本文へジャンプ
main Log information Side Story Gift link

魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第35話』


俺の新しい奥の手はジュエルシードの力を借りることも出来たため、
かなりの強度で発動することに成功した。
実際に、管理局の中でも上から数えた方が圧倒的に早い実力の持ち主である
目の前の騎士の魔力と武器、体力に五感まで貶めることが出来たはずだ。
これはもう、普通に考えれば後は

ずっと俺のターン!!

と叫びながらデンプシーロールでぐるぐると8の字に回転して、
左右の腕を叩きつけるように続けざまに打ち込み

まっくのうちっ!
まっくのうちっ!

と心の中で喝采を浴びながら両足をしっかりと踏み込むや、
相手の懐から0距離の位置においた拳に雷の魔力を纏わせると

雷華崩拳!!

とありもしない必殺技を叫びながら叩き込んで倒れこむ男に対して、
超人的なフットワークで分身しながら相手を幻惑させ、死門を開く。

陸奥圓明流奥義、朱雀!!

敵の背後から飛び掛り両足で無防備な首を凄まじい勢いで挟むと、
そのまま体をぐるりと勢いよく捻って首の骨を砕きながら地面に押し倒し、
さらに倒れながら相手の頭部に自分の身体の最も固い部分である肘を当て、
落下の勢いのまま肘と地面とで挟み込むように顔面を潰す。
そして、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる俺。

そんな一方通行な展開が待っている。
そう思っていた時期が俺にもありました。

ところがどっこい。
世界はそんなに甘くない。
ごく当たり前のことを俺は痛感することになった。




俺から一撃を受けたことで自身の状況を把握できたのか、
ゼストは一言も言葉を発することもなく、ただだらりと腕を垂らす。
俺が気にすることもなくそのまま突っ込んでいくと、
奴は俺が殴る体勢を作るよりも早く、こちらの動きに先行するようにして動き出す。
それも、こちらが意図した動きを正確に把握したとしか思えない流れるような攻撃だ。
今の状況ではさほど力が込められるとも思えないが、
奴はその巨体からは考えられないほど静かな、
それでいて、びゅう、という風の音が俺の耳に届くぐらいの動きで全身をしならせる。

「あぶねぇ!?」

慌てて無様に地面の上を転げるように倒れこみながら、ムチのようなパンチから身をかわす。
ゼストは追撃をかけようにもかなりの負荷のかかる身体ではままならないのか、
ぐらり、と一度大きく足をふら付かせたがなんとかその場に留まって呼吸を整える。
くそ、俺の素人動きじゃ奴には攻撃パターンが読まれちまうのか?
だからと言って、しり込みして良い場面じゃない!!

「まだまだっ!」

ばっ、と勢いよく地面から跳ねるように立ち上がった俺は、
ボクシングのジャブのような牽制の左を数発打ち込んで奴の動きに制限をかけながら、
右フックを奴のどてっ腹めがけて放つ。
どんっ、と筋肉の塊を叩いた音が響くが、
気にせずにそのまま2,3発のコンビネーションを立て続けにぶつける。
同時に、ぞくり、と背中に悪寒が走った。
慌てて後ろに下がろうとするも、リーチの差か、
ゼストの振りかぶるようにして放たれた鋭いムチの一撃が
何とか間に合ってガードの体勢を作る俺の腕の上から突き刺さる。

「・・・っいたぁ!?」
「ぐ、この程度殴られただけでなんという体たらくか」

じんじんと痛む腕に思わず叫ぶ俺の声に被さるように、呟いたゼストがよろりと膝を着く。
額に脂汗を滲ませた彼を見る限り、
俺の素人に毛の生えた程度のパンチでも十分に効いていることは明らかだ。
逆にこちらは平手打ちされたような熱さをじんじん、と感じるものの、それだけに過ぎない。
今みたいに相打ち上等で突っ込む分にはこちらの方が圧倒的に有利なのは確実だ。

「くそ、変な拳法みたいなの使いやがって」
「魔道士だからといって魔法のみで全てが片付くなどと、俺は慢心するつもりはない」

俺の呟きに答えたゼストが今度は下半身を落とし、
腰から上を半身にしたスタンダートな空手に近いような構えをとる。
結界の影響で力も速度も体力も俺の方が上だ。
だが、それでも埋められない差っていうのもある。
技術と経験、それからリーチの差だ。
俺は息をひとつ吐いてから、己と相手の武器の良し悪しをざっとまとめると声をあげる。

「上等だっ!
野良犬だって噛み付く牙があるところぐらいみせてやるぜっ!」
「・・・こい」

俺は勢い良くソイツに向けて身体全体で突っ込んでいく。
気にかけるべきはカウンターだ。
とは言っても、コチラの方が圧倒的に早く動ける分、
奴の両肩の支点の動きに注意しておけばなんとでもなるはずだっ!

「くらえっ!」

だが、奴は木偶のように俺の拳をただまともに顔面を受けて、
その巨体に見合わぬほどあっさりと地面に崩れ落ちる。
まったく動かなか・・・痛ぅ?

「卑怯だなどとは言うつもりはあるまいな」
「・・・へっ、あるわけねぇだろ」

ぐぐぐ・・・と、殴られた頬を抑えることもせずにソイツがありったけの力を込めて
ゆっくりと立ち上がるのを見つめてから、自分の足にチラリと視線を向ける。
靴先が見事なまでにひしゃげていた。
あの瞬間に、ゼストは俺の踏み込みにあわせて自分の靴底を落としてきたのだ。
くそ、足の甲を軸足で踏み抜くカウンターなんてふざけんなよ。

「そういや体重はそのままか・・・」
「ああ、そうらしい」

痛む足にムリを言ってずりずりと後ろに下がって間合いを大きくとりながら、
迂闊にも失念していた敵の残された武器を今さら思い出す。
そんな俺の呟くようにして漏れた声にゼストがあっさりと答えを返した。
だが、奴の声も俺に殴られたダメージが残っているのか、
何でもない風を装っていても声が上擦ってしまうのは隠し切れないようだ。

「オマエのことを卑怯だなどと言うつもりはない。
ただし、負けるつもりも毛頭ない」
「ああ、そうだろうよ。
だけどな、カッコつけでこんな無様な方法を選択しちまったんだ。
俺だって負けられねぇんだよ!!」

ゼストの淡々とした言葉に応えるようにして叫ぶ。
だが、俺の言葉に違和感を覚えたのか、ゼストが初めて不可解な気色を見せてから疑問符をあげた。

「・・・何故このような方法を選んだ。
お前の不可思議な魔法ならば、他の方法も選べたのではないか?
正直こちらが用意していた対策魔法はあまり効果が期待できないようだしな」
「・・・ま、確かにな。
アンタを倒すだけなら他にもやり方はあるんだろうよ。
そうしない理由なんて簡単だ。
俺はただ、はやてやヴィータを普通の少女のように過ごさしてやりたいだけさ。
彼女が、生まれ持った力を振るうことを選択するとしても、それは、今じゃない。
もっと相応しい時があるはずなんだ。
そのためにはお前を倒すにしたってやり方ってもんがあるんだよ」
「解せんな。
子供でも何であろうとも、力があるのならば闘うべきだ。
それが許されているだけでも幸運なことだろう」
「ただの俺のエゴだ。
例え将来的に彼女たちに恨まれることになろうとも、譲れない一線ってやつがあるんだよ。
それに俺は先生だからな。
生徒を守るのは当然だ」
「・・・そうか。
そうだったな」

ゼストは普段の学校の様子を思い出してしまったのか、
何かを追い払うかのようにかぶりを振ってから、こちらをじろりと睨みつけてきた。
だがその瞬間、何かを思いついたかのように改めて俺に向けて声を投げかける。

「そういえば、お前は俺たちの目的を知っているのか?」
「闇の書だろう?
正確には闇の書の封印が目的か」
「違う」

ソイツの言葉に俺はおもわずぎょっとした。
違う?
闇の書が目的じゃないってことか?
確かに、海のクロノやグレアムとは違って、
陸のゼスト、そして多分そのバックにいるはずのレジアスが
わざわざ海の縄張りを侵犯してまで闇の書を手に入れようとする理由は良く分からない。

・・・そもそもの問題として、ゼストが陸の所属だと決まったわけではないのだが。

確かに今目の前にいる敵に対して、俺は何も情報を得てはいなかったようだ。
親切に教えてくれるというのならば、気になる話ではあるわけだし、聞いておきたいとも思う。

「どうやら知らないようだな。
良いだろう、オマエが闘う理由を教えてやる。
その上で正義がどちらにあるか、その頭で判断するといい」
「聞くまでもねぇよ。
そんなもんは決まってる」
「俺の名は時空管理局、地上本部首都防衛隊に所属する空戦魔道士の騎士ゼスト・グランガイツだ。
この地での任務は2つ。
1つは、闇の書とその現マスターの確保。
そしてもう1つは、ヴォルケンリッターの確保だ」

奴の言い方に微かに違和感を覚える。
闇の書とマスター、そしてヴォルケンリッター、何故わざわざ任務を二つに分ける必要がある?
普通に考えれば、闇の書とともに行動するヴォルケンリッターを分ける理由がないはずだ。

「そもそもの始まりは、一人の女が管理局に出頭してきたことだ。
ソイツは、Fプロジェクトと呼ばれる土産を持って管理局に幾つかの次元犯罪の保釈を求めてきた」
「え、Fプロジェクトだと!?」
「・・・知っているようだな。
そうだ、お前も関わったその女が持っていた情報は管理局の内部に激震を与えた。
そして明らかになった罪深い計画が、
人道的に問題を有する機械と人を掛け合わせた『戦闘機人プロジェクト』や、
過去の優秀な魔道士を蘇らせる『人造魔道士プロジェクト』だった。
まだプラン策定段階に過ぎなかったその悪魔の計画は、
それでも世界を維持するためには必要なものだったのだ。
管理局は人材不足だ。
才能に頼る魔道士をメインの戦力としたシステムに対して、管理する世界が膨大すぎるのだ。
数少ない資質を持った人材は早々に使い潰され、
あるいは、成果をあげられるほど優秀な魔道士はさっさと上に昇り引退を決め込むことがほとんどだ」

ぎり、と力の入らないはずの拳を握りしめるゼストに対して、俺は頭を抱えたい気分だった。
つまりは何か、俺のせいなんだろうか、この状況って奴は。
フェイトママン、貴女一体どのくらいの爆弾を持っていたんですか?

「現場には魔力の弱いルーチンワークで働くベテランの魔道士と、
新人の才能溢れる血気盛んな魔道士が常に混在することになる。
歪な場所なのだ。
そんな、間違ったことを永遠と繰り返している。
だから必要なのだ。
過去の強力な魔道士を複製出来る人造魔道士が。
汎用性に優れた術式と身体能力を組み合わせた戦闘機人が。
例え、それが悪魔の所業だと罵られようとな」
「・・・ふん」

ゼストが言うと皮肉にしか聞こえないが、
コイツはまさか自分が人造魔道士としての適正があるなどという事は知らないだろう。
教えてやったら少々溜飲が下がるかもしれないな。
いや、そんなことは今は関係ない、か。

「そう信じている奴がいる。
俺は、ソイツの正義を信じている。
だから、俺は例え悪と罵られようと、自分の行いを断行する」
「だから、結局何が目的なんだよ!?」
「・・・守護騎士システムの解析だ」

焦れた俺の疑問に対するゼストの答えで、ようやく糸が繋がった。
なるほど、『汎用性のある戦力』という意味で、それほどうってつけのものは恐らく存在しない。

「出発は偶然の産物だった。
無限書庫からたまたま得られた闇の書に関連する文献と、それに関連した過去の事件報告書によると、
たった一人の魔道士が4名ものSランク程度の強力な守護騎士を維持出来たという。
闇の書に使われている古代ベルカの守護騎士システムを復活させることが出来れば、
管理局の人材不足も大いに改善することだろう。
場合によってはCやBランク程度の魔道士にだって
守護騎士をつけられるような術式が出来るかもしれない」
「なるほど、そりゃ夢のような技術だな」
「ああ、まさしくその通り。
だが、問題が1つあった。
単純に、この広大な次元世界で闇の書に選ばれたたった一人のマスターの捜索が必要なのだ。
そのため、守護騎士プロジェクトはスペアプランとして
日の目を見ることも無かったはずだったのだが・・・。
事情が変わった。
メインプランが潰れてしまった以上、スペアプランに頼らざるをえない。
そのためには闇の書のプログラムソースと、それを読み取るための現マスター。
そしてサンプルとして現存する騎士の協力が必要なのだ」

協力、なんて生易しい手段をとるつもりがないのは明白だった。
仮にゼストやその上が人道的な手段で動くつもりであったとしても、
多分実行犯はあの12人孕ませマッドドクターだろうからな。
皆仲良く明るい未来のために!なんて展開にならないのは明らかだろう。
・・・っていうかそもそも、だな。

「協力?
はっ、何言ってんだ。
人道的な協力が必要であれば、どうしてはやてに直接頼まなかったんだ?
きっとはやては快諾したはずだ。
それが出来なかったのは、・・・はやてをモルモットにして使い潰すつもりだからだ」
「否定はしない。
技術者は恐らく闇の書の暴走を防ぐために、
余計な、それゆえに人間として必要な部分は全て壊すつもりだろう。
サンプルとなったヴォルケンリッターは、コードの解析にあたり、あらゆる意味で陵辱されるはずだ」
「そうかい。
・・・それで、そんな話を聞いた俺が、
お前に『どうぞどうぞ』なんて大手を振って彼女たちを差し出すとでも思ったのか」

俺がイラついた声で吐き捨てるようにして言い放った言葉にも、
ゼストはまるで動じた気配も見せずに淡々とした調子で口を開く。

「それでも貴様は回りくどい手段を使うのか、と問おう」

ああ、なんだ。
つまりコイツも、自分の非道を否定してほしいのか。
何という、不器用な男だ。

「ああ、使うさ。
そして言おう。
俺が勝ったらお前の心のままに動いてみろ、と。
誰かさんの正義を理由に使わずにな」
「・・・承知した」

さて、長ったらしい前振りはここまでだ。
今から、決着をつけてやる。





『・・・で、普通負けますかなぁ』
「う、うるせぇ」

俺はアスファルトの上にばったりと倒れ伏し、もう立ち上がることさえ出来そうになかった。
五体満足なのに動けないなんて根性なしだなぁ、俺。
ギリギリまで闘ったヴィータには申し訳なく思わなくもないが、動けないものは動けない。

「奇跡起こらずか・・・」
『単純に主の修行不足ですよ』
「ぐう」
『ぐうの音を出さないで頂きたい』

呆れたセイの口調にわざわざ身体に鞭打って答えているのは、
そうしないと意識が飛んでしまいそうだからだ。
意識を失ってしまっては結界は解けてしまうわけだし、
そうなればもう逆転の手段は皆無となってしまうだろう。
ゼストも極限環境に近い条件では立っているだけでも辛いだろうに、
その上俺のパンチやキックを数十発もくらったのだ。
今は片膝をついて、
ゼイゼイと乱れた呼吸を整えようと必死に身体にかかる重圧を受け流すことに集中しているようだ。

「・・・本当に・・・大切な、者を守るということは、難しい、な」
「ああ、全くだ」

ゼストの途切れ途切れの言葉に、嘆くように答えてやる。
苦笑を浮かべようと顔の筋肉を動かそうとすると、ひきつるような痛みが走る。
こちらへと向かってくる男の這うような足音が、ゆっくりと俺の耳に届いた。
たった2メートルもない距離は、きっとゼストにとって、
三途の川の川幅のようにどこまでも途方もない距離のはずだ。
・・・その間に何とか動けるようにならんと。

「無駄だ・・・覚悟は、いいか?」
「よくねぇ。
っていうかここは俺が颯爽と勝ってこその流れじゃねぇのか?」
『はっはっは、主よ、そこまで世界は都合良くは出来ておりませぬよ』
「そうかい」

一歩ずつ、足をひきずるように移動するゼストが、
俺が思っていたよりもはるかに早く俺の真横までたどり着く。
それでも俺は、軽口を言うのが精々で、ただ、
この期に及んで何処までも気楽なセイの口調がほんの少しばかり不思議だった。

『ええ、ですから後は大人しく彼女に譲るとよろしいでしょう』

パリーーーーーーンっ

セイがこちらの了解を得ることもしないまま、
無許可で解除した結界が軽いガラスのような音を立てて砕ける。
その甲高い音が耳の中から完全に聞こえなくなるよりも圧倒的に速く、

「はああああああっ!!!」

情けの欠片も見当たらないような世界を引き裂くような裂帛の気合と共に、烈火の騎士が駆け抜ける。
騎士から漏れ出る、魔力で編まれた幻想の炎がちりちり、
と本物の熱量をもって頬を焦がし俺の気力を蘇らせていく。

ま。
ままま。
まままま。
まさかっ!?

震える腕を酷使して、ぐっ、と何とか全身をふんばって顔を上げた俺の目の前に、
ファンタジーに出てくる騎士のような甲冑を纏った騎士が立っていた。
機能性があるんだかないんだかよく分からないデザインの、
四肢と腰のパーツだけ金属製の鎧で覆われたバリアジャケットを纏い、
ポニーテールに結んだ長い髪を靡かせた、切れ長の瞳をした女性が俺とゼストの間に立ち塞がる。
彼女は両手でしっかりと握り締めた長大な両手剣を目の前のもう一人の騎士に向けて一閃した。
まるで演舞を見ているような華麗で、それでいて敵を屠るための威圧が込められたその一撃は、
瞬きよりも圧倒的に速く誰の反応すら許さぬ速度で振り下ろされた。

がきぃっ!!!

たった一人。
騎士ゼスト・グランガイツを除いて。
おとぎ話のような煌びやかな騎士の一撃は、
結界が壊れたことで再びアームドモードとなった古臭い騎士の持つ槍によって受け止められていた。

「我が名は烈火の将シグナム。
主の命により、貴様を無力化する」
「・・・参る」

ゼストは呟くと同時に防いだ体勢のまま槍を思い切り突き出すが、
シグナムは無造作にその一撃を弾き、お返しとばかりに叩きつけるように剣を横薙ぎに振るう。
そして、三度戦いの火蓋が切られることになった。





この勝負はあっさりと決着がついた。
ヴィータ、俺、そしてポニーテールを靡かせた長身の女騎士、
つまりシグナムとの三連戦など如何に管理局のエース級魔道士といえど元から出来るわけもなく、
ゼストはみぞおちにレヴァンティンの柄頭をぶち込まれた後、
返す刀で振るわれた首筋への強烈な手刀の一撃を受け、意識を刈り取られることになった。

「つ、つえぇ・・・」
「いえ、彼は既に満身創痍でした。
吹けば飛ぶような身体の者を倒した程度で、何も自慢にはなりません」

うーむ、かっちょええなこのおっぱい侍。
デバイスを待機モードに戻しながら油断なく周囲に視線を走らせるシグナムを
尊敬の眼差しで見つめてから、よろよろとなんとか立ち上がる。

「まだ休んでいて構いません。
貴方も手ひどくやられているはずです」
「俺よりも先に手当てしてやりたい奴がいるんだって・・・」

俺はふらつく足で、
戦闘に巻き込まれないように道の端に横たわっていたヴィータの前まで近づいていく。

「・・・ふぅ、間に合いそうだな。
すぐに治してやるから、もうちょっとの辛抱だ」
『はやて殿と闇の書を待つ必要がありますな』

ぜいぜい、と意識を失いながらも苦しそうに息を吐く彼女の様子を見る限り、
かなりの重傷のようだった。
ゼストとの戦いの最中で治療系の魔法を既にかけていたのか、出血は不自然なまでにしていない。
だが、それでも切断された片腕や骨を砕かれた足は見ていて痛々しい、
なんていうレベルを既にあっさりと上回ってしまっている。
シグナムもズタボロという表現が相応しい仲間の姿を目にすると、
ぎり、と歯を喰いしばってから、冷静さを努めて見せながら何かを堪えるように呟いた。

「・・・確かにひどい。
主はやてもこちらに向かっているが、私が迎えにいった方が早いでしょう。
ヴィータのことを診ていてやって下さい」
「ああ、頼む」

シグナムは俺の依頼の言葉が出るよりも早く、その場からあっと言う間に走り去る。
俺はヴィータの無事な方の手をぎゅっと握り締めて、
少しでも彼女が楽になるような魔法がないかどうか、セイのデータバンクの中を検索する。

『主、プログラムである守護騎士には基本的に私のライブラリにある回復魔法は効きませぬ。
効果があるのは『人体練成』の魔法ぐらいですが、・・・ってアレ?』
「どうしたセイ?
何か問題があるのか?」
『い、いや、それがですね。
まぁ、その。
いえ、ま、まぁ。
あまり大したことじゃあないと思わなくもないのですが、コレと言って。
とは言え、大事なことであるとも否定出来ないわけでして・・・』
「一体何だよ」
『怒りませんか?』
「多分怒る」

珍しくも口ごもるセイだったが、何時までもゴネていられる場面でもないかと、諦めたのだろう。
だが、それでもひどく軽い口調でとんでもない事を言ってのけた。

『闇の書は再生力が凄くてですね。
実はデバッグ中に一つ仕掛けを施しまして。
簡単に言うと、再構成を実行すると、ゴミのようなプログラムの欠片を参考に、
元々あったオリジナルの形にバグった部分を治すような仕掛けです』
「・・・つまりは何だ」
『つまりは闇の書でヴォルケンリッターを再構成すると古代ベルカ当時のプログラムに
書き換えられてしまうということです、てへっ』
「てへっ、じゃねええええええええええ!!」

思わず叫ぶ。
一言で言うと、はやてを主として過ごしたヴィータはいなくなるってことじゃねーか。
この馬鹿デバイス、なんて余計なことを・・・。

「・・・やだ」

かすかな声がすぐ傍から聞こえた。
どうやら俺の心からの突っ込みでヴィータが意識を戻してしまったようだ。
彼女は握ったままの俺の手に小刻みな震えを伝えながらも、何かに脅えるような声でぶつぶつと呟く。

「し、心配すんな!
はやてが来たらすぐに治る!
だから、そんなに・・・っ」

握る手の平に伝わる震えがガタガタと、まるで発作を起こしたように強くなる。
何を、そんなに脅えているんだ?

「・・・忘れ、たく、・・・ない」
「っ!?
聞いて・・・たのか?」

俺はぐっ、と息を呑んだ。
あまり聞かれたくはなかった。
ただでさえ痛い思いをしている彼女に、余計な心労なんてかけたくはない。

「そ、そうだ!
クラールヴィントなら・・・」
『ムリですな。
治療系としてはなかなかの術式を持っておりますが、死にゆく者を救うことは出来ません』

冷静に呟くセイは正しいのだが、その正しさが憎らしい。
くそ、他に何か手が・・・あるのかっ!?
ないのかっ!?
確かにセイの言う通り、ヴィータに残された時間はあまりにも短く普通の手段では死亡決定だ。
それでも・・・っ!

『・・・選択の機会を差し上げます。
これは元々私のミス。
なれば、出来うるフォローは私の責任です』
「お、おい?」
『1つは闇の書で再構成を受ける。
その前にコチラで記憶を保管しておきますゆえ、記憶は知ることは出来ます。
ただし、知らない日記を見ているような感覚はあるでしょう』

手の中で震える右手が、びくびくと脅えるように引きつった。
俺の身勝手な感想かもしれないが、まるで、それだけはゴメンだと言うような気配さえ伝わってくる。

『もう1つの方法は、私と主で人間にして差し上げます。
ヴォルケンリッターのリンカーコアは闇の書に生贄として喰わせることが出来るほど、
ほとんど人間の魂といっても差し支えのないレベルですゆえ、
人間として現在の身体と記憶を持ったまま転生させてあげることが出来ます。
その際に一緒に怪我を治すことぐらいは容易いことですから。
しかし、無茶をすることには違いありませんので、リンカーコアは磨り減ってしまいます』

一度、セイがする必要もないのに一呼吸置いた。
リンカーコアが磨り減るということは、つまり。

『恐らく、ただの人間になってしまって、もう二度と魔法は使えないでしょう』

かすかに、それでも今のヴィータに出来る精一杯の力で、ぎゅっと、俺の手が握られた。
ムリもない。
彼女にとって、騎士として生きることが誇りであり役割なのだ。
魔法が使えなくなるってことは、両腕をもがれるにも等しい。
しばらくの間、しん、と静まりかえっていたが、ヴィータの口が小さく開く。
かすかな吐息に混じるようにして漏れる彼女の言葉を逃がさぬように、彼女の口元へと耳を近づける。

「・・・、・・・、・・・」

それでいいのか、とは尋ねなかった。
ただ俺は1つ頷きを返すと、やるべきことは定まったとばかりに
ヴィータにしっかりとした口調で伝えてやる。

「分かった。
後のことは、俺が責任をもってやる」

彼女がかすかにこくん、と首を動かす。
それで安心したかのように、くたり、と俺が握る掌から掛かる力が失われる。
見ると、ヴィータは再び意識を失ったようだった。
はやてや、八神家を狙う敵のことは、ヴィータの分まで俺が頑張ってやるから。
そう心に誓う。

『大胆発言ですな、主・・・』

呆れたようなセイの言葉を深く考えることもせず、
俺はヴィータの願いを叶えるために本日最大のプレッシャーの中で魔力を練り始めるのだった。

(続く)