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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第36話』


時と場所は変わって、約一時間後の八神家のリビングである。
この場にいるのは俺とシグナム、そしてはやての3人だ。
怪我は治したとはいえ意識が戻っていないヴィータと、拘束して武器を取りあげたゼストは、あの場にはやてと一緒に現れた2人の守護騎士であるシャマルとザフィーラに任せた。
互いに自己紹介をする暇もなく、シャマルははやての寝室でヴィータの現状確認に掛かりきりで、
ザフィーラは客室で捕らえたゼストの見張り役を引き受けている。
ちなみに俺の怪我はシャマルに治してもらったので今はもう傷1つ負ってはいないが、
体力は減ったままなのでぐでり、とテーブルに座り込んで情けなくも突っ伏している。
はやてはソファで闇の書に再度アクセスを試みているようだし、
シグナムは軽く壁に寄りかかるように自然体で立っていて、
まるで時代劇の侍が隙を見せずに小休止しているような格好だ。
うぅむ、カッコイイ。
・・・それにしてもヴォルケンリッターが3人よれば無敵艦隊のように安心していられるな。

「状況を説明してもらえないか?」

俺がどうでも良いことを考えてながらぐでぐでとしていると、
シグナムが壁から預けていた背中を離して真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
彼女にしてみれば、闇の書の第一次覚醒による正規の方法以外のやり方で召喚された上、
いきなり大きなトラブルに巻き込まれている現状は容認できるものでもないのだろう。
はやても今現在抱えているトラブルについてまだ正確には理解していないはずだし、
ここは俺が知る限りであったとしても、きちんと説明しておいた方が良いだろう。

「ああ、分かった。
その前に1つ謝っておくことがある」
「わたしにもか?
何や?」
「ああ、残りの守護騎士たちにも関係のある話だしな」

俺は首からぶら下げていたセイを引っ張り出しながら、
疑問符を浮かべるはやてとシグナムへとペコリと頭をさげて謝罪の内容を告げる。

「ヴォルケンリッターの修復プログラムは使えない。
セイがデバッグの際に闇の書の自動修復対策用に仕掛けていたバグ取りプログラムが
数時間じゃ解除できそうも無い。
正確には使えないんじゃなくて初期化して記憶を失うぐらいだけど、
他にも何かないとも限らないし基本は使えないものだと思って欲しい。
本当にすまん、怪我には気をつけてくれ」
「そうか。
・・・それで、ヴィータをお前が治したのか」

シグナムが合点がいったような顔をして、見つめていた俺の顔から視線を外した。
確かに重体にしか見えなかったはずのヴィータがはやてを連れて戻ってきたら、
既に傷1つなかったのだ。
疑問に思うのも当然だろう。

「ああ、そのことなんだが、はやて。
シグナムもすまない。
ヴィータはもう闘えない。
俺がリンカーコアを使い潰す形で人間に転生させちまったからな」

だが続けて喋った俺の言葉には、さすがにぎょっとした顔を向ける2人の主従。
それでも、はやてはすぐに気を取り直したのか、
柔らかい笑顔を浮かべて俺に何かを確かめるように喋り始めた。

「ちゃんとヴィータには納得してもらったん?」
「それはもちろん」
「だったら何も気にすることあらへん。
むしろわたし的には大切な家族であるヴィータを助けてくれてありがとう、
そう御礼を言いたいぐらいや」
「・・・家族ですか」

シグナムが耳に入ったはやての言葉を、ぼそりと復唱するかのように呟いた。
それから、ようやく彼女もかすかに口の端を優美に傾けてから、言葉を告げる。

「気にするな。
私が2人分働けば済む話だ。
それにアレは血なまぐさい戦場を駆けるなどより、もっと相応しいことがある。
お前もそう思わないか?」
「まぁな」

萎縮することもなく堂々とした態度で大言してみせるシグナムは、顔には出さずとも確かに笑っていた。
それどころか、どこかほっとしているような雰囲気すらある。
・・・ま、彼女たちの昔がどのようであったのかなんて俺には分からないけれど、
少なくてもシグナムはヴィータのことをただの騎士仲間以上に見ていたのは確かなのだろう。
それだけでも、嬉しい話だ。

「とにかく、ヴィータの件についてはそれで良い。
今は差し迫った現状を把握し、脅威となる敵を打ち倒すことが先決だ。
捕らえた敵に尋問を行う前に、主はやてが置かれている現在の危機を教えてくれ」
「ああ、そうだな。
それじゃあ知っている限りだが話すよ。
というか、そもそも敵である管理局の一部門が狙っているのは正確には『闇の書の主』じゃないんだ。
彼らの本当の目的は『ヴォルケンリッター』システムなのさ」

俺は闇の書の主が目的ではないと先に告げてから、知っている限りのことを喋り始めた。





「・・・つまり、我々ヴォルケンリッターの量産が目的というわけか」
「な、なんや、それっ!
ヴィータは、そんなことのためにひどい目にあわされたんかいっ!!」

俺の聞きかじりの話を聞き終えたはやてとシグナムが怒気に身体を震わせる。
シグナムの口調は冷静を装っているが、
ぎしぃ、と音が出るほど強く握られた彼女の両拳が現在の心境を良く現しているし、
はやては珍しいことに眦を吊り上げて怒っている。

・・・まぁ、はやては管理局の実情なんて知らんだろうしな。

科学者的な立場から言わせてもらえると、眼のつけどころはなかなかだと思う。
確かにヴォルケンズを複製出来れば、
マスターの魔力だけで無尽蔵に修復可能なわずかな消耗で動かせる部隊が出来上がるのだ。
本来であればもろ手を挙げて賛成しても良い・・・とは言え、人間って奴は実にいい加減なもので。
その再利用が効く特攻兵が、自分の家族だと思うと途端に嫌悪感が湧き出してくる。
マッドサイエンティストとしては不合格点だが、
どうやら俺は某スカさんのようなその境地にはまだまだ至っていないようだ。
普通に反抗するつもり、バリバリだった。

「俺がゼストから聞いた話はこれぐらいだ。
それだけ管理局の人材不足が逼迫していると見るべきなんだが、
だからと言って好き好んでモルモットになってやる必要はないだろう。
ここで問題になるのは、管理局が最強の駒であるSランク魔道士を失って、
次に打つ手は何なのかなんだが・・・」

「それは私から説明しましょう」

凛とした、それでいて艶のある大人の女性の声が突然に横から湧き出すようにして聞こえてくる。
ぎょっとした俺がその感情を表情に出すよりも早く、
シグナムが一瞬ではやてを庇うような配置にまわりこむ。
それから、リビングの一角にある何もない場所がゆらり、と歪んで一人の女性が姿を現した。
年のころは見かけ上30後半と言った感じの女性の顔と
現代日本ではまずお目に掛かれない黒づくめの魔女ルックを見て、
俺は驚きの上に驚愕の表情を重ねて叫ぶように声をあげる。

「プ、プレシアさん!?」
「お久しぶりね、お人よしさん。
本来であれば例の約束について情報交換したいところだけれど、そんな場合でもないのが残念よ。
本題に入らせてもらうと、
フェイトとなのはさんの方にやってきていた足止め部隊はこちらで手を打ったわ。
・・・こちらも大変だったようね」

以前よりも艶やかな鴉の濡れ羽のように黒く長い美しい髪を無造作にかき上げた女性が、
尚も警戒心をつのらせるシグナム越しに、
穏やかな顔つきではやてに視線を向けてからおもむろに頭を下げる。

「初めまして、八神はやてさん。
ご挨拶が遅れましてごめんなさい。
私はプレシア、プレシア・テスタロッサ。
フェイト・テスタロッサの母親よ」
「ええええっ!!?」

はやてが眼をパチクリさせて驚いているが、俺も先ほどから驚きっぱなしだ。

・・・フェイトの母親って自分から言いやがった。

何とも珍しいものを見てしまったと言いたげな俺の視線に気がついたのか、くすり、
と意味ありげな笑みを浮かべたプレシアさんははやての胸元に下げられた黒い宝玉に視線を向けた。

「あら、その子を使ってあげることが出来るのね。
さすがは闇の書の主、ウチの泣き虫ちゃんとは違うわね」

くすくす、と上品な笑顔を零すプレシアさん。
どう見てもアンタ、性格変わっているだろ。
っていうか、フェイト泣かしてきたんか。
・・・フェイトのことだから、再会しただけで泣いてた気もするけどな。

「プレシアさんが唐突にすごい勢いで話進めるから、誰もついてきてないですよ」
「あら、ごめんなさい」
「ヴォルケンリッター、剣の騎士シグナムと申します」
「・・・あ、え、えと。
初めまして、八神はやてです。
いつもフェイトさんにはお世話になりまして」
「これはご丁寧に。
あの子、常識知らずだから大変だったでしょう?」

俺の言葉と続いたシグナムの自己紹介で正気を取り戻したのか、
はやてが慌てて立ち上がってペコペコと勢いよく頭を下げる。
プレシアさんは微妙にフェイトに対してひどい事を言っている気がするが、
フェイトなら皮肉でも何でもなく母親が自分を気にかけてくれていると分かっただけで
舞い上がるほど喜んでしまう気もするから何とも複雑な家庭である。
シグナムもどうやら知り合いらしいと警戒を解き、
それでも強力な魔力を持つ魔女を一瞥してから主をフォロー出来る位置を保って一歩後ろへと下がる。
ううむ、まさに騎士の鑑って感じだなぁ。

「お久しぶりです。
それでフェイトとなのははどうしたんですか?」
「2人は上の見張りをしてもらっているわ。
こちらの情報だとまだもう少し余裕があるはずだけれども、正確な話じゃないのがネックなのよ」
「上?」

プレシアさんが答えた言葉で1つ、妙な単語があった。
彼女は俺の疑問に対して、すっと腕を持ち上げ天井を指差す。
同時に、彼女の指先が淡く光り、天井をスクリーンにして真暗な、
それでいてピカピカと小さい点が所々で輝く空間を映し出す。

「宇宙よ」

はぁ、それは何ともスケールの大きな話で。
マジで?
えーと、それってつまり・・・?

「まさか!
次元航行部隊が出てくるのか!?」
「・・・じげんこーこう?」

管理局云々については俺以上に疎いはやてがきょとん、
とした顔つきで強張った顔をしたシグナムを見つめているが、
多分俺もはやてと似たような顔をしている。
ううむ、もしかして大事になってしまったのか?
次元航行部隊っていうと、アースラみたいなのがいっぱい来るってわけで・・・あれ、やばい?

「違うわ。
あくまでも地上本部のお抱え船団よ。
艦船の数も2桁あるかどうか・・・楽観視すればね」
「予備戦力がいるってことか?」
「その通りよ。
ミッドチルダ出身の艦長格は多いわ。
地上本部はそこら中の船に一隻一隻わざわざ声を掛けて廻っているようよ。
同郷のよしみで慣れない『海』に出てきた自分たちを自主的に手伝ってくれないか、とね。
闇の書自体は『海』ではハラオウン家の一件で結構有名だし、
何よりも縄張りを荒らされたくないと考えている船が多いせいで、
彼らをさっさと追い出すためにも手伝う艦が出てくる可能性があるわね。
ただ、グレアム提督が手を出すことなし、との声もあげていることだし、
そのせいで一番の張本人であるアースラが動かないようだから
・・・あまり表立っては協力してこないかもしれないけど、良いとこ五分五分といったところかしら」
「敵が増えなかったとしても10前後、場合によっては30とかになるってことか」
「そうね、さすがに50とか100なんて数字にはなりえないわ。
そんな数を集めるだけで数日がかりになってしまうし、そもそも個人を相手にするには多すぎる数よ」

プレシアさんが指を振ると、
天井のスクリーンに地球と思われる青い星と10程度のアースラ級の艦船の姿が映る。
やばい、やばい、やばすぎる。
目的が生け捕りだからアルカンシェルを撃ってくることはないと思うけど、
それでも数に物言わせて上陸されたら勝ち目なんてゼロだぜ?
ううむ、一体どうすれば・・・?

「先ほどの話だと、貴女は船の侵攻を存じているようですが、何処でソレを?」
「簡単な話よ。
協力を持ちかけられたグレアム提督が情報を横流したのよ。
ただし地上本部も戦艦による力押しなんてあまり本気じゃなかったようね。
本命はエース級魔道士による単独攻略だった。
だけどそれは阻止された。
あなたたちの力によって、ね」
「む・・・、そう言えばそんな話もちらりと聞いたような気もしなくもなく」

シグナムの疑問に答えたプレシアさんが次にパチン、と指を鳴らすと、
空間上にメインプラン・サブプラン、という文字が出て、
メインプランの下に失敗、サブプランに移行という文字が生まれる。

「どちらにしても管理局の計画を両方とも潰せなければ、あなたたちの勝ちとは言えないでしょう。
逆に言えば、サブプランでも上手くいかなければ
地上本部は縄張り外で何時までも作戦を続けるわけにもいかないから、
立て直しのために半年程度の猶予が出てくるでしょうね」
「半年・・・か。
その間にわたしが闇の書を完全に扱えるようになったら同じことの繰り返しにはならへん?」
「・・・そうね。
『危険な』闇の書の封印という大義名分が無くなれば、強硬手段には訴えられないでしょうね。
例え協力を持ちかけるにしても無理矢理はないわ」

はやては今現在の脅威に対しては自分が無力であるということぐらい知っている。
心情的には誰も巻き込みたくないと考えているだろうが、
皆がそれを言って納得するわけもないと彼女も分かっているようである。
余計なことは口に出すことはせず、はやては敵を退けた後の未来をどう生きるかを考えているようだった。

・・・では、今ある危機について考えるのは俺の役目だ。

敵は戦艦が最低でも10。
武装局員は地上本部の奴らも含めて約200名。
その中で執務官クラスが艦長も含めて20前後。
場合によってはその中にS級が数人ってわけだ。
こちらの戦力はプレシアさんを数に入れさせてもらってもS級2、執務官クラス4、俺1・・・。
普通に考えると太刀打ちどころか、逃げることすら難しい状況だ。

「テスタロッサ、貴女に何か考えはないのか?
わざわざここまで来たのは説明のためというわけではあるまい」
「ようやく保釈してもらったのに、また犯罪者に逆戻りってわけね。
グレアム提督の人使いが荒いせいだから仕方がないけど・・・、とりあえずは、そうね。
リーゼ姉妹が無理矢理にでも増員は喰いとめると豪語していたから、予備戦力は考えないことにしましょう。
敵は地上本部の船が10。
地上本部の船はアルカンシェルのような大出力の砲は持っていないから、
破れかぶれに地上ごと焼き払うことは出来ないわ。
それから魔道士も良くも悪くも一般的な連中が9割以上でしょう。
レアスキル持ちはいないと言うのも乱暴だけど、
こんな急場凌ぎの作戦に使うほどミッドチルダ地上本部は平和な場所じゃない。
・・・そうね」

プレシアさんはそこまで自分の考えをまとめるようにして呟いてから、こめかみに指をあてて続けた。

「私とフェイトが艦船用の結界を張って地上まで敵が船ごとでは降りられないようにするわ。
はやてさんは魔力はかなり大きいから私とフェイトのバックアップ。
それから数人ずつであれば抜けられる穴をワザと開けておくから、
シグナムさんと残りの守護騎士でポイントを死守して敵の戦力を削る。
そして、戦線膠着後になのはさんの砲撃で船団の中心を叩く。
この少人数ではこれが限界かしら」

アレ?
・・・俺の名前が出てこなかったのですが。

「俺は?」

どうせだからというか何と言うか、はーいはい、と手を上げて尋ねてみる。
プレシアさんは何というか、説明書の通りに組み立てたのに
何故か余ってしまった電気部品を見るような瞳でこちらを見つめながら、悪びれることもなく答える。

「あなたは作戦には組み込みづらいのよ。
ミッド式とベルカ式であればまだ連携も出来るけど、そちらの術式は私でもまだ良く分からない。
捕らえた敵の魔道士を説得して味方にしてみろ、とかそのぐらいかしら。
得意でしょ?」
「ヲイヲイ」

顔のあるメインキャラクターって『説得』コマンドがあるシミュレーションRPGだって説得不可能だぜ?
そりゃ無茶だろ。
目の前の実例に問われると、やってやろうかという気にならなくもないけどさ!

「・・・なるほどな。
確かに今ある戦力では、それぐらいしか打つ手がないか」
「わたしも特に反対はないで」

未来ならばともかく、この時代のはやてでは戦略もなにもあったものではないから、
はやては多分何と無くで答えているのであろうが、
それでもシグナムからも反対意見がないということは、プレシアさんの作戦は現実味があるってことだろう。
確かに数の上で絶対的な差があっても、個別にしか投入できない状況を作ることが出来れば、
最強のアタッカーを欠いた敵に対して付け入る隙はあるだろう。

・・・だがしかし。

敵はそんなに甘い相手だろうか。
穴の空いたポイントから馬鹿正直に突っ込んでくるだけとも思えないし、
長期戦になってしまったらこちらはジリ貧になるしかない。
だが、考え方は間違っていない。
ようは、敵が地球にやってこれなければ俺たちの勝ちなのだ。
不戦勝だ。
不戦勝を狙うべきなんじゃないか?
そこまで考えて俺は思いついた。

「・・・っそうだ!」
「どうした?」

突然声をあげた俺にシグナムが疑問符を浮かべるが、
俺は何でもない、と言って心の中でセイに向けて作戦の可否を尋ねた。
答えは・・・可。
そうであれば、対策は決まった。

「後は管理局の正確な侵攻時刻を知る必要があるわね。
それまでに対策を済ませておかないと」

プレシアさんの言葉に俺も頷きを返す。
俺の方法であれば、侵攻時刻なんて始まる前であれば何時でも良いんだが、
万が一俺の方法が通じなかったときは、プレシアさんに頑張ってもらわないといけない。
確かにソレは重要なものだろう。

「そのことだが、管理局の魔道士が話があるそうだ」

後ろから聞こえた声に皆が振り返ると、そこにはザフィーラに支えられるようにして立つ、
ゼストの姿があった。
シグナムから昏倒するような強烈な一撃を受けたからか、
真っ青な顔色をして今にも再び意識を失いそうにも見えたが、
その瞳だけが、しっかりと俺たちを見据えていた。
誰かが、何か声を出すよりも早く、ゼストが口を開く。

「俺が意識を失い、定期信号が途絶えてから6時間後に侵攻が開始することになっている。
後・・・4時間ほどだ」

その発言を聞いたプレシアさんの顔が、かすかに強張った。
ギリギリ、準備が間に合うかどうかと言ったところなのだろうか。
同時に、はやてもプレシアさんの動揺の気配を感じたのだろう。
今まで喉の辺りに引っかかっていた小骨を吐き出すように、慌てた様子で口を開く。

「む、ムリやったら、わたしが管理局に行って・・・」
「はやて!」

彼女は、やはり自分が犠牲になれば皆が助けられると思っていたのだろう。
事実、ヴォルケンズのシグナムたちを除けば、なのはも、フェイトも、人間に転生したヴィータだって、
黙っていれば何事もなく平穏な日々を過ごせるはずなのだ。

・・・ただ、そこには『八神はやて』は何処にも存在しないだろう。

それを今は眠るヴィータが望むわけがない。
そして俺も、そんな結末を望んで散々物語を引っ掻き回してきたわけじゃあ、ないんだ。

「はやて、ダメだ。
俺はずっと地球にいるつもりなんだぜ?
家族が離れ離れになるなんて、そんな不誠実な話は俺は決して認めません!」

心の中では完全に本気で。
言葉では半分本気、半分冗談のような口調ではやての言葉を遮る。

「でも、兄ちゃん・・・」
「デモもストライキもありません!」

ピシャリ、と言い切る。
そしてそのままはやての言葉を無視するような形でプレシアさんへと頭を下げる。

「プレシアさん、すいませんが早速準備をお願いします。
絶対に、何とかしてみますから」
「・・・ええ。
分かったわ、私は結界を張る準備に入るから、皆さんは休憩しておいて。
4時間後から先は、何時から休憩できるかなんて分からないのだから」

俺の言葉にかすかに疑問を覚えた様子だったが、問い詰めている時間も惜しいのだろう。
俺が尚も何かを言いたそうにしていたはやてをプレシアさんに押し付けると同時に、
彼女たちの姿が掻き消える。
・・・恐らくテレポートでフェイトのところに向かったのだろう。
俺はふと気付いて、今にも倒れそうな顔色をしているゼストへと向けて尋ねた。

「そういえば、どうして教えてくれたんだ?」
「俺は・・・・・・いや、なんでもない。
負けたのだから、情報の提供ぐらいするさ」

そう言ったゼストの声にならない言葉は、確かに俺の耳に届いた。
つまり、彼は。

『嘘でも教師だから、教え子は助けたい』

そう言っていたのだ。
・・・全く、情が移ったのであれば最初から襲撃などしなければ良いだろうに。
俺は心の中で先ほどの戦闘で言っていた通り、
自分の心に正直に動いてくれた堅物に対して笑みを浮かべながら、
ゼストに背中を向けて歩き出したのだった。





「行くつもりか」
「・・・ああ」

玄関の扉を開けて外に出ると、ゼストと喋っている間に先回りされたのだろう。
そこにはシグナムが待っていた。

「お前の目は、覚悟を決めたモノの瞳だ。
今さら止めるつもりもない。
ただ、・・・主はやてを悲しませることは許さん」

シグナムは止めるつもりが本当にないのか、
立っていた位置からそのまますたすたと歩いてこちらの横を通り過ぎる。

「不思議だな。
起動したばかりの私たちが、こんなにもあの小さな主を慕っている。
あの少女を守ってやりたいと強く願っている。
・・・だから、お前の代わりぐらい、しばらくはしてやれるさ」
「そっか。
それは心強いな、頼んだよ」

そのまま彼女と眼を合わせることもなくすれ違って八神家の敷地の外へと歩いていく。
後ろから、ばたん、と扉が閉まる音が聞こえて、俺はかすかに首を振ってらしくない自分に苦笑する。
喉が緊張からか、からからに渇いていたせいで、笑うと同時にむせて軽く咳き込んでしまう。

「・・・ごほっ、ううっ」
『本当に、らしくありませんな』
「うっせー」

八神家に戻ってきてから、今まで黙っていたセイが呟く。
まだ後4時間もある。
コーヒーブレイクして、
お茶して、
インターネットして、
東方やって、
お昼寝して。
何でもいいが、とにかく高ぶった気持ちを落ち着けた方が良いのかもしれない。

ワンワンワンワンワンッ

そんな風に考えていた俺の耳に、先日にようやく購入した携帯電話の呼び出し音が鳴り響く。
・・・この愉快な発信音はアリサからか。
画面を見るまでもなく分かる相手に少し頬をほころばすと、
俺は通話ボタンを押して小さな電話機を耳に押し当てる。

「もしもし?」
「こ、こんにちはっ!」

・・・何故か慌ててる。
電話口でテンパってあうあうやっているアリサの姿が幻視出来たが、
まぁ指摘してやる必要もあるまいと、彼女が用件を切り出すのを待つ。

「ほ、本日はお日柄もよく、この良き日に・・・」
「やっぱ突っ込もう。
落ち着け」
「はうぁわっ!?」

結婚式のスピーチのようなことを言い出したアリサに突っ込みをいれると、
不可思議な悲鳴が返ってきた。
何かの暗号だろうか。

「ご、ごめんなさい。
何だか凄いイヤな予感がして。
もう先生に会えないんじゃないかって。
怖くて怖くて、どうしようもなくて、電話をしても出ないんじゃないかって思ったの」
「・・・出て悪かったな」
「う、ううんっ!
違うの、違う!
嬉しくて、嬉しくて何だか頭の中が真っ白になっちゃって」

ぶつぶつとこちらに聞き取れない声でさらに何事かを言っているが、
小声で早口な上に英語混じりなせいで全くと言っていいほど意味が分からない。
・・・さて、どうしよう。

「あーもうっ!!
こんなことが言いたいんじゃないのっ!!」

どうしようかこの状況と考えていた俺の耳に、突如叫び声が木霊する。
鼓膜を潰すつもりなのだろうか、と俺が真剣に悩み始めると同時に、
アリサは真剣な口調で懇願するかのように呟いた。

「何か大変なことが起こっているんでしょう?
あたし、自分が蚊帳の外にいるって分かってる。
だけど、だけど先生。
また会えるよね?
だって、あたし、先生に御礼を言い切れてない。
あの件だけじゃなくて、その後も色々、本当にたくさんお世話になって。
毎日毎日言ったって言い切れないぐらいなのに、それだって全然足りてない・・・っ」

彼女はどうしてそんなことを知ったのかは分からない。
虫の知らせのようなものなのか、それとも別の何かなのか。
ともかく、アリサは言いたいことを言い終えると、
こちらの返答を聞くのを恐れるかのように慌てて電話をきった。

「頑張れっ、先生っ!!」

最後に素敵なエールを残して。

「・・・さて。
じゃあ頑張りますか!」

ただ彼女の声を聞いた俺が、一層頑張れる気になれたのだから、
それはただ単に神様の気まぐれな贈り物なのだと思うことにする。
そして俺は、皆よりも一足早く戦いの場へと向かうのであった。

(続く)