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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第37話』


「地球は青かった」
『おや、地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった、の間違いではございませんか?』
「いや、ガガーリンの言葉の正誤は今は関係ないから、そっちに置いておいて」

俺はこの期に及んでどうでも良い話題をふるセイに対して、
両手でよっこいしょ、と関係ない話を横にどける仕草をしながら、律儀に突っ込みを入れた。
ふわふわ、と頼りない感触が両腕に残り、
この場所が何処なのか思い出した俺の身体が無意識にぶるり、と震える。

「1つ聞きたいんだけど。
生身で宇宙なんか出ても大丈夫なのか?」
『何事も経験です』
「うわー、びっくり発言ですよ、このくされデバイスめ」
『理論上は宇宙線も圧力も温度も何もかも含めて物理的な障害を防ぐ結界を張っておりますが、
どうしても大なり小なり重力のない場所ということで精神的な影響は出るでしょう。
そういう意味で経験と申しました』
「・・・あいすいません。
気合入れて根性だしてガッツで乗り切ります」

弱音を呑み込んで改めて気合を込める。

・・・ここは宇宙だ。

ゼスト戦で使い潰さずに済んだジュエルシード4つでドーピングした状態であれば、
如何にへっぽこな俺だと言っても宇宙に出てくることも可能らしい。
とは言え重力を突破するほどの超スピードなど出せるわけもない。
ここまで来た方法としては転送魔法でテレポートしただけなので、
一歩結界の外に出るとあべしっ!?とリアル北斗の拳になりそうな場所にいるという実感はない。
どこまでも広がる真っ暗闇の中で光源を探そうと、辺りを見回すために首を捻る。

『それにしても良かったですな、ちょうど太陽が隠れてくれる場所で。
宇宙空間で直接太陽なぞ見たら一発で眼が潰れますから』
「・・・宇宙こえぇ、超こえぇ」

セイの言葉に思わず両目にしっかりと力を込めて、ぎゅっと瞼を閉じて視界を塞いでしまう。
いや、多分太陽の方向を向いてしまったら、眼を閉じていようがいなかろうが関係ないんだろうけど。

『・・・何時までもはしゃいでないで本題に入りましょうか』
「そだな」

確かに遊んでいる場合ではない。
遠視の魔法を使って、この場所からさらに数百キロ先を目指して視覚を一直線に飛ばす。
すると、思ったよりもずっと近くに白い金属の塊が映った。
人工物にしか見えないシルエットのソレは、同じ宙域に幾つか存在するようだ。

「これかな?
数は、1,2・・・11か。
プレシアさんの言ったとおり、戦力の増強には相手は失敗したようだ」
『それでもマトモに闘うには圧倒的過ぎる戦力差には変化ありませぬ。
残念ながら耐軍級の術式など主では使用不可能ですから』
「万が一俺がアルカンシェル級の魔術を使えたって2隻以上いたらムリだろ」

アルカンシェルレベルの魔法になると、
どんなに莫大な魔力持ちであっても、存在が人間である以上詠唱には時間がかかる。
分かりやすく言うと才能の差がタンク、種族の差が蛇口の大きさといったところだろう。
水風船ほどの容量しか魔力を持てない人も、
海のサイズほど馬鹿でかい容量を持つ人間も原理上はどちらも存在可能なのだ。
しかし、人間である以上、一度に扱える魔力の量はある程度決まっている。
才能がどんなに優れていてもプールのポンプぐらいの勢いが精々だ。
これが竜とか不可思議なナマモノであると滝とか雨の勢いで
魔力をくみ出すことが出来るそうなので、アルカンシェル級を連射することも可能だろう。
・・・ないもの強請りをしてもしょうがない。

「さて、近づかれる前に始めますか」
『・・・では作戦を確認します』

そして、たった一人と、ひとつのデバイスによる地球規模の大作戦が始まる。
目的はただひとつ。
不戦勝だ。

「ジュエルシードを惑星の極点に配置」

俺の言葉と同時にセイの中に封印されていたジュエルシードが2つずつ飛び出して、
我らが母なる星の北と南の極点へとはじき出さされるように向かう。

『続けて、それぞれの極で、異なる指定された2世界の同一座標に転送』

ずずず、と俺の中の魔力が極端に目減りする感触が生まれる。
多少宇宙空間の圧迫感が増したようにも感じられるが、大したことではないと考えないようにする。
これは、2つのジュエルシードが『俺が元いた世界』へと移動し失われた結果、
俺の魔力の水増しに利用出来なくなったためだ。

「異相世界の固定化開始っ!」

全く同じ、それでも中に住む人たちや一部の地名が異なるもう1つの地球の幻想が、
元からあったその青い星に重ね合うように生まれる。

『転送条件、21グラムに関連する技術を用いる地球圏突入および脱出』

魂の重さを21グラムと想定することで、リンカーコアを擬似的に物質として捉える。
つまり、ミッドチルダ式の魔法を応用した科学を対象として、仕掛けた魔術を発動させることになる。

「適応範囲、30地球半径。
形状、不可視型被覆状選択性透膜」

魔法が発動する地点と、具体的な結界の性状を指定してやれば、こちらの準備はこれで終わりだ。
後は、こちらの考えが正しければ、全てが解決するはずだ。
平行世界という概念がない彼らにとってはこの魔法の観測が出来ないため、
転送された場所は、きっと全く変わらない世界のように映るだろう。

『・・・考えましたな。
この世界の地球と、主の住む地球を入れ替えるとは』
「ああ、管理局は『次元世界』の観測は出来るようだが、
俺が元々住んでいた『平行世界』を発見してはいないようだからな。
地球が平行世界の地球と入れ替わっていても、気がつかないはずだ。
そして降りた星には目的がいないとなれば、そもそも攻め込む理由だってなくなる」
『主ならばこその方法ですな。
この世界とあちらの世界、二つを同時に知るがゆえに正確なトレースが可能です』

この方法を思いついたのは、セイが2つの世界にそれぞれ別々に存在していて、
しかもそれが合体できるぐらいの『同じ存在』だったっていうのを思い出したからなんだけどな。
俺はその言葉を胸にしまいこんでから、改めて先を続ける。

「さて、これからなんだが・・・」
『まずは地球という巨大生命体の了解を得る必要がございますが、
そちらは私のマスターということで無問題です。
後はこれだけの大結界を維持するための魔力をどうやって確保するかですな』
「・・・ちょっと待て。
地球が生命ってのは、あれか?
ガイア理論か?」
『おやご存知ありませなんでしたか。
とは言え、コヤツもただの大きいだけのナマモノですから、あまり気にする必要もございませんよ』
「そんな気楽に言われても。
というか、まるで地球にも普通に意志があるような口ぶりだな」
『そりゃまぁ、自分のことですから。
正確には本店と支店みたいな関係ではありますが、大体遜色ないかと』

・・・は?
何コイツ、ここで爆弾発言?

「えーと、セイ、お前、そんな存在なの?」
『ええ。
グデグデと昔のことを語っても仕方ありませぬしな。
その辺のことはまた別の機会にいたしましょう』
「おお、釈然とはしないけど確かにな」

とりあえずこの一連の会話はスルーするとして、
この魔法を維持するための魔力が必要だって話だよな。
うん、切り替え、切り替え。

「ジュエルシード4つ分じゃあ、やっぱり足りないのか?」
『ええ、単純に魔力タンクとして利用するのであれば足りませぬ。
ただし、魔力の増幅機としての性質も持っている便利アイテムですから、
そのように使用するのであれば何とかなるでしょう』

増幅が必要なのか。
となると、俺一人じゃやはり荷が重いだろう。
何しろジュエルシードのうち2つは、世界を跨いだ向こう側に存在するのだ。
そちらに魔力を飛ばすなんて小器用な真似が俺に出来ようはずもない。
では当初の予定通りだが、『俺』という触媒を使って魔力を水増しするしかないだろう。

「仕方ないか。
セイ、最初の話し合いの通りやるぞ。
二つの世界に跨いで存在する『俺』という存在を軸にその地に住む人たちから魔力を借りる」
『本当によろしいのですか?』
「他に何か手があるか?
誰も死なずに、誰も失わずに済む方法が。
後2時間程度のうちに思いつくのか?」
『・・・しかし』
「心配しなくていい。
結界に注ぎ込んだ魔力が尽きれば結界は解け、世界は元通りだ。
生きた触媒となる俺も復活万々歳だろう?」
『理論上はですが。
結界が自然に解けるのなど・・・場合によっては数十年単位かかりますよ?』
「いやいや、そんなに掛からんよ。
だって媒介は俺だしな」

何を不安に思っているのか知らないが、セイはこの期に及んでまだ実行を渋っているようだった。
俺は逆に1年も持たずに結界が解けてしまう可能性が気になるっていうのに、
何を贅沢な心配をしているんだろう。
高々20年ちょっと生きた程度の、波乱万丈どころか太くもなく平々凡々に生きた
俺の『両世界の記憶』なんてもんを生贄にするだけで、奇跡が長続きなんてするもんか。

『・・・はぁ。
ご気楽ですね、主は』
「そりゃ俺のことは俺が一番良く分かっているからな。
自分の人徳の程度なんてものも良く理解しているつもりだよ」

つまりはこうだ。
俺という存在は元々暮らしていた世界、仮にAという世界にいた。
しかし、現在の俺はこのリリカルなのはのBという連続性のない平行世界にいる。

つまり、俺という存在はAとBにまたいで存在していると言える。

また、AとBの世界はセイが合体してしまうほどには近い世界であり、
平行世界の地球同士も重ね合わせるとぴったりと一致するほどにそっくりなのである。
そこでその二つの世界に共通して存在する俺という魔道士を媒体に、
両世界で同時に魔法を発動させることで擬似的に二つの世界を同一の世界に存在させるのだ。
そこに仕掛けとして、
いわゆる科学技術による星間移動には地球A→宇宙A、宇宙A→地球A、
逆に地球B→宇宙B、宇宙B→地球Bという普通の入り口を与える。
しかし魔法技術を用いようとすると世界のねじれ現象が起こり、
地球A→宇宙B、宇宙B→地球A、
そして地球B→宇宙A、宇宙A→地球Bという移動になってしまう特殊な結界を
地球の周囲に張り巡らせるのである。

「・・であってる?」
『当たらずとも遠からずと採点してさしあげましょう。
我ながら甘いですが。
補足しますと、二つの世界にまたぐ魔法を使う必要があるゆえ、
二つの世界に同時に存在する同等のエネルギーが必要であり、
それに適したのは両方の世界に共通に存在していた主という人物の記憶を、
魔力に変換するのが適していたということですよ。
まぁ、普通であれば変換など面倒くさいことこの上御座いませぬが、
ジュエルシードは願いを力にかなえる魔道具ですから丁度良かったのですからな』
「・・・おお、簡単だ」

思わずセイに拍手を送りたくなる。

・・・俺を覚えている人たちの記憶を捧げるのはぶっちゃけ抵抗感がないわけではない。

だからこそ、セイも散々それでよいのかを確かめているのだろうし。
だが、周りの誰も彼も覚えていないのだから初めからいないのと同じようなものだし、
俺が悲しいぐらいなんてことはない。

「おっし!
悩んでたってもうどうしようもない!!
やってやろうぜ!!」
『そうですな。
では、始めましょう。
管理局の皆々様には数年程度のマヨイガツアーをお楽しみ頂きます』

俺はセイの言葉に答えるように、
ぐいぐいと両世界から汲み上げが始まった無尽蔵といっても過言ではない魔力を、
目的の形に汲み上げるように解放した。
そして、あっと言う間に俺の意識が途絶えて、そこから先は何も分からない。
それでも次に眼が覚めるときには、
多分、全てが終わった後だろうと、それだけは理解していた。





『・・・皆様』
「えっ!?」

突然はやての頭の中に機械音声のような響きの音が届く。
彼女はプレシアとともに最大の難題を解決するために自宅を出てから、
なのはやフェイトといった大事な友人たちと合流していた。
そして、結界の準備を始めたなのはたちから監視の役目を引き継いだところ、
その声が聞こえたのである。

『この度の事件で協力頂いております魔道士の皆様。
管理局の侵攻への対策は主が実行いたします。
ご心配をお掛けいたしましたが、この星と他の次元世界を断裂させる結界を構成することで、
管理局は追い払うことが出来るでしょう。
他世界の出身者にはこちらの都合に合わせてしまいまして申し訳ありませぬが、
しばらくの間、地球に在住して下さいますようお願い致します』

次に頭に直接響いてくる音は、はっきりとした言葉になっていた。
それもはやてが良く知る人物が持つ、デバイスの声。
慌てて周囲に視線を走らせると、
彼女だけではなくフェイトやなのは、プレシアにもそのテレパスは届いているようだった。
何も心配はいらないということらしいが・・・、何か、腑に落ちないものを感じる。
それが何なのか、彼女にはまだ良く分からない。



『この星に住む一人の男性の知り合いに告げる。
何も知らぬ汝らにお頼み申す』

春のように暖かい人工の風が室内を満たす温室の一角で、
年末の忙しい最中、愚痴を言いたいだけの自分の頼みに快く応じてくれた親友と、
アリサは向き合ってお茶会を開いていた。
不機嫌だった顔に、不意に聞こえた機械音声のような空耳の内容のせいで純粋な疑問が浮かぶ。
それも空耳であるはずなのに、
対面に座るすずかの顔にも奇妙な体験をしているかのような驚きが貼りついていることから見て、
きっとこの幻聴は彼女の耳にも届いていたのだろう。
アリサがすずかにそのことを確かめようと身を乗り出すと同時に、
聞いた事のない声がさらに耳の奥に直接届いた。

『今、彼は自分だけが出来ることを見つけ、それを為すことになりましたが、
それには皆様の協力が必要でございます。
何も知らぬ身で何を協力できるのか、とのご質問もありますでしょうが、
やっていただきたいことは簡単でございます。
ただ、この男のことを、思い出が微かにでもございましたら、ソレを思い出してあげて下さい』

アリサは性格的に一方的に言われることは好きではないが、
だからといってオカルト話に正面から喧嘩を売るほど猪突猛進な性質でもない。
だが、声と同時に頭に強制的に像が結ばれた一人の男性の姿を見て、
それでも取り乱さずにはいられるほど、彼女は達観してはいなかった。

「何なのよこれはっ!」

がたん、としっかりとした作りをしたテーブルに両手を叩きつけながらアリサは、
先ほどから浮かんでいた不安のままに叫ぶことしか出来そうもない。



『貴女に声をかけることを選択した私は、きっと残酷なんでしょう』

ベッドの中で、意識を取り戻した彼女は声を聞いていた。
ミッドやベルカの魔道士であれば、
初心者であっても使えるぐらいごく一般的な魔法である通信魔法とは異なる、
頭に直接響いてくるようなテレパシーは初めての体験だった。
そこまで考えてみるも、
最早自分の中に欠片ほどの魔力も感じることが出来なくて、軽く苦笑を浮かべる。
何も出来ないというのが、これほどまで滑稽だとは思わなかった。

『それでも、貴女に尋ねます。
助けたいモノがありますか?』

そんなの決まってる。
霞む視界の端に挙動不審に通信魔法の発信源を探すシャマルの姿を見ながら、
ヴィータはかすかに頷く。
出来ることがあるのならば、それが大切な家族の助けになるのであれば、
何度だって立ち上がってやる、と。

『よろしい。
ならば、捧げてもらう。
貴女の記憶にあるその人物をこの残酷な世界で、
小鳥たちが遊ぶことの出来る箱庭を作るために捧げてもらう』

捧げたって、奪い返してやるのはあたしの自由なんだろう、
そう声の出せぬ自分を叱咤しながら彼女はただ、ぎゅっ、と拳をベッドの中で握り締めた。



『全てのものよ。
記憶を捧げてもらう。
その男の記憶は、全て我が喰らう。
父母と師、学友にあらゆる場所の友人たちよ。
異なる世界の家族に生徒、共に働く大人たちよ。
気に病むことなどない。
どうせ、誰もが忘れるのだ。
忘れたという事実すら忘れる。
それは世界を救う行為だ。
ただ、安堵して受け入れれば良い』

少女は絶句する。
カタカタと音を立てて身体が震えるのは、止められそうにない。
少女は叫ぶ。
痛ましげに彼女を見つめる親友に、気をつかってあげることも出来ない。
少女は歯を喰いしばる。
二度も奪われてたまるか、とそれだけを思う。

『そう。
それでもイヤだと言う頑固者が居れば、その者は忘れたくないと願ってほしい。
きっと、その願いだって、叶いましょう。
いえ、叶えてみせるものがいることを、勝手ながら、主に代わって信じておりますゆえ』

同時にそんな声が聞こえた。
はっ、と顔を上がる。
空を見上げる。
その場所に、確かにその人がいるんだと、そう思うと自然と手が伸びた。
その手が掴まれる。



右側から、金髪がさらりと流れる。
黒いバリアジャケットを纏う少女が、にっこりと笑って一緒に手を伸ばす。
左側から、大きなリボンが視界に映る。
白いバリアジャケットを纏う少女が、にこにこと笑顔で一緒に手を伸ばす。

「大丈夫だよ」
「うん、大丈夫」

その声に励まされるように、もう一度、力強く、しっかりと手を伸ばす。
今度は、震えることはなかった。



いつの間にか回り込んでいたのだろうか。
心配そうな顔をした親友が支えてくれるように、横に立っていた。
彼女の手をそっと包み込むように掴んだ少女は、珍しいぐらいに強い口調で声を張り上げる。

「私だって覚えているつもりなのに、アリサちゃんは諦めちゃうの?」

その言葉に、普段の自分を思い出したかのように少女の瞳に意志の火が灯る。
そうだ、誰もが忘れたって、あたしだけは、あたしたちだけは、忘れてなんかやるものか、
そんな意志を込めて手を空に向けて懸命に伸ばす。



「ヴィータちゃん!?」

ようやく彼女が眼を覚ましたことに気がついたのか、
女性は驚きの声を上げた後、少女の動きを補助するかのように支えた。
少女は女性の手伝いに感謝の言葉を継げながら、天井の向こうにある空を見透かすように、
上方に向けて呟く。

「約束やぶりやがったら承知しねーからな」
「そうね、私もお仕置きには協力してあげるわ」

微笑みながらそう言ってくれる女性に支えられながら、
少女は最初からずっと、確信を持って手を伸ばす。



『名前をつけてあげて下さい。
闇の書に、貴女が思い浮かべる貴女だけの名を。
そして、願わくは貴女の手で世界を分かつ結界を砕いて下さることを祈って』

最後にはやてにそんな言葉を残して。
そして、あっけなく魔法が発動した。
結論として、戦艦の一隻どころか、
管理局の魔道士の一人すら新しくこの星にやってくることはなかった。
ただ、幾人かの人々に、別れの記憶を刻んで。







6年後。
海鳴市桜台登山道。
午前5時30分。

「・・・すぅーはぁー」

中学生ぐらいの年頃の少女が春の爽やかな、
それでいてまだ早朝の肌寒さの感じる空気を肺の中に吸い込み、そして深呼吸する。
彼女の横には年のころは彼女と同年代と思われる、
クールな印象を与える切れ長の瞳をした銀の長髪をした少女が立っている。
だが、黒いシャツの胸元に彼女自身を模したような掌サイズの人形を抱えているせいで、
一目見ただけでは何と形容したら良いのかよく分からない少女だった。

「リイン、準備はええか?」
「・・・主はやてがよろしければ何時でも」

リインと呼ばれた少女はガチガチに固くなっている様子の主を冷めた瞳で見つめながら、
あくまでクールに言い放つ。
主であるはずの少女は、
どう見てもあちらの方が冷静だとショックを受けた様子でがっくりと肩を落とす。

「ううっ、まるでリインがマスターのようや〜」
「そんなことありませんですっ!
マイスターはやてはご立派ですっ、絶対に上手くいきますよっ!!」

落ち込むマスターを可哀想に思ったのか、
銀髪少女の胸元に抱かれていた人形がするすると空に浮かび、
主の周りをぐるぐるとファンタジーの妖精のように飛び回りながらフォローする。

「ううう、リインUはええ子やなぁ〜」
「えへへー」
「・・・全く、我が分身ながら子供で情けない」

リインUと呼ばれた人形サイズの少女の頭を優しく撫でながら、
そんな風に微笑ましい光景を繰り広げていた彼女たちに、外から声がかかる。

「はやてちゃん、こっちも準備終わりました!」
「こちらも問題ありません」
「全て片付いた」
「そっか。
ご苦労さん」

自分に駆け寄る守護騎士にして家族である3人にねぎらいの言葉をかけてやりながら、
視界の端に映るベンチに腰掛けているもう一人の家族に声をかける。

「ヴィータ、すぐに済ませるからな!」
「おー、まぁ今のはやてなら気合入れなくても大丈夫だぜ。
精々やりすぎないようにだけは気をつけてくれよー?」
「・・・そやな。
宇宙ごと吹っ飛ばしました、なんてならんようにせな」

半ば冗談、半ば本気で告げる少女に、ベンチに座るおさげの見た目小学校高学年程度の少女は、
呆れた表情を浮かべながら肩をすくめることで返事とした。

「じゃ、朝飯前にちゃきちゃきと済ませるで!
リインフォース、リインフォースU!
ユニゾンっ!!」

主の声に従い、2体のユニゾン型デバイスが、主の身体に溶け込むように光とともに消えていく。
生まれた3対の巨大な翼を大きく広げた少女は、黒い杖の形をしたデバイスを空に向けて掲げる。

「なんちゅうか・・・長いようで、短かった気もするな。
惑星規模の結界を破壊するために必要な魔力。
魔力を提供した魔道士とは異なるパターンでないと結界破壊できないから、
ダブルユニゾンなんてインチキ技覚えて。
儀式魔法の都合のよい日程まで、さらに待ち続けて。
・・・全く。
こんなに待たせるなんて、保護者失格や」

独白しながら、宇宙空間に存在する膜のような結界を見据えるようにして見上げていた少女が、
魔杖の先を勢いよく振り上げる。

「なのはちゃん、魔法借りるで!!」

この場にはいない、親友の得意魔法は彼女の知る限り、最強の砲撃魔法だ。
この魔法で、彼女の魔力で、壊せぬものなど、何もない。

「スターライトブレイカーッ!!」
『SternLicht Schrotthandler』

杖を振り下ろす右手を左手で支えるように掴みながら空の一角へと魔砲を撃ちぬく。
桜色ではない、白銀の光の奔流が天に向けて一直線に打ち上る。
星をも砕かんほどの文字通りの魔力が込められた魔砲は、
あっさりと、空の彼方上方にある結界を打ち砕いて、その役目を果たした。

「余剰分の魔力を受け止めますっ!
シグナムっ!!
ザフィーラっ!!」
「「応っ!!」」

結界を打ち砕いた余波で地表へとまるで流れ星のように降り注ぐ魔力波が、
きらきらと輝く雪のように大地に舞い落ちる。
大きな魔力の欠片が、シグナムに切り裂かれ、ザフィーラの魔法で打ち消される。
細かい破片は、シャマルが張った結界に弾かれ消えていく。
そして、世界は、あるべき姿を6年ぶりに取り戻す。





「・・・遺跡?」

目を覚ますと、どうやらセイの遺跡にいるようだった。
フラフラと立ち上がると、かすかに頭がフラつくものの、その他に身体に支障はない。
どうやら五体満足で結界を張り、そして終えることが出来たらしい。

「アレからどのくらい経ったんだ?」
『6年ですな。
主は世界の狭間にいたこともあり時間次元から取り残されておりましたので、年をとっておりません。
そのせいで、そんなに経ったとは感じないでしょうが』

独り言に律儀に答える声があった。
その声に特に返事をすることもせず、ぼけっと呆けた頭で考える。
とりあえず6年も経てば、はやてたちももう義務教育も終わる時期だ。
後は彼女たちが自分で生きる道を選択していければ良い、
これ以上俺がでしゃばる必要は、本当にないだろう。

『さて、どうなさいますか。
世界の選択は。
ただ、ジュエルシードも失ってしまいましたし、次に移動できる確率はかなり低いと思いますが』
「・・・って言われてもな。
6年も経ってちゃ、どっちもダメだろ?
しかもどちらの世界の誰も俺を覚えてない上に俺だけ成長止まっているとか、
喜んでいいんだか悲しめばいいのか分からんし」
『成長というか、老化ですから喜べばよろしいのでは?』
「やかましい」

当たり前のように軽口を交わしながら、選択を決める。

・・・ま、覚えていようがいまいが、約束は約束だ。

俺は先のことなど大して考えることもせずに、あっさりとそんな風に決めた。
きっと、未練があったんだろうと、
そんな自分を客観的に見つめながらも敢えてそこを見つめることをせずに。



海鳴は、そんなに変わっていなかったが、
昨日と明日の感覚で6年が経過してしまうと、さすがに小さなところで変化が目立つ。
ピカピカだったはずの新しい建物に年月を感じ始める汚れを見つけてしまったり、
小さな街路樹が木陰を作るほど成長していたり、
個人商店のいくつかが入れ替わっていたり、そんな程度の差ではあったが。

「・・・そこまで浦島状態じゃないんだな」

凄まじく未来状態になっていたらどうしようかと考えていたが、
むしろ記憶通りの場所の方が圧倒的に多い。

・・・って当たり前か。

6年程度で早々大げさに変わるほど田舎ではなかったようで、
海鳴の町を侮っていたか、と心の中で謝罪をいれる。
そのままブラブラと市街を歩いていると、
二車線ある車道を挟んで反対側の歩道に中学生ぐらいの年頃の少女たちの姿が見えた。

「・・・そういえばそのぐらいの年代か」

改めて指折り数えてみると、彼女たちは中学生になっているはずだろう。
そんな風に考えながら視線を数十メートル離れた少女たちへと向ける。
このぐらい離れていたら気付かないだろうと高を括って。
カーキ色をした上着に胸元のリボン、
それからかなり短めの暗いエボニー色をしたスカートという
私立聖祥大付属中学校の制服を着た4人の少女たちが歩いていた。
ただ、視線云々については杞憂なのではないかとも思えてしまう。
何故ならば、その一行はひどく目立つ集団だったからだ。

「・・・そっか」

思わず安堵の息をついた。
何処まで国際化が進んだってこの国では目立ってしまう金髪の少女が2人。
一人は腰まである長髪の綺麗な髪をリボンでまとめ、
もう一人は肩のあたりでばっさりと切ってセミロングに揃えていたが、
それが逆に勝気そうな少女の雰囲気に良く似合っていた。
腰まであるサイドポニーの少女に軽いウェーブのかかった長髪の少女が2人。
その上、滅茶苦茶整った顔立ちをしているものの、
無邪気そうな表情が可愛いという印象を強く抱かせる4人組が談笑しながら歩いているのだ。
これは目立たないはずがない。
自分たちに向けられる視線なんて、いちいち気にしては外も歩けそうにない集団だ。

・・・そう、それはあの子たちの面影を残す中学生だった。

何処にでもいる中学生のように、まるで悩みを持っていないような少女たちの姿に胸がすっと軽くなる。
嬉しくて、緩みそうになる頬を必死で引きつらせて、
俺は逃げるようにその場から小さな横道へと入っていく。

「・・・フフっ」

横道を駆け抜けながら小さく笑みがこぼれる。
自分がやったことが正しかったような気がして、
作戦が上手くいったことの実感をようやく持つことが出来て嬉しくなってくる。
そのまま横道を抜けて大きな公園に沿った道路へと出てくると、
グラウンドでゲートボールに興じる老人会の姿があった。
・・・ただ、全体の30%ぐらいは中学生ぐらいの少女たちの姿がある変則的な老人会ではあったが。

「なんだこりゃ」

声に出しながらも遠くにある鞄を見てみると、
それは先ほど出会った少女たちが手に持っていたものと同一の鞄のようだった。
中学校の何かのクラブ活動で老人会の慰問でもしているのだろうか。
何となくそんな風に考えながら、通り過ぎる。
その途中で元気な勇ましい声がしてきた方向へと吊られるように視線を向けると、
思わず苦笑が漏れた。

「・・・なんつーか、似合いすぎだ」

そこには結構短いスカートの丈を気にした様子も見せずにスティックを振り下ろす、
背の小さな少女の姿が見えた。
日本人離れした真っ赤な髪で、愛らしい表情が庇護欲をそそる少女の向こう側には、
ベンチに座る付き添いらしき2人の女性の姿と、
その片方のポニーテールをした女性の膝の上に座る仔犬の姿があった。

・・・それにしてもすげぇ離れているのに目立つ連中だな、相変わらず。

そんな感想を抱きながら、
なるべく騒がしい少女の声が長く聞いていられるようにゆっくりと公園の傍の道路を歩いていく。



そして、たどり着いたのは、何もない道路だった。
民家が立ち並ぶ、何の変哲もない場所。
ここは、初めて出会った場所だ。
アスファルトが剥がれているわけでもなければ、
木の根がうじゃうじゃと道路を突き破っているわけでもない。
でも、ここがその場所だった。
呆、とした様子で俺はそこに立ち尽くす。
その行動は感慨に浸っていたといっても過言ではないだろう。

「・・・どうかしましたか?」

だからだろうか。
俺は不審者か病人にでも見えたようだ。
いや、声をかけてくれた事から言って、気分が悪くなったとでも考えてくれたのだろう。

「大丈夫です。
ちょっとこの場所は思い出深い場所だったんで、何となく、立ち止まってしまって」
「奇遇ですね、私もこの場所は、一番の思い出の場所だったりするんです」

背中越しに聞こえた嬉しそうな声に驚いて振り返ると、
そこには、何時か見たあの子の面影を残す少女が立っている。
皆忘れたはずだったのでは、
俺はそう疑問に思いつつも、それでも何かに期待して高鳴る鼓動を抑えることが出来なかった。

「ここは大切な人と出会った場所なんです。
でもひどいと思いませんか?
その人は勝手に出て行って、6年もわたしのことをほったらかしにしてしまったんですよ」
「あ、ああ、それはひどい」

でしょう?と声を出さずに答えて笑う少女が一歩こちらに近づいた。
手を伸ばせば届くぐらいの距離で、
彼女はもったいつけるように一度息を吐いてから、意地の悪そうな笑顔を浮かべて両手を広げた。

「実はわたしは足が悪いんです。
ああ、そうなんです。
さっき車椅子が壊れてしまいまして」

悪者になり切れそうもない、隠し切れない無邪気な笑顔を何とか隠しているつもりで、
少女はまるで以前の焼きまわしのような台詞を告げる。
ただ、あのときとは違って、積極的に手を伸ばして。

「あ、ああ、それじゃあ立っているのも大変だろう?
ちょっと待ってくれ」

困惑しながらも、彼女の意図に答えるかのように、
少女の腰に手をまわして抱っこの体勢でしっかりと少女を持ち上げる。
病的なまでに軽かったはずの彼女の重さが、
今は健康的な少女のソレに感じられたのが、ひどくリアルな現実を思わせた。

「・・・太ったとか思わんかな。
っと!?
いえいえ、何でもありません。
すいませんがすぐ近所なんで、運んでもらっても良いですか?」
「あ、ああ。
かまわないけど」
「ありがとうございます。
優しい人でよかったです」

まるで、台本の決まっているコントを演じるかのように、少女はすらすらと言葉を続ける。
だから、次に来る言葉はきっと。

「そうや、お世話になるんですし自己紹介しないといけませんよね?
わたしの名前は・・・」
「・・・八神はやて、だろ?」

つい口から先の言葉が漏れた。
しまった、という表情になるが、もう遅い。
成長したはやてがむぅ、と頬を膨らませていかにも怒っていますという表情を作っていた。

「兄ちゃんは相変わらず空気読めないヘタレさんや」
「・・・ヲイヲイ」

ぷい、と明後日の方向を向いて拗ねた口調で結構ひどいことを言うはやてに苦笑をもらす。
それから、彼女は抱っこの体制のまま、
こちらに両手でしっかりと抱きついて自分の顔を隠しながらぼそぼそと呟くように口を開く。

「いやや、許さん。
許してほしかったら、二度とわたしの前から勝手に消えたりしないって約束して」
「・・・ああ、約束する。
もう約束は破らない」

顔を上げてこちらを覗き込むように見つめていたはやては仕方がないなぁ、
といった表情を浮かべていたが、
すぐに飛び切りの笑顔で、俺が待ち望んでいた、最高の言葉を聞かせてくれた。

「おかえりなさいっ!!」
「・・・ただいま」

俺は大切な少女に、この世界で『ただいま』を言える幸運を噛み締めながら家族の挨拶をして、
再会を果たした。




(終わり)




「・・・でも、どうしてはやては覚えていたんだ?
確かみんな忘れちゃうってセイから聞いていたんだけど」
「・・・え?
普通にみんな覚えてるで。
ヴィータもフェイトもアリサちゃんも、なのはちゃんもすずかちゃんも。
それからシグナムたちも」
「・・・つまりどゆこと?」
「つまりはセイちゃんに騙されたってことやな!?」

俺は胸元でデバイスのくせにゲラゲラと笑うソイツを引っ張り出して、
二度と帰ってこれないように力を込めてぶん投げた。