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真・恋姫†無双 SS 『三歳児神話〜赤子は彼の種馬の姿を見てどう育つ〜』


曹孟徳様の庭に集う乙女達が、
今日も天使のような無垢な笑顔で、
背の高い牙門旗の下をくぐり抜けていく。

汚れを知らない心身を包むのは、蒼い色の鎧兜。
スカートのプリーツは乱さないように、
白いドクロのアクセサリは翻さないように、
駆け抜けても大丈夫な様に鍛えるのが、ここでのたしなみ。

私立曹魏女学園。ここは乙女と百合の園。

・・・なんていうことはなく。
魏の種馬などと不名誉な二つ名を欲しいままにしている俺こと北郷一刀の目の前には、
我らが北郷隊のむさ苦しくも屈強な完全武装の男たちが十数人ほど整然と立ち並んでいた。
小隊長である紅三点、凪・真桜・沙和には午前中は別の仕事が入っているため今はこの場にはいない。
紛う方なく男率100%であった。
この場を桂花が通りかかったら、

『ひいぃぃっ、妊娠させられるっ!!』

などと騒ぎ立てること必定である。
無論、街の治安を守る彼らが乱暴狼藉を働くような輩ではないことだけは補足しておく。

「もう全員揃ったか?
それじゃあ、今日の警邏の班割りを・・・あれ?
一人来てない奴がいるみたいだな、理由を聞いている者はいるかー?」

俺が兵士たちを見回しながら尋ねると、彼らは互いに顔を見合わせて困惑した表情を浮かべた。
だが、返事は一向に返ってはこないことからして・・・誰も知らないようだ。
おかしいなぁ、真面目な奴だし集合時間に遅れるようなことなんてなかったんだが。

「えぇと、とにかく居ないものは仕方ないな。
後でアイツには事情を聞いておくから・・・」
「す、すいません、隊長!
遅れました!!」
「おっ、来たみたいだな。
何かあったのか、随分とおそ・・・かったぞ?」

遅れたことを気に病んでいたのか、ぜいぜい、と息を切らせながら
警備隊の集合場所に駆け込んできた青年に目を向けた俺は思わず、驚きのあまり声を詰まらせた。
何しろ彼の背中には・・・

「・・・だぁだぁ」

生後半年程度と思われる赤子が括りつけられていたのである。
魏の国も大分国力が増したせいか、しっかりとした作りの鎧が警備隊にも支給されているのだが、
そこにおんぶひものようなものがしっかりと結わえられている。
うーん、子連れ何某をテレビで見ているときはカッコイイとも思ったが、
さすがにこれはシュールとしか言いようがないな・・・。

「その子はどうしたの?」
「はっ、業務に支障はありませんっ!
気になさいませんようお願いします!」
「気にするなって・・・ムリだろ・・・」

俺は頭を抱えてため息を吐きながら、彼に事情を説明するように問いかける。
初めは渋っていた彼もやはりムリがあるとは自分でも思っていたのか、やがてポツポツと事情を語り始めた。



「・・・で、奥さんが病で倒れちゃったせいで、子の面倒を見るものがいないわけか」
「はい・・・、わが国が大変な時期に申し訳ございません」
「何言ってんだ、国より奥さんの方が大切・・・って俺の立場で言うわけにもいかないけど、
奥さんは気遣ってあげないとダメだぞ」
「ありがとうございます」

そう背筋をただし、真面目な顔つきで礼を言う青年の背中にはやっぱり赤ん坊がいる。
いつもと全然違う環境にいるせいか、赤子は少し不安そうな色を瞳に覗かせているな・・・ちょっと可哀想だ。

「あー、それじゃあ今日は休みにしろ。
その子もこちらで面倒を見てやるから、奥さん孝行をしてやりなさい」
「し、しかし、そんな訳には・・・」
「そんな訳もこんな訳もない。
それに子供は国の宝、警備隊が面倒を見るのもあながち間違ってはいないしな」
「あ、ありがとうございますっ」

そう言いながらにこり、と笑ってやると彼もようやく納得してくれたらしく大きく頭を下げてこちらに礼を告げた。

「そうそう、今日は有休扱いにしてやるから給料は安心してくれ」
「有休・・・ですか?」
「そう、病気や怪我でのお休みではちゃんと給料が減らないように上申しておくよ。
その代わり、奥さんが元気になったらいっぱい働いてもらうぞ?」
「あ、ありがとうございますっ!」

そう言って再びペコペコと頭を下げる兵士に合わせるように赤ん坊も上下にぶらぶらと揺れる。
不安定そうで見ていると不安になってくるが、きゃっきゃっ、
と当のご本人が笑っているようだから問題ない・・・のかな?

「取り合えず赤ちゃんの面倒を見るための道具は持ってきているんだろう?
それを貸してくれないか?」
「はいっ、もちろんですっ」

近づいてきた兵士からいくつかの道具と赤ん坊本人を預かる。
赤ん坊を手に持ってみると、思ったよりもずっしりとした手ごたえを感じた。
これが命の重さってやつなのかなとガラにも無く誌的なことを考えながら、
なんとか赤ん坊を安定して抱くための姿勢を作ることに成功する。
俺は彼から赤子の面倒を見る上での説明を聞き終えると、その兵士にそっと財布を握らせてやる。

「・・・隊長?」
「一兵の給料じゃ医者に掛かるのも大変だろ?
この金を使ってくれ、ただし皆にはナイショだぞ?」
「こ、これ以上ご迷惑を掛けるわけには・・・」
「気にすんな、お前たちよりはたくさん貰っているんだし、
医者に行ってすぐに奥さんが元気になってくれれば、復帰も早まり言うことないだろ?」
「・・・本当にすいません、隊長」
「だから気にすんなって!
ほら、奥さんが寂しがってるぞ、さっさと帰ってやれ」

俺が赤ん坊を抱いた腕とは反対側の手をひらひらと振ってやると、
彼はもう一度大きくお辞儀をしてから隊舎前の広場を飛び出していった。
おお、早いなぁ、やっぱり相当心配だったんだろう。

「さて、皆、少ない時間なのに手間を掛けてすまなかったな。
早速班割りを・・・」
「隊長。
今日の仕事は全部俺たちがやりますんで、隊長はその子の世話をお願いします」
「そうですよ、隊長がその子の世話をしながら警邏に行っては結局同じですよ」

文句の一つも言わず、俺たちの会話が終わるのを待っていてくれた兵士たちに声を掛けると、
彼らは笑いながら俺の腕の中で今度はうとうととし始めた赤子を指差してそう言った。

「それにただでさえ実戦では役に立たない隊長がお荷物を抱えていたら余計に役に立ちませんよ」
「その子に怪我でもさせたら可哀想でしょう?」
「赤ちゃんもこんなむさ苦しい集団に囲まれていては可哀想ですぜ」

彼らは次々に俺や自分たちを非難するような軽口を言ってくるが、その目は優しい光に満ちていた。
・・・全く、いい部下を持って幸せだな、俺は。

「俺たちの嫁や子供が病気になったときも休ませてもらえるんなら、精一杯頑張りますよ!」
「あはは、それはちがいねぇ」
「隊長、よろしくお願いしますぜ」
「ああ、それはもちろん・・・ってそうだな、
そういったことをきちんと規則として作ることも今後は考えないといけないな」

無論、戦争中はその限りではないだろうが、平時に当たっては融通がきいたって良いだろう。
俺は早速、今度書類を作って華琳に提案してみようかと考える。

「それじゃあ隊長、行ってきますね!」
「・・・ん?
ああ、すまんがよろしく頼む」

俺が少し考え事をしている間に班割りは終わったらしく、兵士たちは俺に一声掛けると三々五々、
街の各地を警邏するために足早にこの場を後にしていった。

・・・さて、図らずも何だか俺が休日のようになってしまったな。





「まずはミルクかな・・・」

俺は炊事場へと赤子を抱きながら歩いていた。
赤ちゃんは一日に何回も食事をするはずだし、まぁお腹が減ってなかったとしても
ミルクの作り方は覚えておかないと今日一日は乗り切れないだろう。

「まぁ、この時間ならそう忙しくもないだろうし、誰か教えてくれるだろ」

朝というには遅く、昼というには早い時間帯だ。
時計が無いため、日によって昼食の時間がずれることはあっても、
腹時計は俺が思っていたより安定していたようである。
今までの経験上、昼食の時間があまりずれた経験はなかった。

「こんにちはー」
「あっ、兄様、おはよう・・・ござ・・・?」

俺が挨拶をしながら厨房に入ると、案の定、忙しさとは無縁の状態だった。
何しろ厨房にいるのは片手に何かの調味料を抱えた流琉一人だけである。
その唯一の厨房の人間である流琉は俺の挨拶に応えるために、
こちらに振り向いた格好のまま何故かぶるぶると震えていた。
寒いのだろうか。

「に、ににに、ににににぃ」

ににぃ?
ぷるぷると先ほどからずっと身体を小刻みに震わせている彼女が、
ぎこちなく腕を持ち上げて俺へと指先を向けた。
・・・何だか顔面蒼白にしているんだが、俺におかしいところがあるのか?

「兄様っ!?
何処で作った子ですかっ!!?」

カランカラーンっ

流琉の叫びと同時に彼女が手に持った調味料の瓶が床に落ちた。
・・・いや、調味料の瓶よりもだな。

「兄様っ!
すぐに先方に謝りにいかないとっ!?
ああ、兄様が種馬なばっかりに、すいませんすいません!」

俺が抱える赤子にペコペコと誠心誠意頭を下げる流琉を、俺は呆然としながら見つめていた。
それにしても流琉よ、俺のことをそんな風に思ってたのか。

「あのなぁ・・・」
「流琉―――っ!?
どうしたの―――っ」

続けて、流琉の叫びを聞きつけたのか、台所の入り口からひょっこり顔をだしたのは、
彼女の相棒と言うべきか片割れと言うべきか、とにかく親友の季衣である。
俺が流琉へことの次第を説明するよりも早く俺たちの間に入ってきた季衣は、
俺が抱えた赤子を見てぱちくりと目を瞬かせた。

「わっ、かわい――っ。
兄ちゃん、誰から預かってきたの?」
「き、季衣っ!?
そんな預かるだなんて・・・」
「いや、季衣が正しいんだって」

赤ん坊に近づいてにこにこと邪気のない笑顔を見せる季衣に、
赤子も安心したのか庇護欲をそそる笑顔を見せる。
その子を覗き込みながら、季衣がようやく正しい疑問を口にしてくれたのだが、
流琉は相変わらず勘違いをしたままのようだ。
俺の突っ込みも耳に入っていない様子で、ぶつぶつと、
示談金はいくらで・・・などと微妙に物騒とも取れる思考に耽っている。

「・・・まぁ、赤ちゃんの出生は後で説明してやるからさ。
流琉、時間があったらこの子に粉ミルクを飲ましてやりたいんだが」
「ミルク?」

するだけ無駄だと悟ったわけではないが、
さっさと本題に入らないと何時までたっても先には進まないだろう。
機嫌の良さそうな赤ん坊ではあるが、赤ちゃんなんてものは華琳の機嫌よりも気まぐれだ。
と言うわけで言葉足らずを自覚した上で尋ねたのだが、やはり上手く理解しては貰えなかったようだ。
・・・いや、そもそもミルクって単語が分からないのか。

「ぎゅうにゅ・・・そうとは限らないか。
えぇっと、そうだな。
赤ちゃんに飲ませる乳だよ、用意できないか?」
「ふぇえええええっ!?
・・・ま、ままままま、まだ出ませんよぉ」

何故か顔を真っ赤に染めながら視線を落とし、もじもじと身体をくねらせる流琉を見て、おや、と思う。
何かまずいことを言ったかな?
というか出る?
もしかして時間帯によって出やすいとか出にくいとかあるもんなんだろうか。
そもそも、牛かヤギでもこの調理場の裏とかで飼ってたっけ?

「で、でも、しししし、仕方ないですよね。
が、頑張れば何とか、で、ででで、出るかもしれませんっ!!」

そう言って、流琉は自分のおへそ丸出しのシャツに手をかけ・・・おいっ!

「兄ちゃーんっ、ヤギのならあるけどこれでいいの?
・・・何やってんの、流琉?」
「ひぅ・・・」

俺が今日は絶好調に飛ばしまくる流琉に声をかけるよりも早く、
台所からヤギのミルクを探し当てた季衣のきょとんとした声が掛かった。
流琉は季衣の台詞で俺が何を言いたかったのかを理解したのか、
シャツに手を掛けたまま再び固まってしまっている。

「いや、俺もよく分からん。
流琉、知ってたら作り方を教えてくれないか?」
「ごほんっ・・・あ、赤ちゃん用の食事ですよね?
うーんと、く、くくく、首はすわってるみたいですね。
このぐらいの子なら・・・えと、今はお乳は与えてあげて、それからお昼には穀物の粉を・・・こほんっ、
乳でのばしてお粥を作ってみた方が良いかもしれませんね。
食べれないようなら、お乳だけでも大丈夫だと思います」

途中途中で、げふんげふん、と台詞を詰まらせる流琉を季衣が不思議そうに見つめていた。
突っ込みは入れてやるなよ、あまりにも不憫だ。
そう季衣へとテレパシーを送りながら、俺は流琉に向き直る。

「そっか、ありがとうな流琉。
部下から事情があってこの子を預かったんだけど、やっぱり勝手が分からなくてな」
「き、気にしないで下さい。
わたしも早とちりしてしまってすいません」
「・・・?」

季衣だけ置いてけぼりな気もするが、ここは流琉の名誉のためにも色々と黙っておいた方が良いだろう。
俺は尚も首を捻り続けている季衣に食事の準備をする間赤ん坊を預けて、
流琉にミルクの作り方を教わることにした。
赤子の親から預かった道具を取り出し食事の準備をしながら、ふと思いついた疑問を口にする。


「それにしても流琉はホントすごいな。
如何に料理人とは言え、赤ちゃんの食事まで完璧だなんてビックリだ」
「そ、っそそそそ、それはっ!?」

何故かどもりながら大きな声を張り上げた流琉が、ちらちら、
とこちらに視線を向けながら完熟しきったリンゴの様な色に頬を染める。
それから彼女は意を決したように、一度ぐっと可愛らしい拳を握り締めて上目遣いにこちらを見つめる。

「に、兄様とわたしの・・・」
「おぎゃーおぎゃーっ!!」
「わっわっ、兄ちゃん、大変、泣き出しちゃったーっ!」
「す、すまん、流琉、ちょっと変わってくれっ!」
「・・・はい」

どこか棘を感じる流琉の返事にも気付くこともなく、俺は泣き喚く赤ちゃんのところへと舞い戻った。
季衣は慌てた様子で勢いよく上下にぶんぶんと赤ちゃんを振っているが・・・、
あやしているつもりなのだろうか?

「兄ちゃん、助けてーっ」
「わ、分かったから一度止まれ、そのままじゃその子が目を廻しちまうぞ!」
「あ、そっか」

季衣の手を取って、赤ちゃんを振り回す動きを止める。
すっぽ抜けてたら大変な事態だったが、なんとかなったようでほっと息をつく。

「きゃっきゃっ」
「あ、泣きやんだ」
「おおぅ、この子肝がすわってるなぁ」

もっともっと、と言いたげに季衣を見つめる嬉しげな赤子を見ながら、
俺は季衣の天然ジェットコースターで機嫌を良くする破天荒なこの子の将来が怖くなった。
うーん、末は華琳か曹操か。
・・・同一人物だな。

「兄様、泣きやんだのならばこちらをお願いしますっ」
「お、おお。
・・・流琉、なんだか怒ってる?」
「怒ってません!」
「・・・怒ってるみたいだよ、兄ちゃん」

ぷんぷん、と擬音が聞こえそうなぐらいに目を吊り上げた流琉の様子に、
季衣も俺の意見にこっそりと同意をしてくれる。
俺がそうだよなぁ、と季衣に合いの手を打つよりも早く

「兄様っ、早くっ!」

流琉の怒気の篭った声が響く。
俺は慌てて流琉の横に再び立って、レクチャーを受け始める。
ちなみに流琉の機嫌はミルクが完成するころには治っていたことをお伝えする。
・・・何に怒っていたんだ?


「・・・げぷっ」
「おお、げっぷも出来たし完璧だな」
「そうですね、お乳は1日5回ぐらいあげる必要があると思いますので、頑張ってください兄様」
「そうだな、折角流琉に手ずから教えてもらったんだしな」
「そ、そんな・・・兄様のためなら当然です・・・」

てれてれと恥ずかしがる流琉に可愛いなぁ、と和んでいると先ほどから黙っていた季衣が口を開いた。

「これ、あんまり美味しくないねー」
「・・・はぁ。
赤ちゃん用の乳を飲まないでよ、意地汚い」

どうやら季衣は赤ちゃん用のミルクを飲んでいたようだ。
呆れた顔で季衣に文句を言う流琉の意見には同意だが、
俺の目線はいつの間にかちゅーちゅーとミルクをすする季衣の口元に注がれて、動かせなかった。
・・・あ、赤ちゃんプレイとか考えて、な、ないんだからねっ!!






季衣と流琉の2人と別れ、厨房を後にした俺は日当たりの良い場所を目指して中庭にやってきていた。
案の定ぽかぽかとした日差しが辺りを照らし、
よく手入れをされた木々はフィトンチッドとか何とかという物質を出しているのか、
俺の気持ちを勝手に安らいだものにしてくれる。
赤ちゃんも良く食べて眠くなったのか、それとも俺の眠気が移ったのか、
うとうととした表情で今にも眠ってしまいそうである。

「・・・こりゃ、何処かに腰を下ろしてお昼寝タイムかな」
「こんな良い陽気ですから、寝ないのがもったいな・・・ぐー」
「早っ!?」

俺が赤ん坊の様子を見ながらそう小さな声で呟くと、
まるでそれに答えるように近くの茂みの奥から人の声が聞こえてきた。
この声は・・・風と稟か?

「稟ちゃん、後生ですから寝かせてくだ・・・ぐー」
「いや、もう寝てるわよ」
「おーいっ、風に稟か?」

がさがさ、と茂みを抜けて声のした方向へと歩いていくと、案の定、魏の誇る軍師のうちの2人、
風に稟がこの立派な中庭にしてもなお立派な大木の根元に2人で並んで座り込んでいた。

「ええ、昨日から徹夜だったもので、少し休憩を・・・」
「おおぅ、お兄さん、淑女の寝込みを覗き見るなんて良い趣味してやが・・・」

2人の声が突然止まり、それと同時に驚きだとかびっくりだとか驚愕だとかを意味する視線が
胸元に集中するのが分かる。
とは言え流琉と季衣の件があったので、何に驚いているのかは検討がつく。
余計な勘違いをされる前に説明しておいた方が良いだろう。

「ああ、この子か?
この子は・・・」
「お、おめでとうございます。
今まで全然気付きませんでしたが、お子様がいらっしゃったのですね」
「お兄さん、こんな子を浚って来て自分好みに育てる気ですね、変態ですねー」

ちょっと遅かったらしい。
いや、稟はともかく風はからかっているだけだろう。
・・・そう信じさせてほしい。

「いや、違うからな。
いいか、この子は・・・」

兎に角俺は今朝の話を聞かせることにした。
風の隣に赤子を抱えたまま腰を下ろし、
彼女たちが勘違いする余地を残さないよう一つ一つの話を細かく説明していく。
中途半端に話をまとめてまた曲解されても困るし。

「なるほど、そう言うわけでしたか」
「納得してくれたか?」
「いえ、貴方の子だろうと誰の子だろうとどうでも良いことです。
それよりも有休、という制度は面白いかもしれませんね」
「・・・そうかい」

予想通りといえばその通りなクールな反応を返してくれた稟に軽く相槌を打って、
俺はしばし放っておいてしまった赤ん坊の方へと顔を向ける。

「うおっ!?」

そして思わずびっくりしてのけぞった。
何しろ、そこには赤ちゃんをまじまじと覗き込む風の顔がドアップで見えたのである。
長い睫毛だとか、白くてすべすべとした肌だとか、艶かしく濡れる唇だとか
そんなものが瞬間的に頭の中に入り込んできて、俺の心臓がドキドキと高鳴る。

「・・・微妙に失礼な反応ですね」

風には俺の内心は気付かれなかったようで、少し頬を膨らましながら俺に苦言を投げかけた。
だが、それでも彼女は赤ん坊から視線を離さずにその子を見つめ続けている。

「それにしても、こんな小さい子がすぐに大きな人間になるのですから・・・不思議なものですね」
「・・・」
「あ、今コイツ、今でも小さいじゃねぇか、と思いやがったな?」
「思ってませんよっ!?」

エスパーか。

「・・・えすぱぁ?」
「本当に読んでやがるのかっ!?」
「そういう顔をしてい・・・おおおおっ!!?」

ふふり、と不敵な笑みを浮かべた風の頭が突然がくん、と落ちた。
どうしたんだろう、と間の抜けた叫びを上げ続ける風の頭を見つめると・・・

「うぉいうぉい、こらおまいさん、いい加減にしやがれってんでい」

風の頭の上に乗っかっている宝ャが赤ん坊の手にむんず、と掴まれていた。
そのまま宝ャが憎まれ口を叩きながらも力任せに引っ張られるのに合わせて、
風自身もがくんがくん、と身体を揺らす。
・・・くっ付いてるのか、もしかして。

「おおい、ソコを握っちゃいけませんぜぃ!
あ、おれ、折れる、折れるーーーっ!?」

ううむ、思わず股間を押さえてしまいそうになるな。
主に感覚的な痛みに襲われる意味で。


・・
・・・

「・・・ぜぃぜい」
「すーすー」

結局は赤ちゃんが飽きて眠り始めるまで宝ャはひたすら弄られ続けていた。
稟は有休、という制度に先ほどのクールな応対をしたとは思えないほど興味を持ったのか、
利点と失点を考え込んでているようで先ほどから全くといっていいほどこちらに絡んでは来なかったが・・・。
大木にもたれかかるようにして息を整えていた風が、ようやく一息ついたのか、
眠りこける赤ん坊を優しげな笑顔で見つめた。

「ふふっ、可愛いものですねぇ」
「・・・ええっ!?」
「お兄さんが普段私をどう思ってるか良く分かるお言葉ですねぇ」

風の優しさはよく知っていたものの、さすがにアレだけ弄られた後でなんと寛大な、
という意味での『ええっ!?』だったわけだが、今度は俺の心を彼女は読んでくれなかったらしい。
とは言え、詭弁を弄したところで今さら軍師である風をマトモに納得させられるとも思えない。
ちょっとむっとした顔で、俺を見上げてくる風を誤魔化してやろうと、
彼女の頬を指先でこちょこちょと弄ってやる。

「そんなことをされたとしても、にゃあ、と言って猫のように篭絡される私ではないのですよー」
「こちょこちょ」
「にゃあにゃあ」

あっさり篭絡。
もっともっと、とねだるように俺に身体を摺り寄せてくる風を好ましく思いながらも、
尚も手を緩めずに今度は風の首筋を撫でるようにくすぐっていく。

「にゃあ♪」
「気持ち良いか?」
「ええ、相変わらずお兄さんは女たらしのようで、
私は夜な夜な枕を涙で濡らすことしか出来そうもありませんねぇ」

全く心のこもっていない口調でそんなことを言った風であるが、
何かに気付いたかのように俺に意味ありげな流し目を送ってきた。

「・・・?」
「そですね。
どうやらお兄さんは思っていたよりも子煩悩になりそうですし・・・、
ここは一つ、私との子を作りませんか?」
「お、おい、風。
冗談はほどほどに・・・」
「冗談?
ふふふ、そんな冗談はつまらないですね」

俺の疑問に答えずに、くすり、と蠱惑気な笑みを浮かべる風は俺の胸元に顔をうずめようとして、
しかし赤子の存在に気付いて思い留まる。

「ほ、ほら、赤ちゃんもいるし・・・」
「いえいえ、お気になさらず」

今度は俺のズボンへとすべすべとした小さな手のひらが近づいてくる。
だが、ゆっくりと近づいていく彼女の手が、ぴたり、と俺のズボンに触れる直前で止まる。
俺はいつの間にか凝視していた彼女の動きが止まってしまったことを、
触れてもらえなくなってしまったことを勿体ないと思ってしまった。
それを風が見逃すはずもなく、

「やっぱり、お兄さんも期待してますね?
・・・良かった」

再び手が動く。
だが、俺は風の最期の真剣な呟きを耳にしては拒むことが出来そうにない、
俺は彼女と視線を絡めながらも消極的肯定とも取れる動きで・・・

「って何をやってるんですか、貴方たちはっ!!」
「おおぅ、稟ちゃん、淫らな雰囲気に誘われてしまいまして、うっかりうっかり」
「あ、ああ、すまん、ついつい」

理性が本能をなんとか押し留めた。
風も普段の調子を取り戻したのか、ふわふわと捉え所のない口調でなおも続く稟の詰問を流していく。

「・・・いえいえ、私はあまり秘め事を他人に晒したくはありませんので」
「な、何を言ってるのっ、華琳さまには4人で、とか言ってたじゃないっ!」
「それはその場しのぎの冗談ですよ、稟ちゃん。
風は心に決めたただ一人にしか身体を許すつもりはありませんので」
「全く、風はいつものらりくらりと」

というか話が大分変わっているようだ。
何故か華琳との情事の話になっているのは稟らしいっちゃあ、らしいのかもしれないが・・・。
赤ちゃんの情操教育にはとことん悪そうだな。

「すーすー」
「良かった、まだ寝てる」

俺はほっと息をつく。
しかし、この状況はどうすれば解決するのか・・・?

「風は華琳様には肌を見られるぐらいならば気にしませんが、
さすがに大事な場所を触れられるのはご勘弁願いたいのですよ」
「だ、だいじな・・・」
「ええ、お兄さんの指と舌と、それから・・・」
「そ、それから・・・」
「・・・ぼそっ」
「ああ、風の小さな体躯にそんな馬のようなモノを押し当てて・・・ブーーーーっ!!」

あ、遂に耐え切れなくなったのか、稟が見事な噴水を・・・。
それにしても珍しいな、俺とのことで鼻血を出すなんて。

「・・・こほん、はーい稟ちゃん、とんとんしましょうねー」

よほど凄いことを言ったのだろう。
風自身も珍しくも頬を赤らめて恥じらいの表情を浮かべている。
聞こえなかったのが、残念・・・って何を考えてるんだっ!?

「・・・ぃっ、ひっくひっく」
「おやぁ?」
「あれ?」

だが、結局ピンクな世界には戻れそうになさそうだ。
凄まじい勢いで誰かさんが殺人事件の被害者ばりに流血したせいか、
辺りに漂う生臭くも濃厚な血の匂いで赤ん坊が泣き出してしまったのである。

「おやおや、お兄さん、ここは私に任せて行ってよいですよ?
今日のことはまた夜這いでもしますのでお気になさらず〜」
「・・・夜這いって。
まぁ良いや、お言葉に甘えさせてもらうよ
稟のことはよろしく頼む」

俺は赤ん坊を抱えて立ち上がると、血の匂いから逃げるようにそそくさとその場を後にした。
・・・まあ、稟はいつものことだし、風に任しておけば大丈夫だろ。





「あー、何だかんだでもう昼ごはんかな」

俺はぶらぶらと赤子を連れて歩きながら、お腹を擦って検討をつける。
身体をあまり動かしていない分普段よりもお腹の減りが遅い気もするが、
まぁあまり食べるのを遅くして食いっぱぐれるわけにもいかない。
来た道を戻り、警備隊用の食堂まで足を運ぶことにした。
・・・あそこなら赤ちゃんとかいても身内ばっかりだし、大丈夫だろうとタカを括りながら。

「今日のお昼はなんだっろなー♪」

赤ちゃんの機嫌が良くなるように、楽しげな雰囲気で歌を口ずさみながら食堂の扉を開ける。

「・・・隊長、いらっしゃい」
「よく来たのー」
「よっしゃ、ウチがお母ちゃんやるかんな!」

扉を閉める。
・・・おかしいな、何だか幻が見えた気がするよ。
もう一度、ゆっくりと扉を開けていく。

「・・・隊長、獅子はわが子を千尋の谷へと突き落とすと言います」
「新兵の面倒も赤子の世話も似たようなものなのーっ、このふぁっきん蛆虫めーなのっ!」
「そや、どうせやったらその子がこの戦乱の世を生き残れるように改造したろか!」

・・・残念ながら幻ではなかったようだ。
俺の部下である凪、沙和、真桜の3人は鬼気迫る勢いで、
俺へと向けて赤ちゃんの世話は自分が向いていると自己アピールに余念がない。
時折、3人の目線が重なるとばちばち、とスパークが弾けたような気さえしてくるのはいかがなものだろう。

そんな3人から目を逸らし、一心不乱に飯をかきこむ食堂の警備隊の連中へと目線を向ける。
・・・逸らされる。
目を向ける。
・・・逸らされる。
目を向ける。
・・・逸らされる。

「隊長、皆が隊長とその赤ちゃんの面倒をみるようにと、私を推挙してくれました」
「やっぱり、一番女の子らしい沙和が面倒を見たほうが良いのー」
「いっちゃん器用なんはウチやしぃ、当然やんなぁ」

そんなことをやっている間にも、何事かを喋りながら3人がジリジリと近づいてくる。
どうやら3人のうち1人が赤ちゃんの世話の補佐をしてくれることになったらしいが・・・、
それを誰がやるのかを揉めているのだろう。
というか、俺に選べと言うのか。
よし、ちょっと想像してみよう。


@ 凪を選んだ場合
千尋の谷に落とされ、這い上がってくるまで容赦してくれないのでは・・・。
いや、そもそも俺と凪が抜けた警備隊はマトモに機能しないだろうからダメだ。

A 沙和を選んだ場合
きっと赤ん坊用のファッション云々と言い出して散々赤ちゃん用の服を買わされそうな気がする。
それに『パパ』や『ママ』より先に『ふぁっきん』とか言い出したら泣けるな。

B 真桜を選んだ場合
改造される。
それだけでダウト。


こ、ここは・・・敢えて日和ってみたい。

「さ、3人で仲良くってのは・・・ダメかな?」
「・・・優柔不断」
「決断力のない男は嫌われるのー」
「そや、どうせやったら隊長も改造したろか!?」

俺をいぢめる時だけは息ぴったりなのな。
軽く落ち込みながらも、俺はもう一度だけ味方を探そうと辺りを見回した。
・・・全員これ見よがしに顔をそらすなよ。

「こうなったら三十六計!!」

ホンゴウは逃げ出した。
しかし、回り込まれてしまった!!

「「「隊長、誰を選ぶのっ!?」」」

・・・どうやら俺の安息の日々は終わったようだ。
北郷先生の次回作にご期待ください!

ちなみにその翌日、無事に奥さんが完治したらしく件の兵士がお礼を言ってくれた。
何でも、旅の医者に診せたら針一発で治ったらしいのだが、ううむ、古代中国恐るべし。



・・・凪たちに凹られた俺の怪我も治してもらおうかなぁ。

(了)