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ひぐらしのなく頃に SS 『3年殺し編』



昭和61年。
夏。
8月も下旬を迎え、残り少なくなった夏休みの有効利用を皆が考え始める頃。
1人の少女が山道を歩いていた。
腰までもある長い黒髪を靡かせて歩くその姿は、
どう見ても山の獣道を歩く姿には似つかわしくない。

が、服装は長袖長ズボン、麦わら帽子をかぶり、
慣れた足取りですいすいと道無き道を進んでいく姿を見ていると、
不思議と似合って見えてくる。

つまり、彼女の長い黒髪以外は山道に慣れ親しんだ様子だったのだ。


夏も終わりだからだろう。
まだ朝も早い時間だというのに、
カナカナカナ、カナカナカナ
ひぐらしがやけくそのように鳴いていた。

全く、そろそろ赤とんぼが飛ぼうかという時期なのになんて暑さだろう、
少女はそんなことを考えながら、額の汗を手の甲で乱暴に拭った。

はぁ、と歩きながら息をつく。
30分ほど歩いただけなのに、もう喉がカラカラだ。
ちらり、と自分が持っている水筒に目を向ける。
ごくり、と咽がなるがその衝動をなんとか堪える。

「あの馬鹿、いっつも勝手に出て行って帰ってこないんだから・・・」

苛立たしさを隠すこともない。
彼女は乱暴な口調で独りごちる。

「どうして私がこんなことをっ!」

そこまで言ってから手に持ったバッグを両手で持ち直した彼女は、
粗雑な口調とは裏腹に、かすかに喜びを秘めた表情を浮かべていた。

「料理をしたのも久しぶりね・・・」

またポツリと言葉がもれる。
長年独り言に相槌を打つようなヤカラと共にいたからか、
どうにも独り言が多い気がする。

いやそんなことはどうでもいい。
今、重要なのはこのバッグの中身のことだろう。
久方ぶりに台所に立ったが、腕は鈍っていないように思えた。
包丁さばきも火の扱いも、
むしろ身長が大きくなった分楽に感じたぐらいだ。

楽・・・?
いや、違う。
きっとその感情は、そう。

たのしかった、だ。



ひぐらしのなく頃にSS 3年殺し編



全く、我ながら単純なものだと呆れ返る。
基本ものぐさな性質の私は、好き好んで家事から離れたというのに。
たまにやってみれば、意外と楽しいんじゃない?
なんて生意気にも程がある。

いやいや、私よ。
いい加減話をはぐらかすのはやめよう。
きっと、楽しかったのは、

彼に食べてもらえる

そう思ったからだろう?


ブンブンと頭を振って余計な思考を追い出そうとする。
目的地に近づくにつれだんだん歩くのが速くなってきたのでは?
などと関係ないことを考えてみる。

もちろん、歩くのが速くなってきた理由は、
目的地は水辺でここよりも涼しい場所だからだ。
他意なんてない。

・・・しかし、私は一体誰に対して意地を張っているのだろう。
私の中の冷静な部分がそう私に語りかける。

そんなの知るもんか。
でも容易に認めるのは癪に障る。
それだけは確かだ。

そしてそんなくだらないことばかりを考えていた私は、
家を出て1時間も経った頃ようやく目的地に辿り着いたのだった。



「圭一――――――っ!!」
私は水辺で筆を走らせている青年に大声で呼びかけた。
彼は一度集中すると中々こちらに気づいてくれないことがあるのだ。

いつもはそれを利用していたずらを仕掛けたりもするが、
生憎と今日は私に余裕があんまりなかったりする。

だから、私は呼びかける。
まっすぐに。

「今回は何を描いているの?」

「ああ、東京に出ている雛見沢住人の頼みでな、
また一枚描くことになったんだ!」

そう言って圭一はにっ、と笑みを浮かべた。
ハイテンションらしい彼とはうって変わって、
私は苛立ちを覚えてしまう。

なんだソレか。
ソレは圭一が身体をはってまですることではないはずだ。
がその苛立ちは圭一にぶつけることは出来ない。
きっと、この馬鹿は、
「することなんだ、俺がな」
とかカッコつけるに決まってるからだ。

だから、私の口はこう言っていた。
自分でも気づかないうちにだ。


「今日はソレはやめて、私を描かない?」


そんな自分でもアホか、と思える提案をしてから既に一時間。
そろそろモデルに慣れた人間でさえ、じっとしてくるのに飽きてくる時間だ。

圭一もそれを察したのか、

「そう言えば、この前御三家会議があったんだって?
で、魅音も来てたとかちらりと聞いたが。」

こちらに話を振ってきた。
正直、慣れていないモデルなんかをして身体を緊張させていた私は
他に意識を向けられることにほっとしていた。
だから、私はいつもよりも饒舌だった。

「そうね、魅音も来ていたわ。
というか、もう園崎は実質魅音がトップね。
風格とやらも出てきたように感じるし」

昭和58年以前の魅音を知らない圭一にはよく分からないだろうが、
私はあの優しすぎる魅音が園崎のトップなど絶対に無理だ、
と思っていたのだ。

だから、先日のあの風格には正直驚かされたのだし。
ホント、時間が経てば人は変わるものね。
同じ時間を停滞しているばかりでは分からなかったことばかり。

「圭一のことも言っていたわよ。
なんでも大検使って大学入れさせようとか、
園崎の客分として取り立てようとか、
ホント好き勝手にね」

クスクスと笑みがこぼれる。
それでも魅音は相変わらず私たちの愛すべき部長だった。
圭一の度量がどうとか、器がどうとか、あの才能は、などと言っていたが、
実際のところはなんていうことない。

諦めていないだけだ。

それで大学以上の学歴を持つものとの縁を望んでいる園崎本家に
必死で圭一の学歴支援をプッシュしたのだろう。
園崎本家でもかなりの人物が認めている前原圭一。
その圭一が大学まで卒業するならば、
彼と魅音が結ばれることに反対票を投じる奴なんていないだろう。
その辺りの計算はさすがだが・・・。

それでも圭一に会うことが出来ずに帰ってしまう辺りが、ホント魅音らしい。
臆病なところは全く変わっていない。
・・・圭一がその気にならなければ全部もとの木阿弥なのにね。

「いや、そんなこと言われてもな。
いまさら大学なんて行くつもりないし、
園崎の客分って・・・小指つめたりなんてしたくないんだが・・・」

青ざめる圭一には案の定、1mmたりとも意図は伝わっていなかった。

「それはそうと、魅音たちはアッチでは上手くやれてるのか?」

アッチ?
ああ、魅音とその妹である詩音、それから北条悟史と竜宮レナのことだろう。
彼女たちは分校を卒業後、
雛見沢を離れ都会の全寮制学校に通っていた。
無事に回復を果たした悟史もだ。
いや、彼についてはむしろ詩音に拉致されたという方が正しいのかもしれないが。
・・・まぁ、悟史も満更でもないそうなので気にしないことにする。

それにしても、彼女たちが雛見沢を離れていることが、
圭一が絵に手を抜かない理由なんでしょうね。
・・・仲間だけを特別扱いできないのは、
ホント美徳であると同時に最大の欠点ね。

「そうね、問題ないらしいわ。
みんないたって平穏に暮らしているって魅音は言っていたわ。」

「へぇ、そうか。
みんなにもしばらく会ってないなぁ」

そう言って一度筆を置いてぐっ、と伸びをする圭一は、
どこか懐かしい過去の映像を見ていたのだろう。
じっと、自分が先ほどまで書いていた風景画を見つめていた。


「そういえば、レナなんだけど・・・」
私はそんなフザケタものは今だけは忘れていて欲しかったので、
唐突に話を切り替えることにした。
まぁ、魅音から話を聞いて普通に驚いた話ではあるわけだし、
聞かせてやろうとも思っていたので丁度いい。

「アッシー君がいるらしいわよ」

「アッシー君?」

キョトンとした顔をして圭一が聞き返す。
圭一はやはり知らない単語のようだ。
都会でもまだ全然使われてないけど、とか魅音も言ってたので当然だろう。

「なんでも、レナが電話とかで呼び出すとわざわざ車で迎えに来てくれるらしいわ」

「なんだそりゃ?
恋人かっ!?」

「それが違うらしいわ。
よく分からないけど、足代わりに使うボーイフレンドだからアッシー君らしいわよ」

「はぁ・・・」

圭一がよく意味が分からんといった表情を浮かべる。
つまり、レナの恋人の座を狙いコナをかけているのだろう。

「魅音は絶対この言葉は流行る!!って宣言してたわよ」

「そうかぁ?
なんだか同じ男として情けなく感じる響きだから流行って欲しくはないなぁ」

そう言って、圭一は筆の世界に没頭していく。
私はそんな彼の姿をぼんやりと眺めながら、
この世界がこうなってしまったカケラを求め、
どぷん、
と自分の記憶の中へと潜っていった。



昭和58年、夏。
それは夏休みも終わりの近づいた、
そう8月も下旬を迎えた頃だった。

あの惨劇の夜から抜け出した私たちの下に、
富竹が訪ねてきたのがきっかけだった。
気さくにその後のことを話していた富竹だったが、
それでもなかなかにして大変な状況にあったらしい。
鷹野のことは、所詮女1人と偉い人たちは軽視しているらしいから、
あまり問題になっていないらしい。
その代わり自分の管理能力が問われてしまってね、
と笑っていたが正直、笑い事ではない。

「まぁ、なんとでもなるとは思うけど、
ちょっと写真を撮りにくる余裕はなさそうでね」
そりゃそうだろう。
バリッバリの公務員の分際で度々遊びにこられてはダメに決まっている。
私としては
「この税金ドロボーめ」
としか言う言葉はない。
せいぜい国民の為にがんばって欲しいものだ。

だが、あの筋肉だるまは何を勘違いしたのか知らないが、
圭一にカメラを押し付けて帰っていった。
どうやら、圭一に自分の代わりに雛見沢の風景とかを写真に残してほしいらしい。


それから圭一は雛見沢の写真を撮るようになった。
私たちもはしゃいで何枚も撮ってもらったし、部活の罰ゲームに使われたりもした。
それでもメインは村の様子だった。
村人。
家。
学校。
神社。
ダム現場。
橋。
山。
川。

圭一が富竹2号として村での評判を確立するころには、一通り撮り終えたらしい。
今度は圭一が画材道具一式を持って村内をねり歩く姿が目撃されるようになった。
父親の影響もあって元々絵には興味を持っていたらしい。
それでも、逆にそれがネックになって踏ん切りが付かなかったと言うのだから、
世界ってヤツは複雑だ。

画材を持って、神社の高台に来ていた圭一の姿を思い出す。
私のとっておきのスポットが絵に残されてしまうことに
ちょっとした寂寥感を覚えなくもなかった。
それでも、写真ではなく絵にしたのは圭一の気配りなのだろう、
と思うと不思議とうれしかったものだ。


そんな圭一の活動が認められてしまったのだ。
比較的あっさりと。
秋が本番を迎えようとしていた季節に、知恵に圭一が呼び出された。
私たちはまた何かやったんだろう、と凹んで帰ってくる圭一を期待していたのだが。
賞金と賞状を持って部屋に戻ってきた圭一に驚かされたものだ。
しかも、絵と写真、それぞれ別々に評価されたらしい。


そのときの圭一のちょっと誇らしげな顔が忘れられない。


私は、その後にこっそりと尋ねたりもした。

「圭一は自分の絵と写真が認められてうれしい?」

「ああ、雛見沢がどんだけイイ所か理解してくれた人がいたんだぜ!
うれしいに決まってる!!」

彼は興奮しながらそう言った。
ああ、そうか。
彼は自分が雛見沢の一員であることに誇りを持てたのがうれしかったのだろう。
これは圭一には死ぬまで内緒だが、私はちょっと感動してしまった。
前原圭一という誇るべき隣人に。

それと後から知ったのだが、
富竹はカムフラージュのために本当に雑誌に写真を投稿していたらしい。
それを数年間も続けていたというのだから、
アレはちょっと本気入っていたのではないだろうか。
そのくせ一度も掲載されず、そればかりか圭一に先を越されてしまうなんて、
ほんとに才能無かったみたいね・・・さすがに可哀相かも。


それから圭一はますます絵を描き、写真を撮り、
雛見沢を闊歩するようになった。
村人も面白がって圭一の絵や写真を欲しがるようになり、
そしてある出来事があった。


詩音の一言がきっかけだった。
「悟史君に雛見沢の様子を教えてあげたいんです」

その言いたい意味は良く分かった。
悟史はその頃、まだまだ症状が重く外に出ることが禁じられていたし、
面会できるのも私以外では詩音と沙都子ぐらいのものだった。

だが、何の因果か知らないが、その台詞が圭一のそれからを一変させた。

なんと驚いたことに、その絵と雛見沢を事細かに写した写真をきっかけに、
悟史が快方に向かったのだ。
本当のところ、どこまでの効果があるかなんて分からない。
ただ、入江や詩音のそれまでの努力が実っただけだったのかもしれない。
だけど、それでも事実は事実として、
圭一の絵と写真を見てから悟史の回復が進んだことは確かだった。
そして、冬になる前には悟史は学校に通えるまでになった。

圭一の絵はずっと、悟史の部屋に飾られているらしく、
そのことでお礼を言われる圭一は何かを決心していたのだ。



そして、魅音や詩音、1年以上出席が無かったはずの悟史まで、
まぁこれは詩音が何か手を回したのだろうけど、
卒業する春がやってきた。
部長がいなくなり、私たちの部活が有名無実化した頃、
圭一は本格的に絵を描き始めた。

出来上がった絵はまず村を出る魅音たちが受け取った。
次に、雛見沢から出て行ったその他の出身者たち。
小さい村とはいえ、出て行った人たちは数百人じゃきかない。
圭一はそれらの人々皆に配って回るつもりらしかった。

その時点で私は気づいた。
自分の圭一に対する苛立ちにだ。
圭一の絵は雛見沢を懐かしむ出身者たちに大いに郷愁を与えた。
受け取った彼らがわざわざ村まで訪ねてきたり、
相手から欲しい、などと手紙が送られてくるようになった。

何も知らない人が見れば、聞けば、
素晴らしい行為だと目を見張るだろう。
だが、私はそうは思わない。
圭一は、頑張りすぎだ。
誰かが悲しまないように、
悲劇が繰り返されないように、
そんな思いが込められた絵を一枚描くのにどれだけ疲弊するのかを
私は身近で見て知っていた。

だけど、彼は描き続ける。
欲しいと言われれば、描いた。
言われなくても、描いた。
いつだって、描いた。


私はそんな圭一を叱咤してやりたかった。
お前一人ががんばるな、と。
いや、実際にしてやった。
だけど彼は、

「富竹さんにカメラを託された。
悟史には絵を褒められた。
俺にはどうやらやるべきことがあるようだ。
・・・だったら、やらない手はないだろ?」

とかほざきやがった。

「付き合ってられないわね・・・」

そのとき、私は口先の魔術師を説得することにさじを投げた。
その結果が、これだ。
圭一は分校を卒業後、進学せずに絵を描き続けている。
私の意識は現実に返ってくる・・・。



「あれからもう3年ね・・・」

ぽつり、と私は呟いた。
圭一はきょとんとした顔を一瞬したが、
すぐに『何が起きてから』3年なのかを理解したようだ。

「ああ、そうだな」

と感慨深めに頷いた。
少しだけしんみりとした空気が流れる。

「よしっ、せっかく梨花ちゃんが久しぶりに料理してくれたんだ、
お昼にしようぜ!」

がらりと口調を変えて言う。
空を見上げると確かに太陽が空の真ん中に輝いている。
・・・というか私が作ったなんて一言も言っていないんだけど。

「そうね」

私は肯定も否定もせずに、
座り込んでいた石から立ち上がりお昼の準備を始めた。


次から次へと見栄えのする洋風の料理に挑戦する沙都子とは違って、
私の料理のレパートリーは以前と変わっていない。
それでもひょいひょいと箸を口に運ぶ彼からは
満足そうな言葉が次々とこぼれる。

がつがつ、と言った表現が妥当な感じで食べまくる彼に
苦笑しながらお茶を差し出す。

ある程度勢いよく食べたら落ち着いたのか、
ふぅ、と一息ついてお茶を飲み始めた彼に私は呆れたといった風で言ってやった。

「またご飯食べてなかったの?」

「ああ、いやーどうも不精でいかん。」

私がここまで来た理由がこれだ。
この馬鹿こと、圭一は一度絵を描きに森に入ると描きあがるまで出てきやしない。
そのくせ、食べ物も何も持たずに行くものだから、
最終的には野垂れ死にしそうになったりしてしまうのだ。

一度、本気で倒れていたことがあったらしい。
アレを発見したのは沙都子か。
それ以来、私と沙都子はちょくちょく差し入れを持って行っているのだが。
餌付けとも言う。


「そういえば、沙都子は?」

今度は、まったりとお昼を食べながらのお喋り。
いつもの風景とはいえ、外でだと思うと新鮮に感じてしまう。

「沙都子は圭一のご両親のお手伝いに東京に行ってるわよ」

「あの、くそ親父め・・・、沙都子に手伝いを押し付けるなってーの」

「圭一が全然、手伝わないからでしょ?」

「ぐぅ・・・」

捕捉すると私と沙都子は今、前原家に厄介になっていたりする。
悟史が卒業と同時にやはり子供、しかも女の子の2人暮らしは危ないだろう、
という話があがったのだ。

そこで2人とも引き取る、と手を上げたのが圭一の父親だったのだが・・・。
まぁ、さすが圭一の両親と言うか、
その強引さでアレヨアレヨ、
と言う間に前原家の居候となってしまった私たちだったりした。

なんだかんだ言って、親、というものに憧れていた沙都子は
圭一の両親と非常に仲良くなって料理をはじめとする家事から、
仕事まで好き好んで手伝いをするようになった。
まぁ、そういう訳で私が料理をしなくなったのだが・・・。

ちなみに羽入は神社でお留守番だ。
オマエも神様なら神様らしくおとなしくしとけ、と強引に諫めたのだ。
たまに遊びに行くと、あうあう、と相変わらず恨めしそうに見つめてくる。
アンタが出歩くと碌なことがないってそろそろ気づきなさい、と言ってやりたいもんだ。



「そういえば、その沙都子なんだがな」

圭一が突然話をふってきた。
相変わらず私は沙都子と行動をともにすることが多いのだから、
あまり沙都子のことで知らないことはない。
何か最近、変わったことがあったかというと・・・
そういえば、此処の所別行動が多かった気がする。

「梨花ちゃんとやっぱり親友なんだなぁ」

斜め上の言葉が届いた。
辛うじて、
「それが?」
と気の無い返事をしたが、突然どうしたのだろう?


「ちょっと前から沙都子の絵を描いてくれ、って言われてな。
描いてるんだ」

「はぁ!?」

思わず素っ頓狂な声をあげていた。
それぐらいの衝撃だった。
まぁ、沙都子も圭一のすぐ傍にいたのだし、
私と同じような葛藤があったとしても不思議はない。
適当に、と言うか気楽に過ごすような時間を持って欲しいと考えたのだろう。
その結果の行動が私と同じだって言うのも、まぁアリガチだろう。

・・・が。
圭一から作成途上の絵を受け取って、もう一度衝撃が襲ってきた。


夏らしい可愛らしいワンピースで、はにかんで微笑んでいる沙都子がそこにいた。


この3年で一番変わった人間は誰か、と聞かれたら私は間違いなく沙都子をあげる。
私も身長はそこそこ伸びたが、
それ以上に伸びてスラリとした手足がカッコいい印象すら与える。
私の胸囲は成長の望みが今のところ薄いが、沙都子のは既に脅威だ。
元々美人顔だと思っていたが、それは間違いなく開花している。
普段はそれでも子供っぽい笑顔を浮かべることが多いから、
このはにかんだ表情には魅力がつまって見える。

・・・くそ、何狙ってるのよ、沙都子は。


「と・・・、とっても可愛いわね」

辛うじて言葉をひねりだす。
可愛い、と言ったのは私の微かな自尊心の賜物だ。
可愛さだったらまだ対抗できるが、
綺麗という括りでは全く対抗できない・・・!


だが、圭一はそんな私の感想にも苦悩の表情を浮かべていた。

もし欲情してしまったとか告白しやがったら、
『ちょっと頭冷やしてもらおう』と思いつつも、

「どうしたの、圭一?」

と呼びかけた。

「ああ、それと実はこんなもの渡されてな・・・」

「ぶっ!!!」

差し出された写真を見て、今度は思わず吹いた。
そこに写っていたのは、
まぁ水着の沙都子で。
・・・そこまでは許せるのだが、そのポーズがやばい。
なんて言うか、えっちな写真に使われるような、そんな感じ。


「な、ななななななな?」


思わず言語中枢がヒートアップしてしまった。
ナンダコレは。

「一人寂しい夜が続く圭一さんにプレゼントです、
使っても構いませんわ、とか言ってきやがってな・・・」

何かを葛藤するかのような鎮痛な表情で圭一が告白する。
もう一度写真を見ても、やはりエロい構図だ。
だが、その表情を見る限り、
この写真の意図を理解しているとも思えないような気もする。

「沙都子の奴、きっと言葉の意味分かってねーぞ。
これは詩音の策略だと思うんだが・・・」

蜘蛛の巣だと分かっていながら、
それでも敢えて突き進もうとする昆虫のような圭一の独白は続く。
まぁ、実際沙都子はその手の知識に疎いから、当たっているだろう。


でも、圭一。
私にこんな写真渡したら、どうなるかぐらい想像ついてたわよね?
それでも渡したんだもの、つまり。
こうして欲しいってことよね。


びりっびりっ!


音を立てて卑猥一歩手前な写真を破り捨てる。
どこかとは言わないけど、ある場所は念入りに。

「あーーーーーーっ!!」

「圭一、何を騒いでるのか分からないけど、
えっちなねこさんは・・・粛清されるわよ?」

圭一め・・・そのうち、使うつもりだったな。
ギロ、と睨み付けてやると、

「い、いやぁ、処分に困ってたところだから、
た、たす、たすかったょ・・・」

とえらく残念そうに言ってきた。
全く、そんなに飢えてるのかしら。


・・・仕方ない。
あくまでも仕方なくだ。

「圭一」

「な、何でしょう!?」

びくついた声で答えた圭一に私はこう言ってやった。

「わ、私のだったら使っていいわよ。
・・・着替えるから撮っていいし」


正直、今日のことは忘れたい。
前半のシリアスだったところだけ覚えておいてください。
それだけが私の望みです。

(終わり)