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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第26話』


休日の夜、それも日曜日の夜はどこか物悲しい。
そう、それはサザエさんを見ているときにふと感じる寂寥感に近いもので・・・。

いや、そんなことはどうでも良い。

話を戻す。
今日は桜台で皆と一緒に朝食を食べた後、さらに何本か実戦に近い模擬戦をしたりした。
昼前になるとアリサとすずかちゃんは習い事があるからとその場を後にしたが、
俺たちはその後もしばらく桜台で魔法の練習のようなことをやっていた。
はやても模擬戦に参加してみたりもしたが、
・・・どうやら魔力はなのはを上回るほどあるとは言え、それとこれとは別で戦闘はやっぱり苦手らしい。
完全に足を止めて砲台の役割だけならばなんとかこなせるようだが、
動き回ってどうこう、という空戦スキルに欠けているのはまぁ予想通りなのだろう。
はやて本人も自覚はしているらしく、ならばと大きめので一撃必殺と物騒なことを言い出す始末だ。
そんな提案になのはが大賛成したせいで、一度海まで出て砲撃魔法合戦などもやるハメに。
無論、俺はチートを失った今となっては砲戦の『ほ』の字も不可能だから、
見学ぐらいしかやることがない。

・・・結局、まだまだ発展途上のはやては白い悪魔こと魔砲使いに勝てるわけもなく、
あっさりとのされたりしたのだが。

その後、砲撃魔法をほとんど持たないヴィータが辞退したせいで、
フェイトがなのはの相手になっていたのだが・・・フェイトの戦績は1勝3敗であった。
うぅむ、なのは強ぇ。
とにかく、本日はほぼ一日中魔法の特訓をしていたため、
八神家へと帰ってきた頃にはもう夜の帳が下りていた。
寒々しい海上になんて出たせいもあって大分身体を冷やしてしまっていた俺たちは、
初めてのお鍋を本日の夕食とすることにしたのである。

・・・いや、すき焼きはお鍋と言えるのかどうかという問題もあるが、些細なことだろう。



「ふんふんふ〜ん」

はやてが台所に立って、
機嫌良さそうに鼻歌を口ずさみながらざくざくと野菜を一口サイズに切っていく。
鍋のポイントはなんと言ってもその簡便さにある。
とりわけすき焼きなんて下ごしらえの必要な具材もないわけだから、
野菜や豆腐なんかを包丁で切れば、ほとんど準備は終わりと言える。
折角だからと用意した卓上コンロを運ぶ俺の横で、
ヴィータは下茹でしていたしらたきをざるに上げたりしているが、まぁ作業なんてそんなもんだ。
俺は2人に準備を任せてテーブルにコンロを運ぶ。
所定の場所にセットしてから、一緒に持ってきたガス缶を入れて一応点検のため着火してみる。

ぼぅっ!

きちんと火がつくのを確認して、すぐに落とす。
ガス缶って無くなるのそこそこ早いからなぁ。
コンロは用意したから、次は・・・きょろきょろと辺りを見回してから気付く。
フェイトが珍しくも行儀悪く、ソファに突っ伏すように寝転んでいた。

「フェイト」
「・・・ふぁい?」

寝ているのかと呼びかけてみると、声が返ってきた。
とは言え、やっぱり本調子ではないらしく、彼女にしてはやる気のない返事だったが。

「大丈夫か?
具合悪いのか」
「う、ううん、体調は悪くないよ。
ただ、ちょっと疲れちゃって・・・」

へろへろ、と言った擬音付きで何とか身体を上げようとしたフェイトは確かにしんどそうで、
心なしか彼女のツインテールもしょげている風にさえ見える。

・・・そう言えば、フェイトは今日だけで相当バトッたからな。

午前中はなのはと組んでフォワードの役割でひたすら動き回っていたし、
午後は本領発揮の砲戦仕様なのはさんとの戦闘を4度もしている。
そりゃ疲れもするか。

「ああ、もうちょいでご飯できるからそれまで寝てていいよ」
「・・・ゴメンね、兄さん」

やっぱり相当ヘロヘロなご様子で、再びぽてり、と無造作に寝転がるフェイト。
・・・っていうか、ミニスカートのまま倒れこんだせいで、
年不相応にちょっとセクシーな感じの黒いパンツが思いっきり見えているんだが、
指摘するべきなんだろうか。

パン!

両手を軽く叩いてから指先で○をつくり、
さらに反対の手を瞼まで持ち上げて何かを見つめる動作をしてみたりする。
俺の突然の奇行に寝そべったまま、きょとん、とした目つきをするフェイトは、
どうやら気付いてくれなかったようだ。
残念。
まぁ、ここは何も言わないのが紳士というものだ、と言うことにして台所へと戻る。
・・・いや、変なことしたせいで意識しちまったい。


「兄ちゃん、ええところに」

台所に戻ると、既に下準備はほぼ終わっていたらしい。
はやてが俺を『こいこい』と手招きをして出迎えてくれた。
本日の主役の牛肉に白菜、しいたけ、春菊、長ネギ、焼き豆腐、しらたきなど。
綺麗にタッパーに詰められた野菜と、
それから小さめの鍋にははやて特製の手作り割下が用意されているようだ。

「関東風なんだな」
「そうやけど?」

ちょっと驚いた風の俺の言葉に、何を当たり前のことを言っているんだ、
とばかりに平然とはやてが言葉を返す。

「何と無くはやては関西風を作るんじゃないかって思ってたんだ」
「いや、油がはねるからな。
それにこっちの方が味を調整しやすいんや」
「それは納得」

確かに関西風のにしようとすると結構油がはねるから、その理屈は分からないでもない。

・・・いや、そもそもわざわざ肉を焼いて脂を出すほど良い肉でもないしな。

そんなことを話している俺たちを尻目に火にかけたすき焼き鍋に牛脂を溶かしていたヴィータが、
割下を注ぐ。
って言うか、何で俺は呼ばれたんだ?

「そやそや、兄ちゃんはおうどん食べられそう、って聞こうと思ってな」
「うぅむ、多分普通に米を食べるつもりだからムリだな」
「そっか。
・・・それともお酒でも飲む?」
「料理酒は勘弁してくれ」

料理酒を抱えてそんなことを笑顔で言うはやてにげんなりとした言葉を返す。
彼女は瓶を持ったままくすくすと笑ってから、ヴィータと交代して鍋の仕上げにはいる。

「アニキ、どうせなら運ぶの手伝ってくれよ」

はやてに代わって手際よく皿をまとめたヴィータが、俺の方を向いてそんなことを言ってくる。
確かに運ぶものは結構多い。
俺は一つ頷いてから、早速幾つかの取り皿をお盆に載せてダイニングへと持っていく。
2人でやるとあっと言う間なもので、すぐに持っていくものはなくなり、
俺は最後に一通りの具材をいれたすき焼き鍋をはやてから受け取ってゆっくりと運んだ。



「うん、すき焼きなんて初めて作ったけど、上出来やな」
「・・・そうなのか?」

俺は自分の取り皿に分けた野菜を飲み込んでから、隣に座るはやての言葉に疑問を返す。
割下の味付けも見事なものだし、鍋の準備をしている間も悩んだ素振りも見せなかったから、
てっきり慣れているのかと思ったりもしたんだけどな。

「さすがに一人で鍋する勇気はないで」
「・・・そりゃそうか」

はやての言葉に思わず納得してしまう。
俺たちと鍋をしたのが初めてってことは、そう言うことなんだ、と思い出す。
まぁ、ご両親が健在だった頃は、さすがに自分で作ってたりはしなかっただろうし。
ううむ、まずいことを聞いてしまったな。

「だったら今日はお祝いだな。
はやての初鍋記念日」
「くすくす、そんなんでわざわざお祝いしてたら毎日がお祝いになるで」
「はい、プレゼント」

半ば誤魔化すように、半ば本気でそう言いながらはやての取り皿に火の通った肉を入れる。
彼女は視線でやっすいなー、
と訴えながらも嬉しそうに口元を綻ばせていたのが見えたから良しとしよう。
俺はそう結論を出して鍋に向き直ると、今度は俺の取り皿の上空をはやての箸が侵犯してきた。

「お返しや」
「ありがと・・・ってシイタケかよ?」
「くすくすくす、美味しいで?」

ペロリと舌を出して微笑むはやての笑顔に反論の言葉を見失った俺は、
取りあえず食べようと箸を動かす。
はやても俺のあげた肉を口に運ぶ。

「次は唯一の社会人たる兄ちゃんの奢りで、ブランド牛を要求してみようかな?」
「勘弁してください」
「あはは、どうしよーかなー?」
「これでどうかひとつ、お目こぼしを・・・」
「うむ、よきにはからえー」

はやての取り皿にまた肉を投入してご機嫌取りをしてみたりする。
ううむ、何だか段々色々な意味でドツボに嵌っている気がするぜ・・・。

「なんだフェイト。
しらたきとか豆腐とかそんなんばっかりじゃ力でねーぞ」
「あ、あはは。
ちょっと模擬戦を頑張りすぎちゃったせいで食欲なくて」

俺とはやてがそんな良く分からないやり取りをしていると、
向かい合って座っているヴィータが隣のフェイトの取り皿を見てそんな事を言い出した。
フェイトはふにゃふにゃとした力の無い笑みで答えているが、
やっぱりまだ疲れが取れないのだろうか。

「スタミナつけるためには肉を喰わねーとな」
「え、ええええっ?」

どさどさ、といきなり数枚の肉がヴィータの手よりフェイトの取り皿に放りこまれる。
フェイトは溶き卵がからんだ肉を鍋に戻すことも出来ずに、
しょうがない、と言った表情で口に運んでもぐもぐと咀嚼する。
ちょっと顔色が青くみえる。
・・・大丈夫だろうか。

「無理矢理はやめとけ」
「うをっ?
アニキ、何すんだ!?」

俺は少しやりすぎな感じのするヴィータの取り皿に制裁の意味を込めて春菊を投下する。
とりあえず食べている間は大人しいので、さらに白菜、長ネギ、シイタケと続けて投下。

「うおをををっ?
肉を一切れもよこさないところにそこはかとなく怒りを感じるっ!?」

それでも自分の取り皿に盛られたものは食べきるのが八神家ルールなので、
ヴィータは結構な勢いで盛られた野菜をばくばくと食べ始める。
さて、フェイトは・・・と。

「フェイト、ムリはしなくても良いからな?
食べ切れなかったらこっちによこしても・・・」
「ううん、大丈夫。
これぐらいは食べれるから」

不正を持ちかけてみるが、彼女はそう言って儚げに微笑んでから健気に答える。
・・・ううむ、まぁ食べれるのならいいか。

「こらこら。
食べ物で遊んじゃいかんで。
兄ちゃんは年長者なんやから、しっかりしてな」

さすがに見咎めたのか、はやてがやんわりと俺たちに苦言をもらす。
むむ、確かにはやての言うとおり。
非常に行儀が悪いな、こりゃ。

「・・・そうだな。
スマン、はやて。
ヴィータも悪いな」
「かまわねー。
あたしも悪かった」

俺が素直に謝るとヴィータも頭を下げて反省の意を示す。
まぁ、そんなこんなで多少の紆余曲折はあったものの、
八神家の初鍋の時間は和気藹々と過ぎていったのであった。



じゃーーっ、と水が流れる音がキッチンに響く。
俺はすすいだ皿を隣に立つ少女に流れ作業でひょい、と手渡す。
金髪を後ろでポニーテールのようにしてさらにエプロンを身に着けた彼女、
フェイトは布巾できゅきゅ、と皿の水分を拭ってまとめていく。

「食べすぎたりしてないか?」
「うん、大丈夫。
むしろ少し体力が回復した気がする」

こくり、と頷くフェイトは確かに先ほどまでソファの上でぐでり、と寝転んでいたとは思えないほどである。
・・・もしかしてただお腹が減っていただけなのではないだろうか、とさえ思ってしまう。

「それにしても鍋だと洗い物があんまりでないから楽かもしれないな」
「うん、お皿も少ないね」
「・・・次回の鍋は何がいいかな?」
「気が早いよ、兄さん。
でも、そうだね・・・、魚がいいかも」

フェイトに最後の一枚の皿を渡してやりながらそんな感想を漏らすと、彼女も同意を返してくる。
そのまま2人でちょっとした雑談をする。
魚か・・・。
ふむ、魚といったら何鍋だろうか?

「ああ、石狩鍋とかいいなぁ」
「いしかり?」
「鮭のはいったお味噌の鍋。
フェイトは味噌大丈夫だろ?」
「うん、・・・えと、でもお味噌の鍋って想像できない。
どんなんだろう?」

フェイトが首を傾げてどんな味だろうと想像している姿を見ていると、
ぱたぱたという足音がキッチンに乱入してきた。
むろん、足音の主も一緒に、だ。

「ぎゅーにゅー、ぎゅーにゅー♪」

ソイツはまだ湿っていて、かつぼさぼさの長髪を気にした様子も見せずに、
バタン、と冷蔵庫のドアを開けて牛乳を取り出す。
ほんのりとピンク色に染まった肌と、それから目を凝らすとかすかにほかほかとした湯気が見える。

「ヴィータ、もう風呂上がったのか」
「おう、フェイトも入ってきていいぜ?」
「そう?
じゃあ兄さん、お先に入るね」
「ごゆっくり」

俺から二つのコップを受け取りながら簡潔に答えるヴィータの言葉を聞いて、
フェイトがこくり、と頷いてエプロンを脱ぐ。
そのままぱたぱたと駆けていく彼女と入れ替わるように入って来たのは、
同様に風呂上りで頬を少し上気させたはやてである。

「はやて、牛乳あげる!」
「お、ありがとな。
・・・んぐんぐ」

ヴィータが汲んだ牛乳を受け取ったはやては、ヴィータと並んでコップを持ち上げた。
2人が何かの儀式のように一気に呷った、先ほどまで牛乳が入っていたコップを受け取ると、
もう一度蛇口を捻って洗い物を再開する。

「フェイトはお風呂?」
「今日は洗い物が少なかったからな」
「そっか、兄ちゃん、今日はわたしたち一緒の部屋で寝るからな」
「了解」
「・・・兄ちゃんも一緒に寝るか?」

はやての部屋のベッドはかなり大きいので、
子供三人ぐらいならば容易く川の字で一緒に寝ることが出来たりする。
と言うかたまに3人で実践していたりする。
しかし当然のことながら、大人がさらに一人追加できるほどのサイズではないし、
何よりもそれ以前の問題な気もする。

「遠慮しておくよ。
寝返り打ってはやてたちを潰したくないし」
「そっか。
・・・寂しくなったらいつでも入ってきてええよ?」
「やかましい。
ほら、台所はちょっと冷えるからな。
身体冷やさないうちにさっさと出てけ、出てけ」

にやにや、と笑みを浮かべながらそんなことを言うはやてにひらひらと手を振って、
台所から追い出してやる。
まぁ、そんなこんなで何時もとそう変わりの無い賑やかな夜が更けていった。





翌朝。
まだ街角の雀も鳴きだす前の時間帯に俺はむっくりと目を覚ました。
それから簡単に身支度をして、買い置きのパンを口に押し込んでさっさとスーツに着替えておく。
時刻は・・・6時00分。
普段ならばまだ学校に向かうには早い時間だが、今日は所要があるためもうそろそろ出るつもりだ。
毎週月曜日は朝練習をお休みにしていたから、はやてたちもまだ起きてこないはずだ。
俺はとりあえず書きおきだけは残して学校に向かおうと、電話機の脇に置かれたメモ帳を手に取る。

「・・・さて、何て書こうか」
「・・・?
何で兄ちゃん、もうスーツ着てんの?」
「うわっ!?」

横合いからかかった声に驚き、びっくりとした感じの情けない声を上げてしまう。
俺にそんな声を上げさせた張本人は、全く気にした素振りも見せずに続けた。

「おはようさん、今日は随分早いんやね」
「あ、ああ、おはようはやて。
そっちもまだ大分時間に余裕があるぞ?」
「ちょっと目が覚めちゃってな、どうせなら散歩でもいこーかな、と」

そう言うはやては確かにこんな時間から既にパジャマから普段着に着替えていた。
目もしっかりと覚めているようだし、髪も寝癖一つ無い完璧っぷりを見せていたりする。

「そや、どうせやったら少し一緒しても良いか?」
「了承」

はやては俺の声を聞いたと同時に玄関へと軽快な動作で向かう。
と言うか、一秒で了承をしてみましたが軽くスルーされました。
・・・これが時代の差か?
違うか。



早朝の街中をはやてと2人きりで歩く。
車椅子を押して歩いていたはずの前に座っていたはずの少女が、
隣に立って俺の歩幅に合わせて足を前に動かしている。
どうにもこうにも慣れることが難しく、たまに涙が出てきそうになってしまうのはちょっと情けないと思う。

・・・もちろん、はやてにはナイショなんだが。

「それにしても今日は随分早いなぁ。
職員会議にしても何時もよりも一時間は早いで?」
「ああ、今日は新任の先生が来るんで、その手続きと出迎えで仕事がね」
「ふぅん、・・・あれ?
兄ちゃんペーペーなのに、そんな仕事するん?」

そんなことを考えながらはやてと会話をしていたら、結構ズバリとグサリと言われてしまった。
へこむー。

「いや、保険医の先生が来るんだ。
はやてがお世話になることもあるだろうし、立候補したんだよ」
「えぇええ!?
校医さん変わるのっ!
わたし、全然聞いてないでっ!!」
「はやて、ちょっと声大きい」
「・・・っとと。
むぐぐ」

人気のない通学路に女の子の叫び声と言うコンボは通報されかねませんので、気をつけてほしい。
俺のそんな懸念を他所に、
はやては先ほどから目線でどういうことなのか説明しろオーラをびしびしと俺に送ってくる。
とは言え、俺が知っていることなど、ほとんどないのだが・・・。

「家庭の事情らしくて、すごい急な話なんだけどな。
先週末に連絡をもらったときは俺も寝耳に水で驚いた」
「ふぅん、そうなん・・・」

ちょっと寂しそうな声色だった。
はやては足やら体調やらなんやらのことがあったので、
2学期の途中まで結構保健室は常連だったのだ。
前任の年配の女性だった保険医ともかなり親しげだったと記憶しているし、当然だろう。

「ま、今度の先生もきっと良い先生だよ」
「わふぅ!?」

くしゃくしゃとはやての髪をかき回してやる。
突然の衝撃に足をつんのめらせて、変な悲鳴を上げる彼女だが、
それでも俺の為すがままに任せてくれた。
それから彼女は、はやてがムリなく着いてこれるようにゆっくりとした歩調で歩く俺の横で、
ぽつぽつと保健室の思い出を語ってくれた。
お茶をごちそうになったこと。
身体測定での色々なネタ。
学校の過ごし方のコツだとか、色々と教えてくれたと。
俺は聞いていた話もあったし、初めて聞いた話もあったけれど、

「そっか、・・・良かったな」

呟いて、今度は出来るだけ優しく彼女の髪を梳いてやった。



「・・・でな。
兄ちゃん、新しい先生はどんな人なん?」

しばらく立ち止まってそんなことをしていたが、
はやては自分でその話題を断ち切るようにおどけた口調で新しい話題を出してきた。
同時に、止まっていた足を動かし始めた彼女は、着いて来ない俺を不思議そうに振り返る。

「・・・正直名前も顔も知らない」
「なんでやねんっ!」

どうしたらよいものか、という顔をしている俺の言葉にはやての突っ込みがびしっ、と入る。
そんなことを言われても知らないものは知らないのだ。

「・・・まぁ、行けば分かるよ。
多分」

これだけで、どれほど急な話なのか分かってもらえるだろう。
はやてもさすがに驚いた様子で、目をパチパチと瞬かせている。

「・・・何か陰謀の匂いがするな」
「気のせいです」

はやてが顎を右手で覆う名探偵っぽいポーズでそんな事を呟くが、
敢えてそこはあっさりばっさりと切り捨てる。
そうは言っても、・・・確かに何やらキナ臭い気もするんだよな、ああああ、不安だ。

「・・・っと。
もう家を出てから10分は経ったぞ。
はやて、帰るのが面倒になるからもう戻った方が良い」
「ん、そうでもないで?」
「疲れたりしてないか?
痛みは?」
「あらへんよ。
足が張ってる感じもないし大丈夫」
「あの車椅子少女がよくもここまで・・・」
「半年後、そこには元気に歩き回る少女の姿があった」

親指を立ててアピールしてくれるはやてを見て、思わずよよよ、と泣き崩れる真似をしてみせる。
はやてもノリノリで某丸見え風のナレーションでリアクションを返してくれたので、満足です。

「・・・それはともかく、ちょっと失礼」
「ひゃっ!?」

俺は屈みこんではやての額に手の平をぺたり、と押し付ける。
・・・熱はなし。

「ふゅぅ!?」

頬をくすぐるように撫でて彼女の血色を確認してみる。
・・・うん、大丈夫そうだ。

「兄ちゃんに汚された〜」

人聞きの悪いことを堂々と言われましたよ。
過保護かもしれないが、そろそろ冬も本番というこの季節。
もう大分朝は冷えるようになったから、足に違和感を感じたり、痛むこともあるかもしれない。
むしろはやては、最近はもう無茶も出来ると心のどこかで緩んでいるからな。
・・・もうちょっと心配はしておいた方が無難だろう。

「何と世間体の悪い発言をしてやがりますか、はやてさん。
と言うか、そろそろ帰って朝ごはんの支度をしないとピーチク五月蝿いのがいるぞ?」

そんな風に言ってやると、はやてがニヤリと笑みを浮かべる。
・・・悪い笑顔!

「あ、ヴィータに言ってやろ」
「・・・黙っててください」
「冗談や」

そう言うはやては、くるり、と俺に背を向けて走り出す。
まるで、もう自分は元気な普通の少女なんだ、と宣言するかのようなその背中に。
俺は・・・。

「・・・ちょ、ちょっと休憩」

と思ったら50メートルほど走った先で、
ぜいぜいと乱れた息を吐きながらはやてはそんなことをのたまった。

・・・やっぱり、まだまだダメダメだな。

俺はため息をついてから、改めて一人で学校への道のりを急ぐのであった。

(続く)