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ゼロの使い魔 SS
『蒼の使い魔 第8話』


ガリアの王都リュティスは、
ハルケギニア内陸部に位置している人口30万を誇る都市である。

その東の端には、ガリア王家の人々が暮らす巨大で壮麗な宮殿、
ヴェルサルテイルが存在する。
その中心、グラン・トロワと呼ばれる薔薇色の大理石で組まれた建物で
ジョゼフ一世による政治が行われているが、
そのグラン・トロワから離れた、プチ・トロワと呼ばれる薄桃色の小宮殿もまた、
今やこの国の執政を司る場の1つとして知られていた。

そこには、年のころは才人と同じくらいの、
青みがかった珍しい髪と瞳の色をした少女がいる。
肩ほどまで伸ばされた髪がさらさらとそよぎ、柔らかそうになびく。
さらにその髪はヘアバンドのような、
少女が身に付ける衣服の質の良さからしたらそぐわない
髪飾りで前髪を持ち上げており、滑らかな額が覗いている。

王族所以の高貴さと品の良さを持つ、
勝気で我の強そうな印象を与えるつり目がちな少女の名は、
ガリア王国第一王女、イザベラといった。


プチ・トロワの執務室にある、無駄に広い机を書類の山で埋め尽くした彼女は、
数人の女官とともにガリアの福祉・教育を一身に受け持ち、
書類整理に追われる日々が続いていた。
今日もまた、国民からの陳情および、嘆願書がドンと積まれて出来た山を
ひたすら崩す作業が行われていた。

普段なら皆で黙々と作業が進む所だが、今日は妙であった。
一番大きな机で、
一番高く積まれた書類と格闘しているはずのお姫様の様子がおかしい。

自分の髪飾りを人差し指でつんつんと触り、
その位置に変わらずあるアクセサリを確認すると突然、
ぽややん、と言うなんとも乙女チックな擬音を浮かべた。
かと思うと、
顔を真っ赤に染めてやんやん、と頭を振る。
先ほどの高貴さに裏づけされた美しさは一瞬で台無しであったが、
その年頃の少女らしくも愛らしい光景に女官たちは、
微笑ましい気分にさせられるのである。


そんな中、先日このプチ・トロワに引き抜かれたばかりの女官だけが、
この妙ちきりんな事態に付いていくことが出来ずに途方に暮れていた。
むしろ、姫様(の主に頭)が大丈夫なのか、と心配にすらなった。

「あ、あのー、イザベラ様、どうしてしまわれたのですか?」

取りあえず、彼女は事情を知るであろう隣の女官に
こっそりと尋ねてみた。

「サイト様欠乏症よ」

「・・・はぁ」

・・・聞きなれない名前だ。
というか何だソレは、と首を傾げる。

「・・・ああ、貴女は宮殿の外から来たのだったわね。
それじゃあ知らないのも無理ないわね」

そう言いながら、苦笑を浮かべる女官は
「言葉が足りなかったわ、ごめんなさい」
と一言謝ってから続けた。

「イザベラ様は月に一回はサイト様に会えないと寂しくてたまらなくなっちゃうのよ。
そうすると、サイト様から貰った髪飾りを弄ってみたり、
サイト様が何しているのか考えてみたり、
今度サイト様が来たら何しようか、とか考え始めて止まらなくなっちゃうのよ」

サイト?
ああ、剣士のシュヴァリエにして民衆の憧れ、
『ガリアの剣』のことだろうか?
市井ではもはや御伽噺のような存在だが、
王宮内では普通に存在している一個人らしい。
・・・当然か。


「それにしても、先々月の逢瀬で必死にプロポーズしたのに、
気付いても貰えなかったのはサイト様ひどいわよねぇ」

「あの時は、さすがに怒って『もう知らない知らないっ!』って言ってたのに、
結局その後も変わりないわね、様子」

「そりゃそうよ、そんな程度のことでめげるイザベラ様じゃないもの」

「グラン・トロワではシャルロット様を推す声が強いけど、
私たちは断然イザベラ様派よねー」

「そりゃあ、イザベラ様健気だしねぇ。
いつもすっごいどうでもいい理由でサイト様を呼び出すし」

「前回なんて『シャルロット様の使い魔は何だと思う?』でしょ?」

「まぁ、実質ベタベタ出来る時間があるだけで満足している内は
先には進まないんでしょうねぇ」

「でも、傍から見てると
すっごい仲の良い兄妹みたいで見てて本当に癒されるから、
もうしばらくはこのままの方が良いかもって思っちゃう」

「それは分かる」


いつの間にか新人女官の作業机の周りに残りの女官が全員集まってきて
勝手気ままに喋っていた。
ていうか、一国の施政者が色ボケで大丈夫なのか?
ちょっと不安になる。

ちらり、とイザベラの方に視線を向けると、
何やら、えへへ・・・と子供のような無邪気な笑顔を浮かべている。

・・・可愛いなぁ

可愛いってだけで許せそうになるのは、
正直ずるい、と思わなくもないが。


「ま、取りあえずああなると一時間ぐらいはあのままだから、
貴女も気楽に休んでおいた方がいいわよ?」

「そうそう、この時間分埋め合わせるために書類整理のスピードも速くなるし」

「うへぇ」

それはちょっと嫌だ。
新人の女官はまだまだ仕事についていくのだってやっとなのだ。
それを物ともしない、残りの女官たちは優秀なのだろう。
王女は色々と大丈夫なのか、やっぱり不安だが・・・。


「でも、本音を言わせて頂けば、サイト様はやっぱり、
ジョゼフ王×サイト様よっ!」

「否っ!
シャルル様×サイト様ねっ!」

「サイト様×ペルスランさんね。
反論は認めない」

「サイト様は総受けに決まってるっ!!」


「・・・あのー、執事のペルスランさんですよね?
結構ご年配の方じゃなかったですっけ・・・?」

訂正。
この国が、大丈夫かしら・・・。

取りあえず言えることは一つである。
今日もガリアは平和であった。



ゼロの使い魔SS 蒼の使い魔 第8話



所変わっていつものトリステイン魔法学院である。
授業を終えたルイズが、手に布の塊のようなものを持って廊下を歩いていた。
歩きながら、布に刺繍された紋様を見つめる。

やっぱりそうだ。
間違いない。

それに、別の確信もある。
先日の決闘の際、アイツが持っていた奇妙な剣と洗練された体捌き。
普通でないことぐらいは誰の目にも明らかであった。
あんな動きがただの平民に出来るわけがない。

つまり・・・

「シュヴァリエ、でしょうね」

呟くが、まだ違和感がある。
確かにルイズの持っているマントには
書物で見たことのあるガリアのシュヴァリエの紋が刻まれているが、
その周囲を囲うように4本の大きな花が咲いているのだ。
残念ながら花に疎いルイズにはこの花の種類までは分からない。
しかし、4本とも別の花であることぐらいは分かる。
これは一体・・・?
頭を捻っても、そうそう思い当たるものでもない。
とは言え、気になるものは気になるのである。
そういえば、ガリアでは『花』という言葉には特別な意味があったはずだ。
騎士団も東西南北の花壇の名で構成されているとか聞いた覚えが・・・?

あっ!?
ついに思い当たった。
4本の花と、4つの花壇騎士団・・・。
ルイズは『北花壇騎士団』が存在しないと言う事実を知らないが故に、
それに気付いた。


「花壇騎士団の・・・団長クラス?」


はっ、として顔を上げる。
声に出してみて、妙にその言葉がしっくり来ている自分に驚いた。
だが、それならばもう一つの疑問も解決出来るのだ。

「青色の髪と瞳の鮮やかさから入学当初騒がれた通り、
タバサがガリア王族だと言うのは正しかったということね。
分家筋にも青は残っているようだけど、あんな綺麗な色にはならないはず。
でも、護衛についてきたのが平民一人ということがあって、
その話にはまるで信憑性がなかった。
だけど・・・、そのたった一人が、
ガリアがハルケギニアに誇る花壇騎士団の団長であるなら話は別よ」

考えをまとめながら、ぶつぶつと言葉を重ねる。
あまり品はよくないが、喋った方がまとめやすいのだから仕方ない。
それにどうせここを歩いているのは私一人・・・

「おお、すごいな正解だ」

じゃなかったーーーっ!!

ルイズは恥ずかしさと驚きで顔を真っ赤に染めて振り返った。
そこには、
渦中の人である、平賀 才人が立っていた。



「盗み聞きとは最低ね」

「いや、普通に話しかけたんだが・・・、
何だか盛り上がっていたみたいで気付いてもらえんかったんだよ」

「そ、そう・・・」

取りあえず悪態をついてみた所、
思わず『アホーっ』と叫んで逃げ出したい気分になったルイズだが、
気力をふり絞ってなんとか持ちこたえることに成功した。

「それでアンタ何しに来たのよ?」

もうやぶれかぶれな気分で、ルイズはぶっきらぼうに尋ねた。
騎士団長様ならそれなりの態度をとらなくてはいけないのだろうが、
もうそんな気力は残っちゃあいない。

「ああ、いやな、ルイズにちょっと俺の秘密を語ってやろうかと・・・」

「もう知っているわよ。
正解なんでしょ?
それよりもコレ、返すわ」

何が楽しいのか、意気揚々と喋る才人の言葉を遮って、
ルイズはマントを才人につき返した。
才人はそれを受け取りながらも、首を振って話を続けた。

「いやいや、まだオマエの推論じゃ、
ざっと50点ぐらいの正解だからな。
それにこれは・・・ルイズにも関係あることだし、聞いてほしいんだ」

「えっ?」

ルイズはどきりと、心臓が高鳴る音を聞いた。
おちゃらけてばかりいる印象があった才人の真面目な顔が、
ギーシュと決闘する彼の顔に重なった。

父に若い頃はこうだったと夢枕でたびたび聞かされた、
名誉と誇りに掛けて貴族が気高くあった時代を思い起こさせる戦い。
それは、ルイズにとって新鮮で・・・
そしてどこか懐かしさを感じさせるものだった。

が、そんなルイズの淡いような、
そうでもないような想いは一瞬で弾けることとなった。


「俺は、ガリア王ジョゼフ一世の使い魔なんだ」


彼の言葉と、
彼の掲げた左手に、今まで見えなかったはずの
使い魔のルーンが刻まれているのを確認したことによってだ。

ルイズの驚愕の視線が左手に注がれているのを感じ、才人は言葉を続けた。

「ああ、今まで無かったはずだってか?
特殊な水の秘薬で幻視を見せていたんだ」

ルイズはなるほど、と頷いた。
驚きのあまり、素直になっていたのである。

「それにな、ジョゼフ王は虚無の使い手だ。
・・・ルイズと同じな」

「・・・は?」

こんどは開いた口が閉まらなかった。
今なんと言ったコイツは。
・・・きょむ?
伝説の系統・・・虚無のことか!?

「ちょ、ちょっと!!
それって、どういう・・・っ!?」

思わず大声を張り上げ、
それから尻すぼみに声を小さくして尋ねた。

「・・・どういうことなのよ。
しっかり説明しなさい。
わたいの魔法のことも分かっているなら、包み隠さずよ?」

大声で話していい話題ではない。
本当は場所も移動した方がいいのだろうが、
そこまで自分が我慢できそうにない。
だからルイズは声を殺して、それでも才人にははっきりと伝わるように、
しっかりとした口調で言った。

才人もルイズの真剣さが伝わったのか、
居住まいを正して自分の知る限りを話し始めた。




「・・・つまり、アンタは異世界の住人で、
虚無の使い手であるガリア王ジョゼフ一世に召喚された。
それ以来、ジョゼフの使い魔として生きてきたってわけね。
それから、虚無の使い手は系統魔法とは異なる体系だから、
普通の系統魔法はマトモに使えないってこと?」

「ああ、そうだ」

「それから、アンタは使い魔として何と無くだけど、
わたしも虚無の使い手だと見当をつけた、と」

「あ、ああ」

自分が召喚されるハメになりそうだったから確信した、
とは才人は言わなかった。
なんだか面倒なことになりそうだと、
珍しくも直感が働いたからである。

「ふぅん・・・そっか。
なるほど・・・」

「・・・あんまり驚いてないな?」

「驚いてるわ、思いっきりね。
でもあんまりにも話がわたしの想像を超えていて・・・。
ちょっとまだ、話の展開に着いてきてないのかも」

そう言って曖昧な笑顔をルイズは浮かべてみせた。

「でも、ありがとう。
おかげで何だか長年燻っていた何かが、
すっと軽くなった気がする」

そう言ってぎこちなく頭を下げたルイズが顔を上げると、
彼女はどこかさっぱりとした表情を浮かべていた。


「それで?
このことを知っているのはどのくらい居るの?
わたしが問題なく進級できたってことは、
オールド・オスマンは知っているのよね。
他には?」

「ああ、・・・ん?
オールド・オスマンだけだな、多分。
もちろん、オールド・オスマンが誰にも言ってなければだけど」

そういえば、タバサにさえ言っていなかった。
別段理由があったわけではない。
ただ、言う機会がなかっただけだ。

「そう・・・」

どこかほっとした様子でルイズは息をついた。

「この事は秘密にしてほしいの」

「ああ、そりゃ当然」

ということはタバサに言うのもダメか。
才人はそんな事をぼんやりと考えた。

「ええ、お願い」

ルイズは憑き物が落ちたかのような気分だった。
自分が何者か分かることが、
こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

でも、まだそれと同時にどこか怖さも残っている。
結局、自分が他人とは違うことは事実なのだ。
・・・それを整理する時間がほしかった。


ルイズはもう一度自分を見つめなおしてみよう、と思った。
だから、こんなことを尋ねてみた。

「ねぇ、あなたは貴族って何だと思う?」

「へ?
なんだ、ヤブから棒に?」

「わたしはね、敵に後ろを見せない、引かないのが貴族なのだと思ってる。
・・・ううん、思ってた、かな」

「今は違うのか?」

「ううん、今もそう。
だけど、ちょっと違うのかも、と思う。
あなたとギーシュが決闘しているのを見てて、そう思った。
思う、ばっかりだけど」

そこでルイズは少し苦笑してから続けた。

「だから、あなたはどう思っているのかなって」

「俺は・・・」

決闘の後、タバサにさんざん怒られたのは記憶に新しい。
そんな風に、自分の大切な人に心配させるのが正しい貴族では・・・
きっとない。

「俺は、家族を、大切な人たちを悲しませないようにしたい、
それだけだよ」

「家族?」

「ああ、いいもんだぜ」

ガリアにいる『家族』だと言ってくれた大切な人の顔が、
無茶をする自分を真剣に怒ってくれる大切な人の顔が、
浮かんで消えた。

「・・・そうね、それはそうかもしれない」

父も母も、ルイズの事に大した興味を持っていないかもしれない。
それでも、ルイズも才人に負けないぐらい家族のことが大切だ。
家族に誇りを持っている。

だから、きっと家族は、『いいもの』なのだ。
まぁ、それが貴族っていうものと
イコールなのかは分からないけど・・・。



いつの間にか、太陽が西の空に掛かり始めていた。
結構長い間、話し込んでいたようだ。

くだらない日常の出来事をコイツと
普通の友達のように話すのもいいかもしれない、
そんなことを考えていたルイズがふと思い出した。

「わたし、そういえばアンタの名前、
聞いてなかった気がする」

「あれ?
言ってなかったか?」

「聞いたかもしれないけど、覚えてないわ。
でも、今なら絶対に忘れない自信があるもの」

そこまで言ってから、ルイズは軽く彼から距離を取った。

「ね、せっかくだから知り合い直しましょ?」

自然と笑顔になった。
これから新しく生まれ変わる自分に相応しいとルイズは思った。

「私の名前は、ルイズ。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。
長いからルイズでいいわ」

「俺の名前は平賀 才人だ。
サイトでいいぞ」

「変わった名前、さっすが異世界人ね」

「やかましい」

軽口を叩き合いながら、二人で笑いあっていた。
赤い赤い夕日に照らされた廊下で、
主従の間柄ではない二人が、友達になった日のことであった。

(続く)