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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第30話』


珍しくも浮き足立った雰囲気を見せる教室の様子を見つめながら、
俺は手に持つ紙の束を教壇に揃えて並べていた。
小声でひそひそと喋りあっている生徒や、
何か手紙のようなものを仲の良い子同士で回している生徒、
それからちらちらとアイコンタクトを交わしている生徒も数人いたが、
今回ばかりはわざわざ注意する気はない。

いつの間にか・・・というよりも当然のことなのだが、クリスマスが間近に迫っていた。

大人びている生徒が多いとはいえ、所詮、小学生の身分である。
この一大イベントに胸が躍るのは仕方がないことだろう。

「携帯はやめとけー。
さすがに没収するぞ」

だからと言ってどこまでも許してやれるものでもない。
携帯電話を取り出し始めた男子に注意を投げかけると同時に、授業開始のチャイムが鳴り響く。
慌てた様子で携帯電話をしまう少年に目線を向けてから、
俺は1時間目の授業を始めるために背筋を正すのであった。

「昨日やったテストの結果を返します。
今日は何と満点が一人出ました、結構難しいテストでしたが良く頑張りました。
おめでとうございます。
皆さんも次回は100点・・・とは意地悪なテストを作っている自覚がありますので言いませんが、
今回のテストよりも良い点数を取れるように頑張ってください」

軽くパチパチパチと拍手を送ってやると、ざわざわ、と教室がざわめき始める。
何しろ俺が担任になってから今まで、満点をとった生徒がいないのは有名になりつつある話だ。
そこで100点をとったなんて、確かに話題性は抜群だろう。
とは言え、誰が取ったのかまでは公表する気はない俺は、
生徒たちの誰が?という全うな疑問を放置してテスト用紙を返却することにした。
プリント束は適当に並んでいたため出席番号順には返せないが、
まぁそのあたりは気にすることでもないだろう。

「八神はやて」
「はいっ」

ゆっくりとした動きで教壇まで近づいてくるはやてに答案を返す。
彼女は長期の入院による大きなハンデがあるにも関わらず、
平均点を割り込むことが完全になくなったのは立派だろう。
今回も平均点よりは高い点数をとったし、
前回のテストでは間違えた箇所をきちんと理解してきたようで、
同じような問題をしっかりと回答している。
頑張ったな、と小さな声でねぎらってやると、はやてはニコニコと笑顔を浮かべてくれた。

「そのうち100点とったるからな♪」
「ああ、楽しみにしてる」

はやての学業については心配する必要はなさそうだ。
体育はやはりまだ苦手、というか体力がないのがネックだが、
そちらは勉強以上に長い目で見ていくしかないだろう。


「八神ヴィータ」
「へーい」

のたのたと無造作に近寄るヴィータを俺はしかめ面で迎えてやった。
彼女の点数はぴったし80点。
・・・それも、俺が知る限り2点ぐらいの誤差で毎回同じ点数なのだ。
どう見てもワザとやっているが、それでもヴィータの場合、
そもそもが小学生ではないのでちゃんと実力を出せ、とも言い切れないあたりが俺の葛藤ではある。

「よし、ぴったりぴったり」
「・・・やっぱりワザとか」

何のことやら、とニヤニヤと笑みを浮かべながら両手をひらひらとさせるヴィータに、
俺はため息で答えてやることしか出来なかった。


「高町なのは」
「はい」

運動音痴なのだがドジっ娘というわけではないので、
なのはは何もないところでわざわざ転んだりはしない。
・・・というか空戦スキルがあるのだから、
そのあたりの空間認識能力は高いってことで、ドジとは対極にいるのかもしれないが。
どうでも良いことを考えながら、全く危なかしい処もなく教壇までやってきた彼女に答案を返す。

「にゃはは、やっぱりムリだったね〜」
「いや、十分立派だよ」

理系の成績がずば抜けて良いなのはは、
今回のテストでもまるで危な気無く高得点をたたき出している。
ただ、感触的に満点をとったかもしれない、と思っていたのだろう。
引っ掛け問題に躓いた箇所を見つめて、テストを受け取りながらポリポリと頬をかいていた。

「なのはは算数や理科は問題ないから、もう少し国語や社会を頑張るように」
「うっ、が、頑張りますっ」

返事は良いが、そう易々とやる気を見せてくれることはないことぐらい、
ここ半年の付き合いで良く分かっているつもりだ。
・・・というか、算数の文章問題なら論理的に解けるのに、
何故国語の文章問題は論理的に解けないのだろうか。
そこを突き止めるのはむしろ、俺の今後の課題である。


「月村すずか」
「はい」

すずかちゃんはあまり突出した成績を残していない。
平均点のあたりをうろうろしている印象があるが、実際に統計をとると本当にその通りである。
彼女もまた、ヴィータとは違った意味で点数を調整しているのではないかと少し疑っていたりする。

「もしかして、得点を調整してる?」
「そんな器用なこと出来ません」

苦笑を浮かべながら俺の問を否定するすずかちゃんだが、
引っ掛け問題には決して引っかからない癖に平均点あたりしかとれない、なんてどう見ても・・・。
ただし、ヴィータとは違って決して認めないだろうし、
それに高難易度の問題を解くことがないため、疑い以上には扱えやしない。
まぁ、そんなメンドクサイことをわざわざする必要性はないわけだし、
そういう子もいる、で納得するべきなのかもしれないが。


「フェイト・テスタロッサ」
「はいっ」

フェイトが少し緊張した足取りでこちらに近づいてくる。
先週約束したこともあって、今回は本気で100点を取りにいってくれたようである。
だが。

「あ、あれぇ?」
「・・・惜しかったな」

98点。
フェイトが額に青い縦線を並べた幻視を浮かべて、目に見えるほど落ち込んだ表情を作る。
彼女の場合は、素直な問題であれば高校レベルの問題でもすらすらと解いてしまうのだが、
逆に引っ掛け問題となると途端に弱いのがネックである。

「引っ掛けにはまって、ケアレスミスが一箇所だな。
ただいつもは2,3箇所あるミスが1つだけだから、良く頑張ったよ」
「う、うん、ありがとう。
ううう、3回も見直したのに・・・」

どんよりとツインテールもどこか落ち込んでいるように見えるフェイトの姿を見ていると、
ちょっと悪いことをしてしまった気分になる。
今回はかなり自信があったのだろうが、
約束とかしたのはむしろ余計なプレッシャーだったかもしれないな・・・。


「アリサ・バニングス」
「っはい」

なのはやフェイトといった強敵が満点を逃していたことに気付いていた彼女は、
意気揚々と早足で教卓に近づいてきた。
待ちきれない様子で俺から答案を受け取ると、ぐっ、と小さくガッツポーズを決めてみせる。

「せんせいっ」
「・・・なんだ?」

クラス唯一の満点をとったに相応しい満面の笑顔を浮かべるアリサの言葉だったが、
俺は少し嫌な予感を覚えた。
彼女の笑顔は確かに極上なのだが、
ただ、どこか裏のある、思惑やら計略やらが上手くいった軍師のような含みを窺わせる。
俺が引きつったような言葉で疑問を返すと、
アリサは俺の横まで回りこんでからこっそりと囁いてくれた。

「ご褒美楽しみにしていますよっ」
「・・・もしかして先週聞いてた?」
「聞くつもりはなかったんですけど、聞こえちゃいました」

素晴らしい笑顔で堂々と言い切ってくれたアリサが、
背中からでも分かるほどうきうきとした様子で自分の席へと戻るのを見つめた俺は、
残念ながら、ため息をついて見送ることぐらいしか出来なかった。





「じゃー、いきましょーっ!
今日の放課後はあたしに付き合ってねっ!!」
「・・・いや、まだ仕事が・・・」
「今日はフレックスっ!」
「何て無茶振り・・・」

放課後になると、
アリサのパワーにそのまま押される形で放課後の仕事を早退させられて、
俺は彼女に文字通り引きづられるように学外へと飛びだすことになった。
どんな手回しをしたのか、学年主任も教頭も何も言わずに送り出してくれたのだが、
・・・理由は聞かない方が良いだろう。
うん、聞いてはいけない。

「今日はお稽古事も塾も全部キャンセルしたから、放課後はずっと一緒だからねっ!」
「・・・随分豪気だな。
習い事は休んじゃっても大丈夫なのか?」
「もちろんっ、だって嬉しいんだもんっ」

理由になっていない気もするが、
アリサのことだから、きっとすぐに今日の遅れを取り戻すために別のところで頑張るのだろう。
るんるん、と今にも鼻歌でも歌い出しそうなぐらい機嫌の良いアリサを見ていると、
まぁ、ご褒美というのならそのぐらい別にいいか、という気分になる。
とは言っても・・・良く考えたらアレはフェイとした約束だし、
俺がアリサの言うことを聞く理由はないんじゃないか?

「なぁ、アリサ?」
「なに、なにっ!?
何処か行きたい場所があるのっ!?」
「・・・いや、任せるよ」

いや、ムリ。
何だか知らないけどアリサは異様にテンション高いし、
ここで水を差すことなんて俺にはとても出来そうもない。
何でも言うことを聞くなんて条件でも、恐らくそんなに無茶なことは言わないと信じよう。
・・・信じるからな。

「ヘンな先生っ♪」
「まぁな」

敢えて肯定の返事を呟いた俺だったが、
前を行くアリサは俺の言葉に反応して、くるり、と回転する。
彼女は制服の襟をふわりと舞い上げながら、心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
そのまま、俺と向かい合って進行方向とは逆方向の体勢のまま、
学校の敷地を出ようとしたアリサの踵が潜ろうとした校門にあるちょっとした段差にぶつかる。

「あっ!?」
「・・・おっと」

すぐ前に立つアリサがぐらり、と身体が傾くのを見ると同時に手を伸ばして彼女の腕を掴む。
ぐいっ、とアリサをこちら側に引き寄せながら肩を支えてやって、何とかバランスを取らせる。

「足は大丈夫か?
捻ってないか?」
「・・・う、うん」

転びそうになって恥ずかしかったのか、顔を赤く染めたアリサに怪我をしていないかを尋ねると、
彼女は何かを思いついたかのように顔を俯けた。
今日のアリサはテンションの上がり下がりが凄まじいな、
と俺が思っていると彼女は恐る恐ると言った様子で口を開く。

「・・・あ、あの、先生。
今さらなんだけど」
「なんだ?」
「・・・えっと、その・・・め、迷惑じゃないかな?
だって、その、フェイトとだったら嬉しいかもしれないけど、あたしとなんて・・・」

もじもじと小声でぶつぶつと呟くアリサであったが、
正直その話題についてはもう一応、俺の心の中では結論は出ている。
気にしないでも良いんだが、まぁ、折角話題に出してくれたんだし、
少しは意趣返しをしてやっても良いだろう。

「・・・それを言ったらそもそもアリサとは約束してないだろ。
今さら何言ってんだか」
「・・・ごめんなさい」

困惑からさらにマイナスの方向へとテンションを落としたアリサが、
しゅんとして顔を俯けて悲しそうな声をあげた。
あ、やばい。
そんなつもりはないんだ。

「でも、嬉しいから良いんだ。
アリサが俺のご褒美のために頑張ってくれたなんて、嬉しいに決まっている」
「・・・っ!?」

今度は瞬間的にアリサの頬が熟れすぎたトマトのように鮮やかな色に染まっていた。
大きなくりくりとした瞳を上下左右にぐるぐると回してテンパっているようだが、
ううむ、目を回しても知らないぞ。

「べ、別に先生のためじゃないんだからねっ!
あたしが満点を取りたかっただけなんだからっ!!」
「うん、そうだな。
どちらにしても、折角作った問題を全部答えてくれるのも何だか嬉しいものでな。
約束云々なしにしても、何かご褒美をあげたい気分なのは本当だよ」
「・・・そ、そう?
だったら、仕方ないから、ご褒美を貰ってあげるわ」

両腕をがおーとでも言いたげに大きく持ち上げながらテンプレなまでな何某の台詞を吐いたアリサは、
360度だけテンションを回転させて再び笑顔になって俺の横に回りこむ。
そのまま、彼女は両腕を振り下ろして、こちらの腕を抱え込むように捕まえた。
そんな彼女に、俺はそんな気を使うまでもないと、言ってやるのだ。

「ただし高価なものは勘弁な」
「・・・はぁい♪」

くすくすと笑う彼女は、肩をすくめて言った俺の腕を掴んだままぐいぐいと引っ張り始めた。
さて、これから何処に付き合わされるのだろう。





テンションが高い割に普段よりも当社比3割ほど言葉少なげなアリサだったが、
街中までやってくると大分調子が戻ってきたようで、有り余る元気で俺を散々引っ張りまわしてくれた。
小学生が入るような店とは思えないブティックに堂々と入ってしまったのは少々驚いたが、
店員さんはアリサの顔を見知っているようだし、
そうなると同伴している俺はどう思われているのだろうかと、微妙に居心地が悪い。
だが、アリサは小心者な俺の心意気を組んでくれるはずもなく、
何着か衣服を受け取ると早速試着室へと入っていった。

「・・・俺はどうすれば良いんだ」
「すぐに着替えるから、感想を教えてほしいな」

・・・マジか。
カーテンの向こうから聞こえた布越しのお言葉にちょっと愕然とする。
とは言え、アリサが素早く衣装換えをしてくれたお陰で、
そこまでの居心地の悪さは感じなかったのが幸いだった。
彼女が見せてくれた本日の衣服はざっと以下の通りである。
動きやすいレースデニムのレギンスにフレアスカートを合わせた格好は元気な魅力に満ちていたし、
彼女が好む暖色系の色合いの厚手のキャミ風ワンピースは少しだけセクシーな印象を与え、
やぼったい感じのボレロでも組み合わせによっては大人っぽく魅せることが出来ると知った。
それからお嬢さま然とした格好などアリサの七変化をたっぷりと鑑賞した後、
制服に戻るという彼女を待つ間に、俺は店内を物色することにした。

「・・・むぅ、良く分からん」

正直な感想がぽろりと漏れる。
ただ、専門店だけあってかなり布地や裁縫技術の品質は良いようだ。
・・・とは言え値段も大したものだが。
だがアクセサリの類であれば、そんなに値段もはらないことだし、
折角だから何かアリサのために買ってやろうかとも思いつく。

「・・・この辺りは帽子か」

キャベツの葉っぱのような不可思議な見た目の帽子に、
@な感じの模様が入った幽霊がつけていそうな帽子、
フリルがいっぱいついた少女臭のしそうな帽子に、
そして極めつけに丸い目玉のようなアクセントが2つ乗った麦藁帽子・・・。

「ZUN帽かよ・・・」

俺はそのコーナーを見なかったことにして、隣の区画に移る。
こちらは可愛らしい髪留めが置いてあるようだが、
何故か猫耳やらウサ耳やらの怪しげなアイテムも置いてあったりする。
・・・一緒に置いてある尻尾は色々アウトな気がするんだが。

「この店、実はかなりカオスだな」

呟きながら、目に付いたアクセサリに手を伸ばす。
薄い赤色の大きめなリボンがついたバレッタは、
子供向けのようで何処か品のあるデザインで、
アリサの活発な可愛らしさを一層引き立ててくれるような気がした。

「どうしたの、先生?
欲しいの?
きっと似合わないわよ」
「俺がつけるわけないだろ・・・」

いつの間にか着替えてこちらに合流したアリサが、
俺の手元にあるバレッタを覗き込みながらさも不思議そうに尋ねてきた。
嫌なモノを想像してしまったせいで俺はショックを受けてしまったが、
何とか気を取り直して彼女に向き直る。

「安物で申し訳ないけど、さっきのファッションショーの御礼にプレゼントしようかな、と」
「へ?
あたしに?」
「ああ、気に入らないかな?」
「う、ううんっ!
そ、そんなことないけど・・・」

首をぶんぶんと振って否定するアリサにほっと胸をなで下ろして、
その辺にいた女性店員にレジを頼む。
店員さんが気を利かせたのか、

「ここで装備するかい?」

と聞いてきたので、

「はい」

と選択して折角だから、とアリサにリボンバレッタを装備してもらう。
普段からつけているリボンを外してから、
器用に髪をまとめる店員さんはウキウキとした様子で手早くバレッタの留具をしめる。
髪をアップにしたりはせずに、余計な髪を軽く後ろにまとめてやっただけだが、
うん、サイドの髪形のシルエットがかなりコンパクトになったけどリボンがそこを上手く補っているし、
ツツジのような淡い赤色はアリサによく似合ってるな。

「可愛いですね」
「ええ、似合ってくれて良かったです」
「ちょ、そ、そんなにお世辞言わなくていいからっ!」

じぃ、とアリサを俺と店員さんとで見つめてやると、
彼女は手をワタワタと振ってこちらの視界を遮ろうとするが、
すぐにそれが無駄だと気付いたようで今度は両手で自分の顔を覆うように隠して俯いてしまう。

「羨ましいです、こんな可愛い子を連れて歩けるなんて。
一つ、私に下さいな」
「何言ってるんですか、ダメに決まってますよ」
「ちぇーっ」

店内がカオスなだけではなく、店員もカオスな店だったらしい。
アリサを色欲が篭ってそうな視線で視姦し続ける店員が恐ろしくなってきたため、
俺はアリサを連れて逃げるように店を後にした。

「ありがとうございました〜。
またのお越しをお待ちしております」

お茶目な店員の含み笑いが込められてそうな挨拶を背中に聞きながら。



「ね、先生。
次は喫茶店に寄らない?
この辺りに美味しいお店があるの」
「そうだな、喉も渇いたし・・・構わないよ」

ブティックを後にして、さらに歩き回ること30分ほど。
ウィンドウショッピングやらペットショップやらを回った俺たちは、一度腰を落ち着けて休むことにした。
アリサは普段はつけていない髪を留めるバレッタが気になるのか、
先ほどからしきりに髪をいじっているようだから、喫茶店でもう一度装備し直したいのかもしれない。
そう思って了承した俺がアリサに案内されてやってきた場所は市街の中心部にある、
ちょっと高級そうで洒落た感じのする喫茶店だった。
何しろ店名が英語らしき言葉で表記されているのだが・・・
うぅむ、崩した字で書いてあるし良く分からん。

「Good afternoon.
How many?」

カウベルを鳴らして店内に入ると、店の中はさらにシックな風体で統一されていて、
内装はまるでこの店だけ海外にあるかのようであった。
というか、実際に店員が英語を喋りやがる。
・・・っていうかめっちゃ顔白い、髪金髪、目青い。
どう見ても外人のウェイトレスさんです、本当にありがとうございました。

「Just the two of us」
「Right this away, please」

俺が面食らっている間にアリサがすらすらと受け答えをしてくれていた。
・・・そう言えばバイリンガルなんだっけ。
高校生ぐらいの年頃のウェイトレスは兄妹にも親子にも見えない2人組みに
さして何の感慨も持たなかったようで、
全く営業スマイルを崩すこともなく、アリサの言葉に頷いてから空いている席へと案内してくれる。

「How are you?」
「Just fine」
「Here are your menus」
「Thank you」

席につくと同時にスムーズに始まった定型句とも言える挨拶を終えたところで、
外人店員さんがアリサとこちらへとメニューを差し出してくれる。

「あ、・・と。
Thank you」
「I’ll be back in a few minutes to take your order」

店員はしどろもどろな様子の俺の言葉にも気にした様子を見せず、一礼して下がっていく。
・・・うおお、小市民の俺には英語圏喫茶なんてハードルが高いぜ。

「・・・先生?
どうしたの?」

難しい顔、というか困惑した表情を浮かべた俺に気付いたのか、
アリサが視線をメニューから上げてこちらの様子を尋ねてきた。

・・・ここで外人めっちゃこえぇ、とか言ったら本人も外人であるアリサを傷つけるかもしれないな。

ま、まぁさっきの聞き取りは問題無かったし、大丈夫だろ、多分。

「いや、大丈夫だ」
「そう?
ここはね、翠屋とはまた違った美味しさがあって、たまに頼むこともあるのよ」

美味しいケーキを頭に思い浮かべているのか、うきうきとした目つきをしたアリサを見ていると、
そんなに美味しいのかと気になってくる。
まぁ、多少言葉の理解には不都合があるだろうが、
それでもアリサがいるのだからそう問題にはならないだろう。
・・・どうせ喫茶店の会話なんて定型なんだ。
俺はそう開き直るとメニューに目を落とし・・・そして、固まった。

「・・・??」

何が書いてあるのか分からん。
ケーキとかシャーベットとか果物の名前とかじゃなくて・・・何だこれ?
天使がうんたらだとか、妖精がうんたらだとか、喫茶店にはアリがちなのかは知らないが、
名前からではどんなメニューなのか想像し辛いにもほどがある。
『Dessert』の項目だし、値段もべらぼうに高いもんがあるわけでは無いので、
どれを選んでも大丈夫なんだろうけど・・・。

「・・・えぇと。
アリサはどれにするんだ?
俺も同じモノを・・・」
「先生、それはダメーっ。
それとも、もしかして書いてある文字が読めないのかなー?」

自分のメニュー表をテーブルにそっとおいて、
頬杖をついてこちらをニヤニヤと見つめるアリサの様子からようやく嵌められたことに気付く。
いや、読めるよ。
だけど分からんと正直に言っても負け犬の遠吠えみたいで微妙にイヤだな。
・・・ここは己の勘を信じよう。

「よし、俺は決めたぞ・・・」
「・・・ちなみに何を頼むつもりなのかは」
「もちろんナイショだ」
「ふぅん・・・」
「Have you decided?」

俺がアリサと微妙な理由でにらみ合っていると、
ウェイトレスがまるでこちらを窺っていたかのようなタイミングで声をかけてきた。
ここでもやっぱり英語だ。
・・・俺はどう見ても日本人なんだし、というかここは日本なんだから日本語使えよ、
と突っ込みたい気分になるがなんとか堪えて口を開く。

「Yes, I’d like a cup of coffee and this, please」
「・・・えっ!
そ、それ頼むんですかっ!?」
「・・・ちょっと待て、日本語っ!」
「ア、アハハハハ。
アリサちゃんは飲み物はいつものでいいわよね?
それじゃあ、少々お待ちくださーい」

俺がメニューに書かれた一つのメニューを指差してやった途端、
化けの皮がはがれたかのように流暢な日本語で喋り始めた店員は、
注文の復唱もせずに逃げ出すように俺たちのテーブルからすたこらさっさと離れてしまう。
・・・しまった、これは本気で罠だったか。

「・・・ぷっ、あははっ。
先生、だまされたー」
「ひどひ・・・」

見事に騙された俺をひとしきり笑い終えたアリサが説明してくれたところによると、
確かにこのお店は外人向けに全英語サービスもしているらしいが、
だからと言って日本人を相手にしていないわけではない。
もちろん普段は日本語で客を通すし、
メニューも本来は日本語で外国語版も用意してあるだけなのだそうだ。
・・・そりゃそうだよ、フランス料理専門店とかでも完全外国語ってのは無いだろうし

「何てひどい。
凄まじいまでの客でなしぶりだな」
「お詫びとして御代はサービスにしておきますよ、お兄さんっ!」

先ほどまでのすました営業スマイルから一転、
フレンドリーな人懐こい笑顔で再びテーブルに近づいてきた金髪ウェイトレスさんが、
なんとも太っ腹なことを言ってくれる。

「・・・いいんですか?」
「ええ、その代わり、またご利用くださいね?」
「もちろん・・・って、それは・・・?」

ウェイトレスさんのトレーには暖かい飲み物が入ったカップが2つと、
それからかなり大きめなガラスの器に盛られた色とりどりの果物と丸く固められたゼリーが、
色鮮やかな液体の中に浮かんでいるフルーツポンチらしきデザートが乗せられていた。
ただ・・・問題はそこではなく。

「何の冗談ですか、そのストローは」
「いえ、冗談じゃないですよ。
ねぇ、アリサちゃんっ♪」
「へっ?
あ、あたしは何も知らない、知らないっ!」

俺と同じく呆然としたような顔でいるアリサを意味ありげな笑顔で見つめたウェイトレスさんが、
問答無用といった様子で俺とアリサの間にフルーツポンチの器を置く。
アリサが首と両腕をぶんぶんと振って否定しているところから見て、
彼女が知るところではない注文のようだが。
・・・一体何がどうして。

「はい、それからブレンドにアールグレイ。
ミルクはこちらをご利用下さい。
確かに注文の品、全部お持ちいたしました!
・・・くぅふっ、では、ごゆっくり」

さらに、俺の前にブレンド、アリサの前に紅茶を置いたウェイトレスは
含み笑いを堪えた様子でぶるぶると震えながらミルクポットを置くと、
遂に耐えられなくなったように一度妙な笑い声を漏らしてから再び逃げるように退散した。
・・・っていうか、つまりさっきの注文で俺はこれを頼んでしまったわけか。

「で、何だこれは」
「・・・ふ、フルーツポンチ?」
「結構大きいな」
「・・・た、多分2人分」
「その割にスプーンは2つあるけど、ストローが1つしか・・・いや、現実を見つめよう」
「・・・げ、現実」

簡単に言うと、正式名称はよくしらんが、
ペアストローだとかラブストローだとか呼ばれる何とも前時代的な入り口は1つ、
出口は2つなストローが液体に浮かんでいた。

「・・・食べようか」
「う、うん」

気になるようでちらちらとアリサはストローに目を向けていたが、
だからと言ってさすがにここでじゃあ2人で飲もうか!と言えるほど俺は悟りは開いていない。
先ほどのウェイトレスを再び呼びつけて無理矢理出してもらった小分け用の器に料理を移しながら、
色々な意味で通報される前にこの喫茶店を出ようと心に固く誓うのであった。
・・・あ、そう言えばもう一回来なくちゃいけないのか・・・鬱だ。





「あーもうっ、ごめんね、先生。
休憩しに入ったのに、全然だったわ!」
「・・・まぁ、ハメられたのはアレだけど、気にしてないから良いよ」
「気にしてないって言われるのも少しショックかも・・・」
「何か言った?」
「う、ううん」

喫茶店を後にした俺たちはぶらぶらと、アリサの家へと向かう公園の敷地内を歩いていた。
冬空は早くも沈み始めた太陽による夕焼けのせいで、鮮やかなまでの赤で染め上げられていた。
隣のアリサはゆっくりとした速度で歩きながら、
片手を頭の後ろに持っていってまたバレッタを弄っていた。
・・・やっぱり気に入らなかったのかな。

「アリサ、気になるならそれ、俺のことは気にせず外しても良いぞ」
「・・・え?
やだ、着けてたいよ」

だが、彼女は俺の言葉に対してバレッタを弄る手は止めぬまま、そう答えてくれる。
アリサの横顔は夕日のせいで俺があげたリボンと同じぐらい真っ赤な色で染まってた。
彼女はそんな話題を逸らすかのように、だが、真面目な口調で別の話題をふってくる。

「ねぇ、先生。
あれから、その、どうなったの?」
「・・・何がだ?」
「ほら、保健の先生がどうたら、って話よ。
気になってたんだけど、あんまり聞く機会がなくて」

足元を見つめながら、彼女がぽつぽつと漏らす言葉は真剣そのもので、
むしろ、今日の本当の目的はこの話題だったのではないかと思わせる。
それぐらい、アリサは話しづらそうに言葉を重ねていた。

「・・・しばらくは様子見かな。
色々考えていたことはあるけど、どうもな」
「そっか、あたしじゃあ、何の力にもなれないけど・・・けど。
あたしははやてやフェイトやヴィータたちとずっと仲良くしていたくて、
友達でいたくて・・・」
「うん、それは大丈夫だよ。
絶対に大丈夫」
「でも、でも!
それだけじゃなくて!!
先生がいなくなっちゃいそうで・・・、それがとっても怖くて。
あたしは何も出来ないから、悔しくて・・・」

自分の気持ちを確かめるように一言一言、言葉を噛み締めるように呟くアリサの足が止まる。
合わせて自分の足を止めながら、考えていた。
確かに彼女は魔力適正がない。
だけど出来ることは必ずあるはずだと、立ち止まり俯く彼女に近づこうとして、
アリサが震えているのに気がついた。
・・・泣いてる?

「あーもうっ!
どうしてあたしは友達のために何にも出来ないのよっ!!
これじゃあ、ただの脇役じゃないっ!!」

何も出来ない自分に怒っていたのか。
・・・全く、アリサらしいよ。
俺は、彼女が自分を責める必要はない、とばかりに彼女の頭をそっと撫でてやる。
心地よいさらりとした感触にアリサの心ではなくて、
むしろ、俺の心がゆったりとした気分になって落ち着いていく。
落ち着いて考えてみると、何だか俺がやるべき事が見えてきたような気がした。

「アリサ、ありがとう。
お陰で気がついたよ」
「・・・何が?」

俺が本気で言っていることに気がついたのだろう。
こちらをきょとんとした様子で見上げるアリサに俺は、もう一度御礼を言ってから続ける。

「本当にありがとう。
俺は忘れていたよ、この世界の主人公は誰なのかということを。
例え俺がどんなに頑張っても、
正面からじゃ補正やらなんやらで勝てっこない奴がいるんだってことを忘れていたんだ」
「・・・先生?」
「この物語のボスを倒せるのはこの世界の主人公たち、主要メンバーだけなんだ。
脇役みたいな俺じゃあ、倒せるわけがない。
・・・そんな絶対の条件を打ち破ろうとしたら、それこそ並の反則じゃ足りないんだ。
卑怯な上に、姑息な手を使って、その上で自分の有利な条件をつけるぐらいじゃないといけない」

・・・卑怯者、とそう罵られるだけの覚悟が必要だったんだ。

最後の言葉を心の中だけで呟いてから、俺はさらにアリサの髪のぐちゃぐちゃになるまでかき回した。
彼女はそんな俺の様子をうっとおしそうに見つめていたが、
俺の贔屓目だろうか、何処か彼女の様子は嬉しそうにも見えてしまう。

「ちょっと先生、一体何を言ってるのよ?」
「簡単に言うとだな。
アリサのお陰で決心が出来たってことだ。
ありがとう」
「・・・う、うん?
どういたしまして」

イマイチ俺の言葉を理解していない様子のアリサであったが、
それでも彼女が俺なんかのことを心配してくれるのを嬉しく思いながらも、
今後の対策を改めて考えるのであった。

(続く)