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真・恋姫†無双 SS 『思わせぶりな花はそんな貴方の側に咲く』 前編


「〜砕けぬ敵は無いと♪
天へと謳え!」

『我等詠ウハ兵ノ道標』を口ずさんで気分を何とか盛り上げながら竹簡に目を通していた俺は、
その内容に目を通し終えると同時に、軽くため息を吐いて竹簡を放り投げた。
からんからん、軽い音をたてて竹細工がころころと机の上を転がるが、
それを目で追うこともなく、俺はもう一度大きく心からのため息を吐いた。

「・・・すげぇどうでもいい案件だよ」

国策に『何でも良い』なんてモノはない、そう思っている人でもこれだけは同意してもらえるだろう。
まだ納得のいかない方も、案件名を聞いてもらえば分かるだろう。
勿体つけてもしょうがないから言うが、その案件は

『むねむね団の来年度予算について』

・・・むしろ墨代と竹簡代がもったいない。
と言うか予算出てたのかよ、アイツら!?
思わず頭を抱えた俺は視界に入ってきた積んである竹簡の内容を思い出して、
三度目のため息を吐く。

『関将軍の調理による台所被害について』
『張将軍の鈴々自警団の活動について』
『メンマ記念館設立願いについて』
『呂将軍の食費について』
『諸葛丞相の色本が城内で暗躍している件について』
『馬将軍が競馬騎手として勝ちすぎな件について』
『黄将軍の胸元が悩ましすぎる件について』
『南蛮兵たちの猫連者被害について』

何だか将軍たちやその他めんどくさい奴らの個人的案件しか
俺のところに回ってきてない気がするぞ・・・、っていうか確実にそうだ。
ここ最近、ずっと続いている状況に俺は四度目のため息を吐く。
もちろん、この場には俺一人しかいないからこそ、ここまでだらけていられるのだ。
桃香は王用に宛がわれた執務室で必死に書類と格闘しているだろうし、
朱里と雛里も当然それぞれの重要な仕事が山積みとなっている。
愛紗と詠は桃香の補佐だし、月もメイドとして色々と手助けをしているだろう。
太守であった経験を活かして白蓮も内政にかかりきりだし、
紫苑は食料管理について一任しているため忙しそうにしている。
星と翠は五胡への遠征部隊を指揮するために今は成都から離れている。
桔梗と焔耶は漢中の守りについているし、
恋とねねは美以たちとともに南蛮を視察中、
猪々子と斗詩は相も変わらず麗羽のお守り。
それでも成都周辺の賊への討伐では積極的に手を上げているらしい。
鈴々は成都の守りについていて、本日は演習中・・・と。
国の要職に就く皆はそれぞれ凄まじく多忙な日々を送っているというのに、
天の御遣いとか呼ばれている俺、北郷一刀にはほとんどマトモな仕事が回ってこない。
俺は、こんな状況になってしまった日のことを思い出して、五度目のため息をこぼしてしまう。
そう、それは五胡の大進行によって結果的に成し遂げられた天下三分の計から、
半年ほどたったある日のことだった・・・。





「・・・へ」
「はわわっ」
「あわわ?」

蜀の頭脳として名高い伏龍鳳雛と、一応は天の御遣いとして崇められているらしい俺の前で、
桃香が唐突とも言っていいほどいきなり大胆な宣言をしてみせた。
・・・が、突然の事態に理解が追いついていなかった俺たちは、きょとんとして首を捻る。

「だーかーらー、もぅ!
ご主人様、ちゃんと聞いてよぉ!」
「いや聞いてたんだけど、えぇと、王になるって・・・桃香はもう蜀王だろ?」
「そうですよ、桃香様は立派な王として勤めを果たしておられます!」
「名君として、民草の間でも慕われております・・・」

そう、桃香は俺たちの前で『王になる』と宣言したのだが、いや、とっくに王じゃん。
先ほどからそんな疑問符を浮かべる俺たちを前に、桃香が眉を落としながら呟く。

「えぇっとね、私さ皆に助けられてばかりだし、これじゃあいけないと思うんだ。
華琳さんや雪蓮さんを間近で見ていて、特にそう思うようになったの」
「なるほど・・・そういうことですか」
「はい、そう言うことなら反対なんて出来ないです」
「へ?
2人とも、桃香の言いたいことが理解できたのか?」

まだ理解の追いつかない俺を他所に、さすがは諸葛亮と鳳統と言うべきか、
先ほどの桃香の話だけで全てを理解したらしい。
それどころか、ちらり、と2人でアイコンタクトをし合うその姿は、
さらにソコから先、数歩後のことまで見通しているようにさえ見えた。

「はい、つまりですね、魏の曹操さんも呉の孫策さんも一人で王の責務を担っておいでです。
無論、部下が様々な形で補佐をしているわけですが、
それをどう使うかは王がきちんと理解して動かしています」
「ですが、蜀は違います。
桃香様のお人柄もありますが、ご主人様という存在や白蓮さん、袁紹さんもおりますし、
その上、客観的に見て各将たちは桃香様の命で動いていると言うよりは、
自身の適正にあった仕事を自分で選んで実行している節があります」
「うん、それでね、華琳さんや雪蓮みたいにもっと立派にならないと
朱里ちゃんの天下三分が崩れちゃうんじゃないかなって」
「えっと・・・つまり、桃香がこの国の全ての権限を掌握するトップになるってことか?」

俺は彼女たちの言葉を噛み砕いて考える。
『桃香一人で王として頑張る→俺はお払い箱』
うん、辛い現実が理解出来てきたぞ。

「ええ、そうすることで白蓮さんや袁紹さん、それからあまり言いたくはありませんが月さんもです。
彼女たちが返り咲く可能性を排除し、優秀な部下として活用することも出来るようになるでしょう」
「あわわ・・・それに両雄並び立たずという言葉もあります、
やはり二極体勢は長く続けることは出来ませんから。
そこで、桃香様のお話には賛成させていただきますが、一つだけ追加しておきたいことがあります」
「えーっと、何だろう?」

確かに朱里や雛里の言うことには説得力がある。
俺は・・・まぁ、この国のためにソレが良いというのならば、潔く身を引こうと思う。
元々、王なんて器じゃないんだし。

「はわわ、はい、このお話は絶対に秘密にしていただきたいのですが、
・・・ご主人様に帝位についていただくのです」
「あわわ・・・蜀呉魏の三国の上に、この大陸を統べる象徴として皇帝を置きます。
そうしなければ、漢王朝からの完全な脱却は出来ませんし、
何より民はこのまま三国に分かれた状態がいつまでも続くことを望みません。
ですが、この大陸はあくまで一つであるという証拠さえあれば、安心できると思います。
そのためには・・・」
「皇帝だね、うん、ご主人様なら立派な皇帝さんになれると思うよ」

・・・へ?
話が予想外の方向にずれてきた気がする。
こうてい・・・ってあの『皇帝』か?
朕は、とか言うやつ。

「それにご主人様が皇帝となれば、国力的に他の二国よりも弱い蜀であっても、
他の二国と対等な関係を長く続けられるでしょう」
「ご主人様は天の御遣いとして有名ですから知名度もありますし、
我々の見知らぬ知恵を度々授けて下さったことも広く浸透しております。
民も、それから二国の王も納得してくれると思います」
「・・・ちょ、ちょっと待ってくれ!?」

俺は二人の軍師の言葉にちょっと待ったコールをかけた。
混乱した頭で何とか言葉を搾り出して否定の言葉を口に出す。

「俺にはムリだぞ、皇帝なんて!?」
「いえ、ご安心下さいご主人様。
勿論すぐにではありません。
1年か2年か・・・まずは桃香様が他の二国の王に同等だと認められる必要があります」
「はい、少なくても桃香様ご自身が同格だと、
胸を張って言えるぐらいの自信をお持ちになって頂きます」
「えええっ!?
む、ムリムリっ!!」
「はわわっ、ムリでもやってもらわないといけません」
「あわわ、帝位には必ず最初は反対されますので、
あのお2人を同時に桃香様はお相手されることになりますから、その条件は必須です」

ちょっと引きつった笑みを浮かべる桃香を見て、俺は分かる分かると頷いた。
確かに曹操と孫策はめっちゃ怖いからな。
曹操は精神的に怖いし、孫策は物理的に怖い。
いや、訂正。
二人とも精神的にも物理的にも怖い。

「・・・分かった」

だから、俺は桃香の言葉に驚きを隠せなかった。
それでも彼女の瞳に、強い、強い覚悟の光がしっかりと灯っていたのを見た俺は、
それでも桃香ならあの二人に並び立つ立派な王となるのだろうと、そんな確信を抱いたのだった・・・。





回想が終わると同時に、『皇帝は君臨すれども統治はせず』という原則に基づいて、
ほとんどの仕事が来なくなった今の状況は自分でも納得した上の話なんだよな、と思い出す。
今も桃香は必死になって政務に励んでいるのだろうし、
そのフォローのために朱里も雛里も愛紗も、皆が駆け回っている。
俺だけが、仕事が回ってこなくなって退屈だからと投げやりな態度でいるわけにはいかないだろう。
気合を込めて、俺は再び机に向き直った。


・・
・・・10分後

「終わった・・・やばい、暇だ」

取りあえず気合を入れて取り組んでみたら、あっさりと仕事が終わってしまった。
結果を報告しようにも、今は桃香たちはもちろん政務中で忙しいだろうから、しばらくはムリだろう。
俺はやる気を出しすぎた10分前の自分に文句を心の中で呟きながら、
この後はどうしたものかと考える。
だが、いくら考えても妙案など出るわけもなく、つい口から不満の篭った言葉が漏れた。

「誰か俺の遊び相手になってくれる奴はいないかー?」

もちろん、こんな独り言に返事があるわけもなく・・・

「ここにいるぞーっ!」

突如響いたはっきりとした口調の掛け声にびくり、と体が震えた。
声のした方向を見ると、蒲公英がいつもの片手を高々とあげた格好で扉の前に立っていた。
・・・いや、何でいるんだよ。



「だぁって、暇なんだも〜ん」
「暇ってなあ・・・」

取りあえず蒲公英を招き入れた俺が寝台に座り込むと、
すかさず隣に陣取った蒲公英がベッドに腰掛けたまま、ぷらぷらと足を揺らす。
彼女の話によると、武官の一部は確かに暇を持て余しているものが多いらしい。
何しろ、魏や呉という大国と闘う想定で元々用意されていた軍だ。
二国と同盟を結んだ現在となれば、外敵との国境や漢中のような要害に数を割いてもなお、
兵が余っているようだった。

「それにさぁ・・・」

珍しくも眉を下げてしょんぼりとした顔を見せる蒲公英が、グチをこぼすような口調で続ける。
俺はその様子に、そこそこ重い話なのではなかろうかと、少しだけ身構えてしまう。

「今度軍縮するらしいし。
武の象徴である五虎将や呂将軍、桔梗ならともかく、
わたしのような中途半端じゃ将軍職を維持するのも厳しいかなぁって。
っていうか、あの辺の人たち絶対人間じゃないもの」

確かに蒲公英も俺はもちろん、一般兵士が束になっても適わないが、
愛紗たちはその更に上の存在だ。
恋なんかは嘘か本当か、三万人の黄巾党を一人で退かせたとかいう逸話があるぐらいだしな。
でも、確かに蒲公英にとっては一大事となる話だろう。
俺も真剣に頭を捻って、彼女が今後どうするのが良いのかを考えてみる。

「だったら、文官になってみるのはどうだ?
蒲公英は頭いいし、向いているかもしれないぞ」
「文官〜?
そっちも中途半端だよ、きっと。
朱里や雛里に適わないのは当然としてもさ。
たんぽぽ、愛紗や紫苑にも学が及ばないだろうな〜。
それに白蓮さんに詠にねね、優秀な人たちが揃っちゃってるからねぇ」

・・・確かに蒲公英は戦術を弄する才があるとは言っても、
文官としての才が優れているかと言えば実際の処は未知数だ。
それに引き換え、今の蜀には知略に長けた実績のある人間が両手の指ほどにもいるのだ。
その中に今さら蒲公英が割ってはいることは難しいだろう。
俺も妙案を思いつくことが出来ないし、暗くなった場に気付いたのだろう。
蒲公英は少しムリをしたかのような引きつった笑みを浮かべながら、
大した悩みではない、とばかりに俺の対応を茶化してきた。

「・・・あっ、もう!
ご主人様、そこはたんぽぽを慰めてくれなきゃ!
そんなことないよ、たんぽぽは賢く可愛いって!!」
「おいおい、自分で言うのかよ・・・。
でもそうだな、たんぽぽは賢いし、頼もしいし、可愛いし、優しいもんな。
俺はたんぽぽのことが好きだよ」
「・・・っ!!?」

本当は結構苦しんでいるはずなのに、こんな風に自然と人を気遣える蒲公英だからこその、
俺がポロリと漏らした素直な言葉に彼女の頬が真紅に染まる。
さすがに翠の親族だけあると言うべきか、突発的な褒め殺しには弱いらしい。
だがすぐに小悪魔的自分を取り戻したらしく、
にやり、と意地の悪そうな笑みを浮かべて俺の方へと擦り寄ってくる。

「だったらぁ、もうたんぽぽ、馬一族のことはお姉様にお任せして女の幸せを手に入れようかなぁ?
ご主人様のお嫁さんになって家と子供を守るとか・・・」

そんなことを言いながら、蒲公英が俺の肩へとしな垂れかかってくる。
はっはっ、と小さく息を吐きながら、
俺に身体を預けたまま彼女の火照った顔が持ち上がり、俺の首筋をちろちろと舐める。
ぴたりと密着した蒲公英の髪先から濃厚なミルクのような香りが立ち上って、
俺の全身から情欲の火が勢い良く燃え上がる。
そう言えば、皆の忙しさも相まって、しばらくの間ご無沙汰だったということを思い出してしまった。
もうどうにも止まらない俺のスイッチが入ったことに蒲公英も気付いたのか、
彼女は淫蕩な期待の篭った潤んだ瞳を持ち上げた。
そのまま、ちろり、瑞々しい唇を真っ赤な舌で一舐めした蒲公英は、
俺の耳元に寄せた唇を震わせ熱の篭った口調で呟いた。

「・・・滅茶苦茶にしていいよ」

次の瞬間、俺は自分よりも二周りは小さな少女の身体を覆いつくすかのように勢い良く抱きしめて、
そのまま彼女の唇を貪るように奪った。





・・・夢を見ていた。
ぼんやりとした頭の中で、今が夢の中だということを俺は何故か理解していた。
蒲公英の華奢な身体を何度も蹂躙した後、二人して力尽きるようにして倒れ、
そのまま寝こけていたはずだった俺は視界の端から、何か、とんでもないモノが迫ってくるのを感じた。
ずしん
ずしん
そんな幻聴が聞こえた。
夢の中なのに、とてつもなくリアルに感じたその音は。
まるで俺に警鐘を鳴らすかのようだった。
健康的に日焼けをした肌が浮かびあがる。
編み込んだ黒く、たくましさを感じさせる髪が二房見える。

それにあごひげ・・・ひげ?

じわじわ、と嫌な予感が湧き上がってくる。
それは予感ではなく、最早確信であった。
じたばた、逃げようとするが俺の身体はピクリとも動かない。
だんだんと近づいてくるにつれて、ソイツの姿格好が露になっていく。
俺と比べても頭一つ分以上大きな体躯。
禿げ上がった頭に、それ以上に目立つ筋骨隆々な肉体を惜しげもなく晒している。
・・・それどころか、ソイツは裸だった。
ただ、股間だけはさすがにと言っていいのかどうか、
鮮やか過ぎる桃色のビキニパンツで覆われている。

すごく・・・大きいです。

ずしん
ずしん
そんな、化物としか思えない存在が恐ろしげな足音を鳴らしながら、一歩ずつこちらに近づいてくる。
このままでは、俺は木偶のように動けないまま、ただソイツに捕食されるのを待つしかない。
なんて、なんてオゾマシイ未来・・・。
動けっ
動けっ!
動けっ!!
必死に身体を動かそうともがくと、目の前に微かな光が見えた。
俺があがこうとする気配に気付いたのか、化物が巨体に見合わぬ速度で駆け出した。
何故か両腕を胸の手前でクロスさせて、
顔、それも気の狂ったかのような紅色で染め上げられた唇をこちらに突き出しながらだ。
やけに野太い声で何事か叫んでいた。

やべえぇ、いろいろな意味で殺される!?

俺はありったけの力を振り絞って既に目の前まで迫ってきた怪物よりも微かに素早く、
奇跡よ起こらん、と願いながら微かな光の只中へと身体を飛び込ませた。



「ば、ばけものーーーーぉっ!!?」
「うへぇっ!?」

飛び起きると、そこは俺の居室だった。
はぁ、はぁ、と息を乱しながら左右にばっばっ、と目を凝らすも化物の姿はない。
まだ陽が昇る気配すらない真っ暗な部屋の中であっても、
あの無駄に目立つ風貌の男が居たら一瞬で気付くだろうからな!!
思わずほっと安堵の吐息を漏らした俺は、ようやく緊張を解いて肩の力を抜いた。

「た、助かった・・・」
「ご主人様、どうしたの?」

その声に反応して下の方を覗き込むと、びっくりした様子の蒲公英の可愛らしい顔が見えた。
思わずほっとする。

「な、何でもない。
ちょっと、すごい夢を見ただけだ・・・」
「で、でもどうして、たんぽぽの顔をの、覗き込んでいるの?」
「いや、口直し・・・この場合は目直しか?」

間近で見られているせいで恥ずかしがっているのか、
ぱちぱちと瞬きを繰り返す蒲公英のくりくりとした瞳をひたすらじっと見つめ続ける。
うーん、さっきの悪夢が洗われていくようだ。

「それにしてもあの裸の大男は一体・・・ぶるぶる、考えるだけで悪寒が」
「な、何だか本当にすごい夢だったみたいだねぇ・・・はっ!
もしかして、予知夢とかぁ〜にひひっ」
「ええええっ!?
・・・よし、逃げよう」

俺はきっぱりあっさりと情けないことを宣言して、寝台の上に立ち上がる。
着替え始めた俺を見て、蒲公英が慌てて止めに入る。

「じょ、冗談、ご主人様!
冗談だって!!」
「いや、その可能性は捨てきれない。
あの夢は・・・リアルすぎた。
だって、色黒の剥げた男が三つ編みでリボンしててムキムキで裸で・・・」
「・・・逃げよっか。
たんぽぽも見たくないな、ソレ」

俺の言葉に顔を青ざめさせた蒲公英が首肯を返してくれたのを見て、
俺はバタバタと準備していた手を止める。

「待て待て、たんぽぽまで連れて行ったら大げさになっちゃうだろ。
ここは俺一人で逃げるからさ。
多分、俺がいなければそのバケモノがやって来てもそう大事にならないよ」
「だーめっ、
ご主人様一人なんて危なさすぎだよ。
その辺の賊だってご主人様を殺せるのに、そんな悪夢を見ておいて護衛も無しだなんてありえない。
夢だって、ご主人様のような為政者が見る夢ならば、
何か意味があるものだって考えるのが普通だよ?」
「それもそうかもしれないけど・・・」

俺があごに右手を当ててどうすべきかを考えていたら、蒲公英も立ち上がって着替えを始めた。
やっぱり俺のわがままに他の人を振り回すのには抵抗があるが、
確かに彼女の言った忠告通り、この地で一人生きていくことが出来ると思うほど、
俺はうぬぼれてはいなかった。
・・・ここは、やっぱり蒲公英の協力も仰いだ方が無難かもな。

「そうだな、悪いけどたんぽぽにも付き合ってもらって良いか?」
「やーん、もうご主人様出しすぎだよぉ。
下着も服もカピカピで凄い匂いするし、穿けないってばぁ」

俺の言葉を聞いていたのかいなかったのか、
そう言ってのけた蒲公英の方を見ると、肌色とごく一部の桃色という単純な色をした彼女が、
俺にずい、と乾燥した俺の宜しくない液体がこびりつきまくった上、
何ともいえない栗の花だかなんだかで例えられる匂いが染み付いた彼女の服を押し付けてくる。
自分のとは言え、凄まじく抵抗があるなこりゃ。

「たんぽぽからは匂いしないかなぁ?
・・・すんすん、自分では分からないや」

自分のむき出しの腕を鼻に近づけて匂いを蒲公英が嗅いでいるが、
さすがにそれは分からないようだ。
蒲公英は戸惑ったような顔をこちらに向けてから、
何かを納得させたかのように俺を指さして宣言する。

「ご主人様!
一時後にこの部屋で待ち合わせ!
たんぽぽも用意してくるから、ご主人様もだよ!?」

そう言うや否や、彼女は寝台のベッドのシーツで自分の身体をぐるぐる巻きにすると、
そのまま俺の部屋を飛び出していった。
俺の体液と匂いが染み付いた服をこの場に残して。

「おい、この服はどうすれば良いんだよ」

俺の呟きが、部屋の中で溶けて消えていった。




「そろそろ時間だな・・・、蒲公英はまだか?」
「ここにいるぞー!」

空がもうそろそろ白み始めようか、
という時間になって蒲公英がいつもの掛け声で宣言しながら俺の部屋に戻ってきた。
何時もの格好にプラスアルファである荷物が入ったザックを背負って立つ蒲公英は、
にっこりと笑顔を浮かべて、
それから俺の手の中にあるモノを見つけて真っ赤な顔で悲鳴をあげようと息を吸い込む。

「ちょ、声をだすなって!」
「むぅ、むーっ!」

慌てて口を押さえるが、じたばたと慌てる蒲公英に弱りながらも自分の手の中のモノを確認する。
・・・蒲公英が行為の最中に穿いていたパンツだ。
準備の最中、脱がした蒲公英の衣服関係がそのままではやばいな、とまとめておいたのだが、
何故だか分からないがいつの間にか俺はしっかりと握り締めていたらしい。
うん、ふっしぎー。

「ご主人様、本当にヘンタイだね」

さすがにジト目で見つめてくる蒲公英の視線が痛い。
俺の体液はそう気にしない蒲公英ではあるが、さすがに自分のだと気になるのだろう。
・・・そういう問題でもないか。

「正直、すまんかった。
反省している、全て若さゆえの過ちです」
「別にいーよ、誰彼構わずって言うんならさすがに引いちゃうけど」
「それはさすがに・・・っと、
もうそろそろ出発しないと、見回りの頻度が増え始める時間だし、
朝が早い奴はもう起きてくるかもしれないな」
「そだね。
ご主人様、こっち〜」

俺から自分のパンツをぶん取った蒲公英が、かなり重そうに見えるバックを背中に背負ったまま、
軽快に俺の部屋の外へと飛び出していく。
俺は彼女に置いていかれないようその場を後にしようとして、机の上に、そっと書き置きを残した。
これで、俺が誰かに攫われたなどという勘違いはしないだろう。

「おい、蒲公英、待ってくれ〜」

そして、もう姿の見えなくなってしまった蒲公英を慌てて追いかけていった。





「ふああああああぁっ」

思わず出た欠伸を俺が隠しもせずに大口を開けていると、
蒲公英のくすくすと言う笑い声が向こうから聞こえてくる。
俺と蒲公英はあれから厩舎にある蒲公英の馬を二頭連れて、成都を抜け出すことに成功していた。
要所は俺の提案で作られた脱出用の秘密の地下道を通ったし、
多分誰にも気付かれてはいないだろう。
正直桃香や愛紗ぐらいには声をかけていくべきだったかもしれないが、
仕事で疲れている彼女たちを起こすのも気が引けたし、
それにまたややこしいことに巻き込まれて悪夢を予知夢にするわけにはいかなかった。

とにかく、俺たちは成都から馬を飛ばして約2時間ほど離れた小川までたどり着くことに成功した。

空には既に太陽がさんさんと日の光を降り注ぎ、
耳には小川が流れるサワサワという音が響く。
このゆったりさはとても心が休まる。
そんな風にぼけっとしていたら、欠伸の一つも出るというものだ。

「ご主人様、服を洗濯し終える頃には捕った魚も焼けていると思うよ〜」

蒲公英の楽しげな声が聞こえてくる。
先ほど、蒲公英が以前翠がやってくれたように、槍で見事に魚を捕ってみせたのだ。
うーん、やっぱり蒲公英も技量は翠と比べてもそう劣らないように見えるんだが。
実際の武芸となると翠たちと比べて一段落ちるのは確かなんだよな・・・、
まぁ体格的なこともあるが、俺は単純に蒲公英が好戦的な性格をしていないせいだと思っている。
愛紗や鈴々、星や翠、それから紫苑でさえいざ戦いということになれば、
敵と真正面から戦うことに高揚を覚えるものらしい。
そして、自らの命を賭して突撃を仕掛けるだけの潔さを持っているが、蒲公英はそれを良しとしない。
その辺りが、命の削りあいとなる戦では大きな差となるのかもしれない。
・・・まぁ、そんなことを今考えていてもしょうがない。

「城を出るとき塩をたくさん持ってきて良かったな」
「そうだね、城外では塩は貴重品だからね。
ちょっと遠くの村に行けば手のひらサイズの岩塩でもめったに手に入らないし」
「そうなのか?」
「うん、やっぱり城下とは全然違うからね〜」

パチパチ、と魚の油が弾ける音を間近で聞きながら、
俺は蒲公英に何気ないことを尋ねたつもりだったが、予想外の答えが返ってきて些かビックリする。
・・・根本的に車のないこの世界では、流通が致命的なまでに悪いのが原因だろう。
せめて馬車でも整備できれば良いのだろうが、
それでさえ今すぐにどうこう動くのは現実的には不可能だろう。

「おっ、魚がもう大丈夫だな。
たんぽぽ、そっちは終わったか!?」
「うん、今干してるから、すぐ行くよ〜」

声と同時に蒲公英が俺の隣に走りよってきた。
そのまま、密着するぐらい間近な距離に座り込んだ蒲公英に魚を一匹渡してやる。

「ありがと」
「ちなみにたんぽぽはこれいるか?」

俺は自分の分に梅酢を数滴垂らしながら、蒲公英に尋ねる。
蒲公英はちょっとだけ悩む仕草を見せてから、俺から瓶を受け取る。

「あんまり酸っぱいのはなぁ」
「数滴垂らすだけでいいんだよ」

おっかなびっくりと瓶を傾ける蒲公英の魚の上に数滴、梅酢が落ちる。
ふわり、と漂う梅の香りに蒲公英は鼻を自然とひくつかせた。

「えいっ!」
「この方が美味しいと思うんだけどなぁ」

何かを覚悟したかのような勢いで焼き魚に齧り付く蒲公英を苦笑を浮かべながら見つめてから、
俺も自分の魚に喰らいつく。
程よい酸味がはらわたのえぐみをマスキングしてくれるので、俺は重宝しているのだが・・・。

「あっ、美味しい・・・ちょっとなら酸っぱさはあんまり感じないんだ?」

俺は蒲公英の感想に満足して、再び魚を齧る。
そして、俺が4匹、蒲公英が3匹平らげたところで、俺はこれからのことを話すことにした。
一応逃げるための準備をしている間に色々と考えてはいたりするのだ。

「そういえばさ、ご主人様」

だが、俺が声を出すよりも早く口を開いた蒲公英によって俺の提案は遮られることになった。
彼女はペロペロと自分の手についた魚の油と塩を舐めとってから続きを喋る。

「夢の話ってどんなだったか教えてほしいんだけど」
「・・・あんまり思い出したくはないんだけどな。
大きな音が聞こえてきて、何かのシルエットが見えたんだ。
ソレはハゲの大男で何故か裸なんだ。
初めて見たはずだと思ったんだけど、
何故か全身におぞましさが溢れて慌てて逃げようとしたけど逃げられない。
ソイツは俺にまっすぐに近づいてきて、唇を突き出しながら飛びついてきて、
・・・そこでなんとか飛び起きることに成功したんだ」
「うわあぁぁ」

こらそこ、やっぱり聞くんじゃなかったって顔をしない。
俺だって思い出したくなかったんだから。

「でも、やっぱりその夢はただの夢じゃないね」
「・・・なんでだ?」
「だって、ただの夢ならそんなはっきりといつまでも覚えてないもの」
「それもそうだ」

蒲公英のあっけらかんとした物言いに思わず納得してしまう。

「で、ご主人様はその大男が成都に近づいてきていると思ったんだ」
「ああ、恐らく間違いない」
「・・・皆大丈夫かなぁ」
「多分、ソイツは見た目はバケモノだけど、そんな悪い奴じゃないと思うんだ。
ただ、俺だけはソイツと出会ってはいけない、と俺の中の全てが必死に叫んでいるんだ」
「な、なんだか複雑なんだね・・・」

蒲公英が良く分からない、と言った顔で首を捻る。
うーん、この何とも言えない感覚を正確に伝える手段は・・・あ、そうだ。

「例えるなら、今の麗羽の10倍ウザくビキニパンツ一丁の大男になった麗羽が会いにくるといったイメージだな」
「・・・そ、それは嫌すぎるね」

蒲公英も明確なイメージを持てたのか、げんなりとした表情を浮かべた。
俺は彼女の話が途切れたので、先ほど言いかけたことを話してみることにした。

「それで、これからなんだけどさ。
一ヶ月ばかり雲隠れをしようと思うんだ。
それで、ちょうど良いから色々な街をまわってみたいって思ってさ」
「街を?」
「うん、俺は別の世界から来たし、この世界で戦ってばかりだっただろ?
だから、この世界の普通の生活って奴を全然知らないんだ。
この機会に色々見たいなって思う」
「蒲公英は別に用事はない・・・あ、やっぱり一つ。
涼州の叔母様のお墓参りがしたいかな。
お姉様は今回の五胡遠征で寄ってるかもしれないし」
「じゃあとりあえず北上する旅をしてみようか。
そうそう、お金はこれぐらいあるんだけど足りそうかな」

俺が財布を蒲公英に渡すと、彼女は財布の中身を覗き込んで頷きを返してくれる。

「うん、無駄遣いをしなければ一年は食べていけるだけの金額があるよ?
ご主人様結構持ってるんだね〜」
「ちなみに恋や鈴々と毎日食事に付き合おうとすると一月掛からず無くなるんだけど」
「・・・あはは、あの2人は規格外だし。
とにかく、路銀も十分だし、目的地はとりあえず北にあと数時間馬でいった先にある村かな」

行動の方針も決まったし、目的地も決まった。
じゃあ早速・・・と思ったが、蒲公英が待った、と身振りでアピールした。

「ご主人様、せっかくの水源なんだから、もっと有効活用してから出発しようよ?」
「・・・飲み水でも汲むのか?」
「ブーっ、正解はぁ・・・・」

そう言うや否や、蒲公英は俊敏な動きで俺の背後に回りこんだ。

「水浴び〜!」

あっと言う間に俺の上着とズボンを器用に脱がしてしまうと、
そのまま彼女はどんと背中を押して俺を川の中へと追いやってしまう。
蒲公英もぽいぽい、と服を脱いで俺を追いかけてくる。
俺はこの際楽しんでしまおうと、蒲公英に勢い良く襲い掛かるのだった。
もちろん性的な意味で。





「ご主人様、朝で・・・朱里、こんなところで何を!!」
「ごっしゅじんさまっ、朝・・・はわわっ!!

その頃、成都。
一刀の部屋の前で、二人の少女が見詰めあっていた。
一人はこの国が誇る大将軍であり、
一人はこの国が誇る大軍師である。
とは言え、彼女らが恋焦がれる殿方の前では
肩書きなどさしたる意味も持たぬということは重々承知であった。
ただ、ここしばらく多忙を極め、まともに愛する人の顔を見ることさえ出来ない状況だったのだ。
何とか作り上げた朝のひと時の自由時間ぐらいは誰にも邪魔をされずに、
一刀と二人きりで過ごしたいと思うのも自然の理と言えるだろう。

「朱里・・・そこをどかんか」
「愛紗さんこそ・・・桃香さまに付いていなくてもよろしいのですか?」

一瞬視線が交錯したかと思うと、バチバチと空中に見えない火花が散った。

「にゃ?
愛紗と朱里はお兄ちゃんの部屋の前で何をしているのだ?」

そこを通りかかった、もとい、同じ理由でこの場に現れた鈴々は二人の横を軽くスルーして、
一刀の部屋の扉を勢いよく開ける。

「おっにいちゃん、とっても可愛い鈴々ちゃんが起こしに来てあげたのだーっ!」
「って、鈴々っ!
何を抜け駆けしておるかっ!!」
「はわわっ!?
これは許されざる行為ですよ!!」

鈴々に遅れをとるものか、と一挙に押しかけた彼女らが見たものは・・・
既にもぬけの殻となってから久しく、冷め切ってしまった寝台と、
机の上に無造作におかれた

『蒲公英と旅に出る。
そのうち帰るから気にしないでくれ』

とやけに簡潔に書かれた置手紙だった。

「「「ええええええーーーーーーーっっっ!!!!」」」

三人の見事にユニゾンした叫びが、成都の城内に響き渡った。
その声は遠く、城下町までかすかにではあるが届き、

「グフフフぅ、愛紗ちゃんに朱里ちゃんに鈴々ちゃんねぇ。
元気そうでなによりだわぁ」

とある漢女の耳まで辿りついていたそうな。

(続く)