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THEiDOLM@STER SS 『イタヅラウサギはシアワセウサギ』


「うーん、気になるなぁ」
「確かめてみたいねぇ?」
「私もだんだん気になってきました!」

 都内某所にある芸能プロダクション、765プロのオフィスに三人のアイドルの姿があった。
日々のボイスレッスンの賜物か、良く通るはっきりした声がデスク仕事をしていた俺の耳まで届く。
これからダンスレッスンに向かうはずの彼女たちは、
そんなことは忘れてしまったかのように集まって何かを喋っているようだ。
俺は軽くため息を吐くと立ち上がり、タイピングで少し張った肩をぐるぐるとまわしながら彼女たちに近づいていった。

「こーらっ!亜美、真美、やよいっ!もうレッスンに行く準備は済んだのかっ?」
「わっ!」
「に、兄ちゃん!」
「あっ、プロデューサー、もう準備できてまーす!」

三人は携帯電話にスピーカーを繋いで、何かを聞いていたようだ。
珍しくも慌てた顔をした亜美と真美がわたわたと携帯電話を片付けるのを横目に、
俺はやよいに何をしていたのかを尋ねることにする。

「準備できてるならいいんだけど・・・、ちなみに何を聞いてたんだ?」
「あ、はいっ!伊織ちゃんのマスターアーティストですっ!」
「伊織の・・・?」

俺は理由が分からず軽く首を捻りながらも、その訳を考える。
俺がやよいを怒る気配が全く無かったからか、
亜美は一度はバッグに仕舞い込んだ携帯電話をもう一度取り出していそいそとセッティングを始めた。
それに先んじて、真美は俺にべたーっとまとわりつきながら、彼女たちの『気になること』を教えてくれた。

「いおりんがMAでさ、いつも持ってるうさちゃんが、一日一回だけお喋りできるって言ってたじゃん。
それが本当なのか気になって気になって・・・」
「・・・ヲイヲイ」

真美の小学生らしいメルヘンな考えに苦笑を浮かべる。
そんなものは冗談、・・・あるいは伊織にしか聞こえない不思議な声に決まっている。
かなり失礼なことを考えながらも、俺に抱きついている真美の頭をぽんぽんと、撫でるぐらいの優しさで軽く叩いてやる。
真美が嬉しそうに目を細めているのを見た亜美が、自分も自分もと言いたげに反対側から同じように抱きついてきた。

「兄ちゃん、真美とイチャイチャすんの禁止―!ほらほら、ここだよ、ここ!再生ボタン押すかんねー!」


『ウサちゃーん、今日は疲れたでちゅねー。うさちゃん、一日に一回しか人前で喋れないからー・・・』


亜美が再生した問題の箇所はトーク07である。
その前のトーク04にも確か似たような発言があったはずだけど、えらいマジ、
というかさも当たり前なことを言っている口調だった。
確かに改めて聞いてしまうと気になるかもしれない。

「確かに気になるっちゃあ、気になる・・・か?」

台本どうなってたっけかな、と頭を捻りながら考える。
台本通りならただの演出だろうが、もし伊織のアドリブだとしたら?
皆が寝静まった深夜にヌイグルミが勝手に動き出し、それから喋りだすなんて、ホラーだよな、完全に・・・。

「でもまぁ、まさかそんな、ウサギのヌイグルミが喋るわけないもんなぁ・・・」
「そ、そうですよねー?だったら私のカエルのポシェットも喋っちゃいますよ?ケロケローって」

やよいもホラーな想像をしてしまったのか、ちょっとドモりながらも俺の意見に賛同した。
ただ、イヤな考えをしてしまったせいか、自分のポシェットを少し怯えた風に見つめている。
・・・わざわざ自爆せんでも、と思いながらもやよいらしい微笑ましい光景にすっと胸が軽くなった。
そして、一度意識が離れるとやっぱりヌイグルミが喋るなんてありえないし、ただの演出だろうと、
大人な俺はヌイグルミへの興味が薄れてくる。
さ、切り替えも済んだことだしレッスン、レッスン。

「亜美、真美、やよい!
馬鹿な冗談はこれぐらいにしてそろそろダンスレッスンに行くぞ!」
「うぇええっ?もう行くの?」
「兄ちゃーん、いおりんの秘密が気になってそれ所じゃないよー!」
「ううう、私なんだか怖くなってきましたー」
「お前ら・・・、分かった分かった。
俺が伊織に聞いておいてやるから、安心しろ、な?」

ただ単にレッスンがめんどくさいだけの亜美真美と、
本気で怖がっているやよいに向けて俺が軽率にもそんなことを言ったとき、
お約束ってやつで、伊織が事務所にやって来た。


「おはようございまーす」


「「いおりん、おっはー♪」」
「伊織ちゃん、お、おはよー」
「都合がいいんだか悪いんだか・・・伊織、おはよう」
「何よやよい、それからプロデューサーも。何かあったの?」

あんまり歓迎されていない雰囲気を感じ取ったのか、伊織がこちらに歩みよりながら疑問を口にする。
俺はヘタに回りくどく言うと伊織が爆発するかもしれないと危惧し、単刀直入に切り出すことにした。

「伊織のウサギのぬいぐるみって、・・・喋るのか?」
「は・・・?」

伊織がきょとんとした表情を浮かべた。
それからすぐに俺たちを呆れた顔で見つめる。
ちなみに今日も伊織の両手にはヌイグルミが『ここが所定の場所だ、文句あっか!』と言いたげに収まっている。

「まっさか、喋るわけないじゃない、ぬいぐる・・・」


「・・・良く気付いたなウサ」


「「「「「喋った――――――っ!」」」」」

俺と亜美、真美、やよい、それから伊織の叫びがオフィスに木霊した。





「・・・で、何なんだ、オマエは・・・」
「オマエじゃないウサ。うさちゃん、イヤうさ様と呼ぶがいいウサ。
特別に許してやるウサ」
「・・・ありがとよ。
せっかくだが遠慮しておくよ」

小さいナリしてクソ生意気なことを喚きたてるヌイグルミに、心からげんなりとした顔を返してやる。
うさ様・・・もとい、こんな奴はうさ公で十分だ、ということでうさ公が喋るのを確認してから早十分が過ぎていた。
亜美と真美、それからやよいはレッスンがあるから、と俺を人身御供にして逃げるようにオフィスを飛び出してしまった。
そのため、オフィスから取りあえず移動してみた応接室には、俺と伊織とヌイグルミの二人と一体が残されていた。
亜美と真美もさすがに顔が青ざめていたし、やよいにいたっては現実逃避するかのように
ひたすら乾いた笑いを浮かべていたぐらいだったので、三人を逃がしたのは正解だったろう。
・・・正直、俺も逃げたい。

「うさちゃん?どうしちゃったのよ、何時の間に喋れるようになったの?」

俺の横に座る伊織が優しげな口調でうさ公に話しかける。伊織が浮かべる、
俺にはよほどの事がないと見せてくれない慈愛に満ちた表情に、
あのうさ公が伊織にとってよほど大事だと言うことが良く分かった。
ちなみに現在の配置はというと、応接室の上座にうさ公が陣取り、
その対面のソファーに俺と伊織が隣り合って座っている。

「・・・ああ、実はな・・・」

ラブリーなぬいぐるみフェイスに似合った可愛らしいボイスで、
やけに男前な話しぶりと胡散臭い語尾をつけたうさ公が、伊織の疑問に答えようと身を乗り出した。
無論、乗り出したと言ってもヌイグルミサイズであるため、ほんの数センチほどでしかないのだが。

「伊織ちゃんに罵って欲しい、というファンの純粋で強大な想念が俺に宿ったんだウサ」
「・・・へ?」

伊織がぽかん、とした顔をした。ちなみに俺も聞かなかったことにして済ましてしまいたい。

「いつも伊織ちゃんとくっ付いていた俺は、何時の頃からかファンたちの間で
『あのウサギに乗り移って伊織ちゃんに抱きつかれてぇ。むしろ罵られたい』
という崇拝対象になっていたウサ」


ゴンっ!

「「う、うさちゃん(公)呪われてる――――っ!」」


「・・・よ、良かったな、伊織。
ファンに慕われて」
「嬉しくないわよっ!」

叫びの前に律儀にずっこけて机に打ちつけたオデコをさすりながら、伊織が涙目で俺の言葉に抗議を入れる。
涙目なのは、多分オデコが痛いからだろう。
・・・さて。

「じゃあ、俺はそろそろ亜美たちのダンスレッスンを見に・・・」
「待ちなさい」

がっしりと腕を捕まれた。
俺を掴んだデコが眩しい少女はかなり必死の目をしていた。

「だが断る」
「・・・手伝ってくれなかったら、社長にプロデューサーに無理やり犯されたって泣きながら言う」
「・・・鬼かキサマ」
「うっさいわね・・・、手段を選んでられないのよ」
「確かにな」

伊織に逃げられないよう腕をホールドされたまま、俺はうさ公を眺めた。
・・・さっきまでの動くぬいぐるみっていう怪奇現象に、さらにファンの怨念らしきものが動力と言う
どうしようもないダメ現象が加わって、見た目とは裏腹にもう可愛らしさのカケラもイメージすることが出来ない。
ぶっちゃけエンガチョだ。

「ね、ねぇ・・・うさちゃん?ちなみに、・・・何時からこの状態だったの?」
「一昨日からウサ」
「い、いやあああああああっ!」
「伊織、・・・災難だったな」

あまり聞くべきではなかったことに対する回答を得てしまい、叫び声を上げる伊織を生暖かい目で見つめてやる。
気付いていなかったとは言え、この化け物と三日も一緒だったんだからな・・・、伊織の乙女心はもうストップ安だろう。

「・・・そ、そう言えば、一昨日はうさちゃん抱いて寝ちゃったし・・・、
き、昨日に至っては、う、うさちゃんと一緒にお風呂入ったんだった――――っ!」
「いただきましたーウサ♪」
「こ、こここここここ、殺―――――すっ!」
「伊織ちゃん、もっと罵ってくれウサ♪」
「お、落ち着け伊織っ!
それはヤツにとってはご褒美だっ!」

ソファを蹴り上げるように勢いよく立ち上がり、
そのままの勢いで持ち上げた伊織の手が振り下ろされるのをなんとか止める。
よしんばご褒美で無かったとしても、殴る対象は伊織がずっと大切にしてきたヌイグルミなのだ。
こんなアホな出来事で壊されてしまうのはあまりにも伊織が不憫だった。

「伊織、なるべくうさ公を傷つけずに呪いを解かないと・・・、あいつは伊織の大切なぬいぐるみだろ?」
「う・・・」

俺の言葉を聞いて激高した伊織の腕がおずおずと下ろされる。
どうやら少しは気分を落ち着けてくれたらしかった。

「ほら、伊織。
深呼吸して、すーはーすーはー」
「すーはーすーはー」

俺の呼吸に合わせて深呼吸する伊織が再び暴れださないように、両手で伊織の腰を抱えながら考える。
さっきは逃げようとしてしまったが、こうなってはもう逃げ出すこともままならない。
俺はどうすればあのうさ公が元のヌイグルミに戻るのかを考えようとして、・・・ふと気付いた。
そんな知識が俺にあるわけも無い。なんだかよく分からないし、
知りたくも無い世界に精通していたりいなかったりする社長ならもしかしたりするのかもしれないが、
生憎と今日は出張中である。
他に戦力になりそうなメンバーがいないかと考えるぐらいが俺に出来る精一杯だろう。
小鳥さん・・・、ダメだ。鳥とウサギは何故か相性が悪い気がする。
春香・・・、何とかしてくれそうな気もするが、見返りが怖い、却下。
律子・・・、見なかったことにしてスルーしそうだな。
あずささん・・・、『何が悪いのかしら〜?良かったわね、伊織ちゃん。うさちゃんレベルアップよ〜』とか言いそうだ。
千早・・・、いかん、想像つかん、が、何故か俺が怒られる気がする。
真はやよいと同じくらい怪奇現象に弱そうだし、雪歩なんて泡吹いて気絶しそうだ。
美希も『別にミキに関係ないからいいよ、あふぅ』って歯牙にもかけない気もするな。
やばい、ある意味当然だが対処できそうな心当たりなんていないぞ。

「・・・ちょっと、いつまで抱きついてんのよ?」

俺が除霊が出来そうな知り合いについて考えているうちに伊織は完全に落ち着いたようで、
今度は俺から逃れようともぞもぞと身体を捻っていた。

「あ、ああ・・・すまんな」

俺が肩の力を抜いて伊織から離れると、うさ公は俺をじっと見つめていた。
何だ?何か言いたいのか?
俺が声を上げようと口を開くより早く、伊織が開き直ったかのように叫んだ。

「いい加減、うさちゃんを返しなさいっ!
あんたももう三日も居たんだから満足でしょ!」
「そういう訳にもいかないウサ。
確かに今日まででかなりの願いが成就されたウサ。
だけど、まだ足りないウサ」

器用にぬいぐるみの首を振って伊織の恫喝を冷静に否定するうさ公は、俺のほうを向いて言った。

「紙とペンを持ってくるウサ。どうすれば俺が満足するのかを教えてやるウサ」

俺には、このどうしようもないほどダメな由来で意志を持ったヌイグルミが本当は信じられる奴なんじゃないか、
となんとなく思えた。
だから、俺はうさ公に軽く頷いてメモ帳を差し出してやった。

「ほら、・・・一体何が目的なんだ?」
「まあ待つウサ・・・今から書くウサ」

うさ公は俺から受け取ったメモ帳にぬいぐるみの腕で器用に文字を書いた。
一枚目が終わるとページをめくって二枚目、それから三枚、四枚、五枚・・・そこで止まった。

「さ、このうちどれか一つでも叶えてくれれば、きっと俺は解き放たれるウサ」
「へぇーどれど・・・れ?」
「俺にも見せてくれ・・・」

うさ公によって書かれたメモ帳の言葉は次の通りである。

@ ディープなキスをねっちょりと
A 聖水をうさちゃんにかける
B 首輪をつけて公園まで散歩プレイ
C ムチ打ち(罵りながら)
D もう一生このままで

・・・とりあえずAとDはないな。
@も除外。
となるとBかC・・・?

「この中ならAかしら・・・?」
「えええっ!」
「ほ、ホンマかっ!」

伊織の大胆過ぎる発言に、ざわめき立つ俺とうさ公。
うさ公にいたっては、何故か関西弁な上に「ウサ」という語尾を忘れる始末である。

「・・・へ?だって、教会に行って聖水貰ってきて、それをうさちゃんに振り掛ければいいんでしょ?」

伊織のきょとんとした顔は・・・あまりにも無垢すぎた。
どうやら伊織はAの真の意味を理解していないようだ。
もしかしたら伊織の認識が本来では正解なのかもしれないが、
うさ公の反応からいって俺の予想の方をうさ公はお望みなのだろう。・・・と言うわけで伊織に内緒話。
伊織の耳を引っ張って、ごにょごにょといわゆる『聖水』について教えてやる。


「・・・っ!こ、この変態っ、ド変態っ、el変態っ!」


一通り説明を終えたところで、顔を真っ赤に染めた伊織に怒鳴られている俺をうさ公が心底羨ましそうに見つめていた。
・・・こっち見んな。

「・・・し、信じられないぐらい変態ね・・・っ!
お、・・・おしっこかけろなんて・・・ヤだ、信じられない」
「俺がして欲しいわけじゃないんだから、俺をそんなフナムシを見るかのような目で見ないでくれよ・・・」
「どーせ、あんたも同類なんでしょっ!
ほんっと、変態なんだからっ!」
「まぁヌイグルミの身ゆえ、飲むことが出来ないのは残念ウサ」
「うさ公はもう喋るな・・・、それから伊織、ホントに俺は違うからなー?」

ぜーはー、と息を荒げながら俺に『変態変態』と連呼していた伊織が落ち着くのを待ってから、
うさ公への対応を考える。

「・・・落ち着いたか?
じゃあ整理するぞ。まずはAとDは無しでいいな?」
「と、当然でしょ!
ほんっと信じられない・・・」
「蒸し返すなよ?
話進まないからなー?」
「・・・わ、分かってるわよ。
それから@も無しよ。
わ、私初めてだし・・・」
「ああ、それは止めておいた方が良さそうだ。
ヌイグルミのくせして、ディープっていう表現がついているあたりにきな臭さがある」
「それじゃあ・・・残ったのは・・・」
「BとCだな・・・」
「個人的にはBなんだけど・・・プロデューサーはどう思う?」
「うーん、プレイって言葉がひっかかるんだけどな、Cだと結局ヌイグルミ自体はぼろぼろになっちゃいそうだしなぁ・・・」
「ちなみにムチも首輪もしっかり用意してあるので安心するウサ!」
右手に首輪、左手にムチを持ったうさ公がふんぞり返りながら偉そうに宣言する。
どこから持ってきたのかは・・・知らない方が良いんだろうな・・・。
「ちなみに社長室に忍び込んだら、机の中から出てきたウサ!」
「聞きたくなかったな!」
「さて、社長は攻め受けどっちウサ?」
「激しくどうでもいいよ!」

俺が知りたくもなかった情報に頭を抱えている間に、伊織は結論を出したのだろう。
うさ公の手から片方の道具を奪い取り、高らかに宣言してみせた。

「・・・よしっ!決めたわ、こっちよ!」




「・・・と言うわけで散歩に来たわよっ!」
「おー」
「わーいわーいウサー」

最早やけくそで叫ぶ伊織に、心底やる気の無い口調で応える俺とぴょんぴょんと可愛らしく飛び跳ねてみせる木綿の塊。
首にはごつく収まった首輪。
よく見るとトゲがついていたりするが、・・・まぁ、出自については気にしないのが一番だ。
俺は軽く流して、改めて散歩にやって来た近所の公園をぐるりと見渡した。

「・・・誰も居なくて良かった」
「それはその通り」

手にリードを持ち、どう見てもヌイグルミを散歩させている危ない人にしか見えない伊織は切実な顔で俺に同意した。

「伊織ちゃーん、テンション低いウサー!
一緒に走り回るウサー!」
「ちょ、わっ!ひ、引っ張らないでよっ!」

陸上選手のように背筋をピンと伸ばしてリズミカルに手足を大きく動かすうさ公にリードを引きづられるように、
バタバタと足音を立てながら伊織が走り出す。
・・・言ってることも声も可愛らしいのに、どうしてあのうさぎは走り方がきしょいんだろう。
何しろすごいナチュラルに二足歩行してやがる。
だが、これで伊織から少し距離を取れた。
見知らぬ人に目撃されても俺は安心である。

・・・アイドルの伊織が見つかる方がやばいか。
何処かの記者にすっぱ抜かれて、
『メンヘラアイドル?真昼間からウサギのぬいぐるみを散歩させる電波系少女!』
などと書かれてしまったら一大事だ。
それはそれで売れるかもしれないが、そういうイロモノは所詮一過性のモノだ。
直ぐに話題にすら上らなくなってしまうだろうし、・・・何より伊織のプライドが許さないだろう。
ならやっぱりそばについてやって、最低限のフォローが出来るようにしておいた方がいいか・・・。
俺は自分への説得をかなり長い時間をかけて終えると、
公園の奥へと駆け抜けていった一人と一体をとてもおっとり刀とは言えない感じで追いかけていった。


だが、追いついてみると俺の考えは少し変化した。
垢抜けた感じの、それでもまだまだ少女としての魅力が大勢を占める伊織と、
それを翻弄するかのようにちょこまかと林を駆け抜けるウサギ。
・・・まるで絵本の中の光景のようだった。

「ウフフフフ、伊織ちゃん、俺を捕まえてごらんウサ」
「こ、コラ、待ちなさいっ!」
「おおっと、こっちに逃げるとちょうど反射してしまって、眩しくなるウサ」
「デコのことかっ!
デコのことなのかっ!
待ちなさいっ、このっ!」
「ああんっ、俺を罵れウサっ!」
「ぐうっ、この変態大人―――っ!」

・・・声が入ると途端に泥臭くなるんだが。
でもやっぱり、うさ公がしたい事はファンが伊織と交流を深めたい云々って言うより、
・・・ただ伊織と遊びたい、それだけのような気がしてしまう。
もしかしたら、あのうさ公には・・・いや、そんなことを考えてても始まらない。
俺は気持ちを切り替えて、追いかけっこに興じる伊織とうさ公をただぼんやりと見つめていた。
・・・決してこれは散歩ではないし、散歩プレイでもないだろと思いつつ。
お、ようやく伊織がうさ公の捕獲に成功したようだ。

「ようやく捕まえたわよっ、にひひっ!」
「・・・仕方ない、降参ウサ。
大人しく散歩するウサ」
「そうそう、それでいいのよ・・・あれ?」

何だか騙されてない?
と首を傾げる伊織に再びリードを預け、今度は四本足でゆっくりと歩くうさ公。
疑問符を浮かべた伊織は、それでもしっかりとリードを携え、うさ公の一歩先を行く。
・・・あのサイズのヌイグルミだから良いが、もしアレが人間大だとしたら・・・ひどいシュールな絵だ。
というか即通報確実。

「いおりん罵ってくれだウサ?」
「・・・イヤよ、って言うかいおりん言うな」
「じゃあ伊織ちゃん、罵倒してくれウサ?」
「言葉を変えてもイヤだってば」
「色々な国の言葉でさげずんでくれウサ?」
「へ、変態丸出しなの止めなさいっ!」
「侮蔑の言葉をくれウサ」
「お断りよ」
「パンツ何色ウサ?」
「ピン・・・な、何言わせるのよっ!」
「ローレグ?」
「・・・何よ、ソレ?」
「しまパン?」
「・・・違うってば」
「ひもパン?」
「・・・違うって」
「スケスケ?」
「・・・ちがう」

・・・あのウサギある意味すげぇ。
あそこまで邪険にされてなおセクハラを続けられるのは感心に値する。
だが、伊織の我慢もそろそろ限界のようで、大爆発まで後一押しと言ったところだろう。
このままではぷっつん来た伊織の手により、うさ公が綿の塊に戻されてしまうのは時間の問題だ。

「・・・仕方ない。伊織のフォローにまわろう」

俺がそう決めて伊織のそばまで走り寄ろうとしたとき、ぴたり、と二人の足が止まった。
もしや、伊織が俺の予想よりも早く耐え切れなくなってしまったのだろうか・・・?

「うさちゃん・・・?」

だが違ったようだ。
うさ公の足が止まっていた。
そのままくたり、と力なく地面に横たわる。

「どうやらみんな満足したようウサ。
・・・何しろみんな本当はとっても欲が無いウサ」

・・・呆気無い幕切れだった。
うさ公はガラスの目玉を虚空に向けていた。
キモイぐらいなまでに自由に動いていた手足はもう、自由に動かないようだった。

「伊織っ!」

俺が駆け寄ると、伊織は何と言っていいか分からない表情を浮かべていた。
この迷惑かけ通しだったうさ公への文句を言うべきか、最後なのだから笑って見送ってやるべきか、
それとも少しだけ、本当に少しだけ感じた、ずっと小さい頃から一緒だったうさちゃんと不条理な形とは言え、
お喋りさせてくれて有難う、と感謝するべきか・・・。
そんな事を悩んでいたようだった。

「伊織、・・・素直に言ってやれ」

俺はそっと伊織の肩に手を置いて彼女が喉まで出掛かっている言葉を口に出すよう促した。
きっとうさ公はそう悪い奴じゃあ無かった。
伊織にもそれは伝わっていたはずだ。

「あんた・・・とってもとっても、ダメな奴で、私のうさちゃんに勝手に取り付いて迷惑ばっか掛けてくれたし、
セクハラばっかりだったけど・・・昔っからの友達のうさちゃんと話せて、一緒に散歩出来て、私・・・嬉しかった・・・」

伊織の言葉を聞いたうさ公はかすかに笑ったように見えた。
それは、俺の気のせいだろうけど、確かにうさ公は笑っていた。

「ああ、最後にさ、一つだけ・・・いいウサ?」

実際、うさ公の声は笑っていた。

「罵ってくれ」

訂正。最後までどうしようも無いアホだった。
思いっきり台無しである。
俺からうさ公に送る言葉はただ一つ。
KY。
空気読め。

「出来ないよぉっ!
うさちゃん、私の大切な親友だもんっ!
そんなことっ、そんなこと言えないっ!」

伊織の叫びに俺は脱力した空気から引き離された。
涙が滲んだ瞳を隠そうと下を向いて、懸命に何かを堪えていた。
それを見て、うさ公の動くことのない表情が悲しげな顔を浮かべた気がした。

「・・・俺はファン失格ウサ」

横たわるうさぎの頭がかすかに傾ぐ。
どうやら頭を下げているようだった。
何処からか風が吹くと、うさ公の表面からさらさらと何かが崩れ落ちていく音が聞こえた。

「もう還るウサ。
みんな分かってくれたウサ。
だって俺たちは伊織ちゃんのファンだからウサ。
伊織ちゃんが本当に嫌がることなんて出来やしないウサ」

また風が吹くと、さらさらと何かが流れていった。
ゆっくりと、うさぎの頭から力が抜けていった。
意思の光が煌いていたガラス玉の瞳から光度が薄れていく。
伊織がうさ公の声を聞いて、顔を上げたときに見た光景は・・・あからさまに最後の場面だった。

「でもっ、でも私、皆にこんなにも想われていたのに、何もっ、何もしてあげてないっ!
全部拒絶して、全部否定してっ、全部っ!」
「・・・してもらったウサ。
もう胸がいっぱいウサ」
「何をしたって言うのよっ!」

伊織の声はまるで彼らを攻めることで、何もしようとしなかった自分を責めているようだった。

「伊織ちゃんの可愛いところも、勝気なところも、優しいところも、泣き虫なところも
・・・みんなみんな俺たちに見せてくれたウサ。
それに・・・」

うさ公は最後の力を振り絞るかのように、俺の方へと視線を向けた。

「俺は、俺たちは・・・何処か弱いところのある伊織ちゃんを支えられる存在になりたかったんだウサ。
いや、そうじゃないウサ。
本当はただ、そんな奴が伊織ちゃんにきちんと居るのか知りたかっただけなんだウサ。
ちょっと調子に乗っちゃったウサけど・・・。
だから、プロデューサー?伊織ちゃんを・・・頼んだぜ」

俺が言葉を返すよりも早く、うさ公の首がことりと落ちて、何かが完全に抜け落ちたのが分かった。

「うさちゃ―――んっ!」

伊織が叫びながら駆け寄るのと同時に、俺も走った。
伊織が屈みこんでうさ公を抱きかかえようとした瞬間、すぐそばまで駆け寄った俺の足に何かが引っ掛かった。
それは白くてもこもこした、何か、柔らかい人形のようなものだった。
ソレが俺の足を払っていた。

「う、うわあああっ!」
「きゃあああっ!」

バランスを崩した俺は、直ぐ目の前にいた伊織にぶつかった。
両手で体重をなんとか支え、伊織を潰してしまうことだけは避けられた。
・・・ただ、残念ながら。

「・・・んっ?」
「・・・んっ、んーーーーんっ!」

俺の唇は伊織の唇と0センチの距離まで近づいていた。
・・・簡単に言うと、接触していた。
それを、先ほどまで伊織のまん前にいたはずのウサギのぬいぐるみが、俺たちの真横で横たわって眺めていた。
・・・下手人は確実にコイツだ。
本当に一日一回動きやがるんじゃないか?

「なんだかうさちゃんにたくさん振り回された気がする・・・」

すべての事が終わり伊織が公園の砂やほこりにまみれたうさちゃんを抱きなおしながら、ぽつりと呟いた。

「そうだなー、途中途中でファンたちの想念と入れ替わってたり、
一緒に遊んでたりしていたような気もするけど・・・、まぁ最後のは確実にうさちゃんが犯人だな」
「キス・・・」
「う、あ、アレはだな・・・」
「まっさか、ファーストキス奪っておいて
『事故だ、犬に噛まれたと思って』
なんて言わないわよね?」
「事故だ、犬に・・・」
「言・わ・な・い・わ・よ・ね!」
「・・・はい。すいませんでした」
「・・・ま、まぁー、あ、あんたがさ。
どーしてもって言うなら、そのさ、せ、責任、取らせてあげても・・・その・・・」
「せ、責任?」
「そ、そうよっ、けっ・・・けっこ・・・、結構早くトップアイドルにプロデュースしてみなさいよねっ!」
「・・・え?あ、ああ。結構早くね・・・、結構・・・」

ダメだこりゃ、とうさちゃんが匙を投げたかどうかは知らないが、うさちゃんが再び動き出すことなんてあるわけがなく、
伊織と俺は微妙な雰囲気のまま事務所に戻ったのであった。




翌日・・・。どこから聞きつけたのかは知らないが、本日の事務所は大変なとある『ブーム』が巻き上がっていた。

「プロデューサーさん!大変ですっ!私のリボンが呪われてしまって!」
「うっうー、私のカエルポシェットも呪われちゃったですーっ」
「私のお、お茶の道具が呪われちゃってー、プロデューサーと一緒にお茶飲まないと、その治らないんですーっ?」
「ミキね、呪いでハニーとの大切な記憶が奪われちゃうかもしれないの。だから、ハニー!今すぐミキと一緒に――」

しばらくホラーは勘弁してほしいと思った、そんな日のことである。
(終わり)