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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第21話』


まっくらな暗闇の中を手探りに進んでいた。
歩みを進める自分のつま先すら見通せぬほど黒く沈んだ道は、まるでトンネルのようだ。
どうしてこんな場所を歩いているのかは自分でも分からなかったが、
まもなく終点だということは理解している。
何かの境にいるのだ、そんな風に考えていた。

そして、ついに境界の長いトンネルを抜けると六畳一間の畳敷きの和室であった。

黒で覆われていたはずが、安っぽい蛍光灯の白い光に置き換わっている。
眩しさに俺の足が止まる。
すると、部屋にいた娘が立ち上がり、
俺の目の前にちょこんという形容詞が相応しいぐらい可愛らしくも立ち塞がった。

「寒いので、早く入ってください」

気付くと俺の後ろにはキイキイ、と軋んだ音を鳴らす錆びた金属の戸が開いていた。
びゅうびゅう、と冬のからっ風が俺の耳に寒々しい音を鳴らし、
実際にその風に吹かれた俺の身体がぶるぶると震える。

「あ、・・・ごめん」

ぎぃいいっ、とイヤな音を立てるドアを閉める。
この音を不快に思ったのは俺だけじゃなかったらしく、
振り返ると少女も何とも言えない苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。

「・・・もうちょっと良い部屋を借りたいものです」

はぁ、とため息をつく少女の少し乾いた唇から白い吐息が漏れる。
ドアを閉めてもまだ寒かった。
具体的には1月の・・・そう、18日ぐらいの気温だ。
目の前の、俺の肩よりも低いぐらいの身長の少女も、
袖のあまったもこもこのセーターの上にどてらを羽織り、
それでもなおも寒そうに自分の両手を擦っている。

「さ、早く入ってください。
みかんぐらいしかありませんけど、よければどうぞ」

俺が自分のことを見ていたのに気付いたのかいないのか。
少女は自然な動作で俺に背を向けると、いそいそと自分の定位置へと戻っていった。
そう、この狭い部屋の真中には、唯一無二の暖房器具であるコタツが置かれている。
彼女はコタツ布団の中に躊躇無く足をつっこむと、
いかにもこの世の幸せを見つけた、と言った緩い笑顔を浮かべる。

「やっぱり冬はコタツにみかんですね、貴方もそう思いませんか?」
「石油ストーブの方が良いんじゃないか?」
「一人暮らししていると灯油缶を運ぶのも大変ですから。
そもそも賃貸だとけち臭いことに、大家が認めてくれないのです」

俺もコタツへと足をつっこませながら疑問を尋ねると、
少女はコタツの上に置いてあった編み籠の中から手に取ったみかんを俺に差出しつつ、そう答えた。
不動産によって色々だと思ったが、俺はあえて指摘せずに少女の言葉を流す。
みかんの皮に指を軽くつっこむと、少しだけ汁が飛んで指にかかった。

「さて、食べたら始めましょうか」

少女は再び手を伸ばし、籠から新しいみかんを手に取ると自分も皮を剥きながら、
さも当然のように呟いた。

・・・はて、何をだろう。

俺はみかんの皮を剥き終え、
気になる部分の薄皮だけをちょいちょい、と除きながらみかんを一房二房頬張った。
じんわりとした甘さと適度な酸味を味わいながら、
そういえば、今は6月だったのではないだろうかと思い出す。
それに確か、俺は廃ビルにアリサちゃんを助けにいって、そこで。
あれ、もしかしてこれって・・・またまた、ご冗談を?



「さて、それでは非常に簡素ではありますが、略式の審判を始めます」

少女は自分のみかんの、最後の一房を口に放り込むとさも当然のように俺へと告げた。
にっこりとした可愛らしい笑顔で、
彼女はどこからともなくフリルのついた可愛らしくも威厳のある冠と、
ごてごてとした紋様が描かれた棒きれを取り出してから続ける。

「蛮勇は褒められるべきことではなく、責めを負うべき悪行であることを知るべきである」

・・・あれ?
一転して、彼女の顔には何も映ってはいなかった。
無表情だというわけではなく、
ただ流れ作業の中で検品を行う監督官のような物事を客観的に見極める顔つきである。
そんな中こちらを見つめる瞳は、まるで断罪を待つ咎人を見るような視線だった。
声色はこちらを威圧するかのように低く、流麗な口調で放たれるソレには威厳が篭っている。
背筋をきりりと伸ばし、まるで彼女の上背が俺よりも高いように見えた。

「無謀は考えることを放棄した白痴の所業であり、先を見通せぬ乱雑さはまた没義道な仕業と化ける」

朗々と語る少女の言葉は俺の胸にすんなりと響いた。
難解な言い回しも、もってまわった表現も、俺の理解を妨げることはない。

「己の命さえ省みぬ軽挙な行いは生き物としての矛盾と知れ。
罪科とは他者を貶める行為のみに非ず、自己を貶める行為にもまた当てはまる」

どうやら、俺はこの見も知らぬ少女に説教されているらしい。
こちらを心配するわけでも、非難するわけでも、賞賛するわけでもない淡々とした少女の口調は
逆に俺の心を深く貫いていく。

「・・・そう、貴方は少し自己犠牲が過ぎる」

少女はそこまでひと息に言い切ると、ようやく俺が一息いれる機会を与えた。
とは言え、突然そんなことを言われても俺は困惑することしか出来そうになく、
ただオロオロとした視線を少女にむけるばかりである。

「こう言い換えた方が分かりやすかったでしょうか。
約定は重い。
一身に願われた誓約はさらに重い。
一人の少女の成長を見つめるという約束は正しく果たさなければならず、
一人の救われぬ少女を普通の少女にするという約束はもう果たされたのか」

・・・なんて分かりやすい。
つまりは俺はやはり先の行動をこの少女に責められているわけか?

「それも果たさず死ぬ存在が地獄に堕ちるのは確実である」

・・・は?
地獄逝きってまたまたご冗談を。
そんな墓場から拾ってきたような木板持っているからって、まさか、そんな。
何かこの逆らえない雰囲気を持つこの人、いやこの御方って・・・。
閻魔様っ!?
うっそ、もっとこう門みたいな場所に魂が並んで整列して、
一人ずつ呼び出されて書類見ながら天国か地獄かをジャッジされるもんじゃ・・・って、
俺、本気で死んだっ!?

「何を誰に問われているか、気付いたか。
そもそも結末を予想しうる環境にあるとは言え、その矮小な身で何を為すつもりか。
貴方のみの力で変えられうる運命などありはしない。
貴方のみの力で為される未来に意味などはありはしない。
そう、己を物語の主人公とでも思ってしまったのか、少し自身の分を弁えるべきだ」

少女は狼狽の度を深める俺に構うことも無く、説教を続ける。
流石と言うか何というか、慌てふためくものへの説教は慣れているのだろう。
何故かこんなにも混乱しているのに彼女の言葉はすんなりと俺の心の深いところへと落ちていく。

「・・・それでも、個人的には貴方の在り方は好ましく思います。
ええ、あくまでも個人的には、ですが」



最後に呟いた言葉は俺の耳には届かなかったが、
それでも話は終わりだとばかりに再びみかん籠の中に少女は手を伸ばした。
みかんのだいだい色の外皮をきゅっきゅっ、と押して皮と身の間に軽く隙間を作った少女が、
みかんの皮を剥く。
俺もまだ手に持ったままだったみかんに気付き、慌てて口の中にその一欠を放り込む。
しばらくもぐもぐと俺と少女が咀嚼する音のみが部屋の中を満たしていた。
俺は途中だったからか、彼女よりも早く食べ終えてしまった。
するとやることが無くなったせいか、途端に不安が襲い掛かってきて尋ねずにはいられなかった。

「あの、俺は死んだんですか?」
「・・・っ!?
げほっごほっ」

少女が俺の問いに答えようとしてむせる。
机の上に置かれていたティッシュを2,3枚まとめて取ると、彼女に差し出す。
俺から受け取ったティッシュで口元を押さえていた少女はしばらく其のままで居たが落ち着いたのか、
丸めたティッシュをゴミ箱に投げ捨てると同時に俺に向けて口を開く。

「死んだのならば既に罪は確定しています。
こんな回りくどい説教なんてしませんよ」

先ほどのような重厚な、ソレでいて機械的な雰囲気はなくなり、
ここを訪れた当初のような丁寧で親しみのもてる言葉遣いで答えが返ってきた。
俺は彼女の返事に、ほっと胸をなで下ろして続く言葉に素直に耳を傾ける。

「このような行動が続くならば確実に地獄に堕ちるでしょうという警告です。
勿論、これからの人生で改めることなどいくらでも可能です」
「それは・・・その、ありがとうございます」

何と言っていいか分からなかったので、無難に礼を言う俺に彼女は小さく首を振って、
さらにもう一つみかんを俺に薦めてきた。
断わる理由もなかったので、少女の手からみかんを受け取って再び皮を剥く。

「・・・あの、こういうことはよくあることなんですか?」
「こういうこととは何でしょう」
「俺みたいに生きている人への説教ですよ」
「ああ、ほとんど無いと思います。
数多居る閻魔の中でも・・・そうですね、私以外にやっているモノがいるとは聞いたことがありません」

みかんを黙々と食べるだけなのもどうかと思ったので世間話を振ってみたのだが、
思ったよりも仰天な回答が返ってきた。
少女は俺の驚きように苦笑を浮かべながら、言葉の先を続ける。

「私は担当が長寿のものばかりなので、
何も考えずに暮らすものたちはすべからく大罪を背負ってしまうのです。
ですから時々善行を積んで頂くべく、声を掛けに行っているのですよ」

さも当然のように言う少女は、どこまでも本気そうだ。
普段の仕事にストレスがたまっているのか、
俺みたいなのが聞いていいのか分からない重要そうな言葉もすらすらと口から滑り落ちていく。

「何しろ、担当が『幻想』ですからね。
皆狡猾で老練、一筋縄ではいかないものばかりですし・・・。
貴方のように黙って私の話に耳を傾けてくれるものばかりなれば、こちらも話は短くて済むのですが」
「それは何も言い返さないでよかったです」
「・・・ですが、そんな軽口が出るということは、まだ足りていないようですかね?」
「ごめんなさい」

やれやれ、と言った風に肩をすくめる少女の態度に対して、
俺はこれ以上の説教を回避できた安堵感にほっと息を呑む。
だが、先ほどの発言にはとても気になる言葉があった。

「すいません、幻想って言うのは?
俺もそうなんですか?」
「ええ、異世界・・・いえ、この場合表裏世界、とでも呼ぶべきでしょうか。
そちらからの来訪者は貴方たった一人ですから、『幻想』のカテゴリーに入ってしまいますね」
「表裏?」
「あ、いえ、口が滑りましたね、気にしないで頂きたい。
とにかく、貴方を説教するにしても立場上私から出向くわけにもいきませんので、
そちらから来てくださったのは助かりました」

聞きなれない単語に俺が疑問を投げかけると、
少女はぴしゃりとした口調で答えるつもりはないと態度で示してきた。

・・・しかし、神様の世界でも俺はUMA扱いなわけか。

なんだかそのうち動物園に展示されそうな気もしてきたな。
俺が良く分からないことに悩んでいると、少女は無造作に立ち上がって備え付けの台所へと向かった。
そこにはやかんが火にかけられていたようで、
少女が近づくと同時に『ピーッ』とレトロな蒸気音を響かせる。
上はセーターとどてらという完璧な装備のくせに、
下はミニとも言っても良いスカートを穿いているだけの少女は
寒そうに自分の太ももを数度擦らせながらヤカンのお湯を急須へと注いでいく。
それにしても、何だかもじもじとしている素足が微妙にエロ・・・

「・・・それ以上の妄想は罪科に加えますよ?」
「りょ、了解です」

慌てて視線を逸らすと、背中からため息が聞こえた。
それからすぐに俺の肩口から手が伸びてきて、俺の目の前のコタツ机に湯のみが一つ置かれる。
少女自身ももう一つの湯のみを持って、先ほどまでの定位置へと戻っていく。

「ちなみに、姦通も罪科ですから自重するように」

もう一度ため息をついてから、俺にずびしと指を差して自重するように促す少女に、
こくこくと頷きを返す。
きっと、自分の容姿が成人女性のソレと比べて些か発達に乏しいのを自覚しているせいだろう。
うん、自重します。

「ずずず・・・あ、美味しい」
「それは良かったです。
ちょっと自信があったんですよ?」

少女は自分でもお茶を一口飲み、満足そうに頷きながら返事をした。
それから、改めて俺の顔を見つめた少女は呟く。

「とは言えそろそろ時間ですか」
「えぇと、時間?
あの、それは」
「貴方がそろそろ起きる時間ですね」

少女は俺の疑問に端的に答えると、つい、と視線を湯のみへと向けた。
ちょっと残念そうに眦を下げた瞳に映る、まだ湯気を上げるお茶は先ほど飲んだ限りまだかなり熱い。
・・・だが、折角淹れてくれたものを残して帰るのも気が引ける。

「えいっ」
「あ・・・っ」

気合一発、まだ彼女が目を向けていた湯のみを手に取って一気に呷る。
うむ、熱い。

「美味しかったです、ありがとうございました」

ペコリ、と頭を下げる俺に少女は目を白黒とさせていた。
しばらく俺の舌が無事かどうかを気にしていたようであったが、
やがてくすり、と心底嬉しそうな笑みをこぼす。

「やはり、貴方は善行を重ねるべきです。
その性根は、決して悪徳ではない」
「そんなお墨付きをもらえるなんて嬉しいけど、具体的にはどうすればいいんですか?」
「答えを簡単に求めるものではありません」

ぴしゃり、と切って捨てられる。
まぁごもっともである、どうすれば極楽にいけるのか、
などと言うことを一々閻魔様が教えていては現世はその方法を実行する輩で溢れてしまうだろう。

「ですが、きちんとお茶を飲み干して下さったお礼です。
アドバイスだけ差し上げましょう」

再びにこりと微笑んだ少女は、いたずらを思いついたかのような
この少女の精神にしては似つかわしくない、それでも彼女の見た目にはひどく似合う、
思わずドキリと心臓が高鳴るような魅力に溢れた表情を浮かべていた。

「ヒトは適切な勤労によって日々の糧を得ることで己の性分と器を知ることが出来るのです。
無職ではそれもままなりません。
職を探すこと、それが今のあなたが積める善行よ」





「やっま・・・だっ・・・!?」

目を開けると、天井が見えた。
先ほどまでの安っぽい年月を感じさせる天井ではなく、
どこまでも白い、高級感を感じさせる天井だった。
こんな所でも格差社会とは、と言うか閻魔様も底辺側だったんだなぁ。

「・・・ふああああっ」

ぼんやりとする頭で先ほどの夢らしきものを思い出す。
大きく開いた口から飛び出た欠伸とともに消えていく少女の姿に些かの寂しさを覚えなくもなかったが、
それでもいくつかのアドバイスは俺の記憶に何とか引っかかっていた。

「・・・何だったっけな。
とりあえずここは何処だ?」

おぼろげになっていく少女の顔を取りあえず外に置き、俺は天井をじっと見つめていた。
そこで気付いたのだが、この天井に俺は見覚えがない。
周囲を見渡してみようとふかふかの高級感溢れるベッドから上半身を持ち上げようとして、
違和感を覚える。

「持ち上がらない?」

俺のお腹の辺りに、ずっしり、と言うわけでもないが適度な荷重がかかっている。
布団ほど軽いわけでもないが、
箪笥やクローゼットみたいに極端に重いものが乗っかっているわけでもない。
そう、例えるならば、ヒト一人、それも子供ぐらいの重さで。

・・・コホン。

これはもしや嬉し恥ずかし添い寝イベントってやつだろうか。
俺はぐっ、と力を込めてゆっくりと身体を持ち上げていく。
そこには・・・

「ワンっ!」
「オマエかよ・・・」

あのとき協力を仰いだバニングス家の飼い犬が、俺の腹があるあたりに寝転んでいた。
期待外れぶりにげんなりとしながらも、もう気にすることも無い、と勢いよく身体を持ちあげる。

「ってことはここはバニングスのお屋敷か?」

俺が動いたせいでベッドから飛び降りることになった犬は一度、

「ワンっ!」

と答えて、そのまま犬用に拵えられた小さな出入り口から我が物顔ですたすたと歩き去っていく。
取りあえず、ここが何処かは分かった。
さて、次の質問だ。

「俺はどのぐらい眠っていたのかね」

立ち上がってきょろきょろと見回してみても、残念ながらカレンダーも見当たらない。
庶民の家では各部屋にカレンダーがあるのがデフォルトな気がするが・・・、金持ちは違うようだな。
ええい、呪ってやろうか。
そんなことを考えていた俺の耳に、コンコン、という控えめなノックの音が響いてくる。

「・・・?
どうぞ」

俺が何の気負いもなしに声を掛けると、こちらと廊下を隔てるドアが音も立たずに開いていく
何処かで嘆くどてらを着た少女の姿を幻視したが、それもすぐに霧散した。
ドアがほんの10cmほど開いただけで止まったことに首を傾げていると、
その隙間から金髪がちらりと見える。
それから明るい色をした瞳がこっそりとした様子で部屋の中を覗いていたが、
俺と目が合うとさっとドアの影へと隠れてしまった。

・・・さて、いい加減疑問ばかり浮かんでくる現状を打開したいのだが。

俺がいつまでも変わらぬ現状に辟易としていると、再びこちらを覗く瞳が横目に入ってきた。
つい、と目を合わせてやっても今度は逃げる様子はないようだったが、
何故かこちらを脅える小動物のような瞳でじっと見つめている。
だが、すーはー、と数回の深呼吸を繰り返した彼女は、
ドアを勢いよく開けて自分の姿を俺の前に晒した。
意志の強そうな少しつり目がちな大きい瞳に、口をへの字に曲げて眉を吊り上げていた。
それから、日本人ではないことを証明する見事な金髪をストレートにした少女は、
彼女の体型と比べると少しゆったりとした暖色系のワンピースを着込んでいる。

意を決したようにずかずかとベッドへと忙しない足取りで近づいてきたアリサちゃんは、
俺の目の前で立ち止まって再び大きく息を吸った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

俺が何のようだ、と尋ねるよりも早く彼女が勢いよく頭を下げる。
そして、続いた言葉は少しばかり不可解なものだ。

「・・・なんで3回も謝るんだ?」
「1回目はあたしの事情に巻き込んでしまってごめんなさい。
2回目は引っかいたり噛み付いたりしてごめんなさい。
3回目は気絶させちゃってごめんなさい」

俺の疑問に答えてくれるアリサちゃんを半ば呆れ顔で見つめる。
なんとまぁ、律儀な子だ。

「それなら謝る必要はないよ。
特に3回目のは情けないことこの上ない」
「そ、そんなことないですっ!
とってもカッコ良かったですっ!!」

俺の顔にぶつかるぐらいまで接近したアリサちゃんは、
何故か力説するかのように鼻息荒く力強い大声を上げた。
声を突然張り上げたからかちょっとだけ頬を赤く染めた彼女は、
恥ずかしくなったのか、ぷい、と顔を背けてしまう。
まぁ、自己犠牲は害悪らしいので、ここは素直に褒められておこう。

「ありがとうな。
そう言ってもらえるととっても嬉しい」
「は、はいっ!
こちらこそ、助けて下さいましてありがとうございますっ!!」

ぶんっ、と音がなるぐらい再び頭を下げたアリサちゃんが顔を上げると、
そこには純粋な笑顔が浮かんでいた。
うむ、良い笑顔だ。
取りあえず事件を引きずってはいないようで何よりです。

「・・・あっと。
そうだそうだ、聞かなきゃいけないことがあったんだ」
「何ですかっ?」
「あれからどのくらい経ったんだ?
俺は何時間ぐらい寝てた?」
「はい、えっと2日ほどです」
「そう2日か・・・って2日もっ!?
げげっ!?」

思ったよりも圧倒的に長かった気絶期間に、俺の顔が瞬時に真っ青に染まった。
やばい、確実に怒られる。

「・・・ちなみにはやてたちには連絡は?」
「もちろん知ってます。
昨日もその、こちらにお見舞いに来て連れて帰るって言ってたんですけど、
あたしがお世話したいから、ってムリを言って帰ってもらいました」
「・・・そ、そうか」

何でか知らないが、後で怒られそうな気がひしひしとする。
それも予感ではなく、確定した未来な気がするのは何故だろう。

「えと、それからきょ・・・」
「ああ、それはいいよ。
俺を殴った下手人は謎のままにしよう。
互いに引きずる必要もないし、気にしないからそちらも気にするな、とだけ伝えておいてくれ」
「はい?」
「あの男が下を片付けてくれなかったら面倒だったしさ。
俺がちょっと殴られたぐらいは別にいいよ」
「・・・分かりました」

ちょっとだけ口を尖らせているアリサちゃんが何故か不満そうにしているが、
俺が気にしていない以上ほじくり返す必要もないとは理解しているのだろう。
そんな彼女へと俺はつい、いつもはやてにしてやっている感覚で手を髪の毛の上へと伸ばす。

「・・・っ!?」

びくり、と一瞬ではあったが、彼女の身体に震えが走るのを見た俺の心に悲しみが満たされる。
早計だったな、と考えた俺が手を離そうとした瞬間、

「えいっ!!」

逆にアリサちゃんによって俺の手がぎゅっと掴まれる。
そのまま彼女の髪の上へと勢いがついた手をべたり、と押し付けられてしまう。

「大丈夫なのか?」
「はい、・・・やっぱりまだ少し怖いですけど、何だか逆に安心感もあるんです。
不思議ですね」
「そっか・・・それにしても良かった。
髪も大丈夫みたいだしね、折角の綺麗な髪だもんな」
「えへへ・・・」

触ってみるとまだ少し痛んでいるようにも感じたが、それでもすぐに元どおりだろう。
俺は出来るだけ早く治りますように、と願いを込めながら彼女の髪を優しく梳く。



しばらくそんな時間を過ごしていると、アリサちゃんが大事なことを思い出した、
とでも言いたげに慌てて俺から距離を取る。
そのまま、きりりとした真面目な表情を浮かべた彼女が背筋をピンと正す。

「本当に助けて下さってありがとうございました。
当家を代表して御礼申し上げます、この御恩は必ずやお返し致します。
何でも仰って下さい!!」

はきはきとそれでいて凛とした口調と澄ました顔で喋っていたアリサちゃんだったが、
途中でつらくなってしまったのか、彼女の地に舞い戻ってしまう。
俺はそれでもお嬢様らしい彼女の振る舞いにぱちくり、と目を瞬せるばかりだった。

「・・・そう言われてもな」

お礼のために動いたわけじゃないから何もいらないよ、そう言おうとして思いとどまる。
そうだ、先ほどの夢で誰かが俺にアドバイスをくれたじゃないか。

「それじゃあ折角だし・・・」

俺はその忠告を何とか思い出しながらも、
無理難題となるかもしれないその願いを言うために口を開いたのであった。

(続く)