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真・恋姫†無双 SS 『思わせぶりな花はそんな貴方の側に咲く』 中編


「や、やっと着いたな・・・」
「ご主人様、だ、大丈夫?」

本日のお役目は終了したとばかりに太陽がその姿を地平線の彼方へと隠し始める頃、
俺こと、北郷一刀と蒲公英はようやく村までたどり着くことが出来た。
馬になんとかしがみ付いている様な格好で何とも情けない俺ではあったが、
ようやく一息吐くことが出来ると、ほっとため息を漏らした。

これもそれも、性的な河遊びに時間をかけすぎたせいである。

もう色々な意味で立ち上がれなくなるぐらいまで攻めたり攻められたりしていた俺たちは、
かなりの早起きもあって、気付くと川縁でぐっすりと眠りこけていた。
そして、起きてみれば2日連続の無茶がさすがにダメージになったのか腰がやけに重く感じてしまい、
馬に乗るのも普段よりも苦労したぐらいだったりする。
付け加えれば、ロスした時間を取り戻して日が暮れる前に村にたどり着こうとしたせいで、
一般の兵隊さんが行軍するぐらいのハイペースでここまで飛ばすハメになったのも一因だ。
それはもう疲れきっても仕方なかろう。

・・・と、とりあえず、腰がやばくなる前にどこかで休ませてください、お願いします。

「さぁって、じゃあ長老さんの家に行ってみようか!
場所は大体分かっているから迷うこともないよ」
「げぇっ!?」
「変な声あげてどうしたのさ?」

休み、の『や』の字も無く、次の行動を始めようとした蒲公英へと俺は仰天の叫び声を上げる。
彼女の顔色をちらりと窺うが、あちらは全く疲れた様子を見せていない。
・・・まぁ、騎乗の人だもんな蒲公英も。
俺とは鍛え方が違うか。

「・・・いや、たんぽぽは元気だなぁと思って」
「にひひっ、ご主人様から久しぶりに一杯愛してもらったからかなぁ。
何だか全然疲れなくって♪」

短めなポニーテールをなびかせてこちらへとウインクする蒲公英は事実、
昨日の彼女よりもむしろ血色が良いようにさえ見える。

・・・はわわっ、何か吸われてます!?

いや、朱里の真似しても俺の疲れは癒されないからな。

「でも確かに日が暮れる前に挨拶に行った方がいいだろうな。
今日の宿も世話してもらうことになるだろうし。
仕方ない、あとひとふん張り頑張りますか!」
「さっすが、ご主人様!
惚れ直しちゃうよ〜」

やんややんやと囃し立てる蒲公英とともに街の入り口で馬を下りて、
歩いて村の中心部へと向かっていく。
この村は成都からの距離も近く、賊による被害もほとんどないとの報告を受けている。
事実、そこそこ栄えているらしい。
通りの整備もしっかりとされているし、並んでいる店構えも結構立派なものが多い。
・・・だけど

「妙だな」
「何が?」

俺の呟きに答えた蒲公英がきょとん、と首を傾げる。
彼女はまだ気付いていないようだが、それも時間の問題ですぐに気付くだろう。
無駄に話を引っ張るところでもないので、あっさりと答えを教えることにする。

「人通りが全く無い。
それどころか露天はあっても、肝心の行商が立ってないのはいくら何でも変だ」
「あっ!?
ホントだ!!」

蒲公英も気付いたらしく、きょろきょろと辺りを見回し始める。
だが、やはり人っ子一人さえ発見出来なかったらしく、諦めたように首を振ってみせる。

「ダメ、隠れているのかもしれないけど、少なくても見える範囲には誰もいない」
「・・・何か問題が起こっているのかもしれないな。
この街の名士の家に急ごう」

俺はごくり、と唾を飲み込んで気合を入れなおすと、目的地へと少し急ぎ足で進んでいった。
さて、この村に何が起こったのか・・・。




「うわっ、すっごい人だかり・・・」
「この村の民が皆集まってきているみたいだな」

蒲公英の口から漏れた呟きに答えてから、改めてその大きな屋敷に目を向けた。
かなり大きめな、大人が4,5人も並んで入れそうな門の向こうにある、
これまた大きな庭には100人以上の民衆が集まっている。
さすがに門の外まで話の内容は届かないので集まった理由は分からないが・・・

「何だか困っているみたいだね」
「ああ、何かあったんだろうな」

蒲公英の言うとおり、彼らの顔には一様に困惑と悲壮の表情が浮かんでいた。
これは確実に街に人通りが無かったことにも関係しているだろう。
俺は二つの出来事を結びつけると、このままここに居ても埒が明かないとばかりに声を上げた。

「おーい、話を聞かせてもらえないかっ!
俺は北郷、この大陸に遣わされた天の使者、蜀の北郷一刀だ!!」

ざわっ!
さすがに蜀に住んでいる彼らである。
俺のことは噂ぐらいには聞いたことがあったのか、彼らの間に動揺が広がった。

・・・一応制服を着てきたのが役に立ったな。

制服を着てないと俺が天の御遣いなんて信じてもらえないのも悲しいものがあるが、
この服を着ている=北郷一刀、
という等式が成り立っているので、ここは話が早くてラッキーと思っておこう。
周囲を照らしている夕陽に反射する俺の衣服に村人たちの喧騒がどんどん大きくなっていく。
あれ、逆に混乱させちゃったかな?

「蜀軍が将、馬岱であるっ!
この街が名士は我が前に出て事情を説明せよ!!」

さらに蒲公英が凛、とした声を張り上げる。
年端もいかぬ少女ではあるが、その身にまとう覇気が辺りに伝わるとその場に居た人たちが、
シン、と静まりかえった。
おお、すげぇ、蒲公英が大きく見える。
俺が彼女を尊敬の眼差しで見つめていると、蒲公英は俺の方を見てにこりと笑顔を浮かべた。
このタイミングを逃す手はない。
俺は、静まり返った皆に良く聞こえるように声を上げた。

「良かったら事情を説明して欲しい。
俺は大層な名前で呼ばれているけれど大したことは出来ない。
だけど、馬岱将軍は大戦を戦い抜いた猛将だ。
きっと皆の力になれると思う」

俺の精一杯の言葉に彼らがどう答えてくれるかを待っていると、
一人の身なりの良い老人が歩み出てきて、いきなり平伏してみせた。
俺が仰天の声をあげるよりも早く、他の村人たちも一様に俺たちの前にひれ伏していく。

「こ、これは御遣い様っ!
ご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございませんっ!」
「ああっ!
ほら、気にしなくていいから立ってくれ!
他の皆もそんな顔を上げてくれ!!」
「何とお優しいお言葉・・・。
某、成都にて御遣い様のお姿を初めて拝見させて頂いて以来の光栄でございますっ」

むしろさらに平伏してしまう老人に俺はおろおろと手を差し伸べようとするが、
彼は全く顔を上げようとしないので当然、俺が何をしているのかも分からないようだ。
それにしても俺の顔を知っていたのか。
話が早くて助かる・・・とは言っても、
俺なんてただの一般人みたいなもんだからそんなに恐縮する必要ないんだけどなぁ。
蜀の中心メンバーで精一杯緊張する必要があるのは愛紗と星、
それから公共事業を発注する際に業者を選別している朱里ぐらいのもんだ。
基本、ゆるゆるな俺たちだからな。
とにかく、俺は老人の腕をとって何とか立ち上がらせると、
彼にこの村が置かれた状況を聞くために改めて口を開いたのである。





「・・・つまり、この街の北にある洞窟に、盗賊らしきモノどもが住み着いてしまったと言うことか?」

屋敷内に通された俺たちが聞いたこの村の長老である彼の話をまとめると、そのような事情である。
元来この村は長年平和であったらしく、争いなんていうものはずっと無縁であった。
そんなのどかな街に突如ふって湧いた盗賊・・・、
大戦のあぶれ者かあるいは五胡の連中の間諜ということも考えられる。

・・・成都から最も近い、それなりの大きさを持つ村だからな。

この村を俺たちの敵対勢力が手にいれることが出来たとしたら、
それは俺たちの喉元に刀を押し付けたようなものだ。
しかし、こんなことは朱里や雛里なら予見していて当たり前な気もするが・・・、
この村には役人はいないのか?

「その住み着いた人たちは何人ぐらいなんですか?」
「ええ、それが人数はまだ分かっておりませぬ。
ただ、広い洞窟だった場所にかなりの手を加えているらしいのです。
ですから、かなりの人数がいるか、あるいは力量のある輩なのではないかと皆が脅えておりまして・・・」

蒲公英の質問に答える彼の話によると、一応簡単な偵察ぐらいはしたのだろうか。
集まっていた人たちを見る限り、かなり不安を覚えている人たちが多いようだが、
その割には対応がやけに遅い気もする。

「ちょっといいか。
この規模で、さらに成都からこんなに近いんだ。
村に役人はいるはずだろう?
彼らに事情は説明しているのか?」
「いえ、それが・・・」

老人は口の中でもごもごと、話すべきか、話さざるべきかを考えているようであった。
だが、意を決したらしく、
「信じてもらえるかどうかは分かりませんが」
と前置きをした後に事情を話し始めた。

「実はまだ何も被害が出ていない以上、
ただ洞窟に住み着いた流れ者である可能性も絶対無いとは言い切れません。
そのため、退治するにしても成都から応援を呼ぶにしても、
もっとちゃんと相手を調べなくてはいけない、と駐在員に言われておりまして・・・。
事実、今日の朝から偵察部隊を組織しておりましたので、彼らに調べてもらうはずでした。
ですが・・・その、」
「構いませんから続けて大丈夫ですよ」

彼はここまで喋ってもまだ迷っているようだったので、軽く発言を促してやる。
それにしても、ここまで説明し辛いってどんな事情なんだろうな。

「はい、ありがとうございます。
あれは一昨日のことでした。
バケモノのような巨躯をした、筋骨隆々の裸の大男が2人、ふらり、とこの街にやってきたのです。
あまりにも怪しかったので、偵察部隊の面々はきっと洞窟の賊と関係があると思ったのでしょう。
ですが、彼らを拿捕しようと向かった若者たちは、
皆、バケモノに襲われたと命からがらで何とか逃げ帰ってきたそうです。
そこで、村の戦えるものを集められるだけ集めて、
再びバケモノたちを捕らえにやったのですが・・・結果は全滅でした」
「ぜ、全滅っ!?
村の人たちは大丈夫なのっ!?」
「ええ、外傷はほとんどありません。
ですが、皆が皆、
『俺の初めてが・・・』
『接吻が・・・接吻が・・・』
『・・・もう人しても良いよね』
などと意味不明なことを真っ青な顔でぼそぼそと呟くばかりで・・・。
そのまま寝込んでしまったものが大半でして、洞窟に偵察に行くことが出来ない、
それどころか街の守りもままならなくなってしまった次第でして」
「ご、ご主人様!!」
「・・・ああ、やっぱり正夢か」

俺は蒲公英の声に返事をしながらも、ごくりと唾を呑み込む。
同時に、まさかまだこの街にそのバケモノが残っているのかと、恐怖に身を震わせた。

「ち、ちなみにそのバケモノたちは・・・?」
「はい、今朝方、成都へと立たれました。
・・・どうされました?」
「い、いえ、俺の夢も捨てたもんじゃないなーと思いまして」
「うぅん、てっきり逃亡のための嘘だと思ってたんだけどなぁ・・・」

不思議そうな目つきでこちらを見る老人に気にするな、とジェスチャーで答えてやる。
と言うか蒲公英、信じてなかったのかよ?
でもまぁそういう事情なら、きっとその大男が俺の事情である以上、
彼らは巻き込まれてしまっただけと言うのが近い。
協力してあげて当然だろう。

「分かりました、俺でよければ力をお貸しします。
俺たちをこの国の人たちが支えて下っているのですから、
こういうときぐらいは俺に支えさせてやって下さい」

俺がペコリ、と頭を下げると、老人は何故か
「おおおっ」
と涙を流しながら再びひれ伏した。
・・・いや、それはもういいから。

「たんぽぽ、そう言うわけですまないが力を貸してもらえるか?」
「もっちろん!
じゃあ明日の朝イチでその洞窟を見てこようよ、ご主人様!!」

全く気負った様子のない蒲公英の笑顔に安心を覚えながらも、俺はこっくりと肯きを返すのであった。
・・・意図的に半裸の大男のことを頭から追い出しながら。





明朝、村の外にある洞窟の前まで俺たちはやってきていた。
・・・なるほど、確かにかなりの大きさの洞窟だ。
奥行き次第だが、場合によっては街の人口と同程度の賊がいる可能性さえ否定できない。

「こりゃ、思ったよりも危険かもしれないな」
「そうだね、ほら見てご主人様!
あそことそっち、それからこっちも。
兵法書に則った位置に色々な罠が置かれているみたい!」

蒲公英の声を聞いてさらに危険度が上がった気がした。
つまりは何か?
この洞窟の中に住んでいる奴らは少なくても兵法を知っているということか。
・・・これはもしかしたら俺たち2人だけじゃ手に負えないかもな。

「たんぽぽ、場合によっては成都に引き返して援軍を連れてくることにした方が良いな」
「・・・うん、これは多分、戦場に出たことのある、それも一流の策略家の手技だよ。
やっばいなぁ。
あの大戦で行方不明になった有名処って言うと・・・あれ?
皆3国の何処かに仕えているね、そう言えば」

じゃあ大物じゃないか、と緊張した気配を一転させた蒲公英が、
すたすたと洞窟の中へと足を向けていく。
俺は慌てて彼女を追いかけて、
先行する蒲公英の足跡をなぞる形で洞窟の中に侵入することにした。
ううん、大物か・・・確かに蜀呉魏が健在である以上、
野にいる武芸者が大層な腕前である確率はそう高くないはずだが、
それでも俺の不安は拭えそうにない。

「・・・野にいそうな奴って言うと、徐庶か?」
「誰それ?」
「朱里の同門だそうだ。
軍師としてだけでなく、武芸にも秀でているらしいぞ」
「うわ、そんなの居るんだ!?」

ただまぁ、紆余曲折はあるものの最終的には魏に仕えたはずの徐庶だ。
この世界でも俺たちと関わらなかったとは言っても、既に曹操に仕えている可能性は否定できない。
俺は人がいる気配のほとんどない洞窟の中へと蒲公英の後ろについて入った。

「・・・妙だな」
「うん、ご主人様も気がついた?」
「ああ、たくさんの人がいた形跡がほとんどない。
やっぱりただの流れ者なんじゃないか?」
「その可能性が高そうだね。
入り口に見張りもいなかったし、それにこんなに罠がいっぱいじゃあ、
多くの人が出入りしてたら大変だよ」

よっ、と声を上げて少しだけ色が変わっている床石を飛び越える蒲公英の言ったとおりである。
さきほどから見る限り、かなり巧妙にカモフラージュされている罠が、
俺が気付いただけでも10個以上。

・・・むしろ、これは何かを守るために設置されたトラップのようにも見える。

例え罠を突破出来たとしても、どうしても洞窟攻略には時間がかかってしまう。
その間に、中の人はまんまと逃げ出すことが出来るだろう。
洞窟の中にあるトラップは見た目が特徴的なので、簡単に判別できるのが救いか。
俺はちょっと考えごとをしている間に離されてしまった蒲公英を追いかけようと、
黄色をした床板を踏まないようにその隣の床を踏んだ。

カランカランカランっ!

・・・鳴子の音が洞窟中に響いた。
え、嘘っ!?
前方を見ると、蒲公英がダッシュで俺の横を通り過ぎると同時に、
俺の腕を引っ張ってその場から離脱を始める。
足をもつれさせながら、なんとか走り始めた俺の背後で何かがぶつかる音が響いてきて、
俺は慌ててスピードを上げた。

「ご、ご主人様っ!
もうっ!
ちゃんとたんぽぽの動き見てたのっ!?」
「す、すまん。
考え事してた!
でも黄色の隣が罠だったなんて!」
「その前のしばらくの分かりやすい罠は、視覚的効果を狙ったんだよ!
そうすればご主人様みたいなのがあっさり引っかかるからっ!」
「面目ないっ!!」

蒲公英の抗議に謝りながら、洞窟の外まで走り抜ける。
安全な場所までなんとかたどり着いてから後ろの様子を窺ってみると、
ちょうど洞窟の入り口でトゲトゲのついたスパイクボールが
足元を刈り取るような動きで作動したところだった。
・・・ベトコンか。



「あ、あぶねぇ・・・。
本当にありがとうな、たんぽぽ。
助かったよ」
「うん・・・だけど、まだちょっとお礼を聞くのは早いみたい」

俺はほっと胸をなで下ろしてお礼を告げたが、
蒲公英は真剣な眼差しを洞窟の入り口に向けたままそんな風に呟いた。
いつの間にか彼女の手の中には、いつもの片鎌槍が握られている。
確かに、これで終わりなわけがないだろう。
何しろ、ここの洞窟に住み着いた奴は、罠の種類を見る限り訪問者への敵意があるようだから、
確実に俺たちを捕らえるか殺すか、どちらにしろ追撃を加えてくるだろう。

「あらら〜、お嬢さま〜♪
思ったよりも大きな獲物が釣れちゃったみたいですよぉ〜。
あんな罠に引っかかるなんて間抜けですねぇ、笑ってあげましょう」
「わははははは!
うむ、これもわらわの日ごろの行いが良いからじゃな!」

案の定、そいつ等はさらなる攻撃を仕掛けるためか、姿を現したが・・・あれ?
何処かで聞いたような声なんですが。
こののほほんとした毒舌と、甲高いお嬢様言葉は・・・

「袁術に張勲!!」
「うむ、わらわが超絶美少女の袁術じゃ!」
「いよっ、さすがお嬢様!
自分から超絶美少女なんて言い出すなんてちゃんちゃらおかしいですよ〜」
「うはははは、もっと褒めてたも!!」
「・・・何アレ?」

現れると同時にマイペースに漫才を始める二人に、蒲公英の眉が不可解なものを見たと下がる。
・・・まぁその気持ちは分からないでもない。
と言うか、蒲公英は袁術と初遭遇か。

「たんぽぽっ、アイツは袁家の袁術だ!」
「ああっ、アレが!
孫策にあっさり寝首をかかれたっていう!!」

事実とは言えちょっとヒドイ発言を蒲公英がすると同時に袁術の肩がピクリ、と震えた。
俺が疑問符を浮かべるよりも早く、

「そ、孫策・・・そんさく・・・ガタガタブルブル」

袁術は過去のトラウマを思い出しているのか、涙目で全身を震わせ始めた。
・・・あ、ちょっと胸がきゅんとした。
それにしても孫策さんにはかなり手ひどい目に合わされたんだろう。
あの人、おっかないしな。

「ガタガブル・・・」
「えいっ!」
「はうわっ!?」

張勲が背後から首筋に手刀を袁術にかますと、彼女の動きがピタリ、と止まる。
袁術は殴られたことに気付いていないらしく、首筋を押さえながらしきりに疑問符を浮かべていた。

「ご主人様!
アイツら、2人しかいないみたい!
賊ってわけじゃなさそうだね」
「・・・そっか、奇遇だな。
俺たちもちょっと野暮用で2人で旅をしているんだ」

俺は目の前の少女たちのふざけているとしか思えない漫才劇に油断していたのだろう。
ぽろり、と不用意に伏兵などはいない、と彼女たちに教えてしまった。
・・・俺が自分の非に気付くよりも早く。

「ぷっ、ふふふふっ、ホント、お馬鹿さんは楽でいいですねぇ〜。
良いことを教えてくださいまして、ありがとうございます」
「どうしたのじゃ、七乃ぉ?」
「いいえ〜、お嬢様、
あのお馬鹿さんを人質にすれば簡単に蜀の内部に喰い込むことが出来ますからねぇ〜。
ちょぉっと待っていて下さいね」

ようやく俺は彼女たちが敵だったことを思い出すが、
張勲のなおも張り付いたようなにこにことした笑顔がそんな俺の敵愾心を失わせる。
何とか話し合いで解決できないかななどと考えていた俺であったが、
張勲が笑顔を浮かべたまま腰に下げた鋼剣を抜くのを見て、さすがにその考えを捨てた。

「たんぽぽっ、俺のミスをたびたび埋めさせてすまんっ!
張勲のことを任せても良いか!!」
「まーかせてっ!!」

腰を落として、下段に影閃を構える蒲公英を張勲は落ち着いた様子で見つめていた。
そう言えば、張勲の武って見たことがなかったな・・・。
もしかして、かなり強いのだろうか?

「な、七乃〜、アイツも強そうじゃぞ〜?
大丈夫なのか〜?」
「もちろんですよ、お嬢さま♪
孫策さんや曹操さんみたいな英雄、
関羽さんや夏侯さんみたいな化物ならともかく、アレなら問題ありません〜。
強さはそれなりでしょうけど、怖い相手じゃありませんから〜」
「・・・?
よー分からんが、確かに見かけはよわっちそうじゃの」

あからさまな挑発に、今は我慢する必要はない。
蒲公英は無言で、張勲との間合いを一足でつめると同時に、
かの神速張遼にも負けぬとばかりの速度で槍を突き出す。

「せやっ!」
「わわっ?」
「やぁっ!せいっ!はっ!てぇっ!!」
「おおっと!よっ!はっ!あぶなっ!!」

張勲はぎりぎりといった様子で、蒲公英の刺突をスウェーして避ける。
そのまま連続で放たれる蒲公英の乱撃と呼ぶべき猛攻も、
どこか気の抜けるような声を上げながら避け、手に持つ鋼剣で受け流していく。
蒲公英の槍はどんどんその速度を増していき、愛紗や星ですら手こずるレベルにまで高まっていく。

・・・だが、俺は不安を感じた。

張勲は蒲公英よりも体捌き自体は遅いようで最初からいっぱいいっぱいと言う様子でありながら、
何とか蒲公英の槍から身を守っている。
では、彼女の槍が何故当たらない。
まるで、蒲公英の槍捌きの癖と特徴を全て見透かしたように動く張勲の鋼剣が、
ついに蒲公英の槍をしっかりとした動きで弾いた。

やばいっ、癖を見抜かれている!?

蒲公英も不利になっていく自分を感じとったのか、一度距離を取ろうと足に力を込める。
それを許さず、と言った様子で張勲が剣を攻撃のために始めて振るう。

「うそっ!?」

剣がすっぽ抜けた。
いや違う。
張勲が剣を蒲公英目掛けてぶん投げたのだ。
武官が武器を粗末に使うことは普通はありえない。
何故ならば、武器を失うことは彼らにとって即、死に繋がるからに他ならない。
実際、蒲公英はあり得ない行動に虚を付かれたようだったが、
体勢を崩しながらも何とか張勲の太刀を弾き飛ばす。
武器を失った張勲はもう防ぐすべが・・・って、しまった!!

「ダメだっ、たんぽぽっ!!」

ようやく張勲の意図に気付いて俺は叫ぶが、遅かった。
張勲は蒲公英が鋼剣に気を取られたその瞬間に、
今までよりも早く滑り込むように走って蒲公英の後ろに回り込んだ。

「これでアウトですね」

彼女はそのまま蒲公英の首筋にピタリ、と小さな懐刀を押し当てる。
蒲公英の息を呑む声がここまで聞こえてきたが、・・・くそ、これは詰まれたな。

「ざぁっとこんなもんですよ〜、どうですかお嬢さま〜♪」
「うむうむ、さすが七乃なのじゃ〜」

袁術はともかく張勲はヘラヘラと笑っているように見えても、
その視線は確実に蒲公英を捉え続けていた。
下手に蒲公英が動こうとしても、張勲が彼女の首にナイフを突き立てるのが圧倒的に速いだろう。
俺はどうにか出来ないかと考える・・・が、張勲はかなりの曲者のようだ。
彼女を出し抜くことは正直、困難だと言わざるをえないだろう。

・・・ではどうする?

俺が必死に頭を悩ましているのを尻目に、袁術と張勲の会話は続いていた。



「この子はどうやら私と同じで、マトモに強者とは戦えない性質みたいですからねー。
さすがに私よりも小手先のワザが上手いとも思えませんでしたしぃ」
「うむうむ、さすがわらわの家来じゃなっ!
うははははー」
「えへへー、もっと褒めてくださーい」

ぎり、と蒲公英が歯を食いしばる音がかすかに聞こえた。
彼女もそれを気にしてはいたのだ。
もしこの場にいたのが愛紗や鈴々であったとしたら、確かにこう易々とは負けなかったであろう。
これは厳然たる事実である。
彼女たちは自分が怪我をしようと、相手を倒すことに躊躇はしない。
そんな覚悟を当然のように持っている根っからの武芸者であるが、
蒲公英はそれが自分は出来ないと思っている。

・・・俺は、そんなことは無いって信じてる!!

蒲公英が魏や呉との戦いでもずっと前線で闘ってくれていたことを俺は知っている。
闘うことができない俺だからこそ、それを一番良く分かっているんだ。
ただ今はちょっと自信をなくしているだけだ。
だったら俺が、普段ご主人様なんて言われつつも、
何もしていない俺が何とかしてやらなくっちゃいけないんだ。

「・・・いくぞ」

覚悟を一瞬で固めた俺は、迷うことなく走り出した。
狙いは・・・袁術だ!
彼女ならば俺でも何とか取り押さえることが出来るはずだっ!!

「袁術、かくごっ!」
「・・・へ?」
「お嬢さまっ!?」

なおも自分が狙われていることに気付いておらず、走りよる俺をきょとんした目で見つめる袁術と、
俺の狙いに気付いたらしい初めて見る慌てた様子で声をかける張勲の姿が見えた。
だが、蒲公英を抱えていては俺よりも早く袁術に駆け寄ることなど出来るわけがない。
蒲公英を刺してから、というのも今からではもうムリだろう。
であれば、・・・いけるっ!!

「ちっ!!」

・・・え?
目の前に張勲の顔があった。
彼女は蒲公英をあっさりと突き飛ばして解放して、俺の迎撃に専念したのだ。
張勲の顔を見る限り、俺を刺すことに躊躇はないようである。
くそ、虎の尾を踏んじまったみたい・・・だな。

「許せませんね」

そんな声が耳に聞こえると同時に、俺の胸に軽く衝撃が走る。
下を覗き込むと張勲が懐刀を俺の胸へと、正確に落としていた。

「あ・・・
うそ・・・?」

蒲公英の声が後ろから聞こえた。
どこか呆然とした小さな響きが、それでもしっかりと俺の耳に届く。

「ごしゅじんさまぁああああああああっ!!!」

ドンっ、と言う音が続けて聞こえた。
獣のように体勢を低く、低く構えた彼女はそのまま全身のバネを使って跳ね飛んだ。
低空をまるで空を飛ぶかのように翔けた蒲公英が、
ごうごう、と風を呻らせながら落雷を思い出させるような動きで槍を突き出した。
一撃を辛うじて避けた張勲が、
蒲公英の二撃目で手に持つ懐刀を弾かれる。
彼女が体勢を立て直す隙も与えず、
それどころか瞬きする間さえも惜しいとばかりに三撃目の槍先が張勲の胸へと吸い込まれていく。

「そこまでだ、たんぽぽっ!!!」

ピタリ、と槍が止まる。
蒲公英の槍は張勲の胸元まで後数センチのところで何とか止まってくれた。
俺が、へなへな、とその場に倒れ伏す張勲を見ると、
彼女は苦笑いを浮かべながら種明かしをしてくれた。

「え、袁家の懐刀って何でか知らないんですけど、全く切れないんですよね・・・」
「・・・らしいな。
刺されたはずなのに、怪我一つないし」

・・・って言うかそれは懐刀として機能しているのだろうか。
まぁ、助かった身ではその方が良かったので、突っ込みはいれずにおくが。

「ご、ご主人様―――っ!」
「な、七乃―――――っ!」

俺は駆け寄る蒲公英と、張勲にすがり付く袁術を見ながらとりあえずはこれで一件落着かな、
と安堵の息をもらすのであった。





「・・・というわけなのじゃ」
「・・・そ、そっか。
そりゃ大変だったな」

何とか闘いの矛を収めることに成功した俺たちは、
袁術たちが何でこんなところにいるのかの話を聞くことにした。
何でも俺たちとの決戦の後、孫策によって城と領土を奪われた彼女たちは、
大陸を放浪してまわっていたらしい。
語るも涙、聞くも涙・・・とまではいかないがそれなり苦労をしてきたらしい。
魏は曹操が袁家を嫌っているせいで追っ手が掛かる始末だったし、
呉なんて近寄りたくもない、そんなわけで蜀に逃げてきたようである。

・・・言いやしないが、
言葉の端々からどうやらこの地で一旗上げようとしていたようだということが伝わってきて、
さすがに驚く。
拠る土地も部下もほとんど失った袁術がなおも、
己に与えられた袁家の役割を捨てていないことが分かったからだ。

・・・やり方はともかく、すごいよな。

俺が自分に与えられた役割というものについてじっと考え込んでいると、
こちらにくっ付くようにして座り込んだまま黙っていた蒲公英が静かに口を開いた。

「ねぇ、ご主人様。
誰にも言えなかったんだけど、たんぽぽさ。
今まで敵と戦ってても殺し合いをしててもさ、どこか冷めてたんだ。
そうしないと人を殺すのが辛いからだ、とか何だか決め付けてたんだけど、そうじゃなかったみたい。
多分、本当はどうでも良いと思ってたんだよ。
殺すのも、それから自分が死ぬのもさ。
でも、さっきは全然違ったの。
ご主人様が大変だと思ったら、我武者羅で、後のことなんて何にも考えられなくて・・・。
ただ、ご主人様だけは絶対に守らないといけないんだって全身が熱くなった。
それで、たんぽぽがやるべきことはこれなんだ、
今たんぽぽは自分の役割を果たしているんだ、って思った。
だったらさ」

そこまで一気に喋った蒲公英が一つ息を吸い込んでから、改めて口を開いた。

「だったらたんぽぽのやることは、やりたいことはご主人様を、一刀様を守ることなんだよ。
誰にも、お姉様にも譲りたくない、大切な気持ちなんだよ」
「たんぽぽ・・・」

俺が蒲公英の真摯な瞳をじっと見つめていると、
逆側の隣から、面白くなさそうな顔をした袁術がべたり、と俺に抱きついてきた。

「そんなことより、約束じゃーーー!
全部話せば蜂蜜をくれる約束じゃろーーーっ!!」
「あ、ああ、分かってる。
とりあえず村に戻ってからな!」

耳元で騒ぐ袁術のせいで蒲公英に返事をしてやることが出来なかったが、
まぁ、もう少しだけ彼女には待っていてもらうことにしよう。
きっと、この旅が終わるころには自分なりの結論を出すことが出来るだろう。
そのときには、ちゃんと答えてあげようと思う。

「さ、それじゃあ出発しましょ、お嬢さま、旦那様、馬岱様?」
「・・・旦那様?」
「ええ。
大陸を手に入れるためにはそういう方法もありかなーと思いまして。
お嬢さまも旦那様に随分とあっさり懐いてくださいましたし。
具体的にはですね・・・」
「いや、聞きたくないから・・・」

俺はげんなりとした表情で先に立ち上がって意気揚々と出発し始めた、
新たに加わった二人の仲間の後姿を見つめた。

「もーっ!!
ご主人様っ、返事はしばらくは待っててあげるからねっ!!」

頬を赤く染めながらも膨らませるという小器用なことをやってのけた蒲公英が、
袁術たちを追って駆け出した。
俺は置いていかれないようにその後に続きながらも、これからのことを改めて考えるのだった。

(続く)