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魔法少女リリカルなのは SS
『魔法少女ブリーディングはやて 第1話』


「・・・てちゃん?
はやてちゃん?」
「あっ!?
は、はいっ、何ですか、石田先生」

初春の風物詩とも言える桜の花も散り春も本番を迎えようとしている、
とある海沿いの街にある総合病院の診察室。
一人の医師の掛け声が数度ほど繰り返されてから、
診察を受けていた年のころ9歳前後と思われる少女は呼びかけられていることにようやく気付いたらしく、
驚きながら言葉を返した。
窓の外をぼんやりと眺めて最近の病状に対する説明すらほとんど聴いていなかっただろう
やる気のない患者に、彼女の担当女医は軽くため息をついてから続けた。

「はやてちゃん、ちゃんと聞かないとダメよ?
自分のことなんだから、アナタが一番身体を労わってあげないと」
「は、はい。
すいません・・・あの、石田先生?
最近、ちょっと変な感覚を持つことがあるんです。
それがどうしても気になってもうて・・・」
「気になること?
何処か痛むとか、足に違和感があるとか?」
「いえ、わたしの身体じゃないんです。
突然町にぞわぞわってなる気配みたいなもんが現れたように感じたり、
それから街全体が何処か浮き足立ってるような雰囲気があるような、
・・・何や、上手く言えへんのですけど」

首をひねりながら自分の不確かな感覚を伝えようとする少女に、
女医は最近の街を騒がしているあの事故のことを知っているのだろうかと、
微笑を見せながら極めて軽い口調でこう言った。

「そうね、確かにおかしな事故がいくつも起こってはいるみたい。
動物病院の診療所とか、街のあちこちで道路や建物が破壊されたとか」
「そ、そうなんですか!?」
「ええ、物騒な事件だし、はやてちゃんも気をつけないといけないわ?」
「わたしは一人暮らしで、家にも盗られて困るようなものもあらへんですし・・・、
あ、車椅子が盗られちゃ困るかもしれません」

女医はそんなどこか投げやり気味な少女の言葉を聞くや否や、
心配そうな表情でじっと自分の患者を見つめた。

「・・・あのねぇ。
はやてちゃん、やっぱり入院する気はないの?
いくらバリアフリーが行き届いているとはいえ、一人暮らしなんて感心できない
・・・いえ、はっきり言うと大問題よ」
「あはは、大丈夫ですよ。
もう慣れっこですし、別段困ることもありません」
「・・・面倒を見てくれそうな親類の方はやっぱり見つからないの?」
「・・・」

年不相応に成熟した、あるいは厭世したといってもいい雰囲気を見せる少女に焦りを覚えてしまったのか、
女医はふと漏らしてしまった自分の言葉にはっと口を噤む。
いくら背伸びしていても年齢から言うと充分過ぎるほど子供な彼女に対して今の言い方は不謹慎だった、
と反省を覚えながら見直すと、少女は俯いて唇をかみ締めていた。

「はやてちゃ・・・」
「あははっ、そうですね!
兄ちゃんとか居てくれたらわたしも嬉しいんですけどねっ!」
「え・・・、そ、そうね。
はやてちゃんなら、お姉ちゃんが欲しいのかなと思ってたんだけど、違ったんだ?」
「姉ちゃんもええけど、やっぱ兄ちゃんです。
やっぱ男手があった方がええし、兄ちゃんがいたら色々やさしゅうしてくれるかもしれへんですし。
ああ!
あと妹がいたらなお賑やかで楽しそうやなぁ!!」

上げた顔に張り付いたような笑みを浮かべて軽い口調で女医の言葉にあわせてくる少女に、
今はムリをさせない方が良いか、慌てても状況は良くならないだろう、
といかにも取り繕った口調で女医もその話を誤魔化すことにする。
女医は少女に気付かれぬよう、そっと目を伏せてから続けた。

「さて、無駄話はそのくらいにして、新しい車椅子の説明に移りましょう?
今度の車椅子はかなり頑丈な上安定性も高い優れものなんだけど、実際に使ってみて違和感はある?」
「いえ、問題ありません。
あれやったら、すいすいっ、と外まで一人で散歩に出て行けそうなくらいです」
「さっきも言ったけど最近物騒なんだから、きちんとヘルパーさんを呼ばないとダメよ?」
「分かってます、分かってます。
・・・ま、そう言うても近所なら大丈夫やろ」
「何か言った?」
「いえ、何も言うてません」

少女はもごもごと口の中で言葉を飲み込んでから、さらりと言葉を返した。
心の中で女医の言葉をあっさりと反故にして、次の日曜にでも早速散歩にでかけてみようと考えながら。
なかなかにして、この少女も大胆であった。





「・・・確かにこれは・・・なるほど」

とある大学都市にある遺伝学実験センターの一室、鉛の二重扉の向こう側で、
DNAアナライザーからプリントアウトされた四色のグラフを見つめながら、
俺はパソコンに向かって配列情報を解析していた。
俺の後姿を見つめるかのように実験台の上に置かれた、
白く濁った色をした三角錐を象った3センチほどの土器と思われる置物が、
俺のついつい漏れてしまった独り言に答えるかのような淡い輝きを放つ。
そして、納得の色を浮かべた俺の呟きに満足したかのように一段と強い輝きを放つと、
口すら無いその無機物は、俺に向けて流暢な声色でさらりと言葉を発した。

『分かりましたかな、主?』
「ああ、こりゃすごい・・・本当にオマエ、オーパーツだったんだな・・・」
『ですから最初からそう申したでしょうに。
全く、人の善言を容易く疑うものではございません』
「・・・得体の知れない土器の言うことをあっさり信じては、人間として何かが終わってるぞ」
『ほほう、言われてみれば其の通りですな。
これは失敬』

時代かかった口調で大仰に言い放つ土器を振り向いて胡乱気な瞳で見つめた俺は、
再び特徴的な配列を描く遺伝子群を示すデータに向き直った。

俺は、微生物育種およびその元になる微生物収集に関する研究に大学で取り組んでいる。
先日の個人的な旅行の折、
ついでにその近所にたまたまあった縄文以前の遺跡から菌体サンプルを入手しようと
スクリーニングに行って、偶然手に入れてしまったオーパーツ。
オーパーツとは、『場違いな工芸品』を意味し、
それらが発見された土地や時代とはそぐわない遺物らしいのだが・・・
生憎俺の見識が正しければ人類の歴史上、喋る土器に出会った経験のある歴史は存在しない。
それでもただの喋る土偶であるならば、バ○ダイかどこかの玩具の新作であるかもしれないけど・・・
そう思ってた俺に対して、土器はこう言ってのけたのだ。

『数万の時を越え、私を目覚めさせた主よ。
私の名はセイ。
この地に存在するあらゆる遺伝情報を操作する魔法使いの道具である。
主よ、汝の望みは何か』

それで半信半疑ではありながら、大腸菌宿主へと発光型の遺伝子を導入させてみろ、と俺が持ちかけた結果が・・・


「・・・っておい、何だこの配列?
ATGUGGGCUACUGCAUCGAUUCACGCUAGCGAAAUAGACGAAGCACGAUGA??」
『主に分かりますかな?』
「・・・わたしはセイである、か」
『お見事!』

やんややんやと俺をはやし立てる思ったよりも遊び心に溢れた土器ことセイを無視して、
シャーレの中で肉眼ですら分かるほどの光を発している菌体コロニーを眺めながら呟く。
タンパク発現に全く影響を及ぼさない位置に転写開始点が置かれているから何かと思ったら、これか。
コドンで暗号なんて作るなよな・・・。

「でも、出来るのなんて大腸菌とかの遺伝子組換えぐらいで、
それも千分の一ぐらいの成功確立しかないんだろ?
確かに遺伝子発現の強度は高いみたいだけど、それじゃあ普通の組換え技術を使ったのと大した変わりがないぜ、
はっきり言って」
『それは仕方ありませんな。
この世界独自の技術は大したものだ、と言わざるを得ないほど科学レベルは進歩しておりますし、
そもそもこの世界は魔法を使うのに適合性がなさすぎる。
まぁ、主が魔法使いとしての素質に極めて優れておればその懸念もいかようにも出来ますが・・・、
残念ながら主の人としての徳はともかく、魔法使いとしての才は下と言わざるを得ませんので、
今以上の力を振るうのは難しゅうございます』
「そう言われてもな・・・他の誰かに渡せば使えるのか?」
『・・・それも難しいでしょう。
才は下、と申しましたがそれはあくまでも私を使うためには、ですので。
この魔法というものがない世界では、主は恐らく稀有の才の持ち主ではあると思います。
事実、私は一万年以上の時を過ごしておりましたが、
起動できるだけの才を持つものすら主が始めてであった故』

話を聞いていると、ますます悲観的になってくるな、こりゃ。
もちろん便利なことに違いないが『あらゆる遺伝子情報操作を行う』という本来の力と比べると、
大腸菌操作にしかほとんど使えないってのはひどいみみっちさだ。

「・・・おいおい、それじゃあ本当に宝の持ち腐れか?」
『・・・まぁそう悲観することもございますまい?
何の道具も用いずにこのような遺伝子技術が使えるのは・・・ふむ?』
「どうした?」
『いえ、申し訳ない。
どうやら近隣の平行世界、とでも言うべき場所に巨大な魔力貯蔵物があるようでしてな。
あれを1,2個手に入れられれば、主の才でも私を使いこなすことも出来るかと存じます』
「へ、平行世界!?」

俺はぎょっとした声を上げて、事の真偽を正そうとセイを摘み上げた。
男の子として、研究者として、気になる単語そして興奮するべき単語には違いない。

「そ、そんなこと出来るのかっ!
すげぇ、魔法すげぇ!」
『いや、まあ出来ることは出来ますが・・・』
「よし、それじゃあ早速行ってくれ!
異世界かー、やっぱりドラゴンとかエルフとか獣人とか居るのかなぁ・・・」
『・・・主は私が思っていたよりもそう言ったものが好きだったご様子ですな』
「まぁ嗜み程度には・・・な」

取り繕うように呟いた俺にセイは気にした様子も見せずに続けた。

『それでしたら、膳は急げとも申しますし早速移動いたしましょうか。
・・・Metastasis!!』
「え?」

そんないきなり!!
俺の心の叫びが口から飛び出るよりも早く、世界がぐるりと暗転して・・・
世界が、廻る。




「いきなりかよっ!!」

俺の叫びは往来のど真ん中で弾け飛んだ。
・・・恥ずかしい。
周囲を歩く歩行者の姿が見えなかったから良かったものの、
誰かに見られでもしていたらかなりの恥であった。
俺は、ごほん、と一つ息をついてみせてから辺りを改めて見渡した。

「・・・ここが異世界か?
あまり俺の居た世界と変わらない雰囲気だな?」

一番の違いは先ほどまで室内にいたはずが、いつの間にか外に立っていたことだろう。
それに季節も異なるようだ。
おそらく春まっさかり、といったところだろうか。
・・・そんな些細なこと以外には民家が立ち並ぶ住宅街にしか見えず、
日本のいわゆるベッドタウンと呼ばれる地域の風景ととんと変わりばえのない光景である。

『主、気をつけられいっ!』
「へ?」

気の抜けてしまった俺がまぬけ面をしてセイに相槌を返すとほぼ同時に、

どがああああああっっ!!

コンクリートの地面をあっさりと突き破って何かが俺に迫ってきた。

『Protection!』

だがセイの言葉と同時に現れた青白い色をした壁のようなものが、
硬質な音だけを反射させながらあっさりと影を弾く。
弾かれた物体はこげ茶色で硬そうなよく見慣れた・・・これってもしかして樹か?

「た、助かった!
セイ、サンキュー!!」
『お礼を言われるのは早いですな・・・もう強力な物理防御結界を強制発動させるには魔力切れでして。
残念ながら、次は防げません』
「ちょ、ちょっと待てっ!!」

慌てて逃げられそうな場所を探すも、
何時の間にやら閑静な住宅街を覆いつくそうとするぐらいに巨大樹の根っこらしいものが伸びていた。
遠くからは人の悲鳴らしきものさえ届いてくる。

「な、何なんだこの世界はっ!
植物とコンクリートの融合した次世代型建築素材かっ!?」
『そうであるならば、
適当に歩いているものを捉えて養分を吸いきってしまう食人植物が放し飼いされている世界なわけですな。
・・・さすがにそれはありえないでしょう』
「この植物が何なのか、この欠片を使って探索はかけられるか?」
『ふむ、それは可能でしょう。
では早速』

俺がさきほど襲い掛かってきた植物の欠片をセイにかざすと、青白い光がセイから伸びて木片を照らした。
それからほんの十秒ほどで光は止み、セイはぽつりと漏らす。

『・・・どうやらこれは強大な魔力の塊が実体化して本物の木にまで化けた簡易的なツクモ神のようですな。
この世界でも珍しいものなのか、日常茶飯事なのかまでは分かりかねますが』
「・・・日常茶飯事なのだとしたら、嫌な世界だな」
『その意見には同意致します。
ですが、かなりの高レベルの魔力で作られたものには違いありますまい。
恐らく我々が捜し求めて来たモノと同一でございましょう。
何しろ、この木片、驚くべきことに遺伝子構成まで再現されております故』
「ふうん・・・でも、もうこれ以上は伸びてこないみたいだな」

俺は自分でもその欠片をじっくりと観察してから、
一度急激に伸びたきり成長を止めてしまった木の根をぺしぺしと叩いて反響を確認する。
ちょっと待ってみても、当然のように大木はウンともスンとも言いやしなかった。

「どう見てもただの木だな」
『ええ、まぁこれだけの魔力が溢れている土地ならば、
帰るために必要な魔力を収集するのにも早々長い時間は掛からないでしょう』
「・・・今何て言った?」
『はぁ。
帰るために必要な魔力を収集するのにも長い時間はかからぬのではないか、と』
「もしかして、行きはよいよい帰りは怖い、の旅で簡単には帰れないのか?」
『もちろん帰れませんな。
大きな魔力がある場所目掛けて、
魔力に引っ張られる形で水が高きから低きへと流れる力を利用しての転移でございましたので。
無論、帰りには滝を遡るためのエネルギーが必要になりますは当然でございましょう』
「・・・謀ったな」
『いえいえ、そんな滅相もない』

涼しい顔、といっても顔などはないのだが、
で俺の恨み言を聞き流すセイを軽くにらみつけてやってから頭を切り替えることにする。

「それで帰るためにはどのくらいの魔力が必要なんだ?」
『ふむ、この魔力規模から換算しますれば・・・、
私の魔力チャージには先ほどから申しております通り2つ分、帰還には4つ分、と言ったところでしょうか』
「そうか。
上手い話には裏があるとは良く言ったもんだ。
ったく、安請け合いはするもんじゃないなぁ」
『全くでございますな』
「オマエが言うな」
『これは失礼』


俺はセイに不毛な文句を言うのを諦めて、改めて街を見返してみた。
やっぱりどう見ても日本の街のように見えるが、かすかに鼻につく潮の匂いから海沿いの土地なのだろう。
そこからでも俺の住んでいた街とは違うっていうことが分かる。
さて、ここからどうしようかな・・・。

「まぁいいや。
ちょっと歩き回って現状を把握しよう。
誰か居れば話を聞けるかもしれないし、新しい事実もつかめるかもしれないしな」

俺は持ち前の能天気っぷりを発揮して、難しいことは後回しにすることにした。
わくわくとした少年ばりの冒険心が不安よりも強かったことも否定しないし、
何よりも先ほど聞こえた悲鳴が気になっていたのだ。

「さっきの悲鳴、何処から聞こえてきたか分かるか?」
『・・・こちらからですな』

少しの間をおいた後、セイがふわりと浮き上がり道を進んでいく。
俺はもう一度巨大樹の根を一瞥すると、
セイの後を壊れたアスファルトや木の根に躓かないように気をつけながら歩いていった。





「どなたかいらっしゃいませんかー?
・・・ううっ、石田先生の言った通り、家で大人しゅうしとくべきやったなぁ」

彼女は後悔していた。
春の午後はぽかぽかとしたうららかな陽気で、とても良い散歩日和だった。
いつもお願いしていたヘルパーさんがお休みだったのも一因で、
一人で外を出歩く機会なんて無い身体の自由のきかない彼女が、
ようやくそこそこは自由に動けるような新しい道具を得ることが出来たのだ。
最新の車椅子を使って冒険してみたいと思うのを止めてくれる人が居ないのを幸いと、
散歩にでてしまうのも心情的には仕方の無いことだっただろう。
だが・・・

「まさか外がたまに木とかが伸びて襲い掛かってくる場所だったなんて・・・知らんかったわ」

木の根にぐるぐると巻かれ宙づりにされながらも当面の危険がないことを
拘束されてから10分ほどで悟ったのか、ぼんやりとした口調で比較的冷静に彼女は呟いた。
それから、数メートルほど離れた場所で同じように空中で拘束されてしまった車椅子を悲しそうに見つめる。

「こらぁー、そこの車椅子―!
あんたの主の危機やでー、根性みせて助けてんかー?」

無茶を言っているのは自分でも分かっているが、
それでもそんなムリに期待するしかない自分を情けなく思ってしまう。
だが、ここから早く逃げた方がいいと心がざわめいていた。
この近所に住んでいる人たちも皆分かっているのだろう。
だからこんな住宅街の真中なのに、人っ子一人の気配も感じられない。

「・・・やっぱりアレやな」

遠くの方に見える巨大な樹を忌々しげに見つめる。
アレを見つめていると、ぶるり、と自分の身体の奥底が震えるような気さえした。

「このっ!
どうにかコレを外さんと・・・」

ぴくりとしか動かない下半身はともかく、上半身は動くのだ。
腕と、頭と、肩と、腰と、
必死に身体全体を捻ってみるが、ぎちぎち、と余計に全身が締め付けられるだけで解ける気配がない。
それどころか・・・

「な、なんやっ!?」

今まで動く気配など見せなかったはずの木の根が唐突にざわめきだした。

「わたしが暴れたせいなんか・・・違う、何かに怯えてるような?」

どちらにせよ、少女にとって良くない事態なのは間違いない。

「あかん、スカートおっぴろげや・・・」

木の根が片足ずつ片手ずつ、
ぐるぐると巻きついてきてちょうど大の字のような格好にされた少女はさすがに慌てたような気配を見せる。
スカートの中身も気になるが、
それ以上に突如活発に動き出したこの木の根が何を考えているのか分からない。
この樹が突然自分を飲み込むのではないかという不安さえ胸にこみ上げてくる。

「なんや・・・やばい・・・?」

ぞくり、とした悪寒を感じた少女は最後の力を振り絞るかのように大きく息を吸い込んだ。




「たすけて―――――っ!!」

再び聞こえた悲鳴は、思ったよりも近い場所からだった。

「セイっ!」
『分かっておりますっ!』

俺がセイを握り締めて駆けつけると、
そこには大樹の根で拘束された小学校3,4年生ぐらいの少女の姿があった。
人形のような整った顔立ちをした少女に、初めて見たに違いないはずなのにどこか既視感を感じて、
一瞬、俺の頭に疑問符が浮かぶ。
だけど、今はそんなことを気にしている場合でもないか、と俺は気を取り直して少女に呼びかける。

「大丈夫かっ!」
「あっ、そ、そこの人、助けてくださいっ!!」
『ふむ、これはなかなか良いエロスですな、主よ』
「・・・え?
きゃあああっ!」

セイの指摘に少女は先ほどとは違った声色の悲鳴を上げながら足を閉じようとして・・・、
拘束されて動かない足に気付いたのか、真っ赤な顔で俺に叫んだ。

「そ、そんなとこ見ないで下さいっ!!
・・・ううっ、早く助けてくださいっ!
お願いしますっ!」

眼福であるが、
だからと言って昨今の幼女にイヤらしい視線を向けるのは即逮捕に繋がることは承知の事実である。
俺は自制心を総動員して何とか視線をずらすとセイに呼びかける。

「セイ、こいつは生物としての樹で間違いないんだよな!」
『ええ、ですから・・・』
「ああ、セルロース組織破壊でいいか」
『了解いたしました。
GeneTargeting, Set ParticleGun!』

セイの言葉と同時に、青色に輝いた魔方陣から出た光のビームが少女を拘束していた樹を貫く。
其の途端、強制的に発現された遺伝子により一瞬で樹がぼこぼこと膨らんだかと思うと、
木の根がばつばつ、と音を立てて崩れ落ちる。

「・・・早いな」
『ええ、どうやらやはり魔法で出来た張りぼてのようで抵抗力は乏しいようですな。
使用した魔力も最低限で済みました』
「えっ、えっ?
な、なんや、これ?
急にぼろぼろと崩れてきて、って、うわわっ!?」

すぐに少女が拘束されていた辺りの枝も崩れ始め、
重力が思い出したかのように少女の身体を引きずり落とそうとした。
俺は彼女に声を掛けながら落下点に近づいていく。

「支えるからなっ!」

ぼふっ、と言う音とともに思ったよりも軽い衝撃が俺の腕の中に落ちてくる。
少女が俺の腕の中で、ほっとため息を漏らしたのが分かった。
俺が少女に言葉をかけてやろうとすると、
ガシャアアアンっ!
という音がすぐ真後ろで響いた。

「あ・・・あああああ―――――っ!!」

少女が俺の肩越しに絶望の篭った叫びを上げる。
俺も少女の言葉に反応するかのように振り返り、その惨状を見た。

「あ・・・粉々・・・」

コロコロと俺の足元に何かの部品だろうが、車輪が転がってきた。
こつん、とそのまま俺のつま先にあたり、カラカラ、と音を立ててその場に横たわる。
そんな光景を俺の肩に手を廻しぎゅっと抱きつきながら少女は呆然と眺めていた。

「わたしの・・・わたしの・・・車椅子が・・・あああ・・・」

なるほど、車椅子ということは足が不自由なのだろう。
それで俺に抱きついたまま離れようとしないのか。
涙目でいまだ心ここにあらずの状態の少女は、確かに両手でしっかりと俺に抱きついてはいるものの、
両足はぷらぷらと力なく垂れていた。
・・・両手だけで抱きつくのは辛そうだな。

「きゃあっ」

小さく悲鳴をあげる少女をしっかりと抱きなおす。
彼女は一瞬驚いたが、すぐさま俺の意図を読み取ってくれたらしい。
改めて俺の身体にしっかりと抱きついてくれる少女を覗き込むように見つめた。

「ごめんな・・・、気付かなくて・・・」
『ふむ、私もこの少女の下着を見るのに一杯一杯で気付きませんでした、申し訳ない』
「し、下着はともかく緊急事態やし、助けてくれたことの方が大事やしかまへんです・・・・って!!
アクセサリーが喋ったっ!?」

驚きの事態の連続なのか、目を白黒させる少女にセイがさらに言葉を重ねる。

『む、喋ってはおかしいですかな?』
「おかしいとかおかしくないとかの問題じゃないで!」
「・・・この世界では喋るアクセサリーってないのか?」
「喋るわけあらへんやん!!」
「むぅ、コンクリートと植物が気ままに混在する不可思議な街だから、
それもあるかなと思ったんだが・・・」
「・・・確かにそれを言われると・・・、
ってこんなんわたしも始めてやからなっ?」
「そなのか?」
「もちろんそうや!」
「えっと、魔法って言葉に心当たりは?」
「本の中の話やろ、何たらポッターとか」
「いや、そうじゃなくて・・・」
『主、衝撃くるぞ!!』

俺と混乱しきった少女の微妙にかみ合わない会話に被せるように、慌てたセイの言葉が響いた。

「え?」
『はよう屈め!
凄まじい力を感じる!!』

俺がセイの珍しくも焦った様子の言葉に反射的に従い、少女を覆うようにして屈んだその瞬間、

ドガアアアアアアアアっっ!!!

屈んだ俺の視界に桃色の光が満ちる。
ビリビリと身体を揺らす衝撃と、辺りのものをなぎ倒しているだろう大音響に目と耳が痛む。

「は・・・羽根?」

胸に抱いた少女の呟きがかすかに耳に届く。
ちかちかとする瞳をこじ開けると、
確かに周囲はひらひらと舞い降りる桃色の光を放つ羽根に埋め尽くされていた。
そして、光が収まると・・・周囲からあれだけひしめいていた木々が消滅していた。

「何だこりゃ・・・」
「ど、どないなってん・・・?」

俺と少女、二人の声が先ほどまでの樹木の暴走で廃墟のようになってしまった街中に木霊する。
共通点はただ一つ。
どちらも状況が全く把握出来ていないことだろう。

『どうやら何者かが今回の事態を収拾したようですな。
巨大な魔力体反応が消失しております』
「・・・じゃあ、この世界に魔法使いがいるのは確実ってわけか」
『ええ、それにしてもはてさて、
主では到底太刀打ち出来そうもない魔力素質の持ち主のようですな。
制御はまだ甘そうですが・・・才能の桁が違います』
「・・・うっさい」

確かにあんなふざけた砲撃を撃つような相手とことを構えたくなどない。
きっとあのバカ魔力に見合った体力も持ったガチムチのおっさんだろうし。
・・・でも何だ、なにか見落としているような気もするが?

「な、なぁ、兄ちゃん、ありがとうございます」

何とも言えない違和感に俺が首をひねっていると、
俺の腕の中で存在を忘れられていた少女が声をあげた。

「その、重いですよね。
下ろしてもらってかまいませんし、あと、すいませんけどタクシー呼んでもらっても良いですか?
わたしの足、ちょお根性無しで。
まともに動いてくれへんから、その、家はすぐそこなんですけど・・・」
「あ、車椅子壊しちまったからな・・・」
「ああ、ほんま気にせんで下さい。
すぐに代わりの持ってきてもらえると思いますし、大丈夫ですから」
「でも道路がこの状態じゃタクシーなんて来れないんじゃないか?」

周囲を見渡すと、所々アスファルトが剥がれており一朝一夕で修繕が出来るとも思えないほどの有様だ。
この少女の下へタクシーが辿り着くのは相当の時間がかかってしまうだろう。
・・・と言うことは、だ。

「別に気にする必要ないですよ。
わたし、待つのには慣れていますし・・・」
「いや、近くなんだろ?
送っていくよ、折角だし」
「あはは、兄ちゃん優しいなぁ」

俺の言葉に一瞬、年相応の笑顔と口ぶりで話しかけてくれた少女だったが、
すぐに気を取り直したらしく、慌てた様子で俺に丁寧な感じの声をかけてきた。

「そうですね、もう散々迷惑をかけてもうたし、今さら断るのも悪いですね。
お願いしてもいいですか?
お礼はしますんで」
「子供はそういう気を使うな。
どうせ大した手間じゃない」
『そうです、困っている婦女子を助けるのは人として当然ですしな』

俺とセイの言葉に、少女が俺の胸に抱かれながらもぺこり、と頭を下げる気配がした。
そう言えば、まだ彼女の名前も聞いてなかったな・・・?

「あ、ありがとうございます。
そうや、お世話になるんやし自己紹介せんといけませんよね。
私の名前ははやて、八神はやて言います」
「・・・へ?」
「聞こえなかったですか?
八神、はやてです」

栗色のふわふわとしたショートヘアの髪を飾り気のないヘアピンで整えた少女は、そう名乗った。
足がほとんど動かない上、身体があまり強くないのかほっそりとした手足と儚げな表情で、
それでも見る人を和ませるような嫌味のない笑顔を浮かべ柔らかい関西弁で喋る少女は、
もしかして今、俺が思ったとおりの人物なのだろうか・・・。

「八神・・・はやて・・・?」

混乱した頭の中で彼女の名前を口ずさみながら、俺はいくつかの疑問が氷解していくのを感じた。
街中を覆いつくす木々。
車椅子の少女。
視界を埋め尽くすほどの桃色の魔力光。
そして平行世界にまで力の波動を感じさせる、次元を超えて干渉を起こす魔力体。
ああ、そうか、俺はようやくことの次第を理解した。
どうやら、俺が連れてこられたこの場所は『魔法少女リリカルなのは』の世界なのだと。
そんな結論に達していた。

(続く)