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THEiDOLM@STER SS 『Dead お@ Love』


「千早?今なんて言ったの?」

「千早さん、ミキにももう一度言ってほしいの」

「ちょ、ちょっと、あなた達、どうしたのよっ?」

番組収録でやってきた某TV局の控え室。ユニット内アイドル対戦とか言う番組の特番収録があり、天海 春香、それからユニットメンバーである如月 千早、星井 美希の3人は仲むつまじく控え室で談笑していた。

・・・まぁ、それは5分ほど前までの話だ。

今は非常にイヤな雰囲気を春香と美希がばら撒いている。ソレに対して、左手にキラリと光るものを着けた千早はオロオロと狼狽した表情を浮かべていた。
これは、美希が千早のバックから転がり落ちた指輪を見つけたことから始まった女の戦いの一幕である。



THEiDOLM@STER SS Dead お@ Love



「千早さんっ、コレ落ちてたの〜」

美希の声が後ろから聞こえた。メイクさんがしてくれたセットを確認していた春香が興味を引かれ振り向いてみると、美希が千早にコレ、すなわち指輪だ、を差し出すところだった。遠目に見ただけでも分かる、お値段にしたら数万円ぐらいのシンプルな作りの指輪だろう。ああいうモノは値段ではなく本人が気に入るかどうかだ、と言うのが千早の趣味だと春香は知っている。とは言え、さすがにSランクアイドル如月 千早が持っているような質のものでもないと思うんだけど・・・?
と言うことはもしかして、アレってことか?年頃の女の子らしい直感でピン、と来た春香は、両手でぎゅっと返してもらった指輪を握りしめた千早の後ろにいたずら心を秘めて回りこんだ。

「ちーはやっ!誰からのプレゼントかなっ?」

「ひやぁああああ!」

春香の想像以上に驚いてくれた千早の手から指輪が零れ落ちる。それを普段のドンくささとは打って変わった機敏さで春香は空中で見事にキャッチしてみせる。

「うーん、やっぱりそんなに高いものじゃないなぁ・・・。」

近くで見てみるとよく分かる。この程度のものであれば、着けていても別に誰かからのプレゼントだ!などとマスコミに騒がれたり、スキャンダルにもなったりもしそうもないだろう。そんな女子高生のお小遣いでも何ヶ月か節約生活を送ればなんとかなりそうなレベルの指輪だった。

「はっ、春香っ!返してっ!」
「ご、ごめんねっ」

だが、想像を超えた千早の剣幕に、面を喰らった春香は慌てて指輪を返した。まぁこの指輪がなんであれ、本番前にテンション乱させてまで追求することでもないか、と思い直す。

「ご、ごめんなさい。でも、これは、その、お守りみたいなもので、だからあまり見せたくなくて・・・」

 が、顔を微妙に赤く染め、しどろもどろに言い訳する千早は如何にも何か隠してますよ、と大声で主張しているような有様だ。気になってしょうがない。

・・・案の定、

「お守りってことは、やっぱり誰かからのプレゼントなの?」

普段千早に突っ込まれている、私たちの中ではボケ担当のような存在の美希に逆に突っ込まれてしまう始末だ。春香ももうここまで来たら、仕事の使命感よりも目の前の美味しそうな餌に釣られてしまおうと、ついつい追求の手を伸ばしてしまった。

「千早、ここまで言っちゃったらせめて誰から貰ったのかだけでも教えてほしいなー?大丈夫、誰にも言わないから。ね、美希?」

「そうなのーっ。ミキ、誰にも言わないし、隠し事なんて水臭いのー」

「そ、それは・・・」

わくわく、という擬音が聞こえてきそうな2人に詰め寄られ、さしもの千早も気勢を削がれていた。千早は指輪をじっと見つめた後、それから目の前の春香と美希の顔にそっと視線を向けた。それから、いないと分かっているのに、キョロキョロと他には誰もいないことを確認して、最後にもう一度指輪を見つめてから、


「プ、プロデューサーが、買ってくれました」


誰かに聞いてほしい気持ちもあったのだろう。嬉しそうに、千早は無意識に左手の薬指に指輪をはめながら、特大の爆弾を投下したのだった。




・・・そして現在。

ギスギスとした雰囲気を隠そうともせず、それでも顔は笑っている2人を前に、千早が何がいけなかったんだろう、と困惑の表情を浮かべていた。

「あ、あの・・・、Aランクに上がったときに、その、いつもお世話になってるし、お祝いも兼ねて、ってプロデューサーが・・・」

もう一発爆弾を投下した。千早だけでなく、春香と美希にもプロデューサーがプレゼントを渡していれば良かっただろうし、あるいは、千早へのプレゼントが指輪で無かったとしたら、それほどのショックでもなかったのかもしれない。だが、残念ながらプロデューサーの気まぐれは他の2人には無かったのだし、千早へのプレゼントは指輪だった。

「はい?」
「あふぅ?」

千早の言葉に思わず固まってしまう2人。ゆっくりと言葉の意味を噛み砕いて考えていく。つまりは、プロデューサーに、Aランクになった際に千早だけがプレゼントを買ってもらったということか。しかも意味ありげに指輪。それも左手の薬指。なるほどなるほど。・・・って!


「「ええええーーーーーーーっ!」」


アイドルにあるまじき絶叫を上げた2人が、慌てて千早に詰め寄った。

「何それ!どうしてプロデューサーさんがっ?」

「千早さん、は・・・ううん、プロデューサーに何したの?」

 唐突に詰め寄られた千早は、ようやく自分の失態に気がついた。春香も美希も、プロデューサーには大きな信頼を寄せていたはずである。それにこの反応。こういったプレゼントは千早だけだったらしい。千早はにへら、とにやけそうになった頬を顔の筋肉を最大限活用させてなんとか堪えていた。もし、千早がここで勝利の笑みなぞを浮かべたら・・・、考えるだけでも恐ろしい。

「ちょ、ちょっと2人とも落ち着いて!別にやましいこととかじゃなくて、ただタイミング的にたまたまよ、たまたま!」

 本当は笑みをこらえているからとはいえ、傍から見ると引きつった顔でそう弁明する千早の言葉にはある程度の説得力があった。そんな弁明に一応の納得を見せた2人はそれでもブーたれながらも千早への問い詰めを諦めたようだ。千早は、不満たらたらな2人には、後でプロデューサーには何かフォローさせるように伝えとこう、などと解決は丸投げすることにした。

未だビシビシと自分が着けた指輪への抗議の視線を向ける2人に苦笑して指輪を外す。それでようやくこの場は収まるかと思ったが、

「おはよー、みんなー!」

能天気に登場したプロデューサーのせいで再燃しそうです。・・・こと色恋ざたになると空気の読めない人ですから。




入っていった瞬間、あれ?と思う。いつもなら春香と美希は我先にといったぐらい率先して挨拶を返してくれるのだが、今日はそんなことはない。それどころか、探るような視線を俺によこして来ているのだが、一体どうしたのだろう?

「春香、美希?どうした?」

 取りあえず分からないことは、尋ねてみる。今日もこれから収録なんだから、テンション管理は大切なお仕事だ。

「ぷ、プロデューサーさんっ!どうして私には何にもないんですか!千早ちゃんばっかりずるいですーっ」

「は、じゃなくって、プロデューサー!ミキにも、ミキにもご褒美欲しいのー」

・・・なんのこっちゃ?千早のほうを見ると、手に何かを持ってごめんなさい、のポーズ。

ってあれ、あの時の指輪かっ!そういえば、千早にプレゼントを買ってあげた後、お金も足りないし、春香と美希には給料日後だな、とか考えて、そのまま・・・忘れていたなぁ。それがバレてしまったわけか。とは言え、そういうことなら話は早い。確かに何かプレゼントしてやろうと思っていたし、忘れていたのは俺が全面的に悪いだろう。

「よしっ!今日の収録終わったら、春香と美希に何かプレゼント買ってやるかっ!」

 財布の中身を考えるとちょっとブルーになるが、まぁ1人2,3万ぐらいならなんとかなるかなぁ・・・。

「ほんとですかっ、プロデューサーさん!」

「ミキ、うれしーのー」

だが、ニコニコと笑う2人を見ると、別にいいかなぁと思ってしまう。・・・俺って、女で身を崩すタイプかもしれん。気をつけよう。


「じゃあ、プロデューサーさん。お給料3ヶ月分でお願いしますっ!」

「おいおい・・・それは高すぎだ・・・」

きゃっ、と可愛らしくポーズを決めながらそんなことを言い出した春香に俺は軽くため息を吐く。確かにSランクアイドルである春香にはそのぐらいのアクセサリーでないと引き立たないかもしれないけど、無茶言うなよ・・・。

そんなコイツ分かってねぇ、って顔されても払えないもんは払えんからな。Sランクになってお給料が大幅アップしたお前たちと違って、こちとら固定給で給料変わらないんだぞ?

「美希はね、ハ、・・・もう呼び方変えるのめんどくさいからハニーって呼ぶの。ハニーから婚姻届もらえればそれでいいの」


さて、何を買ってやろうか、そう考えていたときだ。腰をくねくねさせながら美希が爆弾発言をしやがった。っていうか、ハニーってこんな場所で言うな!

・・・そろりと顔を上げると、春香の顔が怖いです。千早、たす・・・・コッチもこえぇ。

「美希、何言ってるのかな?」

「ええ、何だかとっても気になります。プロデューサー?まさか、美希に手を出したとか言いませんよね?」

「ち、違うぞ!出してない、出してないからな、春香っ!千早っ!」

俺の必死な弁明に、千早がほっと息を吐き出す。

「そうですよね、信じてます」

「・・・全く、さすがに中学生に欲情はしないぞ」

思ったより簡単に千早が信じてくれたので、少しばかり調子に乗って余計なことまで口からぽろりとこぼれてしまった。

「でもミキ、ハニーと痴漢さんプレイしたことあるの。おっぱい、触られたの」

汗が止まりません。

「あー、そういえば私もプロデューサーさんには結構胸触られてますよねー?高校生だからですか?」

冷や汗が止まりません。

「・・・くっ、・・・私はありません」

千早、どうして自分の胸の辺りを見つめてそんなことを・・・。決して胸の大きさで区別しているわけじゃないんだぞー?もちろん声に出して言ったら大変なことになりそうなので、心の中だけでのフォローだが。

「ああ、それから私、プロデューサーさんを私のお部屋にご招待してあげたこともありますよー。それで今度はプロデューサーさんのお部屋に連れて行ってくださるんですよねー?」

獲物を目の前にした肉食獣のような目でこっちを見ないでください、春香さん。

「へぇ・・・そうですか?」

千早、だからその目つきは怖いよ?




何でこんなことに・・・もう隅っこで蹲っていたいや、とまで考えていると、とんとん、と肩を叩かれる。振り向くと笑顔の美希が立っていた。いつもと同じセクシーさの中に幼さを秘めた彼女の、少女の魅力がつまった笑顔。その普段の笑顔にほっとする。

「ミキはハニーがちょっとぐらいオイタしても許してあげるの」

言ってることは斜め上だが。

「だって、ミキは16歳になったらハニーと結婚するんだから、それまでは大目に見てあげるの」

とパチリと見事なウインクで決めてみせる美希。言ってることはやはり斜め上すぎるが、素直に可愛いぞ、反則すぎる。

「何言ってるのかな、この娘は」

春香は、素直に言うと怖い。


「・・・はぁ、まぁそれでもいいです。私はプロデューサーの私生活にそこまで踏み込んでいくつもりはありません」

千早は逆にそこまで言い切られたことにちょっと毒気を抜かれたらしく、いつもの雰囲気に戻っていた。いや、出来ることなら美希を止めて欲しいが、・・・むしろ春香を止めてもらった方がいいか?

だがまぁ、ここから先は俺の仕事だな。

「安心してくれ。誰か1人を取り立てて贔屓するようなことは絶対しないからな」

おお、決まったな、俺。

「私は、このユニット解散後は、またプロデューサーとして一緒にアメリカに付いて来てもらえればそれで・・・」

って、こら、千早―。勝手に俺の今後を決めるなー?

「んー?千早さんだったら、ミキが16歳になるまでだったらハニー貸してあげるよ?」

美希のモノではないと思うぞ、俺は。

「少なくても3年はいるつもりだから、その間は借りていたいけど」

それはつまり3年は俺を拘束するつもりなのか?千早よ・・・

「じゃあだめなのー」

だから俺は美希のモノではないんだが。おーい、俺は当事者だと思うんだが、俺の意見は無視ですか?


「大変ですねぇ、プロデューサーさん?」

「そう思うならなんとかしてくれ・・・」

「ダメですよー、プロデューサーさんがしっかりしてくれないと私たち困っちゃいますからねー」

美希と千早が俺の進退を俺の意思とは関係なく話し合っている傍らで、春香は俺からの要請をまるっきりの他人事な顔でばっさり斬って捨ててくれた。まぁ、春香が参戦しないだけマシだと思っておこう。


「あー、そうだそうだ。すいません、プロデューサーさん」

急に思い出したような顔で春香が自分のカバンからプリントを一枚取り出した。・・・なんだこれは?

「あの、これは学外活動の申請書なんです。今さら言うな、って感じなんですけど、形式上どーしてもこの書類が必要らしいんで、さくっとハンコいただけませんか?」

俺の疑問符に答える形で春香が書類を見せてくれる。ふーん、ざっと見てみると確かにそんなことが書いてあるな。まぁいいか、と思って懐のポケットからハンコを取り出す。何の間違いか、社内で使うハンコを実印にしてしまった俺は常にハンコを持ち歩いていたりする。・・・小鳥さんに新しい社内用のハンコ作ってもらうように今度頼まないとな。って、ちょっと待て。

「なぁ、春香?」

「はい?何ですか?」

「こういう書類って普通社長が押すもんじゃないのか?よく知らないが。」

確か、伊織だか誰かも似たようなのがあって、それは社長が印を押していたような記憶があった。普通に考えてみても、1サラリーマンの俺のハンコなんて、責任者として意味があるとはとても思えん。

「あー、いえいえ、ホントのホントーっに形式的なものなんで、社内の人間であれば誰でもいいんですよ。で、思い立ったが吉日って言いますから、細かいことは気にせずに押してやってくださいっ!」

「・・・そ、そうか?」

春香の勢いに押される形で、受け取った用紙にそのまま判子を押そうとして・・・ふと気づく。
あれ?下にもう一枚紙があるぞ?
ペラ、とめくってみると、婚、姻、届と。ふーん、って!


『婚姻届』だよ!


上の申請書にある印のところにご丁寧に穴が開いていて、それどころか夫の欄に丁度当てはまってるんですが。

「春香・・・?」

ギギギ・・・と効果音が鳴りそうな心づもりで春香の方を見やる。

「あらら、関係ない紙が混じっちゃったみたいですね〜、すいません。」

あくまでも偶然らしい。

偶然、婚姻届を一緒に出してしまい、
偶然、申請書の判子のところに穴が開いていた。
偶然、俺の判子は実印で、
偶然、婚姻届の妻の欄には春香の名前が・・・。

「ホントに偶然か・・・?」

「ホント、すいません。私ったらドジで」

「ホントのホントにドジか?」

「ホントのホントですよー。もう、そんなに言われたら私傷ついちゃいますよ?」

・・・深く考えたら負けだ。

ただ、今後春香の出す書類には気をつけることを、俺はここに誓う。あと、帰ったら小鳥さんに泣きついて、早速実印を社内で使うことをやめることにしよう。これだけは絶対に。


「春香、何しているのよ?」

「春香、怖い娘なの・・・」

さすがの千早と美希も呆れた様子で春香を非難する。そりゃ、今の一連の流れを『このドジっ娘め☆』で済ませられるのなら、ソイツはなかなかの大物だろう。

「うるっさいなぁ・・・」

ボソッと春香が呟いた言葉が、何だかアイドルとしてあまりにもあり得ない言葉だった気がするんだが。

「は、春香?」

「なんですか、プロデューサーさん?」

にっこりと笑って答える春香。

「なんでもありません・・・」

さっきのはきっと幻聴だ。春香がそんなこと言うわけない、言うわけがない。笑顔も可愛くて、顔は笑っているけど目は笑ってないなんてことはないんだ、絶対ないんだ。ガタガタと震えながらも、取りあえず現実逃避を選択する。


俺がそんなアホをやっている間にも、春香と美希、それから千早は互いに牽制の視線を送りあっているようだ。これが噂の100年戦争かっ!

・・・どうでもいいが、このままじゃ埒が明かないぞ。本番がもう始まるっていうのになぁ。・・・ん?本番?


てぃんと来た!


よし、良いアイディアが浮かんだぞ。今のこの対立と、今からの収録の特性を活かした素晴らしい考えだと思うぞ!

「お前らの言いたいことは分かった。だが、俺は1人しか居ないし、俺のやるべきことはアイドルのプロデューサーだっ!となれば、俺が付いていくべき娘は、最高のアイドルに決まっている。つまりっ!」


「「「つまり?」」」


3人から異口同音の疑問符が発せられたのを確認してから話を続ける。

「これから行われるユニット内アイドル対戦での勝者に俺は付いていくことにするっ!」

・・・あれ?もしかして、人生の大事な岐路をあっさりと、しかも良く分からない方法で決めることにしてしまったか、俺?

「今日は帰ったらプロデューサーさんと・・・ついに私女になります。・・・フフフフ」

「もぉー仕方ないハニーなの。ここでミキって、正直に言えない恥ずかしがりやさんなんだからぁ♪」

「・・・ふぅ。仕方ありませんね、この2人を倒せないようなら確かに世界で通用するかも怪しいものです。分かりました、その条件飲むことにします」

・・・後悔してももう遅いかもしれないが。




ユニット内アイドル対戦。
昨今、増大するユニットアイドルの中で、ユニットを構成する個々のアイドルたちの個性が薄れていくことを懸念して作られた番組である。出演者たちはユニットのコンセプトではなく各々の独自の個性を発揮し、ユニット枠外の層に対してアピールすることで新たなファン獲得に繋げる、と言うのが番組の目的だ。しかし、視聴者にとってはこの名で知られる番組である。すなわち、

『ユニット内で一番人気なアイドルを決める番組』

である。番組構成としては、スタジオ見学者にどのアイドルが一番かを決めさせる得票数法を取っている。自分が気に入ったアイドルの兵隊となって、他のアイドル派の見学者を論破したり、見学者同士でゲームで戦ったりして、将棋形式で人の入れ替えが行われる。そして、最終的に一番多くの見学者から支持されたアイドルが勝者となる。今日は、その記念すべき100回大会とかで見学者もいつもの10倍、2000人を用意して、大掛かりな会場のステージでやるというのだから驚きだ。・・・ていうか人多すぎだよなぁ、アイドル無双でもやるんだろうか。


本番そろそろなんで準備お願いしまーす、というADの声に彼女たちが意気揚々と出て行くと、俺も会場に嫌々ながらも移動する。ステージ横であいつらが暴走しないかを監視しようかと思うが、まずいことになったら止められるかなぁ、何かムリっぽいような、はぁ・・・。




そして、本番である。今のところ番組進行は順調そのもので、前説とも言える番組の内容説明などが新人アイドルにより一通り行われている。さすがに人数が多すぎるので、番組のスタンスも一部変更して将棋形式でなく、チェス形式にしたらしい。つまり、勝負に負けた見学者はリタイヤで投票権を失うわけか。それから、負けた人間はあっちに用意した冷水プールに落とされると。

・・・おいおい、一般人相手に無茶するなぁ。ま、事前の打ち合わせだとすぐに引き上げるようだし、服も今来ているものの他に着替えもしっかり持って来てもらっているようだ。多分、見学者も納得の上なんだろう。・・・俺は絶対落ちたくなんてないが。

前説役の女の子が舞台を降りると、一度舞台の照明が落ちて会場が闇に包まれた。ここで、ウチのアイドルたちに1人ずつスポットライトが当たって登場!というスタンスだったはずだ。さて、無茶はしてくれるなよ・・・?


ぱっ!


最初のライトが場を眩く染め上げる。
大歓声が大気をびりびりと震わす。
そして、その光を受け、大音響が鳴り響く。
これは・・・『I want』!
つまり現れるのはっ!
それを知った観衆が喉も張り裂けんばかりの叫びで場を支配した!


「・・・」


ぴたり、と場がしずまる。静かな湖面のような光景の中で、春香が立ち尽くしていた。不気味なまでに、まるで生きているものが1人もいないかのような沈黙。
春香が特注だろう黒く染め上げたダンス服を翻すと、世界に鼓動が舞い戻ったのかのように感じた。俺も思わず止めていた呼吸を再開する。これはっ・・・会場全てが春香に呑まれているっ?
すっ、と春香が指を上に持ち上げる。
観衆の真ん中にぴたり、と指した指を固定する。


「そこに跪きなさい、愚民ども」


静かな、だけれども会場の隅々まで通る声が響いた。
・・・んな無茶な。
俺ががくっ、と肩を落とすが、何だ?辺りが妙に騒がしい。っておいっ!会場の1/3の人間がorzってな感じで跪いているんですけどっ!何これっ!


「ふふふっ、イイ子ね・・・」


春香、こわっ!
アイドルたちのポップなイベント、という雰囲気は一変、もはやサバトとさえも呼べそうな地獄と化した会場は、跪く愚民(もう愚民でいいや)と、そいつらに怯えるその他の観衆で混乱の極みに立たされていた。・・・良かった、これでもし全員跪かれたりしたら、俺がおかしいのか?と疑問に思わざるを得ないからなぁ。


ぱっ!


次のライトが会場の一角を照らし出す。
・・・いや、あの春香に勝てそうにはないと思うんだが。会場も春香のときのような大歓声もなく、ただ皆動揺してざわめくだけだ。だが、そんなことは何吹く風、些細なことと気に留める必要もないとばかりに、いきなりの大音量!
これは『realtions』!
この音を聞いた観衆も正気を取り戻したのかのように、少しずつ、

「みーっきっ!
み―――っきっ!
み――――――っきっ!」

呼び声が会場に広がっていく。そして、呼び声が最高に高まったその時!


「みんな―――っミキだよ―――――っ!」


カジュアルなビジュアル服に身を包んだ美希が颯爽と現れる。夜の闇の中で、突然太陽の光で身を焼かれたのかのような衝撃が会場中にビリビリと走る。
美希がにっこりと笑顔を浮かべると、誰もが一度は夢見る想像の偶像〈アイドル〉が、この場に顕現したかのような感動が生まれる。


「今日は―――っ、ミキのとっっっっても可愛いトコ、い――っぱい、見せちゃうからね――――っ!」


そう言って美希が上着をバッと脱ぎ捨てると、自慢のスタイルを見せ付ける水着のような衣装に早変わりするっ!


「けだものさんたちっ、ミキのことい―――――っぱい見てね――――――っ!」


・・・あざといな、おいっ!
だが、その効果は抜群で、一斉に会場の1/3程度の人間が前かがみとなってしまった!お前らも正直だな、おいっ!


「がんばろ――――――ねっ♪」


最後はパチリとウインクで決める。
美希、怖い子・・・っ。
今度は会場になんだかピンクのもやがかかったように感じるぞ?なんだここ、なんのイベントだよ?とまだ正気を保っている俺他、1/3の観衆はもはや恐怖に震える子羊と言った風体だ。傍から見てる俺は兎も角、あの中でノリ損ねた人たちは大変そうだなぁ。


ぱっ


最後のライトがうっすらと灯る。
先ほどの2人とは異なり、まるで幻想の光のような淡い、かすかな光。
眼を凝らすとかすかに見えるのは青い、蒼い色。
だが、さきほどの2発のインパクトで湧き上がった会場はそんなものは小波に過ぎない、まるで意に返すこともない。ついには、スポットライトまでもが最後の一人など必要ない、とでも言いたげに光量が絞られていく。眼を凝らしてさらに見つめていると、ふと音が耳に入ってきた。かすかな音が、メロディになり、そして歌が聞こえる。

・・・『青い鳥』

静かなメロディが場に染み渡っていく。声はすれども姿が見えない。誰もが、そこに立つ歌姫を想像しながら、その顔を確認できないでいる。

というか、あれ?・・・気付くと、会場は静まり返っていた。誰もがステージを凝視している。皆、この歌の歌い手を見ることが至上の価値であると、信じて疑いもしない。そして、


「皆さん、今日はわざわざお越しくださいまして、ありがとうございます」


スポットライトが眩く輝くと同時に、千早の姿が現れる。ブルーで彩られたボーカル衣装が、一際彼女の姿を輝かしいものにする。・・・が、春香の愚民となった人間も、美希の魅力に当てられた人間も、千早に注目することがない。最大の武器のボーカルを己に注目させるのに使ってしまった千早に、残り1/3の観衆全てを味方に回すだけの力があるのか・・・?

次はどんなアホみたいなサプライズが・・・と俺がごくりと唾を飲む。


「ちょっと2人とも、何やってるのっ!真面目にアイドルとして演出しなさいっ!」


が、俺が思ったよりも千早はマトモだったようだ。人間離れした洗脳っぽい技を使ったりせず、むしろ、非常識なことを仕出かした2人に食って掛った。


「「うるさいひんにゅー」」

「大体さぁ、千早のそのうっす――――い所じゃファンをトリコにするなんてムリだもんね。あ、さすがに何が薄いか、なんて言えないけど」

「千早さん、可哀想なの・・・ぷっ」

予想通り、ものの見事に玉砕しました。あと、春香?最初に思いっきり言ってるからな!


ぷつんっ


ん?何か音がなったような・・・?

「あー♪ああー♪すぅ・・・」

千早が突然発声を始めたかと思ったら、

「まっぶったっをっあっけってっ♪」

アカペラで歌い始めた。妙にスタッカートの効いたこれは・・・『お早う!朝ごはん』?
別に千早の十八番ではなかったと思ったが、何故だ?


すぐに理由は判明した。
残りの1/3の人間が一斉にウィーンガシャ、と言った効果音が似合う、そう某スターなウォーズの金ぴかロボットのような動きで細かく震え始めたのだっ!

・・・どんな、びっくり超科学だよっ?




「Check it!こ、これが噂の『お早う!メカごはん』かっ!いいねぇ、気に入っちゃったよ、オレ!」

ダンス審査員でおなじみの軽口さんがいつの間にか隣に立っていた。まぁ、『いつからいたっ』などお約束の突っ込みを入れる必要もないだろう。

「噂なんですか?」

「あ、ああ・・・そうなんだYO。ちょっと前に、千早ちゃんの歌を聞いた人が同じ現象に陥ったことがあったらしいZE」

突っ込みがなかったことに軽く動揺を覚えながらも、軽口さんが律儀に答えてくれる。・・・詳しい中身についてはいいや、知ったら戻れなくなりそうだしな。

「で、これ番組成り立つんですか?」

「成り立ちそうもないんだZE。ほら見てみNA」

ああ、スタッフまで洗脳されてるんですね。こりゃもうダメだ。・・・愚民とけだものさんとロボの集団は3つ巴で本気バトルを始めてしまった。最早、番組の趣旨なんか関係ないなぁ、アレ。あ、一人吹っ飛ばされた。

「・・・どうにか収拾つきません?」

「あそこまで行くと煽った本人たちもどうしようもないと思うZE」

「暴徒ですもんねぇ」

俺と軽口さんが現実逃避気味に喋っている間にも、


春香は

「そこから左翼に第3から第6小隊まで突入。遅いわよ、お仕置きされたい?」

何か的確に指示を飛ばしているし、

美希は

「ハニーとの明るい未来のために、皆頑張ってほしいの―――っ」

皆暴徒だから聞いてないけど、問題発言だし、

千早は

「さっあっ いっぱっいったっべっよっうっよ」

メカっぽく歌い続けているしな。



「しっかし、Sランクアイドルって皆こんなことできるんですかねぇ」

もうヤケクソで現実逃避を続ける俺に、

「プロデューサー?逃げた方がいいんだZE」

ぼそりっと軽口さんが呟いた。

「え?」

イヤな予感を感じながらも、俺は聞き返してしまった。
ああ、ここで一目散に逃げ出せていれば、あるいは・・・。
惨劇を回避できたかもしれないのに。


「俺も限界だZE!」

ひ、ひぃ!やばいっ?
慌てて逃げようとするが、咄嗟に腕を掴まれてしまう。

「あ、あの・・・軽口さん?」

「・・・」

無言こえぇ・・・

「・・・閣下に献上しなければ」

何言ってるのぉおおおおおおおっ!


「ぷろでゅーさー・・・」
「ぷろでゅーさー・・・」
「ぷろでゅーさー・・・」


なんか集まってきたしっ!
ちょ、俺君たちにプロデューサー呼ばれる筋合いないしっ!
慌てて軽口さんの手を振りほどいてダッシュする。
お、俺はっ一体どこに向かっているんだぁああああ!
ど、どこだっ!
逃げ道はどこだぁああああ!

走る俺の視界にぽっかりと空いた空間が眼に入る。
あそこかぁあああああああっ!
無駄に熱血を撒き散らせながら走る俺はまるでまーめいど――――――っ!
自分でも意味不明なことを口走りつつ、誰もいない一角をひたすら目指す。って、あそこ罰ゲームようの冷水プールじゃんっ!そりゃ、人もいないよねっっ!
結局追い詰められてしまった。
じりじりと距離を縮める暴徒たち。
何かここで捕まったらもう戻って来れない気がする!



・・
・・・
南無三っ!


プールに飛び込む。もしかしたら演出なだけで温水の可能性も・・・なかった――――っ!
やばいぐらい冷たいっ!
ヘルプ!
ヘルプミ―――――!

慌ててプールから這い出ようとすると、ブンッ、と音がしてすぐ傍を棒切れが通り過ぎる。
・・・は?

「貴様を殺せば閣下の寵愛が・・・」
「ミキちゃん・・・ガルルルル」
「ピー、ガーガーピーオレ、オマエ、コロス」

えーと、プロデューサーちん、ぴんち。
再び冷水の中に舞い戻る。死ぬよりはマシだっ!ガタガタと震えながらもプールの底に潜む。息が苦しくなって顔を上げると、再び棒で殴られそうになる。いつの間に生命の危機にっ!


結局、俺が助けられたのは開戦から2時間後、俺がもはやここまでか、と諦めかけたとき、会場との交信が途絶えた他のスタッフが様子を見に来てくれてからだった。あれだけの騒ぎだったはずなのに、蓋を開けてみればケガ人0、濡れねずみ1で済んだだけなのは幸運なのだろう。・・・棒まで使ったのはどうやら俺に対してだけだったのか。




「・・・と言うわけです、社長」

「そ、そうか」

さすがに冷や汗を流しながら俺からの報告を聞く社長。一緒に社長室に来た春香、美希、千早も今は反省しているのか、頭を垂れている。

「その、ま、なんと言っていいのかわからんが、ご苦労だったな」

「・・・ええ、ありがとうございます」

「しかし、番組収録、それも特番を潰してしまったのだから君たちには厳正な処罰を与えなければいけないね」

ごほん、と襟をただし宣言する社長。
・・・やっぱりそうなるよなぁ。

「はい、ですが、悪いのは全面的に俺です。俺の監督責任ですので、俺が全責任を持ちます」

・・・クビになっても仕方あるまい。Sランクアイドルを手放すことになる会社の損失と比べても、俺に責任を押し付けるのが妥当なはずだし、俺もそのぐらいの分別は持っているつもりだ。


「えええっ!」
「そ、そんなのないのっ」
「私たちの責任ですっ」

「俺の責任だ」

春香たちは一斉に俺を庇うが、それをピシャリと切って捨てる。

「社長、俺を切ってここは手打ちにしてもらえませんか?」

「ふむ・・・それは出来ないな」

な・・・!俺は思わず絶句する。

「なぜなら、既に結論は出ているからだ。
HARMIT Iは一週間の活動自粛。天海 春香君、星井 美希君、如月 千早君、以上3名の個別処罰も同様とする。
プロデューサー君、君は・・・」

ごくり、と唾を飲む。まぁ、春香たちについては最も軽い罰といっていいだろう。・・・これで良かったのさ。

「始末書30枚とする。以上だ。」

は?

「しゃ、社長?何ですそれ?」

始末書30枚って・・・小学生か。

「何だね、不服かね?私としては別に50枚でも100枚でも構わんが」

「い、いえっ、30枚でお願いしますっ!」



「よ、良かった――――ぁ」

「ハニー、ミキ、ミキとっても・・・ぐすっ」

「・・・すいませんでした、プロデューサー」

へなへなと崩れ落ちる春香、泣き出した美希、頭をしっかりと下げて謝る千早。

「い、いや、気にするな。俺が軽率なこと言ったのが悪かったんだしなぁ。ま、これからまた再スタートってことで仲良くやろう、な?」


「「「はいっ」」」


しっかりと頷き返してくれる3人。ま、これなら大丈夫だろう。・・・これからもよろしくな、3人とも。

(続く)