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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第18話』


−6月3日土曜日 PM11:30
海鳴市中丘町 八神家リビング

「さて、明日ははやての誕生日と言う訳で皆さんにお集まり頂いたわけですが」
「はやての誕生日だと何かあんのか?」
「兄さん?
えっと、わたしにも何のことか良く分からないんだけど」

はやてを早々に布団に入らせると同時に言付けて集まってもらった、
対面に立つヴィータとフェイトの疑問符を浮かべた反応に一つ肯きを返した俺は、
予めはやての部屋から持ち出していおいた一冊の本を取り出す。

「用件はコイツについてだ」
「闇の書かっ!?」
「っ!?
ジュエルシードっ!
・・・それも4つも・・・もしかしてソレの封印に使っているの?」

今度は2人からは異なる趣旨の言葉が漏れた。
そう、俺がテーブルに置いたのはジュエルシードによる様々な封印を施した、
はやての運命の形とでも呼ぶべき、ロストロギア・闇の書だ。
俺が置いたその厳重に封印がされた本に、
ヴィータが複雑そうな、そしてどこか苛立ちを含めた視線を向けているのとは対照的に、
フェイトはジュエルシードが使われていることに対して興味深そうな表情を浮かべている。

「まずはフェイトにこのロストロギアについて説明すべきかな。
ヴィータ、ちょっと待っていてくれ」
「・・・ああ」
「この本もロストロギアなんだ」

俺はヴィータが肯いてくれるのを横目で確認すると、
目を丸くして驚くフェイトに闇の書について教えてやる。
曰く、他者の魔力を喰らい成長する魔の道具。
曰く、ただ全てを破壊するための本。
曰く、古代ベルカの旅する魔道書。
フェイトはヴィータが闇の書の防衛プログラムで人間ではないという話を聞いた際に、
はやてがこの本の呪いにより身体が不自由になってしまったと聞かされた時に、
悲しげに瞳を泳がせたが、それ以外は俺の言葉を落ち着いて受け止めていた。
そして、俺の話が一通り終わると彼女はゆっくりと口を開いた。

「・・・じゃあ、兄さんが初めてわたしと出会ったときに言ってたジュエルシード4個って」
「ああ、そのときに闇の書を封印する分のジュエルシードを確保したんだ」
「そっか、・・・良かった。
ムリに奪おうとしたりしないで」

俺は心底ほっとした様子で胸をなで下ろしているフェイトを見つめながら、
出会ったばかりの彼女の様子を同時に思い浮かべていた。
あらゆる感情を覆い隠し人形のような表情をしていたフェイトは、
今はまだぎこちないけれど、感情の篭った素直な表情を見せてくれるようになった。
俺は自分が間違ってなかった、そう思える結果が目の前にある気がして、彼女をじっと見つめ続ける。
フェイトは俺が勝手にやってきたことを、どう思っているのだろうか・・・。

「兄さん、今までありがとう。
・・・これからもよろしくね」

フェイトにも俺の気持ちが伝わったのか、
少しだけはにかんだような笑顔を浮かべた彼女は俺が欲しかった言葉を言ってくれた。
・・・不覚にも、ちょっと目頭が熱くなった。

「ああ、お安い御用さ。
とにかく、俺はジュエルシードを手に入れると、
はやての身体から闇の書の影響を取り除くために本ごと封印することにしたんだ。
だが、恐らく今から約30・・・いや、もう20分ほどか。
日付が変わると同時に、
はやての魔力値のキャパシティが成長して闇の書を起動させるのに足るレベルになるはずだ。
本来ならば、この時点で闇の書の第一段階が起動し、闇の書の主として覚醒した宿主を守り、
効率的に他者から魔力を蒐集するためにヴォルケンリッターたちが呼び出される」

俺は先ほどから黙って闇の書へと視線を向け続けているヴィータへとちらりと目を向ける。
彼女は俺の話を聞いているのかいないのか、食い入るようにして本を見つめていた。

「兎に角、封印は完璧だと思っているが、万が一は否定出来ない。
そこで、今からはやての魔力が安定するだろう明日の朝まで闇の書を見張ろうと思っているんだ。
もし起動しそうになってしまったら、どう足掻いても俺一人じゃ何も出来ないからな。
ヴィータとフェイトは出来るだけたくさんの結界を張って、闇の書の起動を食い止めてくれ。
その間に俺が再封印する」
「分かったよ」
「・・・」

フェイトがこくん、と首を縦に動かすと同時にバルディッシュを起動させる。
だが、ヴィータはやはり俺の言葉を聞いていなかったようだ。
身じろぎもせずに、闇の書を見下ろし続けている。

「・・・ヴィータ?」
「・・・」

彼女の空虚な横顔に不安を覚えた俺が、再び声をかけてみるがやはり声は返ってこない。
思わず目の前に居る彼女の両肩を握り締めて、揺すりながら呼びかける。

「おいっ、ヴィータ!
大丈夫かっ!?」
「・・・ん?
ア、 アニキ・・・?」
「大丈夫かっ!!」

がくがくと、ヴィータの小さな頭が抜けるぐらいの勢いで肩を前後に振ってやりながら、
一心不乱に彼女に向けて呼びかける。
キミがっ!
起きるまでっ!!
呼びかけるのをっ!!!
やめないっ!!!!

「戻ってこい、ヴィータっ!!」
「ちょっ、あぶ、あ・・・」
「闇の書から何か感じたのかっ!?」
「アニっ・・・だか・・・っ」
「くっ、こういうときは・・・っ!!」
「お、おちつ・・・」

「兄さんっ!!」

横合いからの叱咤の声に我を取り戻した俺が思わず肩から手を放すと、

「あ〜〜〜〜う〜〜〜〜」

目をぐるぐるとナルトの模様に変えて、頭をぐるぐると回転させたヴィータの姿が目に入った。
・・・おや?

「何だヴィータ、かくし芸の練習でもしてんのか?」
「アニキがいきなり人の頭をシェイクしてくれたんだろうがっ!!
あたしを殺す気かっ!?」
「兄さんもヴィータもっ!
落ち着いて、もうっ、はやてのためなんだから真面目にやってっ!!」

ちょっと悪ノリしていたら、珍しくもフェイトに怒られた。
これはかなりショック。

「すいません」
「すまねー。
・・・ちょっと考え事してたんだ。
闇の書を封印したときに、あたしじゃなくてシグナムやシャマル、ザフィーラが起動していたとしたらさ、
もっとしっかりとはやてのこと、守ってやれてるんじゃないかって。
・・・だってさ、別にアニキはあたしである必要があったわけじゃないんだろ?」

俺は目をパチクリとさせて驚きのあまり固まった。
このらしくもない殊勝な考えは、ぬこねーさんに手玉に取られたのをまだ気にしてるんかな、コイツは。
・・・というかヴィータは見かけによらず抱え込みやすい性質なんだろう。

「わりぃ。
アニキはあたし以外のヴォルケンリッターのことなんてしらねぇよな、忘れて・・・」
「いや、知ってるぞ。
その辺りはきちんと解析もして、ヴィータを選んだんだから」
「・・・ぅえぇっ!?」

俺の声を聞いたヴィータが身体を仰け反らせながら、不可思議な発音の声をあげた。
・・・なんでそんなに驚いているんだ。

「あ、あの・・・そ、そそ、それって・・・?」

と思ったらこっちにぐいと顔を突き出して、先ほどとはまた違った風にヴィータらしさを感じさせない、
恐る恐ると言った態度で質問を投げかけてきた。
じーっとこちらに視線を向けてくるくせに、俺が目を合わせてやろうとしたら、
ぷい、といった可愛らしい擬音つきで顔を逸らしてしまう。
些か彼女の態度に疑問を覚えなくもないが、気にすることもない、と俺はあっさりとした口調で答える。

「ああ、はやての負担を考えてな。
身体が小さい方が維持が楽なんだよ、だから必然的にヴィータということに」
「・・・はぅ・・・そ、そっか、そーだよ・・・な・・・」

俺の答えを聞いたヴィータがあからさまに落ち込んだ口調で相槌を返す。
・・・あ、やばい、本当のこととはいえ今のはあんまりか。

「で、でもっ!
兄さん、ヴィータでよかったでしょっ!?」

俺と同じことを感じたのか、慌てたように大きな声でフェイトが声を張り上げた。
その後、ちらりとこちらへと非難を込めた瞳で見つめてからヴィータにも視線を向ける。
・・・フォローをいれろってことか。

「もちろんヴィータで良かったよ。
才能のない俺の特訓にも嫌な顔せずに付き合ってくれるし、
ジュエルシードのことでも色々手伝ってくれたし、アドバイスも一杯貰っているしな。
それに何と言っても、いつも俺の料理をおいしそうに食べてくれるのは大きい」
「・・・それ、褒めてんのか?」

俺がすらすらと挙げた話があまり信じられなかったのか、ヴィータが疑わしげな瞳をこちらに向ける。
フェイトは手振りで『押せ押せ』とさらなる褒め殺しをご要求のようだ。
・・・ふむ、じゃあもう少し単純に押してみよう。

「もちろん、大体だな。
ヴィータのことは大好きだし、居なくなってもらった困る。
今さら他のヴォルケンリッターと代わりたい、と言っても許さん」
「・・・そ、そうなのか・・・えへへ・・・」
「ふふっ、良かったね、ヴィータ」

珍しくも眉を八の字にしたヴィータが、もじもじとした様子でなんとも可愛らしい笑顔を見せる。
うん、可愛いなぁ。
フェイトに声を掛けられて、

「べ、別に良いことなんてねー」

とか言っているヴィータがまた可愛いです。
・・・っていうか脱線しまくりだな。

「あー、取りあえず脱線しまくってるんで、話を戻すぞ。
・・・っていうかもう日付変わるな。
ヴィータ、フェイト、一応結界の準備を頼む。
朝まで何もないようなら、闇の書が起動することはもう無いはずだから」
「・・・お、おうっ!」
「うんっ」

今度はちゃんと2人からきちんと返事が返ってきた。
そして・・・運命の日、はやての誕生日がやってくる。





「・・・んぅ?」

気付いたら部屋が明るい、と言うかとっくに日が昇っていた。
5時過ぎくらいまでは記憶があったんだが・・・、
取りあえずテーブルの上に置かれた闇の書に視線を向けると、記憶に残っている姿、
つまり変わらず封印された状態のまま、そこに鎮座している。

「・・・封印は問題なし、か。
さて、今は何時だろう?」

壁時計を確認しようと、しょぼしょぼと寝不足で掠れる瞳をこじあけながら立ち上がろうとして気付く。

「・・・おや?」

動きたくても動けない。
ソファで眠ったせいで、金縛りにでもあったのだろうかと全身を捻ろうとして身体の一部、
と言うか両膝にそこそこずっしりとした重みがあることに気がついた。
そのせいで、寝ぼけて力の入らぬ身体では足を持ち上げることが出来なかったのだろう。

「・・・一体何が?」

取りあえず原因を追究すべく、ぼんやりとした脳をフル稼働させて、
視線を下に向けるよう指示を出した。
するとそこには・・・

「むにゃ・・・むにゃ」
「すーすー」

納得。
日付が変わってから30分ほどはテーブル上の本を囲むように俺たちは立っていたのだが、
その後はさすがに気も緩んでソファに並んで座りながら監視を続けていたのだ。
・・・そして、そのままの体勢で3人ともいつの間にか眠ってしまったのだろう。
俺の右ひざからはヴィータの無邪気な寝顔が窺え、
俺の左ひざからはフェイトの規則正しい寝息が聞こえてきた。
ちょっとイタズラしたくなってくるな。

「・・・えい」
「・・・あぁっ」

ヴィータの耳たぶをくすぐってみたら、思ったより艶かしい音が返ってきた。

「・・・つん」
「・・・ふぁっ」

フェイトの頬を指先でつついてみたら、思ったより弾力がぷにぷにで感動を覚える。

「えい」
「ゃあ」
「つん」
「ぁあっ」
「えいえい」
「ひゃあっ」
「つんつん」
「あっあっ」

やばい、何かに取り憑かれたかのようにヴィータとフェイトの寝顔を弄る指が止まらない。
それにしても良く眠っている、こんなに触っているのに起きないなんて。
・・・ごくり。
ご、ごくりじゃねーーーーっ!?

「お、落ち着け、俺・・・ダメだぞ・・・」
「何がダメなんや?」
「そりゃ勿論俺の心のダムが決壊しないように」
「へぇ、壊れそうなん?」
「何とか耐えてみせる・・・へ?」

・・・ぐっすりと眠るヴィータとフェイトが、俺の独り言に返事をしたりはしないのは自明の理だ。
じゃあ・・・誰が・・・?
恐る恐る俺が顔を声が聞こえてきた方向に持ち上げると、
そこにはにっこりと笑顔を浮かべた少女が一人、車椅子に座っていた。

「・・・おはようございます」
「おはようさん、で、兄ちゃん?」
「何でしょう」
「言い訳は?」
「・・・ありません」
「そっか」

笑っている彼女の目が、何とも恐ろしいものに思えてくる。
もしかして怒ってる?

「・・・はやてさん。
何だか笑顔が怖いんですが」
「笑うって行為はな、本来攻撃的なものらしいで。
わたしはそんなん関係なく笑顔やけどな」
「ごめんなさい」
「・・・なんで謝るん?」
「それは」

冷や汗をだらだらとかきながら、打開策を考える。
よく考えて見たら怒られる謂れはない気もするが、
そんなことを言い出したらはやては本気で怒るだろうことは想像に難くない。
うん、ここを乗り切って楽しい一日を送れるようにしないと。

「・・・んぅ?」

俺が必死ではやて説得の言葉を考え込んでいると、
場の空気を察したのか、ヴィータの頭が持ち上がった。
上瞼と下瞼がくっつきそうなのか、数回ぱちぱちと瞬きを繰り返したかと思った後、
すぐそばにある俺の顔を見てぼんやりと呟いた。

「あたしも・・・アニキ・・・好きだよ・・・」

ばたんと、再び俺の膝を上に倒れこみ、すーすーと寝息を立て始める。

「・・・いや、その、これは」

神は死んだ。
何故か俺はそう思った。

「ぷっ!?
あはははははっ!」

そんな風にこの世に絶望した気分でいた俺を棘を感じる笑顔で見つめていたはやてだったが、
突然耐えられなくなったとでも言いたげにお腹を抱えて笑い出し始めた。

「ひー、苦しーーっ」

珍しくもげらげらと声を出して笑っていたはやては、
逆に笑いすぎたらしくお腹が痛くなってしまったようだ。
わき腹を押さえながら、呼吸を浅くして何とか笑いを引っ込めようと頑張っている。

「・・・はやてさん?」
「ぶははははっ!?」

だが、俺が声を掛けるとすぐに衝動がぶり返してしまったらしく、
再び過呼吸に陥りそうな勢いで笑い始める。

「・・・な、何が起こったんだ?」
「・・・うるせー」
「・・・んぅ?」

俺がひーひーと笑い続けるはやてを呆然とした顔で見ていると、
さすがの騒ぎに眼を覚ましたのか、ヴィータとフェイトがむっくりと頭を上げた。
ヴィータも今度はきちんと目を覚ましたようで、
アホみたいに笑い続ける自分の主を複雑そうに見つめている。

「・・・兄さん、はやては何で笑っているの?」
「分からん」
「アニキがどうせ何かしたんだろ?」
「・・・どちらかと言えばヴィータじゃないか?」
「あたし?
・・・違うと思うぞ」

3人よれば文殊の知恵、と昔の人は言ったものだが、
この場合は3人で首を捻ってみても誰にも心当たりはないようだ。

「・・・とにかくはやてが落ち着くのを待とう」
「そだな」
「うん、分かった。
兄さん、コーヒー淹れようか?」
「よろしく〜」



「・・・ああ、面白かったわぁ」

ずずず、とたっぷりとミルクを加えたカフェオレを啜りながらはやてがしみじみと呟いた。
結局、はやてはフェイトがコーヒーを淹れ終えるまで、
俺とヴィータの顔を交互に見ては吹きだしていた。
・・・はやてだから良いが、他の人にやられたら確実に腹が立つ行動だな、しかし。

「で、何でいきなり笑われたんだ俺たちは」
「いやな、時計を見てみれば納得すると思うで」
「えっと・・・11時!?」
「そや、朝起きてきたら、3人で仲良うぐっすりソファでねむっとるからその時はびっくりしたけどな。
何時起きるかなぁ、ってずっと見とったんやけど・・・」

そこではやてはまたこみ上げてきたのか、ちょっと顔を横に向けて一つ深呼吸。

「フェイトが始めに起きてな、
トイレに行ってきたと思ったらそのまま兄ちゃんの膝に戻ってきてまた眠るし」
「あ、ああうっ?
・・・お、覚えてないよっ」
「ヴィータが次に起きたと思ったら、
兄ちゃんの顔をべたべたと触ったと思ったらにへらーって滅茶苦茶可愛え笑顔で抱きついて」
「うえええっ!?
そ、そんなことするわけねえっ!」
「最後に兄ちゃんが起きたと思ったら・・・ヴィータの耳とフェイトの頬を弄り始めて・・・仲良すぎやんっ、
とか思ってたら吹き出しそうになってな。
それを何とか我慢しとったら、兄ちゃん何を勘違いしたのかわたしが怒っていると思ったらしくて」
「・・・うう」
「と言うか、昨日は皆で夜更かしさんやったんやな」
「・・・ごめんなさい」

ニヤニヤと俺たちを見つめるはやてに素直にペコリと俺は頭を下げる。
ちらりと左右を見ると、フェイトは真っ赤な顔であうあうと混乱した声を発しており、
ヴィータは逆に真っ青になって固まっていた。

「・・・そんなことしてねぇ、そんなことしてねぇ」

ヴィータはぶつぶつと呟いて精神の安定を図っているようだが、
・・・その後もう一度寝ぼけて恥ずかしい台詞を口に出しているからなぁ。
まぁ、言わぬが華だし、教えてやったら多分記憶を失うまで殴られるだろうから言ったりはしない。

「それでな、闇の書は大丈夫だったん?」
「ああ、それは大丈夫。
夜明けまで起きていた・・・おや?」

はやてにはナイショでやっていたんだが・・・、
ああ、テーブルの上に堂々と闇の書が置いてあるこの状況ではバレバレか。

「・・・全く。
わたしのことなんやから、わたしを仲間外れにするのは感心せえへんで」

ちょっとだけ膨れた声を出すはやてに、俺たちはしゅんと縮こまる。
実際のところ、はやてと闇の書が離れていた方が起動確立が低くなるから離していたんだが・・・、
それは言っても仕方のないことだろう。

「首謀者は俺だ、ヴィータとフェイトは何しろ昨日の夜まで詳細を知らなかったんだから・・・」
「やっぱりそうか。
と言うことは兄ちゃんには罰ゲームやな。
罰として・・・」

俺が正直に打ち明けると、
はやてはその発言を待ってましたとばかりににんまりとした表情を浮かべながら声をあげた。
そして、続く言葉で出された罰ゲームの内容は・・・。





「・・・到着っ」

八神家と喫茶翠屋のちょうど中間ぐらいの位置にある、
少し大きめの公園に俺とはやての2人はやってきていた。
はやてから出された罰ゲームは、一時間ほど俺ははやての召使になるというものである。
とは言え、はやては何かを頼むわけでもなく、公園まで連れて行って欲しいと言ったきり、
他に何もお願いらしきものを言うことは無かった。

「お姫様、公園でございます」
「ぷっ、それはええっちゅうねん」

休日のお昼時とは思えないほど閑散とした公園は、俺とはやての2人きりの場所となっている。
誰も居ないのだし折角だからと俺は召使っぽく発言してみたが、
あまりはやてのお気にはめさなかったらしい。
彼女は少しだけ笑ってくれたものの、軽く諌められてしまった。

「なぁ、兄ちゃん。
この前約束したやろ、わたしが頑張ったらその分たくさん褒めてくれるって」
「ああ、約束したな」

俺がはやての後ろで車椅子のレバーを持ちながら声を掛けると、
はやてはこちらへと振り向いてにっこりと笑った。

「ちょっと離してもらってもええか?」

俺の両腕から逃れると、そこから10メートルほど離れた場所まで
自分の力で器用に車椅子を動かしたはやては、くるりと車を反転させる。
少しだけ距離の離れたはやてが、こちらと向かい合っていた。

「・・・はやて?」

俺が疑問を込めた呼びかけを投げかけると、
はやてはそれには答えることなく一度大きく深呼吸をしてみせる。

「兄ちゃん、そこから動いたらあかんで。
・・・ちゃんと見てて」

俺が再び声を掛けるよりも早く、はやてが両腕に力を込めたのが分かる。
眉根をよせて、少し辛そうな表情を浮かべたはやてが・・・立ち上がった。

「はやてっ!」

一瞬、駆け出そうとしたものの、彼女の言葉を思い出して立ち止まる。
はやては俺のそんな様子を見て、もう一度にこりと笑顔を浮かべると、
一歩だけ、ゆっくりと前へ歩みを進めた。
そこそこ離れているせいか、はやてが俯いてしまうと彼女の顔が隠れてしまい、
限界がどこにあるのか見極めにくくなる。

「・・・はやて」

もう一度呟くと、その声にあわせるかのように彼女は次の一歩を進んだ。
一歩。
また一歩。
そしてまた一歩。

「・・・」

はらはらとした想いを抱きながら、少しずつこちらに近づいてくる少女の姿を瞳に収める。
身体のバランスを取るのが難しいのか、まるで綱渡りをしているかのように、
両腕を上下にふらふらと揺らしながらはやてはこちらに近づいてくる。

「・・・あと5メートル」

俺は口の中で呟く。
一瞬、ぐらりとはやての身体が傾くが、なんとか堪えた彼女は懸命に足を前に出す。

「・・・あと4メートル」

はやての額に汗が滲んでいるのが見えた。
駆け寄って汗を拭ってあげたい気分になるが、なんとか踏みとどまる。

「・・・あと3メートル」

『頑張れ』と声を出しそうになる自分を自重する。
頑張った後に、目一杯褒めてほしいと言ったはやての意思を尊重して、
俺は黙ったまま固唾を呑んで彼女の行動を見守った。

「・・・あと2メートル」

はやての口から苦しげな息が漏れているのが耳に届いた。
それでも弱音を吐かない彼女は、止まることなく足を動かしている。

「・・・あと1メートル」

はやての顔が持ち上がった。
俺と視線が合わせた彼女が、ふらふらと倒れこむように足を2度、3度と前へと押し出し・・・

「おっと」

ぼふっ、と言う小さな音を立てて、俺目掛けて倒れこんできた。

「つかれたぁ」
「すごいぞっ、はやて!」

はやてのやり遂げた、という声色が篭った声が聞こえたと同時に、
俺は彼女の両脇から手を突っ込むと彼女を持ち上げた。

「すごいっすごいっ」
「あ〜う〜」

そのまま心の底からの賞賛とともに、勢いを込めてはやての身体をぐるぐると振り回してやると、
彼女は目を廻して先ほどのヴィータのようなヘンテコな声を漏らす。

「すごいな、本当によく頑張った!」
「あははっ、もっと褒めて〜」

一通り回転し終えると、俺は改めて彼女を褒めてやった。
続けて彼女の身体を抱きしめるように抱え込みながら片手で頭をわしゃわしゃと撫で回してやる。

「抱っこーっ♪」
「おうっ!」

俺がはやてを所謂お姫様抱っこで持ち上げてやると、
彼女は両腕を目一杯伸ばして俺の首をそっと包んだ。
そのまま密着した状態で、彼女は俺から顔を伏せながら声を掛けてくる。

「なぁ、兄ちゃん」
「何だ、はやて?」
「グレアムさんから手紙が来たんや。
援助は続ける、子供が遠慮なんてするな、って書いてあった」
「それは助かるな」
「なんや、そこは俺に任せとけ、とか言えへんのか?」
「・・・戸籍無しで職無しの俺にどうしろと」
「無免許医とか?」
「三千万持って来い、ビタ一文まからん」
「そんなキャラでやるん?」
「やりたくないなぁ・・・」

そんな取りとめのない話をはやてを抱き上げながら喋っていると、
不意に彼女は顔を持ち上げて空を見上げた。
まるで、グレアムさんが居る空の向こうを見ようとしているかのようだ。

「結局、グレアムさんは良い人なん?
悪い人なん?」

ぽつり、と呟いた彼女の口調は、俺に尋ねているようでもあったし、ただの独り言のようでもあった。
どちらにしろ、俺の答えは1つしかないだろう。

「あの人は・・・自分の信念に基づいて行動したはずだよ」
「・・・信念かぁ。
うーん、難しい」
「長く生きてると色々ありそうだし」
「そやな、まだまだわたしはひよっ子やからなぁ」
「考えるだけ時間の無駄って気もする」
「そっか」

はやては俺の首に廻していた手を片方外すと、空へと向けて軽く手を振る。
それから、グレアムさんから貰ったと思われる手紙を不安定な姿勢で器用に折りたたみ始めたと思うと、
瞬く間に紙飛行機が出来上がっていた。

「わたしはやっぱりこっちで頑張ります・・・よしっ、報告終わり!」
「今さらだけど・・・良いのか?」
「わたしの信念に基づいた行動や!」
「それなら仕方ない」

紙飛行機を空に向けて飛ばした後、
俺の首にしっかりとしがみ付き直したはやてがしっかりと宣言するのを、
俺は言葉の上ではどうでも良い素振りを見せながら心底嬉しく思っていた。
何故だか、はやてがミッドチルダに行ってしまうときが彼女との別れだと、
俺は漠然と考えてしまっているからだ。
・・・全く、どうしてそんな事を考えるんだか。

「それじゃあ行こう!」
「・・・何処へ?」
「翠屋だよ、この前なのはが言ってただろ。
ケーキご馳走するって。
丁度はやての誕生日だから、折角だしホールのケーキを頼んでみた」

湿っぽくなった空気を追い払うように、俺ははやての車椅子へと向けて走り出した。
突然の俺の行動に、はやては目を白黒とさせながら俺にしがみついてくる。

「わわっ?
に、兄ちゃん?」
「よし、ちゃんと座ったか?
出発進行っ!」

その勢いのまま、ぽーん、といった感じにはやてを車椅子に乗せる。
折角の誕生日なんだ。
全力で楽しめないと、違うだろ?

「いくぞっ!」
「は、はやっ?
速いでっ、兄ちゃんっ」
「わはは、誕生日に湿っぽい話をした罰だ!」
「おーぼーやーーーーっ!!」

まだはやてには言っていないが、今日は翠屋を貸切にしてはやての誕生会をしてくれるらしい。
・・・何とも太っ腹というか、粋な計らいだ。
ヴィータとフェイトも先に行っているはずだし、
なのはにアリサちゃん、すずかちゃんも来てくれるらしい。
はやての世界はこれからだという希望が溢れてきて、俺は勝手に浮かぶ笑顔を誤魔化すように、
勢い良く車椅子を押して走った。

「兄ちゃんっ!
こわっ、怖いってーーーーっ!?」
「うははははっ!
今宵の俺は血に飢えておるっ!」
「訳分からんーーーーっ!!」

はやての悲鳴すら俺の良く分からないテンションを止めることは出来ず、
俺はそのままの勢いで街中を走り出す。
今日ははやてにとって今までで一番楽しい一日になる、そんな確信を俺は抱いていた。

(続く)