納得いかないのだ」
「・・・くっ、ですがすぐに私がその座を手に入れてみせますよ!?」

ちゃっかりと自分の居場所を確保する七乃に苦笑いを浮かべていると、
愛紗と鈴々はしかめ面をしてこちらを見つめていた。
とは言っても、2人は桃香の国にはなくてはならない存在なのだから、
俺の側付きなどしている余裕はなくて当然なのだが・・・。

「む、だんな様。
頬に泥が跳ねておるぞ?
ほれ、拭いてやるからしゃがむがよいのじゃ」
「あ、悪いな美羽」
「うむ、皇后として当然なのじゃ」

戦いが終わったからかちょこちょことこちらまで近づいてきて、
甲斐甲斐しく俺の顔をぬぐってくれた美羽の頭を慈しむように撫でてやる。
まぁ、こっちの皇后云々は後回しでいいや。

「・・・あの、ご主人様?
ちょおっとよろしいでしょうか?」

だが、朱里にとってはさすがに後回しに出来るような単語ではなかったようだ。
顔中に疑問符を浮かべながら、俺と美羽にじろじろと視線を送ってくる。

「えーと、行方不明になっていた袁術さんと張勲さん、ですよね?
何で彼女たちがご一緒なんでしょうか?
それに・・・あの・・・『皇后』とは?」

本命はあくまでも最後の質問なのだろう。
俺が自分から
「皇帝になるんだーい」
などと吹聴してまわる人間じゃないことぐらいは朱里も分かっているから、
何故そんな国家機密が漏れているのか気になっているのだろう。

「ああ、途中で立ち寄った村で色々あったんだ。
それで何と無く2人も一緒に連れていくことになった」
「何と無くとは・・・何ともご主人様らしいお言葉ですね!」
「にゃははは、お兄ちゃんは女の子相手だといつもこうなのだ」

愛紗と鈴々からは攻められることになったが、朱里はやはりその後が気になるようだ。
一言も口に発することもなく、ただ、続けてほしいと首肯した。

「・・・その村でちょっとした問題が起きたんだ。
その問題を解決するために動いたら、こんなモノを貰うことになった」

俺はそう言いながら、ポケットにしまっていた金印を取り出してみせる。
朱里が思っていた以上のモノが出てきたせいか、ぎょっとした顔をしてみせた。

「そ、それは玉璽!?
・・・なるほど。
その昔、洛陽の大乱の折、漢家から持ち出されて久しく行方不明になっていた・・・。
それが巡り巡って、持ち主に相応しい人物の下まで流れ着いた、ということなのでしょう」

真剣な顔でそのようなことをぶつぶつと呟く朱里に、さすがに俺は苦笑いを浮かべる。
まぁ偶然なんだろうけど、そう言った『機』というものを大事にするこの大陸の人たちにとっては、
そこには確かに意味があるのだろうけれど。

「・・・な、なんと!?
なるほど、それで蒲公英のあの気合の入りようでしたか」
「ふへぇ、何か凄いものなのだ?」

驚愕の表情を浮かべる愛紗と、何だか良く分かっていないらしい鈴々に首を振って答えてやる。

「昔の王様が持っていた王様の証・・・みたいなものかな。
と言うか、俺はそんな大層な奴じゃないけどな」
「何を言っておるのじゃ!
この大陸を制した王たちではなく、だんな様に名指しで奉じられたのじゃぞ?
それが宝章に選ばれたからでなく、なんだと言うのだ」

迂闊なことを言ったことを美羽に嗜められると、
俺は確かにわざわざ俺の前にこの印が来てくれたのは意味があったんだろうと考え直す。

・・・うん、俺もそろそろ覚悟を決めなくちゃいけないのかもな。

愛紗に恐れることなく立ち向かった蒲公英の覚悟に比べたら、ちっぽけな覚悟かもしれないが。
それでもこの覚悟を決めることが出来たのであれば、この旅はきっと有意義なものであったのだろう。

「・・・皆聞いてくれ。
俺はこれを天命と心得た。
このことがまた、新たな火種となるかもしれない。
だけど、この役目が俺に与えられた役割であると言うのならば、
数えられぬほど世話になった、
こんな俺を手助けしてくれたこの大陸の人々のために恩返しできることがあると言うのならば、
皇帝になってみようと思う。
こんな俺だけど、皆の力が借りたい。
力を貸してくれないか?」

俺の言葉と同時に、蒲公英と美羽と七乃が即座に膝を折る。
その後に続くように愛紗に鈴々と朱里も同じように臣下の礼をとった。

「ありがとう、皆」

・・・この際、何処までも煽てられて皇帝でもなんでもやってやろうじゃないか、そんな風に考えていた。
豚もおだてりゃ木にのぼるんだ、北郷一刀だって皇帝ぐらいやってやれないことはないはずだ。
きっと、その名が重くなったときに、辛くなったときに、支えてくれる奴はきっと、

にっこりと花が咲くように微笑む蒲公英の顔をみて俺も笑い返す。

そう、すぐ側にいるんだから。





「・・・あ、そう言えば成都に出没した貂蝉とか言う自称踊り子ですが」
「うん?」

全ての話が済んだ後、愛紗が思い出したかのように呟いた。
貂蝉?
貂蝉と言うと確か演技に出てくる絶世の美女と名高いあの?

「ええ、ご主人様が居なくなられるのと入れ替わりのように、
成都でその姿が目撃されるようになった裸同然の格好をした筋肉質の大男なのですが」
「・・・え?」

思わず額に汗が浮かぶ。
えーと、それからもう1週間以上経ったし、もう帰ったん・・・だよね?

「ご主人様が成都にいらっしゃると言う話を聞き及んだらしく、
城下に居を構えてご主人様のお帰りを待っているようです。
・・・お知り合いでしょうか?」
「・・・あ、そう」

眉を顰めてその自称貂蝉と俺の関係を尋ねる愛紗に答える気力も無くした俺は、
一番の目的は果たせずじまいかと、がっくりと肩を落とすのであった。

(了)