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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第20話』


すずかちゃんから電話を受けてから、既に30分ほどが経過していた。
俺は逸る気持ちを抑えて、
一匹の犬と共にアリサちゃんとすずかちゃんが待ち合わせ場所にしていた街角まで訪れていた。
周囲にはすずかちゃんの姿も、アリサちゃん家の車の姿もない。
恐らく、それぞれが心当たりを探しているのだろう。
・・・そちらが当たりならば、良いんだけどな。

「よしっ、いっちょやってくれ!」
「ワンっ!」

元気良く返事をしてくれた大型に属するだろう犬ころが地面に顔面を押し付けるようにして、
アリサちゃんの残り香を探る。
わずか数秒の探索ですぐに自身の飼い主の匂いを見つけたのだろう。
犬は顔を勢い良く上げて、俺へと一声鳴いてみせる。

「ワゥン!」
「ゴーっ!」

俺は一つ頷きを返すと、
先行するラブラドール・レトリバーと呼ばれる犬種の後を追いかけていく。
走りながら考えるのは、電話を受け取ってからこれまでのこと。
俺はこの騒動はかなりの高確率で誘拐事件であり、
その上この街の何処かに犯人一味は隠れている、そんな風に考えずにはいられなかった。
俺の予測に従えば、広域探索で探し当てることが出来るかもしれないが・・・
一概にこの街といってもかなり広い。
10年後ならばともかく今のなのはでさえ、
たった一人の少女を探して街全域を隈なく検索することは無茶であろう。
無論、俺がやることが不可能なのも言うまでもない。
そんな訳で、頼りになってくれそうだったのは・・・

「頼んだぜ、わんこっ!」
「ワンワンっ!」

俺の前方をかなりの速度で迷いなく走る犬である。
もちろん、その辺の野良犬を連れてきたわけではない。
この場所に来る前にバニングス家に不法侵入、もとい、無許可でお邪魔した際に庭で出会い、
それから誠心誠意を尽くして説得した犬ころだ。
ちょうど都合良く動物の一部とコミュニケーションを取れる魔法を開発していたので、
犬と意思の伝達が出来たのは非常に好都合だった。
こればかりはお約束の展開に感謝するしかない。

「こっちを右かっ!」
「ワフっ!」

日が出ているのにも関わらず何故か薄暗い、汚らしい雰囲気の裏路地に入る。
・・・あの子がこんな場所を訪れる理由があるとはとても思えない。
やはり何らかのトラブルに巻き込まれたとみるのが正解だろう。
ちなみに俺の頭には今さっきの『ワフっ』という言葉は『そうだよ』と聞こえていたりする。
実際のところ、犬がそこまで精密に言葉を操れるわけではないらしく、
魔法的に言えば感情の色を読み取っている、
科学的にいえば脳波パターンを解析している、と言ったところが正解だろう。
つまりロマンチックに言えば、心と心が繋がっている。
端的に言えば脳と脳の間で微弱な電気信号を直接的に飛ばし合い、
相互理解をよりしやすくしているだけだったりする。

「それでこっちを左かっ!」
「ワオンっ!」

どちらにしろ、犬とのコミュニケーションが取れるのには違いない。
こうして飼い主の危機が伝わって、それに積極的に協力してくれるぐらいの伝達が可能なのだから、
もうこれ以上は望む必要はないだろう。

「ワゥン?」
「・・・どうした?」

それまで順調に駆けていた、犬ころの足が突然止まった。
もう一度チャレンジしようと、辺りの地面に再び鼻を押し付けるように嗅ぎまわる。
犬からは嫌な匂いがそこら中からするせいか、もう鼻を酷使したくないという感情と、
飼い主のために負けてられるか、というド根性の感情が伝わってくる。
だが確かにこの辺りは水溜りも多く、ゴミも散乱している。
こんな環境で人一人の足取りを判別するのは・・・犬でも難しいか。

「ワンワンっ!」
「・・・ちょっと待ってくれ」

犬ころの方は万策尽きたのか、顔を持ち上げて俺にどうにかしろと言ってきた。
方法としては・・・ちらり、と犬を見つめる。
心の中で、覚悟を尋ねる。
オマエにアリサちゃんのためにその身を投げ出す気があるか、と。

「ワンっ!」

すぐに良い返事が返ってきた。
魔法で訳すまでもない。
ならば俺が躊躇するなんてのは・・・彼に対して失礼に値する!

「よし、今からオマエの能力を底上げする。
余計なノイズがたくさん入るだろうし、後で非常に疲れるだろう。
それにもしかしたら後遺症が残る可能性だってある」
「ワンワンっ!」
「余分なこと言う暇があったら、さっさとやれってか?
・・・全く、男前だよ、オマエは」

生憎とセイから受け継いだ知識は全て俺が自由に使えるわけじゃない。
と言うか地球上の全生命のゲノム情報なんて把握しきれるわけがないし、
そんなことをやろうとしても俺の脳がパンクするだけだろう。
それでも、必然に駆られてから該当箇所を参照するだけだったとしても、
既存の能力の底上げぐらい出来ないでセイのマスターなんて名乗ってられるかっ!
ここが俺の正念場と言うことなら、何とでもしてみせるっ!!





「・・・ここか?」
「ワンっ!」

俺と犬はそれからしばらくして、
あの場所からさらに数十分ほど離れたとある廃ビルを見上げられる場所までやってきていた。
俺の魔法は成功してくれたようで、犬は迷うことなくこの場所まで俺を導いてくれたのである。
人間で言えば火事場の馬鹿力を使い続けた状態であるため、
かなりの負担が掛かっているだろうと思われるが、
それでもしっかりとした足取りで俺をここまで連れてきてくれた犬に、俺は改めて御礼を言う。

「ありがとうな。
オマエの頑張りは無駄にしない。
・・・きっとオマエの飼い主は助けてみせるからな?」

俺はまだ実際に確認しているわけではないが、
それでもこの場所にアリサちゃんが居ることを確信していた。
何しろ、外れて欲しいことばかりが現実に起こるもんで、
俺はこの場所にどこか見覚えがある気がする。

・・・それも昔やったゲームの中でなんて。

頭を抱えたくなるが、あの彼女とはこの彼女は立ち位置が大きく異なる。
恐らく金銭目的であろうし、そもそも、まだ彼女が居なくなってから3時間も経ってはいない。
最悪の事態にはなっていないと信じるしかないだろう。

「よし、オマエは誰か応援を呼んできてくれ。
すずかちゃんか執事さんか・・・頼りになる人をよろしく」

俺は心中で携帯電話さえ持っていない自分の不甲斐なさを嘆きつつもバリアジャケットを展開すると、
白衣にデフォルトで入っているメモ帳に、
目の前にある電柱に書かれている住所と『アリサはここ』というメッセージを走り書きで記入する。
犬がつけている首輪にメモを括りつけると、
彼は委細承知、と言った様子でまっすぐに来た道を駆け戻っていく。

「しっかし、すごい忠義だな。
よっぽどアリサちゃんが慕われているんだろう」

さすがに大人しく忠節がある、と言われているレトリバーとは言え、
ここまでやってくれるとは思わなかった。
嬉しい誤算がきっと吉兆になってくれるだろうと、
俺はそう強く願いながら改めて廃ビルへと視線を向けた。

「とにかく、中の様子を探ろう。
・・・こうなったら出し惜しみはなしだ。
魔法で隣のビルの屋上まで飛んでまずは様子を探るべき、か」

俺はあっさりとそんな判断を下すと、
目的のビルからは飛んでも見えない死角となる場所を選んで空中へと飛び上がる。
高速飛翔でそのまま空中戦なんてことは今でも出来ないが、
認識阻害無しで空を飛ぶだけならば出来たりするのである。

俺がやっぱり無人であろう、隣の背の高いビルの屋上へと降り立つと、
早速広域探索の魔法を構築する。
5階建てのあのビル一棟ぐらいならば・・・精度を落として実行すれば可能だろう。

「対象はヒト型XX染色体の有無・・・実行」
『Area Search』

本来であれば画像付で個人の特定まで出来る余地のある広域探索であるが、
俺が出来るのはせいぜい場所特定に特化した形、
それも具体的なことは何も分からない曖昧なレベルでしかない。
とは言え、このぐらいでも十分なはず。

「どうやら、あのビルの中に女性は一人しかいないようだな」

あのビルから感じる反応はたったの一つ。
3階の、覗き込めば丁度この位置からでも視認出来そうな部屋だった。
俺は一度大きく息を吐いて、覚悟を決めるとその場所にじっと視線を向けた。

「・・・いた」

ごくり、と息を呑む。
まず見えたのは、荒れ果てたあまり衛生的とは言えない部屋の中に無造作に置かれているベッド。
遠目であるが故に個人が特定するほどにははっきり見えないが、
長い金髪をした少女の顔がかすかに確認できた。
それからベッドの横に立つ、男の姿が一つ。
汚れた窓ガラスと、薄暗い室内のせいで中の様子をそれ以上伺うことは出来そうにない。

「・・・1人・・・なわけないよな」

俺は室内の様子を見つめながら、楽観的な考えを追い払う。
実際、俺の言葉を肯定するかのように、もう一人の人間の姿が見えた。
2人は何事かを話し合った素振りを見せた後、片方の姿が見えなくなる。
あの部屋から居なくなってくれたのか、それとも部屋の入り口に移動しただけか。

「とにかく、中の様子を探るにしてももう少し近づくか、
・・・あるいは透視でも出来ないことには話しにならないな」

俺は声に出して意志を固めると、透視魔法を選択することにした。
認識阻害は何度か使おうと試みたことがあるが上手くいった試しが少ないし、
何よりも廃ビルとは言え階下に下りるためには鍵が必要だろうから、
ここよりも都合の良い場所が見つかるとも思えない。
屋上ならば救援が来たときにすぐに把握できるし、
万が一俺が突入しなければならない事態になったとしても奇襲が容易となるだろう。

『Remote viewing』

使い慣れない魔法に頭が不快感を訴えてくるが、気にしてもいられない。
俺は改めて、障害物が消えたようにクリアに見えるようになった部屋の中へと視線を走らせた。
・・・部屋は元々オフィスだったのか、所々剥がれた床のタイルがその痕跡を見せている。
外へと続くドアを隠すような位置に男が一人立っており、先ほど居たはずのもう一人の姿は見えない。
どうやら部屋の外へと出ていったらしい。
まさかドアのすぐ外にまた見張りがいるとも思えないしな。
そんな廃墟と言って良い部屋の中に場違いのように置いてある簡素な、ソレでいて目新しいベッド。
敢えてなるべく視界に入れないようにしていたのだろうと、そんな客観的な感想が脳裏によぎる。
俺は自分でも分かるぐらい、恐る恐ると其方へと視線を向けて

「・・・まぁ、なんとかセーフって言えばセーフか」

最初に確認したように、彼女の顔には特に異常はなかった。
髪や顔の周りが泥で薄汚れているようにも見えるが、最悪な事態と比較すると大したことではない。
殴られた形跡もないようだ。
身体の様子を見ようと視線を下げてみると、
服は脱がされたようで上下の下着にその小柄な体躯は守られているだけのようである。
しかし、その理由は恐らく彼女の服が汚れてしまったせいだろう。
彼女の手足も痛ましい気持ちになりそうなぐらい泥だらけであるが、逆にそんな状態だからこそ、
下着が汚れていないことが彼女の貞操の無事を証明していた。
瞼をピクリとも動かさないが、
ただ気絶しているだけのようで胸元が規則的に上下しているのが見て取れる。
とは言え、楽観視なんて出来っこない。

「万が一、最悪の事態に陥るようであれば・・・。
なのはにはすまんが、約束は破る」

俺はクロノにも使ったのと同じ菌の入った試験管を白衣の内ポケットから取り出した。
正直、こんなことをしでかすような奴らにはエボラ菌でもばら撒いてやりたい気分だが、
バイオテロな手段に走るのは本当の意味で最後の手段だ。
救援が来ず、俺にはどうしようもない事態になって、かつアリサちゃんが殺されそうになった場合。
・・・それ以外は自重しなければならない。

「この世界の人間にそんな事したら、最悪こっちがテロ犯として指名手配されちまう可能性もある」

ぺロリ、とかさかさに乾いた唇を舌で潤しながら高ぶる感情を何とか落ち着かせる。
短慮な行動ははやてやフェイトに迷惑をかける。
とは言え、ケースバイケース。
万が一の場合は・・・いや、まずは事態をよく見極めて対策があるのかを考えるべきだ。

「人数は最低2人、しかし、アリサちゃんを目撃者無しで連れ去る手腕と、
これだけの潜伏場所を構えるだけの計画性、
・・・恐らく10人前後は仲間がいると思っておいた方が良いだろう」

金銭目的か、怨恨か・・・。
どちらにしろ、わざわざ執事付のお嬢様を狙おうなんて考えるのは余程の馬鹿か、
綿密な計画の下で動く組織立った犯罪者ぐらいなものだろう。
であるならば、ただの馬鹿と考えるよりは相手は組織だと考えるべきだろう。

「救助を呼びに行った犬が誰かを連れてくるまで、上手くいってもまだ30分は掛かる。
この間に何かあった場合のこちらの手札は・・・、もちろん魔法だ。
ナイフぐらいならプロテクションとバリアジャケットで弾けるのはヴィータとの模擬戦で確認済みだし、
それからフェイトに教えてもらって何とか体得できた魔力変換『電気』もある。
ただし出力が低いため、敵に触れないと効果が無いというお粗末なものではあるけれど、
逆に触れられれば人間は電気ショックに弱いからな。
確実に昏倒させることが出来るだろう。
なのはの様に誘導弾を使えれば良いんだが・・・無いものねだりをしてもしかたがない」

ジュエルシードを失ったため、下手に魔力弾系の攻撃を使ってはすぐにガス欠になってしまう。
効率の良い方法でヒットアンドアウェイを仕掛けるぐらいしか、
俺が複数の相手を敵にして立ち回れる方法はない。

「それから他には助けを呼ぶ手段があるかって言うと・・・ないな。
俺の伝達魔法はほんの数メートルぐらいしか届かない糸電話レベルだ。
・・・こういう場面をなのはやフェイトに見せたくなくて連絡を後回しにしちまったからな。
そんな甘いことを考えるんじゃなかったぜ」

契約していないため使えない携帯電話なんて、なのはを相手に脅すぐらいしか使い道がない。
この辺りに詳しければコンビニに駆け込んで電話機を借りても良いが、正直この周辺のことなどさっぱり分かりはしない。
・・・何よりも、この場を俺が離れた瞬間に取り返しのつかない事態になるんじゃないかと考えると、
この場を離れることなんて出来そうになかった。

「とにかく、今は相手の情報も無い以上、監視を続けることしか出来そうにないか。
あの犬は賢そうだし、早々に誰か人を見つけられれば、思ったよりもずっと早く助けも来るだろうし・・・」

一人で先走って、万が一失敗してしまったら俺が危険になるだけではない。
恐らく潜伏場所も移動してしまうだろうから、アリサちゃん自身がずっと危険になってしまう。
俺はそう考えて、落ち着こうと一度大きく息を吸って吐き出す。
だが、それでも突入しなければならないのならば、
魔法をバンバン使って敵を怯ましてその隙にアリサを抱えて空飛んで逃げる。
それがベストだろう。
それでもダメなときは・・・もうこの際バイオテロ犯として生きてやる。

「・・・まぁそれは本当の本当に最後の手段だ」

自身の苛立ちを抑えるためにぶつぶつと軽い口調で独り言を呟く。
何か喋っていないと、不安に押しつぶされそうになる。
俺はもう一度深く息を吐いて、改めて気絶したままの彼女の様子を窺おうと、
再び部屋の中の監視へと戻っていった。





「・・・っな!?」

それから10分は何事もなく過ぎた。
暇そうに、それでもダラけた姿を見せることはない監視役は
ただの街のチンピラとかそう言ったレベルの存在ではないようである。
そんな姿を見ていると、この男一人ですらマトモに倒すことなんて出来ないんじゃないかと、
俺は不安に思ってしまう。
だが、事態は動き始めてしまった。

・・・アリサちゃんが目を覚ました。

薬でも嗅がされていたのだろうか、目を開けたまま、
ぼんやりとしばらくの間天井を見つめていた彼女だったが、
段々とその瞳に意思の色が宿っていくのが感じられる。
俺はアリサちゃんのそんな様子に安堵の気持ちを覚えると同時に、嫌な予感をひしひしと感じていた。

「まずいかもしれないな」

飛び込むタイミングを計っておいた方が良いかもしれない。
そう判断した俺はここから見える部屋へと飛び込むための魔法を準備する。
飛行、制動、ガラスやその他の物理防御・・・。

「・・・っ」

こちらからでは良く分からないが、アリサちゃんが何かを声に出した。
すると彼女が目を覚ましていたのに当然気が付いていたソイツが、
ゆっくりと死角から彼女へと近づいていく。
アリサちゃんはまだ身体の自由があまり利かないのか、ゆっくりと上半身を起こすと、
きょろきょろと落ち着き無くそこら中に視線を走らせる。
そして、彼女は不幸にも自分の状況に気がついてしまったのか、
大きく息を吸い込んで悲鳴を上げようとした。
その瞬間だ。
ソイツは無造作に、しかし躊躇無くアリサちゃんを突き飛ばしていた。
それほどの勢いとも思えなかったが、軽い彼女の身体はあっさりとベッドから転がり落ちる。
身体を『く』の字に折り曲げて咳き込むアリサちゃんの髪が無造作に掴まれた。
今まで感じたことのない類の痛みに引きつった表情を浮かべた彼女が、
たびたび邪魔をされている悲鳴を再びあげようとした瞬間に、
俺は勢いよく犯行現場に踏み込んでいた。

「・・・ちっ」

ばらばら・・・と砕け散るガラスからオートプロテクションで身を守りながら、
自分の軽率な行動に嫌気がさす。
だが、もうそんな話は後回しだ、
突如現れた俺という部外者にさして驚いた様子を見せない敵への間合いを一息に詰める。
ソイツはアリサちゃんを俺が走りこんでいた方向とは逆の方向へと投げ飛ばすと同時に、
大ぶりのナイフをいつの間にか右手に持って構えていた。

「はぁあああっ!」
「・・・・!」

気合を入れて突っ込んでいく俺を、一言も発しないソイツは俺の姿を冷静な瞳で捉えている。
そして、避けきれないタイミングまで俺が飛び込んできたとみるや凄まじい速度でナイフを振るう。
実際に俺では避けきれるものではないし、そもそも始めから避ける予定なんてないっ!!

『Round Shield』

がぢぃっ!!

「・・・っ!?」

まさか突如ナイフが空中で見えない壁に防がれるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。
突き出してきた勢いのままソイツの右手が上半身ごとのけぞるようにして弾き飛ばされ、
ソイツはあえなく体勢を大きく崩す。
初めて見せた動揺を無機質な顔に貼り付けたまま、
それでもプロ意識なのかこちらの腕を掴もうと伸ばしてきた左手を、逆に掴んでやる。

『Plasma Impulse』

そしてその瞬間にソイツの体内目掛けて、手のひらからフェイト直伝の放電魔法を打ち込んでやる。
アリサちゃんを拉致してくれた恨みも込めて、ざっと半日は昏倒するだけの電圧をぶち込んでやる。

「・・・がぁっ!?」

もしも漫画に出てきそうなサイボーグ兵士だとか、そう言った類だったらどうしようと思ったが、
どうやらそんな心配は必要はなかったらしい。
そのまま倒れ伏し、ピクリとも動かないソイツに追い討ちをかけるべく、指を向ける。

「バインド、二本形成、魔力の輪で封じろっ」
『Ring Bind』

倒れたソイツの両肩と太もものあたりを魔力の輪で束縛してから、ようやく俺はほっと息を漏らした。
魔法の秘匿、何ソレ?と言ったレベルだが、弱っちい俺にしては上出来だろう。
・・・と言うか別にオコジョにされるわけでもないし、秘密にする必要もないよな。

「よし、さっさと逃げよう」

俺は結構な勢いで騒いでしまった以上、すぐに逃げないと新手が来るだろうと
慌てた様子でアリサちゃんにも聞こえるように大きな声で宣言する。
何しろ一人を相手にしただけで俺の気力はもう一杯一杯。
もう、俺のライフは精神的には0に近い。
とにかく、この戦勝の勢いに乗ってさっさと逃げるに・・・

「かはっ、げほっ。
・・・ぅううぅ」

だが、こちらに背を向けて倒れ伏しながら、咳き込む少女の声を聞いて俺の高揚感は一気に冷めた。
投げ飛ばされたときに打ち据えたのだろうか。
お腹を両手で覆うように抑えながら震えている少女を目にして、
冷や水をぶっ掛けられたかのように、俺は自己嫌悪にさえ陥る。

・・・迷わず突っ込むべきだった。

ちくちくと心を突き刺す針の傷みを誤魔化すように頭を振った。
後悔するのはきちんと逃げ出してからでないといけない。
俺はもう一度だけ頭を振って、
全身を包み込むようにアリサちゃんの肩からそっと自分のバリアジャケットで覆ってやる。
それから、彼女に安心感が与えられますように、
と願いを込めて出来るだけ優しい口調を心がけて口を開く。

「もう大丈夫だから」

彼女は俺の言葉を確かに耳に届かせても、顔を俯かせたまま何かに耐えるように呻いている。
しばらくの間、それでも数十秒程度の短い時間で顔を上げたアリサちゃんは、
もう気丈さを取り戻していた。

「はやての・・・お兄さん、でしたよね。
助かりました、ありがとうございます」

彼女の年不相応の胆力に驚愕するが、白いぶかぶかの衣服で隠した彼女の肩は、
隠しきれない震えに襲われていた。
思わず俺が彼女の肩に手を伸ばそうとすると、
アリサちゃんは逃げるように足をひきずって後ずさる。

「・・・え?」

彼女は自分の行動が良く分からなかったのか、呆然とした表情で自分の逃げた足を見つめていた。
きっと、自分が何故逃げてしまったのかが分からないのだろう。
彼女の今の表情はどこか危うげで、
まるでガラス球のような空虚な色彩を浮かべた瞳がどこか恐ろしげに見える。
だけど、そんなことなんかよりも、
アリサちゃんが泣き出しそうな自分を必死に押し込めているのが分かった俺は、ただ悲しかった。

「ひぃやっ!?」

だから俺は彼女が逃げようとするよりも早く、アリサちゃんを抱きしめていた。
じたばたと暴れ、俺の肌に爪を立て、錯乱して噛み付いてきて・・・それから彼女はしゃくりあげる。

「・・・っひ・・・ひっく」

ゆっくりと、慈しむように彼女の背中を撫でててやると、
ようやく緊張の糸が切れたかのように彼女は俺の胸へと顔を押し付けるように寄りかかってくる。
そして、俺が痛みを感じるぐらいの力で、シャツが伸びきってしまうぐらいの力を精一杯込めて、
それでも声を殺して泣いていた。

泣き声を聞かせないのは彼女なりのプライドなのだろう。
泣き顔を見せないのは彼女なりのプライドなのだろう。

俺が薄汚れてしまった彼女の髪をくすぐるように撫でると、
アリサちゃんはもう一歩だけ前に出ようとして・・・長い白衣につんのめって滑る。

「危ないっ」
「きゃっ!?」

とっさに彼女に覆いかぶさるようにしながら、両腕でしっかりと抱えてやる。
アリサちゃんがこれ以上痛い目に合わずに済んだことにほっと胸をなで下ろした瞬間、


ばたーーーーんっ!!


この部屋のドアが凄まじい爆音を立てて吹き飛んだ。
そして黒尽くめな格好をした鬼と見違える御方の姿が見えた。

・・・だが、ご安心。

その鬼は知り合いの鬼だ、2度ほど会ったことがある。
思ったよりも早く来たんだな、っていうかもう下は片付いたのか、
と俺はその鬼に向けて挨拶をしようとして口を開ける。

「・・・っ、キサマっ!
その子を離せっ!!」

叫び声に俺がしようとした全ての動きがキャンセルされたような錯覚を覚える。
何しろソレは叫んだと俺が認識した瞬間に、人間の常識をはるかに凌駕する動きで、
手に持っていた2本の木刀が削れるような音を残して俺の視界から掻き消えた。

「・・・は?」

本気で消えたとしか思えない移動速度。
何ソレ、空間跳躍?
どんなチートだよ?

「奥義之極 閃!!」

そして、そんな言葉が耳に届いたと思ったが、残念ながら俺の脳までその言葉は届かなかった。
何故ならば、俺の耳に振動が伝わってから脳に届くまでのわずかな時間に、
俺の意識が消し飛んだからだ。
恐らく俺は格ゲーのキャラのように、綺麗な弧を描いて吹き飛んだのではないだろうか。

・・・っていうか多分死んだ。

(続く)