THEiDOLM@STER SS 『はじめてのおるすばん』
「へーーーっくしょんっ!」
「わっ?」
「「兄ちゃん、きたな→いっ!」」
「す、すまん」
俺が風邪で寝込んだ次の日。
765プロのアイドル、高槻 やよいと双海 亜美、それから双海 真美のユニットのTV収録がある日だったため、俺は3人を伴ってTV局へとやって来ていた。
今はリハーサルの合間の休憩時間となったので、今日は不参加の真美も含めた3人を労ってやっていた。
「うっうーっ、プロデューサー?ティッシュどーぞー、風邪、まだ治ってないんですかぁ?」
やよいがごそごそとポケットからティッシュを取り出して渡してくれる。
当然のように、やよいから渡されたティッシュは某金融会社の宣伝が入った無料のものだ。
やよいはアイドルとしてお金稼げるようになったんだから、ティッシュぐらい良いヤツを買えばいいんだろうが、ま、コレがやよいの持ち味だしな。
「いや、体調は大丈夫だと思うんだが。・・・だれか俺のこと、噂でもしてるのかな」
実際体調は悪くはないので、最早定型句とさえ言えることを言っておく。
「真美、これはもしや・・・」
「いやいや、もしかしなくても・・・」
「もしかしなくてもしかしなくても・・・」
「いやいやいやいや、もしもしもしもし・・・」
亜美と真美はひそひそと内緒話。
・・・まぁ、何を言っているのかは分からないが、この2人はいつも通りといえば、それもそうか。
どうせ、また俺をイジるネタでも思いついたに違いない。・・・少し距離を取っておくか?
俺がそんな決心を固めたときだ。
「やよいちゃーんっ、ちょっと打ち合わせしたいから来てもらえるーっ?」
「あっ、は―――いっ!」
スタッフに呼び出されたやよいがパタパタと走っていってしまった。そして、必然的に残される俺と亜美、真美。
このユニットでは何か指示があるとやよいが呼び出されて、亜美真美は待機というのがスタンダードだ。
その方が話はスムーズに進むし、というか亜美真美だとまとまる話も纏まらない、というのが仕事に関わる皆さんの統一見解らしい。
で、俺が関わる必要も無い小さい指定とかはやよいに任せて、その間の亜美真美の面倒は俺が見ることが、当たり前となっているのだ。
・・・今日は嫌な予感を感じたから、ちょっと怖い。
そんな予想があっさりと当たった。俺は占い師とか向いているかもしれん。
「兄ちゃん、兄ちゃん、昨日と一昨日大変だったみたいだ→ね→っ」
ぎくっ!
思わず顔が引きつってしまう。っていうかアレ?
「お、お前ら、どこでソレを聞いたんだっ?」
特に昨日のことだ。
一昨日のはまぁ、アレだけのことがあったからしょうがないかもしれんが、昨日のはホント洩れる要素見当たらんぞ?
「まぁまぁ兄ちゃんさん、細かいところは置いておいてだね?」
「そ→だよそ→だよ、ソ→スだよ→?
だから、ソ→スは秘密→っ、なんちて→っ!」
ていうか落ち着け、俺。
昨日は何か拙い所あったかっ?
・・・ないっ!
だが、現役アイドルが1人暮らしの男の家を訪ねたってだけで問題かっ?
「真美、それおもしれ→っ!」
「でしょでしょ→、いぇ→いっ!」
2人の話がどんどんと脱線していくのは何時もの事だ。
とは言え、まぁ、このまま忘れてくれるのなら・・・今回に限り、アリだっ!
「でさ→っ、このスク→プを善永さんにバラされたくなったら、亜美たちの言うこと聞いてもらお→か→?」
・・・こういうときに限って、思い出しやがる。
しかも、内容的に、悪徳ならダメだが、善永さんなら良いやって訳にもいかないなぁ、さすがに。
「・・・で、何が望みだ?」
頭を抱えてやりたい気持ちになりながらも、投げやりに言ってやる。
「おっ、兄ちゃん話早いね→っ?」
「覚悟は出来てるってワケだ→っ?」
くそう、何故に俺は小学生に脅されなきゃいかんのだ。
・・・というか、俺は一体何を要求されるんだ?
この2人の場合、想像がつかんだけに怖いんだが。
「じゃあ、要求はね→っ」
「恐れおののくがいい→っ」
「「今日は家で一緒に夕ご飯食べよ→ぜ→っ!」」
イエイ、と言った感じに2人でハイタッチをしながらのご要求だ。
・・・それ、やよいの専売特許だぞー?
だがまあ、何だそんなことか。
親御さんに近況も報告しておかないといけないだろうし、たまにはきちんと顔を合わせておくのもいい機会かもな。
思わず安堵のため息が毀れる。が、ここで甘い顔をするとコイツら付け上がるからなぁ・・・。
「おいおい」
俺が苦笑で返すと、ちょっと不安気な顔をして顔を見合わせる2人。
心の中ではもう行くって決めてはいるが、
「ま、考えておくよ」
と笑いながらぼかした答えを返す。
その言葉がほぼ肯定であることを察した2人の顔がぱっと輝く。
「「約束だよ→」」
THE iDOLM@STER SS はじめてのおるすばん
そして、リハーサル後半戦だ。
淡々とリハーサルが進んでいく。
やよいも亜美も今日は非常に順調なんだが、何だか少し物足りないような気がするなぁ・・・。
いつもはもっとダメ出しが多かったか?
他の出演者の面々はまぁ置いておくとして、ふむ、亜美は・・・特におかしな所はないな。
じゃあ・・・やよいか?
きちんと喋れているし、態度もはきはきしている。
周りにもきちんとフォロー出来てるし、完璧だ。
ん?完璧?
あれ?確かいつもは、元気が良すぎるって割と有り得ないことで注意されていたハズだ、確か。
つまり、やよいは今日、元気ないってことか・・・?
それにしても、落ち込んでいるぐらいでテンションが丁度いいって、それも困りもんだが。
気にはなるが、仕事に支障を来たす程ではない以上、進行を止める訳にもいかない。
どうしようもないぐらい本当に大変なことが起こった!とかいう訳ではないらしいし、ま、リハーサルが終わったら聞いてみましょうかね。
「やよいっ!」
俺はリハーサルが終わったやよいを早速連れ出すことにした。
本番まであんまり時間もないと言っても、込み入った話であれば亜美たちにも聞かせない方が良いだろう。
「何かあったか?」
2人きりになると、俺は単刀直入に切り出した。
今までの経験上、やよいにはこういう相談については少々強めに言った方がいい事は分かっているつもりだ。
育った環境からか、生意気盛りのはずなのに甘えることが苦手なんだよなぁ、やよいは。
「あ、あの・・・、いえっ?何でもないですっ!」
どうやら、やよいが何かを隠しているのは確実だ。
過去の事例と当てはめると、・・・この隠し方はお金か?
だけど、飛ぶ鳥も落とす勢いのAランクアイドル高槻 やよいならお金の無心も相当のムリがきくと思うんだが。
ふーむ、いや、待てよ?
「あっ!」
てぃんと来た!
思わず声に出してしまった俺に、やよいがキョトンとした顔を向ける。
「あ、あのーっ?ぷろでゅー・・・」
「やよい」
やよいの疑問符に声を被せてその続きを遮る。
そして、
「お兄ちゃんに話してごらん?」
そう言って笑ってやる。
「えっ・・・?」
やよいは一瞬呆けた顔を浮かべ、
それから、
「う、うんっ、お兄ちゃん!」
とびきりの笑顔を浮かべたのだった。
それから、やよいはぽつぽつと話し始めた。
Aランクに上がれたとき、今まで自分を支えてくれた家族に旅行をプレゼントしようと計画したこと。
実際にとびっきりの旅行プランを組んで、一泊二日で皆で旅行しよう、と家族で話し合ったこと。だけど・・・、
「765プロに連絡入れ忘れてて、仕事入れられちゃったわけか」
「はいぃ」
しゅん、としたやよいの声。
「参ったなぁ・・・、で、その旅行の日は何日なんだ?」
「えと、あの・・・今日、なの・・・」
あちゃーと言った風に天を仰ぎみる。
さすがに今からドタキャンなぞできん。
・・・やよいの家族たちはとっくに出発した後だろうしな。
「お父さんもお母さんも中々休みなんて取れないから、とっても楽しみにしてて、でも、私が休めないって分かったら、2人ともまた今度にしよう、って言ってくれて・・・。
でもでも、私、すっごくお礼したかったから、私、今日ぐらい1人でも大丈夫!って見栄はっちゃって・・・」
ぐしゅぐしゅと、鼻声でやよいが続ける。
「それなのに、今日は家に帰っても誰も居ないんだって思ったら、段々とっても寂しくなってきちゃって・・・ぐすっ」
それはまぁ、普段大人数なのに急に1人になったら大人でも寂しい。
やよいぐらいの年頃の子なら尚更だ。
「よしっ!」
俺は決意を固め立ち上がる。
そして、やよいの頭をぽふぽふと撫でてやる。
「じゃあ、今日は兄ちゃんと一緒に2人でお留守番だなっ?」
「えっ?」
やよいがぽかん、とした顔を浮かべる。
結構珍しいな、やよいのこんな顔は。
「なっ!」
もう一度、やよいの背中を押してあげるような気持ちで呼びかける。
「・・・うんっ!」
その俺の呼びかけにやよいは、再び笑顔で答えてくれたのだった。
さすがに泣いてしまったために、涙の後が残っていたやよいの顔をファンデェーションで整えてやる。
・・・やよいが普段すっぴんで出ていて助かったな。
化粧がぐしゃぐしゃになっていたらさすがに俺じゃあ手が出ない。
やよいは俺がぽふぽふと顔を整えてやっている間中、くすぐったそうに、くふふふ、と笑っていた。
ま、これなら本番も大丈夫だろ?
「よしっ、やよい!行って来い!」
俺はやよいの背中をトン、と押してやる。
「うんっ、行ってくるねっ、お兄ちゃん!」
やよいが飛ぶように走る。
おいおい、そんなに走ると転ぶぞー?
さて、俺も様子を見に・・・
「にっひっひっひ」
・・・マテ。だ、誰もいませんように、と祈りながらも声のした方を向く。
「誰も居ない?」
俺の祈りが天に届いたのか、振り向いた先には人影は全く見当たらなかった。
きょろきょろと辺りを見回す。
というかこういう場合は・・・
「上か後ろだ!」
ばっ、ばっ、と素早く視線を送るが、誰もいない?
「残念、下だ→っ!」
とばしっ、とアッパーが俺の腹部に突き刺さる。
「ごぶはぁ!」
さすがに悶絶する俺。
み、鳩尾・・・
「あはは・・・兄ちゃん、だ、大ジョブ?」
「ま、真美ぃ!」
プルプルと震える足でなんとか地面を踏みしめる。
「おお、兄ちゃん、何だか昨日テレビで見た、生まれたての子鹿みたい→っ?」
ぅおいっ?
「ああ、ごめんごめん、そんなに良い所入るなんて思わなかっただけだって→っ?真美と兄ちゃんの仲でしょ→?笑って許して→?」
・・・全く、調子が良いんだからな。
「はぁ、まぁいいよ。で、何か用か?」
「うんっ!え→っと、あれぇ?」
額に人差し指を置いてぐるりん、と指を回転させる真美。
これはもしや伝説の・・・
「忘れちった」
「はぁー、お前、年誤魔化してないか?」
「そんなわけないじゃ→んっ!」
ぶーぶーと文句を言う真美。
だがなぁ・・・
「とりあえず、暴力を振るった罰を受けてもらうぞ」
伝説には伝説だ。
真美のこめかみをそっと、両手の握りこぶしで押さえる。
「へ・・・?」
「うめぼしっ!」
「あぎゃぎゃぎゃああああ――――っ」
真美の悲鳴が響き渡った。
ま、こんなことは日常茶飯事だから誰も慌てたりしないだろ、多分な。
少しして、真美の頭を解放してやると、早速真美が噛み付いてきた。
「ひどいよ、兄ちゃん→っ!
超→痛かった→っ、ぶ→ぶ→!」
「おだまりっ」
なぜかお姉口調だ。
「でも、お陰で言いたかったこと思い出せたよ→」
・・・まじすか?
「兄ちゃん、やよいっちと何してやがった→っ?何かイイふいんき出してたぜ→?」
・・・雰囲気とも言えないヤツに勘ぐられるとはっ!
一生の不覚だ。
反省。
だがまぁ、真美にも話しておくか、さっきの夜ご飯の話は断らないといけないからなぁ。
「うんうん、そいつはイイことをしたねぇ」
俺からの説明を聞き終えると、さめざめと涙を流しながら真美がコクコクと頷く。
どうでもいいが親父くさいぞ?
「おいちゃん、今時珍しい人情物語に感動したっ!いいぜっ!今日はやよいっちの所に行ってやんな!」
お前がおいちゃんなら、俺は爺さんだな。
そう冷静に突っ込んでやりたくもあるが、まぁ、ここは物分りの良い真美に感謝を込めて乗ってやることにしよう。
「あ、ありがとうごぜえます、お侍さま!せめて、貴方のお名前を・・・?」
「ふっ、いけねぇぜおぜうさん。この根無し草に名前なんてあるわけあんめぇ?」
べらんめぇ口調が日本一似合う小学生になりつつあるな、しかし。
「いいぜ、人に会ったらこう伝えな。このジェミニの真美が慈悲を与えたとなっ!」
いきなり星の聖なる闘士になったな、しかもゴールドか・・・。
というか、名前も名乗っているぞ?
っと、いかん、いつまでも遊んでないでそろそろ本番見に行かなきゃな。
「真美、俺は本番見てくるけど、亜美への説明頼んだぞ?」
「はぁ→い、いってら→っ。のしっ☆」
のしって・・・またどこかで影響受けたな、多分。
・・・オーラ全開。それが俺の第一印象だ。
オーラ。
公には存在は認められていないが、影では実しやかに囁かれるアイドルの資質。
トップアイドルと呼ばれる存在に、遍く存在しているとされる力。
誰もが見ただけでその人物から輝きを感じ取れる、ソレは、アイドルオーラと呼ばれている。
それの大小によって、そのアイドルの価値が分かると言うが・・・、いや、最早他のメンバーと桁が違うぞ?
誰がそんな、異様なまでのアイドルオーラを放ってるかって?そりゃもちろん・・・、
「うっうーっ☆今日も全開ばりばりで頑張っちゃいますっ☆」
きらきらと君の周りだけ星が瞬いて見えているぞ、やよい?
「まっずいなぁ・・・」
俺が天を仰ぐのは本日2度目だ。
そりゃもちろん、やよいが目立ってくれるのは悪いことではない。
ないんだが、だからと言ってアレはまずい。
何しろ、完全に他の出演者を喰ってるしなぁ。
リハーサルと同じことをしているはずなんだが、全然違って見えるし。
周りの戸惑いも手に取るように分かる。
やよいが動く、動く。
その動きをいくつものカメラが何故か自然に追いかけていく。
やよいがセンターでもサイドでも構わずやよいを中心に映していく。
こんなことなら本番後に言えば良かったか?
いやいや、もしかしたらあのままじゃ本番はもっと悪くなっていたかもしれない。
楽観的にコレで良かったんだと思おう・・・はぁ、後で他の出演者さんたちの所へ挨拶だけはきちんとしておこう、付け焼刃とはいえそこはしっかりとな。
本番と、それからその後に控えていた憂鬱な挨拶周りが終わり、控え室に戻ってきた。
唯一の救いは出演者の皆さんはやよいの楽しそうな雰囲気に中てられたことを、そう不快には感じていなかったことだ。
皆さん寛容でホント良かったです。
「ぷっろでゅーさっ!」
部屋に入ってきた俺をやよいがいぇーい、とハイタッチでお出迎えだ。
軽くぱちーんっ、と手のひらを合わせてやる。
・・・ホントご機嫌だな、やよい。
「今日の私はフェロモンバリバリでしたっ☆がっつーん、といけましたー☆」
真が草葉の陰で泣いてそうだ。
・・・確かに真よりはフェロモン出てたと思うけど。
あっ、草葉の陰の真がぶるぶる震えているぞっ!
「兄ちゃ→んっ!亜美も真美から話聞いたかんね→」
亜美がやよいに纏わりつかれている俺に声を掛けてきた。
お、それは話が早いな。
「ていうか、亜美、やよいっちのアレでフォロ→フォロ→で、めっちゃ疲れたし→!ぐで→ぐで→?帰って風呂入って寝て→っす」
そう言って備え付けのソファーにばたんっ、と倒れこむ亜美。
・・・いつもは場を乱す方の役割だからなぁ。
慣れないことをして疲れたろう。
「ああ、ご苦労さん亜美。それと今日はすまんな」
「いいって、いいって→。それは言いっこなしだぜ、おとっちゃん」
「誰がおとっちゃんか」
取りあえず突っ込みを入れる。
お約束だしな。
言葉だけでなく態度でも疲れきった様子の亜美と、今日は出演の日じゃなくてラッキーといった様子の真美、それから2人とは対照的に元気満点!てな感じのやよいを連れて早々にテレビ局を後にする。
ホントはまだまだ仕事あるが、今日は全部キャンセル!
病み上がりだし、やよいの方が大事だ。
後でしわ寄せが来るって?
・・・今だけは忘れさせてください。
亜美と真美を送り届け、それからやよいの家の近くの駐車場に車を停める。
車から降りると腕を伸ばし、ぐっと深呼吸。
やっぱり、車は緊張するな、擦りやしないかとびくびくするのは、小市民の証なんだろうなぁ。
「おっ兄ちゃん☆」
やよいが俺の腕をぎゅっと掴んできた。
見下ろしてみると、えへへー☆と可愛らしい笑顔を返してくる。
もう今にも走り出したくて仕方が無い!っていった感じだな。
「あっ!お買い物していきましょーっ☆」
やよいがさも名案を思いついた、とばかりに手をばんざーい、と振り上げながら喋る。
「おいおい、買い物だったら車で大手スーパーに行こうか?この辺りだと、ちっこい商店街しかないだろ?」
「うっうー!お兄ちゃん、分かってないなぁ。それがいいんだよっ☆皆さん、とっっっってもいい人だし、スーパーよりもお魚もお野菜も新鮮だよっ☆」
いつもよりちょっとだけ近い距離にやよいを感じる。
やよいもそういう風に偉ぶるというか知ったかぶることってあるんだなぁ。
「そうなのか?うーん、買ったその日になんて食べないから、俺にとってはどれも一緒だな」
「そ、それはダメだよーっ。ぃよしっ!今日は私がとびっきりのご飯作るからねっ☆」
そう言うが否や、走り出すやよい。
「車に気をつけろよー」
「はぁーいっ」
・・・俺、まるきり保護者だ。
買い物はなるほど、スーパーと違い一軒一軒独自のコンセプトを掲げるお店が多い。
お客さん1人1人としっかりコミュニケーションを取って、場合によっては下ごしらえや材料のアドバイス。
それからおまけをつけてくれたりもする。
確かにやよいにはこっちの方が向いている感じがするなぁ。
商店街っていうと寂れたイメージがあったんだが、やよい効果か、ここはやけに活発で賑わった雰囲気があるしな。
「おっ、やよいちゃん、テレビ昨日も見たよ!いやーっ、おっちゃん年甲斐もなく笑っちゃったよー」
「わ、それはありがとうございまーす☆」
「やよいちゃん、こっちのお野菜、とっても新鮮よ?どう、おひとつ?」
「うーんっ?これ、どうやってお料理したらいいですかー?」
「ああ、これはねぇ・・・」
「やよいちゃん、これ持ってきなっ」
「ありがとうございまーすっ。おいしそうですー☆」
・・・いや、ホント人気者だな、やよいは。
思わず苦笑が洩れる。
相変わらずランクAとは思えぬ庶民っぷりだが、そんなことは当人にとっては些細なことなんだろうなぁ。
「あれ、やよいちゃん?そっちの人は?」
「えへへっ☆私のプロデューサーさんでーす☆今日は〜、一緒にご飯食べて、それから〜もがっ!」
なんだかイヤな予感がしてやよいの口を抑える。
・・・今のハイテンションやよいなら、確実に言わんでいい事言いそうだしな。
「高槻 やよいのプロデューサーをさせてもらっています。今日はやよいさんを家まで送り届けようと思いまして」
「あんちゃん!やよいちゃんをしっかりエスコートしてやんなっ!」
「おっ、あんちゃん!このスッポンなんてどうだいっ!」
「いやいや、ウチのこの山芋をすりおろして・・・」
「それよりもやっぱりここはこのたっぷりと脂がのった鰻の方が」
「ちゃんとアレは用意してるかいっ?若いのはすぐに無茶しておろそかにすっからねぇ。ウチに寄ってきな!」
・・・やよいが何にも言わなくても既に凄まじい勘違いをしてそうだ。
というか、犯罪すれすれじゃね?特に最後の薬屋!
「うっうー☆お兄ちゃん、人気ものだったねー☆」
「ああ、あのエロ親父どもめ・・・」
「はえ?」
きょとん、とした顔のやよいはあの言葉の意味が分からなかったらしい。
きっと、アイツらが純粋に好意で俺に色々薦めたと思っているに違いない。
・・・まぁある意味純粋かもしれんが、さすがにヤツらフリーダムすぎるぞ。
とにかく、紆余曲折あったが買い物を終えた俺たちは高槻家に到着した。
やよいの鍵で中に入ると、確かに大勢の人が暮らしている家族の匂いってヤツが感じられる。
・・・確かにこの家で1人で寝るのは寂しいもんがあるな。
例えるならば一人で泊まりにきたラブホテル・・・いかんいかん、先ほどのから、脳がピンクに染まりつつあるぞ!
俺、自重しろ。
「ただいまーっ」
やよいの声。ふむ、こんなのはどうだろう?
「お帰り、やよい」
その声に合わせて声を返してやる。
「お帰り、お兄ちゃん」
やよいも俺に返事して、それからくすくすと2人で笑いあう。
「ふんふんふーん☆」
やよいの鼻歌を聴きながらも、俺は居間で待機を命じられていた。
家に帰ると、早速料理を始めたやよいを最初はじっと後ろから見ていたのだが、さすがに恥ずかしかったらしい。
あっさりと追い出されて見知らぬ家の居間で1人、待機する羽目になったのだ。
高槻家の居間を見回すと、なるほど、確かに生活に苦労してたっぽいな。
ざっと見てみただけで家具はかなり傷んでいるものもあるし、電化製品や玩具の数は数えるぐらいしかない。
俺が来たのは偶然だから片付けたりする暇もなかったろうから、これがいつもの居間の光景なのだろう。
だが、生活観は溢れているなぁ。
穴でも空いたのか、壁には子供向けのシールが貼られている。
古い畳だが、丁寧に掃除されているからか汚いような印象も受けない。
で、柱には当然のように背比べの傷跡が、・・・なんか昭和って感じだなぁ。
家族も多いし。
さて、待ち始めてもう1時間近い。
いい加減手持ち無沙汰だな。
うーん、何か手伝おうかと思うが、料理はからきしだし、掃除なんて勝手が分からん人間が下手にやると余計に分からなくなるしなぁ。
それにどうせなら男手が居る仕事の方がいいだろう。となると・・・あ!
「やよいっ?お風呂掃除って必要か?」
「えっ?あ、はいっ、お風呂釜洗わないといけないかもっ!」
「よしっ、じゃあ俺が洗っておくよ!」
「えええっ、そんなの悪いですよっ!」
咄嗟だったからか、素に戻っているぞ、やよい。
でもまぁ、仕方がないか、俺がフォローしてやらんとな。
「ほら、やよいっ!家族に遠慮する必要ないだろっ?」
「あ・・・えへへ、うん。お兄ちゃん、よろしくっ!」
「はいよー」
「えへへーっ☆」
なんとも嬉しそうなやよいの笑いをBGMに俺は風呂釜を洗いに旅立ったのだった。
これから長く苦しい旅が始まるっ・・・
20分後。
きゅっ!と音を出して最後の一区画を磨き終える。
・・・これでこのフロという名の世界が救われたな。
俺は心の中でファンファーレを流しながら、蛇口を捻り洗剤を流し落としていく。
悪の気配は消え去り、世界は光に包まれた。
そして・・・お湯をドバドバと湯船に入れていく。おお、世界が暖かさで満ちていく・・・。
って、ん?自動でお湯を停めるセンサーはついてないのか?
じゃあ、どのくらいでお湯張りが終わるのか聞いておかないとな。
トタトタと居間に戻ると丁度やよいがお皿をちゃぶ台に並べている所だった。
「お、丁度いい。やよい?お風呂の水ってどのくらいで一杯になるんだ?」
「えーっと、30分ぐらいかなっ。ご飯出来たから食べ終わる頃には丁度いいかもっ!」
そう言って台所に一度引っ込むと、次々とおかずを持ってくるやよい。
ほかほかと湯気が立ち上っているのが食欲をそそります、ハイ。
「「いただきまーす」」
声を揃えて挨拶をして、やよい作の肉じゃがに箸を伸ばす。
そのままパクリ、と食べてからご飯を一口。
もぐもぐと咀嚼していると、やよいがじっとこちらを見ていた。
ごっくん、と飲み込んでから
「美味しいよ」
と感想を言う。
何というか、うん、お袋の味ってヤツだな。
眼を見張るほどの美味しさはないが、飽きが来なく何度だって食べられる味だ。
「なによりもご飯にあうしな」
ご飯をかき込む。
「あ、あぅ。ウチ、今まであんまりおかずの量作れなかったから、その、味濃い目だけど・・・」
思わず苦笑する。
なるほど、でもまぁ、濃すぎるって程でもないしな。
「いや、ウチも実家はこんなもんだ。むしろ最近の外食店は味付け薄くてなぁ」
「あー、そうかも?でもでも、塩分の取りすぎは良くないってこの前出た番組で言ってたよね?」
そう言いながら、ようやくやよいが自分のお皿に手をつけ始める。
「まぁ、伊織の家みたいな材料から豪勢な料理食べてりゃそうかもしれんが、こういうのは大丈夫じゃないか?」
「うっうー、私も一度伊織ちゃん家行ったけど、お菓子がすごくて眼が白黒したもんっ!」
「あははっ、そうだな。・・・お、こっちの旨いぞ?」
「上手く出来た?やたっ!さっき八百屋のおばちゃんに教えてもらった料理だよー☆」
「ああ、あれかー」
パクパクと2人の箸が進む。
いや、ホントご飯に合う料理だな。おかわり3回もしちゃったぞ?
「ごちそうさま」
箸を置いて挨拶。
「お粗末さまです」
やよいもペコリと頭を下げる。
「お兄ちゃんがいっぱい食べてくれてよかったーっ!」
そう言ってニコニコするが、やよいもご飯3杯食べてたけどな。
まぁ、言わぬが華ってヤツだ。
「あ、そろそろお風呂大丈夫だと思いますー」
やよいが壁掛け時計を見てそう言った。
「ウチのお風呂、追い炊きって出来ないんで、早々に入らなくっちゃいけなくてー」
てへへっ、と恥ずかしげに笑うやよい。んー、そうか、だったら・・・
「先に入っていいぞ、俺が片付けるから」
そう言いながらも、お皿を指差す、が
「いえいえ、私が片付けるから大丈夫!片付けも料理のうち、だもんっ!」
むんっ、と力こぶを付けるポーズだが、残念ながら筋肉が盛り上がったりはしない。
へちょいな、やよい。
「そうか?じゃあ、先に入っちまうかな・・・」
とりあえず蛇口を止めなくちゃいけないし、追い炊きないんならぐずぐずしている訳にもいかないだろう。
・・・ていうか、普段大人数でソレは大変だなぁ。
そして、フロだ。
かぽーん。
うーん、かぽーんなんて鳴りはしないんだが、一応そんな感じだ。
早々に身体を洗い終えた俺は、ざぶざぶと湯船に浸かる。
あー、フロはいいねぇ・・・ん?曇り窓の向こう側に人影が見える。やよい?
「着替え、お父さんのだけど、置いておくねー」
あ、そうだ。
「ああ、ありがとな、助かったよ」
ついつい自宅のつもりだったが、危なかったな・・・。
ん?やることを終えたのだから、やよいの影が直ぐに無くなるかと思ったのだが、何故かそこに留まっているようだ。
というか、何かをやっているようだ?って一体何を・・・?
「わ、私も入っちゃおーっ!」
さすがのやよいも照れたのだろうか?
多少ドモりながらであるが、がらがら、と思い切りよく扉が開け放たれた。
・・・ほわっつ?
遮るものの無くなったお風呂場には浴槽に浸かる俺、それから、スクール水着に着替えたやよいの眩しい群青という名の、見る人によってはそれは黄金に輝いていると表現するかもしれないが、まぁ、待て。
落ち着け、俺。
落ち着け?
のぼせたか?
「ちょ、ちょっとまてええええええええっ!」
思わず叫びました。
まぁ、そのぐらいの衝撃ではあったから仕方ない。
「ひぅっ!」
やよいは今の俺の叫びで驚いたようだが、正直俺の驚きの方が上だ。
間違いない。
「あ、あのー、やよいさん?い、いったい何をなさっていらっしゃるであられましょうか?」
支離滅裂だ。
「お、お兄ちゃんと、その、一緒にお風呂って憧れてて・・・、あ、あのっ、すいませんっ!こんな無茶なこと勝手にっ!ぐすっ、私、向こうで待ってますからっ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
思わず呼び止める。
・・・冷静に考えればやよいを追い出した方がいいんだろうが、・・・はぁ。
それが出来れば俺はこんなに苦労しないか。
「やよい、おいで?」
「え・・・?う、うんっ」
「ごっしごしーっ♪ごしごしー♪」
やよいは今俺の背中を絶賛掃除中だ。
ぶきっちょなやよいらしく、スポンジ以外の手や足やお腹や、その、色んな所がぽよぽよと俺の背中越しに感じられる。
まぁ、そのたびに俺の良く分からないゲージがガリガリ音を立てて削れていく感じがするが、・・・うん、大丈夫。俺、強い子!
「お兄ちゃんの、おっきくて固いね〜」
ぶっ!思わず心の中で吹く。
な、何が大きいのでしょうか、何が固いのでしょうかやよいさん・・・、落ち着け俺、背中だ。背中にきまってりゅ・・・。
「終わったよ〜」
やよいがざばーっと俺の背中を流してくれると、少し頭がさっぱりする。
ふぅ、大分慣れてきたかな?
「よし、今度は俺がやよいの髪を洗ってやる!」
調子に乗ってそんなことを言ってみる。
「うん、お願いっ、お兄ちゃん」
快諾されましたよ?
ほわい?
まぁ、髪ぐらいならいいか・・・。
シャンプーをつけて髪を撫でつけ撫でつけ。
女性の髪って男みたいにガシガシやるわけにはいかないイメージだよなぁ。
「くふっ、くすすすすっ」
・・・笑ってやがる。
必死に笑いを堪えるその姿は微笑ましく、もう先ほどの言葉にはしたくないアレを吹き飛ばしてくれた。
しっかりと洗ってやって、それからリンスもきっちりと。
「よし、かんせーだ!」
そう言ってざばーっ、とお湯を頭からかぶせてやる。
「わぷっ!」
ぷるぷると頭を振ってると犬みたいだぞ、やよい・・・。
「じゃあ次は身体だねっ!」
そう言うとやよいは水着の肩紐に手をかけ・・・
イ ヤ ナ ヨ カ ン ガ ス ル!
神速で風呂に飛び込んでやよいに背中を向ける俺。
「あれ?どうしたの、お兄ちゃん?」
やよいはまるっきり気にかけた様子もない。
・・・どうやら俺の見間違いか?
「いや、やよいが突然水着を脱いだみたいな気がしてな。ついつい・・・」
きっと、ここで「脱ぐわけないじゃんー」てな返事がくることが期待されていた。が。
「へ?私、脱いだよ?」
おーあ――――――っ!
な、何やってますか、この娘っこはっ!
「だって、脱がないと身体洗えないよ?」
言ってることは至極当然だが、大いに間違ってるぞ、やよいっ!
・・・ていうか、俺も風呂場の外に逃げれば良かったのに。
どうして逃げ場のない浴槽に逃げてるんだよ、俺。
やよいがごしごし、と身体を洗う音。
そしてテンパリまくってはぁはぁと息を荒げている俺。
・・・俺、落ち着け。
幸いにもお風呂は少しぬるくなってしまい、すぐに湯当たりするような温度でもない。
心頭滅却だ。
やよいはまだ子供、やよいはまだ子供・・・。
やよいはまだ子供、やよいはまだ子供・・・。
やよいはまだ子供、やよいはまだ子供・・・。
よしっ!
「よいしょ」
ざぶーん、てな音がしてぷにぷにとした感触が俺の背中に・・・、そしてなんか肌色のものが俺の背中から前方にかけて伸びてきましたよ。
「うっうー、お風呂せまーいっ」
これ、やよいの手?
つまり後ろのぷにぷには・・・
「1,3,5,7、11、・・・」
素数だっ、素数を数えるんだっ!
「お、お兄ちゃんっ!お兄ちゃんっ!」
やよいがギョッとした声を上げる。
そりゃ、俺だっていきなり素数を唱え始めた人間が居たら引くわ。
が、これだけは止められん。お前のためなんだっ、やよいっ!
「お、俺にはまだお兄ちゃんレベルが足りなかったかなー?」
あはは、と引きつった笑いを浮かべながらやよいに言い訳する。
結局、あの後即効で風呂場から逃げ出したりしたのだ。
・・・ヘタレと言いたければ言うがいい。泣くから。
「そうなんだー」
やよいは気にした素振りも見せず、しょぼしょぼと眼を軽くこすって布団を引き始めた。
何でも、朝5時に起きて毎朝ラジオ体操しているらしい。
・・・おばあちゃんか、おまえは。
ちなみに現在夜の9時。俺にとってみればまだまだ宵の口の時間である。
が、まぁ健全な中学生であるやよいには確かにこのぐらいの時間が眠るのが妥当なのかもな。
ふああああああ
ふと横を見ると、やよいが布団を敷きながら欠伸をしていた。
今日は一杯頑張ったしな。疲れてもいるだろう。
・・・それにしても、髪を下ろしていると雰囲気違うな。
お風呂上りだからストレートだし。とっと、いかんいかん。
「ほら、やよい。眠いなら寝よう?」
「むー、もっとおにいちゃんとお話するぅ」
半ば夢うつつとなりながらも反論する。
きっとやよいの中ではお布団の中に入ってからのお話、というヤツにも憧れていたのだろう。
・・・ま、ソレは次の機会だな。
「お休み、やよい」
「くぅ」
早いな、おい。
電気つけたまんま寝ちゃったな・・・。
仕方ない、消してやるか、と立ち上がった俺の視界にやよいの寝巻き姿が映りこむ。
まだまだ暖かいからか、Tシャツとハーフパンツというラフな格好なのだが、・・・速攻で着崩れているぞ。
ちらちらとハーフパンツの裾から、白くてハーフを取ったものがのぞいているし、Tシャツはめくれ上がっておへそどころか、その上まで大きく見えてしまっている。
これってもしや、据え膳ってヤツか?
芸能界ではこういう経験は早い方が、ってな話もあるし、ちょ、ちょっとぐらいだったらっ?
自分を自分で論破していくという間抜けな構図が5分ほど。
そして・・・、ふと顔が浮かんだ。
春香、怒るだろうなぁ。
美希は悲しむかな。
千早も裏切られた気持ちになるかもしれない。
伊織には、贔屓しないって言ったなぁ。
雪歩、ホントに穴に埋まっちゃうかもな。
・・・ふぅ、そうだな。
全く、その通りだ。
うん、春香怖いからな、そんなこと出来ないよな。
あははっ、ありがとな、春香っ?
俺は劣情をあっさりと打ち砕いてくれた想像の中の春香に感謝する。
・・・ホンモノに言ったら烈火のごとく怒り出しそうだなぁ。
さて、アホはこのぐらいにしてだ!
明日はやよいも早いみたいだし、俺もさっさと寝るかな。
お休み、やよい?
「ぼそっ)寝起きでどきっ!」
「ぼそっ)芸能人どきどきっ!」
「「ぼそっ)早起きレポートっ!」」
「ぼそっ)現在時刻午前4時です」
時刻は午前4時。
太陽も昇る気配すら見せないこの時間帯に少女の囁き声が響いていた。
場所は高槻家の前、人通りは全く無く、ブロロロロ・・・という車の排気音がかすかに響くだけだ。
2つの人影の片方はマイクを持ち、もう片方はデジカメを両手でしっかりと握り締めていた。
その2人の名は・・・。
「ぼそっ)パパにムリ言って連れてきて貰いましたが、亜美は正直後悔しています」
「ぼそっ)真美も後悔しています」
「ぼそっ)だからと言って、もうパパは病院に向かってしまいましたから帰ることが出来ません」
「ぼそっ)先に進むしか我々にはないのです」
「ぼそっ)取り出したるは・・・」
「ぼそっ)高槻家の鍵―っ」
ぱんぱかぱーん、と某ネコ型ロボットのようにポケットから取り出された鍵を亜美ががちゃり、と鍵穴に突っ込む。
「ぼそっ)ではっ、早速進入を開始したいと思います。」
「ぼそっ)早く兄ちゃん起こして、あったかいココアでも入れてもらいたいです」
「ぼそっ)亜美もそう思います」
「ぼそっ)では、鍵を開けます」
がちゃっ!
異様に早い時間に寝たからか、4時前に起きてしまった俺の耳に、ドアが開く音が響いた。
・・・やよいの親御さんが帰ってきた?
いや待て、こんな時間にそんな訳はないだろう。
と、いうことは・・・泥棒?
あるいは、やよいのストーカーということも?
ごくりっ、と喉が鳴る。
ぎしっ
音が鳴った。気のせいという可能性があったが、これで疑惑に変わった。
ぎしっぎしっ
再び音が鳴る。これは本気でやばいな・・・。
「・・・」
「・・・」
声がかすかに届いた。複数・・・!
取りあえずやよいは守らないとっ!
とっさにやよいの布団まで近づき、やよいをそっと抱き寄せる。
まだ夢の中にいるやよいが、せめて怖いものをいきなり見たりはしないように、胸の中にぎゅっと顔をうずめさせる。
ぎしっ・
ぎしっ・・
ぎしっ・・・
ぴたり、とこの部屋の前で聞こえていた足音が止まる。
くるかっ!
「ぼそっ)こんにちは〜芸能人寝顔拝見でーす」
「ぼそっ)今日は、噂のトップアイドル、高槻 やよいさんの家にお邪魔していまーす」
・・・脱力した。ってあのなぁ!
ばしゃっ!
「へ?」
唐突にシャッター音。
「ス、スクープ撮ってしもうた・・・」
写真を構えた亜美がぷるぷると震えながら口走る。
見ると、真美もぽかーんと呆然とした表情だ。
・・・ってこの格好だからかっ!
そりゃ朝方に男女が抱き合ってれば立派なスクープだねっ!
君らのせいだけどっ!
「ってお前らが泥棒よろしく入ってくるからだろーが――――っ!」
「「うひゃああ――――っ!ごめんなさ―――いっ!」」
俺の絶叫と双子の悲鳴が辺りに木霊した。
今ので起きてしまった近所の方が居たらごめんなさい。
・・・しかし、昨日やよいに手を出していたら俺の人生終わっていたな。
そういう意味でも春香に感謝・・・か?
俺は頭の中で、
やよいに手を出したことがばれた俺を、
『去勢しましょうかぁ?』とハサミをちょきんとかき鳴らした春香、
『発情期みたいねぇ?』とトゲトゲが一杯付いたムチを手に持った伊織、
それから・・・あ、あはは・・・考えるの怖いからやめとこ。
・・・とりあえず、生きてるって素晴らしい。
一つ学んだ3日間でした。
(END)
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