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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第5話』


「お兄ちゃん♪
朝だよっ!
起きないと・・・ほっぺにキスしちゃうぞっ♪」

自分の言った言葉が恥ずかしかったのか、頬を赤らめた少女が俺の顔を覗きこむ。
俺をまじまじと見つめながら、そのままの体勢でゆっくりと彼女の顔が近づいてきた。
はらり、と俺の顔に少女の柔らかな三つ編みが落ちる。
その衝撃で、ぴくり、と俺の瞼が動いたのを目敏く見とがめた彼女は、
くすり、と花が咲いたような笑顔を見せる。

「ねぇ、ホントは起きているんでしょ♪
もぉ、お兄ちゃんったら、そんなに私とキスしたいの?」

少女は薔薇色に染まった頬で、もじもじと両手の指先を交互にあわせている。
だけど、俺の身体はぴくりとも動くこともなく、
少女がちらちらと上目づかいに俺を見つめているのを感じるだけだ。
・・・俺は何故眼を閉じているのに、状況が分かるのだろう。
非常に、イ・ヤ・ナ・ヨ・カ・ンがした。

「・・・答えてくれないの?
もうっ、仕方ないなぁ♪」

少女は何時の間に取り出したのか、両手で小さなアクセサリーを弄っていた。
そのアクセサリーは少女が持つには似つかわしくもない、ハンマーを模したような形をしている。
どんどんと、イ・ヤ・ナ・ヨ・カ・ンが強くなってくる。

「そんな、仕方のないおにいちゃんはぁ・・・」

アクセサリーがにょきにょきにょき、と妙な擬音を立てながら巨大なハンマーへと変貌を遂げていく。
そして、華奢な少女の両腕に似合わないしっかりとした動きで、
俺の頭の真上に躊躇なく振り上げられたその凶器が、ぴたり、と止まる。

「お仕置きしちゃうぞっ!?」

そんな無邪気な声とともに、ぶおぉんっ、と風切り音を響かせながらハンマーが振り下ろされ・・・、
って、暢気に実況をしている場合じゃなねぇえええええ!!!

「うおおおおおおおっ!!!」

俺は咄嗟に瞳をこじ開けて、ソファから飛び起きると、そのままの勢いで床に向けて大きくジャンプ!
ごろごろと受身も取れずにリビングのフローリングの上を転がる。


ぐしゃあああああっ!!!


背後では恐らくご臨終してしまっただろう、ソファの無残な音が響いた。
あ、あぶねー、一歩間違えば俺がああなっていたのかよ・・・?

「・・・ちっ!
おはよーございます」

ハンマーを振り下ろした体勢のまま、少女がやぶ睨みの視線で心底忌々しそうに呟いた。
・・・どうやら先ほどのしおらしさは夢の中だけだったらしい。

「・・・今、ちっ、って言っただろう」
「言ってねーです。
・・・はやてー、起こしたぞーっ♪」

どうでも良さそうな声色で俺に簡単な返事をした後、
赤毛の少女は一転、可愛らしい声ではやての寝室へと向けて声をあげた。
そして、そのままさっさと向こうの部屋に行ってしまった。
・・・朝一番で殺される危険があるようなサバイバーな戦場に生きていた記憶はないんだが。



・・・って、あれ?
太陽がのぼっている・・・?
俺、アレから一日中気絶してたのっ、もしかしてっ!?

「お、寝ぼすけ兄ちゃん、起きたんかー?」

俺が時の流れの無常に呆然としている間に、先ほどの少女がはやてを連れて戻ってきた。
はやてを抱えた撲殺未遂少女が、ふふん、と俺に見下した視線を送ってくる。
・・・うわ、力いっぱい殴りてぇ。

「って、うわああああっ!
ソファが砕けちっとるっ!!!」

・・・まぁ、驚くよな。
ちなみにソファは完全に壊れており、顔を出したスプリングがびょんびょん、と飛び跳ねていた。

「うえっ?
・・・そ、そーいえば、さっきソイツがぶっ壊してたぞっ!
うん、そーだ、間違いねぇ!!」
「・・・おい」

思わず俺はジロリ、と真犯人を睨み付ける。
ソイツは俺に向けて、べーっ、と舌を出しながら・・・

「・・・ヴィータぁ・・・?」

はやての篭ったような声に、ひっ、と喉の奥から声を漏らした。

「ヴィータっ!
そんな嘘を吐いちゃダメやっ!」
「は、はやてぇ・・・でも・・・」
「でも、もデモクラシーもストライキもあらへんっ!
ええか、ヴィータ、ソファを壊したのは仕方あらへん。
ヴィータはまだまだこっちの世界のことをよぉしらへんし、加減ができんのもしょうがないわ。
でもな、ヴィータ、嘘はあかんっ!」
「う、うん・・・ごめん、はやて・・・」

抱きかかえられているはやてに思いっきり説教されてしょんぼりと落ち込んでいるヴィータの姿は、
・・・見ようによってはすごく、シュールです・・・。
それにしても、はやて恐るべしだな。
まさかヴィータを一日で手懐づけているとは・・・。

「よー謝れたなぁ、ええ子やなーヴィータはぁ」
「えへへ〜ありがと、はやて〜」

というかヴィータ、メロメロじゃねーか。
あと、はやてさん?
きっと謝る相手は私だと思うんですが、そこのところ、どうでしょう?

「・・・アンタも、悪かったよ・・・。
それから、あたしの名前はヴィータ。
闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが一騎、鉄槌の騎士ヴィータだ」

そんなことを考えていた俺にも、ヴィータがペコリと頭を下げてきた。
うっ、・・・やれやれ、これでまだ怒っていたら、俺だけ悪い奴みたいじゃねーか。

「ああ、もう気にしてないから、別にいいよ。
・・・それから、昨日か?
昨日は俺が悪かったよ、ごめん」
「あ、あたしも許してやるよ。
さっきのでお相子ってことでいいな!」

俺も頭を下げると、ヴィータはぷい、とそっぽを向きながらそんなことを言ってくれた。
ま、これで仲直りってとこか?
はやてがうんうん、と頭を上下させて
「青春やなぁ」
と呟いていた。
・・・なんだろう、この敗北感は。



「・・・というか、はやて。
俺が気絶したあとどうなったんだ?」
「そやなー、兄ちゃんあっさりと気絶しとったからなぁ」
「ぐさぁっ!」

目覚めのホットミルクとコーヒーを淹れて、
リビングに座りなおした俺が向かい合って座っている二人に兼ねてよりの疑問を口にすると、
はやては珍しくもいたずらっ子のようなにたり笑いを浮かべながら、そんなことを言ってきた。
俺は見えない刃で貫かれたかのような衝撃を受けて、その場にうずくまる。
・・・大口を叩いたあげく、あのザマじゃなぁ・・・。

「あはは、冗談や。
逆に兄ちゃんがぶっとばされたせいで、わたしは冷静になれたしな。
話してみたらヴィータはええ子やし、ヴォルケンリッターはわたしの・・・ええと、なんやろな?
そや、子供みたいなもんやらしいからな。
・・・むしろ、兄ちゃん頼らずにわたしから色々と話が出来て良かったと思うわ」
「昨日は一晩中、はやてとお話出来てあたしも楽しかったぞ!」

二人で、『なー』と笑みを浮かべあっているのはなかなかにして絵になる風景なのだが、
・・・なんだか疎外感を覚えてしまう。
さっきも言ったがまさかヴィータを一日で陥落させているとは・・・、
一体どんなマジックを使ったんだ?

「・・・すまんヴィータ、ちょっと兄ちゃんの前まで運んでもらってもええか?」
「お、おう!
構わないぜ!」

はやてを抱えなおしたヴィータがテーブルを回り俺の真横に近づいてきた。
・・・どうやらヴィータははやての手前表面上は仲直りしたとはいえ、
まだ俺を警戒しているようで、探るような目線を向けていた。
まぁ、起動してみたら自分以外の守護騎士はいないし、闇の書も厳重に封印されている。
なおかつ、それを唆したのは素性の知らぬ謎の男、となれば疑いを持つのも当然か。

「なんだ、はやて?」
「・・・兄ちゃんにっ・・・返さなきゃいかんものがあるんや」

そう言って、彼女は少しだけ言葉をつまらせると俺にむけて三角錐の形をした土器・・・セイを差し出した。

「・・・ごめんな、兄ちゃん。
セイちゃん、・・・もう喋ってくれへんのや・・・」

はやての瞳から、ぽろり、と一筋の涙が落ちる。
だが、セイ自身にはいささかの遜色もなく、今にも喋りだしそうな雰囲気を持っていた。
だから俺は、自分でも驚くほど素直に自分の気持ちを吐き出すことが出来た。

「はやてが気にすることじゃないよ。
セイが自分で勝手にやったんだ。
・・・まぁアイツ自身も言ってたけど、1年や2年はアイツにとっては瞬きする間だからな。
俺が待たされるのはともかく、アイツは気にしちゃいないよ?」
「あ・・・そ、そうや。
兄ちゃんも、自分の家に帰れないんやな・・・。
ごめっ・・・ほんとに・・・ごめんなさいっ」
「おめーっ、はやて泣かしやがったなぁ!」

ボロボロと涙を流しているはやてと今にも噛み付きそうに犬歯をむき出しにしているヴィータを見て、
言い方を間違えたかな、とちょっと後悔。

「いや、すまん。
言い方が悪かったな。
俺も気にしてないよ、むしろはやてに余計な心労かけてるんじゃないかって、こっちが謝りたいぐらいだ」
「そうだぜ、はやて!
こんなトッポイ奴のために、はやてが気をかけてやる必要なんてないって!
むしろ、はやてのために出来ることがあることをコイツは感謝しなけりゃならないぐらいだぜ!!」

さすがにそこまで自己犠牲精神溢れた奴じゃないぞ、俺は。
・・・と言いたいところだが。

「ヴィータのは言いすぎだが、うーん。
・・・いや、別にそれでもいいのか?」
「・・・へ?
あの、ああ言ったあたしが言うのもソレなんだけど、オマエ、それでいいのか?」
「・・・ひくっ・・・ぅえ?」

俺の発言にさすがに呆れたような口調で言葉を返すヴィータと
涙でぼろぼろの顔をしたままきょとん、とした顔をするはやてに結論を言ってやる。

「ま、そのぐらい自己犠牲精神溢れるナイスガイだったってことだな。
俺は」

そう言いながら、うんうん、と肯いてみせる。
・・・本当のところは、ただ、俺みたいな凡人じゃない、
すごい素質と輝かしい未来が待っている少女の役に立ってみたい、
俺はそう思っていたんだ。
天に定められたかのようなカリスマを持つ好人物が相手であれば、
きっと誰であろうと凡夫たちは同じ選択肢を選ぶはずだ。
あー、今なら時代小説とかで殿に後を任せて死んでいく家臣の気持ちが分かる気がするなぁ。

・・・無論、さすがに死ぬ気まではないが。



「・・・それよりも、だ」

俺ははやてから黙して語らぬセイを受け取り、手の中で転がしながら八神家の食卓に指先を向けた。

「俺は、あっちの理由が知りたいんだが?」

はやては今は身体の自由が効かないし、ヴィータが進んで家事をするとも思えない。
そのため、おそらく昨日のままの状況であるだろう、食卓には、二皿の小皿と二本のフォークが残っていた。
小皿の上には円形のアルミホイルが置かれており、
きっと、昨日の夜まではその上に何かがあったはずだろう。

「ぎくぅ」

涙がぴたりと止まり、いかにもワザとらしい台詞を漏らすはやてを冷ややかな視線で見つめる。

「なぁ、はやて?
そのお皿はなぁーに?」
「・・・そ、そやなぁ・・・なんやろなぁ?」
「昨日はやてと一緒に食べたんだっ!
ギガうまだったぞっ!」
「ヴィータっ!?」
「・・・ほほぅ」
「・・・あ、あははははは」
「・・・はやて?
なぁ、あたし、何か悪いこと言っちまったか?」

冷や汗を流しながらあさっての方向を見つめるはやてと、
きょどきょどと自分の何が悪かったのかを挙動不審気味に考えているヴィータの姿に、
思わず吹きだしてしまう。

「ぷっ、あははははっ!
気にしなくていいよ、はやて。
どうせ俺は昨日夕食作れなかったんだし、構わないよ」
「す、すまんなぁ、兄ちゃん。
わたしもダメダメ子や。
誤魔化してもうた」
「は、はやてぇ・・・あたし、何か悪いことしちゃったのか?」
「ヴィ、ヴィータは悪くないで。
悪いのはあたしやからな」

再びシュンとして落ち込んでしまったはやてを見て、
そんなつもりじゃあ無かったんだがな、とぽりぽりと頬をかく。
そして、そこまで考えてから俺は、一番大事なことを思い出した。
・・・はやての足はどうなったんだろう?

「・・・まぁケーキはまた買えばいいから、置いておいてだ。
こっちも謝る、スマン。
はやて、足・・・と言うか身体の具合はどうなんだ?」
「え・・・あ!
ええと、ヴィータが出てきたことで驚いてもうて気にしとらんかった!?」
「おいおい・・・」
「あ、あはは・・・、いや、つい、うっかりなぁ・・・」
「俺が診てもいいんだけど、今後のこともあるしなぁ・・・、
どちらにしろ病院で診察してもらった方がいいか?
・・・えぇっと、もう開いているよな」

ちらり、とリビングの壁時計を見つめるともう朝も9時を廻っていた。
この時間なら外来もやっているだろうし、イヤな表現だが、『お得意様』なはやてだ。
融通も利くだろう。
足のことはまだ聞いていないのか、
こちらの話についていけず疑問符を浮かべているヴィータはちょっと不満顔だが、
さすがにはやての話を遮るつもりはないらしい。
黙って、ことの推移を見守っていた。

「やったら、その、ヴィータ?
悪いんやけど、抱えるの、兄ちゃんに代わってもらってもええか?」
「えええっ!
そんなっ、はやてっ!
あたしじゃダメなのかっ!?」
「・・・個人的にはええんやけど、さすがに外を歩くとなると、世間体が、な?」
「確かにな、都市伝説になりそうだ」
「おめーは黙ってろっ!?」

町中を自分より頭一つ分大きいパジャマ少女をお姫様だっこして歩くパジャマ幼女・・・。
うん、妖怪変化としか思えない。
・・・というか、ヴィータは俺に対してすげーガラ悪いなぁ。

「それにな、その格好じゃ外には出られんよ。
着替えんとな」
「・・・これじゃあダメなのか?」

ちなみに今のヴィータの格好ははやてとおそろいのプリントパジャマだ。
はやてのサイズにあわせたものなのだろう。
だぶっ、
ぶかっ、
っていう感じで袖や襟が余っていたり大きく開いていたりするのが、
思わず、ヴィータちゃんプリチー!と叫びだしたくなるような格好だったりする。

「・・・さすがに街中は厳しいなぁ。
ああ、服はわたしの着古しで悪いけど、ちょっと我慢してくれな?」
「別にかまわねー。
はやてに迷惑かけたくないしな!」

その後は、はやての指示に従ってヴィータが押入れをあさり、
昔の衣服を引っ張り出してお着替えタイムと相成った。
当然だが、俺は一人別室にて服を着替えたぞ、念のため。



「さて、それじゃあ出発するかな」
「いくでー」
「・・・」

手早く着替えを終えたはやてとヴィータ、
そして昨日何気なく衣服を買っていた俺の三人が八神家の門扉の外に立った。
ヴィータははやてのお古の赤のシマシマがはいったポロシャツに黒のスカッツ、
はやては大人しめな長袖のパーカーにレースつき暖色系のスカート、
といった格好で実に可愛らしかった。
俺に抱えられたはやては、まだ不満そうなヴィータに保険証や、
病院の受診カード、財布といった通院に必要なものを持ってこさせ、
ヴィータの不満を逸らそうとしているらしいが・・・あの守護騎士どのはまだ不満そうだな。

「・・・うーん、そうやなぁ」

はやてもそんなヴィータの表情を感じ取って、まだ何か頼めることがあったか、と考えているようだった。
やがて思いついたのか、ぽんと、俺の胸の中で手を打った。

「じゃあ鉄槌の騎士ヴィータには家の鍵の守護をお願いするわ」
「・・・鍵?」
「そうや、この家はわたしたちの大事な居場所やからな。
鍵はしっかりかけんと危ないし、無くしたらえらいことや。
やから、この大事な、大事な鍵はヴィータに預ける」
「・・・はやてぇ」

ヴィータは目をうるうるとさせて感動しているようだった。
そのまま騎士としての礼を取りながら、ヴィータははやてから鍵を受け取った。

「じゃあ早速ヴィータにお仕事や。
戸締りを確認してきてな」
「おうっ、任せとけ!」

・・・まぁ確かに『騎士』が必要とされる場所では要所の鍵の管理は重要だろう。
間違ってはいないのかもしれないが・・・。
パタパタと目に見えない尻尾を振りながら家の鍵を締めに行くヴィータを見ていると、
何だか不憫に見えてならん。

「ふふふ・・・」
「うわ、はやてひでぇ。
ヴィータが単純だから笑ってやがるな?」
「ちゃうちゃう、そうやない」

はやては本当に嬉しそうに笑いながら言った。

「わたし、この家に大事なものなんて何もない、思とった。
でも今はこの家の物が盗られたら悲しい。
兄ちゃんが美味しいご飯を作ってくれたキッチンも、
魔法のこととか色んなこと話したリビングも、
ヴィータと朝まで話し込んだ私の寝室も・・・宝物ばっかりや」
「・・・そっか」

俺は両手ではやてを抱えていたので、何もアクションをとれなかったが、ただその気持ちは嬉しかった。
きっと俺も同じ想いだったからだろう。
戸締りを確認して戻ってきたヴィータがきょとんとした顔で、そんな俺たちを見つめていた。





「兄ちゃん、もう見えてきたでー、ファイトやー」
「疲れたらあたしがいつでも変わってやるからな、むしろ変われ」
「・・・それも良いと思えてきた」
「根性なしやー」

八神家を出発して歩くこと、30分弱。
俺たちは病院に向う道を並んで歩いていた。
ここで誤算だったのは、病院まで結構な距離があったこと。
それでも一人で歩くのならば大したことのない距離だが、人一人抱えてとなると大分話は変わってくる。
実際、どんなにはやてが軽くても20〜30kgはあるだろう。
鍛えているわけでもない俺にとってかなり苦難の道だということは・・・まあ、当然なわけで。


「・・・よーやく着いたー」
「重かったやろ、お疲れさま」

それでもなんとかかんとか辿り着き、ぐったりとした顔の俺が病院の自動ドアをくぐると、
はやてが苦笑を浮かべながらねぎらいの言葉を掛けてくれた。

「ああ、ヴィータ。
そこの受付行って八神ですけど、急ですいませんが診察をお願いします、と伝えて貰ってええか?
こっちの受診カードを一緒に提出してな?」
「分かった、はやて!」
「走ったらあかんでー」

受付に歩いていくヴィータを見送りながら、俺ははやてに声をかけた。

「さて、予約してないからちょっと時間かかるかな。
そこの売店で朝飯買ってくるから、待っててもらってもいいか?」
「構わんよ。
わたしとヴィータの分もよろしく・・・って言うか兄ちゃんこっちのお金持ってるん?」
「・・・ああ。
ちょっとした商売をしてな」

フェイトを騙してお金をゲットしてきたことまではさすがに告白していなかったので、
そこは曖昧に濁しておく。
・・・いや、ジュエルシードのお値段としては8万7千円ってすげぇ破格だと思うけどね。


帰ってきたヴィータと合流して、待合室でもそもそとパンと牛乳を食べていた俺たちだったが、
三人ともおなかが空いていたのか、あっと言う間に食べ終えてしまった。
中途半端な時間だし、1個にしておいたからな。

「これは昨日のケーキ?
とかいうヤツに比べて随分味気ねーな」
「まぁ、携帯食みたいなもんやからなぁ、味よりも利便性が第一や」
「安物だしな。
とりあえず朝はこれで我慢してくれ」

ヴィータとはやてがパック牛乳を飲みながらしている話に苦笑を返しながら答える。
病院だからか、あまり種類もなかったしはやてやヴィータの好みも良く分からないから
無難なものを選んでみたんだが・・・、評価も無難ってところか。

『八神さん、八神はやてさん、第8特別外来診察室までお願いします。
繰り返します・・・』

・・・あ、もう呼び出しだ、早いなぁ。
俺たちは簡単にパンの袋と牛乳パックを片付けると、はやての案内に従って、
該当する診察室まで移動した。
ヴィータは油断なく診察室に魔力検知の術法を飛ばしているようだが、そんなものは無駄だと思う。
あの先生って、ただの一般人だろ?

「おはようございます、石田先生。
突然すいません」

ヴィータの行動はまだ魔力を感知できないはやてには分からなかったようで、
はやてはヴィータの事前準備の途中で問答無用で診察室内へと声を掛けた。
こうなると俺も移動せざるをえないので、すたすたと足を前に進める。
後ろからちょっと慌てた様子の足音が聞こえてきたところから、ヴィータも諦めてこっちに着いてきたようだ。

「おはよう、はやてちゃん。
こちらは構わないわ、車椅子が無くて不便してないかしら?」
「あ、はい。
兄ちゃんとヴィータが手伝ってくれるから大丈夫です。
えと、先生、こちらが・・・」

はやてを診察室の椅子に腰かけさせてから、俺は目の前の女医に向き直った。
彼女は清潔な白衣を着込んだ凛とした雰囲気のある女性で、
やり手のキャリアウーマンを思い起こさせる人だった。

「先日は電話口で失礼いたしました。
いつもはやてがお世話になっております」
「はやてちゃんの担当医の石田と申します。
こちらこそ、私が言える立場ではありませんがはやてちゃんのことをよろしくお願いします」

そう言いながら頭を下げてくれる先生は、やはり人の良さそうな雰囲気を持っていた。
ヴィータもそれを感じたのか、一歩前に出てペコリと頭を下げた。

「ヴィータだ・・・です。
はやてをいつも診てくれてありがとう・・・ございます」
「うわぁ・・・」

先生が目をきらきら輝かしながらたどたどしい敬語を喋るヴィータを見つめている。
・・・ストライクゾーンど真ん中か?

「はやてちゃん、この子何処で拾ったの?
いいなー」
「せんせぃ、ヴィータはわたしのですからね。
あげませんよ?」
「けちぃ・・・」

・・・先ほどのイメージが砕け散った。
俺のげんなりとした視線に気付いたのか、女医はこほん、と一息つけると、
キリリ、とした表情で改めてはやてに向き直った。

「はやてちゃん、診察ということらしいけど、どうかしたの?
何か身体に変調?
気にしないで救急車を呼んでくれても構わなかったのよ?」
「いや、それなんですが先生。
・・・実は、わたし治ってしまったらしいです」
「・・・は?
全く、何を言っているの。
ちょっと失礼するわね」

先生は慣れた手つきではやての足を抱えて触診をすると、
すぐに呆気に取られたかのような表情を浮かべた。
軽く頭を振って立ち上がり、小さなハンマーを診療机から持ってくるとはやての膝の下をこつん、と叩く。
はやての足が思いっきり反応した。
そりゃあもう、見事に反射した。

「・・・え?
夢?」

信じられないものを目撃したかのような石田先生の顔は、まぁ、当然だろう。
混乱するお気持ちは察して余りある。
だがこれも現実だ、頑張ってついて来い!!


(続く)