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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第16話』


結果として続けざまに起こってしまった二つの事件から、2週間が経過した。
俺たちは新しい事件に巻き込まれることもなく、今は日常を満喫している。
フェイトも。
ヴィータも。
はやても。
・・・さて、そんな彼女たちの新しい日常を少し紹介させていただこう。


フェイトのその後はと言うと。
最初はぎこちなかったフェイトだったが、それでもはやてやヴィータとはすぐに打ち解けて仲良くなった。
はやての優しさと温かみには好感を持っているようだし、車椅子にも偏見を持ってはいない。
ヴィータの悪く言えば乱暴な言葉づかいは、アルフで慣れているせいか、
こちらも悪い印象は持たなかったようだ。
まだ聞き手に廻ることが多いし、残念ながら俺とは距離があるような気もするが、
それは仕方がないことかと思っている。
彼女のこれまでの人生の中で人間関係がほぼ限定されていたせいだろうし、
・・・何よりも、男性と関わることなど無かっただろうしな。

食の細さも少しずつ改善の兆しを見せていた。
当初はあまりご飯を食べようとしなかったフェイトだが、最近は食べる量が増えてきている。
特に名前からしてそっち系統だし、やはりイタリアンが好みらしい。
そんな訳で、お昼はスパゲティを作る機会が増えていたりする。

今日のお昼ご飯であるスパゲティ・カルボナーラを、
フェイトは器用にフォークにまきつけ、ちゅるちゅると啜っている。
もぐもぐと咀嚼しながら、次の一口に取り掛かろうとしていた彼女が俺の視線に気付いたのか、
ちょっとだけ目線をこちらに向け、困ったように眉をよせた。

「・・・あの何か?」
「あ、ああ、味はどうかなーと思って。
辛くないか?」
「うん、大丈夫。
おいしいよ」
「そっか、良かった」

フェイトは頬を赤らめて、ぎこちなくフォークを口に運ぶ。
未だに見つめている俺が気になるのか、ちらちらとこちらへと視線を向けながら口を動かしている。
・・・いかんな、この調子じゃ零すぞ?

「きゃっ」

べチャっ、と言うあまり耳によろしくない音とともに、フェイトの顔に白いどろりとしたスープが跳ねた。
ああ、遅かったか。
俺は慌てた様子で両手をわたわたとさせるフェイトを落ち着かせるように、
ゆっくりと席から立ち上がると、スープが飛び散った彼女の口元と頬をティッシュで拭った。

「そろそろ俺にも慣れてくれてもいいんじゃないか?」
「・・・に、兄さんは見つめすぎだよ。
食事中にそんなに見られたら恥ずかしいって」

俺になすがままにされるフェイトはさらに頬を赤く染めながら、唇を尖らして文句を言う。
そんなフェイトへと言葉をかけてやろうとして・・・、
冷ややかにこちらを見つめる2対の目線に気がついた。

「兄ちゃんはフェイトに優しいなぁ」
「アニキははやてとあたしにも優しくすべきだよな?」
「全くヴィータの言う通りや」

・・・いや、はやてさん、ヴィータさん。
ひそひそ話しているつもりかもしれないけど、聞こえてますよ?


それから、八神家へ頻繁に来客が訪れるようになったのもフェイトが来てからである。
いや、来客と言うよりもむしろ・・・、
ちょうどその時だ、『ピンポーン』というチャイムの音とともに

「フェ〜イト〜ちゃんっ」

玄関口から可愛らしい声が聞こえた。
友達が遊びにくるようになったと言った方が正確だろう。
なのはの声を聞いたフェイトが心底嬉しそうに玄関に向うと、はやてがくすりと笑顔をこぼす。
うむ、思わず微笑ましくなる光景だよな。
だが、そんな俺たちとは裏腹に、しかめ面をしたヴィータが庭へと逃げ出していく。
どうやらヴィータは少しなのはが苦手らしく、彼女が尋ねてくるたびに外へと飛び出してしまう。
ヴィータ曰く、

「あんなおっそろしい目に合わされてフェイトはよくアイツと付き合えるよな。
・・・あたしは御免だ」

らしい。
ちょっと顔を青ざめながら言ったヴィータの言葉はかなり真に迫っていた。
・・・確かに否定出来ないが。
とは言え、ヴィータとなのはの相性は悪くないはずだし、そのうち仲良くなるだろう。
気にすることでもないと思う。




そんなヴィータはというと、最近は模擬戦をすることが多くなった。
どうやらぬこ姉妹にいい様にあしらわれたのがショックだったらしく、
かなり熱心に取り組む様子から、彼女の本気がひしひしと伝わってきた。
俺と、それから一緒に走りこみに付き合ってくれるフェイトを相手にして、
様々なパターンで訓練を繰り返す。

その日は、グラーフアイゼンを30cm程度のメイスサイズにモードチェンジしたヴィータが、
左手をテーピングでぐるぐるに固定した状態で俺と向き合っていた。
小柄な身体を活かし、俺の懐へ一瞬で潜り込んできた彼女を追い払おうと、
俺は両手にためた魔力の塊のうち、右手を振るう。
だが俺の攻撃を身体を捻りながらかわしたヴィータは、
お返しとばかりにコンパクトに身体を折りたたみながら、俺の鳩尾目掛けてアイゼンを突き出してくる。
慌てて左手をかざした俺がアイゼンを弾き飛ばそうとするが・・・、
逆にこちらの防御が弾かれてしまう。
だが、片手を封印した状態では踏ん張りが効かなかったのか、
打ち勝ったヴィータもまた体勢を崩し、彼女の間合いまで半歩ほど届かない距離で足が止まる。
ヴィータの体格に見合った小さい得物は、
しっかりと踏み込むことが出来なければその威力を存分には発揮することができない。
そう判断した俺は、再び右手をヴィータ目掛けて勢いよく伸ばす。
ヴィータがアイゼンで俺の右手を叩き落そうとするも、
やはり力が乗り切らない一撃では先ほどのようにはいかない。
一合、二合と打ち合い、そして・・・

「ちょ、もう降参だっ!」

俺の悲鳴のような声で彼女の右手がピタリと止まる。
同時に、俺の右手に込められていた魔力が力尽き、あっさりと霧散した。
弾幕系魔法・左手封印状態のヴィータ相手でさえほぼ手も足も出ないんか、俺・・・。

「・・・ふぅ。
あたしも最初の一撃でアニキぐらい倒せないようじゃまだまだだな・・・」

俺が逃げるようにヴィータから離れると、彼女はテーピングを剥がし、
アイゼンを通常のハンマーに戻しながら一息つく。
・・・っていうか酷い言われようだ。
泣いていいか?
主にフェイトの胸で。

「・・・他の守護騎士の分まであたしがはやてを守らなきゃいけねーんだ。
シグナムがいない以上、機転を利かせるのもあたしの役目だ。
シャマルがいない以上、不用意にカートリッジも使えねぇ。
ザフィーラがいない以上、身体を張ってでもはやてを守る。
・・・よしっ!!」

ぶつぶつと小声で呟くヴィータの声は俺には聞こえなかったが、
恐らくはやてを守るのは自分しかいない、とかそんなことを言っていたのだろう。
・・・うん、大人のくせにヘタレでごめん。

「次、フェイトっ!」
「うんっ、それじゃあ結界張るね」

俺たちの模擬戦をちょっと離れて見守っていたフェイトがバルディッシュを起動させると、
早速結界を展開する。
ヴィータとフェイトはそのまま空に浮かび、向き合った。
まずは小手調べとばかりに互いにあまり得意ではない放出系魔法を打ち合い、牽制し合う。
フェイトのアークセイバーはヴィータの障壁で吹き散らされ、
ヴィータのシュヴァルベフリーゲンはフェイトの高速機動に付いていけずに誤爆する。
ヴィータがフェイトの高速移動に対抗しようと展開した加速付与でフェイトの背後に回りこむと、
フェイトがバルディッシュで振り下ろされるグラーフアイゼンを受け止める。

ぎちぃっ!!

バルディッシュから苦痛の叫びのような甲高い金属音が響く。
フェイトが武器の打ち合いでは分が悪いと、
フォトンランサーを一瞬で4つ展開してヴィータへと打ち出す。
ヴィータは速度で勝るフェイトを相手にスフィア込みで正面からぶつかることを嫌ったようで、
大きく弧を描きながら、フェイトから距離を取る。
今度はフェイトがこちらの番とばかりに、ヴィータ目掛けてスフィアで彼女の逃げ道を防ぎながら突っ込んでいく。
・・・そして、再びバルディッシュとグラーフアイゼンがぶつかり合う。

「・・・すごいなぁ」

俺の呆然とした呟きが、早朝の公園に吸い込まれていく。
・・・いや、もうホント凄いよ。
ヴィータについてはしばらくは猛特訓をするのだろうが、まぁ、
フェイトがいるから必要以上に俺が被害を受けずに済んで助かってます。




はやては表面上変わったところは見られないが、やはり思うところがあるのだろう。
彼女はリハビリの合間に少しずつでも魔法を教えて欲しい、と俺たちに頼んできた。
そんな訳で、元々のスケジュールを前倒しして、
フェイトがミッド式を、ヴィータがベルカ式をそれぞれ座学で教え始めている。
闇の書をデバッグするという目的がある以上、
祈祷式でデバイスにおんぶに抱っこという訳にはいかないのだから、座学も必要である。
フェイトは理論からしっかりと学んできたようで博識なのだが、
性格的にあまり人にモノを教えるのに向いていないようだ。
口下手なのも相まって授業は結構苦労しているようだが、
はやてと打ち解けるのにも役立っているし、和気藹々とやっているので問題はないだろう。
ヴィータも理論はきちんと知っているようだが、ベルカの騎士としての能力を持つヴィータである。
基礎はともかく、その先の応用については些かの疑問がある。
・・・ただ、俺のようにいきなり『走りこめ』とは言わなかったので、彼女なりに考えがあるのだろう。
どちらにしろ、はやてに実践はまだムリだしな。
何しろ・・・

「・・・BERG?
BERG KAISER?
やっぱりダメや、応えてくれへん」
「そっか、うん、仕方ないかな」

はやてのデバイスはグレアムに一撃を加えて以来、沈黙を保ったままである。
ただ、フェイトでさえ起動が出来ないようなSランク以上の魔力が必要、
という縛りがあるデバイスである以上それも仕方がないかな、とは思ってしまう。

「そやなぁ、仕方ないな。
この子に相応しいマスターになれるようがんばらなぁ」
「そうだな、俺も頑張らないと」
「一緒にがんばろ?」
「ああ」

俺を見上げながら右手を前に出すはやてのコブシに、こつん、
と俺もコブシを合わせて頑張ろう、と改めて決意する。
そのうち、俺もはやてに色々と魔法の知識を教える必要が出てくるだろう。
何しろ、ミッド式やベルカ式では闇の書のデバッグをすることは出来ないのだ。
セイのサポートがあるとは言え、いや、あるからこそ、
俺の使う魔法体系をはやてに教える必要があるだろうと思う。
・・・まぁ、まず俺がジュエルシードのチート無しでも、セイを使いこなせるようになるのが先か。

「そういや、リハビリの調子はどうなんだ?」
「ん?
・・・そやなぁ、石田先生が言うには順調らしいで」
「それは付き添いとかで聞いているから知ってるけど、はやての感覚としてはどうかなって。
ほら、はやてリハビリ室に入れてくれないじゃん」

そういった姿を見せるのは恥ずかしい、とはやてにリハビリ室への入室を拒否されてしまったのだ。
・・・まぁ、確かに見ている以上のことは出来ないからな。
はやては俺の言葉を聞くと珍しくも、おもいきり眉をひそませて、一つため息を吐く。

「正直、めっちゃきついで・・・」

リハビリを思い出しているのか、
顔を青ざめさせたはやてが肩を落としながら、ぽつぽつと怨嗟のこもったような声色で喋る。

「きっとわたしの足は上半身を支えるようには出来てないんや・・・。
腰から上をスパーン、と切り離して『足なんて飾りです』と言い張りたい気分になるで・・・」

うつろな視線で片手でハサミを形作り、
自分の腰をちょきちょきと切断するポーズを取るはやての顔つきはかなりマジっぽい。
思わずぎょっと驚いてしまう。

「ナイスボートやー、中に誰もいませんよー」
「・・・茹ってるなぁ」

そのまま危ない発言を繰り返すはやてのふわふわの髪の毛にぽん、と片手を置いて撫で回してやる。
結構容赦なく、ぐりぐりと。

「はわわ〜っ?」
「今度はやてがどのぐらい頑張ってきたのか、見せてほしいな?
いっぱい褒めてあげよう」
「む、子供扱いしとるな?」
「ダメか?」
「ううん、嬉しいで」

にっこりと微笑むはやての頭を今度は慈しむようにゆっくりと撫でてやる。
何しろ相当に苦労しているのは本当だ。
日中はきついリハビリに学校教育に戻るための学業訓練。
夜はフェイトとヴィータを先生にした魔法の勉強だ。
彼女のちっさい身体にはかなりの負担がかかっているだろう。
それにグレアムの言った言葉や、セイのことでもはやては気に病んでしまっていることだろう。
俺はそんな状態でもほとんど弱音を吐くこともない少女が、
少しでも心労が減らすことが出来たらいいな、と思う。
そのためには、・・・さて、どうしたらいいんだろうな?





そんな風に、ここ二週間のことを思い出しながら俺が一人でやってきたのは、
たびたび魔法戦に巻き込まれた毎度お馴染み海鳴臨海公園である。
平日の真昼間ということもあり、
町に住む多くの人々は皆それぞれの日常の中にいるのか、公園には人の姿は見えなかった。
・・・俺ともう一人を除いて。

「管理局をクビにでもなったのか?」

俺以外のもう一人である、ベンチにゆったりと腰掛け鳩の餌を撒く暇そうな老紳士に向けて、
歩み寄って声をかけた。
俺が近づいても逃げ出すこともせず餌を啄ばみ続ける、
野生の欠片も見えない鳩へと目線を向けたまま、彼は苦笑を浮かべる。

「それならむしろ引退できて嬉しいんだがね。
むしろ逆だ、もう戻って来い、とのお達しだ。
怪我を理由にサボっていたんだが、休暇はおしまいだな」

餌が空になったのか、くしゃくしゃと小さくまとめた袋をゴミ箱に投げ捨てながら、
彼は何でも無い様に言った。
俺が彼の隣に座り込むと同時に、餌が無くなったことに気付いたのか、
鳩たちはばさばさばさっ、とかなり大きめの音を立てて飛び去っていく。
俺はそんな鳩を眺めながら口を開く。

「休暇だったのか?」
「ああ、似たようなものだ。
特にこの二週間はね」
「・・・なるほど」

彼はまっすぐに前を見据えていた。
さて、彼の瞳には何が写っているのだろう・・・俺には分からんな。

「どこまで調べが済んでいるんだ?
大分詳しいようだが」

俺の言葉に彼は、少しの沈黙を返した。
やがて、彼は安っぽい木製のベンチに背をもたれさせると、空を見上げながら質問に答え始めた。

「いくつかの偶然が重なった。
リーゼにはひと月から数ヶ月に一度、八神家に異常が無いか監視する役目を与えている。
そんな監視日に、たまたまだろうな。
・・・キミがやってきた」

運が悪いと嘆くべきなのか、それとも良かったのか・・・。
俺が一つ頷きを返すと、彼は言葉を続けた。

「アリアは気になることが出来たので監視を数日延ばすと報告してきた。
幸いと言っていいのか、すぐにその不安は的中した」
「・・・その翌日には闇の書からヴォルケンリッターが一人とは言え、出てきたからな」
「その通り。
同時に闇の書が起動する際に発せられる魔力波も観測された。
私の予測よりは二ヶ月ほど早かったが、気にならなかった。
誤差の範囲だろうと結論を下し、さらにロッテを送り込んだ」
「・・・全然気付かなかったなぁ」
「あの子たちは素体が猫だからか、隠行が得意でね。
私でも本気で隠れられたら気付かないぐらいだ」

・・・さすがぬこ姉妹。
ストーカーが喜びそうな技術をお持ちだ。

「だが、すぐに我々も訳が分からなくなった。
はやて君が今代のマスターであると突き止めるのに使った、
闇の書用のサーチ魔法から件の反応が消失したためだ。
それからキミも言ったが、ヴォルケンリッターが何故か一人しか現れた様子がないのも不可解だった」
「・・・まぁ、そりゃそうだろうなぁ」
「それからキミの存在だな。
遠くから観察するしかない我々は、ヤキモキさせられたものだ」

くっくっくっ、と笑みを零す姿から見ると、どうやらこのおっさん、
今は無害面してやがるが若い頃はかなりのヤンチャぶりだったんじゃないだろうか。
・・・使い魔を見てもそんな感じするし。

「とにかく、半月ばかり観察を続けさせたが、埒が明かないと判断し一度リーゼを戻らせた」
「そうか、闇の書による収集を完了させる必要があったんだよな」
「・・・何故知っている?」
「そちらの話を聞き終えたら、話しても良い」

俺は隠し通すことを諦めて、こちらを静かに見つめる彼と視線を合わせた。
うん、怖いよ、このおっさん。
呑み込まれそうになりながらも、はやての顔を思い浮かべてなんとか堪えると、
彼が先に視線を外してくれた。
・・・勝ったと言うより、譲ってくれた、というのが正解か。

「それでは先に言おうか。
一度仕切りなおしのために2人を戻してから、しばらく通常業務に当たらせようとしていたのだが、
そうもいかなくなった。
アースラのハラオウン執務官が第97管理外世界で手ひどくやられたせいだ」
「・・・ああ、ソレか・・・」
「心当たりがあるようだな、・・・まぁいい」

心当たりというか、当事者だしな。
とにかく、アレはやっぱり相当不味かったか。

「当初は私もアレを別事件と考えていた。
管理局に対して良い感情を抱かない人々が多いのも事実だったし、
アースラがあの時間にあの場所へと乗り込んでいくことを知っているとも思えなかった。
それに件の執務官と面接し、次元干渉を端に発した件である、との報告も聞いていた。
・・・だが」
「・・・何かあったのか?」
「ああ、その通りだ。
はやて君が闇の書を起動させたのであれば、
もう一度過去の事件を整理しておこうとリーゼに指示を出していたのだが・・・」

疑問符を浮かべる俺をちらりと見つめた彼だったが、
一度そこで息をついてから、すぐに話の続きを語り始めた。

「闇の書のほとんどの資料が、何者かに閲覧された記録がある、と報告があった」
「・・・?」
「それがどうかしたのか、という顔だね。
ああ、確かに先の闇の書事件から10年が経ち、次の事件がそろそろ起こるかもしれない、
そう現場の指揮官レベルが情報収集していたということもあるかもしれない。
だが、閲覧者が誰なのかが分からないとなると話が違ってくる」

彼の仰々しい話ぶりに、俺は思わず眉を顰めてその理由を考える。
・・・それが何か問題があるのか?

「私はこれでも一応は幹部でね。
よほどの件でない限りは閲覧ぐらいは出来る権限を持っている。
無論、資料の貸出記録ぐらいのことで、秘匿扱いになるなんてことは今まで無かった」
「・・・っ!?」
「理解したようだね。
闇の書は確かに、第一級捜索指定遺失物だ。
だが管理局の将官以上らしき人物が、
わざわざ目をつける事件でもないことは覆ることのない事実なのだ。
ましてや調べたことをわざわざ隠す理由など、普通に考えればありえないことだ。
・・・言い方は悪いが、このレベルのロストロギアは何十個と存在が確認されている」
「確かに、そりゃ不可解だ」

・・・口では不可解だと言っておくが、しかし隠す理由など分かりきっている。
つまり、闇の書を不法に、あるいは私的に利用するためだろう。

「その事実に気付いた、私たちは慌ててアースラの件を引き受けると、こちらに乗り込んで行った。
何しろ実際に闇の書の現マスターに近づいている不審者を知っていたのだからね」
「・・・あー、俺か」

ぽりぽりと頬を掻く。
もう驚きのあまり、緊張を保つことが出来ずに素に戻っていた俺は、
彼らの慌てようが見れなかったことを少しだけ残念に思っていたりした。
不謹慎この上ないが。

「ああ、その通りだ。
そう思うとアースラがああも手際良く追い出されたことにも得心がいく。
アースラの航行記録を見ることが出来るものがバックにいれば当然だろう。
ますます疑いを濃いものにした我々は直ちに現場に急行した」
「それで八神家に?」
「いや、そのつもりではなかったよ。
少なくても当初はね」
「・・・では何故?」
「やってきた我々が初めに状況を確認しようと近隣の魔力スキャンを行ったところ、
Aランク以上の魔道師・使い魔が最低5人は集まっていると観測された。
そのうちの一人はヴォルケンリッターらしいともアリアから報告されてね、
正直な話、あの時はもう現状を把握しようがなかった。
だが、手をこまねいて最悪の事態を招くわけにもいかない。
・・・という訳で、全く状況の読めない状態では、本丸を押さえに行くしかないと判断させてもらった」
「ちょうどなのはとフェイトが決闘をしてたときか・・・」

俺は頷きを返した。
・・・確かに何も知らずに乗り込んでみたら、管理外世界のはずで魔道師なんていないのに、
フェイトになのはにそれからアルフにユーノもだな、
ごろごろと魔力値の高い連中が一つの街にひしめいていたら、そりゃびっくりするわ。

「それはご愁傷様としか言い様がないな」
「全くだよ。
はやて君の家を訪ねてみればあまりにも普通に出迎えてくれるものだから、
またびっくりしたものだ。
・・・ただ、だからと言って、誰かが彼女を操ろうとしている可能性は否定できないし、
何よりヴォルケンリッターの残り3名が隠れている可能性もあった。
そうなると私が言えた義理でもないかもしれないが、
彼女を保護するためには強硬な手段に出るしかないと判断した」
「・・・はやてが1人で家に居るときに、攫わなかった理由は?
例え他の守護騎士が隠れていたとしてもあんたたちならなんとか出来たんじゃないか?」
「リーゼはそうした方が良いと言ってきたがね。
私は・・・」

グレアムは一度言葉を区切ると、空を見上げた。
彼の視線を追いかけると、一羽の鳥が空を翔けている。
その鳥が空をぐるりと一周旋回するのを見届けた後、彼は再び口を開いた。

「はやて君とは手紙のやり取りをしていてね。
孤独で、暗い子だと思っていたよ。
・・・が、そうではなかった。
いや、そうではなくなったと言うべきなのかな。
だから、試してみたくなった」
「試す?」
「ああ、老兵がしゃしゃり出ても良いものなのかだ。
この前も同じようなことを言っただろう?
・・・あの子は次代を託せる素晴らしい子だ、
私のようなもう終わった者が必要以上に関わるべきではないとも思ってしまった。
だからキミたちだけに任せた方が良いかもしれないとも考えた」
「随分と派手にやってくれたけどな」
「本当にな・・・全く、迷いを持ってはダメだ。
変なことばかり考えてしまうし、何より上手くいかないものだ」
「・・・まぁな」

そんな少し自嘲の入った彼の言葉は俺にもざくり、と突き刺さってきた気がした。
・・・俺みたいな異邦人も必要以上に関わるべきでもないのかもな。
老紳士は衝撃を受けている俺をじっと見つめていたが、しばらく経ってから口を開いた。

「・・・では、キミのことを聞かせてもらっても良いかな?」
「・・・ああ。
とは言っても俺は何の後ろ盾もない、ただの地球人だよ」

俺は全てを話すことにした。
・・・多分、信じてはもらえないだろうが。

「ほう?」
「地球にも昔、魔法文明があったらしい。
その時代の遺跡からデバイスのようなアイテムを発掘してね。
・・・それで平行世界の別の地球に飛んできた異邦人さ」
「平行世界とは何だい?」
「ああ、次元世界とは違う、もう一つの世界の捉え方だ。
俺が元いた世界では、貴方たちのことはフィクションなんだ。
創作世界の中に紛れ込んだ、ただのはた迷惑な観客が俺なんだよ」
「・・・ふむ、俄かには信じ難いが」
「だから俺は、管理局のこともアースラのこともはやてのことも皆知っていたんだ。
・・・だけど」

どうやら俺が関わったせいで、かなり事態がヘンテコな方向へと動いてしまっている。
もしかしたら、よりマズイ方向に転んでしまうかもしれないと思うと、
はやてと出会った当初の俺の目の前に戻って、殴りつけてやりたい気分にさえなってくる。

「キミの話は良くは分からないが・・・少なくとも、はやて君はキミに感謝していたよ。
恩人だと、そう言っていた」
「・・・くっ」

こんな根無し草の俺に、そんな無邪気な信頼を向けてくるなんて、
・・・馬鹿だよ、はやては。
思わず目頭が熱くなり、頭を抱えてそれを堪える。

「信頼されているのなら、それに応えてみせろよ青年」

突然の乱暴な口調に、俺は顔を上げた。
そこには、にやり、とまるで少年のような笑みを浮かべた彼・・・グレアムの姿があった。

「グレアムさん・・・」
「私は全てをキミに託すよ。
闇の書のことを、・・・はやて君のことを救ってやってくれ。
それが男の役目だろう?」
「簡単に言うぜ・・・」

彼の笑みに触発されたのか、俺の軽口がなんとか戻ってきてくれた。
・・・どうやら、俺に発破をかけてくれるらしい。
全く、なんてお節介な親父だ。

「ああ、簡単に言うぞ。
私はもう知らんからな」
「丸投げすんな」
「クビをつっこんだ以上、最後までやれよ」
「うるせー」
「根性を入れてやる」

言葉と同時にグレアムは無造作に俺の頬をぶん殴った。
目の奥がちかちかする衝撃とともに、口内にほろ苦い血の味が広がる。

「っこのっ、じじぃっ!」

お返しとばかりに殴り返すと、彼は木偶のようにそれを受け入れた。
ばぎぃっ!
そんな音とともに彼の唇の端から血がこぼれる。

「もう一度いくぞ」

今度は立ち上がったグレアムが、歴戦の勇士を思わせる堂々とした素振りでコブシを振るった。
歯をくいしばり彼の殴打を受けると、じんじんとした熱さが頬に走る。

「こっちもいくぞっ!」

思いっきり力を込めて彼のあごを打ち抜かんと一撃を放つ。
彼はやはり俺のコブシをしっかりと頬で受け止めるが、今度は少し身体をふらつかせた。

「ぐぅっ!」
「・・・へっ、どうだっ!
もういっ・・・」

ぱしっ

怯んだグレアムにもう一撃を加えようと構えた俺の腕が、
突然誰かに掴まれたかと思うと腕よ折れろとばかりに捻られる。

「いだだだだだっ!?」
「死ぬ?」

・・・こわぁ
振り向いてみたら、笑顔で殺気をばら撒く悪魔がいた。
しかもドギツイ挨拶つきである。
ますますこえぇ。
コイツの素体、猫じゃなくて悪魔だろ・・・常識的に考えて・・・。

「ロッテ、離してやれ。
・・・全く無粋な真似をする」
「へ?
と、父様?」
「アレが男同士の友情ってヤツらしいわよ、ロッテ」

助けたはずのグレアムに怒られて、おたおたと慌てるロッテを尻目に、
アリアがすまし顔でグレアムの目の前に突然現れた。
俺は力の緩んだロッテの拘束から何とか逃げ出し、彼女たちから距離を取る。

「・・・ありがとうよ、グレアムさん。
覚悟が決まったぜ」
「・・・そうか。
娘がすまないね、躾が行き届いてなくってな」
「気にしなくていいよ」

俺に向けてあっかんべーと舌を伸ばしているロッテを見て、苦笑を浮かべながらもそう告げる。
アリアも冷ややかな目線を向けてくるところから見て、俺に良い感情を持っていないのは確からしいな。

「ただ・・・さっきの話、大丈夫なのか?」
「それは私も気にかけているが、・・・何、こちらでも色々調べてみよう。
表立っては動けないぐらいには牽制が出来るはずだ。
それで一年は時間を稼げるだろう。
・・・だが、その間にはやて君が闇の書をどうにかできないのであれば・・・諦めてもらう」
「ああ、はやてなら大丈夫さ」
「期待しているよ」


グレアムはそう告げると、俺に背を向けた。
慌ててリーゼが両隣につき、彼を支える。
・・・そう言えば怪我人だったか。
確かに怪我した老人をたこ殴りにしようとしては、ぬこ姉妹に恨まれてもおかしくない。


グレアムは後ろを向いたまま、さも今思い出したかのように呟いた。

「そうそう、そう言えば先日、プレシア・テスタロッサという魔道師が出頭してきた。
管理外世界での魔法行使と違法研究での自首だそうだ。
いくつかの司法取引も交渉中でね。
・・・クローニングで生まれた彼女の子の戸籍がほしいとな」

そんなことを言い出したグレアムの言葉がちょっと信じられずに俺が固まっていると、
アリアが放るように封筒を投げつけてくる。
何とか空中で見事に受け取り、慌てながら中を開けてみると、
そこには確かにフェイトの戸籍情報が入っていた。

「・・・おい、これ?」
「彼女はとある次元犯罪者の研究についての情報を持っていてね。
それに関する司法取引だよ、他意はない」
「それでも・・・この借りはいつか返す」
「ならば、自分の言ったことを果たしてくれよ。
・・・守ってやれ」

そんな言葉を最後に残し、グレアムとリーゼが転移して消えた。
・・・悔やむよりも、これからやれることを考えないといけないよな、やっぱり。
やるべきことはなんだろう、そう考えながら俺は誰もいなくなった公園に背を向けて歩き始めた。

(続く)