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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第31話』


「結果は出たのか?」
「ああ、予想通りといったところか。
特に問題は見当たらなかった」
「そうか」
「大気成分は地表2000メートルの高さまでほぼこちらの世界と同一。
土中成分も金属系、有機化合物系、細菌系、全て問題はなかった。
やはりハラオウン執務官の件は何者かの攻撃だったのだろう。
攻撃方法は不明だが、例の魔道士が再び現れた際の対策は万全か?」
「ああ、気にする必要はない。
開発の連中にはムリを言ったが、エアフィルターの魔法を作らせた。
シュミレーションでは現存する99%以上の細菌をブロッキングする効果があるそうだ」
「・・・彼らにはこちらから報奨をまわそう。
オマエのことだ。
ムリを言ったなどと可愛げのあるスケジュールでは無かったのだろう?」
「スマンな。
手間をかけさせる」

とあるアパートメントの一室で、
一人の人影がテレビのような光度を持った宙に浮かぶ映像へと声をかけていた。
まるで、そんな人影の男の低い響きの言葉に呼応するかのように、
映像の男もまた渋い声色を発する口を開く。
この映像はどうやら電話、それもテレビ電話の類なのだろう。
何の媒体も見当たらず、それでも煌々と映されるヒゲ面の中年にさしかかった男の映像は、
スムーズにストレスを感じさせることもなく部屋にいる男との会話を続ける。
まるで、隣に立っているかのような気楽さで会話をする二人であったが、
その内容は些か物騒であった。

「本題に入るぞ。
ターゲットの絞込みが終了した」
「・・・早いな。
こちらでの探索魔法では現地の魔道士の発見は未だ出来ていない。
どうやらこちらの介入に気付いたようで、魔法の使用を控えているようだ」
「敵も馬鹿ではない。
だが、こちらの方が一歩上だったと言うだけだ。
報告では、数は2名。
優先順位に従って対応してくれ」
「対象は最大で5名では無かったのか?」
「2名で間違いない。
過去事例との差異がある意図は掴めんが、
事情を知っていると思われる顧問官から情報を引き出すことは出来なかった」

淡々と喋る男たちは、まるで規定事項を読みあっているかのように、阿吽の呼吸で報告を行う。
ただ、所々互いを思いやっているような雰囲気が見られるのが、
唯一の人間くささと言ってもいいのだろうか。

「気にするな。
現状の数字が間違いないのであればかまわない。
こちらの人員なのだが」
「ああ、オマエの隊から2名をまわすように手回しを済ませた。
あまりランクの高い魔道士はごちゃごちゃと五月蝿い奴らがいて、スマンが派遣出来そうにない」
「いや、正解だ。
こういう汚れ仕事にクイントやメガーヌを使うのも忍びないからな」
「資料は隊員と合流するときに受け取ってくれ。
合流時刻は2日後の1400。
場所は事前に通知した海上のC地点だ」
「了解」

一通りの事務連絡を終えたからか、映像の向こう側の男がふう、と肩の力を抜いた。
ぎし、と映像越しに音が聞こえそうなほど、
安普請の椅子に深く腰をかけるのを部屋の中にいる男は立ったまま見つめていた。

「・・・座らんのか?」
「上司への報告だ。
立ったままの方が良いだろう」
「気にしなくていい、そんなことは」

厳しいヒゲ面が呆れたような顔つきをすると、向かい合う男は軽く口元を緩める。
そのまま、幾分か柔らかい口調で話を続けた。

「オーリスは元気か?」
「・・・おお?
元気すぎるぐらいだな。
今からアレでは・・・将来が心配だ」
「何、女の子は成長が早い。
手を焼かされるのは今のうちだけだろう。
その内、手が掛からなくて困る、と言い出さないかな」
「それは是非とも困ってみたいものだ・・・さて」

何かの時間が差し迫っているのか、ちらりと腕時計を確認してから居住まいを正た男は、
淡々とした口調で続けた。

「不測の事態が起きた際は優先順位に従って行動してくれ。
片方が確保できれば、後はそちらの安全を最優先してもらっていい」
「分かった。
出来るだけオマエの期待には応えるさ」
「人造魔道師や戦闘機人といった裏の計画がテスタロッサ女史の告発により表ざたになった以上、
最早計画の遂行は不可能になった。
だが、上層部の思惑はともかく、俺はどんなに非道だと罵られようとも
10年後のミッド地上の平和のためならば、ありとあらゆる手を考えたい。
付き合せてすまんな」
「ああ、全てを聞いた以上俺はオマエを信じる。
これが後の正義のためだと言うのならば、俺も同じように手を汚すさ」

部屋の中にいる男は、数ヶ月ほど前のことを思い出していた。
その頃の管理局では、
いくつかの情報を基に司法取引を持ちかけていたある次元犯罪者の話で持ちきりだった。
人造魔道師計画と呼ばれるソレは、瞬く間に管理局の重要ポストにある幾人かの首を飛ばし、
そして、もう一つの裏の計画であった、戦闘機人と呼ばれる機械と人の融合を目的とする研究さえ
表ざたになったことでその流れは一層加速した。
その中で男の親友にして上司である画面の男は、
自らもソレに関わっていたと告白する一方で上手く立ち回り、
気付けば懲戒どころか出世していたというから驚きだ。

そして、男が自らの考えで始めた新しい計画が今まさに始まろうとしていた。

その計画は、恐らく男が使える手駒の中では彼でしか成し遂げることが出来ない。
男の手持ちの中で、いや、時空管理局地上本部全体の中でさえ、
地上で魔道士ランクSを超える唯一の逸材である彼しか計画を託すことが出来るものは居なかった。

「・・・俺はオマエが羨ましいよ。
自分の力で、足と腕と槍で道を開くことが出来るオマエが」
「そうか、安心しろ。
俺もオマエを羨んでいる。
オマエの持つ頭の回転の速さと柔軟性が俺にもあれば、
多くの任務をもっとスムーズにこなせたはずだ」
「くっくっく、慰めのつもりか?
だがそうだな、無いものねだりをしても始まらん。
では、朗報を待っているぞ」

そう声が聞こえると同時に、ぶつり、と映像が途切れる。
光源を失った部屋で、男は、ゆっくりとした動きで部屋の隅に立てかけてあった己の槍を握り締めた。

「・・・正義ではなくとも、平和はつくらねばならない。
たとえ、幾人かの犠牲を伴うものだとしても、か」

呟く声が、内装もろくにない鉄筋の部屋の一室に響いたのを最後に、
その空間には完全な沈黙だけが残されることになった。





「ジングルベール♪
ジングルベール♪
鈴がなる〜♪」

はやてがここ一週間ほどに限り日本で一番歌われるだろう歌を口ずさみながら、
庭に置いた彼女の身長ほどもあるもみの木に、金色のレールをくるくると巻きつけていく。
俺は一抱えほどもあるダンボールを持ちながら、そんな彼女の様子を眺めていた。

「今日は〜、ん?
んーん?
んんん〜〜んん〜♪」

途中で歌詞が分からなくなったようで、意味の通らない鼻歌に切り替わる。
だが、彼女の楽しげな雰囲気は損なわれた様子すら見えない。
何しろ今日は・・・

「クリスマスーっ!!」
「正確にはまだ23日だけどな」
「ええやんええやん、イブイブや!
なのはちゃんが翠屋で手伝いがあるって言うのに、わたしたちだけ騒ぐのも何や悪い気がするし、
こうして皆で一緒にパーティ出来た方がええに決まっとる!」

はやての言葉通り、今日は八神家で一足早いクリスマスパーティーを企画していた。
参加メンバーはウチの3人娘に
なのは、アリサ、すずかちゃんの3人という何時もと同じ代わり映えの無いメンバーである。

「・・・まぁ学校も無事に終わったしな。
一学期は前任の先生にも手伝ってもらったのに大変だった通知表が、
一人でやるとなると輪にかけて苦労したしな」

例の保健医が何を考えているのかは知らないが、
さすがにわざわざ学校に侵入してきたくせに冬休みになってから狙ってきたりはしないだろう、
ということは今年はもう安心かな、そんな風に考えながら、
近づくはやてに今度は様々な色をした陽光にピカピカと反射する玉の飾りを手渡しする。

「ありがとう」

はやては手にいくつかの名称不明な飾り物を持ってもみの木に向き直ってから、
こちらに背中を向けたまま声を上げた。

「――やな」
「・・・え?」
「まるで兄ちゃんはサンタさんみたいやな。
わたしが欲しかったもの、去年の今頃は願っても願ってもどうしようもなかったはずのものが、
今、全部ある。
家族がいて、友達がいて、自分の足で立って、学校にいって」
「全部はやてが頑張った結果だよ。
リハビリだって苦労しただろ?」
「あはは、そりゃ大変やったけどそんなん大したことないよ。
だって・・・」

声を掛け合いながらも、小さな飾りがもみの木のそこかしこに綺麗に飾りつけられていく。
・・・そうそう、確かあの飾り物はクーゲルとか言う名前だった。
俺がぼんやりとそんなことを思い出しているのを知ってか知らずか、はやてが言葉を繋げる。

「家族がいたからな」
「そうか」
「なんや、淡白やな。
なぁ、兄ちゃん、兄ちゃんは・・・わたしの本の件が上手くいったら帰ってしまうん?」
「そうだなぁ。
もう半年以上も帰ってないからなぁ・・・でも、ま。
はやてと喋っているうちに、俺も家族と会いたくなったかな」
「・・・そっか。
その方がええ」

ぷう、と頬を膨らませたかと思ったら、今度は少しだけ悲しげな口調で言ったはやてが、
ピカピカと電気を繋ぐと発光する電飾に手を伸ばす。
それから、互いに言葉をあまり発することもなく、黙々と飾りつけの作業をしていたはやてだったが、
やがて、ほとんどの準備が終わり、
もみの木が見違えるほどクリスマスツリーらしい装丁になった頃、ようやくポツリと呟いた。

「サンタさんにお願いしようか」
「・・・何を?」
「わたしと兄ちゃんは・・・
離れ離れになっても再び出会って、かならず家族になること」
「クリスマスってそういう日か?」
「・・・ちょっと違う」
「でも、うん、そうだな。
約束するよ」
「じゃあ、よろしく頼むな、サンタさん」

一度こちらを振り返ってにっこりと笑ったはやてが、
再びツリーに向き直って木のてっぺんに輝く星をかけながら、何とも無茶な願いをサンタに伝えた。
飾りつけが完了したため、ちょっと離れた位置でツリーの様子を観察して
おかしなところがないかを眺めているはやての横顔を見ながら、ふと思った言葉がぽろりともれた。

「・・・っていうか、プロポーズされた?」
「ぶっ!?
ちゃ、ちゃうっ!
そうやない、そうやないっ!?」

何の気なしに呟いた言葉であったが、確かに何ともどうしようもない台詞だった。
わたわたと両手を振り回して、
真っ赤な顔で叫び続けるはやてを微笑ましく思いながら見つめていると、突然チャイムの音が響いた。

「・・・何か頼んだっけ?」
「へぅっ!?
そ、そんなことよりもさっきのはなっ!?」
「いや、出ないわけにもいかないだろ。
こっちは準備終わったし、先に部屋の中に戻っていてくれ」
「あーっ!
もう、聞いときっ!?」

はやての言葉を軽く聞き流しながら、ベランダから室内に戻ってそのまま玄関へと歩いていく。
フェイトやヴィータには、俺が家にいるときで誰が来ているか分かっていないときは
応対しないように言いつけてあるから、俺が出るしかないのである。

「なーなーなー」
「あーはいはい。
後で相手するから、今は来客だって」
「じゃあおんぶ〜」
「こらこら、甘えるな」

歩きながら器用に背中によじ登ろうとするはやてを振りほどこうともがきながら、
玄関の前までたどり着く。
ここで、再びチャイムが鳴った。
あまり人を待たせるのは好きじゃない、俺はしがみつくはやてを結局そのままに、
覗き穴から相手を確認することもなくドアをがちゃりと開けて・・・

「はい、どなたです・・・か・・・」
「こんにちは」

俺の台詞が途中で固まる。
ドアの向こう側には、思いもよらぬ人物が立っていた。
訪問者も、とりあえず元気に返事をしてみたものの、
可愛らしい少女をべったりと貼り付けた俺を突然目の当たりにしたせいか、
目を点にして二の句が告げないようだ。

「・・・だれ?」

はやてが彼を指差して、首を傾げて呟いた。
そう、彼だ。
彼の名は・・・

「ユーノっ!?」
「あ、はい。
お久しぶりです。
えっと、それからそちらの方は初めましてですね。
僕の名前はユーノ・スクライアと言って、なのはやフェイトの友達です」
「これはご丁寧に。
わたしは八神はやて言います。
フェイトやなのはちゃんの友達やらしてもらってます」

俺の言葉というか、驚きの叫びに反応した初対面の2人が我を取り戻したのか、
互いに自己紹介をしあってから深々と頭を下げる。
・・・お見合いか。
とりあえずユーノがどうしてわざわざこんなところまで来たのかは、中に入ってもらってから・・・

「ユーノ君っ!?」
「ユーノ!?」

と俺が提案するよりも早く、2つの人影が玄関に走りこんできた。
言うまでも無い、嬉しそうな顔をしたなのはとテンパった表情をしたフェイトだ。

「ユーノ君、久しぶり、げん・・・」
「なのは、あいたか・・・」
「ユーノ、母さんはっ!!!」

久方ぶりにユーノと出会ったなのはが、
魔法の世界に触れる切欠を作った彼との再会の言葉を呟こうとしたのをモロにぶった切って、
フェイトがユーノの肩をがっしりと掴んでがくがくと揺さぶりながら攻め立てるように詰問した。

「ちょ、フェイ、おちつ・・・?
ああ、プレシアさんは・・・っ、裁判は終わって!?」
「それで母さんはっ!
アルフはっ!!」
「司法取引があって・・・妨害もあったみたいだけど・・・無事に済んで・・・っ?
F計画とか、戦闘機人がどうとか僕にはよく分からないけどっ!?」

がくがくと頭をゆすられているせいか、ユーノがぽろぽろとやばそうな単語を口走る。
・・・何だか大事になってそうだなぁ。
とりあえず、この場の動きについていくことが出来ずにきょとん、
とした顔つきをしているはやてを下ろしてから、フェイトとユーノを引き剥がす。

「・・・はぁはぁ。
プレシアさんとアルフはまだ管理局の保護下だけど、
もう近日中には保護兼監視対象から外されるって。
フェイトに会いに行けるって、アルフ喜んでたよ」
「そっか、良かった」

ほっと胸をなで下ろして、へたり、とその場に座り込むフェイトの頭を、
なのはがぽんぽんとあやすように撫でる。

「にゃははは、良かったね、フェイトちゃん。
プレシアさんが地球に来たらわたしにも紹介してね?」
「・・・あ、と。
なのは、久しぶり。
元気そうで良かった」
「うん、ユーノ君、フェイトちゃんのお母さんのこと、ありがとうね」

そして、今度こそ再会の挨拶を交わす2人の横で、はやてがぽつりと呟く。

「・・・で、結局どういうこと?」

俺は夢中になって2人で会話をする魔法少女とそのパートナーを横目に、
苦笑を浮かべながら2人のことをはやてにも教えるのだった。





ユーノが飛び入りで参加することになり、怒涛の勢いでクリスマスイブイブパーティが始まった。
ケーキ有り、
チキン有り、
サラダ有り、
シチュー有り、
揚げ物有り、
サンドイッチ有り、
その他オードブル風の料理有り、
お菓子有り、
ジュース有り、
八神家でこれほどの料理が並んだのは初めてだろう、そう思えるほどの料理が山とつまれていた。
ユーノを弄る、なのはとアリサ、それからすずかちゃん、
フェイトから母親のことを聞いているはやて、
そんな彼女たちを尻目に、俺は一人抜け出して庭で1人ツリーを眺めていた。

「・・・良かったな、フェイト」

呟きが冬空に白い吐息とともに上る。
これで、俺の約束の一つは、そろそろ終わりを告げるだろう。
次は・・・

「何らしくねー真面目な顔してんだ?」

片手にチキンを持った赤毛の少女がこちらに声をかけながら近づいてくる。
ヴィータは俺の真後ろまでさくさくと軽い足音を立てながら近づくと、
背中をこちらに預けるようにして寄りかかった。

「・・・安定が悪いぜ」
「ヴィータは小さすぎるからな」
「うるせー。
アニキがでかすぎるんだ」
「・・・まぁ、どっちでもいいけど」

背中からもぐもぐという咀嚼音が聞こえる。
彼女が食べ終わってからも、
しばらくそんな風にぼんやりと背中合わせに近い格好で立っていると、ヴィータが声をかけてきた。

「あたしは守護騎士だ」
「・・・なんだ、突然?」
「主を守る、主の敵を粉砕する紅の鉄騎だ」
「それがどうした?」
「今はもう、それだけじゃなくなった。
・・・はやてとフェイトと、それからアニキの家族だ」

ヴィータがくるりと振り返った気配がして、軽くかかっていた小さな重みが消える。
俺も彼女と向き合おうと振り返ろうとしたが、ヴィータがぐい、と俺の腕を掴んで遮った。

「でも、あたしは人間じゃない。
ずっと姿かたちが変わらない存在だ」
「・・・それは」
「それがさ、何でかしんねーけど。
たまに怖くなる。
はやてもいない、フェイトもいない、
・・・アニキもいない世界にあたしは変わらないで、いるんだ」
「人間になりたいのか?」
「・・・そんなことっ!?」

俺の何も考えられずに漏れた言葉に、後ろにいるはずのヴィータの声が上擦った。
彼女に向き直ろうとするも、
しっかりと両腕を掴まれている俺の身体は、身をよじることさえ満足に出来ない。

「・・・あるわけ・・・ねぇ」

それでも搾り出すような声で呟くヴィータの言葉に何て言ったら良いのか分からなくて、
それでも彼女の顔を見て話したくて、強引に彼女の方へと向き直った。
ただ、俯く彼女の表情は分からなかったので、ぽん、と頭に手を置いてゆっくりと撫でる。

「・・・子供扱いすんなっ」
「イヤか?」
「続けろ。
っていうか聞くな」

俺を掴んでいた彼女の両腕が、固まったままその場所に置いてあった腕がゆっくりと落ちた。
少しだけ元気を取り戻したのか、憎まれ口を叩くヴィータは顔を上げる。
ただ、やっぱりまだ心に闇が巣食っているような影が眼の奥にあった。

「・・・そうだな。いつかのお返しをしてやろう」

俺はヴィータがこちらの意図に気付く隙も与えずに、何時かの借りを返すことにする。
さっと掠めた彼女の一部は、先ほどまで食べていたチキンのせいか、甘ったるいソースの味がした。
溺れそうな味だと思った。

「・・・き・・・き・・・きき・・・」
「・・・?」

彼女がぶるぶると震えながら、目を見開いて俺を見つめていた。
ぱくぱくと口を開きながら、壊れたラジオのように同じ単語を繰り返す。
き?
何だいったい、と俺が疑問を解消するよりも圧倒的に早く、

「きゃーーーーっ!!」

実に女の子らしい悲鳴を上げながらアイゼンを振り上げたヴィータが、
そのままの勢いで振り下ろした結果、俺は地面に突き刺さった。
久しぶりの感触だ。
・・・痛い。

「ぜーぜーっ。
な、なななんあなな、何しやがる!」
「いや、春先にされたことのお返しを。
ヴィータの悪い考えを吹き飛ばせるかな、と」
「飛ぶか馬鹿っ!!
・・・っていうか、そのころは、あーーーあーーー!
うわあああーーーーっ!?
「・・・どうした?」
「言うな、この馬鹿っ!!
思い出させるなっ!
あの頃は全然そういう感覚無かったんだよ、馬鹿っ!
馬鹿っ!!」
「馬鹿馬鹿言うな」
「うっさい、馬鹿っ!!」
「・・・ほら。
ヴィータだって変わってないなんてこと無いじゃないか。
成長してるさ」
「・・・説得力ねー話だな」

俺の突然の言葉に怒気を殺がれたかのように、
呆れた口調で言うヴィータは、確かに少し吹っ切れたようにも見えた。
とは言え、ヴィータが人間にねぇ・・・、成長したヴィータか。
想像できないな。

「何笑ってやがる」
「いや、ヴィータの唇は美味しかったな、と」
「おし、死にたいらしいな。
ここがオマエの終着駅だ」

コメカミに『怒』のマークを浮かべて再度アイゼンを振り上げたヴィータが、
ひくひくと口元を引きつらせながら殺気をみなぎらせる。
・・・やばい、いぢめすぎた。

「お、落ち着け。
ヴィータ、俺が悪かった」
「うっせー、馬鹿。
馬鹿は叩かなけりゃわからねーだろう。
あたしが自ら躾けてやるからありがたく思え」

・・・これは諦めて今日はぶちのめされるしかないのだろうか。

「ええええーーーっ!?」

だが、そんな俺を救う起死回生の叫びが庭まで響いてきた。
おし、チャンス!?

「なんだなんだ、どうした、なのは!?」
「あ、こらっ!?
逃げんな!」

慌ててヴィータから逃げる俺の耳に、部屋の中の会話が続けて飛び込んでくる。
その内容は、あまりにも俺の予想を外れていた。

「ユーノ君、遊びにきたんじゃなくて、お仕事の遺跡発掘で来たのっ!?」
「うん、そうなんだ」

それは・・・

「第97管理外世界、日本の東北、この国の言葉では――と呼ばれている遺跡だよ」

俺が、セイを発見した場所だったのだ。

(続く)