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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第19話』


あたしは走っていた。
体育の授業や部活というわけじゃない。
今日は日曜日だし、あたしは部活には入っていない。
自主的なトレーニングをしているわけじゃない。
やりたいとは思うが、中々機会に恵まれない。
青春の醍醐味とも言える恋わずらいに当てられて走っているわけじゃない。
そもそもあたしは恋なんてしたことがない。
つまるところ、必然性に迫られて走っていた。
認めたくなんてない『何か』に追われて走っていた。
真っ黒な影があたしの前に後ろに、ぴたり、とくっ付いている。
そんな何も出来ない自分自身の虚像にまで脅えて足が速くなっていく。

空には太陽が昇っている。
6月も半ば、梅雨に入ったこの時期には珍しい雲ひとつ見ることの出来ない晴天だった。
同年代の子に比べるとたくさんのお稽古事があるそれなりに忙しいあたしの、
たまの休日に合わせてくれたかのような天気が何となく嬉しくて、
友人と待ち合わせをして街まで出てきたのがついさっきまでのこと。
強い日差しに急かされるような気分で、
親友と約束した時間よりも大分早い時間に待ち合わせ場所に着いたあたしが、
ついぶらぶらと辺りを一人で歩いて廻ろうと思っても仕方がないと思うぐらいの陽気だった。

・・・そんなついさっきまでの自分を思い出しては後悔するものの、何時だって後悔は先に立たない。

混乱と言う名の汚泥のような澱が積もり霞んだ頭の中は今のこの光景を夢だとでも思わせたいのか、
先ほどから盛んにほんの数十分前までの光景を映したがる。
きっとそんな光景に逃げ出してしまったとき、
あたしの足は惰弱な誘惑に負けて止まってしまうのだろうという恐怖があった。

だからあたしは酸欠気味になりつつある頭を大きく左右に振って弱い自分を追い払う。
頭の中身をかき回されたかのように、
どくんっ、と鈍い痛みが後頭部に走るが気にしてなどいられなかった。
ただ必死に両腕を振り回して、懸命に足を前に出す。
ばちゃばちゃ、と連日降りしきっていた雨が乾くことのない、
太陽の光さえ届く様子のない入り組んだ路地の水溜りの上を
ついさっきまでピカピカに輝いていたお気に入りの靴で駆け抜ける。

「・・・ぁなっ。
なんで、なんでぇっ」

呼吸を乱さないように堪えていたはずのあたしの掠れた声が意思に反して勝手に漏れると同時に、
足が縺れて汚い水の溜まったアスファルトの上に容赦なく身体を打ちつける。
やっぱりお気に入りだった、大切な友達と一緒に選んだ目新しく涼しげな洋服は
泥水にまみれぐちゃぐちゃに汚れてしまった。
両腕に力を込めて上半身を持ち上げると、ぽたぽたと、
まだ底冷えすることもあるこの季節に相応しい、
爽やかなキャロットオレンジの色合いをしたシャツの裾から黒い色をした冷たい液体が垂れて落ちた。
不幸中の幸いなのか、結構な勢いで滑った割に
擦り傷一つ負わなかったあたしはなんとか再び立ち上がった。
体力も気力ももう尽きそうだったけど、本能だけが逃げろ逃げろ、と叫んでいた。

「・・・っ」

もう何もかも分からなかった。
ただ恐怖が全身にぶるぶると走り、がちがちと、寒さ以外の何かに震える身体から逃げるように、
追い立てられるような気持ちの赴くままに走った。
めちゃくちゃに振り回した両肩が、ギシギシと悲鳴を上げ、
お腹からこみ上げてくる吐き気は喉につんとした酸味を与え、
さらにくるぶしに鈍痛が走って両目の端にたまった涙がこぼれそうになる。

だけど、止まれない。

真後ろから情け容赦もなく吹き荒れているように感じる冷たく温い気持ち悪い風の音が、
ざぁざぁ、と耳に響くたびに、
細い横手の裏路地から吹き抜ける近寄ってくる誰かの幻聴にも思える風の音が、
ひゅうひゅう、と耳に届くたびに、
とぐろを巻くように正面から吹き付けるあたしの残り少ない体力を奪わんとする風の音が、
ごうごう、と耳の奥を震わせるたびに、
後ろを振り返りそうになる。

だけど、振り返ることなんて出来そうにない。

汗まみれ、泥まみれ、それから転んだときに生ゴミでも引っ掛けていたのか、
自分自身から信じられないほどのすえた匂いがしてまた泣きたくなった。
身体中ぐちゃぐちゃで、洋服だけでなく、
自慢の金髪まで汚い水を吸って自分の身体の一部だとは思えないほどの重さになっているのに、
口の中だけがからからに乾いていてみっともなく舌を突き出した。
誰かに今の姿を見られたら恥ずかしいなんて考えは無かった。
むしろ、誰かが通りかからないかと、そればかりを酸素不足でくらくらとする頭で願っていた。
例えば・・・そう、『正義の味方』とか。
もつれる足でなんとか走る自分が、そんなものに頼るしかないなんて情けない。

「でも・・・でもぉっ!?」

口の中から吐き出される乱れた呼吸と同時に漏れた小さな叫びのせいか、
ちかちかとした視界の奥で先日の記憶がフラッシュバックされる。
・・・それは、ほんの数日前。
あたしの親友の一人と仲良くなった子がいる。
凄い綺麗な顔立ちの、でも何処となく影を感じてしまう同い年ぐらいの少女。
詳しいことを聞いたことはないけれど、
どう見ても親類には見えない少女2人と保護者らしき男性と一緒に住んでいる女の子だ。
そんな、最近良く行く友人の家での会話だった。


「・・・なぁ、皆は正義の味方って信じるか?」
「何ソレ?
最近見たアニメの話?
それともゲーム?」
「うーん、現実的なイメージ的で言えば恭也さんなんかそれっぽいのかな?」
「お兄ちゃんがぁ?
あはは、わたしには良く分からないけどそうなのかな」
「えっと、わたしはちょっと信じてるよ。
・・・えぇと、やっぱりいっぱい信じてるかな」
「まぁ、とびっきりの馬鹿ならあたしは知ってるぞ。
善意や理想だけで動く直線馬鹿のことを正義の味方だって言うなら、アレがそうだろうぜ」
「わたしもな、信じてるんや。
・・・きっと、皆が困ったときも助けてくれる人がいるはずや。
だからな、どうしようもなく困ったときは、そんなことを願ってみるのもいいもんやで?」
「・・・ふぅん、みんな信じてるみたいね、ちょっと意外」


その時のあたしはただ驚いていただけだ。
いや、それどころか普段は大人のように落ち着いた雰囲気を持つ自分の友人たちの
年相応に幼い部分を垣間見て、なんとなく安堵した気分ですらあった。
多分、雑誌かテレビにでも影響されたのだろう、と高を括っていた。

でも、今ならそんな藁にさえすがりたくなる。
願う。
誰か助けて。
誰かっ!?
だけど、そんな都合の良いことが現実にあるわけなんてない。
走っている路地が行き止まりに達したため、目についた横道へと入ろうとした瞬間、
あたしは何かにぶつかって、あっけなく尻餅をついた。

「・・・うそ?」

あたしが現状に気付くよりも少し早く漏れ出た、
どこか他人の口から発せられたかのように聞こえてきた声は
笑ってしまうほど何の感慨も込められてはいなかった。
今もあたしは現状になんて気付いていない。
尻餅をついた格好のまま、じっと小汚いアスファルトの地面を見つめている。
顔を上げるのが怖かった。

・・・なんだ、やっぱり誰も助けてなんてくれないんだ。

そんなある意味当然のことに気付いてしまったわたしの頭から、
ばつんっ、とまるでコンセントをむりやり引っこ抜いた機械のような音がして、
自分の意識が刈り取られたのだと言うことを悟った。



・・
・・・どうせ追いつかれちゃうなら、逃げずに立ち向かえばよかったのかな


そんな自分でもびっくりしてしまうぐらいのありえない強がりを心の中で呟いて、
あたしの意識はあっけ無く途絶える。
記憶が千切れる瞬間にぼんやりと浮かんだ顔は・・・誰、だったのだろう?





はやての誕生日から一週間ほどが経っていた。
大いに盛り上がった翠屋での誕生会は記憶に新しく、
アレがきっかけとなってはやても、なのは達とかなり親密になったらしい。
前にも増して、身体が不自由なはやてのために八神家になのは達が遊びに来ることが多くなった。
女の子だらけの家の中で俺は多少の居心地の悪さを感じないでもなかったが、
それでも自然な感じに他人を気遣れる彼女たちがはやての友人となってくれたことに、
感謝を覚えることの方が多かった。

「・・・これで完成っと!」

俺はここ最近の八神家の事情を考えながらも弄り回していたフラスコのゴム栓をしめると、
声に出してその喜びに打ち震える。
以前にセイがイルカと会話らしきやり取りをしていたのを思い出した俺が、
セイのデータベースをひっくり返して調べて再現した動物との交信魔法を行うための触媒だ。
この怪しげな色の液体を飲むと、
犬、猫、馬、イルカと言った中大型哺乳動物と意思をやり取りすることが出来る・・・らしい。
うーん、どう考えても『ファンタジー』な魔法薬にしか見えないが、
理論的には化学に相当する構成と配合である。

「とは言え、いくら考えてもブラックボックス部分はわかりゃしないんだけどな」

ぽりぽり、と頬を掻きながら独り言を呟く。
セイが持っているデータベースは凄まじく広大な知見に及んでいるが、
俺が理解できるのは生物学、しかもその一部分に留まっている。
残りは『理論』の大事な箇所が理解の範疇を超えていることが多く、
再現や簡単な応用は出来ても、
実は自分でもどうしてその結果が出てくるのかが分からないことが多い。

「・・・やっぱり分からん」

しばし考えていた俺は、いつも通り匙を投げて、改めてフラスコの液面を見つめた。
手に取って揺らしてみると、ちゃぷん、と軽い音を立てて薄い空色の液面が波を立てる。
そして手にフラスコを持ったまま、首をぐるりとほぐすように廻す。
八神家の俺の部屋は、最近持ち込んだ実験道具で溢れていた。
持ち主が不在となった時の庭園からパク・・・もとい、借りてきた様々な器具や試薬である。
基本的な道具の類はこちらの世界のものとほとんど変わらなかったため、
フェイトに断りをいれて持ち込んだのだが・・・、
まぁ、今回試してみた限り簡単な実験ぐらいは出来そうである。

「はやて達が帰ってきたら早速試してみようかな」

ちらり、と壁時計に目を向けると、ちょうどはやてはリハビリを受けている時間だろう。
今日のリハビリにはヴィータとフェイトが付き添って病院に行っているので、
俺は1人でお留守番の役目に従事しているのである。
後1,2時間もしたらはやてから電話が掛かってくるだろうと判断し、再び作業台に向き直る。
フラスコ立てに魔法薬を置くと、ぐっと伸びをして、空いた時間に何をしようかと考える。

ジリリリリ・・・ジリリリリリ・・・

そんなことを考えていた俺の耳に、階下からかすかに機械音が聞こえた。
インターホンならもっと大きい音がするはずだし・・・電話かな?
俺はそう判断すると慌てることもないとのろのろと部屋から出て、
一階の廊下に設置されている電話機へと足を運ぶ。

ジリリリリ・・・ジリリリリ・・・

忙しなく鳴り響く電話の音に急がされるような気分になって、少し歩く速度を上げる。
この家の住人で、携帯電話を持っている人ははやてしか居ないのだが、
あの子だぬき娘は携帯電話と言うものをそもそも携帯しないことが多い。
そのため、あらゆる電話が家の電話に掛かってくるという、
今時珍しくなりつつある状況下にある八神家では家電話に変に構えたりするということはない。
・・・そう言えば、俺俺とか詐欺電話が掛かってきたことはないなぁ。

「はい、もしもし?」

そんなどうでも良いことを考えながら、無造作に受話器を俺は持ち上げる。
慣用句とでも言える、電話対応の挨拶を無難にしながら、相手先からの言葉を待つ。

「あ、あのっ!
すいません、八神さんのお宅でしょうかっ!?」
「はい?
ええ、八神ですが」
「ア、アリサちゃんっ!
アリサちゃんはそちらにお邪魔していませんかっ!?」
「・・・はぁ?」

思わず怪訝な声が漏れた。
最近の俺俺詐欺は親類縁者のみならず友人関係まで調べてターゲットにしているんだろうか。
んなわけない。
それに慌てた様子はあるようだが、電話越しの声は聞いたことのある声だった。
これは確か・・・。

「えぇっと、すずかちゃんかい?」
「はいっ、すいません、名乗りもせず・・・。
ええと、アリサちゃんがそちらにお邪魔しているか教えてもらっても良いですか?」
「・・・?
いや、来てないぞ。
はやてやフェイトも居ないからな」
「そうですか・・・、突然電話してすいませんでした。
ありがとうございますっ!」

ピッ!

相手が通話を終了させた音が何となく忙しなく響いた気がして、再び首を捻る。
まだ耳に当てたままの受話器から、『ツーツー』という味気ない音が聞こえる。
・・・はて、何かあったんだろうか?
とは言え、俺はすずかちゃんの電話番号も知らなければ、アリサちゃんの電話番号も知るわけがない。
ジュエルシード集めの際になのはからだけは携帯電話の番号を教えて貰っていたりはするが、
ふむ、わざわざなのはに電話して聞くほどのことでもないのかな?

「んー、でもなぁ、何か喉の奥に引っかかっているような、嫌な感覚があるんだよなぁ・・・」

喉を人差し指で掻くように動かしてみるも、引っかかった見えない骨が取れた様子もない。
勘違いなら別に良いんだけど・・・。
取り合えず考えても分からないことは気にしても仕方ない。
俺は受話器を本体に戻すと、お昼ご飯の分のお米をといでおこうと台所へと移動することにした。

米びつから3合の米を大きめのボウルに移し、
たっぷりの水とともにかき混ぜて捨てることを3回繰り返す。
3度目を終えると、手のひらに軽く力を込めて米を擦るように15回攪拌する。
水を十分に足して糠を浮き上がらせると、白濁した水を捨てて再び米を擦る。
こちらも3度繰り返してから2,3回濁った水を入れ替えて、
最後に米が完全にひたひたになるまで水を加えて30分ほど吸水させれば準備完了だ。

「さて、お昼は何がいいかなぁ・・・」

吸水中のお米を台所の隅に寄せてから、冷蔵庫の扉を開ける。
あまり材料が無いし、親子丼にでもしようかなぁ。
丼モノはヴィータ○、はやて×、フェイト△と言ったところだが、
親子丼ならそこまでこってりもしていないし、合格点は貰えるだろう。
鶏肉に卵、ネギもあるし・・・あとは副菜にほうれん草の胡麻和えと味噌汁でも作って、
えーと、味噌汁の具は何にしようか?

「とりあえず簡単に出来るから準備はまだいいや」

バタン、と音を立てて冷蔵庫の扉を閉じる。
閉じた冷蔵庫から、フィイイイン、という独特な機械音が聞こえてくるのを聞きながら、
つい苦笑をもらす。

「そういえば、小さい頃はこの音がお化けの音みたいであんまり得意じゃなかったな・・・」

小さい頃のことを思い出すのは、最近はやてを初めとする女の子たちとの接点が多いせいだろうか。
どちらにしろ、・・・あれ、お化け?
はて、と思う。
再び先ほどの釈然としないような違和感が戻ってくる。

「お化けと電話・・・?
電話とお化け・・・?」

声に出してみるが、その2つは繋がらない。
関係ないか、と首を振って自分でもよく分からない引っ掛かりを追い出そうとする。

「まぁ、お化けに何か心当たりがあるわけが・・・あっ!!」

ようやくそのことに気付いた俺の口から、思わず大きな声が漏れる。
違和感と言うか、気付いた今ならそれが何であったのか分かる。
・・・それは、『悪い予感』だ。

「アリサちゃんとお化け・・・」

声に出してみると、しっくりと来る。
だけど、それは関係ない。
関係あるはずがないし、あるわけがない。
・・・そもそも別人のはずだ。

「・・・本当に関係ないのか?」

俺が勝手にそう思っているだけなんじゃないか?
この世界は、俺が思っている世界とは、別の世界の可能性だってある。
いや、・・・別の世界になってしまった、そんな可能性がある。
最悪の事態を想像してしまい、一瞬目の奥が真っ暗になる。

「・・・取り合えず、すずかちゃんに確認しよう。
まずはそこから、落ち着いて動くんだ」

なのはから携帯番号を聞けばすぐに連絡は出来るだろうことを思い出した俺は
次から次へと襲い掛かってくる嫌な未来の想像図を追い払いながら、廊下へと慌てて舞い戻る。
・・・先ほどの電話が来てから、いつの間にか30分ほど経っていた。
電話機の前に立つと、ごくり、と喉が鳴る。
ちかちかとする目の奥で、あの小生意気なまでの勝気な瞳をした少女の、
四肢を垂らした姿が浮かび吐き気をもよおした。

ジリリリリ・・・ジリリリリ・・・

「ひっ!?」

突然の電話の呼び出し音にビクっと身体が震える。
すぐさま飛び掛るようにして、震える腕で受話器を持ち上げた。

「・・・も、もしもし」
「あ、兄ちゃん?
はやてです。
今日はちょお早いけど、リハビリ終わったんや。
これから皆で帰ろうかと思ってるんで・・・」
「はやてっ!」
「ひゃい?」

はやての言葉を遮って出した俺の声が、ひどく重く冷たいことに気付いたのだろう。
電話の向こうから、珍しくも脅えたような感じのする声色が漏れた。

「・・・すずかちゃんの携帯番号を教えてもらっても良いか?
ちょっと緊急事態なんだ」
「緊急?
・・・いや、ええよ。
細かいことを言ってる場合やないんやろ?」

が、続く俺の言葉に何かを感じたのだろう。
すぐに真面目な口調ですずかちゃんの携帯番号を諳んじてくれるはやてに感謝の言葉を掛けた俺は、
早く帰ってくるように言付けると、すぐに電話を切った。

「勘違いであってくれれば、その方が良いんだよ・・・」

祈るような気持ちで番号をプッシュした俺は、受話器を耳に当てて相手が出るのを待った。

1コール・
2コール・・
3コール・・・
4コール・・・・
5コール・・・・・

「・・・はい、月村です。
どなたですか?」
「先ほどのアリサちゃんの話なんだけど、単刀直入に聞かせてほしい」

普段の温和なすずかちゃんと同一人物は思えないぐらいの冷たい声にも怯むことなく、
俺は用件を切り出した。
すぐに彼女もこちらが誰だか察したのだろう。
いきなり電話を切られることもなく、聞く体制を作ってはくれた。

「居なくなって、見つからないのか?」
「・・・はい。
今日は私と街中で待ち合わせをしていたんですけど、
車で街まで出てきた後、一人で外に出て・・・居なくなったらしいです」
「居なくなったのは何時ごろ?」
「約束の時間は1時間ほど前でした。
居なくなったのは、恐らく1時間半ほど前のはずです」
「ちなみに居なくなった場所を聞いてもいいか?」
「分かりました。・・・えぇと」

確定か。
俺はすずかちゃんたちの待ち合わせ場所を聞きながら漏れそうになるため息を必死で堪え、
何も知らない一般人を装って当たり障りの無い疑問を尋ねることにする。

「・・・警察は?」
「今は家の者たちが総出で探してます。
午前中の間で見つからなければそちらも考えます」
「・・・そっか。
ゴメン、忙しいときに手間を取らせた」
「いえ、構いません。
すいませんが、まだなのはちゃんたちに余計な心配を掛けたくありませんから、このことは・・・」
「ああ、分かった。
ナイショにしておくから、もしアリサちゃんが見つかったらこっちにも知らせてくれると嬉しい」
「ええ、もちろんです」

そうこちらに告げたすずかちゃんだったが、やはり気が気でないのだろう。
すぐに電話を切る音が聞こえ、再び電話口からは『ツーツー』という無機質な音が響いてきた。

「・・・時間との勝負だな」

俺は右手の親指と人差し指でこめかみをずきりと痛みが走るまで押さえて、
何とか冷静になろうと努めた。
それからすぐに立ち上がると、いくつか用意している魔法薬や触媒が何かの役に立つだろうと、
自室へと駆け込んでいった。

(続く)