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真・恋姫†無双 SS 『シアワセなだっこの日』


ある日のことだ。
彼女は机に向かったまま、こくこく、と船を漕いでいた。
窓から見える蒼い空には、既に昇り始めてから幾ばくかの時間が経過した太陽がさんさんと日差しを世界に降り注いでいる。

「・・・ぐぅ」

幸せそうな顔で眠る彼女が顔を突っ伏すのに邪魔だとばかりに無造作に腕を振ると、机の上の竹簡がからから、と音を立てて地面に転がった。

「おおっ!?」

その音でぱちっ、と目を開けた少女は自分の腕で眠気を吹き飛ばそうとごしごしと瞼を擦る。

「・・・くぁあああああっ」

猫のように身体を反らして大きな欠伸をしながら、ぐぃっ、と両腕を天井に向けて伸ばす。
背筋をピンと張っても全然目立つ気配のない自分の膨らみに少しだけ物憂げな眼差しを送ると、まだまだぼぉっ、とした顔で先ほど見ていた夢を思い出す。

「ふむぅ。
夢とは言えお告げは大切なものですしねー。
それに、私も嫌ではありませんし」

そう言った彼女、魏の誇る頭脳の一人、程仲徳こと風は誰もいない自室でにんまりといたずらっぽい笑顔を浮かべた。





「というわけでお兄さん、抱いてください」

魏国の幹部が揃った朝の定例会の場で、風から唐突に爆弾発言が飛び出した。
一瞬、しん、と場が静まり返ったと思ったが、

「「「「「「「「「「ええええっーーーーっ!?」」」」」」」」」」

すぐに仰天の叫びに取って代わられた。

玉座に座る華琳のドリルが驚きの余り重力に負けてまっすぐのストレートとなり、
その横に立つ春蘭が何故か眼帯の代わりに華蝶な仮面を付け、
さらに横に立つ秋蘭は姉の眼帯を奪い取り自分に装着し、
玉座を挟んで逆に立つ桂花の猫耳がびょんと伸びてうさ耳になり、
下座に立つ流琉は何処からとも無くキャベツと包丁を取り出し千切りを始め、
季衣は一心不乱に切られる端からキャベツを喰らい、
霞が神速で玉座の間を駆けずり回り、
凪が『たーたったらーたったらー♪』と闇っぽいフォースのテーマを口ずさみ、
真桜が『天元○破!』と口走って欲しくない言葉を吐きながら螺旋槍を回転させ、
沙和が丁度その場に居合わせた服飾商人に北郷一刀名義で大量の服を発注していた。

そんな中、風の親友である稟だけは苦虫を噛み潰したような顔で、はぁ、と大仰にため息を吐いてから風に向けて口を開く。

「待ちなさい、風。
それだけじゃ何のことだか分からないでしょう。
ちゃんと説明して下さい」
「おおっ、これはうっかりですねぇ。
いや、ついつい先走ってしまいました」

口では反省の弁を述べているが、その実全く懲りてなどいないだろう。
風は言葉だけの謝罪を告げると、説明を始める。
彼女の言によると、今日一日は夢のお告げにより天の御遣いに抱っこされていなければいけないらしい。
何でも風が一刀に抱っこされることで様々な恩恵が魏にもたらされ、万が一されなければ信じられないほどの災害が起こるとのことだ。
そんなバカなと皆の心中は一致したが、張本人である北郷一刀自身は全く疑った様子も見せなかった。

「そっか、それじゃあ仕方ないかな。
今日一日だけでいいんだよな?」
「ええ、ありがとうございます。
・・・フフリ」

風が一刀に見せぬようにして浮かべた淫靡な笑みに何人かのコメカミが引くつくが、かと言って風が魏に加わった経緯は皆が知るだけに下手な反論も出来なかった。
稟だけが面倒そうな事態になるやもしれぬと首を振っていたが、そんなものを一々気にするような風ではなく、ツツツ、と一刀に擦り寄ってペコリと頭を下げる。

「それじゃあ、本日はよろしくお願いします」
「ああ、・・・でもずっとこのままなのか?」
「ええ、日没までこのままでお願いします」
「うーん、俺の腕が保つか心配だな」
「きっと大丈夫ですよ、根拠はありませんが」
「そうかい」

一刀が風を力強くお姫様だっこの形で抱き上げると、彼女は当然のように彼の首に腕を廻す。
突然の事態にまだ混乱していた一刀は、風の気楽な言葉に諦めたようにため息をついてから、彼の部下たちに視線を向けた。
いや、正確には沙和を熱い視線で見つめた。

「た、隊長〜。
沙和も抱っこしてくれるの〜」
「沙和、注文は取り消しておいてくれよ」
「えぇーーーー!?
・・・はぁい、わかったのぉ」

沙和があまり文句を言わなかったことにほっと胸をなで下ろしつつ、一刀は首筋に抱きつく風へと視線を向ける。

「で、この後はどうすればいいんだ?」
「そですねー。
もう少ししたら軍議がありますので、資料を取りに行ってください」
「了解」

そして、皆が呆気に取られた顔で見守る中、風と、彼女をお姫様だっこした一刀は玉座の間を後にしたのだった。





「ちょっと、変態。
何でアンタがいるのよ?」
「いや、仕方ないだろ?」
「桂花ちゃん、気になさらずにお願いしますね〜」

胸に抱いた風から案内された軍議用の小部屋では、桂花がしかめ面をして待っていた。
それどころか出会いがしらにされた文句に、咄嗟に一刀は反論を返す。
いつもならばそこから、この2人本当は滅茶苦茶ラブラブなんじゃ、と華琳さえ疑うような息のあった壮絶な口げんかが始まるのだが、今日はその限りではない。
やんわりと、ソレでいて絶妙なタイミングで発せられた風の言葉に先手を打たれた2人は、諦めたかのように同時にため息を吐くしか出来なかった。

「確かにこんな変態に貴重な私の時間を取られるわけにはいかないわね。
さて、今日の内容なのだけど・・・」
「ええ、お兄さんは基本いないものとしてお願いします。
こちらの資料を持ってきましたのでご確認を〜」

さすがに頭脳明晰な2人だけあって、切り替えの早さは相当のものである。
すぐに農工商に携わる人や物といった民生の莫大な情報や、他国の情勢をまとめた細かいデータを魔法のように手際よく分析していく。
そんな中、一刀が興味深そうに時折、

「へぇ」
「ほぉ」
「はぁ」

と相槌らしきものを漏らすのがひどく場に不相応だったりする。
桂花は始めはそんな一刀をあまり気にしていなかったが、真面目に取り組んでいるのに度々そんなアホな音を出されては自然とイライラが募っていく。
何しろ、北郷一刀に関して言えば彼女の沸点は恐らく30℃ほどであるからして、当然のように爆発した。

「さ、さっきから何なのよ、アンタっ!!
私の邪魔をするためにそんなことしてるんでしょうっ!
そうって言いなさい、言い次第すぐさまその首を叩き落してあげるわっ!!」
「い、いや、そんなつもりは無かったんだが・・・」

さすがの一刀でさえ自分が悪いことは理解していたらしく、恐縮するしかない状況である。
桂花の剣幕に狼狽しながらも、一刀は彼女との会話では珍しくも素直に謝ろうとペコペコと頭を下げる。

「謝るぐらいなら息をしないでちょうだいっ!!」
「それは死ぬからっ!?」
「まぁまぁ、桂花ちゃん、落ち着いて下さい」

とは言え、一刀が素直に謝ったぐらいで桂花の怒りが収まるはずもなく、無茶としか思えない要求に一刀も今度は言い返し始める。
だが、今度も緊張感の欠片もない風の言葉に気勢を殺がれた格好で、ふんっ、と桂花が一刀から顔を背ける。

「というか、風。
さすがにそろそろ我慢の限界よ。
そこの全身精液男を殺すか外に放り出すかどっちかを選んで欲しいわ」
「んー。
抱っこ効果は確かに有効なはずですのでー、そろそろ何かしら報告が・・・」

桂花の辛辣な言葉にも全く動じることも無く、風がマイペースに呟く。
何をそこまで待っているのだと眉をひそませる桂花だったが、彼女がその問いを質すことはなかった。
それよりも前に結果がやってきたからである。

「荀文若様っ!
至急ご報告したいことがございますっ!!」

何よ騒々しい、今私は忙しいのよ、とばかりに忌々しげに伝令を睨み付けた桂花に怯むこともなく、彼は興奮した様子で言葉を重ねる。

「はっ、五胡に対する備えとして荀文若様がご用意くださいました策が見事大成功を収めまして、敵に大損害をあげたばかりか、魏への恭順の態度を示す者どもさえ御座いますっ!」
「えええっ!?」
「まさに神算鬼謀の極みでございました!
兵たちの中で文若様の才に感謝しないものはおりませぬ!!」

あまりにも都合の良すぎる展開に桂花がぽかんと口を開けて驚きの表情を浮かべる。
だが、まだこれで終わりではなかった。

「伝令ですっ!」
「どうぞです〜」

続けてやってきた伝令もまた興奮が抑えられない様子で、風が喋るように促すと早口に戦果を伝える。
今度は蜀と呉の国境付近での小競り合いでこちらの策が大成功を収めたようで、蜀呉両国はかなりの損害を被むったらしい。
何でもあの孔明が、

「待て、これは文若の罠だ」

などと言って桂花を恐れたなどという噂話まで流れる始末らしい。

「文若様は素晴らしい王佐の才の持ち主だと、兵たちの間ではもっぱらの評判でございますっ!」
「・・・そ、そう?」

普段は男、というより華琳以外に褒められても嬉しそうにしない桂花の顔が綻んでいる。
まぁこれだけ策が上手くいって、そのことを素直に褒められればそれも仕方ないだろう。

「「それでは軍議中に失礼いたしました!」」

部屋を後にする二人の伝令に嬉しそうに手を振る桂花の姿はあの男嫌いの文若ちゃんとは思えない。
一刀はそんな桂花のことを、ぽかん、と大口を開けて見つめていた。

「フフフ、これでお兄さんもお告げを信じる気になりましたか?」
「すげぇ、抱っこ超すげぇ」

風の言葉に一刀はコクコクと頷き、そんなことを呟くくらいしか出来なかった。



さて、抱っこ効果が認められるとその後は出会う人出会う人、皆に面白いように幸運らしきものが起こった。
霞は長らく探していたという秘蔵の酒が見つかったと喜んだ。
しかもそれはほど良く熟成されてさらに素晴らしい出来になっていたという。
丁度山海の美味が城に入っていたため、早速宴会を始めた霞に一刀も誘われたが、風にぎゅう、と手の甲をつねられてその場を後にした。


季衣は身長が1cm伸びたと嬉しそうにしていた。
ついでにバストも少し大きくなっていたらしく、ほくほくとした顔で胸を張っていた。
見た目には大して変わらなかったが、礼儀として一刀が『綺麗になった』と言ってやったら、季衣にしては珍しく照れまくっていた。
風はちょっとむぅ、とした顔で自分の胸を見下ろしていた。


流琉は珍しい香辛料を手に入れることが出来て気分を弾ませていた。
それから包丁を研いでもらったところ、よほど良い職人に当たったのかピカピカになって返ってきた、と喜んでいた。
話を聞いたところ、なんでも切れるが何故かこんにゃくだけは切れなくなったらしい。
斬鉄剣か、と一刀は突っ込みをいれてみたが、残念ながら誰も理解できるものは居なかった。


真桜はからくりに対する功績が認められ、工房が与えられた。
かなりの火力を持つ炉が併設されていたため、これで色々出来る!と張り切っていた。

「これで隊長のと全く同一のサイズ、固さ、熱さの『魏の種馬シリーズ』を量産化出来るでぇ!」

などと言っていたのは華麗にスルーした。
風が注文していたのも華麗にスルー・・・した方がよいだろうと一刀は判断した。


沙和は鍛えた新兵たちが優秀な成果を出したとして、特別手当を受け取った。
その上沙和が最新の阿蘇阿蘇を開くと、彼女のコーディネートが街で見かけたベストマッチング、と紹介されていて感極まったように震えていた。
喜び勇んで街に突貫する彼女は、よほど上機嫌だったのか一刀たちに警備隊が良くお昼に使う店の無料昼食券をおすそ分けしてくれたぐらいである。

ここまで来るともう笑うしかない状況である。
一刀は風を相も変わらずお姫様だっこで抱き上げたまま、上機嫌な皆を半ば呆然と見送ることしか出来なかった。





お昼になると、一刀と風は折角貰ったのだからと、沙和から貰った昼食券を手に街の定食屋へと向かった。
この店の常連客はどう見ても異様としか言えない2人の様子を見ても、ちらりと一瞥し苦笑を浮かべるだけである。
普通に考えれば野次の一つも飛んでこようはずなのに、である。

「おお、この店はお兄さんの逢引専用のお店なのですね?」
「違うぞっ!?」

ちなみにこの店は警備隊の休憩所兼食事処としてよく利用しているお店なため、真桜や沙和、場合によっては逆上した凪の暴走によってたびたび被害を被っている。
それでも一刀たちを追い出しはしても出入り禁止にしないのは店主の人柄なのだろう。
今も抱っこして入ってきた男女をちらりと一瞥しただけですぐに調理に戻っている。
そんな大らかなこの店を一刀も気に入っており、天和・地和・人和の3姉妹と来たことがあれば、春蘭・秋蘭と来たことがあるし、季衣や流琉とも来たことがあった。

「・・・いや、否定できない気がしてきた」
「やれやれ、こいつはとんだ種馬ぶりですねぇ」

この店に一緒に入った面子を思い出して首を捻らせる一刀に対して、彼の胸元から見上げる格好の風が惚けた口調で皮肉を言う。

「っと、とにかく、良く利用するお店だから味は確かだよ。
ほらほら、丁度テーブルが空いてるし座ろうぜ」
「おや、・・・ふむ。
まぁ誤魔化されてあげましょー」

一刀が空いている席に腰掛ながら、話を打ち切ろうと菜譜を開くと風は少し窮屈そうに身体を折り曲げながらメニューを覗き込む。
正直かなり苦しい体勢である。
風は早々に菜譜を見ることを諦め、一刀の胸に身を任せた。

「・・・風はお兄さんにお任せしますのでー。
適当に注文をお願いします」
「ああ、そりゃ責任重大だな」

そんな言葉を聞いた一刀がちらりと下を窺うと、既にぐぅ、と寝息をもらす風の姿があった。
抱っこお化けが膝の上に座ったことでようやく解放された両腕を一刀がぐぅ、と伸ばしすとスジがぱきぽき、と音を鳴らす。
彼女が少しでも心地よく眠ることが出来るようそっと位置を調整してから、一刀は改めて菜譜へと視線を向けた。

「寝かしておいてやるか」

そうポツリと呟いた一刀は店主を呼んでいくつかの料理を注文していくのだった。



「・・・おおっ!?」
「お、丁度起きてくれたな」

鼻をつく唐辛子の匂いで風が目を覚ますと、目の前の丸テーブルの上にはいくつもの大皿が乗せられていた。
ほかほかと湯気の立つ食事は多分に彼女の食欲をそそる匂いを生み出し、それだけで美味しさは5割増しと言っても過言ではない。
風のお腹の虫もぐぅ、と小さく鳴って空腹を訴えてくる。

「むむむ・・・お腹が鳴れば空腹だとは良く言ったもので、私の欲望はお兄さんの膝の上で臨界点を突破しそうなようです」
「・・・まぁいいや。
とにかく俺も腹が減ったよ、早速食べようぜ」
「その前に一言言わせていただきますと、唐辛子が中国に伝わったのは16世紀と言われております。
いえ、深い意味はありませんが」

一刀は今の風の危なげな発言をスルーすることに決めたらしく、あからさまに彼女から視線を外してレンゲを手に取った。

「さーて、唐辛子に山椒が効いてて美味しそうな麻婆豆腐だな」
「・・・声に動揺があるようですね?」
「もうこれ以上その話題を引っ張るのは勘弁して下さい」
「フフフ、まぁ良いでしょう」

頭を下げて下手に出た一刀に満足したらしく、風は満足げに頷く。
それから一刀の膝の上に座り込んだまま、ひょい、とレンゲを持ち上げる。
だが・・・

「む・・・」
「ああ、ちょっと届かないか」
「残念ですがその通りのようです」

風は俺の膝の上から精一杯腕を伸ばすが、れんげの先は何もない空間を掬うことしか出来そうにない。
確か中華料理だとお皿を持ち上げるのはマナー違反だったはずだけど、まぁ、一つの椅子に2人で座っている時点でマナー云々などほとんど意味もないだろう。
一刀はそう考えて風に向けて皿を持とうかと口を開きかけたが、彼女は先手をとって打開策を提案した。

「しょうがありませんねぇ。
お兄さん、食べさせて下さい」
「・・・へ?」

風が無防備に、可愛らしくも瑞々しいぷるんとした唇を上下に開く。
白く小さな歯が綺麗に並んだ彼女の口腔内が一刀の視界に入り、普段は見られない何処か艶かしい光景に一刀の頭にイヤラシイ想像が浮かび、くらくらと彼の頭が茹だる。
真っ赤な舌がちろり、と蠢き、風の舌の上にのる微かな体液がひどく一刀の興奮を誘った。

「・・・お、おう」
「フフフ、お兄さんは慣れているはずなのに純情さんですねぇ」
「や、やかましい。
そんなもん慣れっこないだろ?
と言うか俺よりもよっぽどエロエロだぞ、風は!」
「おや、たくさんの異性と経験のあるお兄さんと違って、たった一人とだけしか経験のない私の方が盛っているとでも?」
「・・・うぅ」

囁くように一刀の耳元で呟いた風が、意味ありげにくすり、と笑みを零した。
完全に言いくるめられてしまった一刀が、ぽりぽりと頬を掻きながらそっぽを向くのを愛おしそうに見つめていた彼女は改めて口を開く。

「さ、あっついのを風のお口いっぱいにつっこんで下さい」
「・・・もういい加減にツッコミはいれないからな」

度重なる風の悩ましい発言にいい加減耐性がついたのか、一刀は箸でさっと鶏の揚げ物を掴むと風の口に問答無用でつっ込んだ。

「もがっ・・・もご・・・ぉにいさんお・・・おおひすびです・・・」
「参ったか!」

えっへん、と胸を張る一刀にもごもごと咀嚼しながら発せられる風の声が聞こえる。
わざとそんな口調で喋っているのは良く分かっているが、それでもエロく聞こえるものはエロい。
怯んだ一刀はそれでも風に主導権を握らせないようにしようと、次から次へと彼女の口に料理を押し込んでいった。

「・・・ぁやん、そんなに熱くて太いの、風のに入らないですよ」

熱々の春巻きを風の唇につっこむと風は軽く嫌々と首を振ってきた。
フーフー、と少し冷ましてやってから改めて風の口に放り込むと、彼女は体躯に合わせた小さな口一杯にさくさくとする衣に包まれた料理を頬張る。

「・・・ひゃっ、中からどろどろとした液体が溢れてきてぇ」

咀嚼すると中から具とともにどろりとした餡が出てきたらしく、風は一瞬しかめ面をするがすぐに美味しそうに口内一杯に納められた春巻きをもがもがと食べていく。

「・・・じゅ、じゅるじゅううううう・・・の、飲んでも飲んでも溢れてきます」

続けて一刀がスープのたっぷりつまった小籠包を風の口に押し付けてやると、風はまず先に熱いスープを飲もうとでも考えたのか、端の部分に噛り付いて中の汁をじゅるじゅると啜った。
あからさまに一刀の反応を意識した風の一挙一動に、彼は段々と興奮を抑えられずに新たな料理を風に食べさせていく。
そんなやり取りに我を忘れて熱中していた一刀であったが、風のお腹に一人前程度の料理が納められたとき、ふと辺りを漂うもの言いたげな視線を感じて顔を上げた。

「・・・あ」

周囲、というか店中の男性客が前かがみになっていた。
そして彼らのギラつくような視線が艶めかしく食事を頬張る風の表情にじっとりと向けられている。
というか店の中に男性客しかいなくなってる。

「・・・おおっ!?」

風もようやく周囲の状況に気が付いたようで、彼女にしては珍しくうろたえた表情を見せる。
・・・さて、どうしたらいいんだろうか、この状況は。

「北郷様・・・すいませんが・・・」

悩むまでもなかったらしく、横合いから声が掛けられた。
声の主はこの店の大らかな性格の店長・・・あ、このパターンは出て行けですね、分かります。





「・・・お兄さんのせいですからね?」
「いや、それは、・・・まぁもうそれでイイや」

定食屋をそそくさと逃げ出した一刀と風は張三姉妹の事務所へと歩いていた。
先ほどのはさすがにダメージが大きかったらしく、風はずっと顔を紅色に染めたまま、ぷう、と頬を膨らませてぐちぐちと文句を続けている。
一刀もあんなエロトークをしていた片割れだというダメージはあったが、それでも社会的な損害は小さい方だろう。
何しろ元から種馬と呼ばれている程であることだし。
風は言うだけの苦言は言い尽くしたのか、もう一度ため息をついてからポツリと呟く。

「・・・これではもう嫁の貰い手がいなくなってしまいますね」
「だったら俺が貰ってやるから安心しろって!」

一刀が売り言葉に買い言葉でした返事を聞いた風が、きょとんとした顔を浮かべる。
それから、普段の調子を取り戻したかのような不敵な笑みを浮かべた彼女が一刀をじっと見上げる。
ポツリ、と彼女の口から言葉が漏れる。

「・・・本気にしますよ?」
「構わないよ、ははっ、頼りない夫で悪いけどな」
「いえ、そんなことは・・・」
「随分と仲がよろしゅうございますね」
「わぁああっ!?」

突如横から掛けられた冷ややかな声に一刀が驚いて振り向くと、そこには警邏の途中なのだろう。
凪がサボっている途中の真桜や沙和を発見したときのような、いや、それ以上の怒気を振りまきながら仁王立ちしていた。

「な、凪ぃ?」
「おや、凪ちゃん、警邏ご苦労様です」
「はい、風様もお勤めご苦労様です」

風に対してはきちんと挨拶を返した凪は、そのまま視線を上に上げて一刀の顔をにらみつけてきた。
むろん、『ご苦労様』の『ご』の字の挨拶すらない。

「な、凪さん?
その、・・・ごめんなさい?」
「いえ、別に私に謝っていただく必要は全くありません。
ええ、警邏をすっぽかして逢引していたからといって、どうして私に謝られるのでしょうか」
「おお、こういうときに黒いオーラ、と呼ぶのですね」
「ぶっ!?」

ちくちく、とトゲのある小言を口にする凪の様子を見ていた風が以前の一刀の発言を引用して、
ぽつりと呟いたのを聞いた一刀が思わぬ言葉につい吹きだしてしまう。

「そうですか、聞く耳もありませんか。
・・・最近は、効率の関係で真桜や沙和とばかり組んでいてようやく私の番だと思ったら、こんな仕打ちだなんて」
「な、凪!
落ち着いてくれ、これは・・・」
「いよっ、この二股三股当たり前の色男め。
憎いねこのこのっ!」
「風も煽らないでくれぇっ!?」

助けてくれるどころか、むしろ凪への対抗意識をばりばりと見せている風へと一刀は悲鳴じみた声をあげるものの、彼女はしれっとした口調で答える。

「いえいえ、ただの女の醜い嫉妬ですから、お気になさらずに」
「そう、そうです。
隊長が全部悪いんですっ」
「い、いやっ、ちょっと待っ」
「隊長は黙っててくださいっ!!」
「さーいえっさーっ!?」

凪の怒声にあっさりとチワワのような態度でガタガタブルブルと震える一刀の目には、彼女の全身から実際に黒いオーラのようなものが立ち上っているのが見えた。
同じものを風も視認できたのか、ぱちくりと瞳を瞬かせて凪の様子を興味深そうに見つめている。

「おお、凪ちゃんが黒いふぉーす?に捉われてしまいました」
「何処でそんな言葉知ったのっ!?」
「さて、何処でだったでしょうか。
お兄さんとの閨の最中か、あるいはお兄さんとの行為の最中か・・・」
「二択になってないっ!?」

ぷつん、と音が聞こえた気がして一刀は思わず青ざめた。
現実逃避気味にあれの膜が破れるときに音がなるなんていうのは都市伝説だよ、と似て否なるものへの雑学を考えてみる。

「いっ、いい加減にして下さい、隊長!
昼最中からそのような下賎な話題をっ!!」
「俺が悪いのかっ!?」

さすがに一刀が口答えを返すが、今の凪にそのような正論が通じるわけもない。
と言うか、時代としては複数の女性と関係を持つのが良い男の証明ではあるものの、一人の女としてその状況に全く不満を抱かない、と言うわけにはいかないのは人間のサガというものなのだろう。

「問答無用ですっ!!」

そんな、凪の嫉妬のような感情を吐露するかのような叫びとともに、黒いオーラが瞬間的に膨れ上がり・・・


ドガアアアアアアンンンンッ!!!


爆発した。
・・・え、嘘?
そんな風に一刀は考えたが、事実は事実である。
幸い爆発は音のわりに大したことはなかったようで、一刀も風も凪も周囲の露天も無事のようだ。
気を扱う凪だからこその惨事なのだろうが・・・、一刀は人知を超えたとしか思えぬ事態にぽかん、と口を開けて呆けるばかりだった。

「おお、凪ちゃん、新技ですね」
「え?
・・・確かに、今のは全く新しい気の使い方ではありますが」
「それはめでたいですね、凪ちゃん天晴れです」
「は、はい。
すいませんが、今の技を研究してみたいと思いますので・・・」
「いえいえ、お気になさらずに〜」

一刀は呆然としたまま、一回爆発して気が紛れたのか何なのか、妙にさっぱりとした表情で足早に去っていく凪の後ろ姿を見送っていた。
しばらくそのままの格好で呆けていた一刀であったが、凪の姿が完全に見えなくなった頃、ようやく我を取り戻して呟く。

「・・・いや、気ってそういうものなのか?」
「さぁ、風は気なんてものは使えませんのでとんと・・・」

風もああは言ったものの、どういう原理で爆発が起こるのかは理解出来ないらしく首を捻っていた。
だが、何かに気付いたようで俺の首に廻す手にぎゅう、と力を込めながら囁いてくる。

「ですが、凪ちゃんがアレを使おうとするたびにお兄さんとくっつく必要があるのなら、大歓迎なのですよ?」
「そーかい」

一刀は諦めの篭ったため息を一つもらすと、改めて午後の仕事をこなすために目的地へと足を運ぶことにした。
多分、この後も色々厄介ごとに巻き込まれそうだ、とそんな決まりきった事実を考えながら。





「お兄さん、お疲れ様でした」
「風もお疲れ様」

夕方になると、一刀と風は城の自室に戻ってきていた。
さすがの一刀も一日中風を抱っこしていて疲れたのか、ばたんと寝台の上に寝転んでいる。
風は彼の腕を枕にしてぴったりと寄り添いながら、くすくすと小さな笑い声を漏らす。

「いえ、私はほとんど何もしていませんし」
「俺はもう腕がパンパンだよ、もう筆も持てん」
「では華琳様へのご報告は明日ということにしましょうか」
「大丈夫なのか?」
「ええ、重要なことは全てもう伝わっているでしょうから」

上機嫌な風の言葉に一刀は頷きを返して同意を告げる。
確かに腕に力が入らなくなるぐらい酷使してしまったが、その価値はあったような気がする。
逢う人逢う人、過程はともあれ皆幸せになってくれたと判断した一刀は、この疲れも心地よいとさえ思ってしまう。

「あれ?
そう言えば、風は別に良いこと無かったんじゃないか?
張本人なのに」

一刀がキョトンとした顔つきで、今も自分の真横にくっ付いている猫のような軍師の顔を見つめる。
風は何を言っているのだろうこいつは、と言った顔で一刀を見つめたと思った後、唇を尖らせて拗ねたような口調で呟いた。

「今日一日ずっとお兄さんとくっ付いていられた以上の幸運があったと思いますか?」
「そ、そっか」

一刀が照れてそっぽを向くのを見て、風は気分を良くしたらしい。
すぐに上機嫌を取り戻して囁くように彼の耳元で詠った。

「お兄さんの胸に抱かれるのは何とも比較できないぐらい、とても幸せな気分です」

風は彼の耳たぶに、ちゅるちゅると音を立てて吸付き、恍惚とした表情を浮かべる。
そのまま彼の身体をちくちくと刺激する自分の髪を持ち上げて邪魔にならないように配慮しながら、一刀の顔中に接吻を繰り返す。

「そうだな、俺も幸せだったよ」

一刀が開き直ったように風の方を向き直ってそう告げると、彼女はいじわるな笑みを浮かべながら言葉を発する。

「まだ今日は終わってませんのに、過去形とは風は悲しいですよ・・・ヨヨヨ」
「これからはもっと幸せになるつもりだからな」
「・・・期待しちゃいますよ」

スイッチの入った一刀を濡れた瞳で見つめていた風は、頬を染めて呟きながら、ゆっくりと瞳を閉じてこれからの幸せな一時を想像した。





翌日、一刀と風が朝の定例会にともに参内すると、皆の視線が彼らに集中した。
何か言われるかと身構えた一刀であったが、何も言われることはなく、淡々と定例会が進んでいく。
報告のためにか来ていた張3姉妹も問題を起こすようなことも無かった。
そして、本日の定例会が何事も無く終わりを告げようとした頃、皆が時を計ったかのように一斉に口を開く。

「「「「「「「「「「「「「そういえば昨日夢を見て」」」」」」」」」」」」」

今日は一刀の隣に立っていた風が、やれやれと肩をすくめてこう言った。

「こいつはとんだ雌猫どもですね」

「「「「「「「「「「「「「オマエが言うなっ!!」」」」」」」」」」」」」

戦乱の最中のちょっとした平和の一日が、そして今日も始まった。


(了)