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ゼロの使い魔 SS
『蒼の使い魔 第7話』



タバサは不機嫌だった。

一応の役割は自分の護衛である才人が貴族と決闘をしたことで、
彼女の立場を悪くする可能性があるから、という訳ではない。
何か勘違いしたメイドが才人に抱きついていたのを目撃したから、
という訳でも実はない。

才人が無傷で勝って終わっていれば別によかったのだが、
わざわざ仕切りなおしてしまったせいで勝った才人も殴られまくったこと。
しなくても良い怪我をしたことがイヤだった。

その上、恥も外聞も戦略も手加減も無い、
殴り合いをしている2人がやけに楽しそうだったこともだ。
・・・つまる所はだ。
才人が先日のタバサとした模擬戦闘よりも、
楽しそうにギーシュと殴りあったことが原因だった。



ゼロの使い魔SS 蒼の使い魔 第7話



「も、もっと優しくしてくれっ!」

「・・・だめ」

「ちょっ?
そこはやめっ」

「ここもちゃんとしないと」

「いたっ!?
痛いぞっ!!」

「痛くても我慢する。
・・・痛いのは初めだけ、多分」

「嘘付けっ?
信じられないぐらい沁みるってばっ!」

「わざとしてるから」

「ひどいっ!?」

決闘を終えてから真直ぐに連れてこられたタバサの私室で、
才人はタバサから治療という名の制裁を受けていた。

あまり『治癒』が得意でないタバサは、
消毒液に漬け込んだガーゼで才人のすり傷をペタペタと拭っていた。

無論、苦手なだけで全く使えないという訳ではないのだから、
擦過傷程度ならある程度の秘薬でも併用してやれば、
完全に治療することだって出来る。
だが、どうせ数日もあれば塞がる傷だ。
安くは無い薬に頼る必要もないし、
何より彼女がどれだけ怒っているかを簡潔に伝える絶好の機会を、
みすみす手放すのは惜しい。
もちろん、手放す必要もない。
ひたすら鈍い才人が、どこまで彼女の怒りに気付くかは分からないが・・・。

そんなことを考えていたら、つい力が入って傷口にガーゼをぐぐり、
と押し込んでしまった。

「あっちゃーーーーっ!?」

才人が情けない悲鳴を上げた。
タバサも心の中では、
『・・・失敗』
と思ったが、あくまでも思っただけである。
ある意味、私闘の罰を与えている最中なのだ。
わざわざ自分のミスを顔に出したりはしない。

「す、すまんが・・・も、もう少し優しくしてくれ」

幾分弱った感じで才人が懇願した。
タバサも少しやりすぎたかな、と思ってしまう程度ではある。
だが、

「勝手なことをした罰」

あくまで、取り合わないという態度を崩さない。
よくよく考えてみても、禁止されている決闘をした才人が全面的に悪いのは本当だし、
やはり絶好の機会なのだ。
このチャンスに、いつの間にやら仲良くなったメイドとかを相手に、
あっちにふらふらこっちへふらふら、
挙句の果てには男同士の友情に突っ走っていく素養も見えそうな才人に対して、
矯正をはかりたいとタバサが考えてしまうのも無理はなかった。


「・・・もしかして怒っている?」

才人の言葉は珍しく当たっていた。
何処から見てもそうとしか思えないくらいタバサがバレバレな行動を取っていたとしても、
そう言った機微にはバカみたいに疎い才人にしては本当に珍しいことだ。

「怒ってる」

ぽろり、とタバサの口から本音が漏れた。
例え隠していたい感情であっても、
才人が自分の気持ちを察してくれたのが嬉しかったのだ。
だから、はっきりと言ってしまってはそれ以上の制裁は続けられない、
ということが分かっていても口を滑らせてしまったのだ。
タバサも、あまり諜報活動などには向いていないのかもしれない。

「いきなり殴り合いなんてして・・・心配した」

本当に隠し事には向いていないようで、さらに本心がこぼれた。
赤くなった顔は明後日の方向を向けて誤魔化してみたりはしてみたが。


「すまん」

才人は簡潔に謝った。

「うん」

タバサも簡潔に頷いた。

「サイトは肉体的に特別優れているわけじゃない。
殴られれば怪我するし、
剣を手放したら普通の人と変わらないから・・・」

だから、無茶はしないでほしい。
そう続ける。

「そうだなぁ。
確かに俺はガンダールヴの能力無しじゃ、そんな強いってわけじゃないし。
ギーシュにもやられそうになったしなぁ」

そう言って才人は苦笑いしてみせた。
ギーシュと比べれば才人の身体能力の方が高いだろうが、
それでも2人の差は比べ物にならない、と言えるほどではない。
それに、ワザを使わず拳のみを使った人間同士の殴り合いの勝敗は、
大抵根性がものを言う。
だが、あのフリル貴族にそこまで根性があるとは思っていなかったのだ。

「そもそも、ギーシュにあんな風に付き合う必要もなかった。
別にそんなに力のあるメイジってわけでもないし」

今日の決闘だけを見てもそれは言える。
ゴーレムの無効化を見せられて、なおゴーレムを召喚するなど愚の骨頂だ。
学院の一学生としては充分な技術だろうが、
それがどんな時でも戦闘用に使える、という訳でもない。
あんな風に単一の魔法に頼りきっているようでは、
私相手でも勝負にすらなりはしない。
・・・それなのに、どうしていきなり殴り合いなどを始めたのか。


「いやぁ、結局そこだな。
メイジとか貴族とか剣士とか平民とかだ。
そういうの取っ払ってみるには一番殴りあいが手っ取り早いんだよ、
男ってやつは」

「ずるい」

「ずるいってなぁ・・・」

才人が困ったように頬をかく横で、
タバサは頬を膨らませ、不満たらたらの風体であった。
結局の所はそこに行き着くのである。
才人と真っ向からぶつかり合うために魔法の修行に励んでいるタバサからして見ると、
何もしないでも本気でぶつかり合うことが出来る、
『男同士の喧嘩』というのが妬ましくてしょうがない。

「ガリアでも良くそんなことしてた。
全然成長してない・・・」

タバサは非難の目を才人に向ける。
本当はただ、自分相手には未だ見せない才人の姿が見られる相手が羨ましいだけだが、
だからと言って殴り合うこと自体が危険で軽率であり、
望ましくない行為なのは間違いない。

「う・・・」

タバサの強い批判を込めた視線に才人がうめき声を上げる。
彼にしてみても殴りあいが最良ではないという自覚はあるのだ。
殴られた後、痛いのは自分自身なので当然なのだが。
が、改めて言われると自覚していながらも、
ガリアではすぐに殴り合いに発展していた。
結構反省する所もあったりする。

「確かにガリアじゃあ日常茶飯事に殴り合ってたなぁ」

主であるジョゼフと普段から意見の相違で殴りあうことが日常茶飯事だったこともあり、
国の重鎮とも呼べる貴族たちも王の主従から影響を受けて、
結構な頻度で殴り合いの決闘もどきをしていた。
ぼこぼこになった顔をした大勢の貴族たちで溢れた会議の場で、
イザベラが開いた口が閉まらないといった呆れた顔をしていたのを覚えている。

「イザベラが才人の治療ばっかりしてたら、
そっちの方ばかり上手くなったってぼやいていた」

任務でもたくさんお世話になったが、
もしかしたら私闘での怪我の頻度の方が多かったかもしれないし・・・。

「本当にイザベラの治癒魔法にはお世話になったなぁ」

「殴り合いが多すぎて、実務が滞ってるって苦情もあったし・・・」

「まぁ、その後一回喧嘩したら、
その怪我が完全に治るまで次の殴り合いは禁止にしたし!?」

「お父様もぼこぼこになって帰ってきたことも何度もあったし・・・」

「いや、それは俺じゃないって!!
兄弟でだっ!
兄弟喧嘩っ!!」

「知ってる・・・お母様も呆れてた」

そう言って、そのときの事を思い出して苦笑が浮かびそうになったタバサは、
ある事を思い出して、
『失敗した!』
という苦虫を噛み潰したような顔をした。


結果的に家族と引き離される形で異世界にやってきてしまったのが才人だ。
あまり両親のことを思い起こさせる発言はしないように、
気をつけるようにしていたのだが・・・。
失言に気付いたタバサは恐る恐る彼の顔色を窺った。

「そっか、でもそうだなー。
やっぱり女性には分からないのかなぁ、あの感覚は」

だが、彼には全く気にした様子も無い。
タバサが拍子抜けするぐらいなんでもない様子だった。
もう長いこと彼は両親に会ってない、どころか安否さえも分からないのだ。
そのことが平気なわけはないと思うんだけど・・・?

「サイトは・・・元の世界に帰りたくないの?」

だから、尋ねてみたくなった。
この自分にとって最も大切な騎士が、
何を考えているのかは取りあえず知っておきたい、そんな乙女心である。

「そりゃ、以前はすげぇ帰りたかったけどな。
今は別にいいかな、って思い始めてるんだよなぁ」

「・・・それは、使い魔として何か強制力が働いているから?」

まれにそう言う事もあるということは聞いているので、
尋ねてみる。
あまり自覚症状があるものでもないだろうが・・・。

「それはないと思うぞ。
別にあの髭主人に対して絶対の忠誠を誓ったりもしてないしなぁ。
・・・ただ」

「ただ?」

「うーん、ちょっと恥ずかしいからあんまり話したくないんだが」

「教えてほしい」

「・・・でもなぁ」

珍しく才人は口を噤んでいた。
それだけ大切な何か、があったのだろうか?
・・・誰と?
タバサは気になってしょうがなかった。

「話さないと・・・これでぐりぐりする」

タバサは消毒液に漬け込んだガーゼをピンセットで軽く突いてみせた。
それから軽くガーゼを持ち上げながら、じりじりと才人に近づけていく。

「うっ、それホント痛いんだぞ・・・」

「痛くないと脅しにならない」

タバサはぴしゃりと言い切って、才人が逃げ切れない距離まで間合いを詰めた。
ガーゼを絞っていないから、ポタポタと水滴が才人の傷口の周りを濡らして落ちる。
その水滴を見て才人が諦めたのかのようにため息をついた。

「・・・はぁ、しょうがねぇなぁ。
さっきも言ったけどな。
昔は確かにそういうホームシックもあったんだよ。
だけどさ、ある日イザベラに言われたんだよ。
『親にはなってさし上げられませんが、家族になってあげることは出来ます』
ってな。
それを聞いて、なんか、
この世界にも俺の居場所があるんだなぁって思ってな」


「あ、・・・あのオンナぁ」

才人はその当時を思い返して、うんうん、と頷いているが、
タバサはそれ所では無かった。
ひきつった声でポロリと粗雑な言葉が漏れた事にも気付かなかった。
それも当然だ。
何しろ、イザベラが才人に掛けた言葉は、ある意味プロポーズだ。
タバサの目じりが憤りで吊り上った。


か、かかかか、家族になる?
お、落ち着きなさい、シャルロット。
きっと従姉妹姫はこう言いたかったの。
『自分の父であるジョゼフが召喚したんだから、
才人はジョゼフの子供のようなもの。
つまり、イザベラと才人は家族のようなもの』
ほら!
等号が成り立つじゃないっ!?


・・
・・・そんなの体の良い言い訳だ。
だって、彼女は
『なってあげることは出来る』
と言ったのだ。
『家族になる』
ために必要な儀式は恐らくハルキゲニアではただ1つ。
『けっこん』だ。
って、まさか!
わたしの知らないうちに、そんな、もう決着が着いてたのっ!?
凄まじい負け犬感がタバサの胸の内をおそ・・・


「いやぁ、そんな殊勝なこと、
可愛い妹に言われちまったらそりゃもう吹っ切れちまうだろ!?」



がつんっ!!!!



凄まじい音がした。
タバサが顔面から凄まじい勢いで机に突っ込んだ音だ。

・・・凄まじく痛い。

じんじんという音が聞こえるぐらい強く打ち付けた顔面を地面からゆっくりと持ち上げる。
凄まじいまでのリアクションを取ってしまったが、
これは気付かない才人が悪いのではなかろうか。

あまりといえばあまりの発言にさすがにイザベラに同情してしまう。
あのプライドの塊のような従姉妹姫が、
どんな調子でそんな一世一代の台詞を言ったのだろうか、気になってしょうがない。
だが、イザベラに聞いても絶対教えてもらえないだろうし、
才人はそもそも様子の違いなど気付きもしなかったのだろう。

「と、突然奇跡的なリアクションが出たが・・・大丈夫か?」

才人がなんとも言えない顔で差し出してくれた手を取って、
ふらつきながらもなんとか立ち上がった。

顔面から思いっきりコケてしまったから、
当然いつも掛けている眼鏡も地面に叩きつけてしまっている。

眼鏡を外し、レンズが割れていないか、
蔓が曲がったりしていないかを念入りにチェックする。

確認しながら、『妹』という言葉を考える。
まぁ、その言葉を聞かされた当時の我が従姉妹姫のショックについては、
・・・最早どうしようもないだろう。
とは言え、確かにある意味兄妹のように育ってきた私たちだ。
私もさっき自然にそういう風に考えたりもしたし・・・、
サイトがそういう認識であることもそりゃあ当然かもしれない。
それでも、
小さいときならともかく、今も普通にそう思っていたとは驚きだが。
これは至急対策を練る必要があるかも・・・?


「って、タバサ、怪我してるぞ?」


突然、ぐいっ、とタバサの顔が持ち上がった。
考え事をしていて、話を聞いていなかったタバサは、
意味も分からず間近で才人に顔を見つめられるというサプライズに襲われた。


えっ?
な、何っ?
そ、そりゃあ兄妹の垣根は飛び越えなくちゃいけないけどっ!
けどっ!?
さすがに早いかもっ!
まだ、まだ心の準備が―――っ!?


ひたり、と額に当てられた冷たい感覚で我に返ったタバサは、
眼鏡で切ったらしい額の切り傷を優しい手つきで消毒しているサイトを見上げて、


・・・今はこれで満足


と微妙にヘタレながらも、
平和な昼下がりを過ごしたのであった。

(続く)