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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第24話』


同日、午後の授業。
その日の5時間目は『体育』というコマが割り振られていた。
当然だが運動着に着替えたクラスの子供たちが校庭に集合して、
まだチャイムがなる前のちょっとした時間を仲の良い子同士でわいわいと姦しく過ごしている。
美術や音楽は専門の担当教師を使うのに何故体育は俺が担当なんだろうと、
首を捻りながらも目の前の生徒たちに視線を向ける。

「・・・絶滅危惧種がいる」

何がとは言うまでもない。
この学校は私立であるせいか、校舎からプール、校庭に至るまで
全て敷地の外からは覗くことが出来ないように設計されている。
そのためかどうかは知らないが、少女たちの体操着は今日でも古き良き伝統の衣装が標準だ。
元気いっぱいに動き回っている子がシャツを中にしっかりとしまっているのも、
大人しそうな子が上着を外に出してちらちらと紺色が見えるだけなのも、
初めて穿く体操着に違和感があるのか密着する裾をもぞもぞと指先で微調整しているフェイトも、
全て貴賎などありはしない、というのが私の持論です。

「ナイスブルマ」

誰にも聞こえないようにお決まりの台詞を呟いてから、俺は時計へと目をやった。
そろそろ5時間目が始まる時間である。
俺は手をパンパンと叩いて皆に集合するように促した。

「おーい、皆集まってくれ。
午後の授業の説明をするから」

生徒たちに声をかけると同時に、チャイムが鳴り響く。
駆け寄ってくる生徒たちに今日の予定を説明しようとした俺の目の前に、
ちょこちょこと誰よりも速くフェイトが走りよってくる。
・・・何だ?

「に、兄さん、あのっ・・・」

フェイトが目をきょどきょどと慌しげにあちらこちらに向けながら何か言いたそうにしているので、
俺は彼女とナイショ話が出来るぐらいに身体を屈めてやる。
すると、彼女は俺の耳元にそっと近寄り躊躇いがちに口を開く。

「何だかぴっちりしてて、こ、この格好恥ずかしいよっ」

・・・キミのバリアジャケットの方が恥ずかしいと思うんだが、そこのところはどう思う?
俺はそんな本音が心に浮かんだが、大人の対応として黙っておいてやる。
代わりに、じっと彼女の今の格好を眺める。

「うーん」

もじもじと頬を微妙に赤らめながら、
フェイトはシャツをひっぱるようにしてショーツ型のブルマを隠そうと無駄なあがきをしている。
逆にシャツが伸びきって襟元からは素肌がかなりの勢いで露出しているし、
あまり目立つこともないはずの胸元がかすかに自己主張している始末だ。
うん、余計にエロい。

「フェイト、下手に意識するから余計に恥ずかしいんだ。
皆を見てみろ、堂々としたものだ。
別に恥ずかしい格好だとは思わないだろ?」
「う、うん、そうなんだけど・・・、これ、ぱ、パン・・・みたいで」

あうあう、とさらに顔を真っ赤にしながらそんなことを途切れ途切れに主張するフェイト。
もじもじと足をこするようにして恥ずかしさから逃れるよう四苦八苦する彼女の耳を取って、
小さな声で呟いてやる。

「よし、じゃあこの言葉を3回呟いてみろ、大丈夫になるから。
パンツじゃないから恥ずかしくないもんっ」
「・・・へ?」

フェイトは目を点にして呆けた声を上げるが、すぐに疑う素振りすら見せずに俺の言葉を復唱する。

「パ、パンツじゃないから恥ずかしくないもんっ
パンツじゃないから恥ずかしくないもんっ
パンツじゃないから恥ずかしくないもんっ」

・・・なんだコレ。
思ったよりもシュールな光景に一瞬にして冷静さを取り戻した俺だったが、
それはフェイトも同様だったようである。

「あれ、本当に恥ずかしくなくなった」

恥ずかしい台詞を呟きすぎたせいで一時的に羞恥心のメーターが吹っ飛んだのか、
彼女は首を捻りながら呟く。
・・・それともただ単純なだけなんだろうか。

「とりあえず、皆同じ格好なんだし、すぐ慣れるから大丈夫だ。
ほら、さっさと列に入れ、フェイト」

俺はその隙を逃さずにフェイトにクラスメイトたちの方へと戻るように促す。
彼女はなおも不審げに首を傾げながらも手招きするなのはの方へと歩いていった。
さて、それじゃあさっさと授業を始めましょうか。

「よーし、それじゃあ今日の授業の説明をするぞー」

俺は緊張感の切れ始めたクラスメイトたちが授業中だということを思い出してくれるように、
努めてしっかりとした声を出しながら説明に移ったのである。





準備運動と柔軟体操をするクラスメイトたちを校庭の隅にあるベンチに座りながら、
ぼけっ、と眺めているはやてを俺は見つめていた。
どうやら生徒たちは真面目に体操に取り組んでいるようだったので、
はやての方に意識を向けると、風に乗ってかすかに彼女の独り言が届いてくる。

「仕方ないもんなぁ」

はやてはわいわいと騒ぐ活気の良い一画を見つめながら、そんな風に呟く。
軽くぐっと両腕を伸ばして、少しは場の雰囲気を味わってみようと軽い柔軟を試みる彼女の横に、
いつの間にか一人の少女が立っていた。

「手伝おうか?」
「あれ、なのはちゃん」

はやてが不思議そうに声を掛けてきた相手を見つめる。
にこりと笑うなのはの方へ顔を向けた後、あれ、と思ってはやてが柔軟している2人組みを見直すと、
アリサとすずかちゃん、それからヴィータとフェイトが2人組を組んでいる姿があった。
そちらの方では、すずかちゃんの身体がべたっ、
と地面に届くのをアリサがどこか胡散臭げに見つめていた。

「・・・すずかちゃんすごいなぁ」
「あはは、多分クラスで一番、ううん、学年でも一番運動できるんじゃないかな」

はやての呟きに答えを返すなのはは、
彼女が運動するつもりがなさそうだと思ったのか、その隣に腰を下ろしながら続ける。

「今日の体育はドッジボールだって。
でも全員で2チームに分けると多いからって、後のゲームになったわたしはまだ休憩中」
「・・・くすくす、
全く兄ちゃんは余計な気をまわしてんなぁ」
「・・・?
はやてちゃん、何か言った?」
「何でもあらへんよ。
それよりも早速始めるみたいや」

途切れ途切れに聞こえるはやてとなのはの会話だったが、そろそろゲームを始める時間だ。
まぁ、はやてもなのはが一緒にいれば体育に参加できなくても寂しくはないだろう。
・・・コートは2面以上とれるのだから、本当は2ゲーム一緒にだって出来るのは事実である。
つまり、わざわざ1ゲームずつやるなんて言うのはただはやてを贔屓してしまっているだけだと、
自覚はしているつもりである。
とは言え、彼女を全く配慮をしないのも何か違う気もする。
やっぱり学校の先生って難しいなぁ、そんな風に考えながらも、
一旦彼女たちの話を盗み聞くことを中断してコートの中に意識を戻した。

7〜8人のチームをA〜Dまで4つ作ったのだが、まずはAチームとBチームの試合である。
Aチームのヴィータとフェイトが始めて触れるだろうドッジボールの玉を抱えて何事か喋っている。
ふむ、作戦でも練っているのだろうか。
それに対するBチームのアリサとすずかちゃんは、
にこにこと笑うすずかちゃんにアリサが何事か仕切られているようだった。
さて、このゲームはどっちに軍配があがるのかな。
個人的にも楽しみだったりはする。

「試合開始〜」

ピィーーーー、と手に持った笛を吹いて宣言してから、先行側のBチームにボールを渡す。

「さぁー、いくわよっ!」

俺からボールを受け取ったアリサが、気合一発、腕をぐるぐると回してから
しっかりとボールを右手に持ち勢い良くボールを投げる。
女の子とは思えない、男の子顔負けの勢いとコントロールだった。
だが、Aチームの男子は面目躍如と意気込んでいたためかは知らないが、
がっちりとボールをキャッチする。
そして、本日のドッジボール第一試合の幕がきって下ろされたのである。



わーわー、と騒がしいコートの上では既にゲームは中盤戦を迎えていた。
既に数人の子供たちが外野に移動しているが、
流石と言うか何というかヴィータ、フェイト、アリサ、すずかちゃんの4人はまだ内野に残ったままだ。
アリサは子供らしくきゃいきゃいとはしゃぎながらも、皆の中心としてしっかりとゲームを仕切って、
Bチームのメンバーが一箇所に固まらないように指示を飛ばしている。
フェイトは初めてのドッジボールに戸惑いながらも、
負けず嫌いなのか勝気に逸り前に出て積極的にボールを受け止めているAチームのエースである。
すずかちゃんはアリサの陰に隠れて、というよりも彼女がミスキャッチをしたら
すぐにフォロー出来る位置に陣取って、進んで動くつもりはなさそうだ。
そして、ヴィータはやぶ睨みの瞳でやる気の無さそうな表情を隠すこともなく、
自分を狙ってくるボールだけを軽くスウェーしてかわしている。

そんな微妙に硬直し始めたゲームの様子を俺がぼけっとした間抜け面で窺っていると、
ふと、アリサと目があった。
もちろん、普通にゲームをしていたらコートの外にいるこちらに目線が向くことなどありえないのだから、
何か意図があるのだろうと、俺は彼女の視線を受け止めてじっと見つめ返してやる。
その瞬間、弾けるように首ごと目を大きく逸らしたアリサの目の前に、ボールが迫っていた。

「へ・・・?」
「アリサっ、避けてっ!!」

ボールを投げたフェイトも慌てて叫ぶが、
ゲームに全く集中してなかったアリサに対処が出来るはずもなかった。
当然のようにボールは木偶のように立ち尽くした彼女の顔面に直撃する。

「へぶうっ!?」

アリサはヒロインにあるまじき奇声をあげて、直撃した鼻を両手で押さえる。
あちゃあ、と言った言葉が適切な様子で口に手を当てて驚くフェイトだが、
これは余所見をしていたアリサが悪いだろう。

「顔面セーフだ。
アリサ、鼻血とか出てないか?
大丈夫ならゲーム続行」
「・・・は、はな・・・ううっ。
大丈夫ですぅ・・・」

まだ赤くなった鼻を押さえたまま、なんとか返事をするアリサだったが、
その後姿はまるで落ち込んでしまったように肩を落としていた。
色々な意味で心に微妙なキズを負わせてしまった気もするが、
まぁ肉体的には怪我は無いようなので、ピーっ、と笛を鳴らして再開の合図をする。
アリサちゃんにぶつかったボールは、今度はすずかちゃんの手に渡っていた。
何時の間に手に入れたのかは分からないが、
彼女はずっとアリサちゃんのフォローをしていたのだから受け取っていたとしても不思議はない。
ないのだが、何か怖い、と思ってしまう。
そんなものは気のせいだろうが、俺と同じ不安を感じているのか、
一瞬、クラスメイトたちもざわめきを見せた。
うん、何だか良く分からないけど、やっぱり俺も怖いです。
そんな周囲の状況など何処吹く風、とばかりにすずかちゃんがフェイトに向けて、
にっこり、と笑顔を向けると同時に

ぶおんっ

凄まじい速度で腕を振りぬく音が、コートの外の俺が立っている場所まで聞こえたような音がした。

「へ・・・」

フェイトはさきほどのアリサと同じような上ずった声を上げながら、
凄まじい勢いで飛んでくるボールを受け止めようと慌てて構えを取る。
だが、少し遅かった。
ボールは彼女の腕をすり抜けるように速さを増し、
スパーン、と小気味の良い音をたててフェイトに直撃して地面に転がる。

「アウトーっ」
「すご・・・」

フェイトが目を白黒させながら呆然と呟いた。
俺はそんな彼女に外野に出るように促すと、フェイトは一瞬すずかちゃんの方へとすごいね、
と言った驚きのジェスチャーを送ってから外野に出て行く。
途中、離れた場所で応援していたなのはに向けて今度は苦笑いしてみせる彼女から視線を外して、
コートの中に意識を戻す。
先ほどまでやる気の「や」の字も見せなかったヴィータが、
これは面白そうだとばかりにすずかちゃんを見据えていた。

「へぇ。
なかなかやるじゃねぇか」
「ううん、たまたまだよ。
同じ手はもうフェイトちゃんには通じないかな」

すずかちゃんはそう言うが、その表情はそれでも自分の勝ちは揺るがない、
と宣言しているような意思がアリアリと込められている。
・・・まぁ、どう見ても小学生レベルとは思えないあんな玉が投げられる以上、自信があって当然だ。

「よっし、じゃああたしも参加してやるぜ」
「お手柔らかにお願いね」

ヴィータの発言はぶっちゃけ今まで参加してなかったんかい、
と教師としては突っ込みをいれたくなるものであったが、折角のこのバトル的雰囲気を壊したくもない。
ぶっちゃけ、すずかちゃんの本当の実力にも興味あるし。

「・・・ごくり」

俺が思わず生唾を飲むのと同時だった。
すずかちゃんは平均的な小学3年生よりも一回りは小さいヴィータに油断した素振りもなく、
鋭い視線を向けて慎重に構えを取る。
アリサちゃん以下、周りのBチームのメンバーは、
『何だこの展開、聞いてねぇぞ』
とばかりにおろおろとうろたえた気配を見せるばかりであるが、
そもそもヴィータの意識にはもうすずかちゃんしか入っていないのだろう。
周りのことなど気にした素振りも見せず、ヴィータはボールを持ったまま、
右手を身体ごと捻ってピン、と自分自身を弓と見立てたかのように、引き絞っていく。
ぎりぎり・・・、と幻想の音が聞こえてきそうなほど引分けを保つヴィータの視線が、
直線上に立つすずかちゃんの身体を捉えた、そう思った瞬間、

どんっ!!

空気が弾ける音が確かに響いた。

ばんっ!

次にボールの行方に気付いたときには、既にすずかちゃんの腕の中であった。
あまりのレベルの高さに、AチームもBチームも残りのメンバーは、
ぽかんとした顔で事態に付いていっていない。
そんな周囲を置いてけぼりにする空気にも関わらず、
すずかちゃんはしっかりと受け止めたせいで手が痛むのか、
左手にボールを抱えたまま、右手をぱたぱたと振って顔を顰めていた。
だが、それでも彼女の顔には、変わらぬ笑みが張り付いていた。
・・・怖いなぁ。
俺の心の呟きなど当然だが聞こえた素振りもなく、
すずかちゃんはステップを踏むように軽やかに2,3歩後ろに下がる。
下がると同時に前へとダッシュしながらその勢いを保たせるために、
身体全身を一つのムチであるかのように見立ててボールを持つ腕を高速でしならせた。

すぱぁあんっ!!

今度は空気が裂ける音が響いた。

ずどんっ!!

次の瞬間、ボールはヴィータの手の中に瞬間移動していた。
いや、実際に瞬間移動したわけではないけれど。
コートの中ではAチームもBチームも変わることなく、皆顔色を真っ青に染めていた。
主に恐怖という感情のせいで。

「くっくっくっく」

ボールを持つヴィータの含み笑いが聞こえたと思うと、
彼女は片手でボールをしっかりと鷲掴みにしたまま、すぅ、と目を細める。
・・・本気くせぇ。

「やばいと思ったら避けろよ」

そうすずかちゃんに向けて宣言してから、
ヴィータはボールを右手一本で抱え込むように掴みながら回転を始めた。
ハンマー投げの要領、と言うよりもギガントハンマーの破壊力を上げるための手段の応用だろう。
ボールを抱えたままあまりの凄まじい速度で回転するヴィータの周りからは、つむじ風が舞い起こる。
ごうごう、と吹きすさぶ烈風に周囲の生徒たちは引きつった顔で、
自分の力ではどうしようもない事態が起こったときに浮かべるような自虐的な笑みを浮かべていた。
こりゃ、もうゲームにならん。
俺は一つため息をついてから、

ぴぷーーーーっ

とやる気なさげに笛を吹いてから、コート上の生徒たちを退避させる。
・・・あれが子供に当たったら死ぬぞ、多分。

「くらえええええええええっ!!」

退避が終わると同時にヴィータの叫びが響いた。
漫画のような轟音と土煙を上げながら投げ飛ばしたボールが、
すずかちゃん目指して一直線にカッ飛んでいく。
・・・って、すずかちゃんは逃げてないのかよっ!?

「逃げ・・・っ」

俺は慌てて叫ぼうとするが、それよりも圧倒的に早く、速く、ボールがすずかちゃんへと迫ってくる。
彼女は逃げる素振りすら微塵も見せず、
真剣な瞳で、瞬き一つせずに殺傷能力さえありそうなボールを見つめていた。
そして、その瞬間は本当に瞬時にやってきたせいで、目を背ける暇もなかった。

つまり、何か対策を打つことなど出来るはずもなく、あっと言う間にすずかちゃんとボールが重なった。

「ああっ!?」

だが、ぐちゃりとかいうグロっぽい音が聞こえることもなく、
ドンやらズドンやらの激しい音も聞こえなかった。
凄惨な場面を想像していたのか、
顔を青くして目を背けていたクラスメイトやら目を閉じていた生徒たちが恐る恐る視線を戻すと、
そこにはすずかちゃんが五体満足でしっかりと立っていた。

「ボ、ボールは?」
「ないぞ、何処行った?」
「もしかして消えちゃった?」
「そんなわけ・・・」
「上っ!」

ざわめく子供たちは、フェイトの叫びで一斉に空を見上げる。
そこには高く、高く舞い上がるボールの姿があった。
・・・まさか、空中にボールを受け流したのか?

「ふっ!」

すずかちゃんがボールを追いかけるように、気合を入れて跳躍する。
ばしっ、と空中のボールをしっかりとキャッチして、そのまま彼女はヴィータへと視線を向ける。
2人の目線が交錯したかと思った瞬間、

「えいっ!!」

すずかちゃんが器用に空中で体勢を立て直してボールを投げた。
速く鋭い角度で飛んでいく玉ではあるが、地面を踏ん張れない分どうしてもパワーに劣る。
易々とヴィータに受け止められてしまうのではないか、そんな想像をせずにはいられない。
ヴィータもそれが分かっているのか、少しだけ拍子抜けした表情で迫るボールを待ち構える。
それを、地面に落ちながらも、すずかちゃんは唇の端を吊り上げながら見つめていた。

「あぶないっ、ヴィータっ!」

彼女の表情に本能的に危険を察して思わず俺は叫んでいた。

「なっ・・に・・・っ?」

叫び声とほぼ同時だろう。
ヴィータにたどり着く直前でボールが、すとんと落ちる。
元々角度のある玉だっただけに、最早真っ逆さまという表現が相応しいボールを、
だがヴィータは俺の声が届いたせいか見事に反応してみせていた。
不規則な軌道を描いたボールを
しっかりと両手で抱えようと構えなおすヴィータの腕に捕らえられる瞬間、
ソレは彼女の腕の中で空中を抉るようにさらに鋭い角度をつけて見事にねじ曲がる。

「に・・・二段カーブ・・・」

呆然と見つめていた俺の前で。
何が起こったのかよく分かっていないクラスメイトたちの前で。
ボールは地面にころころと転がり、
そして、すずかちゃんの足元までまるで意志を持つかのように戻っていった。

「先生、アウトですよね?」

普段通りの穏やかなすずかちゃんの声で、俺ははっと我に返る。
慌てて、ヴィータへ向けて宣言する。

「アウトっ、外野へ!」
「ち、ちきしょうっ!」

ヴィータが悔しそうに外野に移動するのを見ながら、俺は思った。
・・・すずかちゃんマヂつえぇえ。



ちなみに校庭の片隅のベンチでは、

「小学校ってすごいんやなぁ。
なんや、わたしあそこまで動けるようになる自信全くあらへんよ。
頑張らないといかんな」
「いや、ムリムリ。
絶対ムリだってっ!
というかあの2人は平均から外れすぎてるんだから、参考にしちゃ駄目だよっ!」

はやてが2人のドッジボールを観戦しながら目を輝かして呟いた言葉に、
なのはがぶんぶんと頭を振りながら何とか彼女の勘違いを正そうと焦っていたりした。





そして、怒涛の一時間が終わりを告げた。
帰りのホームルームの時間に俺が午前中にやったテストを全員に返却すると、
窓際の一角では、アリサが午前中の巻き戻し映像を見るかのように真っ白に燃え尽きていた。

「あ、あた、あたしが・・・い、いち、いってん・・・」

かすかな彼女の呟きが俺の立っている教壇まで届いてくる。
・・・一問しか解いてないんだから当然1点なのだが、
彼女はこの結果を予測してチャレンジしたのではなかったのだろうか。

「あは、あはははは、あはははは・・・、ゆめ、そうこれは夢よ。
だってほら、すずかとかさっき凄かったし、ゆめ。
なんかすごいことになってるけど、うん、夢だって」

ついに現実逃避を始めたアリサを、
隣の席のヴィータがコイツはどうしたものか、という視線で見つめている。
しばらくして落ち着く様子のないアリサへの干渉を諦めたのか、
ヴィータは今度は俺に向けて、どうにかしろ、と視線で訴えてくる。

「あー、ちなみに一桁の点数しか取れなかった奴は補習だからちょっと残ってくれ。
・・・一人しかいないけどな」

「先生のばぁかあああああっ!?」

机に突っ伏すアリサがクラス中に自ら告白してくれたところで、本日はこれまで。

(続く)